説明

ウィルス、微生物類の検出方法

【課題】微生物又は毒素などを検出するための試薬及びキット、並びに、該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素などを検出する方法を提供する。
【解決手段】微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに、該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素などを検出する方法である。AIE効果を惹起する化合物としては、例えば、以下の式で表される化合物などを使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウィルス及び微生物類の検出方法、並びに該検出方法のための試薬又はキットに関する。
【背景技術】
【0002】
多くのウィルスや細菌による感染症は、重篤な病態を引き起こすことも少なくないため、感染予防や感染後の治療は、常に重要な臨床的課題となっている。感染病原体の中でも、とりわけ危険度の高いインフルエンザウィルス、特にここ数年世界規模での蔓延が危惧されている高病原性トリインフルエンザ、SARSに対する予防及び治療上の対策は、早急に対応すべき重要な問題の一つである。さらに、近年の地球温暖化に伴い、熱帯地方特有の感染症(例えば、デング出血熱)が感染地域を拡大してきており、今後の対策が不可欠である。
【0003】
ウィルスや細菌などの微生物による生体への感染経路は、各微生物によって異なるが、感染標的細胞への侵入の際には、標的細胞表層に存在する受容体上の糖鎖構造を認識し、結合することが、多くの場合において知られている。このような感染時の現象に着目して、発明者らは、ウィルスや細菌感染によって生じる疾患の予防及び治療法の開発を行ってきた。発明者らは、例えば、カルボシランデンドリマーあるいはポリマー上に糖鎖を集積させ、病原性大腸菌O−157の産生するベロ毒素に対して動物レベルでも強い阻害活性を示す糖鎖クラスター化合物の創製(非特許文献1及び特許文献1)、デングウィルス(非特許文献2及び特許文献2)、インフルエンザウィルスの引き起こす感染症に対し効果を示す糖鎖クラスター化合物の創製(非特許文献3、特許文献3、特許文献4及び特許文献5)など、精力的に研究を行ってきた。
このように、ウィルス又は細菌感染時の標的細胞上の糖鎖構造の認識機構は、感染症の予防又は治療方法の開発において有益な手掛かりを与えてきた。
【0004】
感染症自体を予防又は治療することは、当然、重要なことであるが、その一方で、どのような微生物感染が生じているのかを早急に突き止めることも、早期治療を行う上では非常に重要なことである。現在、主として行われている感染病原体の検査は、検査対象の病原体に特異的な抗原タンパク質を検出する方法、特定の遺伝子領域を増幅して検出する方法、あるいは、感染病原体を顕微鏡下で直接観察する方法などが行われている。これらの方法のうち、抗原タンパク質や特定遺伝子を同定する方法は、検出感度及び精度の点において優れてはいるものの、やや操作が煩雑であり、迅速な検査結果の取得の点に若干の問題がある。また、顕微鏡を用いて形態学的に感染病原体を特定する方法においては、観察対象の病原体の数がある程度高濃度でなければ検出が難しく、そのための感染病原体の増殖等に多くの時間が必要とされ、検査の迅速性に問題があった。
【0005】
【非特許文献1】J.Infect.Dis.,2005,191:2097−2105
【非特許文献2】Carbohydr.Res.,2006,341:467−473
【非特許文献3】Tetrahedron Lett.,2001,42:3327−3330
【非特許文献4】J.Korean Phys.Soc.2004,45:329
【非特許文献5】J.Am.Chem.Soc.2005,127:11661
【非特許文献6】Syn.Met.2005,152:249
【非特許文献7】Tetrahedron Lett.,2007,48:4365−4368
【特許文献1】特開2005−289907
【特許文献2】特開2005−306766
【特許文献3】特開2008−50283
【特許文献4】特開2008−81411
【特許文献5】特開2005−77276
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記状況の中、感染症の原因病原体の検出及び同定をさらに迅速かつ正確に行うために、従来方法とは異なる方法論に基づいた新たな手法の開発に期待が寄せられている。
そこで、本発明は、感染病原体を迅速かつ正確に検出及び同定する方法、及び該方法に使用される試薬又はキットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、病原体に特異的に結合する糖鎖を担持したカルボシランデンドリマーによるAIE(aggregation−induced emission)効果を利用して本発明を完成させた。AIE効果とは、2,3,4,5−テトラフェニルシロール(以下、シロールと略記)など、中心の環の周りを囲むように複数のアリール基(例えば、フェニル基)が結合した分子が、液体中で互いに凝集し合い、紫外線照射により高効率発光を行う現象のことである(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6及び非特許文献7)。発明者らは、シロールと上記カルボシランデンドリマーを結合させた化合物によって引き起こされるAIE効果が、該カルボシランデンドリマーが担持する糖鎖と病原体(例えば、インフルエンザウィルスなど)又は病原体が分泌する毒素(例えば、ベロ毒素など)との結合によって消失すること初めて見出した。これまでにも、発光分子を利用して病原微生物を検出する試みが行われてはいたが、発光分子と病原微生物との結合の前後において、発光量又は色調の変化を明瞭に現出させる有効な方法が見出されていなかったため、いずれの試みも実用化には程遠い状態にあった。本発明は、AIE効果を利用することで、シンプルかつ迅速な微生物検出を提供する点において、特別顕著な効果を有している。
【0008】
すなわち、本発明は、微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法である。
より具体的には、本発明は、AIE効果を惹起する化合物が以下の式(I)で示されることを特徴とする微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法である。
【化6】


(式(I)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数)
あるいは、本発明は、以下の式(II)で示される化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬及びキット、並びに該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法である。
【化7】


[式中(II)中、Xは以下の置換基
【化8】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Rは炭化水素基であり、Eは炭素、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであってEと同一でも異なっていてもよく、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]
【発明の効果】
【0009】
本発明の微生物検出方法は、検出対象の微生物を簡便かつ迅速に、高精度で定性的及び定量的な検出を行うことができる。
【0010】
特に、本発明は、微生物等の存在による蛍光強度の変化が明瞭であるため、検出目的微生物等の存在を視覚的に捉えることが可能である。
【0011】
本発明の微生物検出試薬又はキットは、煩雑な操作を必要とせず、また、微量に存在する微生物の検出にも適しているため、感染症の危険を迅速に感知することができるため、早急な感染症治療を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーと、AIE効果を惹起、あるいは、発現する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬又はキット、及び該試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法に関するものである。ここで、「デンドリマー」とは、ギリシャ語の「dendra」(樹木)を語源とする規則正しく分岐した樹状高分子化合物の総称である。デンドリマーの形態としては、例えば、ダンベル型、ファン型、ボール型などが知られているが(図1を参照のこと)、本発明においては、AIE効果を惹起する化合物と作用可能(即ち、AIE効果を訴外することなく)に結合できる形態であればいずれの形態を使用することも可能であり、デンドリマーの形態の選択は、当業者であれば容易に行うことができる。本発明に使用されるデンドリマーは、微生物又は毒素と特異的に結合するものである。例えば、カルボシランデンドリマーのコア骨格に、微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖を結合させたデンドリマーなどを使用することができる。微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖としては、限定はしないが、例えば、腸管出血性大腸菌O−157が産生するベロ毒素と特異的に結合するグロボ3糖(Gb3、Galα1−4Galβ1−4Glcβ1−)、インフルエンザウィルス等のウィルス表面に存在するヘマグルチニンと特異的に結合するシアリルラクトース、デング熱ウィルスのスパイク糖タンパク質と特異的に結合するラクトネオテトラオースなど、本発明で使用可能な糖鎖はこれまでに数多く同定されており、検出対象の微生物又は毒素に適した糖鎖を選択することは当業者であれば容易に行うことができる。本発明で使用可能な糖鎖と該糖鎖が認識する微生物の組合せの一例を表1〜5に示す。
【0013】
【表1】


【表2】


【表3】


【表4】


【表5】

【0014】
本明細書に記載される「AIE効果」とは、発光性化合物が互いに凝集し合い、特定の波長(例えば、紫外線など)の照射により高効率発光を惹起する現象(AIE:aggregation−induced emission)(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6及び非特許文献7)のことである。本発明で使用可能な、「AIE効果を惹起する化合物」は、当業者によって選択可能な化合物であればいかなるものであっても使用可能であるが、限定はしないが、例えば、下記の式(I)で示される化合物などを使用することができる。
【化9】


式(I)中、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数である。特に限定はしないが、例えば、Rはp−((CHN)C、p−CHOC、p−CH、C、p−FCC、p−(NO)C、m−CH、m−FC、m−FCC、1−ナフチル、2−スチリル、ビフェニル、2−チエニル、ビチエニル、2−チアゾール、2−ピリジル、3−ピリジル、N−メチル−2−ピロリル、2,4,6−トリメチルフェニル(Mes)、2,4,6−トリイソプロピルフェニル(Tip)であり、特にC(フェニル基)の場合は、nは4、A及びBがメチル基である2,3,4,5−テトラフェニルシロールなどを好適に使用することができる。
【0015】
本発明のある実施形態は、以下の式(II)で示される化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬である。式(II)で示される化合物は、「微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーと、AIE効果を惹起、あるいは、発現する化合物を結合させた化合物」の1例の一般式である。
【化10】


式中(II)中、Xは、例えば、以下の置換基
【化11】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、例えば、p−((CHN)C、p−CHOC、p−CH、C、p−FCC、p−(NO)C、m−CH、m−FC、m−FCC、1−ナフチル、2−スチリル、ビフェニル、2−チエニル、ビチエニル、2−チアゾール、2−ピリジル、3−ピリジル、N−メチル−2−ピロリル、2,4,6−トリメチルフェニル(Mes)、2,4,6−トリイソプロピルフェニル(Tip)であって、特にC(フェニル基)などを好適に使用することができ、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、特にケイ素が好ましく、nは1〜4の整数である)が好ましい。また、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、アミド結合を含んでもよく、例えば、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、アルキレン基、アルケニレン基又はアルコキシレン基(オキシアルキレン基)などが好ましく、Rは炭化水素基を示し、メチル基などが好ましい。Eは、炭素、ケイ素、ゲルマニウムであり、Eと同一でも異なっていてもよく、特に、ケイ素が好ましい。また、l及びmはl+m=2を満たす整数である。
【0016】
Yは検出対象の微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、検出対象の微生物又は毒素に応じて選択するができ、かかる選択は当業者であれば容易に行うことができる。特に限定はしないが、例えば、一般式(II)で示される化合物は、Yが以下の式(III)の糖鎖の場合、ベロ毒素を、式(IV)の糖鎖の場合、インフルエンザウィルスを、式(V)の糖鎖の場合、デング熱ウィルスの検出に使用することができる。
【0017】
【化12】

【0018】
また、検出対象がインフルエンザウィルスの場合、トリインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→3)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればトリインフルエンザウィルスを特異的に検出することができ(例えば、WO02/002588を参照のこと)、ヒトインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→6)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればヒトインフルエンザウィルスを特異的に検出することができる(例えば、特開2008−31156を参照のこと)。
【0019】
一般式(II)中のYは、1分子中の全てのYの位置が微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であることが望ましいが、必ずしも、全てのYが上記置換基である必要はなく、例えば、水素、C=C二重結合、水酸基などであってもよく、当該技術分野における通常の合成方法により、Yの位置に結合し得ると当業者が予測可能な如何なる置換基であってもよい。
なお、ここで使用される「微生物」にはウィルスを含むものとする。
【0020】
本発明で使用される一般式(II)で示される化合物として、例えば、以下に示す化合物(IIa)(シロール−ダンベル(1)6−Gb)を使用することができる(合成方法の詳細については、例えば、非特許文献7などを参照のこと)。
【化13】

【0021】
本発明の試薬は、本発明の「微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物」以外にも、当業者において微生物又は毒素の検出において必要と思われる物質、又は、当該検出に対し効果的に作用する物質など、他の添加物質を含んでもよい。このような添加物質としては、限定はしないが、例えば、界面活性剤、安定化剤、防腐剤、キレート剤などを使用することができる。また、本発明の検出試薬は、本発明の「微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物」を適当な溶媒、例えば、水溶液、有機溶媒等に溶解させた状態で提供することもできる。適切な溶媒は、当業者において容易に選択可能である。
【0022】
本発明の試薬は、「微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物」をキットの形態で、適当な容器又はパック中に使用説明書と共に含めて提供することもできる。本発明に係る試薬がキットとして供給される場合、該試薬の構成成分を、活性構成成分の機能を低下することを回避するなどの必要に応じて、各構成成分を別々に包装してもよい。キット中に含まれる試薬は、構成成分が活性を長期間有効に持続し、構成成分を吸着せず、また、変質させない材質の容器中に供給される。また、キットに使用説明書が添付される場合、その使用説明は、紙又は他の材質上に印刷されて供給されてもよく、及び/又はフロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、Zipディスク、ビデオテープ、オーディオテープなどの電気的又は電磁的に読み取り可能な媒体として供給されてもよい。あるいは、キットの製造者によって指定され又は電子メール等で通知されるウェブサイトに掲載されていてもよい。
【0023】
本発明の他の実施形態は、「微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物」(以下、「本発明の検出化合物」と記載する)を含んだ試薬又はキットを使用した、微生物又は毒素の検出方法である。
本発明の検出化合物によるAIE効果の発現は、該化合物の構造に適した溶媒環境において、発光強度が異なってくる。従って、使用する本発明の化合物の構造に応じた溶媒環境において微生物又は毒素の検出を行うことが望ましい。このような、検出環境に最も適する溶媒環境の選択は、当業者において通常の試行錯誤の範囲内の予備実験等で容易に設定することができる。例えば、本発明の検出化合物が式(IIa)で示される化合物の場合、測定を行う溶媒中の有機溶媒に対する水の比率が約20%以下又は約70%以上になると、発光効率が上昇する(図2を参照のこと)。よって、式(IIa)の化合物の発光効率は、例えば、有機溶媒中(例えば、アセトンなど)あるいは水中において発光効率が最大になる。また、測定に使用される測定環境は、検出対象の微生物又は毒素の安定性も考慮して、塩濃度、pHなど至適な条件を選択することが望ましく、かかる選択は当業者にとって容易に行うことができる。
【0024】
式(IIa)の化合物は、適当な測定溶媒(例えば、水)中において紫外線を照射すると強く青色発光を発する。この状態に、検出対象微生物又は毒素(例えば、式(IIa)の化合物の場合には、ベロ毒素)を添加すると、式(IIa)の化合物とベロ毒素が結合することによって、式(IIa)の化合物の凝集が崩壊することでAIE効果が阻害され、青色発光が消失する。これに対し、ベロ毒素以外の式(IIa)の化合物に担持される糖鎖とは結合しない微生物又は毒素を添加した場合には、AIE効果の阻害は起こらず、青色発光には影響を与えない。従って、式(IIa)に示す化合物を本発明の検出化合物として使用する場合には、検出対象であるベロ毒素を検出環境中に添加した場合にのみ、青色発光が消失するため、ベロ毒素の存在を確認することができる。
以上のことは、式(IIa)以外の本発明の化合物を用いた場合にも同様に起こる現象であることから、ベロ毒素以外の微生物又は毒素を検出対象にする場合には、該検出対象に特異的に結合する糖鎖を担持した本発明の化合物を使用すれば、ベロ毒素以外の微生物又は毒素を容易に検出することができる。
本発明の化合物による発光強度は、検出対象の微生物又は毒素の量に依存して変動するため、検出対象微生物又は毒素を定量的に測定することも可能である。
【0025】
以下の実施例は、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0026】
1.シロール−ダンベル(1)6−Gb(化合物(IIa))の合成
本発明の化合物の1例であるシロール−ダンベル(1)6−Gbの合成を下記のスキームに示す。
【化14】


J.Organomet.Chem.,1990、391:27を参考に、1、1−ジクロロー2、3、4、5−テトラフェニルシロールをジフェニルアセチレン(もしくはトラン)のリチウムの還元、それによるテトラクロロシランとの環化反応により合成した。その後のカルボシランデンドリマーの世代拡張反応、末端官能基化反応、糖鎖導入反応はいずれも特許文献1と全て同じ反応条件により合成することができる。
このように合成したシロール−ダンベル(1)6−GbがAIE効果を示すことを確認した。
【0027】
2.シロール−ダンベル(1)6−Gb(化合物(IIa))とベロ毒素のStx1及びStx2との接着能
ベロ毒素にはStx1とStx2の2種類の毒素があり、それぞれに対し結合親和性の測定
を2種類(K及びRUmax)ずつ行なった。いずれも、それらの値が小さいほどベロ毒素に対する接着能が高いことを示している。これによると、シロールダンベル(1)6−Gbの値は、ダンベル(1)6−Gbやボール(1)12−Gbのそれに比べるとやや大きな数値(K値で一桁)を示すが、ファン(0)3−Gbより遥かに低い値を示した。このことから、シロールダンベル(1)6−Gbはベロ毒素に対する接着能を有していることが分かる。
【表6】

【実施例2】
【0028】
本実施例は、シロール−ダンベル(1)6−GbによるAIE効果がベロ毒素の存在によって消失することを示す目的で行われたものである。安全性の面を考慮して、ベロ毒素の代わりにここではピーナッツレクチン(PNAと標記する)を使用し、シロール−ダンベル(1)6−Gbの代わりにPNAと特異的に結合するシロール−ダンベル(1)6−Lacを使用した。なお、当該技術分野においては、糖鎖とウイルス又は毒素との相互作用を確認するにあたり、安全性の面を考慮して、その代替的実験として糖鎖とレクチンの相互作用に関し検討することは、技術常識として周知のことである。
【0029】
1.シロール−ダンベル(1)6−Lacの合成
シロール−ダンベル(1)6−Lacは、以下に示すスキームのように合成を行った。
【化15】

【0030】
2.シロール−ダンベル(1)6−LacのAIE効果のピーナッツレクチン(PNA)による消失(図3)
シロール−ダンベル(1)6−Lac(0.4 mg,1.2×10−4mol)を水(2ml)に溶解する。そこから100μlを測り取り、水で10mlにメスアップし100倍希釈を行った。そのうち3mlを測定用セルへ入れる。そこへPNA溶液を10μl単位で加え、蛍光強度の減少がなくなるまで滴下した。滴下したPNA溶液はPNA(0.7mg,6.4×10−6mol)を水(0.3ml)に溶解したものを用いた。測定は5℃で行った。測定時のシロール−ダンベル(1)6−Lac溶液の濃度は、0.6×10−6mol/l、PNA溶液の濃度は、2.0×10−5mol/lであった。
セル中の溶液の480nm波長における蛍光強度を測定したところ、滴下するPNA溶液の量依存的に蛍光強度が低下し(図4A)、また、視覚的にも蛍光強度の低下を確認することができた(図4B)。
【0031】
3.シロール−ダンベル(1)6−LacのAIE効果に対する小麦胚芽レクチン(WGA)の影響
次に、シロール−ダンベル(1)6−Lacとは結合しない小麦胚芽レクチン(WGA)を添加した場合に、シロール−ダンベル(1)6−LacによるAIE効果が影響を受けるかどうか調べた。
シロール−ダンベル(1)6−Lac(0.3 mg,8.7×10−5mol)を水(2ml)に溶解する。そこから100μlを測り取り、水で10mlにメスアップし100倍希釈を行った。そのうち3mlを測定用セルへ入れる。そこへWGA溶液を10μl単位で加え240μlまで滴下した。滴下したWGA溶液はWGA(0.8mg,3.3×10−5mol)を水(0.3ml)に溶解したものを用いた。測定は5℃で行った。測定時のシロール−ダンベル(1)6−Lac溶液の濃度は、0.4×10−6mol/l、WGA溶液の濃度は、1.1×10−4mol/lであった。
WGAと滴下した場合には、蛍光強度の低下はほとんど見られなかった(図5)。
さらに、PNA及びWGAのいずれも含まない緩衝液を滴下したところ、400μl添加した時点で、ほとんど蛍光強度の減少は見られなかった(図6)。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、病原性の微生物や毒素を迅速かつ簡便に検出することを可能にするものであり、病原菌又は病毒素等の検出技術の向上に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】デンドリマーの基本的な骨格を模式的に示した図である。
【図2】式(IIa)で示される化合物の蛍光強度に対する溶媒の影響。有機溶媒(アセトン)に対する水の比率を変動させて、励起波長360nmに対する化合物からの蛍光強度を測定した。
【図3】シロール−デンドリマーのAIE効果に対するピーナッツレクチンの影響を測定する手順を示す。
【図4】シロール−デンドリマーのAIE効果に対するピーナッツレクチン(PNA)の影響を測定した。Aは、シロール−デンドリマー(0.4×10−6mol/l)に対し、PNA(2.0×10−5mol/l)を0μl、10μl、20μl、30μl及び40μl添加し、励起波長360nmで測定した蛍光強度の変化を示す。Bは、シロール−デンドリマーのAIE効果(「無)を参照)が、PNAを添加することによって消失した結果(「有」を参照)を示す。
【図5】シロール−デンドリマーのAIE効果に対する小麦胚芽レクチン(WGA)の影響を測定した。シロール−デンドリマー(0.6×10−6mol/l)に対し、WGA(3.2×10−4mol/l)を240μlまで添加し、励起波長360nmで測定した蛍光強度の変化を示す。
【図6】シロール−デンドリマーのAIE効果に対する緩衝液影響を測定した。シロール−デンドリマー(0.7×10−6mol/l)に対し、本実施に用いたPNA及びWGAを溶解させた緩衝液のみを400μlまで添加し、励起波長360nmで測定した蛍光強度の変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物又は毒素と特異的に結合するデンドリマーとAIE効果を惹起する化合物を結合させた化合物を含む、微生物又は毒素を検出する試薬。
【請求項2】
前記AIE効果を惹起する化合物が以下の式(I)で示されることを特徴とする請求項1に記載の試薬。
【化1】


(式(I)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数)
【請求項3】
Rが、p−((CHN)C、p−CHOC、p−CH、C、p−FCC、p−(NO)C、m−CH、m−FC、m−FCC、1−ナフチル、2−スチリル、ビフェニル、2−チエニル、ビチエニル、2−チアゾール、2−ピリジル、3−ピリジル、N−メチル−2−ピロリル、2,4,6−トリメチルフェニル(Mes)、2,4,6−トリイソプロピルフェニル(Tip)からなる群より選択される請求項2に記載の試薬。
【請求項4】
以下の式(II)で示される化合物を含む、請求項1に記載の微生物又は毒素を検出する試薬。
【化2】


[式中(II)中、Xは以下の置換基
【化3】


(但し、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eはケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、nは1〜4の整数である)であり、R、R及びRは酸素、窒素又はカルボニル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Rは炭化水素基であり、Eは炭素、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであってEと同一でも異なっていてもよく、Yは微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、l及びmはl+m=2を満たす整数である]
【請求項5】
、R及びRが同一又は異なり、アミド結合を含んでもよく、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、アルキレン基、アルケニレン基又はアルコキシレン基(オキシアルキレン基)であり、Rがメチル基である請求項4に記載の試薬。
【請求項6】
Rが、p−((CHN)C、p−CHOC、p−CH、C、p−FCC、p−(NO)C、m−CH、m−FC、m−FCC、1−ナフチル、2−スチリル、ビフェニル、2−チエニル、ビチエニル、2−チアゾール、2−ピリジル、3−ピリジル、N−メチル−2−ピロリル、2,4,6−トリメチルフェニル(Mes)、2,4,6−トリイソプロピルフェニル(Tip)からなる群より選択される請求項4又は5に記載の試薬。
【請求項7】
RがCであり、E及びEがケイ素である請求項6に記載の試薬。
【請求項8】
Yが以下の置換基
【化4】


の何れかである請求項4乃至7のいずれかに記載の試薬。
【請求項9】
lが0、mが2、nが4、R及びRが−C−、Rが−C−であり、Yが以下の置換基である請求項8に記載の試薬。
【化5】

【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の試薬を含む、微生物又は毒素を検出するためのキット。
【請求項11】
請求項1乃至10いずれかに記載の試薬又はキットを使用した微生物又は毒素を検出する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−112777(P2010−112777A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−283976(P2008−283976)
【出願日】平成20年11月5日(2008.11.5)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】