説明

ウイルスの識別方法

【課題】変異型を含むウイルスの迅速かつ簡便な検出方法を提供すること。
【解決手段】以下の工程:
(1)変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、酸化剤存在下で、工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体とを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体を検出する工程
を含む、変異型を含むウイルスの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス由来のプロテアーゼに対する基質特異性に基づく、ウイルスの識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス遺伝子にコードされているタンパク質は、大きな前駆体タンパク質として転写・翻訳され、ウイルス特有のプロテアーゼによって切断された後、ウイルスを構成する成熟タンパク質となる。このため、ウイルス由来のプロテアーゼはウイルスの成熟において重要な役割をしており、医薬品開発の標的分子となっている。例えば、エイズ(後天性免疫不全症候群)の原因であるヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus;HIV)の治療薬として、HIVプロテアーゼの阻害剤(例、インジナビル、サキナビル、リトナビルなど)が開発され、治療薬として使われている。また、C型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus;HCV)のプロテアーゼを阻害する化合物を投与することで、血中のHCV量を減少できることも報告されている。この他にも、重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome;SARS)の原因であるSARSウイルスやコクサッキーウイルス、ライノウイルス、E型肝炎ウイルス、ノロウイルスなどのウイルスプロテアーゼを標的とした治療薬の開発が行われている。
【0003】
ウイルス性疾患における最大の問題として、ウイルス遺伝子の変異による薬剤耐性ウイルスの出現がある。例えば、HIVは非常に変異しやすいウイルスであり、現在の長期薬剤投与によるエイズ治療においては、HIVプロテアーゼをコードする遺伝子上に変異がおこり、変異プロテアーゼと阻害剤の親和性が低下するため、薬剤耐性ウイルスへと変化する。したがって感染しているウイルスが薬剤耐性ウイルスであるか否かを検査することは、適切な治療計画や新薬の開発において極めて重要なことである。現在のところ、ウイルスの突然変異体の同定は遺伝子解析法に委ねられている。
【0004】
遺伝子解析法は、変異体ウイルスの遺伝子をポリメラーゼチェイン反応(PCR)によって増幅して塩基配列を決定する。したがって変異体ウイルスの場合は未知の変異配列を解読できるプライマーDNAをその都度開発する必要があり、その作製に相当時間を要するため迅速に検査結果を得がたい。さらに塩基配列に変異が認められても、プロテアーゼ阻害剤をもとに開発された抗ウイルス薬に対して耐性であるか否かを直接判定できない欠点がある。
また、ウイルスの多重感染(例えば、HIV−1とHIV−2の同時感染)では、多重感染に気づかなかった場合、他のウイルスによる感染を見逃す危険性がある。
【0005】
一方で発明者らは、逆相液体クロマトグラフィーとペプチドN末端部位における蛍光体形成反応とを利用したペプチド定量方法を開発した(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kabashima T.et al.,Peptides 29(2008)pp.356−363
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
変異体ウイルスを迅速かつ容易な手段で検出可能な方法、また塩基配列の変異と抗ウイルス薬に対する耐性との関係を迅速かつ容易に判定可能な方法、およびウイルスを同時に識別できる方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは変異ウイルスの識別に際し、遺伝子変異を検出するのではなく、ウイルス中のウイルスプロテアーゼの基質特異性を調べることによってもウイルスが変異しているか否かを識別することができ、またこの方法では、たとえ複数のウイルスが存在しても、どのようなウイルスが存在し、さらに変異しているか否かを同時に識別できるという考えに至った。
そしてウイルス由来のプロテアーゼに対する基質の特異的な分解産物の生成率を判定するために、プロテアーゼの基質特異性判定において、ペプチドへの蛍光体形成反応と逆相液体クロマトグラフィーとを利用したペプチド定量方法を適用し、変異が疑われるウイルスと野生型ウイルスのプロテアーゼ活性を比較することで、当該ウイルスが変異ウイルスであるか否かを識別できることを初めて見出した。そして複数の基質ペプチドを組み合わせることで、複数のウイルスプロテアーゼを含む、試料中の複数のウイルスを同時に識別できることも初めて見出した。
本発明者らはこれらの知見に基づいてさらに鋭意研究を行った結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、
[1] 以下の工程:
(1)ウイルス由来のプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、酸化剤存在下で、工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体とを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体を検出する工程
を含む、ウイルスの識別方法。
[2] カテコールまたはその誘導体が、式(I)
【0010】
【化1】

【0011】
(式中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル、C1−6アルキル−カルボキシル、カルボキシルを示す)で表される化合物である、[1]に記載の方法。
[3] 基質ペプチドのN末端アミノ基が保護されている、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 基質ペプチドが2種以上の基質ペプチドである、[1]〜[3]のいずれか一に記載の方法。
[5] 酸化剤が過ヨウ素酸ナトリウムである、[1]〜[4]のいずれか一に記載の方法。
[6] 工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体との反応が、90℃〜110℃で行われる、[1]〜[5]のいずれか一に記載の方法。
[7] 変異ウイルスの識別方法である、[1]〜[6]のいずれか一に記載の方法。
[8] 以下の工程:
(1)変異が疑われるプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールとを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体の蛍光強度を測定する工程
を含む、変異プロテアーゼの検出方法。
[9] カテコールまたはその誘導体が、式(I)
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル、C1−6アルキル−カルボキシル、カルボキシル)で表される化合物である、[8]に記載の方法。
[10] 基質ペプチドのN末端アミノ基が保護されている、[8]または[9]に記載の方法。
[11] 基質ペプチドが2種以上の基質ペプチドである、[8]〜[10]のいずれか一に記載の方法。
[12] 酸化剤が過ヨウ素酸ナトリウムである、[8]〜[11]のいずれか一に記載の方法。
[13] 工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールとの反応が、90℃〜110℃で行われる、[8]〜[12]のいずれか一に記載の方法。
に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の識別方法は、遺伝子変異を直接検出する従来型の変異ウイルスの検出・識別方法とは異なり、特定の基質ペプチドに対するプロテアーゼ活性の変化を指標にウイルス変異および他のウイルスを識別することを特徴とする。したがって、従来型の方法では未知の遺伝子変異を検出するためのプライマーをその都度試行錯誤して調製する必要があったが、本発明の方法によればその必要がない。従って従来型の変異ウイルスの検出・識別方法よりも、迅速かつ簡便にウイルスが変異しているか否かを識別することができる。
また、基質ペプチドの種類を2種以上に増やすことで、複数のウイルス変異を一回の測定で高い識別能をもって判定できる。
基質ペプチドの種類を2種以上に増やすことによっては、さらに複数のウイルスについて同時にウイルス変異を識別することができるようになる点で有用である。すなわち、本発明の識別方法はウイルス変異を基質ペプチドに対するプロテアーゼ活性の変化を指標に識別するため、プロテアーゼ反応により得られたペプチド断片が分離可能である限り、理論上、反応系内にウイルス(プロテアーゼ)が複数種存在しても同時にそれぞれのウイルス変異を識別することができるのである。
【0015】
またプロテアーゼ活性の変化というウイルスの機能に関わる部分をウイルス変異の判断材料としていることから、本発明の識別方法は抗ウイルス薬の効果を判別する方法としても適用可能である。
【0016】
さらに、本発明の識別方法で得られたペプチド断片のパターンと、変異ウイルスの表現型をデータベース化することによって、変異が疑われるウイルスがどのような表現型を示すかを予測することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の識別方法の概略図である。
【図2】(A)野生型HIV−1プロテアーゼおよび(B)変異型HIV−1プロテアーゼによる、分解ペプチドのクロマトグラムパターンである。図中の数字は、各基質から生成した分解ペプチドを表している。FLは蛍光検出のクロマトグラムを、UVはUV検出のクロマトグラムをそれぞれ示す。
【図3】野生型および変異型HIV−1プロテアーゼに対するリトナビルの阻害効果を示す図である。
【図4】野生型および変異型HIV−1プロテアーゼに対するペプスタチンAの阻害効果を示す図である。
【図5】HIV−1プロテアーゼ活性測定における血清の影響を示す図である。
【図6】本発明の識別方法を適用することでHIV−1プロテアーゼとHCVプロテアーゼとを識別できることを示す図である。
【図7】本発明の識別方法によって種々のカテコール誘導体とペプチドとを反応させた場合の蛍光強度を比較した図である。3−MCは3−メチルカテコールを、4−MCは4−メチルカテコールを、3−FCは3−フルオロカテコールを、4−FCは4−フルオロカテコールを、4−BCは4−ブロモカテコールを、4−CCは4−クロロカテコールを、3,4−DHBAは3,4−ジヒドロキシ安息香酸を、3,4−DHPAAは3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸をそれぞれ示す。また、AGはアラニン−グリシンを、GPはグリシン−プロリンを、PGはプロリン−グリシンをそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1に本発明の識別方法の概略図を示す。N末端アミノ基が保護されたペプチドを基質として、ウイルス酵素と反応させ、生成したペプチド断片の蛍光誘導体化を行う。その後、ペプチドの蛍光誘導体を分離するが、変異型ウイルスのプロテアーゼでは、変異によって基質特異性が変化しているため、野生型(a)と比較して、ピークの消失(b)や減少(c)が観察される。このように分離パターンを比較することで、ウイルスが変異しているか否かを識別することができる。
【0019】
本発明は、以下の工程:
(1)変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、酸化剤存在下で工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体とを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体を検出する工程
を含む、ウイルスの検出方法を提供する。以下、各工程に分けて説明する。
【0020】
工程(1):基質ペプチドを分解させる工程
本工程は、変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程である。
【0021】
本明細書中「変異が疑われるウイルス」とは、ウイルスの遺伝子が突然変異することによって、これまで効果のあったウイルス治療薬が効かなくなったことが疑われたウイルス、その活性や増殖が強められたウイルス、あるいは他のウイルス活性をも持つようになったウイルスなど、ウイルス遺伝子の突然変異によって技術常識から予想し得ない機能を有することになったウイルスのことをいう。変異の種類としては特に限定されず、点突然変異、ミスセンス突然変異、ナンセンス突然変異、フレームシフト突然変異などの遺伝子変異が挙げられる。またウイルスの遺伝子変異の箇所は特に限定されず、ウイルスを構成する蛋白質のいずれをコードする遺伝子であってもよいが、本発明がプロテアーゼ活性を指標に遺伝子変異を判別するものである関係上、ウイルスプロテアーゼをコードする遺伝子上の箇所(例、HIVの場合はgag領域下流のpol領域)、あるいはウイルスプロテアーゼに関連する蛋白質をコードする遺伝子上の箇所であることが好ましい。
【0022】
当該ウイルスの種類としては特に限定されず、プロテアーゼを有するウイルス全般が挙げられ、例えばHIV、ラッサウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、サポウイルス、SARSウイルス、ポリオウイルス、エボラウイルス、肝炎ウイルス、黄熱病ウイルス、ヒトTリンパ球ウイルスなどである。本発明の方法において後述の基質ペプチドとして各ウイルスに好適な基質ペプチドを適用すれば、上記したどのようなウイルスに対してもその変異の有無を判別することが可能である。
【0023】
本工程で用いられる「変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼ」は、変異が疑われるウイルスから自体公知の方法で抽出してもよいし、ウイルスに感染している対象(例えば、ヒトなどの哺乳動物)の体液(例、血液、リンパ液、唾液など)から採取してもよい。また変異ウイルスの変異プロテアーゼ遺伝子が判明していれば自体公知の蛋白質発現系を利用して、変異プロテアーゼを調製してもよい。
【0024】
自体公知の蛋白質発現系を利用した変異プロテアーゼの調製方法としては、例えば、次のような方法が挙げられる。
まずプロテアーゼ遺伝子に自体公知の方法で変異を導入し、この変異遺伝子を適切なベクターに導入して、大腸菌やファージ内で遺伝子を増幅する。次いで増幅した遺伝子を精製し、別の蛋白質発現ベクターに導入し、大腸菌や動物細胞内でプロテアーゼを発現させる。最後に発現したプロテアーゼを自体公知の方法で精製することで、変異プロテアーゼを得ることができる。
【0025】
本明細書中「基質ペプチド」とは、ウイルスのプロテアーゼの基質となり得るペプチドのことをいう。基質ペプチドは対象とするウイルスによって異なり、ウイルスのプロテアーゼの基質となり得る限りその配列は特に限定されず、自体公知の基質ペプチドが用いられるが、ウイルスがHIV−1の場合には、例えば
Arg−Lys−Ile−Leu−Phe−Leu−Asp−Gly(配列番号1)、
Ala−Arg−Val−Leu−Phe−Glu−Ala−Met(配列番号2)、
Ser−Gly−Ile−Phe−Leu−Glu−Thr−Ser(配列番号3)、
Ser−Gln−Asn−Tyr−Leu−Ile−Val−Gln(配列番号4)
などのペプチドが挙げられる。またウイルスがHCVの場合には、例えば
Asp−Thr−Glu−Asp−Val−Val−Cys−Cys−Ser−Met-Ser−Tyr−Thr−Lys(配列番号5)
などのペプチドが挙げられる。
【0026】
これらの基質ペプチドは、その対応するウイルスプロテアーゼによって分解され、断片化する。各ウイルスに対する特異的な基質ペプチドは、当業者であれば適宜選択することが可能である。これらの基質ペプチドが断片化するパターンは、対応するウイルスプロテアーゼによって通常一定であるが、対応するウイルスの遺伝子が突然変異することに起因してその断片化するパターンが変化する。このように、ペプチド断片の生成率に基づくウイルスプロテアーゼ分解パターンの変化を検出することによって、当該ウイルスが変異ウイルスであるか否かを識別することができる。
【0027】
本発明において、基質ペプチドはそのN末端のアミノ基が保護されていることが望ましい。N末端のアミノ基が保護されていることによって、プロテアーゼ分解した基質ペプチドとプロテアーゼ分解されない基質ペプチドを区別することができる。
基質ペプチドのN末端アミノ基の保護に用いられる、「アミノ基の保護基」としては、ペプチドのN末端アミノ基の保護基として通常用いられるものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜選択することが可能である。当該アミノ基の保護基としては、ベンジルオキシカルボニル基、tert−ブチルオキシカルボニル基、ベンゾイル基、スクシニル基などが挙げられる。
【0028】
基質ペプチドとしては、単一の基質ペプチドを用いてもよいが、2種以上の複数の基質ペプチドを用いて同時にプロテアーゼとの反応に付すことが望ましい。
複数の基質ペプチドを用いることによって、得られるペプチドの分解パターンの情報が増えるので、複雑な遺伝子変異の表現型を詳細に分析することが可能になる。例えば変異HIV−1プロテアーゼの検出をする場合、上記した4種類のペプチドを全て変異が疑われるHIV−1プロテアーゼまたは野生型HIV−1プロテアーゼとの反応に付し、後述する解析方法によって、ペプチド断片の生成率に基づくウイルスプロテアーゼ分解パターンを比較することで、当該ウイルスが変異ウイルスであるか否かを識別することができる。
また2種以上の基質ペプチドを用いることによって、異なる種類のウイルスの変異についても一回の測定で同時に検証することが可能となる。つまり異なる種類のウイルスプロテアーゼに対応するそれぞれの基質ペプチドは断片化パターンが異なるので、それぞれのペプチド断片の生成率を分析することによってどのようなウイルスが存在するか、また当該ウイルスが変異ウイルスであるか否かを識別することも可能である。
【0029】
さらに変異ウイルスの表現型とプロテアーゼ分解パターンとの相互関係をデータ化することによって、変異が疑われるウイルスのプロテアーゼ分解パターンを解読すれば、そのウイルスがどのような表現型を表すかについて予測することも可能となる。
【0030】
これらの基質ペプチドの製造方法は特に限定されず、当業者であれば適切な製造方法を適用することが可能である。例えば、当業者であれば自体公知のペプチド合成法を用いて製造することができるし、また市販品があればそれを購入して用いてもよい。
【0031】
プロテアーゼとその基質ペプチドとの接触は、プロテアーゼが機能して基質ペプチドが分解し得る条件であればいかなる条件で行ってもよく、通常のプロテアーゼアッセイのプロトコルに沿って決定することが可能であるが、このような条件としては、例えば25℃〜40℃、好ましくは体温付近(35℃〜37℃)で1分〜24時間、好ましくは5分〜4時間の条件が挙げられる。
プロテアーゼの量、基質ペプチドの量、反応液の組成などは、通常のプロテアーゼアッセイのプロトコルに沿って決定することが可能である。
【0032】
本工程により、ウイルス(プロテアーゼ)変異に対応した基質ペプチドのペプチド断片が調製される(本明細書中、当該ペプチド断片のことを「分解ペプチド」と記載する)。この分解ペプチドを次の工程(2)に付す。
【0033】
工程(2):蛍光体を製造する工程
本工程は、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下で工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体とを反応させて、蛍光体を製造する工程である。
【0034】
本工程における「酸化剤」としては特に限定されるものではなく、例えば過酸化水素、過ヨウ素酸ナトリウム、過ホウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、m−クロロ過安息香酸などの酸化剤が挙げられる。なかでも過ホウ素酸ナトリウムまたは過酸化水素が好ましく、望ましい蛍光体形成との関係上、過ヨウ素酸ナトリウムであることがより好ましい。
酸化剤の添加量は、後述する蛍光体形成反応を進行させ、特定の波長で発光する蛍光体が形成される限り特に限定されるものではない。しかしながら、反応系中に酸化剤と反応するような物質が存在する場合や、後述する蛍光体形成を妨げるような物質が存在する場合は、酸化剤が消費されて実質的に工程(2)で用いられる酸化剤の量が減少するので、酸化剤の量を増やす必要がある。例えば工程(1)で用いられた、変異が疑われるウイルス(プロテアーゼ)のサンプルが血液や血清であった場合、本工程において血液や血清中のプロテアーゼ以外の物質によって酸化剤が消費される場合がある。このような場合は、通常よりも酸化剤の量を増やすことで本工程を進行させることができる。
このような酸化剤の量は、当業者であれば適宜決定することが可能である。
【0035】
本工程における「カテコールの誘導体」とは、下記式
【0036】
【化3】

【0037】
で表されるカテコールの芳香環上の水素原子を適当な置換基で置換してなる化合物、すなわち式(I)
【0038】
【化4】

【0039】
で表される化合物のことをいう。当該置換基Rとしては、後述する蛍光体形成反応の進行を妨げず、かつ特定の波長で発光する蛍光体が形成される限り特に限定されるものではない。このような置換基としては、例えば水素原子、C1−6アルキル基(例、メチル基、エチル基、プロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基など)、アルコキシ基、ヒドロキシ基、ハロゲン基、カルボキシル基、C1−6アルキル−カルボキシル基などが挙げられる。好ましくは、Rは、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル基、C1−6アルキル−カルボキシル基、カルボキシル基である。ベンゼン環上におけるRの置換位置も特に限定されないが、好ましくは3位または4位である。
また「カテコールの誘導体」としては、カテコールのベンゼン環のかわりにナフタレン環、ピリジン環などを配してもよい。
【0040】
本発明のカテコール誘導体として好ましくは、カテコール分子におけるベンゼン環の3位または4位に、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル基、C1−6アルキル−カルボキシル基またはカルボキシル基を有する化合物であり、より好ましくは、3−メチルカテコール、4−メチルカテコール、3−フルオロカテコール、4−フルオロカテコール、3−クロロカテコール、4−クロロカテコール、3−ブロモカテコール、4−ブロモカテコール、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、更に好ましくは、3−メチルカテコール、4−メチルカテコール、3−フルオロカテコール、4−フルオロカテコール、4−クロロカテコール、4−ブロモカテコール、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸である。
【0041】
本工程(2)においては、上記した酸化剤の存在下において、分解ペプチドのN末端のアミノ基がカテコールまたはその誘導体と共にイミン体を形成し、これがホウ酸溶液中のホウ酸と反応して蛍光体を形成する。
【0042】
本工程(2)における分解ペプチドとは、基質ペプチドがプロテアーゼ等により分解されて形成される断片化されたペプチドのことをいう。断片化されたペプチドとしては特に限定されず、本発明のカテコールまたはその誘導体が、本工程(2)の反応によって蛍光体を形成する限りどのような配列のものであってもよい。
例えば本工程(2)の反応において、N末端にプロリンやグリシンを持つペプチドはカテコールとは反応しにくく、ほとんど蛍光体を形成できないが、カテコールの誘導体は、以下の実施例で示されるように、N末端にプロリンやグリシンを持つペプチドであっても、蛍光体を形成することができる。一方で、N末端にアデニンを持つペプチドはカテコールまたはその誘導体と反応して蛍光体を形成できる。このようにして、本発明のカテコールまたはその誘導体を組み合わせることで、様々な種類の分解ペプチドを蛍光体化することが可能であり、結果として、様々なウイルスについて検出することが可能となる。
【0043】
分解ペプチドと反応するカテコールまたはその誘導体の量としては、分解ペプチドの量がウイルスの数、基質ペプチドの量、ウイルス変異の数や部位などによって毎回異なり、定まらないため特に限定されるものではないが、基質ペプチド1モルあたり、通常8.3〜66.7モルであり、好ましくは16.7〜33.3モルである。また酸化剤の量についても特に限定されるものではないが、基質ペプチド1モルあたり、通常3.3〜33.3モルであり、好ましくは3.3〜16.7モルである。血清を含む試料の場合には、基質ペプチド1モルあたり、8.3〜16.7モルである。
工程(2)における一回の反応で用いられるカテコールまたはその誘導体の種類としては、特に限定されず、1種類であってもよいし、2種類以上のカテコールまたはその誘導体を同時に用いてもよい。特に、複数のカテコールまたはその誘導体を用いることによって、得られるペプチドの蛍光修飾パターンの情報が増えるので、複雑な遺伝子変異の表現型を詳細に分析することが可能になる。例えば変異HIV−1プロテアーゼの検出をする場合、上記したペプチドに対し、種々のカテコールまたはその誘導体を全て変異が疑われるHIV−1プロテアーゼまたは野生型HIV−1プロテアーゼとの反応に付し、後述する解析方法によって、蛍光修飾の質的、量的パターンに基づくウイルスプロテアーゼ分解パターンを比較することで、当該ウイルスが変異ウイルスであるか否かを識別することができる。
【0044】
またホウ酸溶液中のホウ酸量も、分解ペプチドの量がウイルスの数、基質ペプチドの量、ウイルス変異の数や部位などによって毎回異なり、定まらないため特に限定されるものではないが、基質ペプチド1モルあたり、通常660〜1660モルであり、好ましくは1000〜1660モルである。
【0045】
ホウ酸溶液の組成としては特に限定されず、本工程における反応を阻害しないのであればどのような溶媒であってもよいし、どのような化合物が含まれていても構わない。本工程におけるホウ酸溶液として好ましくは、ホウ酸水溶液である。ホウ酸溶液がホウ酸水溶液である場合のpHは特に限定されないが、中性(pH6.5〜7.5)付近が好ましく、pH7がより好ましい。
【0046】
本工程における反応温度は、通常80℃〜120℃であり、好ましくは90℃〜110℃である。反応時間は、通常3〜15分間であり、好ましくは5〜13分間である。
【0047】
本工程により、例えばペプチドとの反応にカテコールを用いた場合は、励起波長約400nm、蛍光波長約500nmの蛍光体が製造される。この蛍光体を次の工程(3)に付す。
【0048】
工程(3):蛍光体を検出する工程
本工程は、工程(2)で得られた蛍光体を検出することで、ウイルスやそのプロテアーゼが変異しているか否かを分析する工程である。
【0049】
蛍光体の検出方法は特に限定されるものではないが、多数の分解ペプチドが生じる点や、多様な基質ペプチドの切断パターンを分析する必要性を鑑み、HPLCにより検出することが望ましい。また、マイクロチップ電気泳動による分離も可能である。HPLCやマイクロチップ電気泳動を利用することで、多様な分解ペプチドを分離分析することが可能である。
HPLC条件としては、例えばカテコールを用いた場合は、励起波長を400nm近傍に、蛍光波長を500nm近傍にそれぞれ設定する。カテコール誘導体を用いる場合は、その都度適宜最適な条件を設定することが可能である。これ以外のHPLC条件は特に限定されず、当業者であれば適宜条件を設定することが可能である。
【0050】
以上の工程を経て、変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼを用いた場合に得られる蛍光体と、野生型ウイルス由来のプロテアーゼを用いた場合に得られる蛍光体とを比較して、問題とするウイルスが変異しているか否かを識別する。
例えば、蛍光体の検出をHPLCで行う場合は、変異が疑われるウイルス由来のプロテアーゼを用いた場合のHPLCピークと、野生型プロテアーゼを用いた場合のHPLCピークのパターンを比較して、問題とするウイルスが変異しているか否かを識別する。より具体的には図1のように、変異ウイルスのプロテアーゼでは、変異によって基質特異性が変化しているため、野生型(a)と比較して、ピークの消失(b)や減少(c)が観察される。このように分離パターンを比較することで、ウイルスが変異しているか否かを識別することができる。
また、HPLCのように得られる蛍光体の検出を同時に行えるのであれば、基質ペプチドの種類を増やすことで、たとえ試料中に複数のウイルスが含まれる場合であっても、一回の測定で識別することが可能となる。
【0051】
本発明の識別方法を、どのようなウイルスに感染しているかの診断に適用する場合は、例えば次のようにすればよい。
ウイルスに羅患していることが疑われる対象(例、ヒトなどの哺乳動物)の血液や唾液などを採取し、これをウイルスプロテアーゼのサンプルとしてそのまま、または精製して、工程(1)に付す。次いで得られた分解ペプチドを工程(2)に付し、最後に工程(3)で蛍光体を検出する。そして事前に得ておいた特定のウイルスプロテアーゼの基質ペプチドの分解パターンと比較することで、羅患したウイルスがどのようなウイルスであるかを診断することが可能である。
【0052】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。なお以下の実施例は本願発明の一例を挙げるに過ぎず、本発明をこの範囲に限定するものではない。
【実施例】
【0053】
実施例1:変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子の作製
pMalc2xベクターに配列番号6で示される野生型HIV−1プロテアーゼ遺伝子を組み込んだプラスミドを鋳型に、PCRを用いたランダムミューテーションを行った。
【0054】
PCRで使用したプライマー:
Fwdプライマー:5’−TTTGGATCCCCTCAGATCACTCCTTGGCAG−3’(配列番号7)
Revプライマー:5’−AGGAAGCTTTTAAAAATTTAAAGTGCAGCC−3’(配列番号8)
【0055】
PCR反応液100μL(500ng鋳型プラスミド、0.2mM dNTP,1μMプライマー、1×Taq buffer,2.5unit Takara Taq,10mM MgCl)を調製し、94℃,30sec;45℃,30sec;72℃,1min(30サイクル)の条件でPCRを行った。PCR産物(約0.3kb)は1.5%アガロースゲル電気泳動で分離後、QIAEX II gel extraction kit(QIAGEN)を用いてゲルから抽出した。PCR産物とpMalc2xベクターをそれぞれ、制限酵素Hind IIIおよびBam HIで消化後、ライゲーションを行い、大腸菌DH5αへ形質転換した。LA寒天培地(50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地)上に生育したコロニーを、3mLのLA液体培地に植菌し、37℃で一晩振盪培養した。一晩培養した培養液から、プラスミドをQIAprep Spin Miniprep kit(QIAGEN)を用いて調製した。塩基配列は、ABI Prism Dye Terminator Cycle Sequencing kit(Applied Biosystems)を用いて決定した。その結果、以下で示される4種の変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子を得た。
【0056】
変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子1;配列番号9(Leu5→Pro,Gly57→Arg)、
変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子2;配列番号10(Leu5→Pro,Gly57→Arg,Asn83→Tyr)、
変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子3;配列番号11(Leu5→Pro,Gly57→Arg,Asp60→Glu)、
変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子4;配列番号12(Leu5→Pro,Gly57→Arg,Gly68→Arg)。
【0057】
実施例2:変異型HIV−1プロテアーゼの調製
実施例1で得られた変異型HIV−1プロテアーゼ遺伝子をもつ大腸菌を、2mLのLA液体培地に植菌し、37℃で一晩振盪培養した。一晩培養した培養液1mLを100mLのLA液体培地に植菌し、37℃で3時間継代培養した。終濃度1mMになるようにisopropyl−β−D−thiogalactopyranosideを加え、さらに37℃で3時間培養した。4000×gで20分間遠心分離することで集菌し、菌体を1×PBS 10mLで洗浄した。菌体は、5mLのassay buffer(50mM sodium acetate(pH5.5),1.0M NaCl,1.0mM EDTA,2.5% glycerol)に懸濁後、Model 300 V/T(BioLogics)を用いて超音波破砕(power 40%,pulser 50%,15分間)を行った。次いで、13,500×gで10分間遠心分離を行い、上清を変異型HIV−1プロテアーゼの各サンプル(変異型HIV−1プロテアーゼ1〜4)とした。
【0058】
実施例3:変異型HIV−1プロテアーゼの検出
(1)HIV−1プロテアーゼによるペプチド分解
4種類のアセチル化ペプチド:
基質1:Acetyl−Arg−Lys−Ile−Leu−Phe−Leu−Asp−Gly(配列番号1)、
基質2:Acetyl−Ala−Arg−Val−Leu−Phe−Glu−Ala−Met(配列番号2)、
基質3:Acetyl−Ser−Gly−Ile−Phe−Leu−Glu−Thr−Ser(配列番号3)、および
基質4:Acetyl−Ser−Gln−Asn−Tyr−Leu−Ile−Val−Gln(配列番号4)、
を基質として用いた。
【0059】
実施例2と同様の方法で、野生型HIV−1プロテアーゼを作製した。次いで、これらのHIV−1プロテアーゼをそれぞれ含む大腸菌抽出液10μL(タンパク質8μg)、各0.625mMの4種類の基質ペプチドを含む混合液24μL、assay buffer 66μLをそれぞれ混合し(全量100μL:終濃度としてタンパク質0.08μg/μL、各基質ペプチド0.15mM)、37℃で2時間反応させた。反応は0.1M NaOH 5μL,1×PBS 20μLを加え、pHを7.0にすることで停止させた。
【0060】
(2)蛍光体への変換、高速液体クロマトグラフィーによる分離と蛍光体の検出
上記(1)で得られた各反応液(125μL)に、それぞれ2.5mMカテコール100μL、300mM HBO−NaOH(pH 7.0)50μL、1.0mM NaIO 50μLを加え(全量325μL:終濃度としてカテコール0.77mM、NaBO 46mM、NaIO 0.15mM)、100℃で10分間加熱後、氷中にて5分間冷却した。冷却後、反応液を13,500g,5分間遠心分離を行い、上清20μLをHPLCによって分析した。
HPLC条件:移動層;15−80%メタノール+5% 0.25M pH7.0 HBO−NaOH(0−40min linear gradient)、励起波長400nm,蛍光波長500nm,カラムODS−100S RP−18e type(150mm×4.6mm i.d,pore size 5mm,Tosoh)。野生型および変異型HIV−1プロテアーゼに関する結果を図2に示す。
【0061】
その結果、野生型HIV−1プロテアーゼと変異型HIV−1プロテアーゼの、基質4に対するペプチド断片の生成率(活性)に違いが見られた。野生型と比較して、変異型の基質4に対する活性は約50%に低下していた。一方で、基質1〜3に対する活性は、野生型と変異型の間で違いは観察されなかった。
【0062】
上記4種類のアセチル化基質ペプチドの分解率について、他の変異型HIV−1プロテアーゼについても比較すると、野生型に比べて変異型では、「ある基質に対する活性が著しく減少し分解物を生成しない」、一方で「別の基質には変わりなく分解する」など、各変異体によって分解パターン(蛍光体の生成されるパターン)が異なることが分かった。
【0063】
以上の結果から、変異が疑われるHIV−1プロテアーゼの基質に対する活性と野生型HIV−1プロテアーゼの基質に対する活性とを基質ペプチドの分解率を指標に比較することで、HIV−1プロテアーゼが変異型であるか否かを識別することが可能であることが分かった。
【0064】
実施例4:野生型および変異型HIV−1プロテアーゼ活性に及ぼす、阻害剤(抗エイズ薬も含む)の影響
抗エイズ薬のHIV−1プロテアーゼ活性の阻害効果を調べる1つの方法として、以下の実験を行った。
野生型および変異型HIV−1プロテアーゼをそれぞれ含む大腸菌抽出液とリトナビルまたはペプスタチンAを混合し(全量94μL:終濃度としてタンパク質0.1μg/μL、リトナビル0.1〜10μM、ペプスタチンA1〜100μM)、37℃で15分間保温した。この溶液に各2.5mMの4種類の基質ペプチドを含む混合液6μLを加え、37℃で2時間反応させた。その後、実施例3と同様に、分解ペプチドを蛍光体へ変換して高速液体クロマトグラフィーによる分離と検出を行った。結果を図3および図4に示す。
【0065】
HIV−1プロテアーゼの特異的な阻害剤であるリトナビルの阻害効果を調べたところ、野生型では、1μMの濃度で活性は著しく阻害され、10μMで完全に阻害された。これに対して、変異型4では、10μMのリトナビルで処理しても、最大で約40%の活性が残存していた(図3)。また同様に、HIV−1プロテアーゼが属するアスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤であるペプスタチンAを用いて、阻害活性を調べたところ、野生型に比べて、変異型4はペプスタチンAによる阻害を受けにくいことが観察された(図4)。
これらの結果は、変異によって、阻害剤(抗エイズ薬)に対する抵抗性を獲得したことを示すものであり、本発明の検出方法が、阻害剤をもとに開発された抗ウイルス薬に対して、変異ウイルスが耐性であるか否かを容易に判別できることを示している。
【0066】
実施例5:血清存在下でのHIV−1プロテアーゼの検出
実施例3の酵素反応液の中に10μLのヒト血清を添加し、37℃で2時間酵素反応を行った。その後、実施例3と同様に、分解ペプチドを蛍光体へ変換して高速液体クロマトグラフィーによる分離と検出を行った。このとき、蛍光体への変換反応におけるNaIOの濃度を1.0mMまたは2.5mMとし、それぞれのクロマトグラムを比較した。結果を図5に示す。
血清存在下1.0mM NaIOを使用した場合、血清非存在下と比較すると、ピーク高さは50%以下に低下した。しかし、蛍光誘導化反応に用いるNaIOの濃度を上げることで、ピーク高さを70%以上にまで回復することができた。これは、血清中の成分によって、酸化剤が消費され、蛍光誘導化反応に必要な酸化剤が不足したことを示している。
以上の結果から、酸化剤の濃度を調節することで、たとえサンプルが血液由来のものであっても、ウイルスプロテアーゼを検出可能であることが分かった。
【0067】
実施例6:HIV−1プロテアーゼとHCVプロテアーゼの同時識別
HIV−1プロテアーゼを含む大腸菌抽出液とHIV−1プロテアーゼの基質ペプチドからなる酵素反応液の中に、HCVプロテアーゼおよびHCVプロテアーゼの基質ペプチドを添加し(全量100μL:終濃度としてタンパク質0.1μg/μL、各基質ペプチド0.05mM、HCVプロテアーゼ1.25または2.5ng/μL)、37℃で2時間酵素反応を行った。
このとき、HIV−1プロテアーゼの基質ペプチドとしては実施例3で用いた4種類の基質(配列番号1〜4)を用い、またHCVプロテアーゼの基質ペプチドとしては、Acetyl−Asp−Thr−Glu−Asp−Val−Val−Cys−Cys−Ser−Met−Ser−Tyr−Thr−Lys(配列番号5)を用いた。
その後、実施例3と同様の方法で分解ペプチドを蛍光体へ変換して、高速液体クロマトグラフィーにより蛍光体を分離し、検出した。結果を図6に示す。
【0068】
その結果、酵素反応液の中に、HCVプロテアーゼを1.25ng/μL(図6B)、または2.5ng/μL(図6C)で添加した場合、HCVプロテアーゼを添加しない場合(図6A)と比較して、図中の矢印で示した新たなピークが観察され、このピークは、HCVプロテアーゼの添加量の増加に従って高くなった。このことから、新たに出現したピークは、HCVプロテアーゼの基質ペプチドが、HCVプロテアーゼによって分解されたものである。また、このピークは、HIV−1プロテアーゼ分解ペプチドとも十分に分離できた。
このように、基質ペプチドの種類を増やすことで、複数のプロテアーゼを同時に識別可能であることが分かった。
【0069】
実施例7:カテコール誘導体によるペプチドの蛍光体への変換
種々のカテコール誘導体は、東京化成工業から購入した。分解ペプチドとしては、カテコールと反応して蛍光を生じるペプチドと蛍光を生じないペプチド(アラニン−グリシン;AG、プロリン−グリシン;PG、グリシン−プロリン;GP)を用意した。
40μMペプチド250μL、0.5mMカテコール誘導体375μL、200mM HBO−NaOH(pH 7.0)312μL、1.5mM NaIO 63μLを加え(終濃度として、各ペプチド10μM、各カテコール誘導体187.5μM、NaBO 62.4mM、NaIO 94.5μM)、100℃で10分間加熱後、氷中にて5分間冷却した。冷却後、反応液を13,500gで5分間遠心分離を行い、上清20μLをHPLCによって分析した。
HPLC条件:移動層;15−80%メタノール+5% 0.25M pH7.0 HBO−NaOH(0−40min linear gradient)、励起波長330〜420nm,蛍光波長430〜520nm,カラムODS−100S RP−18e type(150mm×4.6mm i.d,pore size 5mm,Tosoh)。
結果を図7に示す。
【0070】
その結果、いずれのカテコール誘導体についても、ペプチドを蛍光体化できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の検出方法は、従来型の変異ウイルスの検出方法よりも、迅速かつ簡便に変異ウイルスを検出することができる。またプロテアーゼ活性の変化に基づきウイルス変異を判断していることから、本発明の検出方法は、抗ウイルス薬の効果を判別する方法としても適用可能である。さらに、基質となるペプチドを変えることで、様々なウイルスを同時に、かつ詳細に検出・識別可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
(1)ウイルス由来のプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、酸化剤存在下で、工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体とを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体を検出する工程
を含む、ウイルスの識別方法。
【請求項2】
カテコールまたはその誘導体が、式(I)
【化1】

(式中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル、C1−6アルキル−カルボキシル、カルボキシルを示す)で表される化合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
基質ペプチドのN末端アミノ基が保護されている、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
基質ペプチドが2種以上の基質ペプチドである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
酸化剤が過ヨウ素酸ナトリウムである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールまたはその誘導体との反応が、90℃〜110℃で行われる、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
変異ウイルスの識別方法である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
以下の工程:
(1)変異が疑われるプロテアーゼとその基質ペプチドとを接触させて、基質ペプチドを分解させる工程;
(2)ホウ酸溶液中、工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールとを反応させて、蛍光体を製造する工程;
(3)工程(2)で得られた蛍光体の蛍光強度を測定する工程
を含む、変異プロテアーゼの検出方法。
【請求項9】
カテコールまたはその誘導体が、式(I)
【化2】

(式中、Rは、水素原子、ハロゲン原子、C1−6アルキル、C1−6アルキル−カルボキシル、カルボキシル)で表される化合物である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
基質ペプチドのN末端アミノ基が保護されている、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
基質ペプチドが2種以上の基質ペプチドである、請求項8〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
酸化剤が過ヨウ素酸ナトリウムである、請求項8〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
工程(1)で得られた分解ペプチドとカテコールとの反応が、90℃〜110℃で行われる、請求項8〜12のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−200226(P2011−200226A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45488(P2011−45488)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】