説明

ウメ乳酸発酵飲食品及びその製造方法

【課題】ウメ果実を原料に、乳酸菌の持つ機能性を付与した安価で日常的摂取が可能な飲食物を提供する。
【解決手段】胃酸耐性が高く低pHでの生育が良好で、胆汁耐性も高く、ウメ果実もしくはウメ果汁での生育が良好で、発酵後の風味、嗜好性が優れ、かつ抗酸化力などウメ果実の持つ機能性を損なわないLactobacillus sp.FPL2(NITE AP−692)に属する乳酸菌で発酵させることによるウメ果実の飲食物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐酸性を有し、ウメ果実の発酵に適するLactobacillus sp.に属する乳酸菌、ならびに、該乳酸菌を含有するウメの飲食品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウメは有機酸(主にクエン酸、リンゴ酸)を多く含み、酸味が強く、加水し希釈を行ってもpHは3未満であり、乳酸発酵には適していない。ウメの乳酸発酵に関する技術として(特許文献1)、(特許文献2)があるが、いずれもpH調整を行っており、(特許文献1)では6.5、(特許文献2)では3.0〜5.5で、pH3未満の範囲では乳酸発酵できないことが示されている。またウメの発酵に適した乳酸菌株の選抜は検討されておらず、既存の乳酸菌では、目的とするウメの乳酸発酵飲食品を得るには未だ改良の余地が多く残されているのが現状である。
【0003】
【特許文献1】特開2005−211036号公報
【特許文献2】特開2005−204646号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
本発明が解決しようとする課題は、ウメ果実を原料に乳酸菌の持つ機能性を付与した飲食物を得ることを目的に、梅果実の発酵に適しする乳酸菌株を選定し、該乳酸菌株を用いた安価で日常的摂取が可能なウメ果実の飲食品を新たに提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記した課題を解決するためになされたものであって、本発明者らは、目的とする乳酸菌をスクリーニングするに際し、次のような基準を新たに設定し、選定作業を行った。
すなわち、本発明者らは、食経験が長く安全性の高い乳酸菌として、伝統的な発酵食由来の乳酸菌のうち▲1▼胃酸耐性が高い、▲2▼低pHでの生育が良好である、▲3▼胆汁耐性が高い▲4▼ウメ果実の持つ機能性を損なわない、▲5▼ウメ果実もしくはウメ果汁での生育が良好で、発酵後の風味、嗜好性が優れる菌株の選定につき研究を重ねた結果、これらの条件に合致する菌株としてLactobacillus sp. FPL2(本菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターNITE AP−692として寄託された。)を見出した。本菌株の菌学的性質は、以下のとおりである。
【0005】
A.形態的性状
細胞形態:桿菌
運動性:なし
胞子の有無:なし
グラム染色性:陽性
【0006】
B.生理学的性状(陽性:+、陰性:−、弱陽性:w)
カタラーゼ −
ガス産生 −
15℃での生育 +
45℃での生育 −
発酵形式 ホモ発酵
乳酸旋光性 DL
ペプチドグリカンタイプ DAP
好塩性・耐塩性 0〜7.5%での生育 +
10%での生育 −
【0007】
C.炭水化物発酵性(陽性:+、陰性:−、弱陽性:w)
アラビノース −
リボース +
キシロース −
グルコン酸 +
グルコース +
フルクトース +
ガラクトース +
マンノース +
ラムノース −
セロビオース +
ラクトース +
マルトース +
メリビオース +
スクロース +
ラフィノース +
サリシン +
トレハロース +
メリチトース −
マンニトール +
ソルビトール +
スターチ −
イヌリン −
グリセロール −
【0008】
D.遺伝学的特性
BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kitを用いた16SrDNAの全塩基配列はLactobacillus pentosus および Lactobacillus plantarumの16SrDNAに対し、相同率99.6%以上の高い相同性を示した。
【0009】
E.胃酸耐性
胃酸耐性試験は以下の通りに実施した。人工胃液(100mM HCl/KCl buffer pH2.0 with 0.04% Pepsin)4.5mlに乳酸菌培養液(GYPブロス 30℃ 24hr)0.5mlを加え、37℃で3時間放置し、初発菌数および人工胃液に接触後の菌数をMRS agarを用いて計測し、生残率を算出した。本法により、本菌株は高い生存率を示し、接種後の生菌数を経時的にみたところ、図1に示すようにほとんど低下しなかった。
【0010】
F.胆汁耐性
胆汁耐性試験は以下の通りに実施した。GYPブロスにて24時間前培養を行った菌株を0,0.1,0.2,0.3,0.4%胆汁末含有GYPブロスに接種、30℃で5日間培養、培養液2mlを0.1M水酸化ナトリウム溶液で滴定し、生育を判定した。胆汁濃度が高くなると、菌の生育は悪くなるが、図2に示すように本菌株は胆汁濃度0.4%下でも生育を示した。
【0011】
G.ウメ果実の発酵性
ウメ果実の発酵性試験は以下の通りに実施した。まず、冷凍保存しておいたウメ果実(品種:紅サシ)を自然解凍後圧搾し、果汁を調製した。このウメ果汁を2倍に希釈、グルコースを2%になるよう添加、クエン酸ナトリウムでpHを3.0に調整したものと、pH未調整(pH2.7)のままのものを、0.45・mメンブレンフィルターで濾過滅菌した。この滅菌ウメ果汁液に、GYPブロスにて24時間前培養を行った菌株を1/1000容接種し、30℃で発酵させた。図3に示すように、本菌株はpH未調整(pH2.7)のウメ果汁中においても、ほぼ接種した菌数を維持し、pH3.0の果汁においては菌数の増加を示した。
【0012】
H.抗酸化機能の維持
ウメ果実にはクロロゲン酸や(+)−カテキンなどのポリフェノールが含まれ、抗酸化機能を有することが知られているが、乳酸発酵でこの抗酸化能力が維持できるかを検討した。上記ウメ果汁発酵液を用い、Troloxを標準物質に、DPPHラジカル消去活性を(非特許文献1)に従って測定したところ、図4に示すように、本菌株で発酵したウメ果汁の抗酸化能力は高まることがわかった。
【非特許文献1】篠原和毅,鈴木建夫:「食品機能研究法」光琳,東京,2000;218−220
【0013】
Lactobacillus sp. FPL2は、ウメ果実での生育が良好で、ウメ果実の持つ抗酸化機能を高め、胃酸耐性、胆汁耐性を有し摂取後の生残性も期待でき、該菌株の生菌またはウメ果実の発酵物を食品(液状、凝固、ペースト状、凍結、乾燥品)として提供することが可能な菌株として選択したものである。そこで、Lactobacillus sp. FPL2株を用いたウメ発酵飲食物の製造特性を例を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】
すなわち、本発明は ウメ果実に乳酸菌が利用できる糖類、水を加え、ウメ果実発酵に適したLactobacillus sp. に属する乳酸菌、該乳酸菌含有物、その処理物の少なくともひとつを含有してなること、を特徴とする飲食品に関するものである。乳酸菌含有物としては、乳酸菌懸濁液、乳酸菌培養物、乳酸菌培養物から固形分を除去した乳酸菌培養液、ウメ果実の発酵飲料などが挙げられる。
【0015】
処理物としては、固形物、凝固物、濃縮物、ペースト化物、乾燥物、液状物、希釈物、凍結物等が挙げられる。乳酸菌としては生菌体、湿潤菌体、乾燥菌体などが適宣使用可能である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ウメ果実の果汁に糖類を添加した飲料や、梅干しなどの梅漬けに乳酸菌を添加して発酵させることも可能で、ウメ果実の飲料や漬物等を乳酸発酵させることができる。
【0017】
また、本菌株は、ウメ果実に含まれるリンゴ酸を資化することがわかっており、ウメ果実中のリンゴ酸を低下させ、果実の酸味を調節することもできる。
【0018】
そして、胃酸耐性、胆汁耐性を有し摂取後の生残性も期待できる乳酸菌を用いることで保健機能を併せ持つウメの健康志向飲食品の製造が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
原料のウメはpHを調整すれば、品種や熟度に関係なく使用できるが、ウメ果実に含まれている有機酸含量は、品種や熟度に左右され、福井県で栽培されている品種「紅サシ」は、他のウメ品種に比べ、有機酸含量はやや低く、さらに完熟黄化することにより低くなるため、完熟黄化した「紅サシ」を用いれば、希釈のみでpHを調整しなくても乳酸発酵を行うことが出来る。pH調整を行い、pHを3近くまで上げると、再現よく乳酸発酵することが出来る。
【0020】
飲食物製造のための乳酸菌株の前培養は、遠心分離などで培養菌体だけを集菌し、培地成分を除去して使用することのほか、食品として利用できる食品添加物としての酵母エキス、グルコースのみからなる液体培地でも十分生育させることができる。また、ウメの乳酸発酵物をそのままスターターとして添加することも可能である。添加量は原料の1/10000から1/10の範囲で使用することができる。
【0021】
本乳酸菌の生育温度は15℃〜40℃、至適温度30℃で、この温度条件下で乳酸発酵を行うことができる。培養時間は30℃で2〜5日間で、発酵終了後は冷蔵(5℃)保存により、約1ヶ月後も乳酸菌数を維持することができる。乳酸発酵中に酵母汚染が懸念されるため、乳酸菌の添加前に原材料の加熱殺菌を行うことが望ましい。乳酸生菌を製品中に維持するには、発酵終了後は冷蔵、凍結、凍結乾燥などが有効であるが、死菌としてもよい場合には、乳酸発酵終了後に加熱殺菌を行ってもよい。
【0022】
飲料として提供する場合は、糖濃度、加水量を調節することで、製品の味を調節できる。乳酸菌添加時に寒天等のゲル化剤を添加することで、ヨーグルト状の凝固とて提供することもできる。また凍結させることでフローズンタイプのデザートとして提供することも可能であり、凍結乾燥などにより、粉末化し、サプリメントなどに利用することも可能である。
【試験例1】
【0023】
冷凍保存しておいたウメ果実(品種:紅サシ)を自然解凍後圧搾し、果汁を調製した。ウメ果汁を3倍に希釈し、グルコースを7%添加し、1%炭酸水素ナトリウムを0〜3ml加えpH2.85〜3.13まで変化させ、65℃、15分間加熱殺菌を行ない、GYPブロスにて24時間前培養を行ったFPL2株を1/500容接種し、吸光度(630nm)を測定し、濁度により生育を判定した。図5に示すように、pH低下に伴い、乳酸菌の生育は抑制されたが、pH3未満でも、吸光度の上昇が認められ、乳酸発酵を行うことが確認できた。
【試験例2】
【0024】
試験例1に記載のウメ果汁に水、グルコース(終濃度1%) を加え、3倍希釈し、50mlずつわけ、65℃、15分間加熱殺菌を行ない、冷却後、FPL2株を1/500量加えて30℃のインキュベーターで発酵させ、乳酸菌数、有機酸含量を測定した。乳酸菌数はGYP白亜寒天培地を用い、有機酸は、下記に記載の島津有機酸分析システム(HPLC)により測定した。
《分離条件》
カラム:Shin−pack SCR−102H(8mmI.D.×300mmL.)
2本直列接続、カードカラム SCR−102H(6mmI.D.×50mmL.)付き
移動相:5mM p−トルエンスルホン酸水溶液
流量:0.8mL/min
温度:40℃
《検出条件》
試薬:5mM p−トルエンスルホン酸 および
100μ「M EDTA を含む
20mM Bis−tris水溶液
流量:0.8ml/min
検出器:CDD−6A
polarity :+
response :SLOW
temperature :43℃
scale :1×24μS/cm
図6に示すように乳酸菌を接種した直後のスタート時から3日目まではほとんど菌数変化が見られず10CFU/mL程であったが、3〜4日目にかけて菌数が増加し、5日で10CFU/mlに達した。その間の有機酸含量の変化を図7に示す。リンゴ酸は発酵開始直後から低下し4日目には消失した。クエン酸はわずかに低下傾向が認められ、乳酸は4日目までは徐々に増加しそれ以降大きく増加した。このウメ果汁の官能評価をおこなったところ、3日目では酸味がマイルドに感じられ、4日目以降は酸味が徐々に強まる傾向が認められ、有機酸含量の変化を反映していた。発酵時間を調節することで、ウメの酸味を調節できることが示唆された。
【実施例】
【0025】
市販濃縮ウメ果汁(JA三方五湖 品種紅サシ 5倍濃縮 pH2.32)を200g、上白糖300g、水2,500gを加え、溶解後重曹(炭酸水素ナトリウム)4gを添加しpHを2.95に調整し、温浴上で70℃で20分間加熱殺菌し、室温に冷却後、本菌株の前培養液(GYPブロス30℃24時間培養)を3mL(1/1000容)添加し、30℃で2日間乳酸発酵してウメ乳酸発酵液状物を得た。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本菌株の胃酸耐性に関して、人工胃液による生存性を示すグラフである。
【図2】本菌株の胆汁耐性に関して、胆汁濃度と、菌の増殖の関係を示すグラフである。
【図3】ウメ果汁を2倍に希釈、グルコースを2%になるよう添加、クエン酸ナトリウムでpHを3.0に調整したものと、pH未調整(pH2.7)のままの滅菌ウメ果汁液に、本菌株を添加して30℃で発酵させたときの乳酸菌数の変化を示すグラフである。
【図4】ウメ果汁液に、本菌株を添加して30℃で発酵させたときのDPPHラジカル消去活性による抗酸化の変化を示すグラフである。
【図5】炭酸水素ナトリウムを用いてウメ果汁液pHを変化させ本菌株を添加し30℃で醗酵させたときの吸光度(630nm)の変化を示すグラフである。
【図6】ウメ果汁に水、グルコース(終濃度1%) を加え、3倍希釈し、本菌株を添加し30℃で醗酵させたときの乳酸菌数の変化を示すグラフである。
【図7】ウメ果汁に水、グルコース(終濃度1%) を加え、3倍希釈し、本菌株を添加し30℃で醗酵させたときの有機酸(クエン酸、リンゴ酸、乳酸)含量の変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウメ果汁またはウメ果実を含む組成物がpH3未満の範囲で、耐酸性を有しウメ果実の発酵に適したLactobacillus sp.に属する乳酸菌、該乳酸菌含有物、その処理物の少なくともひとつを含有してなること、を特徴とする飲食品。
【請求項2】
ウメ果汁またはウメ果実を含む組成物がpH3未満の範囲で、耐酸性を有しウメ果実の発酵に適したLactobacillus sp.に属する乳酸菌、該乳酸菌含有物、その処理物の少なくともひとつを含有し、ウメ果実の有する抗酸化活性が高まること、を特徴とする飲食品。
【請求項3】
胃酸耐性、胆汁耐性を有し、経口投与組成物とした際に生残性が高いLactobacillus sp. に属する乳酸菌、該乳酸菌含有物、その処理物の少なくともひとつを含有してなること、を特徴とする梅果実の飲食品。
【請求項4】
乳酸菌がLactobacillus sp. FPL2であること、を特徴とする請求項1又は2に記載の飲食品。
【請求項5】
乳酸菌含有物が、乳酸菌懸濁液、乳酸菌培養物、乳酸菌培養液から選ばれる少なくともひとつであること、を特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の飲食品。
【請求項6】
処理物が、固形物、凝固物、濃縮物、ペースト化物、乾燥物、液状物、希釈物、凍結物から選ばれる少なくともひとつであること、を特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の飲食品。
【請求項7】
Lactobacillus sp. FPL2(NITE AP−692)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−142215(P2010−142215A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−336167(P2008−336167)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【Fターム(参考)】