説明

エタノールの生産方法

【課題】セルロース加水分解酵素群を細胞表層提示した酵母を用いて、リグノセルロース系バイオマスから低コストでエタノールを生産する方法を提供する。
【解決手段】リグノセルロース系バイオマスからセルロース画分を得る工程、100g−乾燥質量/L以上の固形分含量の該セルロース画分をセルロース加水分解酵素製剤と混合し、0.5〜10時間酵素処理して糖化バイオマスを生成する工程、および酵母を該糖化バイオマスと混合し、培養する工程を含む、リグノセルロース系バイオマスからのエタノールの生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノールの生産方法に関する。より詳細には、バイオマスからのエタノールの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料の枯渇が危惧される中、その代替燃料の開発が進められている。中でもバイオマスに由来するバイオエタノールが注目されている。バイオマスは、再生可能な資源であり、地球上に大量に存在し、そして使用しても大気中の二酸化炭素が増えず(カーボンニュートラル)、地球温暖化防止に寄与できるからである。
【0003】
しかし、現在、生産されているバイオエタノールは、主にトウモロコシやサトウキビを原料としており、食糧との競合が問題となっている。このため、将来的には、食糧と競合しない稲ワラ、麦ワラ、廃材などのリグノセルロース系バイオマスを原料とするバイオエタノールの生産が求められる。
【0004】
リグノセルロース系バイオマスは、主にセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンの3種類の成分から構成される。このうちセルロースは、加水分解によりグルコースまで分解(糖化)されると、グルコースを資化できる酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)などによるエタノール発酵に利用できる。
【0005】
従来、前処理法としては、水熱分解法、酸処理法、アルカリ処理法が知られている。酸処理法としては、高温(200℃以上)で希酸を用いる方法と、濃硫酸などを用いる方法とが知られている。しかし、水熱分解法や酸処理法は、過激な条件下でセルロースを部分分解するため、過分解物(副生成物)を生じ、グルコース収率(糖化率)が低いことや、エタノール発酵を阻害する物質をも生じ得ることが問題である。
【0006】
リグノセルロース系バイオマスの前処理物は酵素処理に供される。酵素処理では、前処理物を構成するセルロース成分やヘミセルロース成分を加水分解し、オリゴ糖や単糖を生成する。しかしながら、糖化に使用する市販の酵素の力価が低いことにより十分な糖化には酵素を大量に必要とするので、コストが高くなるという問題がある。
【0007】
一方、セルロース、ヘミセルロースなどを本来資化することができない酵母サッカロマイセス・セレビシエなどを、生物工学的手法を用いて改変することにより、バイオマスの前処理物から直接エタノールを生産させる試みがなされている。このような生物工学的手法として細胞表層提示技術が利用されている。例えば、セルロースを加水分解する酵素群、すなわちエンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、β−グルコシダーゼなどを表層提示した酵母が、細胞表層提示技術によって作製されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2010/032762号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
工業上の実用性を鑑みると、上記方法を組み合わせることでエタノールの生産性を向上させるための検討が必要である。特に、酵素処理法によりリグノセルロース系バイオマス前処理物の糖化を一定程度進めつつ、セルロース加水分解酵素群を細胞表層提示した酵母を用いてエタノール発酵させる方法が有力技術として検討されている。しかし、酵素処理のコスト低減が課題となっている。
【0010】
本発明は、酵母を用いて、リグノセルロース系バイオマスから低コストでエタノールを生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、リグノセルロース系バイオマス前処理物を短時間酵素処理して上記酵母の発酵基質とすることにより、リグノセルロース系バイオマスから低コストでエタノールを生産できることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明は、リグノセルロース系バイオマスからのエタノールの生産方法を提供し、該方法は、リグノセルロース系バイオマスからセルロース画分を得る工程、100g−乾燥質量/L以上の固形分含量の該セルロース画分をセルロース加水分解酵素製剤と混合し、0.5〜10時間酵素処理して糖化バイオマスを生成する工程、および酵母を該糖化バイオマスと混合し、培養する工程を含む。
【0013】
1つの実施態様では、上記酵素処理する時間は、0.5〜8時間である。
【0014】
1つの実施態様では、上記セルロース画分の固形分含量は、200g−乾燥質量/L以上である。
【0015】
1つの実施態様では、上記セルロース加水分解酵素製剤は、1〜4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度である。
【0016】
1つの実施態様では、上記酵母は、少なくとも2種のセルロース加水分解酵素を細胞表層に提示するように形質転換された酵母である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法によれば、酵母を用いて、リグノセルロース系バイオマスから低コストでエタノールを生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度で酵素処理を行い、酵素処理開始から2時間経過後に発酵を開始した場合の、酵素処理開始からの発酵液中のグルコース濃度およびエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【図2】酵素処理と同時に発酵を開始し、フェドバッチ法により基質濃度を増加させた場合の、酵素処理/発酵開始からの発酵液中のエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【図3】発酵開始から72時間経過後の発酵液中の生産されたエタノール濃度を示すグラフである。
【図4】4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度で酵素処理を行い、酵素処理開始から2時間経過後に発酵を開始した場合の、酵素処理開始からの発酵液中のエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【図5】1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物または10FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度で酵素処理を行い、酵素処理開始から2時間または24時間経過後に発酵を開始した場合の、発酵開始からの発酵液中のエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【図6】野生株酵母を用いて、1〜10FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度で酵素処理を行い、酵素処理開始から0〜24時間経過後に発酵を開始した場合の、発酵開始からの発酵液中のエタノール濃度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
バイオマスとは、生物資源に由来する糖質材料をいう。例えば、トウモロコシなどから得られるデンプン、サトウキビなどから得られる糖蜜(廃糖蜜)が挙げられる。リグノセルロース系バイオマスとは、主にセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンの3種類の成分から構成されるバイオマスをいう。リグノセルロース系バイオマスの利用は、食糧と競合しない点で好ましい。リグノセルロース系バイオマスとしては、コメ、ムギ、トウモロコシ、サトウキビ、木材(パルプ)などの生物材料の処理に際して生じる廃棄物などが挙げられる。例えば、稲ワラ、麦ワラ、廃材が挙げられる。
【0020】
バイオマスの糖化とは、例えば、グルコース(単糖)を構成単位とするセルロース(多糖体)をグルコースまで分解することをいう。糖化法としては、例えば、水熱分解法、酸処理法、酵素処理法が挙げられる。コストの点で、希硫酸法、水熱分解法が好ましい。酵母サッカロマイセス・セレビシエなどは、グルコースを基質として発酵によりエタノールを生産する。
【0021】
糖化バイオマスとは、バイオマス前処理物を糖化処理して得られた組成物をいい、例えば、セルロース(多糖体)の分解により生成したグルコース(単糖)を主成分として含む。
【0022】
セルロースとは、β1,4−グルコシド結合によりグルコピラノース(グルコース)が連なった繊維状高分子をいう。
【0023】
セルロース加水分解酵素は、セルロースのβ1,4−グルコシド結合を加水分解する。セルロース加水分解酵素としては、代表的には、エンドβ1,4−グルカナーゼ(以下、単に「エンドグルカナーゼ」という)、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼが挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
エンドグルカナーゼは、通常、セルラーゼと称される酵素であり、セルロースを分子内部から切断し、グルコース、セロビオース、およびセロオリゴ糖(重合度が3以上であり、そして通常、10以下であるが、これに限定されない)を生じる。エンドグルカナーゼは、非結晶化されたセルロース、可溶性セロオリゴ糖、およびカルボキシメチルセルロース(CMC)のようなセルロース誘導体などの結晶化度の低いまたは非晶性のセルロースに対する反応性が高いが、結晶構造を有するセルロースミクロフィブリルへの反応性は低い。エンドグルカナーゼは、非晶性セルロースを加水分解する酵素の代表例である。エンドグルカナーゼとしては、例えば、トリコデルマ・リーセイ由来エンドグルカナーゼ(特に、EGII)が挙げられるが、これに限定されない。
【0025】
セロビオヒドロラーゼは、セルロースの還元末端または非還元末端のいずれかから分解してセロビオースを遊離する。セロビオヒドロラーゼは、結晶構造を有するセルロースミクロフィブリルのような結晶性セルロースを分解するが、カルボキシメチルセルロース(CMC)のようなセルロース誘導体などの結晶化度の低いまたは非晶性のセルロースに対する反応性は低い。セロビオヒドロラーゼは、結晶性セルロースを加水分解する酵素の代表例である。結晶性セルロースの分子間および分子内の密な水素結合による強固な構造に起因して、セロビオヒドロラーゼによる結晶性セルロースの加水分解は、エンドグルカナーゼによる非晶性セルロースの加水分解に比較して遅い。セロビオヒドロラーゼには2種類あり、それぞれセロビオヒドロラーゼ1およびセロビオヒドロラーゼ2と称される。セロビオヒドロラーゼとしては、例えば、トリコデルマ・リーセイ由来セロビオヒドロラーゼ(特に、CBH2)が挙げられるが、これに限定されない。
【0026】
β−グルコシダーゼは、セルロースにおいては、非還元末端からグルコース単位を切り離していくエキソ型の加水分解酵素である。β−グルコシダーゼは、アグリコンまたは糖鎖とβ−D−グルコースとのβ1,4−グルコシド結合を切断し、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解してグルコースを生成する。β−グルコシダーゼは、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解する酵素の代表例である。β−グルコシダーゼは現在、1種類知られており、β−グルコシダーゼ1と称される。β−グルコシダーゼとしては、例えば、アスペルギルス・アクレアータス由来β−グルコシダーゼ(特に、BGL1)挙げられるが、これに限定されない。
【0027】
本発明の方法では、まずリグノセルロース系バイオマスからセルロース画分を得る。
【0028】
リグノセルロース系バイオマスからセルロース画分を得る方法は、特に限定されない。例えば、水熱分解法が挙げられる。水熱分解法では、例えば、リグノセルロース系バイオマスを、必要に応じて粉砕し、例えば、約20質量%(乾燥質量)の含量となるように水と混合し、この混合物を熱処理する。熱処理は、120〜300℃、好ましくは150〜280℃、より好ましくは180〜250℃にて、15秒間〜1時間行われる。処理温度および時間は用いるバイオマスによって変動し得、処理温度の上昇は処理時間を短縮し得る。なお、熱処理中に加圧してもよい。
【0029】
リグノセルロース系バイオマスを水熱分解すると、水溶性のヘミセルロース画分と非水溶性のセルロース画分とが分離する。非水溶性のセルロース画分は、固形分として遠心分離法などにより容易に分離することができる。
【0030】
本発明の方法では、次いで100g−乾燥質量/L以上の固形分含量の上記セルロース画分をセルロース加水分解酵素製剤と混合し、0.5〜10時間酵素処理して糖化バイオマスを生成する。
【0031】
一般に、糖化バイオマスの調製において、高含量のリグノセルロース系バイオマス前処理物をセルロース加水分解酵素製剤と混合しても加水分解反応が進まないため、リグノセルロース系バイオマス前処理物を糖化する際の固形分含量は、通常、10〜50g−乾燥質量/Lとする。しかし、本発明の方法では、高含量のリグノセルロース系バイオマス前処理物を用いても糖化および後の工程のエタノール発酵に支障がなく、むしろコスト低減の観点から高含量のリグノセルロース系バイオマス前処理物を用いることが好ましい。リグノセルロース系バイオマス前処理物の固形分含量は、100g−乾燥質量/L以上、好ましくは200g−乾燥質量/L以上である。
【0032】
本発明で用いるセルロース加水分解酵素製剤は、上記セルロース加水分解酵素を含む製剤であれば、特に限定されない。市販の酵素製剤が用いられるが、酵素産生微生物などを培養して調製したものを用いてもよい。セルロース加水分解酵素の活性は、1分間にろ紙(Filter Papar:ワットマン社製No.1フィルター)から1μmolのグルコースを遊離する酵素量(1FPU)で表される。一般に、糖化バイオマスの調製において、セルロースの加水分解に用いる酵素製剤は、セルロースを効率よく加水分解するために、30FPU/g−乾燥バイオマス前処理物以上の高酵素濃度で用いる必要がある。しかし、本発明の方法では、必要なセルロース加水分解酵素の濃度は、1〜4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物である。
【0033】
一般に、糖化バイオマスの調製において、酵素処理には、セルロースをグルコースまで完全に加水分解するために、2日間〜数日間要する。しかし、本発明の方法では、0.5〜10時間、好ましくは0.5〜8時間、より好ましくは0.5〜6時間である。酵素処理の温度は、酵素が働く温度であれば、特に限定されない。好ましくは、40〜80℃である。本発明では、酵素処理によりセルロース画分がスラリー状になる。
【0034】
本発明では、次いで酵母を上記糖化バイオマスと混合し、培養する。酵母は、グルコースを基質としてエタノール発酵し得る限り、特に限定されない。野生株酵母であってもよく、好ましくはセルロース加水分解酵素を細胞表層に提示するように形質転換された酵母であり、より好ましくは上記エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼおよびβ−グルコシダーゼの3種のセルロース加水分解酵素のうち、少なくとも2種のセルロース加水分解酵素を細胞表層に提示するように形質転換された酵母であり、さらに好ましくは3種のセルロース加水分解酵素を細胞表層に提示するように形質転換された酵母である。酵素処理が、上記セルロース加水分解酵素を含む製剤を用いて行われる限り、上記3種のセルロース加水分解酵素のうち、細胞表層に提示する酵素は特に限定されない。
【0035】
このような形質転換酵母の作製法は、特に限定されない。例えば、特許文献1に示される方法が挙げられる。より簡潔に記載すると、グルコースを基質としてエタノール発酵し得る酵母サッカロマイセス・セレビシエなどの野生株に、上記エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼおよびβ−グルコシダーゼの遺伝子を導入することにより作製される。
【0036】
上記糖化バイオマスと混合する際の、酵母の菌体濃度は、特に限定されない。好ましくは、25〜100g−湿重量/L程度である。酵母の培養条件は、特に限定されない。通常、グルコースを基質としてエタノール発酵する際の条件でよい。培養温度は、例えば、30〜35℃である。
【0037】
本発明の方法では、短時間で発酵を終了させることができるため、培養時間は、通常、2〜3日間である。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
(工程1:稲ワラの水熱処理)
稲ワラを約20質量%(乾燥質量)の含量となるように水と混合し、これを水熱処理装置(三菱重工業株式会社製)に入れ、約180℃および約3MPaにて5〜20分間処理した。次いで、固形分を分離し、発酵基質として用いた。
【0040】
(工程2:酵素処理)
工程1で得られた稲ワラ水熱処理固形分を含む酵素処理液を調製した。その組成を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
この酵素処理液を50mL容量のプラスチック製試験管(コーニング社製)に入れ、サーモブロックローテーター(株式会社日伸理化製SN−06BN)を用いて、50℃にて35rpmの回転速度で酵素処理を行った。
【0043】
(工程3:エタノール発酵1)
発酵には、酵母サッカロマイセス・セレビシエNBRC1440株(野生株)、ならびにセルロース加水分解酵素、すなわちエンドグルカナーゼ(EG)、セロビオヒドラーゼ(CBH2)およびβグルコシダーゼ(BGL)を細胞表層提示した形質転換酵母(NBRC1440/EG-CBH2-3c/BGL:特許文献1)を用いた。NBRC1440/EG-CBH2-3c/BGLの染色体には、3コピーのエンドグルカナーゼII、3コピーのセロビオヒドロラーゼ2、および1コピーのβ−グルコシダーゼ1の遺伝子が組み込まれている。
【0044】
上記酵母について、5mLのYPD液体培地(酵母エキス10g/L,ポリペプトン20g/L,グルコース20g/L)を含む試験官で種培養を一晩行い、次いで培養液を500mLのYPD液体培地を含むフラスコに移し、本培養を2日間行った。この培養液を遠心分離し(3000rpm,4℃,10分間)、酵母菌体を滅菌蒸留水により2度洗浄後、500g−湿重量/Lの菌体濃度になるように滅菌蒸留水に懸濁した。
【0045】
工程2の酵素処理開始から2時間経過後、酵素処理液に上記酵母懸濁液2mLを添加して、菌体濃度を100g−湿重量/Lとした。酵母添加後、35℃にて発酵を開始した。発酵開始の際に、上記プラスチック製試験管の蓋を、ガス排出孔(0.6×32mm)を設けたシリコン栓(アズワン株式会社,9号)に変えた。
【0046】
発酵液中のグルコース濃度および生産されたエタノール濃度を、HPLC(High performance liquid chromatographyシステム;株式会社島津製作所製10Aシステム)により経時的に定量した。HPLCの分離用カラムにはShim−pack,SPR−Pb(株式会社島津製作所製,250L×7.8)を用い、移動相には超純水(日本ミリポア株式会社製Milli−Qによる精製水)を用い、そして検出器には屈折率検出器を用いた。HPLCの条件は、送液量0.6mL/分およびカラム温度80℃とした。その結果を図1に示す。
【0047】
図1から明らかなように、200g−乾燥質量/Lという高濃度のバイオマス前処理物から、酵素処理開始から48時間という短時間で、野生株酵母では、35g/Lのエタノール収量(72%の対バイオマス全糖エタノール収率)を達成でき、セルロース加水分解分解酵素を細胞表層提示した形質転換酵母では、42g/Lのエタノール収量(86%の対バイオマス全糖エタノール収率)を達成できた。1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物というセルロース加水分解酵素製剤の添加量は従来の1/100程度の量に相当し、酵素製剤の添加量を大幅に低減できることがわかった。
【0048】
(比較例1:酵素処理/発酵同時開始)
実施例1の200g−乾燥質量/Lの稲ワラ水熱処理固形分に代えて50g−乾燥質量/Lの稲ワラ水熱処理固形分を用いたこと以外、表1と同様の組成の酵素処理液を調製し、これを200mL容量のねじ口びん(デュラン社製)に入れ、さらに実施例1と同様に調製した酵母懸濁液2mLを添加して、実施例1と同様に菌体濃度を100g−湿重量/Lとした。酵母添加後、35℃にて液を攪拌しながら酵素処理/発酵を開始した。酵素処理/発酵開始から6時間後、24時間後、および48時間後にそれぞれ50g−乾燥質量/Lの稲ワラ水熱処理固形分を添加し(最終的に200g−乾燥質量/Lの稲ワラ水熱処理固形分)、発酵を継続した。実施例1と同様にして定量した発酵液中の生産されたエタノール濃度の経時変化を図2に示す。
【0049】
図2から明らかなように、酵素処理と発酵とを同時に開始すると、200g−乾燥質量/Lのバイオマス前処理物から35g/Lのエタノール収量を達成するのに酵素処理/発酵開始から96時間以上要した。
【0050】
(実施例2:エタノール発酵2)
実施例1の酵素処理開始から2時間経過後に代えて4時間経過後または6時間経過後、酵素処理液に上記酵母懸濁液2mLを添加したこと以外、実施例1と同様に発酵を行った。実施例1と同様にして定量した発酵開始から72時間経過後の発酵液中の生産されたエタノール濃度を実施例1の結果と併せて図3に示す。
【0051】
図3から明らかなように、野生株酵母では、6時間の酵素処理時間で最もエタノール収量が高く、セルロース加水分解分解酵素を細胞表層提示した形質転換酵母では、2時間の酵素処理時間で最もエタノール収量が高いことがわかった。
【0052】
(実施例3:エタノール発酵3)
実施例1の1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤に代えて4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤を用いたこと以外、実施例1と同様にして発酵を行った。実施例1と同様にして定量した発酵液中の生産されたエタノール濃度の経時変化を図4に示す。
【0053】
図1および4から明らかなように、野生株酵母またはセルロース加水分解分解酵素を細胞表層提示した形質転換酵母のいずれを用いても、4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤と1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤とでエタノール収量にほとんど差がなく、酵素製剤の添加量を1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物程度まで低減できることがわかった。
【0054】
(実施例4:エタノール発酵4)
実施例1の酵素処理時間または/および酵素添加量を変えて、実施例1と同様に発酵を行った。実施例1と同様にして定量した発酵液中の生産されたエタノール濃度の経時変化を図5(b)〜(d)に示す。図5(a)は、比較のために、実施例1と同様にして行った発酵の結果を示す。図5(b)は、実施例1の1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤に代えて10FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤を用いたこと以外、実施例1と同様にして行った発酵の結果を示し、図5(c)は、実施例1の酵素処理開始から2時間経過後に代えて24時間経過後、酵素処理液に上記酵母懸濁液2mLを添加したこと以外、実施例1と同様にして行った発酵の結果を示し、そして図5(d)は、実施例1の1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤に代えて10FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤を用い、実施例1の酵素処理開始から2時間経過後に代えて24時間経過後、酵素処理液に上記酵母懸濁液2mLを添加したこと以外、実施例1と同様にして行った発酵の結果を示す。
【0055】
図5から明らかなように、野生株酵母またはセルロース加水分解分解酵素を細胞表層提示した形質転換酵母のいずれを用いても、24時間の酵素処理時間と2時間の酵素処理時間とでエタノール収量にほとんど差がなく、酵素処理時間を2時間程度まで短縮できることがわかった。また、10FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤と1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物のセルロース加水分解酵素製剤とでエタノール収量にほとんど差がなく、酵素製剤の添加量を1FPU/g−乾燥バイオマス前処理物程度まで低減できることがわかった。特に、セルロース加水分解酵素を細胞表層提示した形質転換酵母を用いると、1FPU/g−乾燥バイオマスの前処理物のセルロース加水分解酵素製剤の2時間の酵素処理時間で最もエタノール収量が高いことがわかった。
【0056】
(実施例5:エタノール発酵5)
野生株酵母を用いて、実施例1の酵素処理時間または/および酵素添加量を変えて、実施例1と同様に発酵を行った。実施例1と同様にして定量した発酵液中の生産されたエタノール濃度の経時変化を図6(a)および(b)に示す。
【0057】
図6から明らかなように、野生株酵母では、6時間の酵素処理時間および2FPU/g−乾燥バイオマス前処理物で最もエタノール収量が高いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の方法によれば、酵母を用いて、リグノセルロース系バイオマスから低コストでエタノールを生産することができる。すなわち、初期発酵基質濃度を高濃度にでき、糖化のための酵素製剤の添加量を低減でき、エタノール収量が大幅に上昇する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース系バイオマスからのエタノールの生産方法であって、
リグノセルロース系バイオマスからセルロース画分を得る工程、
100g−乾燥質量/L以上の固形分含量の該セルロース画分をセルロース加水分解酵素製剤と混合し、0.5〜10時間酵素処理して糖化バイオマスを生成する工程、および
酵母を該糖化バイオマスと混合し、培養する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記酵素処理する時間が、0.5〜8時間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記セルロース画分の固形分含量が、200g−乾燥質量/L以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記セルロース加水分解酵素製剤が、1〜4FPU/g−乾燥バイオマス前処理物の酵素濃度である、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。
【請求項5】
前記酵母が、少なくとも2種のセルロース加水分解酵素を細胞表層に提示するように形質転換された酵母である、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−139211(P2012−139211A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50024(P2011−50024)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 業務委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(390006264)関西化学機械製作株式会社 (20)
【Fターム(参考)】