説明

エタノール生産発酵法

【課題】 バイオマスを用いてエタノールを効率よく生産でき、課題となっている廃液処理にも資することができるエタノール生産発酵法を提供する。
【解決手段】 熱帯産植物資源として人工栽培に成功したサゴヤシを材木のまま糖化し、未分解繊維などを取り除いた後、同じく東南アジアで広く栽培されているオイルパームの搾油時に発生する廃液や天然ゴム樹液から得られるラテックス母液などを有機栄養成分として加え、これにアルコール生産性細菌Zymomonas mobilisやアルコール酵母Saccharomyces cerevisiaeを培養してアルコールを生産させる。バイオマスからのエネルギー生産法としての効果が得られ、廃液処理法としての熱帯地方の環境対策に貢献できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
地球温暖化と石油資源の枯渇が、同時並行で進む現状に鑑みると、石油の消費を抑制しエネルギー源を光合成産物である再生可能資源に置き換えていくことが人類共通の課題となっている。また、有限資源である石油の先行き不安が高まる中、世界中で自動車用ガソリンにエタノールを添加する動きが拡大しており、ブラジルや米国にとどまらず中国や東南アジア各国でもガソリンへのエタノール添加の動きが拡大しており、燃料エタノール生産のための原料開発や新しい生産法の開発の競争が激化している。
【0002】
中でも東南アジアの熱帯地方は、光合成能力に富み、バイオマス生産の潜在力が高い上、未開発の植物資源も多い。その中でサゴヤシは現在栽培技術が確立されつつある有望な光合成資源であり、この栽培が実現すればオイルパームに匹敵する大きな光合成エネルギー生産源となり、米国のコーンに並ぶエタノール生産源になるものと思われる。
【0003】
オイルパームは、天然ゴムと並び、代表的な熱帯工業作物である。しかしながら、これらに関する廃液対策技術開発が遅れており、環境対策の点からより合理的な廃液処理技術の開発が望まれている。オイルパーム搾油廃液は嫌気性メタン発酵処理してプランテーションに還元する方法、天然ゴムラテックス母液はラグーン処理を行って無害化する方法などがとられているが、必ずしも十分とは言えない。
【特許文献1】特公平6−46941号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
さて一般に、微生物の増殖には、アミノ酸やビタミンなどの有機栄養素が必要であるため、アルコール発酵においてデンプン原料を用いる場合、酵母であっても、Zymomonasのような細菌であってもCSLや麦芽エキスのような天然有機栄養源を用いる必要がある。天然ゴムラテックス母液は、豊富な微生物の増殖促進因子を含む魅力ある有機栄養源である(特許文献1)。これは母液を濃縮した上、噴霧乾燥して粉末化したもので、栄養価に富むがコスト的には高価で、エタノール発酵の原料にはなりえない。
【0005】
オイルパーム搾油廃液は、オイルパームの果肉に含まれるタンパク質やビタミン類に富む微生物増殖因子を供給できる安価な有機栄養源と考えられるが、いまだに発酵原料として用いられたことはなく、発明者らが廃液の有効利用の視点からアセトン・ブタノール発酵が可能なことが報告されているにすぎない。
【0006】
そこで本発明は、バイオマスを用いてエタノールを効率よく生産でき、しかも、課題となっている廃液処理にも資することができるエタノール生産発酵法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明に係るエタノール生産発酵法は、サゴヤシの原木の粉砕物を用意する第1ステップと、用意した粉砕物に液化酵素及び糖化酵素の少なくとも一方を加え糖化し、糖液を得る第2ステップと、糖液を用いてアルコール生産性細菌及びアルコール酵母の少なくとも一方を培養し、エタノールを生産する第3ステップとを含む。
【0008】
この構成を採用すれば、後述する実施例から明らかなように、サゴヤシをほぼ原木に近い状態のままで活用し、エタノールを効率よく生産できる。
【0009】
第2の発明に係るエタノール生産発酵法では、第1の発明に加え、第3ステップに先立ち、糖液にオイルパーム搾油廃液を添加する。
【0010】
第3の発明に係るエタノール生産発酵法では、第1の発明に加え、第3ステップに先立ち、糖液に天然ゴムラテックス母液を添加する。
【0011】
これらの構成により、処理に困難を伴う廃液などを有効活用できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、バイオマスとしてのサゴヤシから効率よくアルコールを生産できるとともに、廃液を処理するだけでなく有効に活用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
サゴヤシは、その原木を粉砕し、繊維質を分別してデンプンを分離し、これを精製・乾燥させてデンプン粉とすれば、コーンスターチ、キャッサバスターチ、ポテトやさつまいもデンプンなどと全く同様デンプン資源として発酵原料になる。しかしながら、サゴヤシを原木のまま発酵原料に供することは、従来技術の常識では不可能と信じられており、未だ誰も検討していない。サゴヤシからデンプンを分離せず、サゴヤシ材木を直接エタノール発酵の原料にすることが可能であれば、サゴヤシからの収率が向上し、プロセスが簡素化するから、大幅なコストダウンが達成でき、画期的な光合成産物からの燃料製法となるに相違ない。
【0014】
本発明者らは、これらの知見に基づき、オイルパーム搾油廃液(Palm Oil Separator Sludge=POSS)がエタノール発酵の有機栄養源になりうるかどうか検討した。結晶ブドウ糖培地やサゴデンプン糖化液を炭素源としてPOSSを有機栄養源とし培地添加濃度2−50%の範囲でエタノール細菌Zymomonas mobilisやアルコール酵母Saccharomyces cerevisiaeを培養した。その結果、すべてにおいて菌の増殖は認められないか、増殖してもわずかであった(検討例1参照)。
【0015】
そこで、POSSに含まれる有機物を予め加水分解することによる、有効成分の活性化を試みた。POSSを6N−H2SO4によって110℃、6時間加水分解したもの、Flavourzyme 1000L(Novo)およびAlcalase 2.4LFG(Novo)のプロテアーゼによって酵素分解したものについても発酵試験を行ったが微生物増殖促進活性は発現しなかった。サゴヤシのデンプン糖化液に天然ゴムラテックス母液を有機栄養源としたものでも、アルコール発酵は全くできなかった(検討例2参照)。
【0016】
ところが、驚くべき事に、サゴヤシ原木をそのまま粉砕し、デンプンを分離せずいきなり糖化して得た糖液に、オイルパーム搾油廃液や天然ゴムラテックス母液を適量添加することにより、Zymomonas mobilisに対してもSaccharomyces cerevisiaeにおいても非常に良い発酵性が得られ、ブドウ糖にCSLを用いた標準のエタノール発酵と全く同等の発酵成績を得た。本発明で用いた天然ゴムラテックス母液は、特許文献1と異なり濃縮噴霧乾燥したものでなく、母液そのものであり、コスト的に安価でエタノール発酵の原料として使用可能である。
【0017】
かくして、本発明者らは、以下述べるとおり、米国のコーンスターチ−CSLの組み合わせを凌駕するバイオマスエタノール生産法を完成した。
【0018】
以下、検討例及び実施例を示しながら、本発明を更に詳細に説明する。なお、以下の実施例は、単なる例示であって、本発明はこれらの実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0019】
(検討例1)
マレーシアSarawak Chemical社製サゴヤシのデンプン100gを秤量し、500ミリリッターの水に縣濁し、pH6.5に調整した後、Termamyl−120L(Novo社)100μリッターを加え90℃で1時間保ち、デンプンの糊化をおこなった。
【0020】
その後pHを4.5とし、Dextrozyme(Novo社)100μリッターを加え70℃に加温し24時間糖化反応を行った結果、ブドウ糖165g/リッターの糖液480ミリリッターを得た。
【0021】
この糖液を水で糖濃度130g/リッターに希釈したもの「5」に対し、マレーシアパームオイル研究所(Malaysia Palm Oil Boad=MPOB)のオイルパーム搾油廃液(Palm Oil Separator Sludge=POSS)「1」を混合し、pH5.8に調整後大型試験管に50ミリリッターを分注し、120℃10分オートクレーブ滅菌した。
【0022】
これにYMブロス(Difco Laboratories,Detroit)を規定濃度に調整後、試験管に10ミリリッターを分注し115℃で10分間加熱滅菌したもので種培養したZymomonas mobilis NRRL B−14023を1ミリリッター接種し、30℃にて48時間静置発酵した。
【0023】
培養24時間で菌の増殖はわずかに認められたが、エタノールの生成はほとんど認められなかった。培養48時間では菌増殖が認められたものの、培養終了液のエタノール濃度は低くわずかに5g/リッターにとどまっていた。
【0024】
(検討例2)
検討例1に用いた糖液と同じサゴヤシのデンプン糖化液を用いた。この糖液「1」に対し、インドネシアのNational Timber and Forest Products社の天然ゴムラテックス母液「1」を混合し、pH5.8に調整後大型試験管に50ミリリッターを分注し、120℃10分オートクレーブ滅菌した。
【0025】
これにYMブロス(Difco Laboratories,Detroit)を規定濃度に調整後、試験管に10ミリリッターを分注し、115℃で10分間加熱滅菌したもので種培養したZymomonas mobilis NRRL B−14023 1ミリリッターを接種し、30℃にて48時間培養したが菌増殖は認められず、培養液にエタノールは検出されなかった。
【0026】
(実施例1)
サゴヤシは、インドネシアのNational Timber and Forest Products社から入手した。これは、サゴヤシ原木を約1−2cm2厚さ3−4mmにしてオーブンで熱風乾燥し、水分約50%としたものである。
【0027】
これを250グラム秤量し乳鉢棒で粉砕後、すり鉢でさらに粉砕し、水900ミリリッターを加えて0.1N−NaOHにてpH6.5に調整し、Termamyl−120L(Novo社)100μリッターを加え90℃に加温し1時間保った。
【0028】
ついでマグネットスターラーで攪拌しながら0.1N−HClにてpHを4.5に調整してDextrozyme(Novo社)100μリッターを加え70℃に加温し、24時間糖化反応を行った。
【0029】
反応開始後8時間で加水分解率95%に達し、以後分解率はほとんど変化しなかった。糖化した液は1050ミリリッター、糖濃度は160g/リッターであった。
【0030】
この糖液を3,000g 2分遠心分離して固形分を分離した。この糖液を水で糖濃度130g/リッターに希釈したもの「5」に対し、マレーシアパームオイル研究所(Malaysia Palm Oil Boad=MPOB)のオイルパーム搾油廃液(Palm Oil Separator Sludge=POSS)「1」を混合し、pH5.8に調整後大型試験管に50ミリリッターを分注し、120℃10分オートクレーブ滅菌した。
【0031】
これにYMブロス(Difco Laboratories, Detroit)を規定濃度に調整後、試験管に10ミリリッターを分注し、115℃で10分間加熱滅菌したもので種培養したZymomonas mobilis NRRL B−14023 1ミリリッターを接種し、30℃にて15時間静置発酵した。
【0032】
培養終了液のエタノールをガスクロマトグラフィーで分析し、エタノール濃度63g/リッターを得た。
【0033】
(実施例2)
実施例1に用いた糖液と同じサゴヤシ原木糖化液を用いた。
【0034】
この糖液「1」に対し、インドネシアのNational Timber and Forest Products社の天然ゴムラテックス母液「1」を混合し、pH5.8に調整後大型試験管に50ミリリッターを分注し、120℃10分オートクレーブ滅菌した。
【0035】
これにYMブロス(Difco Laboratories,Detroit)を規定濃度に調整後、試験管に10ミリリッターを分注し、115℃で10分間加熱滅菌したもので種培養したZymomonas mobilis NRRL B−14023 1ミリリッターを接種し、30℃にて15時間静置発酵した。
【0036】
培養終了液のエタノールをガスクロマトグラフィーで分析し、エタノール濃度41g/リッターを得た。
【0037】
(実施例3)
実施例1に用いた糖液と同じサゴヤシ原木糖化液を用いた。
【0038】
この糖液を水で糖濃度130g/リッターに希釈したもの「5」に対し、マレーシアパームオイル研究所(Malaysia Palm Oil Boad=MPOB)のオイルパーム搾油廃液(Palm Oil Separator Sludge=POSS)「1」を混合し、pH5.8に調整後大型試験管に50ミリリッターを分注し、120℃10分オートクレーブ滅菌した。
【0039】
これにYMブロス(Difco Laboratories,Detroit)を規定濃度に調整後、試験管に10 ミリリッターを分注し115℃で10分間加熱滅菌したもので種培養したアルコール酵母Saccharomyces cerevisiaeを接種し、31.5℃にて24時間静置発酵した。
【0040】
培養終了液のエタノールをガスクロマトグラフィーで分析し、エタノール濃度58g/リッターを得た。
【0041】
(実施例4)
実施例1で用いたものと同じインドネシアのNational Timber and Forest Products社から入手したサゴヤシチップを用いた。これを200グラム秤量し、乳鉢棒で粉砕後すり鉢でさらに粉砕して水.1.3リッターに縣濁し、0.1N−NaOHにてpH6.5に調整し、Termamyl−120L(Novo社)100μリッターを加え、90℃に加温し1時間保った。
【0042】
ついでガラス棒で攪拌しながら、0.1N−HClにてpHを4.5に調整し、Dextrozyme(Novo社)100μリッターを加え、70℃に加温し24時間糖化反応を行い糖濃度140g/リッターの糖液1.35リッターを得た。
ミリリッターこの糖液を3,000g 2分遠心分離して固形分を分離した後、糖濃度120g/リッターに希釈した。
【0043】
これに予め9,000g 3分の遠心分離によって固形分(SS)を取り除いたNational Timber and Forest Products社のオイルパーム搾油廃液(POSS)400 ミリリッターを加え、pH5.8に調整後、120℃10分オートクレーブ滅菌した後2リッターガラスジャーに仕込んだ。
【0044】
これにYMブロス(Difco Laboratories,Detroit)を規定濃度に調整後、100ミリリッター Erlenmyer Flaskに入れ、115℃で10分間加熱滅菌した培地で種培養したZymomonas mobilis NRRL B−14023 50ミリリッターを接種し、150rpm、pH5.5、30℃にてエタノール発酵した。
【0045】
図1は、アルコール発酵経過(POSS20%)を示し、横軸は時間「CT」である。図1において、「RS」とあるのは、残糖濃度であり、「DCW」は乾燥菌体重量、「EtOH」はエタノール濃度をそれぞれ示す。培養14時間でエタノール47g/リッター(6vol%)、残糖濃度は0であった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明によるエタノール発酵経過を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サゴヤシの原木の粉砕物を用意する第1ステップと、
用意した粉砕物に液化酵素及び糖化酵素の少なくとも一方を加え糖化し、糖液を得る第2ステップと、
前記糖液を用いてアルコール生産性細菌及びアルコール酵母の少なくとも一方を培養し、エタノールを生産する第3ステップとを含む、ことを特徴とするエタノール生産発酵法。
【請求項2】
前記第3ステップに先立ち、前記糖液にオイルパーム搾油廃液を添加する、請求項1記載のエタノール生産発酵法。
【請求項3】
前記第3ステップに先立ち、前記糖液に天然ゴムラテックス母液を添加する、請求項1記載のエタノール生産発酵法。
【請求項4】
前記アルコール生産性細菌は、Zymomonas mobilisである、請求項1から3のいずれか記載のエタノール生産発酵法。
【請求項5】
前記アルコール酵母は、Saccharomyces cerevisiaeである、請求項1から4のいずれか記載のエタノール生産発酵法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−195406(P2007−195406A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−14239(P2006−14239)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【出願人】(502106853)有限会社新世紀発酵研究所 (2)
【Fターム(参考)】