説明

エマルション中でのクローン前増幅

【課題】それぞれの区画が単一の、または多くとも2〜3個の標的核酸分子を含むような区画化を用いる、標的核酸配列を増幅するための方法を提供する。
【解決手段】(a)複数の異なる核酸分子を提供するステップ、(b)該核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップ、(c)水滴の大部分が該複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、(d)該複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、を含む、核酸のクローン前増幅のための方法を対象とする。特に、該異なる核酸分子はmRNA分子である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅の分野に関する。より具体的には、本発明は、それぞれの区画が単一の、または多くとも2〜3個の標的核酸分子を含むような区画化を用いる、標的核酸配列を増幅する(すなわち、多数のコピーを作り出す)ための方法、組成物およびキットを提供する。
【背景技術】
【0002】
遺伝物質である遺伝子が核酸で構成されているという発見(McCarthy, M., Nature 421 (2003) 406)、ならびに遺伝子変化が疾患(Guttmacher, A.E.およびCollins, F.S., N. Engl. J. Med. 347 (2002) 1512-1520)および進化(Ayala, F.J., Proc. Natl. Acad. Sci USA 104, Suppl. 1 (2007) 8567-8573)の分子基盤であるという発見以来、核酸は突出した研究の標的分子となった。ゲノム規模での核酸の研究において最も強力で汎用的な方法は、マイクロアレイ(Brown, P.O.およびBotstein, D., Nat. Genet. 21 (1999) 33-37)ならびに第二世代または第三世代のハイスループットシークエンサー(Shendure, J.およびJi, H., Nat. Biotechnol. 26 (2008) 1135-1145)である。これらの技術は通常、解析のためにマイクログラム量の核酸を必要とし、それは数十万個の哺乳類細胞に相当する(Peano, C.ら、Expert Rev. Mol. Diagn. 6 (2006) 465-480; Tang, F.ら、Nat. Methods 6 (2009) 377-382)。
【0003】
しかし、多くの重要な状況下で、このように大量の材料を得ることは事実上不可能である。例えば、生検、細針吸引、細胞洗浄(cytolavage)およびレーザーキャプチャーマイクロダイセクションなどの、ヒトの組織を分離するために使用される技術は、しばしばナノグラム範囲の抽出核酸の収量を得る(Kamme, F.ら、Methods Mol. Med. 99 (2004) 215-223)。他の例は、発生研究、胚細胞、ニューロン、免疫細胞、癌細胞または幹細胞研究の分野から生じている(Saitou, M.ら、Nature 418 (2002) 293-300; Chambers, I.ら、Nature 450 (2007) 1230-1234; Toyooka, Y.ら、Development 135 (2008) 909-918; Kamme, F.ら、J. Neurosci. 23 (2003) 3607-3615; Stoecklein, N.H.ら、Cancer Cell 13 (2008) 441-453; Diercks, A.ら、PLoS One 4 (2009) e6326)。実際、マウスの初期発生の間、生殖細胞系列の創始集団である始原生殖細胞が出現したばかりの時には、胚の中にわずか約30個の始原生殖細胞しかない(Saitou, M.ら、Nature 418 (2002) 293-300)。細胞数が無制限であると思われるin vitro培養した幹細胞であっても、幹細胞の不均質性による重大な制限がある。例えば、おそらく最も徹底的に解析された種類の幹細胞である、マウス胚性幹細胞は、遺伝子発現と生理的機能との両方において大きな違いを有する多数の亜集団を含み、そのため、亜集団レベルまたは更に単一細胞のレベルでのゲノム解析の必要性が高まっている(Chambers, I.ら、Nature 450 (2007) 1230-1234; Toyooka, Y.ら、Development 135 (2008) 909-918)。
【0004】
従って、アレイおよびハイスループット配列決定技術の限界を克服し、わずか1個の細胞での様々な解析を可能にするために、サンプルの情報内容を著しく歪曲することなく、微量の核酸を増幅するための方法の開発が必要とされる。この点において、全ゲノムならびに全トランスクリプトームの核酸増幅のための多くの方法が、この20年間に開発されている(Peano, C.ら、Expert Rev. Mol. Diagn. 6 (2006) 465-480; Lasken, R.S.およびEgholm, M., Trends Biotechnol. 21 (2003) 531-535)。これらの方法のほとんどは、in vitro転写反応、等温増幅およびPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)に基づいている。
【0005】
Van GelderおよびEberwineによって開発されたin vitro転写法(Van Gelder, R.N.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87 (1990) 1663-1667)は、RNAの線形増幅を可能にする。原法およびそれらの技術的修正は、二本鎖cDNA合成とそれに続くRNA合成に基づいている。RNAポリメラーゼのエラー率(10 000塩基の合成ごとに1つのミスマッチ)のためではなく、投入した二本鎖DNA鋳型が完全な増幅のための唯一の鋳型源であり、従って、新たに合成されたRNA上に生じたいずれのエラーもその後の反応に持ち込まれないまたは増幅されないため、in vitro転写のエラー率は比較的低い(Wang, E., J. Transl. Med. 3 (2005) 1-11)。しかし、in vitro転写は、手間がかかり、RNAサンプルに限定され、不安定なRNA増幅産物を生じ、時間がかかる。更に、その方法は、プロモーター修飾されたオリゴ(dT)プライマーの使用によって導入される3’バイアスが生じやすく、特に2回の増幅が用いられる場合、2回目のRNA集団がより小さく、転写産物の5’末端での情報の欠失を引き起こすため、3’バイアスが生じやすい(Peano, C.ら、Expert Rev. Mol. Diagn. 6 (2006) 465-480; Wang, E., J. Transl. Med. 3 (2005) 1-11)。
【0006】
等温増幅法のほとんどは鎖置換増幅アプローチに基づき、それは、例えばexo-Klenow、Bca、Bstまたはphi29 DNAポリメラーゼなどの、強力な鎖置換活性を有するDNAポリメラーゼに依存する(Dean, F.B.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99 (2002) 5261-5266; Walker, G.T.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89 (1992) 392-396; Kurn, N.ら、Clin. Chem. 51 (2005) 1973-1981)。これらのポリメラーゼのためのプライミング部位は、ニック生成制限酵素によって、またはランダムオリゴヌクレオチドプライマーによって開始される。この反応の独特な特性は、それぞれの新しいコピーが前に作られたコピーに置き換わり、30℃で同一の鋳型上でのDNA合成の繰り返しを可能にする。従って、サーモサイクラーのような精密機器が不要である。更に、特にphi29 DNAポリメラーゼは、困難な配列を通って複製する強固な能力、ならびに比較的低いエラー率(106〜107塩基ごとに1エラー)で10〜100 kbほどの大きな処理能力を示す(Dean, F.B.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99 (2002) 5261-5266; Esteban, J.A.ら、J. Biol. Chem. 268 (1993) 2719-2726)。しかし、これまでに記載された等温増幅法は欠点を持っている。例えばWalker, G.T.ら(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89 (1992) 392-396)による鎖置換増幅法は、規定された制限酵素部位の存在を必要とし、それがその適用性を制限する。例えばDeanまたはKurnら(Dean, F.B.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99 (2002) 5261-5266; Kurn, N.ら、Clin. Chem. 51 (2005) 1973-1981)によるランダムプライム鎖置換増幅法は、それらが偏りのない生成物を生じるか、およびそれらが元の配列の正確かつ均等な複製であるかどうかに問題がある。
【0007】
Mullis(Mullis K.ら、Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol. 51 Pt. 1 (1986) 263-273)によって開発されたPCRを介する指数関数的増幅は、解析のコストを大幅に低下させることができ、従ってより複雑な実験計画を可能にする迅速で容易な手順とともに、投入材料の量を大幅に減少させる可能性を示唆する高い増幅収率などの、多くの利点を示す。更に、二本鎖PCR産物は非常に安定である。従来のPCR増幅技術に加えて、エマルション液滴中でPCRを行う方法が当技術分野において知られている(EP 1 482 036; Williams, R.ら、Nat. Methods 3 (2006) 545-550)。
【0008】
しかし、PCR技術はいくつかの欠点を抱えている。第一に、PCRは200〜300ヌクレオチドの小さな領域を最も効率的に増幅するが、一方、より大きな領域が標的とされる場合には、増幅レベルが低下する。このように、より大きな断片よりも、より短い断片が増幅される傾向がある。第二に、PCRによるゲノムライブラリー、cDNAライブラリーおよび他の複雑な遺伝子の混合物の増幅は、DNAの相同領域間での組み換えによって生じるアーティファクト断片に悩まされる。この場合における組み換えは、PCRの1サイクルの間にプライマーがある鋳型上で部分的に伸長され、その後のサイクルの間に別の鋳型上で更に伸長される際に起こる。このようにして、キメラ分子が生成され、そのうちの短いものがその後優先的に増幅される(Williams, R.ら、Nat. Methods 3 (2006) 545-550; Meyerhans, A.ら、Nucleic Acids Res. 18 (1990) 1687-1691)。第三に、比較的低い忠実度を特徴とするThermus aquaticus(Taq)DNAポリメラーゼの使用に由来する増幅核酸配列の質に更なる課題がある。Taqポリメラーゼのエラー率(最良でも、50 000塩基の合成ごとに1つのミスマッチ)は、ほとんどのPCR増幅DNAに数個の誤った塩基の取り込みを引き起こす(Lundberg, K.S.ら、Gene 108 (1991) 1-6)。これらの誤った取り込みは、増幅のその後のサイクルを通じて伝播される。第四に、他の問題は、増幅過程の比例性の喪失に関わる。指数関数的なPCR反応は、過剰な投入鋳型量を用いた場合、飽和状態に達するため、少量の転写産物よりも多量の転写産物の増幅を好む。更に、DNAポリメラーゼは、ATに富む配列と比べてGCに富む配列の増幅において低い効率を有する(Wang, E., J. Transl. Med. 3 (2005) 28)。異なる増幅効率は、わずか30サイクルの増幅後には、DNA集団において数千倍異なるDNAの提示(representation)をもたらしうる。
【0009】
要約すると、核酸増幅のための現在の方法の一般的な特性および欠点は、改良された核酸増幅法が必要であることを示す。特に、わずか1個の細胞またはわずか数個の細胞からの材料しか入手できない際の、偏りのない前増幅の必要がある。この状況において、本明細書に記載される本発明は、この要求を満たし、いくつかの欠点を克服し、更なる利点を提供する。
【発明の概要】
【0010】
第一の態様では、本発明は、
a)複数の異なる核酸分子を提供するステップ、
b)その核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップ、
c)水滴の大部分がその複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、および
d)その複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、
を含んでいる、核酸のクローン前増幅のための方法を提供する。
【0011】
主要な実施形態では、ステップd)の間のクローン増幅は、油中水型エマルションの水滴中で行われる。
【0012】
好ましくは、その異なる核酸分子は一本鎖分子であり、好ましくはRNA分子、より好ましくはポリアデニル化RNA分子、最も好ましくはmRNA分子である。
【0013】
RNA分子の場合には、本発明の方法は、ステップb)の中に下記のステップを含みうる。すなわち、
b1)その複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズするステップ、
ここで、そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、少なくとも5ヌクレオチド長の基本的にランダム化された配列、または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含み、
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、RNA依存性DNA ポリメラーゼおよびdNTP混合物の存在下で第一鎖cDNA合成を行うステップ、
b3)その一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子を付加するステップ。
【0014】
更に、RNA分子の場合には、本発明の方法はまた、特に下記のステップをも含みうる。すなわち、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、同一のdNTPの存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うステップ、
b3ii)一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズするステップ、
ここで、その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む。
【0015】
好ましくは、複数の異なる核酸分子は、mRNA分子である。また好ましくは、第一の一本鎖アダプター分子の3’末端部は、ともに少なくとも5ヌクレオチド長の、オリゴdT配列または完全にランダム化に選択された配列を含む。あるいは、3’末端部は、遺伝子または遺伝子ファミリー特異的配列を含む。
【0016】
上述の本発明の方法およびその改変に続いて、エマルションは、更なる分析実験を行う可能性を生じるために破壊されうる。例えば、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子は配列決定されうる。あるいは、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子は、パラメーター特異的増幅プライマーを用いた、定性的または定量的リアルタイムPCR反応実験に供されうる。またその後、マイクロアレイを用いることによって、遺伝子発現解析が行われうる。
【0017】
本発明の方法は、少数の細胞のみに由来する核酸を分析するために特に有用である。特に、複数の異なる核酸分子が、100細胞未満、10細胞未満、およびわずか1細胞のみに由来する場合に有用である。
【0018】
別の態様では、本発明は、上記に開示されるような本発明の方法を実施するために有用なキットを対象とする。
【0019】
このようなキットは、
‐第一の一本鎖アダプター分子、
[これは、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、または基本的にランダム化された配列のいずれかである3’末端部を含む]
‐一本鎖cDNAのプールに対する第二の一本鎖アダプター分子、
[第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む]
および
‐逆転写酵素活性を有するRNA依存性DNAポリメラーゼ
を含むであろう。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】エマルション中での全核酸増幅のための一般概念の概略図である。
【図2】全トランスクリプトーム増幅のための一般概念の概略図である。
【図3】全トランスクリプトーム増幅のための方法の一例の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、標的核酸配列を増幅する(すなわち、多数のコピーを作り出す)ための方法、組成物およびキットを提供する。
【0022】
核酸解析は、病原体の検出および同定、規定の表現型につながる遺伝子変化の検出、遺伝性疾患または疾患に対する感受性の診断、発生、疾患および規定の刺激への応答における遺伝子発現の評価、ならびに様々なゲノム解析計画に有用であるため、この技術は幅広い適用性を有する。
【0023】
本発明の主要な概念は、NAライブラリー調製手順と、単一または多くとも2〜3個の標的核酸分子が区画化されている状態でのそれらのライブラリーの増幅との組合せである。区画化は、油中水型エマルションの水滴中で行われる。それによって、鋳型核酸分子はエマルションの微小な水滴中に隔離され、単独でPCRにより増幅される。水滴が少量であるため、増幅の効率に重大な影響を及ぼす初期の鋳型濃度が上昇し、単一分子でも増幅を可能にする(Nakano, M.ら、J. Biosci. Bioeng. 99 (2005) 293-295)。概略図を図1に示す。
【0024】
全トランスクリプトームRNAの増幅に適用される場合の主要な概念の概略図は図2に示す。最初に、RNAトランスクリプトームは、特定の3’末端および共通の5’末端からなるアンカープライマーの存在下で、逆転写酵素活性を有するRNA依存性DNA ポリメラーゼを用いてcDNAライブラリーに変換される。第二鎖cDNA合成は、ターミナルトランスフェラーゼ活性を用いたポリ(N)テーリングの後に実施でき、共通の末端配列を有する断片のcDNAライブラリーを生じる。これらの断片はその後、共通の末端に特異的なプライマーを用いてエマルション中で増幅される。
【0025】
より詳細な例を図3に示す。最初に、RNAトランスクリプトームは、特定の3’末端および共通の5’末端からなるオリゴ(dT)アンカープライマーの存在下で、逆転写酵素を用いてcDNAライブラリーに変換される。第二鎖cDNA合成は、エキソヌクレアーゼIおよびアルカリホスファターゼ処理を用いた、未反応のオリゴ(dT)アンカープライマーおよびdNTPの除去後に実施され得る。ターミナルトランスフェラーゼを用いたポリ(A)テーリングは、5’末端と3’末端との両方に共通の末端配列を有する断片のcDNAライブラリーを生じる。これらの断片はその後、共通の末端に特異的なプライマーを用いてエマルション中で増幅される。
【0026】
本発明の第一の態様は、下記の4ステップ:すなわち、
a)複数の異なる核酸分子を提供するステップ、
b)その核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップ、
c)水滴の大部分がその複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、および
d)その複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、
を含む、核酸のクローン前増幅のための方法として定義され得る。
【0027】
ステップa)
複数の異なる核酸分子を提供するステップ
原理的には、新規方法は、二本鎖DNA、一本鎖DNAなどの任意の種類の核酸、特に、リボソームRNA、t-RNA、snRNA、hnRNAなどの任意の種類の(一本鎖)RNAに適用できる。特に、新規方法は、mRNA分子のようなポリアデニル化RNA分子のクローン前増幅に非常に有利である。従って、言い換えると、本発明は、わずか数個の細胞に由来する全トランスクリプトームの偏りのない前増幅のための新規方法を提供し、それによって、偏りのない遺伝子発現解析を可能にする。
【0028】
複数の異なる核酸分子を提供するステップは、精製されたDNAもしくはRNAまたはmRNAサンプルもしくはcDNAサンプルなどを提供する当技術分野において公知の任意の方法を含みうる。このステップは更に、酵素的消化、機械的せん断、超音波処理、噴霧などの核酸断片化の任意の公知の方法を含みうる。
【0029】
ステップb)
核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップ
本発明の文脈において、「プライマー結合部位」という用語は頻繁に使用される。この文脈において、この用語は、ポリメラーゼ連鎖反応のような、ポリメラーゼに触媒されるプライマー伸長反応によって伸長される各プライマーを用いるその後のステップに使用されるであろう、プライマーの配列と同一の配列として理解されるべきである。
【0030】
クローン的に増幅されるべき複数の異なる核酸分子がDNAである場合、二本鎖アダプターがそれぞれのDNA断片の末端にライゲーションされる。アダプター配列はその後、ステップd)でのクローン増幅の間に共通のプライマー結合部位として機能する。
【0031】
二本鎖DNA断片は平滑末端型で提供され、それは当技術分野においてよく知られた方法によって達成されうる。あるいは、二本鎖断片は同一の一本鎖3’ 突出部または5’突出部を含み、それはゲノムDNAの個々の制限酵素消化によって生成されうる。
【0032】
好ましい特定の実施形態では、ゲノムDNAは制限エンドヌクレアーゼ処理によって断片化される。このような制限エンドヌクレアーゼは、例えばMseI(T|TAA)であり得、それは100〜1500 bpの範囲の断片を生じる(Klein, C.A.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96 (1999) 4494-4499)。その後、それらの再ライゲーションを防ぐために、DNA断片のアルカリホスファターゼ処理が用いられる。アダプターオリゴヌクレオチドは、T4-DNAリガーゼを用いてゲノムDNA断片にライゲーションされる。アダプターオリゴヌクレオチドには2つの種類がある。1つは、5’リン酸修飾を有する一般的な配列を有する。他の1つは、アダプターのセルフライゲーションを防ぐために3’修飾を有する。このような修飾は、3’OH基の削除または3’NH基または3’C7-アミノ修飾基(aminomodifier)のいずれかでありうる。任意選択で、アダプターはキメラ5’-DNA-3’RNAオリゴヌクレオチドでありえ、この場合、RNAse H処理はこのようなアダプターを破壊し、その後のPCR増幅でのあらゆる干渉を排除する。
【0033】
クローン的に増幅されるべき核酸の種類に依存して、適切なアダプター配列を付加するステップは、複数の酵素処理ステップを必要とする。
【0034】
mRNA分子の場合、本発明の方法は、ステップb)の中に下記のステップを含みうる。すなわち、
b1)複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター核酸分子をハイブリダイズさせるステップ、
ここで、そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、少なくとも5ヌクレオチド長の基本的にランダム化された配列、または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含み、
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、RNA依存性DNA ポリメラーゼおよびdNTP 混合物の存在下で第一鎖cDNA合成を行うステップ、および
b3)その一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子を付加するステップ。
【0035】
RNA依存性DNA ポリメラーゼは、Transcriptor(Roche Applied Scienceカタログ番号: 04 379 012 001)、AMV逆転写酵素、M-MuLV逆転写酵素または逆転写酵素活性を有する耐熱性DNAポリメラーゼなどの、逆転写酵素活性を有する任意のポリメラーゼでありうる。
【0036】
好ましい実施形態では、ステップb)は、下記のステップを含む。すなわち、
b1)複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター核酸分子をハイブリダイズさせるステップ、
ここで、そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、または基本的にランダム化された配列、または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含み、
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、第一鎖cDNA合成を行うステップ、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、同一のdNTPsの存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うステップ、
b3ii)一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせるステップ、
ここで、その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む。
【0037】
b1)の第一の一本鎖アダプター分子は、基本的に2つの機能を果たすように設計される。5’末端のプライマー結合部位は、本方法において後のステップd)の間に、すべてのcDNA分子の増殖を可能にするために導入される。3’末端部は、アダプター分子が目的とするすべてのRNA分子に結合し、その逆転写をプライミングできるように設計される。例えば、ポリアデニル化mRNA分子の完全な集団を完全長で前増幅する場合には、3’末端部は、少なくとも5ヌクレオチド長、または好ましくは少なくとも15ヌクレオチド長であるが、50ヌクレオチド長を超えない相補的オリゴdT配列を有するであろう。好ましくは、このようなプライマーはアンカープライマーとして設計される。このようなオリゴ(dT)アンカープライマーは、dT伸長部に続く3’末端に少なくとも1つのTではないヌクレオチド(すなわちA、CまたはG)を有するオリゴヌクレオチドの混合物である。この方法により、オリゴ(dT)アンカープライマーは、ポリ(A)尾部の(5’)開始部位に結合させられる。従って、ポリ(A)尾部の実際の長さは、プライミングに影響を及ぼさない。
【0038】
あるいは、ある実施形態においてRNA分子の集団全体を前増幅する場合であって、完全長cDNAコピーは必要とされない場合には、3’末端部は、少なくとも5ヌクレオチド長の完全にランダムに選択された配列を含みうる。場合によっては、特定の遺伝子または規定の遺伝子ファミリーの転写産物のみを前増幅することが要求されることもありうる。その場合、3’末端部は、その特定の遺伝子の転写産物の配列またはその遺伝子ファミリーの転写産物のコンセンサス配列の一部に相補的な配列を含みうる。
【0039】
一本鎖RNAは、ステップb2)の間にRNA依存性DNA ポリメラーゼを用いて一本鎖DNAに逆転写される。この方法では、AMV-、MMLV-、HIV-逆転写酵素またはC. therm.ポリメラーゼなどのポリメラーゼが、使用されるプライマーの種類によって決定される部位で:すなわち、オリゴ(dT)アンカーオリゴヌクレオチドがプライマーとして用いられた場合、ポリ(A)mRNAの3’末端で、ランダムヘキサマーアンカープライマーを用いた場合、鋳型に沿った非特異的部位で、もしくは配列特異的アンカープライマーに対するプライマー結合部位で、新たなDNA鎖を合成する。更に、E.Coliのポリ(A)ポリメラーゼもしくはSchizosaccharomyces pombeのポリ(U)ポリメラーゼを用いた処理によって3’末端がポリ(A)もしくはポリ(U)尾部により修飾されている一本鎖RNAを逆転写するために、オリゴ(dT)またはオリゴ(dA)アンカーオリゴヌクレオチドをプライマーとして使用することが可能である。
【0040】
ステップb3i)のターミナルトランスフェラーゼ処理は、cDNAの3’末端にホモポリマーのA尾部を付加するために適用される。しかし、生成された第一鎖cDNAの3’末端に特異的に効率的なホモポリマーテーリングを可能にするために、下記の2つの酵素処理を行うことが非常に有利である。
【0041】
(i)ステップb1)の間に添加されたハイブリダイズせず、伸長されていない一本鎖DNAアダプター核酸分子が除去される場合、有利であることが証明された。結果として、その後のターミナルトランスフェラーゼ反応における反応副生成物の生成が減少する。従って、本発明の特定の実施形態は、ステップb1)の間に添加されたハイブリダイズしていない一本鎖DNAアダプター核酸分子を除去するステップを含む。1つの実施形態では、これは、ステップb2)とb3i)との間でのDNAエキソヌクレアーゼI処理によって達成され得る。この酵素は、一本鎖DNAを分解する3'→5'エキソヌクレアーゼであり、ターミナルトランスフェラーゼ反応の間の前記の分子の望ましくない伸長を防ぐ。あるいは、このような除去は、クロマトグラフィー精製によって、例えば、グラスファイバー吸着による精製によって達成され得る。
【0042】
更に、後のターミナルトランスフェラーゼ反応においてホモポリマーテーリングを確実にするために、ステップb3)でのターミナルトランスフェラーゼ反応の前に本発明の1つの態様におけるdNTPが分解される場合、有利であることが証明された。本発明の範囲内で、これは、ステップb2)とb3i)との間でのアルカリホスファターゼとのインキュベーションによって達成され、好ましくはこのインキュベーションは、上記に開示されたようなDNAエキソヌクレアーゼIによる処理の後に行われる。アルカリホスファターゼの通常の熱不活性化の後、ターミナルトランスフェラーゼ反応の間のホモポリマー伸長生成物の生成を可能にするために、dATPまたは他の特定のdNTPが添加されうる。
【0043】
あるいは、ハイブリダイズせず、伸長されていない一本鎖DNAアダプター核酸分子、ならびに余分なdNTPは、cDNA精製によって除去され得る。このような精製は、シリカビーズまたはフィルターカラムへのcDNA吸着によって達成され得る(Vogelstein, B.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 76 (1979) 615-619)。あるいは、cDNA精製は、例えばWhitehead Instituteで開発された固相可逆的固定化技術(Solid Phase Reversible Immobilization technology)(De Angelis, M.M., Wang, D.G.およびHawkins, T.L.ら、Nucleic Acids Res. 23 (1995) 4742-47439)のような、特殊なバッファー条件を用いた常磁性粒子へのその固定化によって達成され得る。
【0044】
上述のように、ターミナルトランスフェラーゼ処理は、cDNAの3'末端にホモポリマー尾部を付加するために用いられる。好ましくは、ステップb3i)での同一のdNTPは、ホモポリマーポリA尾部を生成するようなdATPである。脊椎動物のコード配列および5’非翻訳RNA領域はG/C残基に偏っている傾向があるため、ポリ(A)尾部の使用は、第二のオリゴdTアンカープライマーによる不適切な末端切断の可能性を減少させる。加えて、ポリ(A)尾部は、G/C結合よりも弱いA/T結合ゆえに使用され、従って、オリゴdTアンカープライマーが内部部位に結合して増幅産物の末端切断を起こす前に、より長いA残基の伸長部が必要とされる。
【0045】
第一鎖cDNA合成は最初に、RNA/第一鎖cDNAハイブリッドの生成をもたらす。経験的には、DNAエキソヌクレアーゼI、アルカリホスファターゼおよびターミナルトランスフェラーゼ反応の実施は、第一鎖cDNA分子がその本来の鋳型にまだ結合しているという事実に影響を受けないことが示されている。しかし、第二鎖cDNA生成および特にRT-PCR反応は、本来の鋳型RNAが除去されていない場合には、より効率的ではないことが知られている。従って、特定の実施形態では、本発明の方法は、ステップb2)とb3i)との間であるが、好ましくはDNAエキソヌクレアーゼIおよびアルカリホスファターゼとのインキュベーションの後に、RNA/DNAハイブリッド中のRNAを除去するために、RNAseH処理によってRNAを消化するステップを含む。あるいは、RNAse Hは、RNA鋳型の消化のために、ステップb3i)でのターミナルトランスフェラーゼ反応の最中に添加されうる。
【0046】
尾部を付加されたcDNA分子はその後、第二鎖cDNA合成のために使用される。前提条件として、第二の一本鎖アダプター分子が、一本鎖cDNAのプールにハイブリダイズされ、その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む。ホモポリマーAがステップb3i)の間に付加された場合、その3’末端部は、オリゴdTプライマー、好ましくは少なくとも1つのランダムに選択された3’末端残基、最も好ましくは少なくとも1つのランダムに選択された3’末端残基およびランダムに選択された3’末端隣接残基を有するオリゴdTアンカープライマーである。
【0047】
1つの実施形態では、第二の一本鎖アダプター分子の5’末端部は、第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一である。結果として、ステップd)の間のクローン増幅のために、1つのプライマーのみが必要である。
【0048】
別の実施形態では、第二の一本鎖アダプター分子の5’末端部は、第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部とは異なる。結果として、ステップd)におけるクローン増幅によって、すべてのcDNA分子が本来の3’末端に第一の特異的アダプター配列を、5’末端に第二の特異的アダプター配列を有していることを特徴とする、方向性を持って増幅されたライブラリーを生じる。
【0049】
更に、第二のアダプター配列がターミナルトランスフェラーゼによるテーリングおよびそれに続くプライマーハイブリダイゼーションとは異なる方法によって導入される場合、それもまた本発明の範囲内である。
【0050】
例えば、ステップb3)、すなわち、一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子を付加するステップはまた、一本鎖cDNAのプールに一本鎖アダプター分子をライゲーションすることによっても得られうる。その一本鎖アダプター分子は通常、その後の増幅に必要とされるような、プライマー結合部位に相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドである。そのプライマーは、第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一であってもよく、または異なっていてもよい。
【0051】
あるいは、その一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ランダムに選択されたヌクレオチド残基の3’末端部、
を含む分子である。
【0052】
有利には、この実施形態は、ホモポリマーテーリングまたはライゲーションなどのいずれの中間酵素段階をも必要としないが、欠点は、第二のアダプター分子配列のランダム化によって、第一鎖cDNAが不完全な3’末端の形でしか増幅されないことである。
【0053】
ステップc)およびd)
油中水型エマルションを調製するステップおよび複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ
ステップc)の間に、それぞれの側に付加されたアダプター配列を有する核酸分子の集団を含有する水性サンプルは、油中水型エマルションを調製するために適切な油組成物と混合される。エマルションは、当技術分野において公知の任意の適切な方法に従って形成されうる。ポリメラーゼの活性を失わせないエマルションを調製するための任意の方法が使用されうる。それぞれの方法は、当技術分野においてよく知られている。
【0054】
エマルションは、一方の相が顕微鏡サイズのまたはコロイドサイズの液滴として他方の相に分散した2つの非混和性液相の不均一系である。エマルションは、非混和性の液体の任意の適切な組合せから調製されうる。本発明に使用されるエマルションは、細かく分離された液滴の形で存在する相(分散相、内相または不連続相)としての(生化学的成分を含有する)水、およびこれらの液滴が懸濁するマトリックス(非分散相、連続相または外相)としての疎水性の非混和性の液体(油)を有する。このようなエマルションは「油中水型」(W/O)と呼ばれる。これは、生化学的成分を含有する水相全体が、個別の(discrete)液滴(内相)に区画化されるという利点を有する。疎水性の油である外相は、通常いずれの生化学的成分も含有せず、従って不活性である。
【0055】
エマルションは、1種以上の界面活性剤の添加によって安定化されうる。これらの界面活性剤は乳化剤と呼ばれ、相の分離を防ぐ(または少なくとも遅らせる)ために水/油界面に作用する。多くの油および多くの乳化剤が、油中水型エマルションの調製のために使用でき;最近の編集物には16,000種を超える界面活性剤が記載され、それらの多くは乳化剤として使用される(AshおよびAsh, 1993)。適切な油は、ライトホワイトミネラルオイルならびにソルビタンモノオレエート(SpanTM80; ICI)およびポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(TweenTM80; ICI)などの非イオン界面活性剤(Schick, 1966)を含む。
【0056】
陰イオン界面活性剤の使用もまた有益でありうる。適切な界面活性剤は、コール酸ナトリウムおよびタウロコール酸ナトリウムを含む。特に好ましいのはデオキシコール酸ナトリウムであり、好ましくは0.5%w/vまたはそれ以下の濃度である。このような界面活性剤の含有は、ある場合には、遺伝因子の発現および/または遺伝子産物の活性を増加させ得る。乳化されていない反応混合物へのいくつかの陰イオン界面活性剤の添加は、翻訳を完全に停止させる。しかし、乳化の間に、界面活性剤は水相から界面に移行し、活性は回復する。乳化されるべき混合物への陰イオン界面活性剤の添加は、反応が区画化後にのみ進行することを保証する。
【0057】
エマルションの調製は通常、強制的に相を一体にするために機械的エネルギーの適用を必要とする。その方法には様々なものがあり、撹拌器(マグネティック撹拌子、プロペラ型およびタービン型撹拌機、パドル型装置および泡立て器など)、ホモジナイザー(ローター-ステーターホモジナイザー、高圧バルブホモジナイザーおよびジェットホモジナイザーを含む)、コロイドミル、超音波および「膜乳化」装置を含む、様々な機械装置を利用する。
【0058】
本発明の状況において好ましい方法は、アジュバント法(adjuvant methods)、向流法(counter-flow methods)、逆流法(crosscurrent methods)、回転ドラム法(rotating drum methods)、および膜法(membrane methods)を包含する。更に、マイクロカプセルのサイズは、成分の流量および流速を変えることによって調整されうる。例えば、液滴の添加において、液滴のサイズおよび総供給時間が変更されうる。
【0059】
1つの実施形態では、増幅溶液混合物は、回転している生体適合性油(例えば、ライトミネラルオイル, Sigma)の混合物に滴下され、乳化される。使用される油には、1種以上の生体適合性の乳化安定剤が添加されうる。これらの乳化安定剤は、Atlox 4912、Span 80、Agrimer AL22(US 7,575,865; EP 1 735 458)および他の認められ市販されている適切な安定剤を包含しうる。好ましくは、形成される液滴は、サイズにして5ミクロン〜500ミクロン、より好ましくは約50〜300ミクロン、最も好ましくは100〜150ミクロンの範囲に及ぶ。
【0060】
Williamsら(Williams, R.ら、Nat. Methods 3 (2006) 545-550)によれば、emPCRに適した油-界面活性剤混合物は、下記の成分を50-ml遠心管において25℃で完全に混合することによって調製され得る。
【0061】
Span 20 最終濃度4.5%
Tween 80 最終濃度0.4%
Triton X-100 最終濃度0.05%
ミネラルオイル(Sigma) 50mlに調整
その後、水相を油-界面活性剤混合物に1.5分間にわたって滴下し、更に5分間連続撹拌する。この方法によって、1ミリリットルのエマルションあたり約108〜109個のPCR可能な区画を含む油中水型エマルションが調製され得る。
【0062】
尾部を付加されたcDNA分子は、油中水型エマルションの過剰量の水滴中に統計的に分布している。それによって、尾部を付加されたcDNA分子はエマルションの微小な水滴中に隔離され、個々の、または多くとも2〜3個の尾部を付加されたcDNA分子が、尾部を付加されたcDNAの3’末端および5’末端に導入されたプライマー結合部位に相補的なプライマーを用いたPCRによって増幅される。上記に開示されたように、cDNAの3’末端のプライマー結合部位は、cDNAテーリングの間に付加され、一方、cDNAの5’末端のプライマー結合部位は、cDNA合成の間に挿入されている。これにより、後のステップd)の間に、最初に生成された一本鎖cDNA分子の大部分のクローン増幅が可能となる。
【0063】
より正確には、水滴の大部分が複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないように、条件を選択する。尾部を付加された一本鎖cDNA分子数の分布は、典型的なポアソン分布に従うことが想定され得る。従って、当業者は、下記の2つの必要条件を満たす条件を特定できるであろう。すなわち、
第一に、液滴の数は、50%以上、好ましくは80%以上の液滴が最大1個までの尾部を付加されたcDNA分子を含有するのに十分なほど大きい必要がある。これは、後のステップd)の間のクローン増幅のための必要条件である。クローン増幅の原理、すなわちそれぞれの元の一本鎖cDNA分子の個別増幅によって、偏りのない増幅されたcDNAの集団を得ることができる。言い換えると、ステップd)の結果として増幅されたcDNAの集団に見られる各種のcDNA配列の提示頻度は、もともと提供された複数の異なる核酸分子中に存在する各種のcDNA配列の提示頻度と一致すべきである。
【0064】
第二に、尾部を付加されたcDNA鋳型を含有しない水滴の数は、ステップc)およびd)でのエマルションおよび増幅試薬の必要量をおさえ、ひいてはできるかぎり効率的な方法を提供するために、十分低く保たれる必要がある。
【0065】
ステップd)は、尾部を付加されたDNAを水滴中でクローン的に増幅するために行われる。通常、このような増幅はPCRを用いて達成され、これは油中水型エマルションの水滴中でも機能することが知られている(Margulies. M.ら、Nature Publ Group 437 (2005) 376-80; Nakano, M.ら、J. Biotechnol 102 (2003) 117-124)。当技術分野において「emPCR」とも呼ばれる、このような増幅方法は、標準的な温度サイクル法を用いて行われ得る。
【0066】
ステップd)のエマルションPCRに使用されるプライマーは、上記に開示される第一および第二の一本鎖アダプター分子によって導入されるプライマー結合部位に相補的なオリゴヌクレオチドである。第二のアダプター分子が第一のアダプター分子のそれと同一のプライマー結合部位を有する場合、1つのプライマーだけが増幅のために必要とされる。両アダプターのプライマー結合部位が異なる場合、1対の2つの異なるプライマーが必要である。後者の場合、方向性のある増幅cDNAが生成されている。
【0067】
本発明に従って適用される、二本鎖cDNAが増幅の対数期にあることを保証するPCRのサイクル数は、最適化され得、主として、例えば、サンプルDNAの初期濃度に依存する。
【0068】
その後、エマルションは破壊される。エマルションの破壊は、適切なろ過法によって行われうる。好ましくは、エマルションの破壊は、増幅されたcDNAライブラリーをエマルションから回収するために、イソプロパノールまたは界面活性剤によるエマルションの処理によって達成されうる。高速遠心分離と組み合わせたイソプロパノール処理は、定量的沈降によってエマルションからの核酸の回収を可能にする。カオトロピックバッファーを含有するドデシル硫酸ナトリウムおよびTriton X100を用いた界面活性剤処理は、エマルションを破壊し、シリカビーズまたはフィルターカラムへの吸着による核酸の回収を可能にする。
【0069】
Williamsら(Williams, R.ら、Nat. Methods 3 (2006) 545-550)によれば、エマルションは、25℃で5分間の13000gでの遠心分離によって破壊され得る。上相(油相)を廃棄する。水飽和ジエチルエーテルのような有機溶媒を用いた数回の抽出は、エマルションから残存する油を更に除去し、それを破壊させ得る。
【0070】
読み取り法
本発明の方法は、少数の細胞のみに由来する核酸を分析するために特に有用である。特に、複数の異なる核酸分子が、100細胞未満、10細胞未満、およびわずか1細胞のみに由来する場合に有用である。本発明の方法は偏りのない増幅のための解決法を提供するので、得られるサンプルは、サンプル中にもともと存在するすべての種類の核酸分子が、元のサンプルにおけるそれらの提示と比較して同等の相対量で提示されることを特徴とする増幅核酸を含有する。これによって、更なる定量的な分析実験を高精度で実施できる可能性が提供される。具体的には、本発明は、RNA、特にmRNAが出発材料として使用される場合、高精度の遺伝子発現解析のための解決法を提供する。
【0071】
第一の実施形態では、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子は、パラメーター特異的増幅プライマーを用いた、定性的または定量的リアルタイムPCR反応実験に供されうる。リアルタイムPCRでは、サンプル分析は、同一機器の同一チューブ内で増幅と同時に行われる。PCR産物の形成は、PCRの各サイクルにおいてモニタリングされる。それは通常、増幅反応の間に蛍光シグナルを測定するための更なる装置を有するサーモサイクラーにおいて測定される。DNA色素または蛍光プローブは、増幅の前にPCR混合物に添加され、増幅の間にPCR産物を分析するために使用され得る。この複合アプローチは、更なる分析のためにそれらの密閉容器からサンプルを取り出す必要がないため、サンプル操作を減らし、時間を節約し、その後の反応のために産物の汚染の危険性を大きく低下させる。
【0072】
1つの特定の実施形態では、二本鎖増幅産物の量は通常、サンプル中にもともと存在する分析されるべき核酸の量を上回るため、二本鎖DNA特異的色素が使用されてもよく、それは、適切な波長を用いて励起された際、二本鎖DNAに結合した場合に限り、蛍光の増加を示す。好ましくは、SybrGreenIIのように、例えば、PCR反応の効率に影響を及ぼさない色素のみが使用されうる。
【0073】
別の特定の実施形態では、その標的核酸に結合した時だけに蛍光を放射する蛍光標識ハイブリダイゼーションプローブが使用され得る。例えば、一本鎖のハイブリダイゼーションプローブは2つの成分によって標識される。第一成分が適切な波長の光によって励起されると、蛍光共鳴エネルギー転移の原理に従って、吸収されたエネルギーは、第二成分、いわゆるクエンチャーに転移される。PCR反応のアニーリングステップの間に、ハイブリダイゼーションプローブは標的DNAに結合し、その後の伸長段階の間にTaqポリメラーゼの5’-3’エキソヌクレアーゼ活性によって分解される。その結果、励起された蛍光成分およびクエンチャーは互いに空間的に離され、従って第一成分の蛍光放射が測定され得る。TaqMan加水分解プローブアッセイは、US 5,210,015、US 5,538,848、およびUS 5,487,972において詳細に開示される。TaqManハイブリダイゼーションプローブおよび試薬混合物は、US 5,804,375に開示される。
【0074】
別法では、モレキュラービーコン(Molecular Beacon)ハイブリダイゼーションプローブは、第一成分およびクエンチャーによって標識され、その標識は好ましくはプローブの両端に位置している。プローブの二次構造の結果として、両成分は溶液中で空間的に近接している。標的核酸へのハイブリダイゼーション後、適切な波長の光によって励起された後に第一成分の蛍光放射が測定され得るように、両成分は互いに離される(US 5,118,801)。
【0075】
更に別法として、リアルタイムPCRは、FRETハイブリダイゼーションプローブを用いてリアルタイムでモニタリングされる。FRETハイブリダイゼーションプローブ試験形式は、リアルタイムPCRを含むすべての種類の均質な(homogenous)ハイブリダイゼーションアッセイに有用である(US 6,174,670)。それは、同時に使用され、増幅される標的核酸の同一鎖の隣接した部位に相補的な、2つの一本鎖ハイブリダイゼーションプローブを特徴とする。両プローブは異なる蛍光成分によって標識される。適切な波長の光によって励起された場合、第一成分は、蛍光共鳴エネルギー転移の原理に従って吸収したエネルギーを第二成分に転移するので、第二成分の蛍光放射は、両ハイブリダイゼーションプローブが検出されるべき標的分子の隣接した位置に結合した時に測定され得る。FRETアクセプター成分の蛍光増加のモニタリングの代わりに、ハイブリダイゼーション事象の定量的測定としてFRETドナー成分の蛍光減少をモニタリングすることもまた可能である。
【0076】
第二の実施形態では、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子は、配列決定されうる。サンガーの配列決定のような任意の種類の配列決定、または任意のハイスループット配列決定法が実施されうる。例えば、配列決定は、454 ゲノムシークエンサーFLXシステム(Roche Applied Science)で実施されうる。このシステムは、1回の稼動あたり100万を超える質の高い解読および400塩基の長さの解読を実施することができ、従って、任意のサイズの全ゲノムおよびトランスクリプトームのde novo配列決定、複合サンプルのメタゲノム解析、再配列決定研究などのために理想的に適している。一連の標準的な分子生物学的技術を用いて、(3’末端と5’末端との両方に特異的な)短いアダプター(AおよびB)が、配列決定されるべき各断片に付加される。そのアダプターは、精製、増幅、および配列決定のステップに使用される。AおよびBアダプターを有する一本鎖断片は、その後の作業工程に使用されるサンプルライブラリーを構成する。一本鎖DNAライブラリーは、特別に設計されたDNA捕捉ビーズ上に固定化される。各ビーズは、固有の一本鎖DNAライブラリー断片を保持する。ビーズに結合したライブラリーは、増幅試薬とともに油中水型混合物に乳化され、その結果、1つの固有のサンプルライブラリー断片を有する1つのビーズのみを含有するマイクロリアクターを生じる。それぞれの固有のサンプルライブラリー断片は、それ自体のマイクロリアクター内で増幅される。断片コレクション全体の増幅が並行して行われ、各断片に対して、これはビーズあたり数百万コピー数を生じさせる。その後、エマルションPCR構造は破壊されるが、増幅断片はそれらの特異的ビーズに結合したままである。その時、断片は、配列決定のためにピコタイタープレート装置上に載せることができる状態である。ピコタイタープレートのウェルの直径は、ウェルあたり1つのビーズのみを許容する。配列決定用酵素の添加後、ゲノムシークエンサーFLX装置の流体サブシステムは、ビーズ1つずつを含む何十万ものウェルを通って、一定の順序で個々のヌクレオチドを流す。続いて、パイロシークエンス反応が行われ、鋳型鎖に相補的な1つ(またはそれ以上)のヌクレオチドの付加によって、ゲノムシークエンサーFLXのCCDカメラによって記録される化学発光シグナルが生じる。
【0077】
遺伝子発現解析のために、増幅されたcDNA分子の全集団は大規模並列方法で配列決定され、異なるmRNA種の相対存在量が比較され得る。この場合、本発明は、下記のステップを含む。すなわち、
a)複数の異なるmRNA分子を提供するステップ、
b)その核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップであって、それが、
b1)その複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター核酸分子をハイブリダイズさせること、
[そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列である3’末端部を含む]
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、第一鎖cDNA合成を行うこと、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、同一のdNTP(好ましくはdATPである)の存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うこと、
b3ii)その一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせること、
[その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む]
によるステップ、
c)水滴の大部分がその複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、
d)その複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、
e)クローン的に増幅された複数の異なる核酸を配列決定するステップ。
【0078】
プライマー結合部位に相当する5’末端部が、第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部とは実質的に異なる場合、本方法は、454ゲノムシークエンサーシステムのライブラリーと一体化され得る。従って、本発明はまた、下記のステップを含む方法を対象とする。すなわち、
a)複数の異なるmRNA分子を提供するステップ、
b)その核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップであって、それが、
b1)その複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター核酸分子をハイブリダイズさせること、
[そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列である3’末端部を含む]
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、第一鎖cDNA合成を行うこと、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、同一のdNTP(好ましくはdATPである)の存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うこと、
b3ii)その一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせること、
[その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含み、
そのアダプター分子の5’末端は、ビーズに結合している]
によるステップ、
c)水滴の大部分がその複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、
d)その複数の異なる核酸分子を油中水型エマルション中でクローン的に増幅するステップ、ならびに
e)そのエマルションを破壊するステップ、ならびに
f)クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子を配列決定するステップ。
【0079】
最後に、遺伝子発現をモニタリングするために、個々のcDNA配列に相当する配列決定事象の存在量が互いに比較される。
【0080】
第三の実施形態では、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子は、DNAマイクロアレイ上にハイブリダイズされうる。
【0081】
DNAマイクロアレイ上へのハイブリダイゼーションを検出するために、クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子を蛍光化合物で標識することが必要であり、それは後にスキャナーのようなそれぞれの機器によって検出可能である。当技術分野における核酸サンプルを標識するための好ましいコンセプトは、ランダムプライムラベリングである。このコンセプトのために、5〜12ヌクレオチドモノマーの長さを有するランダムなプライマーの集団が、サンプルDNAに最初にハイブリダイズされる。その後、dNTPを取り込むことによってプライマーを伸長するために、3’ 5’エキソヌクレアーゼ活性を欠如しているKlenowフラグメントDNAポリメラーゼが添加される。標識は、標識化プライマー、あるいは、少なくとも1種類の標識化デオキシヌクレオシド三リン酸のいずれかを用いることによって導入されている。標識は、好ましくは蛍光標識であり、Cy3、Cy3.5、Cy5、またはCy5.5などのシアニン色素が最も好ましい。
【0082】
従って、本発明はまた、
a)複数の異なるmRNA分子を提供するステップ、
b)その核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加し、それは、
b1)その複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター核酸分子をハイブリダイズさせること
[そのアダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列である3’末端部を含む]
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、第一鎖cDNA合成を行うこと、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、同一のdNTP(好ましくはdATPである)の存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うこと、
b3ii)その一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせること、
[その第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られたホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む]
によるステップ、
c)水滴の大部分がその複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、
d)その複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、
e)好ましくはランダムプライムラベリングによって、その増幅された複数の異なる核酸分子を標識化するステップ、
f)その標識化され、増幅された複数の異なる核酸分子をDNAマイクロアレイ上にハイブリダイズさせるステップ、
を含む方法を包含する。
【0083】
当業者は、遺伝子発現をモニタリングするために使用されるアレイ上に必要なプローブを設計する方法を知っている。あるいは、このような遺伝子発現アレイは市販されている(例えばRoche Applied Scienceカタログ番号: 05 543 789 001)。DNAマイクロアレイによって放射される蛍光パターンの解析は、個々のRNAの相対発現レベルを示す。
【0084】
本発明のキット
別の態様では、本発明は、上記に開示されたような本発明の方法を実施するために有用なキットを対象とする。
【0085】
このようなキットは、
‐第一の一本鎖アダプター核酸分子、
[これは、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、または基本的にランダム化された配列または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含む]
‐一本鎖cDNAのプールに対する第二の一本鎖アダプター分子、
[第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む]
‐逆転写酵素活性を有するRNA依存性DNAポリメラーゼ
を含むであろう。
【0086】
RNA依存性DNA ポリメラーゼは、Transcriptor(Roche Applied Scienceカタログ番号: 03 531 317 001)、AMV逆転写酵素(Roche Applied Scienceカタログ番号:11 495 062 001)、M-MULV逆転写酵素(Roche Applied Scienceカタログ番号:11 062 603 001)またはCarboxydothermus hydrogenoformans 由来のDNAポリメラーゼのKlenowフラグメント(Roche Applied Scienceカタログ番号:12016346001)などの、逆転写酵素でありうる。
【0087】
好ましくは、このようなキットに含まれる第一の一本鎖アダプター分子の3’末端部は、少なくとも5ヌクレオチド長、またはより好ましくは少なくとも15ヌクレオチド長であるが、50ヌクレオチド長を超えないオリゴdT配列を有する。
【0088】
更に、キットは、加えて下記のリストの化合物、試薬および酵素の1つまたはいくつかの代表的なものを含みうる。すなわち、
‐ターミナルトランスフェラーゼ(Roche Applied Scienceカタログ番号:03 333 566 001)
‐RNAse H(Roche Applied Scienceカタログ番号:10 786 349 001)
‐アルカリホスファターゼ(Roche Applied Scienceカタログ番号:11 097 075 001)
‐DNAエキソヌクレアーゼ(New England Biolabsカタログ番号:MO 293L)
‐エマルションPCRのための油中水型エマルションを調製するために使用され得る油
‐emPCRを行うことができる耐熱性DNAポリメラーゼ
‐1つ以上の種類のデオキシヌクレオシド三リン酸
‐増幅プライマーまたは増幅プライマー対(上記に開示された第一および第二の一本鎖アダプター分子によって導入されるプライマー結合部位に相補的なオリゴヌクレオチドである)。
【0089】
第二のアダプター分子が第一のアダプター分子のそれと同一のプライマー結合部位を有する場合、1つのプライマーだけが増幅のために必要とされる。両アダプターのプライマー結合部位が異なる場合、1対の2つの異なるプライマーが必要である。
【実施例1】
【0090】
増幅されていないcDNAライブラリーと前増幅されたライブラリーとの間での遺伝子発現の一致の比較
この比較は、全RNA源としてHeLa細胞を用いて実施された。具体的には、比較は、
‐補正用サンプルとして、Roche Transcriptor第一鎖cDNA合成キット(Roche Applied Science, # 04379012001)を用いた増幅されていないcDNAライブラリー、
‐使用説明書に従ってNuGen社(Roche Applied Science, #05190894001)、Rubicon/Sigma社(# WTA1)およびClontech/Takara社(# 634925)の既存の前増幅キットを用いて前増幅されたライブラリー、ならびに
‐油中水型エマルション構造中でClontech/Takara社(# 634925)の前増幅キットを用いてクローン的に前増幅されたライブラリー
を用い、増幅されていないcDNAライブラリーと前増幅されたライブラリーとの間での発現について実施した。
【0091】
エマルション中での前増幅は、Clontech/Takara SMARTer cDNA合成キット(# 634925)に基づき、下記の変更を加えて実施された。すなわち、全RNAを、SMARTer MMLV逆転写酵素および共通のアンカー配列を含む改変したオリゴ(dT)プライマー(3’SMART CDS Primer IIA)を用いて逆転写した。SMARTScribe RTがmRNAの5’末端に到達すると、その酵素のターミナルトランスフェラーゼ活性が、cDNA の3’末端に数個の更なるヌクレオチドを付加する。非鋳型ヌクレオチド伸長部にSMARTerオリゴヌクレオチドIIAが塩基対合し、伸長された鋳型を作り出す。SMARTScribe RT はその後、鋳型を切り替えて、オリゴヌクレオチドの末端まで複製を続ける(Choら、BioTechniques 30, p.892-897 (2001))。結果として生じる一本鎖cDNAは今、1つは5’末端に、1つは3’末端に、2つの共通のアンカー配列を有する。その後、これらのcDNAを、PCR反応混合物(ポリメラーゼ、塩類、バッファー、dNTP、プライマー)、ならびにAtlox 4912、Span 80、Agrimer AL22および他の認められている市販の適切な安定剤を含む1つ以上の生体適合性乳化安定剤を加えたミネラルオイルを含有する、油中水型エマルションの過剰量の水滴内に分配した(特許EP 1 735 458号およびUS 7,575,865号も参照せよ)。PCRによる増幅は、共通のアンカー配列に特異的なプライマーを基にした。二本鎖cDNAが増幅の対数期にあることを保証する最適なPCRのサイクル数の後、エマルションを破壊し、定量PCRによる更なる比較遺伝子発現解析のために、増幅されたcDNAライブラリーをエマルションから回収した。
【0092】
クローン的に増幅されたcDNAライブラリーはその後、LightCycler 480 装置(Roche Applied Science # 05 015278 001)でReal Time Ready Human Reference Gene Panel(Roche Applied Science, # 05 339 545 001)を用いて、閾値サイクル比較法(comparative threshold cycle method)(Livak, K.J.およびSchmittgen, T.D., Methods 25 (2001)402-408; Schmittgen, T.D.およびLivak, K.J., Nat. Protoc. 3 (2008) 1101-1108)に従って、相対的遺伝子発現解析のために使用された。
【0093】
簡潔には、全RNA源としてHeLa細胞を用いて、相対的遺伝子発現を測定した。Transcriptor第一鎖cDNA合成キット(Roche Applied Science, # 04379012001)を用いて5 ngの全RNAから合成されたcDNAを補正物として使用した。この補正物に基づき、各5 ng RNAを用いてNuGen前増幅キット、Rubicon/Sigma WTA前増幅キット、Clontech/Takara SMARTer前増幅キット、および変更されエマルション化されたSMARTer前増幅キットの遺伝子発現を比較した。
【0094】
qPCR発現解析の結果を、下記の表に要約する:
【表1】

【0095】
表から理解されるように、補正物に対する標的遺伝子の相対的遺伝子発現は、油中水型エマルションと組み合わせたClontechの前増幅キットの使用(表1の最も右側のカラム参照)が、補正用サンプル(cDNA合成キットのみ)を分析した際に遺伝子発現について得られる値との最少の違いをもたらすことを示した。従って、本発明の方法、すなわち油中水型エマルション中でのクローン前増幅は、当技術分野において利用可能な方法を上回る優れた結果をもたらす。
【実施例2】
【0096】
増幅されていないcDNAライブラリーと更なるターミナルトランスフェラーゼ処理によって調製された前増幅されたライブラリーとの間での遺伝子発現の一致の比較
この比較は、全RNA源としてHeLa細胞を用いて実施された。具体的には、比較は、
‐補正用サンプルとして、Roche Transcriptor第一鎖cDNA合成キット(Roche Applied Science, # 04379012001)を用いた増幅されていないcDNAライブラリー、および
‐前増幅のために油中水型エマルション構造と組み合わせた、変更された5'/3'RACE Kit(Roche Applied Science, # 03353621001)に基づく、クローン的に前増幅されたライブラリー
を用い、増幅されていないcDNAライブラリーと前増幅されたライブラリーとの間での発現について実施した。
【0097】
変更は下記の通りであった。すなわち、全RNAを、AMVを基にしたTranscriptor逆転写酵素および共通のアンカー配列を含む改変したオリゴ(dT)プライマーを用いて逆転写した。第一鎖cDNA合成の後、グラスファイバー吸着によるcDNAの精製によって、未反応のプライマーを除去した(Roche Applied Science, # 11732668001)。
【0098】
その後、ターミナルトランスフェラーゼ処理を用いて、cDNAの3’末端にホモポリマーA尾部を付加した。尾部を付加されたcDNA分子はその後、DNAポリメラーゼおよび第二のオリゴdTアンカープライマーを用いて、第二鎖cDNA合成のために使用された。
【0099】
更に、尾部を付加されたcDNA分子を、PCR反応混合物(ポリメラーゼ、塩類、バッファー、dNTP、プライマー)、ならびにAtlox 4912、Span 80、Agrimer AL22および他の認められている市販の適切な安定剤を含む1つ以上の生体適合性乳化安定剤を加えたミネラルオイルを含有する、油中水型エマルションの過剰量の水滴内に統計的に分配した(特許(US 7,575,865; EP 1 735 458)も参照せよ)。それによって、尾部を付加されたcDNA分子はエマルションの微小な水滴中に隔離され、個々の、または多くとも2〜3個の尾部を付加されたcDNA分子が、アンカープライマーに特異的なプライマーを用いたPCRによって増幅される。二本鎖cDNAが増幅の対数期にあることを保証する最適なPCRのサイクル数の後、エマルションを破壊し、増幅されたcDNAライブラリーをエマルションから回収した。
【0100】
クローン的に増幅されたcDNAライブラリーはその後、実施例1に開示されたように、相対的遺伝子発現解析のために使用した。qPCR発現解析の結果を、下記の表に要約する:
【表2】

【0101】
表から理解されるように、補正物に対する標的遺伝子の相対的遺伝子発現は、19遺伝子のうち18遺伝子が上述の油中水型エマルションに基づく手順によってうまく前増幅されうることを示した。補正用サンプルとの一致は、中程度から低く発現される標的遺伝子(絶対Cp≧25)で高く、一方、サンプル中により豊富な遺伝子の発現レベルはしばしば過大評価された。このことから、本発明の方法、すなわち油中水型エマルション中でのクローン前増幅の実施が、サンプル中で最初は低いRNA濃度を有する標的転写産物の分析、または微量の全RNAしか存在しないサンプルからのRNAの前増幅(例えば、細針生検に由来する少数の細胞の分析もしくは単一細胞レベルでの分析)に、優れた結果をもたらすことが示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)複数の異なる核酸分子を提供するステップ、
b)前記核酸分子の3’末端および5’末端にアダプター配列を付加するステップ、
c)水滴の大部分が前記複数の異なる核酸分子の1つを含むまたはまったく含まないことを特徴とする油中水型エマルションを調製するステップ、および
d)前記複数の異なる核酸分子をクローン的に増幅するステップ、
を含む、核酸のクローン前増幅のための方法。
【請求項2】
前記異なる核酸分子が一本鎖分子、好ましくはRNA分子、より好ましくはポリアデニル化RNA分子、最も好ましくはmRNA分子であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
b1)前記複数の異なる核酸分子に第一の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせるステップ、ここで該アダプター分子は、
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、少なくとも5ヌクレオチド長の基本的にランダム化された配列、または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含み、
b2)一本鎖cDNAのプールを作製するために、RNA依存性DNA ポリメラーゼおよびdNTP 混合物の存在下で第一鎖cDNA合成を行うステップ、および
b3)該一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子を付加するステップ、
を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ステップb3)が、
b3i)ホモポリマー突出部を作るために、1つの特定のdNTPの存在下でターミナルトランスフェラーゼ反応を行うステップ、
b3ii)前記一本鎖cDNAのプールに第二の一本鎖アダプター分子をハイブリダイズさせるステップ、ここで該第二の一本鎖アダプター分子は更に、
‐前記第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ステップb3i)で作られた前記ホモポリマー突出部に相補的な、ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む、
を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
‐前記複数の異なる核酸分子がmRNA分子であり、
‐前記第一の一本鎖アダプター分子の3’末端部が、少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列を含み、
‐ステップb3i)における前記特定のdNTPがdATPである、
ことを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ステップb2)とb3i)との間またはステップb3i)の間のいずれかに、RNAse Hとのインキュベーションによって前記mRNA分子を消化するステップを更に含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ステップb2)とb3i)との間に、アルカリホスファターゼとのインキュベーションによって前記dNTP混合物を分解するステップを更に含む、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
ステップb2)とステップb3i)との間に、好ましくはDNAエキソヌクレアーゼIである3’-5’エキソヌクレアーゼとのインキュベーションによって前記第一の一本鎖アダプター分子を分解するステップを更に含む、請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
更に、
e)前記エマルションを破壊するステップ、および
f)前記クローン的に増幅された複数の異なる核酸分子を配列決定するステップ、
を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
更に、
e)前記エマルションを破壊するステップ、および
f)リアルタイムPCR反応を行うステップ、
を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
更に、
e)前記エマルションを破壊するステップ、および
f)DNAマイクロアレイ解析を行うステップ、
を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記複数の異なる核酸分子が、100細胞未満、好ましくは10細胞未満、最も好ましくは1細胞に由来する、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
‐第一の一本鎖アダプター分子、ここで、該分子は
‐プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列、少なくとも5ヌクレオチド長の基本的にランダム化された配列、または遺伝子もしくは遺伝子ファミリー特異的配列のいずれかである3’末端部を含む、
‐一本鎖cDNAのプールに対する第二の一本鎖アダプター分子、ここで、該第二の一本鎖アダプター分子は、
‐第一の一本鎖アダプター分子の5’末端部と同一のまたは異なる、プライマー結合部位に相当する5’末端部、および
‐ホモポリマーヌクレオチド残基の3’末端部を含む、
を含むキット。
【請求項14】
更に、少なくともターミナルトランスフェラーゼ、ならびに任意選択で逆転写酵素および/または耐熱性DNAポリメラーゼを含む、請求項13に記載のキット。
【請求項15】
更に、前記第一の一本鎖アダプター分子の3’末端部が少なくとも5ヌクレオチド長のオリゴdT配列を含むことを特徴とする、請求項13または14に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−16352(P2012−16352A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−150185(P2011−150185)
【出願日】平成23年7月6日(2011.7.6)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】