説明

エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法

【課題】エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法の提供。
【解決手段】インターロイキン−6(IL−6)及び/又はインターロイキン−8(IL−8)を指標とした、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法。ケラチノサイト及び線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に、前記薬剤の候補を添加して該モデルを培養し、その後培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルを調べ、その産生レベルが有意に抑制されていたら、当該候補薬剤がエラスチン発現低下を回復する薬剤であると判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インターロイキン−6(IL−6)及び/又はインターロイキン−8(IL−8)を指標とした、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の弾力性には、弾性線維が重要な役割を果たし、弾力線維の減少や変性が老化に伴うたるみやシワの原因の一つと考えられている。弾性線維は、fibrillin-1(フィブリリン−1、ファイブリリン−1)を主要成分として多数の弾力線維成分が重合して形成されるマイクロフィブリルに、エラスチンの分子であるトロポエラスチンが集合配列し、さらにリジルオキシダーゼにより分子間が架橋されることによって不溶性の線維が形成され、皮膚にハリや弾力性を与える。弾力線維の最も重要な成分はエラスチンであるが、in vivoにおいてはターンオーバーが非常に長いことが知られている。成長期を過ぎると、ほとんど産生されなくなるので、一度分解されると、正常に再構築させるには非常に時間がかかる。実際、日光に暴露されていない部位では、加齢に伴ってエラスチン線維が減少することが知られている。このことは、特に加齢した皮膚において分解されたエラスチン線維が、なかなか再構築されてこないことを示し、いわゆる自然老化となる。逆に、慢性的に日光を暴露されている部位では、加齢に伴ってエラスチンは異常に沈着して、エラストーシスと呼ばれる症状となる。このような部位では弾力性が低下して深いシワが発生し、いわゆる光老化となる。このようにエラスチンの挙動は複雑なので、単にエラスチンの産生を促進させようとした場合、エラスチンの発現亢進による異常沈着を引き起こすリスクが考えられ、単にエラスチン産生を促進させればよいわけではないことが推測される。このため、正常なレベルでエラスチン発現を上昇させ、弾力線維の再構築を促進させるような薬剤をスクリーニングする良い方法が存在しなかった。
【0003】
このため、光老化で見られるようなエラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少なく、正常なレベルでエラスチン発現を上昇させ、弾力線維の再構築を促進して、自然老化で見られるような弾力線維の減少を防ぎ、弾力性の高い肌状態に保つとことができる薬剤のスクリーニング方法の開発が要望される。
【0004】
弾力線維の再構築を促進させる薬剤のスクリーニング方法について検討する際、in vitro でエラスチン線維を形成させる必要があるが、培養期間の問題もあって、in vitroで、エラスチン成分を含む成熟した弾力線維を形成させることは非常に困難であった。皮膚を模した培養皮膚モデルの作成方法には様々なバリエーションがあるが、基本的には組織より上皮細胞と線維芽細胞をそれぞれ単離して、再び共培養して作製したものである。培養皮膚モデルは、火傷や、創傷の治療の際に皮膚代替組織として活用できることから、様々な研究グループが作製方法を改良してきた。しかし、皮膚代替組織の真皮中には、正常皮膚の真皮では豊富に見られるエラスチン線維がほとんど形成されないとの報告がある(非特許文献1及び2)。
【0005】
角膜は生体中でエラスチン線維形成が抑制されている組織である。その抑制機構について検討した報告がある(非特許文献3)。彼らは角膜から、間葉系の細胞である角膜実質細胞を単離して培養すると、エラスチンを発現するようになることから、角膜実質細胞自体には、エラスチンを産生する能力があるが、何らかの原因によって抑制されていると推測している。さらにエラスチンの産生能力の高い真皮線維芽細胞と角膜内皮細胞を共培養した際にエラスチン生合成が阻害されることから、上皮系の細胞は真皮線維芽細胞のエラスチン形成を抑制すると考えられる。
【0006】
エラスチン発現を促進する物質としては、抗炎症性サイトカインであるTGF-βが古くから知られており、様々な組織における線維芽細胞のエラスチン発現を促進することが報告されている。またその機構については、トロポエラスチンのmRNAの安定化といった点から詳細な研究がなされている(非特許文献4〜6)。一方で、TGF-βと同様の抗炎症性サイトカインであるIL-10については、エラスチン発現そのものを上昇させる効果があることが、プロモーター解析より報告されている(非特許文献7)。
【0007】
一方、エラスチンの発現抑制物質としては古くから、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor: bFGF)が知られていた(非特許文献8)。そのメカニズムの詳細については様々な細胞を用いて検討されているが、特に進んでいる研究はFosterらのグループで、肺気腫における肺の線維化の抑制といった観点からb-FGFがエラスチンを抑制する機構の解明を進めている(非特許文献9及び10)。
【0008】
【特許文献1】特開2001−192339
【特許文献2】WO/2007/144270
【非特許文献1】J Histochem Cytochem. 1993 Sep;41(9):1359-66
【非特許文献2】J Mol Histol. 2004 May;35(4):421-8
【非特許文献3】Ophthalmologica. 2004 Jan-Feb;218(1):36-42
【非特許文献4】Lab Invest. 1992 May;66(5):580-8
【非特許文献5】Am J Respir Cell Mol Biol. 1997 Jul;17(1):25-35
【非特許文献6】Am J Respir Cell Mol Biol. 1997 Jul;17(1):10-6
【非特許文献7】Biochem J. 1994 Sep 1;302 ( Pt 2):331-3
【非特許文献8】Am J Respir Cell Mol Biol 10: 306-315, 1994
【非特許文献9】J Biol Chem. 1999 Nov 19;274(47):33433-9
【非特許文献10】J Biol Chem. 1996 Sep 20;271(38):23043-8
【非特許文献11】J Periodontol. 2002 Feb;73(2):145-52
【非特許文献12】Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2001 Oct;281(4):L762-5
【非特許文献13】J Immunol. 1996 Dec 1;157(11):5104-11
【非特許文献14】Br J Dermatol. 2003 Aug;149(2):377-80
【非特許文献15】Chem Pharm Bull (Tokyo). 1991 Sep;39(9):2353-6
【非特許文献16】J Invest Dermatol. 2005 Dec;125(6):1286-301
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
これまでに、炎症性サイトカインであるIL−6やIL−8が真皮線維芽細胞のエラスチン発現を抑制することについては知られていなかった。我々は、この炎症性サイトカインに着目して、IL−6やIL−8の産生を抑制する物質が三次元培養皮膚モデルにおける真皮層でのエラスチン産生の低下を回復させる効果があることを新しく発見した。さらに、これらを抑制するような物質が真皮層におけるエラスチン発現低下を解除して真皮線維芽細胞が従来持っている発現能力までエラスチン発現レベルを回復させることを明らかにした。
【0011】
従って、本願は下記の発明を包含する:
(1)インターロイキン−6(IL−6)及び/又はインターロイキン−8(IL−8)を指標とした、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法。
(2)ケラチノサイト及び線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に前記薬剤の候補を添加して当該皮膚モデルを培養し、その後当該皮膚モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルを調べ、その産生レベルがコントロールに比べ有意に抑制されていたら、当該候補薬剤がエラスチン発現低下を回復する薬剤であると判断する、(1)の方法。
(3)IL−6及び/又はIL−8がケラチノサイトと線維芽細胞との相互作用によって線維芽細胞より産生され、エラスチンが線維芽細胞により発現される、(2)の方法。
(4)前記コントロールが、ケラチノサイト及び線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に前記候補薬剤を含有しない溶剤のみを添加し、同一条件下で培養した当該皮膚モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルである、(2)又は(3)の方法。
(5)前記コントロールに比べ有意に抑制されたIL−6及び/又はIL−8の産生レベルが、線維芽細胞を含有するがケラチノサイトを含有しない培養真皮モデルの培養液に前記候補薬剤を含有しない溶剤のみを添加して、同一条件下で培養した当該培養真皮モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の発現レベルと同程度にまで抑えられていれば、当該候補薬剤はIL−6及び/又はIL−8によって低下した線維芽細胞のエラスチン発現を、線維芽細胞が従来持っている発現能力まで回復させることができる薬剤であると判断する、(2)又は(3)の方法。
(6)前記IL−6及び/又はIL−8の発現レベルをエンザイムイムノアッセイにより調べる、(2)〜(5)のいずれかの方法。
(7)前記候補薬剤が、単層培養した線維芽細胞におけるエラスチン発現を促進する効果がない、もしくは前記候補薬剤の濃度が、エラスチン発現を促進させる濃度よりも低い濃度であるとき、エラスチンの異常沈着を引き起こす危険性が少ない薬剤、もしくはエラスチンの異常沈着を引き起こす危険性が少ない濃度であると判断する、(2)〜(6)のいずれか(1)の方法。
【発明の効果】
【0012】
本技術は単なるエラスチン発現促進・産生促進に着目したスクリーニング方法とは異なり、障害によるエラスチン低下を回復させる効果に着目したスクリーニング方法である。このため、本スクリーニング法でスクリーニングを行った薬剤は、光老化で見られるようなエラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少なく、正常な弾力線維再構築を促進して、自然老化で見られるような弾力線維の低下を防ぎ、弾力性の高い肌状態に保つことができると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
過去にIL−6が単層培養した歯肉線維芽細胞におけるエラスチン発現に影響を与えるかどうかについて言及している論文(非特許文献11)があるが、彼らはIL−6がエラスチン発現に有意な変化を与えなかったとしている。細胞の由来が異なると、エラスチンの発現には違いがあり、その調節のされ方も異なるとの報告(非特許文献12)があることから、非特許文献11において使用された歯肉線維芽細胞は我々が用いた皮膚真皮線維芽細胞におけるエラスチンの発現と異なる可能性が考えられる。
【0014】
一方、サイトカインとエラスチン分解酵素(エラスターゼ)との関連については様々な研究がある。例えば、IFN-γはエラスターゼ活性を抑制する効果があり、GM-CSFは促進する効果があり、IL−6、IL−8は有意な影響を与えない、といった報告(非特許文献13)があるが、これらは、マクロファージを各サイトカインで刺激した際のエラスターゼ活性について検討したものなので、皮膚線維芽細胞におけるエラスチンの発現と直接関係するものではない。
【0015】
IL−6及び/又はIL−8を指標とした、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法
本発明のスクリーニング方法は、好ましくは表皮ケラチノサイト及び真皮線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に前記薬剤の候補を添加して当該皮膚モデルを培養し、その後当該皮膚モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルを調べ、その産生レベルがコントロールに比べ有意に抑制されていたら、当該候補薬剤がエラスチン発現低下を回復する薬剤であると判断する、というステップからなる。
【0016】
三次元培養皮膚モデル
本発明の方法に使用できる三次元培養皮膚モデルは、ケラチノサイト及び線維芽細胞を含んで成る三次元皮膚モデルから作製される。かかる三次元培養皮膚モデルは当業者にとって周知の方法(例えば、機能性化粧品素材開発のための実験法―in vitro/細胞/組織培養―第5章 三次元培養皮膚モデルを用いた評価法(シーエムシー出版)、Exp. Cell Res. Amano S. et al., (2001), Vol.271, pp.249-262参照)により調製することができ、例えばインサートメッシュ上において線維芽細胞を支持体、例えばコラーゲンゲルに混ぜ込んだものを播いた後、その上にケラチノサイトを播き、培養することで調製したものであってよい。三次元培養皮膚モデルは例えば線維芽細胞を1×104〜108個/ml、好ましくは1×105個/cm2の量で含み、またケラチノサイトを1×104〜108個/ml、好ましくは1×105個/cm2の量で含むものであってよい。線維芽細胞を混ぜ込む支持体としてはコラゲーゲンゲル以外にアガロースゲルなどが利用できる。このような三次元皮膚モデルは市販されており、特に限定されるわけではないが、例えばEPI-MODEL(J-TEC)、TESTSKIN(商標)(TOYOBO)などが使用できる。
【0017】
線維芽細胞及びケラチノサイトは同種系でも異種系であってもよく、あらゆる哺乳動物に由来してよい。しかしながら、限定するわけではないが、両者ともヒト由来であることが好ましい。両者がヒト由来である方が、それにより形成される三次元皮膚モデルの性状をヒト皮膚のそれに一層近づけることができるからである。また、使用する線維芽細胞とケラチノサイトの割合は特に限定されるわけではないが、例えば1:10〜10:1、好ましくは、5:2〜5:4である。
【0018】
候補薬剤と三次元皮膚モデルとのインキュベーション条件は特に限定されるものではないが、例えば培養液として通常のケラチノサイト培養に用いられる培養液、例えばKG培地、Epilife KG2(KURABO)、Humedia-KG2(KURABO)、アッセイ培地(TOYOBO)などを用い、常温、例えば25℃前後で数時間、例えば2時間から数日、例えば3日かけて行ってよい。また、候補薬剤は適度な間隔をおいて新鮮なものに交換してよい。
【0019】
IL−6及びIL−8は共に炎症性疾患に関与するサイトカインであり、その測定方法は当業者に周知である。例えば、IL−6及び/又はIL−8の検出又は測定方法は、IL−6及び/又はIL−8を産生する細胞における遺伝子発現を検出する定量的又は定性的RT-PCR法、マイクロアレイ、ノーザンブロッティング等の方法を用いることができる。また、IL−6及びIL−8のそれぞれにに対する抗体との反応性に基づくフローサイトメトリー法や、エンザイムイムノアッセイ、ラジオイムノアッセイ、ウスタンブロッティング等の方法を用いることができる。
【0020】
IL−6及び/又はIL−8の検出又は測定方法は、市販のキットを用いて測定することも可能である。例えば、Duo Set ELISA Development (R&D System)などを用いて測定することができる。
【0021】
上記スクリーニング方法におけるコントロールとして、上記三次元培養皮膚モデルの培養液に例えば前記候補薬剤を含有しない溶剤のみを添加し、同一条件下でこの三次元培養モデルを培養し、その培養上清液中で測定して得たIL−6及び/又はIL−8の産生レベルを利用することができる。三次元培養皮膚モデルに候補薬剤を添加して得られたIL−6及び/又はIL−8の産生レベルがコントロールに比べ、統計学的(例えばt-検定)に有意に抑制されていれば、当該候補薬剤はエラスチン発現低下を回復できる薬剤である、と判定することができる。
【0022】
さらに、その抑制されたIL−6及び/又はIL−8の産生レベルが、線維芽細胞を含有するがケラチノサイトを含有しない培養真皮モデルの培養液に前期候補薬剤を含有しない溶剤のみを添加して、同一条件下で培養した当該真皮モデルの培養上清中に産生されるIL−6及び/又はIL−8の産生レベルと同程度にまで抑えられていれば、当該候補薬剤はIL−6及び/又はIL−8によって低下した線維芽細胞のエラスチン発現を、線維芽細胞が従来持っている発現能力まで回復させることができる薬剤である、と判定することができる。
【0023】
また、候補薬剤を、線維芽細胞の単層培養における培養上清中に添加して、線維芽細胞におけるエラスチン発現を促進する効果がない、もしくは前記候補薬剤の濃度が、線維芽細胞におけるエラスチン発現を促進させる濃度よりも低い濃度であるとき、エラスチンの異常沈着を引き起こす危険性が少ない薬剤、もしくはエラスチンの異常沈着を引き起こす危険性が少ない濃度であると判断することができる。線維芽細胞の単層培養は、例えば線維芽細胞を1×103〜107個/cm2、好ましくは5×104個/cm2の量でカルチャーディッシュに播種して、接着を確認後、好ましくは24時間後、培養液に前記候補薬剤を添加して行うことができる。インキュベーション条件は特に限定されるものではないが、例えば培養液として通常の真皮線維芽細胞の培養に用いられる培養液、例えばダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco's Modified Eagle's Medium;DMEM)を用い、適量のウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum;FBS)、好ましくは1%を含有する条件下で、常温、例えば25℃前後で数時間、例えば2時間から数日、好ましくは24〜48時間かけて行ってよい。
【0024】
本発明によりスクリーニングされたエラスチン発現低下を回復できる薬剤は、上記のとおり、単に線維芽細胞におけるエラスチン発現自身を亢進させるものではないため、光老化で見られるようなエラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少なく、正常なエラスチン線維再構築を促進して、自然老化で見られるような弾力線維の低下を防ぎ、弾力性の高い肌状態に保つことができると考えられ、例えばシワ予防及び/又は改善のための抗老化剤などの活性成分として有効であると考えられる。また、火傷や、外傷、手術、疾病などで真皮欠損を伴う創傷は、傷痕が非常に長い期間、もしくは一生残ることが知られている。このような部位では、もとあった皮膚と外観が異なるだけでなく、肌状態も異なり、エラスチンがほとんど再構築されていないという報告がある(非特許文献14)。エラスチンは皮膚の構造・機能を保つ上でも重要な因子であることから、皮膚再構築部位で正常なエラスチンの再構築を促進させることができる薬剤は、真皮欠損を伴う創傷部位の再構築を促進させる薬剤としても有効であると考えられる。
【0025】
別の観点において、本発明は表皮ケラチノサイトと真皮線維芽細胞の相互作用によるIL−6及び/又はIL−8の産生を抑制することで、IL−6及び/又はIL−8に起因する真皮線維芽細胞によるエラスチン発現低下を抑え、エラスチンの産生を回復させ、その結果皮膚の弾性を保持又は改善せしめる美容方法、予防方法又は治療方法を提供する。かかる方法は上記スクリーニング方法により得られた薬剤を皮膚に適用することで達成される。かかる薬剤は、例えば軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、浴用剤等、従来皮膚外用剤に配合して使用できる。
【実施例】
【0026】
真皮線維芽細胞培養
真皮線維芽細胞はヒト真皮より単離して、10%ウシ胎児血清を含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)にて培養した。細胞はトリプシン-EDTA処理によって細胞を回収した。
【0027】
真皮モデルの作製
ヒト真皮由来の線維芽細胞1.0×106cellsを、ウシの真皮より抽出した中和した0.1%I型コラーゲン10mL内で培養して収縮コラーゲンを作製し、これを真皮モデルとした。培地にはDMEMと、表皮角化細胞増殖用培地(Epilife-KG2 倉敷紡績株式会社製)を1対1で混合した基礎培地に、10%FBSと、250μMアスコルビン酸グルコシドを含有するものを用いた。この真皮皮膚モデルをエラスチンに特異的な抗体で染色したところ、真皮層におけるエラスチン線維が観察でき、エラスチン線維形成が認められた(データーは示さない)。
【0028】
三次元皮膚モデルの作製
上記真皮皮膚モデルの上に、ヒト皮膚より単離した表皮ケラチノサイト4.0×105cellsを播種して、表皮層を重層化させ、培地内で一晩培養した。翌日、表皮培養層を空気にさらして、角層形成を示す重層化した表皮を持つ三次元皮膚モデルを作製した。この三次元培養皮膚モデル系をエラスチンに特異的な抗体で染色したところ、真皮層におけるエラスチン線維を観察することはできず、エラスチン線維形成は抑制されていた(データーは示さない)。この三次元培養皮膚モデルの真皮層におけるエラスチンのmRNAの発現を調べた。
【0029】
定量的PCR法によるエラスチンmRNA発現の定量
エラスチンmRNA発現量は、定量的PCR法、ABI PRISM(商標)7900HT Sequence Detection System(Applied Biosystems社)を用いて解析した。本実施例において使用したプライマー、プローブは以下の通りである。
上流プライマー:5'-GGGCAATTCCTGGAATTGGA-3’
下流プライマー:5'-CTGCTTCTGGTGACACAACCC-3’
プローブ:5'-CATCGCAGGCGTTGGGACTCCAG-3’
mRNA発現の定量は3群で行った。また内部標準には、actinおよびG3PDHのmRNA発現量を用いた。
【0030】
図1にその結果を示す。表皮層を重層しない、真皮層のみの真皮モデルでは、真皮層でエラスチンの発現が見られる一方で、三次元培養皮膚モデル(表皮層を真皮モデルに重層して作製)では、真皮層におけるエラスチン発現が大きく抑制されていることが分かった。
【0031】
エラスチン発現抑制因子の評価
次に、エラスチン発現が抑制される三次元培養皮膚モデルの培養上清中に、真皮線維芽細胞のエラスチン発現を抑制するような因子が産生されている可能性について検討した。詳しくは、エラスチンを発現する真皮線維芽細胞に、上記真皮モデル及び上記三次元培養皮膚モデルの培養上清をそれぞれ添加して培養し、エラスチンの発現をRT−PCRで解析した。
【0032】
図2にその結果を示す。三次元培養皮膚モデルの培養上清を添加すると、真皮線維芽細胞のエラスチン発現は抑制されるが、真皮モデルの培養上清を添加しても抑制されないことから、三次元培養皮膚モデルの培養上清中にはエラスチン発現を抑制する因子が産生されることが分かった。
【0033】
そこで、両培養上清中のサイトカインレベルを調べた。
サイトカインの定量には、多数のサイトカインを同時にアッセイすることが可能なBio-Plex サスペンションアレイシステム(商標)を用いた。17-Plex Panel (171-A11171)(Bio-Rad社)を用いてサイトカインレベルを定量したところ、真皮モデルと比較すると、IL−6、IL‐8が30倍以上という非常に高い濃度で三次元培養上清中に産生されていることが分かった。
【表1】

【0034】
そこでIL‐6、IL‐8をエラスチン抑制因子の候補と考えて、実際に培養上清中に検出されるような濃度で真皮線維芽細胞のエラスチン発現を抑制するかどうか検討した。詳しくは、三次元培養皮膚モデル上清中に産生されていた濃度に近い、20、200ng/mlのIL−6、又は10、100ng/mlのIL−8を真皮線維芽細胞に添加して単層培養して、エラスチンの発現レベルを調べた。コントロールとして、これらサイトカイン無添加で培養した真皮線維芽細胞のエラスチン発現を調べた。その結果、IL‐6、IL‐8が真皮線維芽細胞におけるエラスチン発現を有意に低下させることが分かった(図3)。
【0035】
エラスチン発現低下回復剤の評価
IL−6やIL−8といった、細胞障害が生じた際に産生される炎症性サイトカインを抑制する薬剤がエラスチン発現低下を回復させることが可能であるか検討を行った。炎症性サイトカインの産生を抑制するような薬剤の例として、ショウガ科ジンギバー属植物であるカスムナールジンジャー(学名:Zingiber purpureum Roxb.、別名Zingiber cassumunar Roxb.)の抽出物を用いた。本実施例では、根茎の粉砕物を加温下で90vol%エタノール溶液に浸漬して抽出し、この抽出物をろ過精製して得られたをエタノールに溶かしたものである。Zingiber cassumunar Roxb.は、抗炎症効果(非特許文献15)や、種々の炎症性・アレルギー性皮膚疾患や肌荒れの発現に関与している血小板活性化因子(platelet activating factor,PAF)に対して、優れた拮抗作用を有しており、炎症性・アレルギー性皮膚疾患や健常人の肌あれ、荒れ性等の改善に有効であることが知られている(特許文献1)。
【0036】
三次元培養皮膚モデルを、表皮ケラチノサイトを播種後2日目に二群に分けて、二群に群分けして、一方の群には培養上清中には培養を開始して4日目にカスムナールジンジャーエキスを最終濃度10μg/mLになるように添加し、もう一方の群の培養上清中には溶媒のエタノールを添加し(コントロール)、以後2〜3日に一度、新鮮なカスムナールジンジャーエキス添加培地と無添加培地に交換し、培養を行った。培養を開始して14日目(薬剤を添加してから10日目)に組織をアセトンで固定して採集した。上記と同様の操作でIL−6、IL−8の産生を調べたところ、それぞれ真皮モデルで見られるレベルまで抑制されていた(図4,5)。このとき、真皮層におけるエラスチンの発現を解析した結果、エラスチン発現が抑制されない真皮モデルのレベルまで、エラスチンのmRNA発現レベルは回復することが分かった(図6)。また線維芽細胞をカスムナールジンジャーエキス10μg/mLの存在下で単層培養したところ、エラスチンの発現の亢進は認められなかった(図8)。カスムナールジンジャーエキスには直接エラスチンのmRNA発現を上昇させる効果はなかったことから、本実施例で用いたカスムナールジンジャーエキス(10μg/mL)は、光老化で見られるようなエラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少ない薬剤であると考えられる。なお、カスムナールジンジャーエキスが、エラスチンの発現を促進するという報告があるが(特許文献2)、実際に効果を確認している濃度は50μg/mLと、本実施例で用いた濃度よりも高く、またエキス抽出方法が異なるため効果は同じではないと考えられる。
【0037】
これらの結果より、炎症性サイトカインIL‐6、IL‐8を指標として、それらの産生を抑制する薬剤をスクリーニングすることによって、炎症性サイトカインによって低下するエラスチンの発現を回復させることができる薬剤がスクリーニングできることが示唆された。
【0038】
考察
始めに言及した通り、皮膚代替組織(三次元培養皮膚モデル)は様々な点で正常皮膚とは異なる。正常皮膚や培養細胞との違いについては、様々なグループで研究がなされている。例えば、Boyceらのグループは、正常皮膚組織、皮膚代替組織、単離して培養した真皮線維芽細胞、単離して培養した表皮角化細胞における遺伝子発現の違いを、マイクロアレイを用いて網羅的に解析している(非特許文献16)。この研究では、皮膚代替組織では、正常皮膚と比較すると皮膚全層のIL−6、IL−8のmRNA発現が約10倍と高いと報告している。この培養皮膚モデルにおいても我々のモデルと同じく真皮層における線維芽細胞に高いレベルのIL−6、IL−8が作用していると考えられる。また彼らの皮膚代替組織では、他に細胞外マトリックスのリモデリング時に見られるような分解酵素や、皮膚の創傷治癒の過剰増殖時に見られるような因子が多く産生されていることから、培養皮膚モデルは皮膚が創傷などの障害を受けた状態を反映したモデルであると言える。我々の使用している培養皮膚モデルも同様に炎症性サイトカインが高いレベルで作用しているので、障害を受けた状態の皮膚を反映したモデルであると考えられる。すなわち本技術を用いてスクリーニングされた薬剤は、エラスチン低下の原因となる炎症性サイトカインを抑制して、それらによるエラスチン産生の低下を回復することで、エラスチンの再構成を早めて皮膚におけるダメージの回復を促進する効果があると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】真皮モデルと三次元培養皮膚モデルとのエラスチン発現レベルの比較。
【図2】真皮線維芽細胞、真皮モデル及び三次元培養皮膚モデルのそれぞれの培養上清液中のエラスチン発現レベルの比較。
【図3】IL‐6、IL‐8の真皮線維芽細胞によるエラスチン発現に対する影響。
【図4】真皮モデル培養、カスムナールジンジャーエキスを添加して培養した三次元培養皮膚モデル及びカスムナールジンジャーエキス無添加で培養した三次元培養皮膚モデルのそれぞれの培養上清液中のIL−8産生レベルの比較。
【図5】真皮モデル培養、カスムナールジンジャーエキスを添加して培養した三次元培養皮膚モデル及びカスムナールジンジャーエキス無添加で培養した三次元培養皮膚モデルのそれぞれの培養上清液中のIL−6産生レベルの比較。
【図6】真皮モデル培養、カスムナールジンジャーエキスを添加して培養した三次元培養皮膚モデル及びカスムナールジンジャーエキス無添加で培養した三次元培養皮膚モデルのそれぞれの培養上清液中のエラスチン発現レベルの比較。
【図7】カスムナールジンジャーエキスの真皮線維芽細胞におけるエラスチン発現に対する影響。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インターロイキン−6(IL−6)及び/又はインターロイキン−8(IL−8)を指標とした、エラスチン発現低下を回復する薬剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
ケラチノサイト及び線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に前記薬剤の候補を添加して当該皮膚モデルを培養し、その後当該皮膚モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルを調べ、その産生レベルがコントロールに比べ有意に抑制されていたら、当該候補薬剤がエラスチン発現低下を回復する薬剤であると判断する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
IL−6及び/又はIL−8がケラチノサイトと線維芽細胞との相互作用によって線維芽細胞より産生され、エラスチンが線維芽細胞により発現される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記コントロールが、ケラチノサイト及び線維芽細胞を含有する三次元培養皮膚モデルの培養液に前記候補薬剤を添加しないで同一条件下で培養した当該皮膚モデルの培養上清液中のIL−6及び/又はIL−8の産生レベルである、請求項2又は3記載の方法。
【請求項5】
前記コントロールに比べ有意に抑制されたIL−6及び/又はIL−8の産生レベルが、線維芽細胞を含有するがケラチノサイトを含有しない培養真皮モデルの培養液に前記候補薬剤を含有しない溶媒のみを添加して、同一条件下で培養した当該培養真皮モデルの培養上清液中に産生されるIL−6及び/又はIL−8の発現レベルと同程度にまで抑えられていれば、当該候補薬剤はIL−6及び/又はIL−8によって低下した線維芽細胞のエラスチン発現を、線維芽細胞が従来持っている発現能力まで回復させることができる薬剤であると判断する、請求項2〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記IL−6及び/又はIL−8の発現レベルをエンザイムイムノアッセイにより調べる、請求項2〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記候補薬剤が、単層培養した線維芽細胞におけるエラスチン発現を促進する効果がない、もしくは前記候補薬剤の濃度が、単層培養した線維芽細胞におけるエラスチン発現を促進させる濃度よりも低い濃度であるとき、エラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少ない薬剤、もしくはエラスチンの異常沈着を引き起こすリスクが少ない濃度であると判断する、請求項2〜6のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−172240(P2010−172240A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−17083(P2009−17083)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】