説明

エンジンマウントの設計方法

【課題】短時間の計算で最適解に到達することのできるエンジンマウントの設計方法を提供する。
【解決手段】車両走行モードのそれぞれに対するトルク条件と、該各トルク条件において各エンジンマウントが有すべきバネ定数とを表す「トルク−バネ定数テーブル」、および、各エンジンマウントの初期位置を表す「エンジンマウント配置テーブル」を作成し、これらのテーブルに基づいて、各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量を計算し、もしこれらの変位量が予め定められた所定範囲の外ならば前記「トルク−バネ定数テーブル」を修正して前記変位量を再計算することにより、前記変位量がいずれも前記所定範囲内に収まるような「トルク−バネ定数テーブル」を決定し、決定された「トルク−バネ定数テーブル」と、前記各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量とから前記荷重撓みカーブを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンとトランスミッションとよりなるパワープラントを既知の位置で支持するエンジンマウントに対して、複数の車両走行モードのそれぞれにおいて所定のバネ定数を有するとともに所定の撓み量以下となるよう、それぞれのエンジンマウントに要求される荷重撓みカーブを求めるエンジンマウントの設計方法に関し、短時間で設計ができるものに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンとトランスミッションとよりなるパワープラントを支持するエンジンマウントの従来の設計方法は、過去の経験等に基づいて、それぞれのエンジンマウントに対して、荷重撓みカーブを初期値として付与し、これに対して、各エンジンマウントに荷重を段階的に加えていったときのパワープラントの動きとバネ定数とを計算し、例えば、パワープラントが周囲の機器と干渉するような場合や、バネ定数が所定の範囲を超えてバネが硬すぎたり柔らかすぎたりした場合が生じたときには、エンジンマウントの荷重撓みカーブを変更し、再度計算をやり直すことによって設計が行われていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開平5−26570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、この方法は、結果がでるまで時間がかかり、しかも、得られた結果が必ずしも最適解でない場合もあり、エンジンマウントの新しい設計方法が求められていた。本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、短時間の計算で最適解に到達することのできるエンジンマウントの設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、エンジンとトランスミッションとよりなるパワープラントを既知の位置で支持するエンジンマウントに対して、複数の車両走行モードのそれぞれにおいて所定のバネ定数を有するとともに所定の撓み量以下となるよう、それぞれのエンジンマウントに要求される荷重撓みカーブを求めるエンジンマウントの設計方法において、
前記車両走行モードのそれぞれに対するトルク条件と、該各トルク条件において各エンジンマウントが有すべきバネ定数とを表す「トルク−バネ定数テーブル」、および、各エンジンマウントの初期位置を表す「エンジンマウント配置テーブル」を作成し、これらのテーブルに基づいて、各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量を計算し、もしこれらの変位量が予め定められた所定範囲の外ならば前記「トルク−バネ定数テーブル」を修正して前記変位量を再計算することにより、前記変位量がいずれも前記所定範囲内に収まるような「トルク−バネ定数テーブル」を決定し、決定された「トルク−バネ定数テーブル」と、前記各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量とから前記荷重撓みカーブを求めるエンジンマウントの設計方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、前記車両走行モードのそれぞれに対するトルク条件とその時に各エンジンマウントが有すべきバネ定数とを表す「トルク−バネ定数テーブル」と、各エンジンマウントの初期位置を表す「エンジンマウント配置テーブル」とを作成し、これらのテーブルに基づいて、各エンジンマウントの荷重撓みカーブを求める、すなわち、最初に目標とするバネ定数を与え、それを満足すべき荷重撓みカーブを求めるだけなので、荷重撓みカーブを短時間で計算することができる上に、最初からバネ定数は最適なものとして得られているので、計算を単純化することができる。バネ定数が最初に与えられている場合の問題として、パワープラントの変位が大きすぎ周囲と干渉する可能性や、エンジンマウントの撓みが大きすぎて寿命を低下させる可能性があるが、本発明においては、これらの点を、エンジンマウントの変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量を計算し、これらの変位量が所定範囲内に入るように「トルク−バネ定数テーブル」を決定しこれに基づいて、各エンジンマウントの荷重撓みカーブを求めるので、前記可能性を排除することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明に係るエンジンマウントの設計方法における手順を示すフローチャートである。
【図2】荷重と撓みとの関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に係る実施形態のエンジンマウントの設計方法について図を参照して以下に説明する。まず、ステップ1(S1)として、車両諸元データを作成する。車両諸元データとは、最大エンジントルク、ギア比、デフ比、トルコンストールトルク比、タイヤ動半径などを指す。次いで、ステップ2(S2)として、車両諸元データに基づいて、「車両走行モード−トルクデーブル」を作成する。これは、表1に例示するように、互いに異なる走行モードごとに、発生するトルクT1〜T5を設定してテーブル化したものあり、前記車両諸元データから計算することができる。ここで、トルクとは、FF車の場合には、ドライブシャフトに伝達されるトルクであり、FR車の場合には、ペラシャフトに伝達されるトルクである。
【0009】
一方、ステップ3(S3)として、車両に対する音・振動性能の要求を整理し、これに基づいて、各車両走行モードに対してどの程度のバネ定数が必要かを設定した「車両走行モード−バネ定数デーブル」を作成する(ステップ4(S4))。「車両走行モード−バネ定数デーブル」の例を表2に示した。表2において区間バネ定数の大きさを設定するには、次のことを考慮する。すなわち、区間バネ定数を大きくすれば、エンジンマウントの撓み量は小さくなり、パワープラントの移動量も小さくなり、一方、区間バネ定数を小さくすれば、エンジンマウントの撓み量は大きくなりパワープラントの移動量も大きくなる。振動伝達の面からは、区間バネ定数が小さい方が有利であるが、このように、エンジンマウントの耐久性やパワープラントの移動量の点からは不利となる。バネ定数の選択に際しては、両者のバランスや許容値を見ながらパラメータスタディを行い、適切なレベル・バランスに収束したところで、パラメータを設定すればよい。
【0010】
そして、ステップ2(S2)で作成した「車両走行モード−トルクデーブル」と、ステップ4(S4)で作成した「車両走行モード−バネ定数デーブル」とに基づいて、表3に例示するような「トルク−バネ定数テーブル」を作成する(ステップ5(S5))。
【0011】
【表1】

【0012】
【表2】

【0013】
【表3】

【0014】
以上のステップ1〜5とは別に、ステップ6(S6)として、「エンジンマウント配置テーブル」を作成する。これは、各エンジンマウントの3次元の配置をテーブル化したものである。
【0015】
そして、ステップ5(S5)で作成した「トルク−バネ定数テーブル」と、ステップ6(S6)で作成した「エンジンマウント配置テーブル」とに基づいて、ステップ7(S7)として、パワープラントの動き量を計算し、この動き量に基づいて、「トルク−エンジンマウント変位量テーブル」の作成(ステップ8(S8))、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量の計算(ステップ9(S9))を行う。なお、パワープラント上の所定ポイントとは、例えば、周囲の部品と干渉しそうな点などの注目点を意味する。
【0016】
ここで、ステップ7(S7)におけるパワープラントの動き量は、その元となる「トルク−バネ定数テーブル」に基づいて各「エンジンマウント荷重撓みカーブ」を求め、これらの「エンジンマウント荷重撓みカーブ」から計算することができる。「エンジンマウント荷重撓みカーブ」を求めるには、この後ステップ12(S12)について説明する方法に従えばよい。
【0017】
ステップ8(S8)およびステップ9(S9)のあと、これらのステップで計算された「トルク−エンジンマウント変位量テーブル」に基づくエンジンマウント変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量が、それぞれ所定の範囲に入っているか否かをチェックし(ステップ10(S10))、もし、これらの変位量のいずれかが前記所定範囲内に入っていない場合には、ステップ4(S4)で作成した「車両走行モード−バネ定数デーブル」を修正し、修正された「車両走行モード−バネ定数デーブル」に基づいて、ステップ5〜9の処理を行い、その結果、再計算されたエンジンマウント変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量が所定範囲にはいっているか否かを調べる(ステップ10(S10))。もし、これらの変位量のいずれかが所定範囲にはいっていない場合には、上記ステップ4〜ステップ10のサイクルを、それらの変位量の両方が所定範囲に入るまで繰り返す。
【0018】
そして、ステップ10で、エンジンマウント変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量のいずれもが所定範囲にはいっている場合には、最後に修正した「トルク−バネ定数テーブル」を、求めるべき「トルク−バネ定数テーブル」であると決定し、この決定された「トルク−バネ定数テーブル」に基づいて、「エンジンマウント変位−バネ定数テーブル」を作成し(ステップ12(S12))、最後に、ステップ13(S13)として「エンジンマウント荷重撓みカーブ」を作成する。
【0019】
そして、エンジンマウントのバネ定数は撓みに応じて変化するので、「エンジンマウント荷重撓みカーブ」を計算するには、考え方として、既知のトルクTから「エンジンマウント配置テーブル」に従って荷重Fを求め、撓みXを、荷重Fから、式(1)に従って逆算すればよい。
【数1】

【0020】
表3の「トルク−バネ定数テーブル」で表されるエンジンマウントについて、「エンジンマウント荷重撓みカーブ」を求める際の具体例を以下に示す。表3から、設定トルク0、T1〜T5から、それぞれに対応する荷重を計算することができ、これらの設定トルクに対応する荷重を、0、F1〜F5とする。次に、これらの荷重から、エンジンマウントの撓みを求める。例えば、エンジンマウントに対して、区間1〜5における区間荷重増分dF1〜dF5は、表4のように表すことができ、また、これらの区間における区間変位量をそれぞれdX1〜dX5とする。そして、荷重と撓みとの関係を表す図3から明らかなように、0、T1〜T5におけるそれぞれの荷重は、表5の0、F1〜F5に対する式で表すことができ、撓みは、例えばトルクT3に対する撓みとして(dX1+dX2+dX3)で表すことができる。
【0021】
【表4】

【0022】
【表5】

【0023】
ここで、計算精度を上げるためには、区間増分dFi(i=1,・・・,5)を微小区間に分けて、逐次積分を行えばよいが、各区間内では線形性が高いので、式(2)、(3)を用いて1回の計算で済ませても実用上は問題ない。
【数2】

ただし、
【数3】

ここで、K[Xi]は、撓み量Xiにおける剛性マトリックスを表す。
このような簡易計算では、計算回数は各区間1回で済むため、表計算ソフトなどでも簡単に計算することができ、この場合、入力と同時に計算結果が表示されるため、パラメータスタディを効率的に行うことができる。
【0024】
以上、1次元モデルについて説明したが、実際には3方向について荷重撓みを計算する必要があり、基本的には、上述の方法によって計算することができる。また、3方向のパラメータ間で交互作用を考慮した方が、精度がよくなる場合があり、この場合、表4におけるKiとして、3方向のバネ定数Kx,Ky,Kzの代わりに式(4)で表されるKx’,Ky’,Kz’を用いればよい。この交互作用の意味するところは、例えば、Z方向のバネ定数が高くなると、X方向やY方向のバネ定数も変化する可能性があるということである。
【数4】

ここで、a12,a13,a21,a23,a31,a32が交互作用を表すパラメータである。
【0025】
次に、ステップ5として、各トルクレベルに対して求められた撓みが許容範囲に入っていて耐久性に問題が無いかをチェックし、問題があれば、「トルク−バネ定数テーブル」におけるバネ定数を変更して再度、「荷重撓みカーブ」の算出を行う。通常は、撓みが大きすぎる場合が多いのでバネ定数を上げて再度計算を行うことになる。
【0026】
もし、ステップ5で特に問題が無ければステップ6として、設定トルクT1〜T5に対して、「パワープラントの変位」の算出を行うが、これは、設定トルクT1〜T5に対する、各エンジンマウントの撓みがステップ4の計算によって分かっているので、「エンジンマウント配置テーブル」を用いてそれぞれのエンジンマウントの撓みが、パワープラントの変位に影響するかは容易に計算することができる。
【0027】
ここで、「パワープラントの変位」の許容値を設ける例として、トルクステアの発生を抑えるようエンジンマントの設計をする場合や、パワープラントがストッパへ当たるの抑えて音振動性能の悪化を防止する場合、さらには、パワープラントが変位しすぎて、他の部品に当たるのを防止する場合などを挙げることができる。ここで、トルクステアは、加速時にハンドルが取られる現象であるが、その一因として、加速によってパワープラントが車両前後軸周りにも回転することで、左右のドライブシャフトの取付位置に高さの差が生じることが挙げられ、このような場合には、パワープラントの変位を所定の範囲に収めることでこの現象を抑えることができる。
【0028】
そして、ステップ7として、各トルクレベルに対して求められた変位が許容範囲に入っていて周囲の部品と干渉する可能性が無いかをチェックし、問題があれば、「トルク−バネ定数テーブル」におけるバネ定数を変更して再度、「荷重撓みカーブ」の算出を行い、これが問題なければ、「パワープラントの変位」の算出を行う。エンジンマントの撓みも、パワープラントの変位も許容範囲に入っていれば、一連の計算は完了する。
【0029】
以上のように、本発明は、その特徴として、ステップ5の「トルク−バネ定数テーブル」、および、ステップ6の「エンジンマウント配置テーブル」を作成し、これらのテーブルに基づいて、各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量(ステップ8)、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量(ステップ9)を計算し、もしこれらの変位量が予め定められた所定範囲の外ならば前記「トルク−バネ定数テーブル」を修正して前記変位量を再計算することにより、前記変位量がいずれも前記所定範囲内に収まるような「トルク−バネ定数テーブル」を決定し、決定された「トルク−バネ定数テーブル」と、前記各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量とから前記荷重撓みカーブを求める(ステップ13)ものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンとトランスミッションとよりなるパワープラントを既知の位置で支持するエンジンマウントに対して、複数の車両走行モードのそれぞれにおいて所定のバネ定数を有するとともに所定の撓み量以下となるよう、それぞれのエンジンマウントに要求される荷重撓みカーブを求めるエンジンマウントの設計方法において、
前記車両走行モードのそれぞれに対するトルク条件と、該各トルク条件において各エンジンマウントが有すべきバネ定数とを表す「トルク−バネ定数テーブル」、および、各エンジンマウントの初期位置を表す「エンジンマウント配置テーブル」を作成し、これらのテーブルに基づいて、各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量、および、パワープラント上の所定ポイントの変位量を計算し、もしこれらの変位量が予め定められた所定範囲の外ならば前記「トルク−バネ定数テーブル」を修正して前記変位量を再計算することにより、前記変位量がいずれも前記所定範囲内に収まるような「トルク−バネ定数テーブル」を決定し、決定された「トルク−バネ定数テーブル」と、前記各トルク条件におけるエンジンマウントの変位量とから前記荷重撓みカーブを求めるエンジンマウントの設計方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−79348(P2011−79348A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230723(P2009−230723)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】