説明

エンジン用ピストン

【課題】軽量でありながら剛性の高いエンジン用ピストンの提供を課題とする。
【解決手段】円盤状のピストンヘッド部11と、このピストンヘッド部11の周縁に沿って、交互に位置している一対のスカート部12及び一対のピンボス部14と、一対のスカート部12の周方向両端から隣接する一対のピンボス部14まで延びている、それぞれ一対のスカート延長部13と、が一体に形成されたエンジン用ピストン10である。一対のピンボス部14は、コネクティングロッドを連結するためのピンを取付ける部分である。スカート部の厚さT1は、スカート延長部の厚さT2の1.05倍から1.50倍の範囲に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンに用いられるピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジン用ピストンは、シリンダブロックに形成されているシリンダボアの中に往復動自在に装着されている。このピストンにはピンによってコネクティングロッドが連結され、このコネクティングロッドにクランクシャフトが連結されている。ピストンの直線的な往復動は、コネクティングロッドによってクランクシャフトの回転運動に変換される。
【0003】
詳しく述べると、ピストンには、コネクティングロッド連結用ピンを嵌合によって取り付けるためのピンボス部と、このピンボス部に隣接するスカート部と、このスカート部の周方向の端からピンボス部まで延びているスカート延長部とが、一体に形成されている。ダイカストによってピストンを製造する場合には、ピストンの品質を確保するために、鋳造時の湯流れ性に十分に配慮する必要がある。そのためには、スカート延長部の厚さを比較的大きく設定することになる。スカート部の厚さに対してスカート延長部の厚さが過大であると、両者の剛性の差が過大になる。この結果、エンジンの作動中には、スカート部とスカート延長部との間に、局部的な応力集中が発生し得る。応力集中によってスカート部に微小な変形が発生すると、スカート部の外周面がシリンダボアに摺接する面圧が高くなる。このことは、両者の摩耗が促進される要因となり得るので好ましくない。つまり、スカート部の外周面には、応力ができるだけ均一に分布することが求められる。
【0004】
局部的な応力集中を防止するためには、スカート延長部の剛性とスカート部の剛性とのバランスをとるようにすることが考えられる。そのためには、スカート部の厚さを、スカート延長部の厚さに近づけるように大きくすればよい。しかし、スカート部の厚さを大きくすると、ピストン全体の重量が増す、つまり振動系のマスが増えるので、エンジンの振動を抑制するためには不利である。
【0005】
特許文献1に示される、エンジン用ピストンは、ピストンヘッド部と、このピストンヘッド部の周縁に沿って下げられる一対のピンボス部と、これらのピンボス部の端部からピストンヘッド部の周方向に向かって延びる延長部と、これらの延長部の先端同士を繋ぐように且つピストンヘッド部の周縁に沿って形成される一対のスカート部とからなる。
【0006】
このエンジン用ピストンは、必要な部位にのみ強度の高い素材を用いると共に、その他の部位には軽量な素材を用いている。必要な部位にのみ強度の高い素材を用いることで、軽量でありながら強度の高いピストンを提供することができる。
【0007】
しかし、このエンジン用ピストンは、2つの素材を用いる必要があり、これらを一体化するために複雑な工程を経る必要がある。複雑な工程を経ることで、エンジン用ピストンのコストが上昇する。容易に製造することができると共に、軽量且つ剛性の高いエンジン用ピストンの提供が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−288085号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、容易に製造することができると共に、軽量且つ剛性の高いエンジン用ピストンの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に係る発明は、円盤状のピストンヘッド部と、このピストンヘッド部の周縁に沿って、交互に位置している一対のスカート部及び一対のピンボス部と、前記一対のスカート部の周方向両端から、隣接する前記一対のピンボス部まで延びている、それぞれ一対のスカート延長部とが一体に形成され、前記一対のピンボス部は、コネクティングロッドを連結するためのピンを取付ける部分である、エンジン用ピストンにおいて、前記スカート部の厚さは、前記スカート延長部の厚さの1.05倍から1.50倍の範囲に設定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明では、スカート部の厚さをスカート延長部の厚さの1.05倍から1.50倍の範囲に設定することで、エンジン用ピストンの重量増加を抑制しつつ、両者の剛性を極力近付けることができる。この結果、軽量且つ剛性の高いピストンを提供することができる。
【0012】
加えて、軽量且つ剛性の高いエンジン用ピストンを提供するのに、一つの素材だけ用いればよい。エンジン用ピストンを容易に製造することができる。
【0013】
さらに、スカート部の厚さとスカート延長部の厚さとの厚みの差を少なくすることで、スカート部とスカート延長部との接続部分にかかる応力集中を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るエンジン用ピストンの断面図である。
【図2】図1の2−2線断面図である。
【図3】本発明に係るエンジン用ピストンの実験について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
【実施例】
【0016】
実施例に係るエンジン用ピストンの構造について、図1及び図2に基づき説明する。エンジン用ピストン10は、例えばアルミニウム合金のダイカスト鋳造品であり、汎用エンジンに用いられる。このエンジン用ピストン10は、円盤状のピストンヘッド部11と、このピストンヘッド部11から下方に延びるように形成される一対のスカート部12,12と、これらのスカート部12,12の両端からそれぞれ延びるスカート延長部13と、これらのスカート延長部13に繋がれコネクティングロッド(図示せず)を連結するためのピンが支持される一対のピンボス部14,14とからなる。
【0017】
ピストンヘッド部11は、凹形状部22が、凹状に形成されることで吸気バルブや排気バルブからの干渉を防ぐことができる、いわゆるリセス(recess)と称される部位である。17は、ピストンヘッド部11の中心軸である。
【0018】
さらに、ピストンヘッド部11には、ピストンヘッド部11の側面であり最上部のトップランド24と、このトップランド24の下方に形成されトップリングが嵌められるトップリング溝25と、このトップリング溝25の下方に形成されているセカンドランド26と、このセカンドランド26の下方に形成されセカンドリングが嵌められるセカンドリング溝27と、このセカンドリング溝27の下方に形成されているサードランド28と、このサードランド28の下方に形成されオイルリングが嵌められるオイルリング溝29と、このオイルリング溝29の底部に向かって形成されスカート部12,12の内周面に連通するオイル戻し溝31とが形成されている。オイル戻し溝31は、ピストンヘッド部11に複数設けられている。
【0019】
スカート部12は、ピストンヘッド部11から下方に延びると共にピストンヘッド部11の周方向の縁部に沿って形成されている上部スカート部35と、この上部スカート部35の下端から下方に延び上部スカート部35よりも厚みの薄い下部スカート部36とからなる。
【0020】
一対の上部スカート部35の周方向両端から、それぞれスカート延長部13が延びている。スカート延長部13は、4つ形成されている。下部スカート部36からは、スカート延長部13が延びていない。
【0021】
ピンボス部14,14は、ピストン10の中心線17上に位置している。このピンボス部14,14には、図1に想像線によって示されるピン42を嵌合によって取り付けるためのピン穴41,41がそれぞれ開けられている。これら2つのピン穴41,41にピン42を通すことにより、ピン42はピンボス部14,14に支持される。42cは、ピン42の軸を示している。
【0022】
ここで、図2に示されるように、ピストン10の中心線17を通るとともにピン穴41,41の中心線42に直交する直線43のことを、直交線43ということにする。スカート延長部13は、直交線43に対して近づくように傾斜しながら、スカート部12からピンボス部14に向かって延びている。スカート部12とスカート延長部13との接続部45は、円弧形状に形成されている。
【0023】
スカート延長部13を、傾斜させながら延ばすことで、スカート部12を大きくすることができる。また、スカート部12とスカート延長部13とを、円弧形状に滑らかに接続することで、接続部45にかかる応力集中を軽減することができる。
【0024】
スカート部12は、厚さT1で均一に形成されている。また、スカート延長部は、厚さT2で均一に形成されている。スカート部の厚さT1は、スカート延長部13の厚さT2よりも若干大きく設定されることが好ましい。特に好ましくは、スカート部の厚さT1は、スカート延長部の厚さT2の1.05倍から1.50倍の範囲に設定される。つまり、スカート部12の厚さT1は、スカート延長部13の厚さT2に対して、(1.05×T2)≦T1≦(1.50×T2)の条件を満足するよう設定される。例えば、スカート部12の厚さT1は2.5mmに設定され、スカート延長部13の厚さT2は2.0(mm)に設定される。なお、スカート部12とスカート延長部13との接続部45は、徐々に厚さが変化するよう形成されている。
【0025】
スカート部12の厚さT1をスカート延長部13の厚さT2の1.05倍から1.50倍の範囲に設定することで、エンジン用ピストン10の重量増加を抑制しつつ、両者の剛性を極力近付けることができる。この結果、軽量且つ剛性の高いエンジン用ピストン10を提供することができる。
加えて、軽量且つ剛性の高いエンジン用ピストン10を提供するのに、一つの素材だけ用いればよい。エンジン用ピストン10を容易に製造することができる。
【0026】
本発明者らは、本発明の効果について確認すべく、実験を行った。以下に実験について説明する。
【0027】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。実験について図3に沿って説明する。図3(a)は、上記図1に示されるピストン10と実質的に同じ構成の実験用ピストン50の断面を示している。図3(b)は、図3(a)のb−b線断面を示している。
【0028】
図3(a)及び(b)に示されるように、実験用ピストン50の大きさは、ピストンヘッド51の直径Dが90mm、ピストン高さhが60mmである。スカート延長部52の厚さT2は、2mmである。複数種のピストン50を製作し、それぞれの実験用ピストン50のスカート部(上部スカート部)53の厚さT1を変化させた。スカート部53の厚さT1は、一度製作したピストンのスカート部53を切削することによって調節した。詳細を表1に沿って説明する。
【0029】
【表1】

【0030】
実験番号1では、スカート部の厚さT1を1.3mmとし、スカート延長部の厚さT2を2.0mmとした。T2に対するT1の比を示すT1/T2の値は0.65である。このような実験番号1にかかるピストンは、重量が軽く、大変良好であったことを示す◎であった。一方、剛性は低く、不合格を示す×であった。
【0031】
重量及び剛性は、◎、○、△、×の4段階で評価され、大変良好である◎は3点、良好である○は2点、普通である△は1点、不合格を示す×は0点とした。これらの結果を基に評価を行った。評価は、重量の結果の点数と剛性の結果の点数をかけ合わせて行った。0点が不合格を示す×、1点又は2点が普通である△、3点又は4点が良好である○、5点以上は大変良好である◎とした。
【0032】
実験番号1に係るピストンは、重量が◎の3点、剛性が×の0点であり、これらをかけ合わせた点数は0点であった。実験番号1にかかるピストンの評価は、不合格を示す×である。
【0033】
実験番号2では、T1を1.4mmとした。T1/T2は、0.70である。
実験番号2にかかるピストンは、重量が◎であり、剛性が△であった。
実験番号2にかかるピストンの評価は、3×1=3点で○であった。
【0034】
実験番号3では、T1を1.6mmとした。T1/T2は、0.80である。
実験番号3にかかるピストンは、重量が◎であり、剛性が△であった。
実験番号3にかかるピストンの評価は、3×1=3点で○であった。
【0035】
実験番号4では、T1を1.9mmとした。T1/T2は、0.95である。
実験番号4にかかるピストンは、重量が◎であり、剛性が△であった。
実験番号4にかかるピストンの評価は、3×1=3点で○であった。
【0036】
実験番号5では、T1を2.0mmとした。T1/T2は、1.00である。
実験番号5にかかるピストンは、重量が○であり、剛性が△であった。
実験番号5にかかるピストンの評価は、2×1=2点で△であった。
【0037】
実験番号6では、T1を2.1mmとした。T1/T2は、1.05である。
実験番号6にかかるピストンは、重量が○であり、剛性が◎であった。
実験番号6にかかるピストンの評価は、2×3=6点で◎であった。
【0038】
実験番号7では、T1を2.6mmとした。T1/T2は、1.30である。
実験番号7にかかるピストンは、重量が○であり、剛性が◎であった。
実験番号7にかかるピストンの評価は、2×3=6点で◎であった。
【0039】
実験番号8では、T1を3.0mmとした。T1/T2は、1.50である。
実験番号8にかかるピストンは、重量が○であり、剛性が◎であった。
実験番号8にかかるピストンの評価は、2×3=6点で◎であった。
【0040】
実験番号9では、T1を3.1mmとした。T1/T2は、1.55である。
実験番号9にかかるピストンは、重量が×であり、剛性が◎であった。
実験番号9にかかるピストンの評価は、0×3=0点で×であった。
【0041】
実験番号6〜実験番号8で非常に良好な結果を得ることができた。即ち、ピストンの重量を考慮しつつ、スカート部及びスカート延長部の剛性のバランスを考えた場合、スカート部の厚さT1を、スカート延長部の厚さT2に対して1.05倍〜1.50倍とすることが望ましいことが分かった。
【0042】
また、実験番号2〜実験番号4で良好な結果を得ることができた。即ち、ピストンの重量考慮しつつ、スカート部及びスカート延長部の剛性のバランスを考えた場合、スカート部の厚さT1を、スカート延長部の厚さT2に対して0.70倍〜0.95倍とすることも良好であることが分かった。
【0043】
尚、本発明に係るエンジン用ピストンは、汎用エンジンを例に説明したが、車両にも適用可能であり、これらの形式のものに限られるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のエンジン用ピストンは、汎用エンジンに好適である。
【符号の説明】
【0045】
10…エンジン用ピストン、11…ピストンヘッド部、12…スカート部、13…スカート延長部、14…ピンボス部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円盤状のピストンヘッド部と、
このピストンヘッド部の周縁に沿って、交互に位置している一対のスカート部及び一対のピンボス部と、
前記一対のスカート部の周方向両端から、隣接する前記一対のピンボス部まで延びている、それぞれ一対のスカート延長部とが一体に形成され、
前記一対のピンボス部は、コネクティングロッドを連結するためのピンを取付ける部分である、エンジン用ピストンにおいて、
前記スカート部の厚さは、前記スカート延長部の厚さの1.05倍から1.50倍の範囲に設定されていることを特徴とするエンジン用ピストン。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−15079(P2013−15079A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148439(P2011−148439)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】