説明

エンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法、並びにそこにおいて使用されるベクター、ベクターライブラリーおよびアッセイキット

【課題】 エンハンサーおよび/またはプロモーターをより簡便より高効率にスクリーニングする手段を提供する。
【解決手段】 本開示は、(A)(a)判定されるべきDNA断片と、(b)(a)の下流に機能的に連結され、(a)がプロモーターまたはエンハンサーの場合に複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子とを含む増幅可能なベクターを宿主細胞に導入する工程と、(B)(a)のエンハンサーおよび/またはプロモーター活性により前記宿主細胞内で前記ベクターが増幅される条件で宿主細胞を培養する工程と、(C)増幅されたベクターを宿主細胞から抽出する工程と、(D)抽出されたベクターから(a)の断片を得る工程とを含むエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング手段に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は、環境からもたらされる様々な刺激に対して適切な遺伝子の転写を活性化する。それにより適切な蛋白質が合成され多様な環境に適応する。このような遺伝子の転写は、生物のゲノム上の遺伝子配列の近傍にある塩基配列によって制御される。そのような塩基配列はエンハンサーやプロモーターと呼ばれる。エンハンサーおよび/またはプロモーターは、環境からの刺激に対する生物の状態を知る指標となる。従って、病気の診断や治療薬の開発、或いは有害物質の検出などの幅広い分野で有効に利用できる。従って、有用な環境特異的エンハンサーおよび/またはプロモーターを生物ゲノムからスクリーニングする技術の開発が求められている。
【0003】
そのようなスクリーニング法には、ショットガン・スクリーニング法やエンハンサー・トラップ法などがある。ショットガン・スクリーニング法は、操作は簡便であるが、プロモーターの取得確率は低い方法である。この方法では、断片化したゲノムをマーカー遺伝子の上流に組込んだベクターを宿主細胞に導入し、ベクターが細胞に与えるマーカー活性でエンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングする。エンハンサー・トラップ法は、細胞をクローン化する必要があるため、操作が煩雑で、スクリーニングに時間がかかる方法である。この方法では、エンハンサーおよび/またはプロモーターを持たないマーカー遺伝子を細胞に導入し、ゲノム上に無作為に組込む。エンハンサーおよび/またはプロモーターの近傍に組込まれたマーカー遺伝子のみが転写されるので、マーカー活性を指標にクローン化した細胞から高確率にエンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングできる。
【0004】
ショットガン・スクリーニング法やエンハンサー・トラップ法は、ゲノムサイズが比較的小さい生物種であればスクリーニングが効果的に行える。しかしながら、ゲノムサイズの大きな生物種を対象としたスクリーニング、例えばヒト(ゲノムサイズ:約30億塩基対)やマウス(約33億塩基対)の場合では、簡便性や効率性の面に問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−201680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
エンハンサーおよび/またはプロモーターをより簡便より高効率にスクリーニングする手段を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの側面に従うと、エンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法であって、
(A)宿主細胞に対して、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、を含み、増幅可能なベクターを導入する工程と、
(B)前記(a)の断片のエンハンサーおよび/またはプロモーター活性に依存して、前記ベクターが前記宿主細胞内で増幅される条件で前記宿主細胞を培養する工程と、
(C)増幅された前記ベクターを前記宿主細胞から抽出する工程と、
(D)抽出された前記ベクターから(a)の断片を得る工程と、
を含むエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法
が提供される。
【0008】
更なる側面に従うと、前記スクリーニング方法において使用するためのベクターであって、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含むベクター
が提供される。
【0009】
更なる側面に従うと、前記スクリーニング方法において使用するための複数のベクターからなるベクターライブラリーであって、前記ベクターライブラリーを構成する1つのベクターが、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含み、前記ライブラリーにおいて複数のベクターに分かれて存在する前記(a)の断片の配列に、1つの対象生物のゲノムの全長の配列、または少なくとも1つ以上のプロモーターまたはエンハンサー配列を含むゲノムの部分配列が分配されて含まれるベクターライブラリー
が提供される。
【0010】
更なる側面に従うと、前記スクリーニング方法において使用するためのアッセイキットであって、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と
を含むベクター、
前記宿主細胞から当該ベクターを抽出する試薬、および
前記(a)のDNA配列を増幅するための増幅用プライマーセット
を具備するアッセイキット
が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】細胞内でのエピソーマル・ベクターの働きを示すスキーム図。
【図2】スクリーニング方法の1例を示すスキーム。
【図3】ベクターの作製方法の1例を示すスキーム。
【図4】ベクターの作製方法の1例を示すスキーム。
【図5】細胞内ベクター量の1例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
エンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法は、
(A)宿主細胞に対して、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、を含み、増幅可能なベクターを導入する工程と、
(B)前記(a)の断片のエンハンサーおよび/またはプロモーター活性に依存して、前記ベクターが前記宿主細胞内で増幅される条件で前記宿主細胞を培養する工程と、
(C)増幅された前記ベクターを前記宿主細胞から抽出する工程と、
(D)抽出された前記ベクターから(a)の断片を得る工程と、
を含む。
【0013】
使用できるベクターは、例えば、プラスミドベクターである。
【0014】
例えば、エンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングする方法は、プラスミドベクターを利用することが可能である。
【0015】
「機能的に連結」および「稼働可能に連結」とは、結合されるそれぞれの遺伝子が、目的とする機能を果たせるように連結していることをいう。「機能的に連結」および「稼動可能に連結」は交換可能に使用されてよい。
【0016】
「プロモーター」とは、RNAポリメラーゼの結合配列を有する塩基配列であってよい。プロモーターは、それに機能的に連結された遺伝子の転写を調節および/または活性化する機能を有する塩基配列であればよい。
【0017】
「エンハンサー」とは、プロモーターに連結され、プロモーターによる遺伝子の転写の活性化を増強する機能を有する塩基配列である。
【0018】
「宿主細胞」として使用できる細胞は、ヒトおよびサルを含む霊長類、マウスおよびラットを含むげっ歯類などに由来する細胞であってよい。これらの細胞は、株化細胞であってもよいし、初代培養細胞であってもよい。霊長類に由来する株化細胞の例としては、例えば、ヒト肝癌に由来するHuh-7細胞や、Huh-7細胞のサブクローンであるHuh-7T1, Huh-7T2, Huh-7T3, Huh7T5, Huh7T7, Huh7T8, Huh7T9, Huh7T10や、同じくヒト肝癌に由来するHepG2細胞や、ヒトT細胞白血病に由来するJurkat細胞や、ヒト乳癌に由来するMCF-7細胞やミドリザル腎臓に由来するCV-1細胞などが挙げられる。また、げっ歯類に由来する株化細胞の例としては、例えば、マウス肝癌に由来するHepa-1細胞や、マウス神経芽細胞腫に由来するNeuro-2a細胞や、ラット褐色細胞腫に由来するPC12細胞などが挙げられる。また、霊長類やげっ歯類に由来する初代培養細胞の例としては、例えば、肝臓や脳などの器官に由来する初代培養細胞や、組織幹細胞や、胚性幹細胞などが挙げられる。
【0019】
「判定されるべきDAN断片」とは、プロモーターおよび/またはエンハンサーの候補配列を含む、またはからなる核酸断片であってよい。例えば、無作為に設計された人工的な配列および/または天然に存在する動物または植物に由来する配列を含む、またはからなる配列であってよい。プロモーターおよび/またはエンハンサーの候補配列において、候補としてどの程度有力であるかは問題ではない。
【0020】
「エンハンサーおよび/またはプロモーター活性に依存して」とは、エンハンサーおよび/またはプロモーターであるか否かを判定されるべきDNA断片の活性の有無および/または活性の大きさに依存することをいう。DNA断片にこの活性がある場合、それを含むベクターは宿主細胞内で自己複製して増幅される。従って、ベクターの増幅の有無および/または増幅の程度によって、DNA断片がエンハンサーおよび/またはプロモーターであるかを判定することが可能である。また、DNA断片の活性は、環境条件に依存してよい。例えば、DNA断片は特定の化合物や成分などの物質が存在する場合にのみ活性を示してもよい。或いはpHの値の範囲に応じて活性を示してもよい。細胞が存在する場の環境に応じて活性の有無または大きさが変化することを「環境特異的に活性化」という。
【0021】
エンハンサーおよび/またはプロモータースクリーニング方法は、プラスミドベクターを使用してもよい。以下に本発明におけるプラスミドベクターについて説明する。
【0022】
本発明におけるプラスミドベクターは、DNA複製を開始するタンパク質である複製開始蛋白質をコードする遺伝子と、該蛋白質を認識して結合する認識配列とを含む。プラスミドベクターは宿主細胞内での自己複製および/または増幅可能である。
【0023】
プラスミドベクターは、一般的にエピソーマル・ベクター、染色体外プラスミド・ベクターなども称される。エピソーマル・ベクターに組込まれる複製開始蛋白質と認識配列には、例えば、シミアン・ウイルス40 (SV40)、エプスタイン・バー・ウイルス(EBV)などのウイルス由来の因子が知られており、これらを使用することが可能である。
【0024】
SV40の場合、複製開始蛋白質はラージT抗原(LT)であり、認識配列はSV40 ori配列であってよい。エプスタイン・バー・ウイルスの場合、複製開始蛋白質がEBNA蛋白質であり、認識配列がEBウイルス潜在複製起点(oriP)であってよい。これらの複製開始蛋白質と認識配列が組込まれたエピソーマル・ベクターは、ヒトやサルなど霊長類の細胞を宿主細胞として、該細胞で自己複製して増幅する。
【0025】
複製開始蛋白質をコードする遺伝子としては、マウス・ポリオーマ・ウイルス(PyV)のラージT抗原遺伝子を、複製開始配列としてPyVコア起点配列を有するベクターであれば、マウスなどげっ歯類の細胞を宿主細胞とするエピソーマル・ベクターを作製してよい。
【0026】
図1に一般的なエピソーマル・ベクターの1例を示す。図1は、SV40の複製開始蛋白質と認識配列を組込んだベクターの自己複製機構を示す図である。この場合使用されるエピソーマル・ベクターは、プロモーター、或いはエンハンサー/プロモーターに機能的に連結されたSV40のラージT抗原(LT)遺伝子、及びSV40の複製開始配列(SV40 ori)が組込まれて含まれている。
【0027】
図1にエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法の基礎となる知見についてその概要を併記する。
【0028】
図1に示したエピソーマル・ベクターを宿主細胞に導入すると、宿主細胞内でLT遺伝子が転写および翻訳されてLT蛋白質が合成される。LT蛋白質は、ベクターのSV40 oriに結合し、宿主細胞のDNA複製装置をリクルートする。これにより、宿主細胞内でベクターの複製が開始される。それにより該エピソーマル・ベクターは宿主細胞内で自己複製して増幅する。ここで述べたように、エピソーマル・ベクターが宿主細胞内で自己複製および増幅するためには、LT遺伝子が転写および翻訳されてLT蛋白質が合成される必要がある。
【0029】
この知見、すなわちエピソーマル・ベクターの宿主細胞内での増幅にLT遺伝子の転写および翻訳が必要である知見を利用することによって、生物ゲノム上の環境特異的エンハンサー、プロモーター、並びにエンハンサーおよびプロモーターを効率的にスクリーニングすることが可能である。
【0030】
上記のエンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングする方法において使用されるベクターは、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含むベクターである。
【0031】
図2に、使用されるベクターの1例と、このベクターを使用したエンハンサーおよび/またはプロモータースクリーニング方法の概要を示す。
【0032】
スクリーニングには、複製開始蛋白質をコードする遺伝子と該複製開始蛋白質の認識配列を組込んだスクリーニング用ベクターを使用する。ただし、上述の一般的なエピソーマル・ベクターとは異なり、複製開始蛋白質をコードする遺伝子の上流にプロモーターを組込まないか、或いは非常に弱い転写活性しかもたないプロモーターしか組込まない。したがって、エピソーマル・ベクターを宿主細胞に導入しても十分にLT遺伝子が転写されない。そのため、ベクターは、宿主細胞内で自己複製および増幅することはできない。
【0033】
このスクリーニングベクターの複製開始蛋白質の上流に、エンハンサーやプロモーターの取得を目的とするDNAの断片(即ち、ゲノムの断片)を組込む。スクリーニング対象の生物ゲノムをランダムに断片化したものを組み込むことにより、スクリーニングのためのゲノムライブラリーを調製することも可能である。
【0034】
上記ゲノムの断片、あるいは上記ゲノムライブラリーを宿主細胞に導入して培養すると、遺伝子の転写活性化能を持たないゲノム断片が組込まれたベクターからはLT遺伝子の転写は起こらないために、このようなベクターは宿主細胞内で増幅することができない。これに対して、遺伝子の転写活性を持つゲノム断片、すなわちプロモーター、エンハンサー及びプロモーター/エンハンサーを含むゲノム断片が組込まれたベクターでは、LT遺伝子の転写が起こる。これが翻訳されてLT蛋白質が合成されるので、ベクターは宿主細胞内で自己複製して増幅する。結果として、ゲノムライブラリーを導入した宿主細胞内では、プロモーター、エンハンサー並びにプロモーターおよびエンハンサーを含むゲノム断片が組込まれたベクターのみが選択的に増幅される。
【0035】
このような細胞から、DNA(ベクター)を抽出し、必要であればベクターに組込んだゲノム断片部位をPCRなどのそれ自身公知の増幅方法によって増幅する。それにより、ゲノム上からプロモーター、エンハンサー並びにプロモーターおよびエンハンサーを効率的にスクリーニングすることが可能である。これにより、従来のゲノムショットガン法やプロモータートラップ法に比べて、より簡便かつより効率的なスクリーニングが可能となる。
【0036】
以下に、本発明で提供されるベクター、ゲノムライブラリー、及びこれらを使用したエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法の詳細を述べる。
【0037】
A)エンハンサーおよび/またはプロモータースクリーニング用ベクター
エンハンサーおよび/またはプロモータースクリーニング用ベクターは、複製開始蛋白質をコードする遺伝子、及び該蛋白質が認識する複製開始配列を有する。複製開始蛋白質は、スクリーニングに使用する宿主細胞において、DNAの複製開始に機能しうる蛋白質であればよい。例えば、宿主細胞に感染して増幅するウイルスに由来する蛋白質でも、宿主細胞と同じ動物種の蛋白質でもよい。或いは異なる動物種に由来する蛋白質でもよい。
【0038】
複製開始配列は、ベクターに組込んだ遺伝子から転写および翻訳される複製開始蛋白質が認識し、かつ複製を開始するように機能する塩基配列であればよい。例えば、複製開始蛋白質の生物種と同じ源または異なる源に由来してよい。
【0039】
例えば、ヒトやサルなどの霊長類の細胞を宿主細胞とする場合には、スクリーニング用ベクターには、複製開始蛋白質をコードする遺伝子としてSV40のラージT抗原遺伝子を、複製開始配列としてSV40 ori配列を有するベクターを作製すればよい。或いは、複製開始蛋白質としてEBVのEBNA蛋白質を、複製開始配列としてEBウイルス潜在複製起点(oriP)を有するベクターを作製してもよい。
【0040】
マウスなどのげっ歯類の細胞を宿主細胞とする場合には、スクリーニング用ベクターには、複製開始蛋白質をコードする遺伝子としてマウス・ポリオーマ・ウイルス(PyV)のラージT抗原遺伝子を、複製開始配列としてPyVコア起点配列を有するベクターを作製してよい。
【0041】
以下、ヒトやサルなどの霊長類の細胞を宿主細胞とする場合の例として、SV40のラージT抗原蛋白質とこれが認識する複製開始配列を組込んだプロモーターおよび/またはエンハンサースクリーニング用ベクター作製の1例を挙げる。
【0042】
SV40のLT抗原遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。LT遺伝子の塩基配列は、LT蛋白質の複製開始の機能を失わない限りにおいては、配列番号1の塩基配列と完全に一致している必要はない。
【0043】
SV40の複製開始配列であるSV40 oriの塩基配列を配列番号2に示す。この塩基配列も、複製開始の機能を失わない限りにおいては、配列番号2の塩基配列と必ずしも完全に一致している必要はない。
【0044】
LT遺伝子、並びにSV40 oriは、既知の遺伝子工学手法によって取得すればよい。例えば、塩基配列に特異的なプライマーセットによるPCRで増幅して取得してもよい。または全塩基配列を人工的に合成してもよい。また既にベクターに組込まれたものを利用してもよい。
【0045】
配列番号5と6に、LT遺伝子をPCRで増幅する際に使用するプライマーセットの例を示す。これらの遺伝子を組込むベクターは、新規に作製してもよく、市販のベクターを利用してもよい。
【0046】
図3に示したpUC-CMVm-LTが、既にLT遺伝子が組込まれたベクターの1例である。ベクターを制限酵素で消化すればLT遺伝子を取得することができる。このように得たLT遺伝子を、SV40 ori配列を有する市販のベクターに組込むことにより、プロモータースクリーニング用ベクターを作製してもよい。
【0047】
SV40 ori配列を有するベクターの1例として、例えばpcDNA4/V5-His (Invitrogen)などが挙げられる。市販のベクターはそのまま使用してもよいし、不要な塩基配列を取り除いて使用してもよい。このようにして作製したプロモータースクリーニング用ベクターの1例が、図3のpLTである。ベクターでは、LT遺伝子の上流にプロモーター、エンハンサーのいずれも持たない。したがって、遺伝子の転写活性化能を持つプロモーターを含むゲノム断片のスクリーニングに使用することができる。
【0048】
エンハンサースクリーニング用ベクターを作製する場合には、プロモータースクリーニング用ベクターのLT遺伝子の上流に、非常に弱い転写活性しかもたないプロモーターを組込めばよい。このようなプロモーターの例としては、配列番号5に記載のサイトメガロ・ウイルスのコア・プロモーター(Minimal CMV promoter)などが挙げられる。
【0049】
プロモーターの塩基配列は、既知の遺伝子工学手法によって取得してよい。例えば、塩基配列に特異的なプライマーセットによるPCRで増幅して取得してもよい。全塩基配列を人工的に合成してもよい。或いは、プラスミドベクターに組込まれたものを利用してもよい。
【0050】
図3に示したpUC-CMVm-LTは、LT遺伝子の上流にMinimal CMV promoterが組込まれたベクターの1例である。ベクターからMinimal CMV promoterとこれに連結されたLT遺伝子を制限酵素で消化して取得することができる。このように得たMinimal CMV promoter :: LT遺伝子(配列番号4)を、SV40 ori配列を有するベクターに組込めば、エンハンサースクリーニング用ベクターが作製できる。このように作製したエンハンサースクリーニング用ベクターの1例が、図3のpCMVm-LTである。
【0051】
上記のプロモーターおよび/またはエンハンサースクリーニング用のベクターでは、複製開始蛋白質をコードする遺伝子の上流にプロモーターを組込まない、或いは非常に弱い転写活性しかもたないプロモーターしか組込んでいない。したがって、ベクターを宿主細胞に導入しても、原理的には、複製開始蛋白質は転写されないか、或いは非常に少量しか転写されない。そのため、複製開始蛋白質が殆ど合成されずにベクターの自己複製および増幅は起こりにくい。しかしながら、複製開始蛋白質をコードする遺伝子の組込みに使用したベクターによっては、非誘導時の遺伝子の転写が起こって十分量の複製開始蛋白質が合成され、結果としてベクターが自己複製して増幅する可能性もある。
【0052】
このような非誘導時の遺伝子の転写を防止するためには、該遺伝子の上流に転写終結シグナル配列(Upstream poly(A)配列)を組込めばよい。これにより不適切な転写による複製開始蛋白質をコードする遺伝子の転写は起こらなくなる。転写終結シグナル配列は、宿主細胞で機能し、かつ遺伝子の転写終結能が高い塩基配列であればよい。
【0053】
転写終結シグナル配列の例は、例えば、配列番号3に示したSV40のポリA付加シグナル配列などが使用されてよい。転写終結シグナル配列は、既知の遺伝子工学手法によって取得してよい。例えば、塩基配列に特異的なプライマーセットによるPCRで増幅して取得してもよい。全塩基配列を人工的に合成してもよい。或いは、プラスミドベクターに組込まれたものを利用してもよい。
【0054】
以下に、先に述べたスクリーニング用ベクターに、Upstream poly(A)配列として、SV40 poly(A)シグナル配列を組込んだ1例を以下に示す。配列番号7と8に記載のプライマーセットを使用したPCRでSV40ポリA付加シグナル配列を増幅して適当な制限酵素で消化する。プロモーターを持たないベクター:pLTの場合には、複製開始蛋白質をコードするLT遺伝子の上流部分を適当な制限酵素で消化する。次に、同じく制限酵素で消化した前述のSV40ポリA付加シグナル配列を組込めばよい。
【0055】
図3に示したpUpA-LTが、LT遺伝子の上流にUpstream poly(A)を組込んだベクターの例である。ベクターは、プロモータースクリーニング用のベクターとして使用してよい。ベクターとしてpCMVm-LTを使用する場合には、ベクターのMinimal CMV promoterの上流部分を適当な制限酵素で消化して、pLTの場合と同様に、SV40ポリA付加シグナル配列を組込めばよい。
【0056】
図3に示したpUpA-CMvm-LTは、LT遺伝子の上流にUpstream poly(A)を組込んだベクターの1例である。ベクターは、プロモータースクリーニング用のベクターとして使用されてよい。
【0057】
B) ゲノムライブラリー
上記A)に記載のエンハンサーおよび/またはプロモータースクリーニングのためのベクターに、判定されるべきDNA断片としてスクリーニング対象の生物ゲノムをランダムに断片化したゲノム断片を組み込んでもよい。このような組込んだゲノムライブラリーを使用すれば、ゲノム上に存在するエンハンサーおよび/またはプロモーター機能を有する配列をスクリーニングすることが可能である。
【0058】
ベクターに組込むゲノムは、ベクターを導入する宿主細胞が由来する生物種のゲノム、或いは近縁の生物種のゲノムであることが好ましい。しかしながらこれに限定されるものではない。
【0059】
ゲノムライブラリーを構成するための由来は、真核細胞、原核細胞、動物細胞、植物細胞など、何れの生物種であってもよい。例えば、血球や、肝臓細胞や、神経細胞や、組織幹細胞や、胚性肝細胞などが挙げられる。また、特定の細胞に限定されず、例えば、複数の細胞で構成される器官や組織であってもよい。スクリーニングされるべきゲノムライブラリーの構築に使用される対象生物は、何れの生物であってもよい。例えば、真核生物、原核生物、動物、植物、細菌、ウイルスおよび酵母などであってよい。例えば、真核生物では、ヒトやサルなどの霊長類や、マウスやラットなどのげっ歯類などが挙げられる。また、生物に限らず、ウイルスであってもよい。当該エンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法は、ゲノムサイズが大きい真核生物についても好ましくスクリーニングを行うことが可能である。
【0060】
例えば、宿主細胞がヒト由来の場合、ベクターに組込むゲノムは、宿主細胞と同一種であるヒト、或いは近縁種であるサルのゲノムなどが好ましい。しかしながら、これに限定するものではなく、マウスやラットなどげっ歯類のゲノムを組込んでもよい。
【0061】
或いは、ベクターには生物のゲノムではなく、人工的に無作為に合成した塩基配列を組込んでもよい。
【0062】
図2に示したように、ゲノム断片は複製開始蛋白質をコードする遺伝子の上流に組込めばよい。例えば、A)で述べたプロモータースクリーニング用のベクターであるpLTの場合、ゲノム断片は、LT遺伝子の上流にある適当な制限酵素の消化部位に組込んでよい。
【0063】
例えば、pLTにUpstream poly(A)配列を組込んだpUpA-LTの場合は、Upstream poly(A)配列の下流、かつLT遺伝子の上流の適当な制限酵素の消化部位に組込めばよい。例えば、エンハンサースクリーニング用のベクターであるpCMVm-LTの場合は、LT遺伝子の上流にある適当な制限酵素の消化部位に組み込んでよい。例えば、pCMVm-LTにUpstream poly(A)配列を組込んだpUpA-CMVm-LTの場合は、Upstream poly(A)配列の下流、かつLT遺伝子の上流の適当な制限酵素の消化部位に組込んでよい。
【0064】
スクリーニングに供するゲノムは、対象とする生物から既知の遺伝子工学的手法を用いて取得してもよい。また、既に調製され市販されているゲノム溶液を購入して使用してもよい。使用するゲノムは、必ずしも全ゲノムである必要はなく、その一部であってもよい。
【0065】
例えば、コスミド、バクテリア人工染色体(BAC)にゲノムの一部を組込んだライブラリーがあるが、これらのライブラリーから目的とするゲノムの一部が組込まれたクローンを選択して使用してもよい。コスミドやBACのライブラリーは、自身で調製してから目的のゲノムの一部が組込まれたクローンを選択してもよい。市販のものから選択してもよい。或いは、目的のゲノムの一部が組込まれたクローンが市販されていれば、これを購入して使用してもよい。
【0066】
ゲノムライブラリーにおいて、複数のベクターに分かれて存在するゲノム由来の配列、即ち、DNA断片に、1つの対象生物のゲノムの少なくとも全長の配列が分配されて含まれてもよい。即ち、ゲノム由来の配列の全ての配列を総合して得られる配列が、1つの対象生物のゲノムの全長配列を含んでもよい。そのような総合して得られる配列が1つの対象生物のゲノムの全長配列からなってもよい。或いは、ゲノムライブラリーにおいて、複数のベクターに分かれて存在するゲノム由来の配列、即ち、DNA断片は、少なくとも1つ以上のプロモーターまたはエンハンサー配列を含むゲノムの部分配列であってもよい。そのような総合して得られる配列が1つの対象生物のゲノムの全長またはその一部分若しくは任意の部分の配列を含んだ上で更に、ゲノムの配列の一部がDNA断片間で重複してもよい。
【0067】
このようにして得たゲノムを適当な長さに断片化してから、プロモーターおよび/またはエンハンサースクリーニング用のベクターに組込む。ゲノム断片の長さは、100〜5000塩基対程度であることが好ましい。しかしながら、これに限定するものではない。
【0068】
ゲノムの断片化は、既知の遺伝子工学的手法でおこなえばよい。このような手法には、例えば、制限酵素による消化で断片化する方法、超音波で断片化する方法、ピペッティングで断片化する方法などが含まれる。このようにゲノム断片を組込んだベクターは、プロモーターおよび/またはエンハンサースクリーニング用のゲノムライブラリーとして提供されてもよい。
【0069】
C)プロモーターおよび/またはエンハンサースクリーニング
上記のB)で調製したゲノムライブラリーを使用して、ゲノム上のプロモーターおよび/またはエンハンサーとして機能する配列をスクリーニングする。
【0070】
以下に、そのようなスクリーニング方法について説明する。スクリーニング方法の流れは、図2に示した通りである。まず、B)で調製したゲノムライブラリーを宿主細胞に導入して任意の期間に亘り培養する。
【0071】
このとき、使用する宿主細胞は、ゲノムライブラリーの構築に用いたベクターに組込まれた複製開始蛋白質の遺伝子、及び複製開始配列の種類に応じて選択すればよい。複製開始蛋白質がSV40のLT蛋白質で、複製開始配列がSV40 oriの場合、或いはEBVのEBNA蛋白質とoriPの場合には、ヒトやサルなどの霊長類由来の細胞を選択することが好ましい。或いは、複製開始蛋白質がPyVのLT蛋白質で、複製開始配列がPyVコア起点配列の場合には、マウスなどのげっ歯類由来の細胞を選択することが望ましい。
【0072】
スクリーニング用のベクター群(即ち、ゲノムライブラリー)と宿主細胞の組合せが正しければ、細胞の種類は特に限定されない。宿主細胞は、例えば、株化細胞であってもよく、初代培養細胞であってもよい。また、細胞が由来する組織も特に限定されない。これは、スクリーニングの対象となるエンハンサーおよび/またはプロモーターの種類に応じて選択すればよい。
【0073】
スクリーニング用のベクターを宿主細胞に導入する方法は、既知の細胞工学手法を用いればよい。このような方法としては、例えば、生化学的な方法として、カチオン脂質を用いる方法、塩化カルシウムを用いる方法などが挙げられる。例えば、物理化学的な方法として、電気穿孔法などが挙げられる。
【0074】
このようにベクターを宿主細胞に導入した後、細胞を任意の期間に亘り培養する。この培養期間中にエンハンサーおよび/またはプロモーターを含むゲノム断片の組込まれたベクターは選択的に増幅する。
【0075】
環境特異的なエンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングする場合、この培養期間中に宿主細胞に対して、所望の環境刺激、例えば、化学物質、温度および/または酸化ストレスなどを与えればよい。これにより、細胞に与えた環境刺激に応じて、刺激に対応するエンハンサーおよび/またはプロモーターがスクリーニングされる。培養後に、細胞からベクターを抽出し、ゲノム断片を取得することにより、ゲノムのエンハンサーおよび/またはプロモーターが得られる。エンハンサーおよび/またはプロモーターを含むゲノム断片が組込まれたベクターが高度に濃縮されている。抽出したベクターからのゲノム断片取得は、既知の遺伝子工学手法を用いて行ってよい。簡便な方法としては、例えば、ベクターのゲノム断片が組込まれた領域をPCRで増幅する方法が挙げられる。
【0076】
このように、上記のB)で調製されたゲノムライブラリーを用いて、目的とするエンハンサーおよび/またはプロモーターを対象生物のゲノムから容易に得ることができる。
【0077】
例えば、上述のゲノムライブラリーは、複数のベクターからなるベクターライブラリーであって、前記ベクターライブラリーを構成する1つのベクターが、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含み、前記ライブラリーにおいて複数のベクターに分かれて存在する前記(a)の断片の配列に、1つの対象生物のゲノムの全長の配列、または少なくとも1つ以上のプロモーターまたはエンハンサー配列を含むゲノムの部分配列が分配されて含まれるベクターライブラリーであってよい。
【0078】
特定の生物種のベクターライブラリーの提供により、使用者は、目的に応じて環境条件に依存して活性化されるエンハンサーおよび/またはプロモーターを簡便に得ることができる。上述のエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法においてこのベクターライブラリーを使用すれば、目的とするエンハンサーおよび/またはプロモーターをより簡便且つより効率的に得ることが可能である。
【0079】
D)アッセイキット
上述の方法において使用されるキットが提供されてもよい。そのようなキットは、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と
を含むベクター、
前記宿主細胞から当該ベクターを抽出する試薬、および
前記(a)のDNA配列を増幅するための増幅用プライマーセット
を具備するアッセイキットであってよい。
【0080】
ベクターを抽出する試薬の例は、少なくとも蛋白質分解酵素と細胞溶解液を含めばよく、これに加えて、ベクター精製カラム、カラム洗浄液、ベクター溶出液などが含まれてもよい。蛋白質分解酵素は、プロテイナーゼKなどであればよい。細胞溶解液は、ドデシル硫酸ナトリウムを含む緩衝液や、グアニジンを含む緩衝液などであればよい。
【0081】
また、増幅用プライマーセットの例は、スクリーニングによりエンハンサーおよび/またはプロモーター活性があることが判明した核酸を増幅することが可能なプライマーであってよい。増幅用プライマーセットは、フォワードプライマーとリバースプライマーを含んでよい。増幅には、PCR法やLAMP法など、それ自身公知の何れの増幅法も含まれる。増幅反応のための試薬がアッセイキットに含まれてもよい。このようなPCRプライマーセットの例としては、配列番号11に記載の塩基配列と配列番号12に記載の塩基配列の組み合わせや、配列番号11に記載の塩基配列と配列番号13に記載の塩基配列の組み合わせなどが挙げられる。
【0082】
アッセイキットには、そこにおいて反応を行うための容器、そこにおいて培養を行うための容器が更に含まれてもよい。また、培養のための培地やバッファーが更に含まれてもよい。
【0083】
アッセイキットに含まれるベクターが、特定のゲノムに由来するゲノムライブラリーを分割して複数のベクターに含ませたベクターライブラリーであってもよい。
【0084】
このようなエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法、目的とする生物のゲノムから環境特異的に活性化するエンハンサーおよび/またはプロモーターの機能を有する塩基配列を効率的に取得するためのスクリーニング方法、そこにおいて使用されるベクター、ベクターライブラリーおよびアッセイキットにより、より簡便より高効率にエンハンサーおよび/またはプロモーターをスクリーニングすることが可能な手段が提供される。
【0085】

1) ベクターの作製
プロモータースクリーニング用のベクターであるpLT、及びpUpA-LTを作製した(図3)。pcDNA4/V5-HisB (Invitrogen)をNruI/NheIで消化してcytomegarovirus(CMV)のenhancer/ promoter領域を切り出し、T4 DNA polymeraseで切断部位を平滑化した後、T4 DNA ligaseで連結してpcDNA4(w/o)CMVを作製した。次に、pcDNA4(w/o)CMVをPmaCIで消化後、T4 DNA ligaseによるself-ligationにより、Zeocin耐性遺伝子を取除いたベクター:pcDNA4(w/o)CMV(w/o)Zeoを作製した。このベクターをKpnI/EcoRI で消化したpcDNA4(w/o)CMV(w/o)Zeoと、KpnI/EcoRIによる消化でpUCmCMV-LTから切出したLT遺伝子(配列番号1)とをT4 DNA ligaseで連結してpLTを作製した。pUCmCMV-LT は、pUC19に人工的に合成したCMVの最小プロモーター配列(minimal CMV promoter、配列番号2)と、配列番号5と6を用いたPCRで増幅したLT遺伝子からなる発現カセットを組込んだベクターである。pUpA-LTは、このpLTをNheIで消化し、同じくNheIで消化したUpstream poly(A)配列とT4 DNA ligaseで連結して作製した。ここで、Upstream poly(A)配列には、配列番号7と8に記載のプライマーセットによるPCRで増幅したSV40ポリA付加シグナル配列(配列番号3)を使用した。
【0086】
更に、エンハンサースクリーニング用のベクターであるpCMVm-LT、及びpUpA-CMVm-LTを作製した(図4)。これらのベクターは、pLT、及びpUpA-LTのLT遺伝子の上流にminimal CMV promoter(配列番号2)を組込んだベクターである。まず、pcDNA4(w/o)CMV(w/o)ZeoをBamHI/EcoRIで消化し、これとBamHI/EcoRIでpUCmCMV-LTから切り出したminimal CMV promoter::LT遺伝子の発現カセット(配列番号4)をT4 DNA ligaseで連結してpCMVm-LTを作製した。このベクターをNheIで消化して、同じくNheIで消化したUpstream poly(A)配列(SV40ポリA付加シグナル配列、配列番号3)をT4 DNA ligaseで連結してpUpA-CMVm-LTを作製した(図4)。Upstream poly(A)配列には、pUpA-LTと同様、SV40ポリA付加シグナル配列(配列番号3)を使用した。
【0087】
また、ポジティブ・コントロール・ベクターには、上記のスクリーニング用ベクターをベースとして、これにエンハンサーを組込んだベクター:pCMVe-LTを使用した。このベクターは、PmaCI消化でZeocin耐性遺伝子を取除いたpcDNA4/V5-HisBのKpnI/EcoRI部位に、pUCmCMV-LTからKpnI/EcoRIで切り出したLT遺伝子を組込んで作製した。
【0088】
この他、ネガティブ・コントロール用のベクターとしてpcDNA4/ LacZ (Invitrogen)を、トランスフェクション時の濃度調節用のベクターとしてpTHEn-Lucをそれぞれ用いた。前者には、エンハンサー、プロモーター、SV40 ori 配列が組込まれているが、LT遺伝子がない。これにはLT遺伝子の代わりにβ-galactosidase遺伝子が組込まれている。後者には、エンハンサー、プロモーター、SV40 ori 配列、LT遺伝子がない。
【0089】
2) トランスフェクション
トランスフェクションは、リポフェクタミン2000 (Invitrogen) を用いたカチオン脂質法でおこなった。ヒト肝癌細胞株:Huh-7細胞(HS研究資源バンク)を、37℃ 5% CO2雰囲気下、10%非動化牛胎児血清を含むDMEM培地を用いて24 wellプレートで予め培養した(播種細胞数:2.0 x 104細胞/well)。50 μLのOpti-MEM培地 (Invitrogen) に1.0 μLのリポフェクタミン2000を加えて室温に5分間静置した。その後、0.6 μgのベクター(0.1 μg pCMVe-LT or pCMVm-LT or pLT or pUpA-CMVm-LT or pUpA-CMVw-LT or pcDNA4/V5-His/LacZ、0.5 μg pTHEnLuc)を縣濁したOpti-MEM培地 50 μLと混合した。これによりリポフェクタミン/ベクター溶液を調製した。この溶液を室温に20分間に静置後、予め一晩培養しておいたHuh-7細胞培養液に加えた。
【0090】
3) 細胞内のベクター量の測定
トランスフェクションから24時間後、Huh-7細胞の培養液を新鮮なものに換え、更に培養を継続した。48時間後、新鮮な培地に交換して培養を続けた。76時間後に、DNeasy kit (Qiagen) を用いて、細胞からベクターを含むDNAを抽出した。培養プレートから培地を取り除き、細胞をリン酸緩衝液(PBS)で洗浄した後、500 μL PBSを加えてセルスクレーパーでフラスコ底面から細胞を剥がした。10,000 rpm、3分間の遠心で細胞を回収した。これにPBS 200 μLとProteinase K 20 μLと200 μLのAL溶液(kit添付)を加えてボルテックスでよく混合し、56℃、10分間の処理で細胞を溶解した。細胞溶解液に99.5% エタノールを200 μL添加し、ボルテックスでよく混合した後、DNeasyカラムに溶液をアプライした。8,000 rpm、1分間の遠心で溶液中のDNAをカラムに吸着させ、500 μL AW1溶液(kit添付)、500 μL AW2溶液(kit添付)の順番でカラムを洗浄した後、200 μLのAE溶液(kit添付)でDNAを溶出した。この溶液中のベクター量を、半定量PCR、或いはリアルタイムPCRで測定した。PCRには、濃度調整用ベクター(pTHEn-Luc)を除いた全ベクター(pLT、pCMVmin-LT、pCMVen-LT、pUpA-CMVm-LT、pUpA-CMVw-LT、pcDNA4/LacZ)に共通のプライマーを使用した(配列番号9、配列番号10)。20 μLのPCR液[ベクター抽出液 1.0 μL、反応バッファー 2.0 μL、デオキシヌクレオチド混合液 1.6 μL、プライマー混合液(10 μM each) 1.0 μL、Taq polymerase 0.4 μL、滅菌水 14.0 μL]を調製した。これを用いて95℃ 30秒、56℃ 30秒、72℃ 30秒の温度サイクルでPCR反応をおこなった。反応液を0.8% アガロースゲルで電気泳動した結果を図5に示した。導入から6日後、CMV エンハンサーおよびプロモーターを組込んだpCMVe-LT(ポジティブ・コントロール・ベクター)の量と、最小プロモーターを組込んだpCMVm-LTの量に大きな差は見られなかった。一方、エンハンサーおよび最小プロモーターを組込んだpLT、pLTに上流poly(A)配列を組込んだpUpA-LT、及び最小プロモーターの上流にpoly(A)配列を組込んだpUpA-CMVm-LTの量は、ポジティブ・コントロール・ベクター:pCMVe-LTの1/10倍以下であり、ネガティブコントロールベクター:pcDNA4/LacZと変わらなかった。細胞に導入したベクター量は等量であることから、エンハンサー/プロモータースクリーニング用のベクターにエンハンサーおよびプロモーターを組込むことで、ベクターが自己複製および増幅能を獲得することが示された。これより、pUpA-CMVm-LTをエンハンサースクリーニングベクターとして、pLTとpUpA-LTをプロモータースクリーニングベクターとして使用できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法であって、
(A)宿主細胞に対して、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、を含み、増幅可能なベクターを導入する工程と、
(B)前記(a)の断片のエンハンサーおよび/またはプロモーター活性に依存して、前記ベクターが前記宿主細胞内で増幅される条件で前記宿主細胞を培養する工程と、
(C)増幅された前記ベクターを前記宿主細胞から抽出する工程と、
(D)抽出された前記ベクターから(a)の断片を得る工程と、
を含むエンハンサーおよび/またはプロモーターのスクリーニング方法。
【請求項2】
(E)前記(D)において得られた(a)の断片の配列についてシーケンシングする工程を更に含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(B)の培養において、前記(b)の遺伝子から転写および翻訳された蛋白質が前記(c)の遺伝子に作用することによって、エンハンサーおよび/またはプロモーター活性を有するDNA断片を有するベクターのみが選択的に増幅される請求項1または2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記エンハンサーおよび/またはプロモーターが環境特異的に活性化される請求項1〜3の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記(a)のDNA断片と、前記(b)の遺伝子と、前記(c)の遺伝子が前記ベクターにおいて、5’から3’の方向に(a)、(b)、(c)の順番で連結されて含まれる請求項1〜4の何れ1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記ベクターが、前記(b)の遺伝子の5’上流に更に、前記(b)の遺伝子の非誘導時の転写を抑制するための転写終結配列を含む請求項5に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記転写終結配列がポリA配列である請求項6に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記(b)の遺伝子がシミアン・ウイルス40のラージT抗原遺伝子またはエプスタイン・バー・ウイルスのEBNA1遺伝子であり、前記(c)の複製開始配列がシミアン・ウイルス40またはエプスタイン・バー・ウイルスの複製開始配列であり、前記宿主細胞が霊長類由来の細胞である請求項1〜7の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記(b)の遺伝子がシミアン・ウイルス40のラージT抗原遺伝子であり、且つ前記(c)の複製開始配列がシミアン・ウイルス40である、または前記(b)の遺伝子がエプスタイン・バー・ウイルスのEBNA1遺伝子であり、且つ前記(c)の複製開始配列がエプスタイン・バー・ウイルスの複製開始配列である請求項8に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記宿主細胞がヒトまたはサル由来の細胞である請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記(b)の遺伝子がマウス・ポリオーマ・ウイルスのラージT抗原遺伝子であり、前記(c)の複製開始配列がマウス・ポリオーマ・ウイルスの複製開始配列であり、宿主細胞がげっ歯類由来の細胞である請求項1〜7の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記(a)のDNA配列が100塩基長〜5000塩基長のランダムな塩基配列を含む請求項1〜11の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記(a)のDNA配列が100塩基長〜5000塩基長の連続したゲノム配列の一部の配列からなる請求項1〜11の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記エンハンサーおよび/またはプロモータの活性の出現が化学物質の存在に依存することを特徴とする請求項4〜13の何れか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
請求項1〜14の何れか1項に記載の方法において使用するためのベクターであって、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含むベクター。
【請求項16】
請求項1〜14の何れか1項に記載の方法において使用するための複数のベクターからなるベクターライブラリーであって、前記ベクターライブラリーを構成する1つのベクターが、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と、
を含み、前記ライブラリーにおいて複数のベクターに分かれて存在する前記(a)の断片の配列に、1つの対象生物のゲノム全長の配列、または少なくとも1つ以上のプロモーターまたはエンハンサー配列を含むゲノムの部分配列が分配されて含まれるベクターライブラリー。
【請求項17】
前記(a)の断片が、前記ゲノム上で連続した5000塩基長以下の配列からなる請求項16に記載のベクターライブラリー。
【請求項18】
複数の前記(a)の断片間で配列に重複部分がある請求項16または17に記載のベクターライブラリー。
【請求項19】
前記対象生物が真核生物である請求項16〜18の何れか1項に記載のベクターライブラリー。
【請求項20】
請求項1〜14の何れか1項に記載の方法において使用するためのアッセイキットであって、
(a)判定されるべきDNA断片と、
(b)前記(a)の下流に機能的に連結され、前記(a)がプロモーターまたはエンハンサーである場合に自己複製を開始する蛋白質をコードする遺伝子と、
(c)(b)が前記蛋白質により認識される複製開始配列をコードする遺伝子と
を含むベクター、
前記宿主細胞から当該ベクターを抽出する試薬、および
前記(a)のDNA配列を増幅するための増幅用プライマーセット
を具備するアッセイキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−211951(P2011−211951A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−82873(P2010−82873)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】