説明

オリゴ糖の同定方法

【課題】 ケラタン硫酸と同様の組成を有するオリゴ糖を容易かつ正確に同定できるオリゴ糖の同定方法を提供する。
【解決手段】 本発明のオリゴ糖の同定方法は、(i)下記一般式のいずれかで表される被検オリゴ糖を、ESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報を得る工程、及び、(ii)(i)で得られた情報と、標準オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較する工程、を含有する。(Gal-GlcNAc)m、(GlcNAc-Gal)m、GlcNAc-(Gal-GlcNAc)m、Gal-(GlcNAc-Gal)m
(Galはガラクトース残基を、GlcNAcはN−アセチルグルコサミン残基を、−はグリコシド結合を、mは1〜5の整数を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリゴ糖の同定方法に関し、特にケラタン硫酸と同様の組成を有するオリゴ糖の同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本願の出願書類においては、以下の略号を使用する。
エレクトロスプレーイオン化法:ESI法
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法:MALDI法
イオントラップ型:IT型
フーリエ変換−イオンサイクロトロン共鳴型:FT−ICR型
ガラクトース残基:Gal
N−アセチルグルコサミン残基:GlcNAc
6位のヒドロキシル基が硫酸化されたガラクトース残基:Gal6S
N−アセチルノイラミン酸:NeuAc
N−グリコリルノイラミン酸:NeuGc
6位のヒドロキシル基が硫酸化されたN−アセチルグルコサミン残基:GlcNAc6S
【0003】
硫酸化グリコサミノグリカンは、生体内でプロテオグリカンとして存在し、細胞の増殖、移動、分化、組織の形態形成などに重要な役割を担う糖鎖として近年注目されている。ケラタン硫酸は、この硫酸化グリコサミノグリカンの一種であり、GalとGlcNAcとが結合した2糖単位の繰り返し構造を有している。糖鎖の枝分かれ構造や硫酸基の数によって、種々のケラタン硫酸が知られている。
ケラタン硫酸は、生体内では軟骨や角膜、脳組織等に存在していることが確認されている。ケラタン硫酸の構造解析は、生体におけるケラタン硫酸の機能や様々な疾患との関連性の解明に重要である。
ケラタン硫酸の構造を解析するために、ケラタン硫酸と同様の組成を有するオリゴ糖を同定することが行われている。このオリゴ糖の同定は、従来は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分析し、標準物質のピーク位置と照合することにより行われていた。
最近の糖鎖の構造解析では、質量分析(MS)装置を用いた糖の構造決定の研究が活発化している。グリコサミノグリカンでは、コンドロイチン硫酸やヘパリン由来のオリゴ糖のMSによる研究が報告されている(例えば、非特許文献1〜4参照)。
【非特許文献1】Analytical Chemistry, Joseph Zaia et al., Vol. 73, pp. 6030-3039, No. 24 (2001)
【非特許文献2】Analytical Chemistry, Joseph Zaia et al., Vol. 75, pp. 2445-2455, No. 10 (2003)
【非特許文献3】Analytical Chemistry, Joseph Zaia et al., Vol. 74, pp. 3760-3771, No. 15 (2002)
【非特許文献4】J. American Society Mass Spectrometry, Joseph Zaia et al., Vol. 14, pp. 1270-1281 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ケラタン硫酸と同様の組成を有するオリゴ糖の構造が同定できれば、ケラタン硫酸全長の構造を推測することができる。しかし、HPLCは、化合物の化学構造よりむしろ性質を反映する手法であり、ピーク位置が標準物質と同じであっても、構造が異なる不純物である可能性もある。
本発明の目的は、ケラタン硫酸と同様の組成を有するオリゴ糖を容易かつ正確に同定できるオリゴ糖の同定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定のオリゴ糖についてMSのn乗スペクトルの法則性を発見し、被検オリゴ糖試料と標準オリゴ糖とのデータを比較することにより、オリゴ糖試料を同定する方法を見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下の(A)〜(C)に関する。
(A) (i) 下記一般式(1)〜(4)のいずれかで表される被検オリゴ糖を、ESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報を得る工程、及び、
(ii) (i)で得られた情報と、標準オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較する工程、
を含有する、オリゴ糖の同定方法。
(Gal-GlcNAc)m …(1)
(GlcNAc-Gal)m …(2)
GlcNAc-(Gal-GlcNAc)m …(3)
Gal-(GlcNAc-Gal)m …(4)
(式中、−はグリコシド結合を、mは1〜5の整数をそれぞれ示す。GalとGlcNAcの少なくとも1つのヒドロキシル基は硫酸化されていてもよく、また、オリゴ糖の非還元末端側にさらにシアル酸がグリコシド結合していてもよい。)
(B) MSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報を、IT型分析装置又はFT−ICR型分析装置を用いて得ることを特徴とする、(A)に記載のオリゴ糖の同定方法。
(C) 前記被検オリゴ糖が、ケラタン硫酸を分解して得られたものである、(A)又は(B)に記載のオリゴ糖の同定方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明に係るオリゴ糖の同定方法によれば、特定のオリゴ糖のMSのn乗スペクトル解析における法則性が導かれるので、オリゴ糖の構造を容易かつ正確に同定することができる。本発明の同定方法によりケラタン硫酸全長の構造を推定することも可能となり、例えば、軟骨、角膜、脳等の生体組織から得られるケラタン硫酸の構造解析等に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における同定の対象となる被検オリゴ糖は、下記一般式(1)〜(4)のいずれかで表されるものである。
(Gal-GlcNAc)m …(1)
(GlcNAc-Gal)m …(2)
GlcNAc-(Gal-GlcNAc)m …(3)
Gal-(GlcNAc-Gal)m …(4)
(式中、−はグリコシド結合を、mは1〜5の整数をそれぞれ示す。GalとGlcNAcの少なくとも1つのヒドロキシル基は硫酸化されていてもよく、また、オリゴ糖の非還元末端側にさらにシアル酸がグリコシド結合していてもよい。)
なお、Gal−GlcNAcにおけるグリコシド結合はβ1−4結合であることが好ましく、GlcNAc−Galにおけるグリコシド結合はβ1−3結合であることが好ましい。
またmは1〜3の整数であるものがより好ましく、1〜2の整数であるものがさらに好ましい。
【0008】
同定の対象となる被検オリゴ糖は、GalとGlcNAcの少なくとも1つのヒドロキシル基は硫酸化されていてもよい。すなわち、Gal及びGlcNAcの少なくとも1つの−OH基が硫酸基によって置換され、−OSO3Hとなっていてもよい。Gal又はGlcNAc中の硫酸化の位置も特に限定されないが、6位のヒドロキシル基が硫酸化されているものが好ましい。
また非還元末端側にグリコシド結合していてもよいシアル酸としては、NeuAcやNeuGc等が例示されるが、NeuAcであることが好ましい。またシアル酸は上記一般式(1)又は(4)における非還元末端のGalに結合していることが好ましい。またその場合のシアル酸とGalとの間の結合は、α2−3結合であることが好ましい。
このようなオリゴ糖としては、例えばケラタン硫酸を分解して得られたものが例示される。
【0009】
ケラタン硫酸の分解は、化学的な方法(酸加水分解等)や酵素的な方法(ケラタン硫酸分解酵素による分解等)によって行うことができるが、酵素的な方法を用いることが好ましく、ケラタナーゼIIを用いることがより好ましい。酵素反応は、用いるケラタン硫酸分解酵素の種類に応じて当業者が適宜設定することができるが、例えばケラタナーゼIIを用いる場合、pH5.0〜7.0、温度30〜40℃で、0.1〜48時間反応させることが好ましい。
ケラタン硫酸をケラタン硫酸分解酵素で分解して得られる被検オリゴ糖の具体例としては、以下のものを挙げることができ、本発明ではこのようなオリゴ糖を同定することができる。
【0010】
【表1】

【0011】
もちろん、本発明においては、これらのオリゴ糖のみならず、ケラタン硫酸を分解して得たオリゴ糖を修飾したものや、化学合成したオリゴ糖を同定することもできる。本発明により同定することができる他のオリゴ糖の例示として、以下のオリゴ糖を挙げることもできる。
【表2】

【0012】
本発明に係るオリゴ糖の同定方法では、まず、同定の対象となるオリゴ糖(被検オリゴ糖)をESI法又はMALDI法によりイオン化させる。イオン化させる方法は、ESI法又はMALDI法のいずれであってもよいが、ESI法が好ましい。
ESI法又はMALDI法によって被検オリゴ糖をイオン化することにより、被検オリゴ糖の分子量に起因する1種類又は2種類以上のイオン(以下、分子量関連イオンと呼ぶ。)が生成する。生成した分子量関連イオンを検出することにより、当該被検オリゴ糖の分子量を確定することができる。分子量関連イオンの検出は、任意の質量分析装置を用いて行うことができるが、IT型分析装置又はFT−ICR型分析装置を用いることが好ましく、IT型分析装置を用いることが好ましい。このような質量分析装置を用いて分子量関連イオンを検出することにより、MSの1乗スペクトルが得られる。
このように、本発明では、イオン化法としてESI法又はMALDI法を採用し、分析装置として任意の質量分析装置を採用することができるが、装置が小型で軽量且つ操作が簡便である等の点から、ESI法によりイオン化し、IT型分析装置によって検出を行う方法(以下、ESI−IT−MS法という。)が好ましい。ESI−IT−MS法は、例えばEsquire 3000 plus(ブルカー社製)等の一般的な市販の装置を使用して行うことができる。MALDI−MS法を用いる場合にも、各社市販の装置を使用できる。例えば、MALDI法によりイオン化し、IT型分析装置によって検出を行う場合には、AXIMA−QIT(島津製作所)等の装置を使用することができる。
【0013】
前記のようにして得られたMSの1乗スペクトルにおける分子量関連イオンを前駆イオンとしてフラグメンテーションを行い、フラグメントイオンを生成させて検出する(これによって、「MSの2乗スペクトル」が得られる)。さらに必要に応じてMSの2乗スペクトルにおけるフラグメントイオンについてフラグメンテーションを行いMSの3乗スペクトルを、以下同様にMSの4乗、・・・、n乗スペクトルを得ることができる。MSのn乗スペクトル(nは2以上の整数。以下同じ。)も、IT型装置もしくはFT−ICR型装置を用いることによって容易に得ることができる。
このようにして、被検オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトルに関する情報を得ることができる。同一MSスペクトル中に複数のフラグメントイオンのシグナルが観測される場合には、通常、イオン強度が最も高いフラグメントイオンのシグナル、あるいは標準オリゴ糖のn乗スペクトルのデータと比較して構造上の特徴を有すると思われるフラグメントイオンのシグナルが、同定(構造決定)の際の特に重要な情報となる。
【0014】
また、このような「MSのn乗スペクトルに関する情報」には、同一スペクトル中に存在する2種類の異なるフラグメントイオンのイオン強度比に関する情報を含んでいてもよい。例えば、オリゴ糖についてのMSの2乗スペクトルにおいて、フラグメントイオンXのシグナルと、フラグメントイオンYのシグナルが存在する場合、前者のシグナルのイオン強度と後者のシグナルのイオン強度との比を算出し、これも「MSのn乗スペクトルに関する情報」として包含させてもよい。これによって、被検オリゴ糖の同定の精度をより高めることができる。
このようにして得られる被検オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトルに関する情報と、既知の標準オリゴ糖について同様に得られるMSのn乗スペクトルに関する情報とを比較することにより、被検オリゴ糖の硫酸基の存在位置やその構造を決定し、オリゴ糖を同定することができる。
【0015】
一例として、下記のオリゴ糖の同定方法について説明する;
L1、L2、L3、L4、K1,K2,K4、SL1、G1L1、G2K1、G4L4、L1L1、L2L4、L4L4、SL2L4。
これらのオリゴ糖は、それぞれのMSの1乗スペクトル(MS1)、MSの2乗スペクトル(MS2)において、表3に示される質量数/電荷数(m/z)の位置に、分子量関連イオンあるいはフラグメントイオンのシグナルが現れる。なお、フラグメントイオンの略称は、一般的な表示方法(Glycoconjugate Journal., 5, p.397−409(1988))に従って記載した。表3中の[M−nH]n-、[M−H2O−nH]n中の「M」は、それぞれの糖の基本骨格を示す。また、rは還元末端糖残基を、nは各イオンの価数をそれぞれ示す。
また、L2、L3、L4、G4L4、L2L2、L2L4、L4L4及びSL2L4のMS2において得られた[0,2r]n-イオンをフラグメンテーションして得られたMS3のデータの一例を表4に示す。さらに、L2、L3、L4、G4L4及びL2L2のMS2において得られた[M−H2O−nH]n-イオンをフラグメンテーションして得られたMS3のデータの一例を表5に示す。
【0016】
【表3】

【0017】
【表4】

【0018】
【表5】

【0019】
表3〜表5に示すデータは、標準オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報としてそのまま用いることができる。また、後述する実施例に示したデータについても同様である。すなわち、このような情報と、被検オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較することにより、当該オリゴ糖の同定をすることができる。
表3〜表5に示すデータ(標準オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報)は、例えば以下の手順に従って得ることができる。
【0020】
(標準オリゴ糖の入手)
・L1:生化学工業株式会社より購入した。
・L3:特開2001−089493号公報に記載の方法に従って製造した。
・K2、K4及びG4L4:特開2000−256385号公報に記載の方法に従って製造した。
・SL1:フナコシ株式会社より購入した。
・L4、L4L4及びSL2L4:WO96/16973号パンフレットに記載の方法に従って製造した。
・L2、L2L2及びL2L4:ウシ角膜由来ケラタン硫酸(生化学工業株式会社より購入)を原料として、WO96/16973号パンフレットに記載の方法に従って製造した。
・K1、G1L1及びL1L1:WO98/03524号パンフレットに記載の方法に従い、それぞれK2、G4L4及びL4L4を完全脱硫酸化することによって製造した。
・G2K1:L4L4を原料とし、L1L1を生成する際の副生成物として得られた。
【0021】
(標準オリゴ糖のMSスペクトルの測定)
MSスペクトルは、Esquire 3000 plus(ブルカー社製)を用い、ネガティヴ・イオン・モードで測定した。上記オリゴ糖を、酢酸の終濃度が1mMかつメタノール含量が50%の溶媒に、10pmol/μLの濃度になるように溶解し、マイクロシリンジを用いて360μL/時間の速度で装置に注入した。その際のキャピラリー電圧は−3.8kVであり、窒素ドライガスの速度を4.0 L/min、キャピラリー温度は300℃に設定した。
MS2スペクトルは、MS1スペクトルにおいて観測された分子量関連イオン([M−nH]n-フラグメントイオン)を、1.00Vのフラグメント・エネルギーでフラグメンテーションすることによって生じたフラグメントイオンを観測することによって得た。
なお、MS1スペクトル上においてイオン化に伴って脱硫酸化もしくは脱シアル化が認められたL4L4、L2L4及びSL2L4については、前記の酢酸濃度を前記の1/10に設定して測定した。
【0022】
上記表3に示される情報から、少なくとも以下の法則性が得られ、この法則性を利用することにより、被検オリゴ糖の構造を決定することができる。
1)オリゴ糖の還元末端糖が、「GlcNAc」又は「6位の−OH基が硫酸化されたGlcNAc」である場合、MS2スペクトルにおいて必ず0,2rフラグメントが観測される。特に、オリゴ糖が3糖以下である場合、還元末端の[M−H2O−nH]n-が観測される。
2)還元末端糖が「Gal」又は「6位の−OH基が硫酸化されたGal」である場合、MS2スペクトルにおいて0,21フラグメントが観測される。
3)6位の−OH基が硫酸化されたGlcNAcを還元末端に有する2糖以上のオリゴ糖のMS2スペクトルでは、2.4rフラグメントが観測される。
4)硫酸基を持つ4糖のMS2スペクトルでは、C3フラグメントが観測される。
また表3に示したように、MS1で観測されるm/z値が他のオリゴ糖と同じであっても、MS2スペクトルにおいて必ず異なるシグナルが存在するため、被検オリゴ糖を同定することができる。
この法則性を利用して、被検オリゴ糖のMSのn乗スペクトルを上記の標準オリゴ糖のMSスペクトルと比較することにより、被検オリゴ糖の構造を決定することができる。
以上の情報や後述する実施例に示す情報等と、被検オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較することにより、当該オリゴ糖の同定や分析をすることができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明する。
(実施例1)
(被検オリゴ糖の調製)
ウシ角膜由来のケラタン硫酸I(生化学工業株式会社より購入)又はサメ軟骨由来のケラタン硫酸II(生化学工業株式会社製)の1mg/200μl水溶液に、0.1Mの酢酸緩衝液で稀釈したケラタナーゼII(生化学工業株式会社より入手)を1mU/μl加え、pH6.0、37℃で2時間反応させた。
この反応溶液を分画分子量10000の遠心フィルター(ミリポア社製)にかけて高分子量成分を取り除き、得られた溶出液をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で2分毎に分画した。GPCカラムは、Superdex Peptide 10/300GL(Amersham Bioscience社)を用いた。
ケラタン硫酸I及びIIのそれぞれについてのケラタナーゼIIによる反応前及び反応後のGPCの結果を、それぞれ図1及び図2に示す。図1及び図2に示すように、ケラタン硫酸I又はIIがケラタナーゼIIにより分解されたGPC分画液には、種々のサイズのオリゴ糖が生成していることがわかる。
【0024】
(被検オリゴ糖の質量分析)
上記で得られたGPC分画液について以下の手順でMSの2乗スペクトルを測定した。
MSスペクトルは、Esquire 3000 plus(ブルカー社製)を用い、ネガティヴ・イオン・モードで測定した。測定試料、すなわちケラタン硫酸I又はIIを分解して得られたオリゴ糖を含むGPC分画液を、酢酸の終濃度が1mMかつメタノール含量が50%の溶媒に、10pmol/μLの濃度になるように溶解し、マイクロシリンジを用いて360μL/時間の速度で装置に注入した。その際のキャピラリー電圧は−3.8kVであり、窒素ドライガスの速度を4.0 L/分、キャピラリー温度は300(Cに設定した。
MS2スペクトルは、MS1スペクトルにおいて観測された分子量関連イオン([M−nH]n-フラグメントイオン)を、1.00Vのフラグメント・エネルギーでフラグメンテーションすることによって生じたフラグメントイオンを観測することによって得た。
なお、MS1スペクトル上においてイオン化に伴って脱硫酸化もしくは脱シアル化が認められたL4L4、L2L4及びSL2L4については、前記の酢酸濃度を前記の1/10に設定して測定した。
【0025】
GPC分画液についてのMSスペクトルのデータを図3及び図4に示す。図3はケラタン硫酸IのケラタナーゼII分解物についてのデータ、図4はケラタン硫酸IIのケラタナーゼII分解物についてのデータである。
図3及び図4は、GPCの各時点における分画液のMS1及びMS2スペクトルのデータである。図の左端に示した質量数/電荷数(m/z)値に分子量関連イオン(MS1)が観測された分画の範囲を四角で囲んだ。四角で囲まれた中の数値は、その分子量関連イオンをフラグメンテーションさせて観測されたフラグメントイオン(MS2)のm/z値を示す。
得られたMS1、MS2データ(図3及び図4)と表3〜5のデータ(標準オリゴ糖に関する情報)とを比較したところ、ケラタン硫酸Iを分解して得られたオリゴ糖として、SL2L4、L4L4、L2L4、L2L2、L4及びL2が同定された(図3の右端に同定結果を示した)。
【0026】
同様に、ケラタン硫酸IIを分解して得られたオリゴ糖として、SL2L4、L4L4、L2L4、L2L2、L4及びL2が同定された(図4の右端に同定結果を示した)。
また、被検オリゴ糖について、MS2スペクトルにおいて観測された特定のフラグメントイオンをさらにフラグメンテーションすることによってMS3に関する情報を取得し、これを表4や表5に示した情報と比較することによって、さらに同定の精度を高めることができる。
【0027】
以上から、ケラタン硫酸を分解して得られた被検オリゴ糖をはじめとする、下記一般式(1)〜(4)のいずれかで表されるオリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報と、前記の表3〜5や本実施例に示した標準オリゴ糖についてのMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較することにより、被検オリゴ糖の構造を同定できることが明らかとなった。
(Gal-GlcNAc)m …(1)
(GlcNAc-Gal)m …(2)
GlcNAc-(Gal-GlcNAc)m …(3)
Gal-(GlcNAc-Gal)m …(4)
(記号の意義は、前記と同様である)
また、ケラタン硫酸の種類によって、同定されたオリゴ糖のGPCの溶出パターンやMSのn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報が著しく異なっていたことから、これらの情報を組み合わせることによって、ケラタン硫酸全長の構造を予測することも可能であることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ケラタン硫酸IのケラタナーゼIIによる反応前及び反応後のGPCの結果を示す図である。
【図2】ケラタン硫酸IIのケラタナーゼIIによる反応前及び反応後のGPCの結果を示す図である。
【図3】ケラタン硫酸IのケラタナーゼII分解物中に存在する被検オリゴ糖のGPC分画液のMS1及びMS2スペクトルのデータを示す図である。
【図4】ケラタン硫酸IIのケラタナーゼII分解物中に存在する被検オリゴ糖のGPC分画液のMS1及びMS2スペクトルのデータを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i) 下記一般式(1)〜(4)のいずれかで表される被検オリゴ糖を、ESI法又はMALDI法によってイオン化させ、得られたイオンのフラグメンテーションを1回以上行うことにより、当該オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報を得る工程、及び、
(ii) (i)で得られた情報と、標準オリゴ糖についての質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報とを比較する工程、
を含有する、オリゴ糖の同定方法。
(Gal-GlcNAc)m …(1)
(GlcNAc-Gal)m …(2)
GlcNAc-(Gal-GlcNAc)m …(3)
Gal-(GlcNAc-Gal)m …(4)
(式中、Galはガラクトース残基を、GlcNAcはN−アセチルグルコサミン残基を、−はグリコシド結合を、mは1〜5の整数をそれぞれ示す。GalとGlcNAcの少なくとも1つのヒドロキシル基は硫酸化されていてもよく、また、オリゴ糖の非還元末端側にさらにシアル酸がグリコシド結合していてもよい。)
【請求項2】
質量分析のn乗スペクトル(nは2以上の整数)に関する情報を、IT型分析装置又はFT−ICR型分析装置を用いて得ることを特徴とする、請求項1に記載のオリゴ糖の同定方法。
【請求項3】
前記被検オリゴ糖が、ケラタン硫酸を分解して得られたものである、請求項1又は2に記載のオリゴ糖の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−47240(P2006−47240A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−232095(P2004−232095)
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、新エネルギー・産業技術総合開発機構、糖鎖エンジニアリングプロジェクト/糖鎖構造解析技術開発委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】