説明

オーディオ信号処理装置、スピーカボックス、スピーカシステム及び映像音声出力装置

【課題】 離散OSD技術を実際の製品に適用する際に発生する問題点を解決する。
【解決手段】 3ウェイの離散OSDシステムを構成する、相対的に高域の音が割り当てられた一対の第1のスピーカと、相対的に中域の音が割り当てられた一対の第2のスピーカと、相対的に低域の音が割り当てられた任意の一対の第3のスピーカと、に供給される、離散OSD(discrete Optimal Sound Distribution)処理を施したオーディオ信号を生成するオーディオ信号処理装置。一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカは、共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置され、該装置は、聴取位置を中心とした離散OSD原理に基づく理想的な前記第1のスピーカの位置と前記エンクロージャに収容される実際の前記第1のスピーカの位置との距離のずれを補整したオーディオ信号を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品質の民生用音響再生のための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、立体的音響再生のため、マルチチャンネルサラウンド技術が各種開発されており、その1つとして仮想サラウンド方式がある。仮想サラウンド技術では、頭部伝達関数(Head Related Transfer Functions:HRTF)を用いることにより、聴取者に実際のスピーカの位置とは異なる仮想的な位置から音声が来るように感じさせて仮想的立体音響環境を構築する。
【0003】
このような仮想サラウンド技術を用いた音響再生方式として、近年、バイノーラルの離散立体音響再生(discrete Optimal Sound Distribution:OSD)方式が考えられている(下記非特許文献1及び下記特許文献1参照)。この離散OSD方式は、2以上の複数チャンネルの音源から得られたバイノーラル信号を用いて仮想サラウンド環境を構築する。離散OSDシステムでは、逆フィルタにより信号間のクロストークをキャンセルし、クロスオーバー・フィルタ(分周器)により異なる周波数帯域に分けられたバイノーラル信号により、所定離散間隔毎に配置された複数の音響放射器(スピーカ)対をそれぞれ励震させる。このような離散OSDシステムによれば、低いダイナミックレンジ損失、高い制御効果(低誤差)、ならびに、ほぼ全帯域の、低い歪かつ広いスイートスポットでの音響再生が実現される。
【0004】
【非特許文献1】武内 隆、フィリップ・エー・ネルソン、"スピーカを利用したバイノーラル音場制御による立体音響合成"(2002年12月20日応用(電気)音響研究会プログラム、チュートリアル講演資料)、信学技報、社団法人 電子情報通信学会、EA2002−101(2002−12)、29〜34頁
【特許文献1】特表2004−511118号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記で説明した離散OSD技術は、あくまでも理論的なものであり、現実の民生用(家庭用)音響再生システムに適用されたことはこれまで無かった。本発明は、離散OSD技術を実際の民生用製品に適用する際に発生する問題点を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の態様におけるオーディオ信号処理装置は、
3ウェイの離散OSDシステムを構成する、相対的に高域の音が割り当てられた一対の第1のスピーカと、相対的に中域の音が割り当てられた一対の第2のスピーカと、相対的に低域の音が割り当てられた任意の一対の第3のスピーカと、に供給される、離散OSD処理を施したオーディオ信号を生成するオーディオ信号処理装置であって、
一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカは、共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置され、
聴取位置を中心とした離散OSD原理に基づく理想的な前記第1のスピーカの位置と前記エンクロージャに収容される実際の前記第1のスピーカの位置との距離のずれを補整したオーディオ信号を生成する。
【0007】
上記構成のオーディオ信号処理装置は、例えば、前記距離のずれを処理すべきオーディオ信号のサンプリング周波数の波長で割った分、前記第1のスピーカ用のインパルス応答を遅らせて、前記第2及び第3のスピーカ用のインパルス応答と合成することにより得られたフィルタ係数を記憶するフィルタ係数記憶部と、前記フィルタ係数記憶部に記憶されたフィルタ係数を用いて、オーディオ信号に離散OSD処理を施す離散OSDフィルタと、を備える。
【0008】
上記構成のオーディオ信号処理装置は、処理すべきオーディオ信号のサンプリング周波数を判別する周波数判別部をさらに備えてもよく、前記周波数判別部が判別したサンプリング周波数に基づき、該サンプリング周波数に応じた量を補整したオーディオ信号を生成してもよい。
【0009】
上記構成のオーディオ信号処理装置は、生成されたオーディオ信号を増幅する増幅器をさらに備えてもよい。すなわち、本発明は、アンプ製品に適用可能である。
【0010】
上記構成のオーディオ信号処理装置は、処理すべきオーディオ信号を記録媒体から再生する再生部をさらに備えてもよい。すなわち、本発明は、DVDプレーヤ等の製品に適用可能である。
【0011】
本発明の他の態様では、上記構成のオーディオ信号処理装置が生成するオーディオ信号が供給される、一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカが共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置されたスピーカボックスとして構成してもよい。
【0012】
本発明の他の態様では、上記構成のオーディオ信号処理装置を備え、一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカが共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置されたスピーカボックスとして構成してもよい。
本発明の他の態様では、かかるスピーカボックスと、オーディオ信号とともに入力される映像信号に基づく映像を表示する表示部と、から構成される映像音声出力装置として構成してもよい。特に、ホームシアター用の大画面テレビジョンと、かかるスピーカボックスとを一体化した製品とすることができる。
【0013】
本発明の他の態様では、上記構成のスピーカボックスと、前記第3のスピーカと、よりなるスピーカシステムとして構成されてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、離散OSD技術を用いて、高品質の立体音響再生を可能とする民生用オーディオ信号処理装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に係る実施の形態について、以下、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下では、本発明をアンプに適用した例について説明する。ただし、以下に示す実施の形態は一例であり、これに限定されない。
【0016】
本発明の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置の構成を図1に示す。図1に示すオーディオ信号処理装置10は、プロセッサ12と、入力インタフェース14と、デコーダ16と、OSDフィルタ18と、増幅部20と、出力インタフェース22と、を備える。
【0017】
プロセッサ12は、以下で説明する本実施の形態のオーディオ信号処理装置10全体の動作を制御する。
【0018】
入力インタフェース14には、ステレオ2チャンネル又は5.1チャンネル等のマルチチャンネル用デジタルオーディオ信号が入力される。入力インタフェース14には、例えば、記録媒体に記録されたデジタル音声データを再生する再生装置が接続される。記録媒体としては、DAT(Digital Audio Tape)、MD(Mini Disc)、CD(Compact Disc)、SACD(Super Audio CD)、DVD(Digital Versatile Disc)、DVD−Audio、ブルーレイディスク(Blu-Ray Disc)、HD(Hard Disk)、フラッシュメモリ、バッファメモリ等が挙げられる。バッファメモリを備えた再生装置が入力インタフェース14接続された場合には、BS(衛星放送)、CS(通信衛星)、CATV(ケーブルTV)により放送されたまたはストリーミング配信されたデジタルオーディオ信号が入力されてもよい。
勿論、入力インタフェース14にはアナログオーディオ信号が入力されてもよく、この場合、入力されたアナログ信号をADC(Analog to Digital Converter)でデジタル変換することにより、デジタルオーディオ信号と同様に処理可能である。
入力インタフェース14には、入力される信号に応じて、同軸ケーブル、光学ケーブル等の有線接続、或いは、放送信号、パケット送信等による無線接続を受け入れ可能な一般的なインタフェースを用いることができる。
【0019】
デコーダ16は、MPEG(Moving Picture Experts Group)フォーマット等で圧縮されたデジタルオーディオ信号をデコードして、例えば、I2S(Inter-IC Sound)フォーマットで出力する。アナログ信号をデジタル変換して得られた信号については、デコードせず、単に所定のフォーマットに変換する。
【0020】
OSDフィルタ18は、FIR(Finite Impulse Response)フィルタ或いはIIR(Infinite-duration Impulse Response)フィルタから構成される。OSDフィルタ18の係数は、フィルタ係数メモリ24に記憶されており、実測データの解析によって予め定められている。OSDフィルタ18は、プロセッサの制御の下、フィルタ係数メモリ24のアドレスから必要な係数を読み込む。
【0021】
増幅部20は、OSDフィルタ18からの信号を増幅し、出力インタフェース22に送る。
出力インタフェース22はスピーカシステム26に接続され、増幅信号をスピーカシステム26に送る。スピーカシステム26は、以下で詳述するように、1個のスピーカボックスと、任意の2本のウーハ(及び/又は1又は2のサブウーハ)から構成されている。なお、アナログの増幅器を用いる場合には、DAC(Digital to Analog Converter)を用いて信号を変換すればよい。
【0022】
OSDフィルタ18は、入力されたデジタルオーディオ信号に、離散立体音響再生(discrete Optimal Sound Distribution:OSD)処理を施す。ここで、離散OSD処理とは、2以上の複数チャンネルの音源から、バイノーラル信号を合成して高品質の仮想サラウンド環境を構築するための処理である。
具体的には、離散OSD処理を行うOSDフィルタ18は、1)入力された複数チャンネルのオーディオ信号をバイノーラル信号に変換し、2)バイノーラル信号間のクロストークをキャンセルし、3)各バイノーラル信号を複数の周波数帯域に分けて出力する。また、OSDフィルタ18は、頭部伝達関数(Head Related Transfer Functions:HRTF)を用いて信号を処理し、出力されるオーディオ信号は所定の聴取位置近傍に仮想サラウンド環境を構築する。
【0023】
ここで、仮想サラウンド環境とは、入力インタフェース14に入力された複数チャンネルのオーディオ信号を、音源の記録時とは異なる数及び/又は異なって配置されたスピーカを用いて、所定の聴取位置に形成される音源と同等の複数チャンネルのサラウンド環境をいう。ITU(International Telecommunications Union)−R勧告により推奨される5.1チャンネルサラウンドシステムを図2に示す。図に示すように、この推奨システムでは、聴取者を中心として0°の位置にセンタスピーカが配置され、フロントL/RスピーカL、Rは、それぞれ、−30°又は+30°の位置に配置される。また、サラウンドL/RスピーカSL、SRは、それぞれ、−100°〜−120°の間又は+100°〜+120°の間に配置される。DVD等の記録媒体には、このようなシステムで録音された音源がマルチチャンネルオーディオ信号として記録されており、OSD技術によれば、この音源の立体音響環境が高忠実度、高品質で再現可能である。
【0024】
OSD原理については、特表2004−511118等に詳述されている。これによれば、聴取者の正面方向から周波数のより高いOSD処理オーディオ信号が放音され、側方から周波数のより低いオーディオ信号が放音される。すなわち、理想的なOSDシステムでは、聴取者の正面0°から±180°にかけて次第に低い周波数のオーディオ信号が放音される。しかし、このような環境の実現は現実的ではないため、所定離散間隔毎に対照的に配置されたスピーカ対に周波数帯域をそれぞれに割り当てる、離散OSDシステムが考えられている。
【0025】
離散OSDシステムにおいて、理論的には、周波数帯域を細かく細分化し、スピーカ対の数を増やせば増やすほど、高品質の立体音響環境を構築可能である。しかし、図3に示すような3ウェイ(3対のスピーカ)システムで十分に高い品質(低ダイナミックレンジ損失等)の立体音響環境を実現可能であり、かつ、コスト的にも実用的であることが上記公報等において説明されている。
【0026】
図3に示すように、3ウェイの離散OSDシステムは、高域(例えば3kHz以上)が割り当てられた第1のスピーカ対(ツイータ)TWと、中域(例えば3kHz〜150Hz)が割り当てられた第2のスピーカ対(ミッド)Mと、低域(例えば150Hz以下)が割り当てられた第3のスピーカ対(ウーハ)Wと、から構成される。
ツイータTWは、互いの間隔が6.4°で、聴取位置の正面を0°としてそれぞれ±3.2°で配置される。ミッドMは、互いの間隔が32°で、聴取位置の正面を0°としてそれぞれ±16°で配置される。ウーハWは、互いの間隔が180°で、聴取位置の正面を0°としてそれぞれ±90°で配置される。
【0027】
このような3ウェイの離散OSDシステムにおいて、低周波数帯域が割り当てられたウーハWは、指向性が低く、それほど厳密に配置されなくともよい。しかし、再生周波数が高くなるほどスピーカの配置には非常に高い精度が要求され、したがって高周波数帯域を割り当てられたツイータTW及びミッドMの配置は厳密に正確であることが望ましい。
【0028】
例えば、ツイータTWの受け持つ10kHzの音波は、標準状態での音速は約340m/sであるので、その1波長は約34mmである。OSD原理によれば、聴取者の片方の耳と左右のスピーカ対の距離による位相のずれがπ/2となるようにスピーカ対が配置される。よって、互いの位置がわずか約4.25mm(=34/4/2)ずれるだけでクロストークのキャンセル効果が半減してしまう。これはミッドMのスピーカ対についても同様であり、わずか約28mm相対位置がずれただけでも効果が半減してしまう。このように、OSDシステムの効果が十分発揮されるように、ツイータTWおよびミッドMの各スピーカ対をユーザ自らが厳密に高精度に配置し、またこれを維持し続けることは極めて困難である。
【0029】
このため、この3ウェイ離散OSDシステムを実際に製品化する際には、ツイータTWとミッドMとを一体のエンクロージャに収めることが、正確な配置及びその結果としての高品質の音響環境構築の観点から、好ましい。また、このような一体構造は、製品形態としてもユーザ及び製造者のいずれにとっても扱いやすい。これらのことから、3ウェイ離散OSDシステムは、ツイータTW及びミッドMを共通エンクロージャに収めたスピーカボックスと、ウーハWを構成する2つのスピーカと、からなる3ボックスとして製品化されることが現実的である。さらに、指向性の低い2本のウーハWを1本のサブウーハとして2ボックス製品とし、或いは、それほど高い忠実度が求められない場合には、ウーハWを除いて1ボックス製品とすることができる。
【0030】
しかし、ツイータTWとミッドMとを共通のエンクロージャに収める構成とした場合には、次のような問題が生じる。すなわち、ツイータTWとミッドMとは聴取者を中心とした円周上に配置されなくてはならず、共通のエンクロージャに収めた場合にはその放音面に凹凸を形成する必要がある。このような凹凸のあるエンクロージャは、通常の平坦なエンクロージャと比較して生産性が低く高コストとなり、また、放音面の凹みの分奥行きが必要となり、さらに製造コストを押し上げる。
【0031】
さらに、高域の音声を放音するツイータTWは、中域の音声を放音するミッドMと比較してより一般に小さい口径で構成される。このため、より大口径のミッドMに挟まれ、奥まった位置に配置された小口径のツイータTWからの放音が妨げられ或いは好ましくない反射、クロストークが発生するおそれがあり、これを回避するため共通のエンクロージャに特別な工夫、形状が求められる。このことは、コスト増加要因となるとともに、用いるエンクロージャの形状を実質的に制限し、搭載モデルのデザインの自由度を低下させ開発作業を困難とする。さらにまた、聴取時に真正面に凹凸があるため、このようなデザインを好まないユーザも考えられ、商品としての訴求力が損なわれるおそれがある。
【0032】
このように、離散OSD技術をそのまま製品に適用した場合には、ツイータTWとミッドMを収容するエンクロージャの形状により、コスト高、デザインの制限などがもたらされるといった問題が生じる。
【0033】
本実施の形態では、ツイータTWを構成するスピーカ対とミッドMを構成するスピーカ対とを共通の平板(バッフル板)に取り付け、これらの放音面を実質的に同一平面上に配置し、これらの問題を解決する。そのための手段として、本実施の形態に係るOSDフィルタ18は、ツイータTWの理想位置とこの共通平面上の位置とのずれを補整してオーディオ信号を処理する。
【0034】
以下、この補整方法について図面を参照して説明する。図4に、ツイータTWをミッドMと同一平面(平板)上に配置した場合と、ツイータTWを理想的な円周上に配置した場合との、聴取位置に対する距離の差Δを説明する図を示す。なお、理解を容易なものとするため、図は概念的なものであり、実際の角度、縮尺に対応したものではない。
ここで、理想的なツイータTW及びミッドMが聴取者を中心として半径a(m)の円周上に配置され、実際のツイータTWとミッドMとは聴取者から距離xにある平板30に設けられるとする。ここで、図より、x=a・cos16であり、実際のツイータTWの距離yはy=x/cos3.1であるので、実際のツイータTWの位置と理想位置とのずれΔは、Δ=a−y=a(1−(cos16/cos3.1))≒0.0373a(m)と表すことができる。
【0035】
標準状態での音波の伝播速度をv0(m/s)とすると、サンプリング周波数fs(Hz)の1サンプリング分の音波が進む距離は、v0/fs(m)で表される。よって、ずれΔをサンプリング周波数の波長で割った遅延量dsは、ds=Δ/(v0/fs)=Δ・fs/v0=0.0373a・fs/v0となる。
【0036】
標準状態での音速v0は約340m/sであるので、サンプリング周波数fsを44.1kHz、聴取距離aを1.5m(通常の家庭内における聴取距離)とすると、遅延量dsは、約7.26である。したがって、この場合、ツイータTWのインパルス応答を、ミッドMおよびウーハWのインパルス応答と併せて合成する際に、ツイータTWのインパルス応答を約7サンプリング分遅延させて合成して得られたフィルタ係数を用いてオーディオ信号を処理すれば、クロストークキャンセル効果を十分に実現しつつ、理想的なスピーカ配置と同等の高品質の立体音響環境を構築可能である。
【0037】
フィルタ係数メモリ24には、上記のように実測したツイータTWのインパルス応答を所定サンプリング分遅らせてミッドMおよびウーハWのインパルス応答と合成して得られたフィルタ係数が保存される。例えば、実測のインパルス応答データから離散OSD原理に基づいてフィルタ係数を生成する専用プログラムに当該実測値を入力する際に、ツイータTWのインパルス応答のみ所定サンプリング量遅らせたデータを入力することにより、フィルタ係数を簡単に得ることができる。
【0038】
上述したように、サンプリング周波数fsが44.1kHz、聴取距離が1.5mの場合には、ツイータTWのインパルス応答を約7サンプリング分遅らせる。この場合、例えば、下記表1に示すようにインパルス応答を合成してフィルタ係数を得る。表1において、合成されたインパルス応答(SUM)はフィルタ係数メモリ24に記憶される係数を示し、OSDフィルタ18をタップ数512のFIRフィルタから構成する場合には、512個の係数が用いられる。専用プログラムの内部には表1に示すようなテーブルに基づき、各インパルス応答からの合成値SUMが導出される。このとき、表に示されるように、ツイータのインパルス応答は7サンプリング分遅れたものが、他のインパルス応答と合成される。このようにして、ツイータのインパルス応答が所定サンプリング分遅れたフィルタ係数が得られる。
【0039】
【表1】

【0040】
以上説明したように、本実施の形態では、ツイータTWの理想位置からのずれを、処理するオーディオ信号のサンプリング周波数で換算し、そのずれ量(サンプリング量)を考慮してフィルタ係数を導出することにより、ずれが補整されたオーディオ信号を生成する。これにより、高精度の位置合わせが必要なミッドMとツイータTWとを共通の平板30に固定して構成された民生用スピーカボックスを用いて、離散OSD原理に基づく理想的なツイータTW配置と同等の、クロストークキャンセル効果が十分に得られる高品質の立体音響環境を実現できる。
【0041】
このように、ツイータTWとミッドMとを共通の平板30に固定できることにより、これらを収容するエンクロージャを凹凸の少ない、すなわち、生産性の高い、低コストのものとすることができる。また、スピーカボックスの奥行きを小さくすることができ、製品を小型化し、より低コストかつ取り扱いやすいものとすることができる。さらに、エンクロージャの形状はツイータTWとミッドMの位置関係に制限されないので、デザインの自由度が増大し、ユーザへの訴求性をさらに向上させることができる。
【0042】
(他の実施の形態)
デジタル技術の発達した昨今、民生用オーディオ製品には、複数種のサンプリング周波数のオーディオ信号を受け付け可能であることが求められる。例えば、サンプリング周波数はDAT、デジタルBS用で32kHz、CD用で44.1kHzであり、DVD用で48kHzである。このため、たとえ、サンプリング周波数が44.1kHzのオーディオ信号に適したフィルタ係数を用意していたとしても、他の周波数のオーディオ信号を処理した場合には、所望の効果が得られず、ユーザに十分なサービスを提供できない可能性がある。
【0043】
このような市場の要請に対処できるよう、入力されるオーディオ信号のサンプリング周波数に応じて異なるフィルタ係数をOSDフィルタ18に読み込ませるようにしてもよい。図5にこのようなオーディオ信号処理装置10のブロック図を例示する。なお、理解を容易なものとするため、図1と同様の部分には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0044】
図5に示すオーディオ信号処理装置10は、デコーダ16から出力されたオーディオ信号を受け取り、デジタルオーディオ信号のサンプリング周波数を判別する周波数判別部40を備える。周波数判別部40は、判別結果をプロセッサに送る。プロセッサ12は、OSDフィルタ18が処理するオーディオ信号のサンプリング周波数に応じてそれぞれに適した係数をOSDフィルタ18に読み込ませる。
【0045】
フィルタ係数メモリ24には、入力されるオーディオ信号が持ちうるサンプリング周波数に応じた複数のフィルタ係数が保存されている。例えば、聴取距離を1.5mとした場合、サンプリング周波数44.1kHzの信号用に約7サンプリング分(ds=7.25)、32kHzの信号用に約5サンプリング分(ds=5.26)、48kHzの信号用に約8サンプリング分(ds=7.89)、実測のツイータTWのサンプリング周波数毎にインパルス応答を遅延させて得られた複数の係数が記憶されている。
【0046】
プロセッサ12の指示の下、OSDフィルタ18は、処理すべきオーディオ信号のサンプリング周波数に応じた係数を読み込み、ツイータTWの位置ずれが補整された離散OSD処理信号を生成する。したがって、異なるサンプリング周波数のオーディオ信号用の係数を用いることによるクロストークキャンセル効果の低減を防ぐことができ、複数種の周波数のオーディオ信号からそれぞれに最適のOSD立体音響環境を一般家庭においても構築することができる。
【0047】
上記実施の形態では、本発明をアンプに適用した例について説明した。しかし、これに限らず、アンプ以外の他のオーディオ信号処理装置に適用することができる。例えば、CDプレーヤ、DVDプレーヤ等の再生装置に適用してもよい。図6に示す再生装置60は、CD、DVD等の記録媒体からデジタルオーディオ信号を再生する再生部62を備える。再生部62が再生した再生信号には離散OSD処理が施され、アンプを介して或いは直接ツイータTWとミッドMとを有するボックスに送られる。このように、本発明を再生装置に適用しても、上記したアンプに適用した場合と同様の効果が得られる。
【0048】
さらにまた、本発明をツイータTWとミッドMとを備えるスピーカボックスのみで構成することも可能である。図7に、このようなスピーカボックス70の一例を示す。図に示すスピーカボックス70は、例えば、DVDプレーヤ用の再生装置から入力インタフェース14に入力されたオーディオ信号に離散OSD処理を施し、得られる信号に基づいてドライバ72がツイータTW、ミッドM、有る場合にはウーハW(或いはサブウーハ)をドライブする。このような構成によっても、上記した本発明の効果が得られる。
【0049】
さらにまた、本発明は、ツイータTWとミッドMとを有するスピーカボックスを備えたテレビジョン等の映像音声出力装置に適用することができる。図8に、このような映像音声出力装置80のブロック図の一例を示す。図に示す映像音声出力装置80は、入力インタフェース14を介してデジタル映像信号とデジタルオーディオ信号とを受け付ける。勿論、アナログ信号を受信する場合には、ADCを用いてデジタル信号に変換する。デコーダ16によりデコードされた映像信号は、映像信号処理部82により所定の方式に基づいて処理され、表示部84に出力される。表示部84は、液晶表示パネル、プラズマ表示パネル等から構成される。一方、音声信号は、上述したように離散OSD処理が施され、ドライバ72を介して各スピーカに送られる。
【0050】
このような映像音声出力装置80は、例えば、図9に示すような製品として構成される。図に示す例では、表示部84を構成するパネル90の下部に、ツイータTWとミッドMとが共通の平板に固定されたスピーカボックス92が一体化されて設けられている。勿論、オプションとして、ウーハW(サブウーハ)が設けられていてもよい。上述したように、聴取距離を1.5mとする家庭用の離散OSDシステムにおいては、スピーカボックス92の横幅は1m程度として構成することができ、比較的大画面の、例えば、32インチ以上のパネル90と一体化することに非常に適している。平坦なパネル90の下には平坦なスピーカボックス92を設けることが好ましく、この点で、平坦なスピーカボックスを用いてOSD原理に基づく高品質の立体音響環境を構築できる本発明は、このような映像音声出力装置80に特に好適に適用することができる。また、このような大画面かつ高品質の立体音響環境を構築可能な映像音声出力装置は、特に、ホームシアター用機器として非常に商品性に優れているといえる。
【0051】
勿論、図10に示すように、アンプや再生装置と別体の、離散OSD処理用オーディオ信号処理装置(回路)10として構成されてもよい。このような独立した装置は、例えば、再生装置と上記スピーカボックスとの間に設置され、再生装置から出力された信号に離散OSD処理を施すとともに、ツイータTWへの出力に所定量の遅延を加えてスピーカボックスに送る。このようにして、上記と同様の効果が実現される。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、高品質の立体音響環境を構築可能な民生用電子機器に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【図2】ITU−T勧告に推奨される5.1チャンネルサラウンドシステムを説明する図である。
【図3】理想的な離散OSDシステムを説明する図である。
【図4】ツイータとミッドとが共通の平板に固定された離散OSDシステムと、理想的な離散OSDシステムとのツイータ配置のずれを説明する図である。
【図5】本発明の他の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【図6】本発明の他の実施の形態に係る再生装置の構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の他の実施の形態に係るスピーカボックスの構成を示すブロック図である。
【図8】本発明の他の実施の形態に係る映像音声出力装置の構成を示すブロック図である。
【図9】本発明の他の実施の形態に係る映像音声出力装置の機械的構成例を示す図である。
【図10】本発明の他の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0054】
10:オーディオ信号処理装置、12:プロセッサ、14:入力インタフェース、16:デコーダ、18:OSDフィルタ、20:増幅部、22:出力インタフェース、24:フィルタ係数メモリ、26:スピーカシステム、TW:ツイータ、M:ミッド、W:ウーハ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3ウェイの離散OSD(discrete Optimal Sound Distribution)システムを構成する、相対的に高域の音が割り当てられた一対の第1のスピーカと、相対的に中域の音が割り当てられた一対の第2のスピーカと、相対的に低域の音が割り当てられた任意の一対の第3のスピーカと、に供給される、離散OSD処理を施したオーディオ信号を生成するオーディオ信号処理装置であって、
一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカは、共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置され、
聴取位置を中心とした離散OSD原理に基づく理想的な前記第1のスピーカの位置と前記エンクロージャに収容される実際の前記第1のスピーカの位置との距離のずれを補整したオーディオ信号を生成する、ことを特徴とするオーディオ信号処理装置。
【請求項2】
前記距離のずれを処理すべきオーディオ信号のサンプリング周波数の波長で割った分、前記第1のスピーカ用のインパルス応答を遅らせて、前記第2及び第3のスピーカ用のインパルス応答と合成することにより得られたフィルタ係数を記憶するフィルタ係数記憶部と、
前記フィルタ係数記憶部に記憶されたフィルタ係数を用いて、オーディオ信号に離散OSD処理を施す離散OSDフィルタと、
を備える、ことを特徴とする請求項1に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項3】
処理すべきオーディオ信号のサンプリング周波数を判別する周波数判別部をさらに備え、
前記周波数判別部が判別したサンプリング周波数に基づき、該サンプリング周波数に応じた量を補整したオーディオ信号を生成する、ことを特徴とする請求項1に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項4】
生成されたオーディオ信号を増幅する増幅器をさらに備える、ことを特徴とする請求項1乃至3に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項5】
処理すべきオーディオ信号を記録媒体から再生する再生部をさらに備える、ことを特徴とする請求項1乃至3に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項6】
請求項1乃至3に記載のオーディオ信号処理装置が生成するオーディオ信号が供給される、一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカが共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置されたスピーカボックス。
【請求項7】
請求項1乃至3に記載のオーディオ信号処理装置を備え、一対の前記第1のスピーカ及び一対の前記第2のスピーカが共通のエンクロージャ内にそれぞれの放音面が実質的に同一平面上にあるように配置されたスピーカボックス。
【請求項8】
請求項6又は7に記載のスピーカボックスと、前記第3のスピーカと、よりなるスピーカシステム。
【請求項9】
請求項6に記載のスピーカボックスと、オーディオ信号とともに入力される映像信号に基づく映像を表示する表示部と、から構成される映像音声出力装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−187213(P2008−187213A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−146110(P2005−146110)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(303009467)株式会社ディーアンドエムホールディングス (274)
【Fターム(参考)】