説明

オーディオ装置

【目的】電源投入後の動作直後や楽曲の冒頭においてフィルタ係数が安定しないことに起因する定位のふらつきを回避する「オーディオ装置」を提供することである。
【構成】オーディオ装置は無相関化処理部として、L,Rチャンネルの一方のチャンネル信号に含まれる他チャンネル信号と相関の高い信号を抽出するためのフィルタ係数を計算する適応信号処理部、所定時間毎の現時刻において計算された前記フィルタ係数を次の時刻における目標値として設定され、現在値から該目標値までフィルタ係数を更新する係数更新部、前記係数更新部により更新されたフィルタ係数を設定されるフィルタ、前記一方のチャンネル信号を設定時間遅延して前記フィルタに入力する遅延部を備え、また、他方のチャンネル信号についても同様の構成を備え、更に、前記各チャネルのフィルタの出力信号を用いてサラウンド信号およびセンター信号を生成する生成回路を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオーディオ装置に係り、特にステレオ信号L,Rのそれぞれに対して低相関なサラウンド信号を発生すると共に、該ステレオ信号L,Rに高相関な信号をセンター信号として発生してスピーカに入力するオーディオ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
MP3(MPEG-1)やAAC(MPEG-2/-4)のオーディオ符号化方式として、ジョイントステレオ符号化方式がある。このジョイントステレオ符号化方式は、ステレオ信号L,R間の相関性を重視した圧縮法方法であり、ステレオ信号L,R間の高い相関成分と低い相関成分(L/Rそれぞれにある)を符号化し、相関の低い成分をさらに間引き、高圧縮率を図る方式で、低い音声符号化レートに最適な圧縮方式である。しかし、かかる音声圧縮では音の拡がり感が失われる問題がある。そこで、音声圧縮により失った音の拡がり感を再現させるための無相関化処理技術(特許文献1)が提案されている。この無相関化処理技術は、適応信号処理を利用するものであり、復号化された圧縮音声より高い相関成分と低い相関成分を再分離することができ、音の拡がり感を再現することができる。
図3は上記無相関化処理を実現する無相関化処理部の構成図であり、圧縮符号化されたオーディオ信号より復号されたステレオ信号L,Rを入力されて、ステレオ信号L,Rのそれぞれに対して低相関なサラウンド信号SL,SRを適応信号処理により発生する第1、第2の適応信号処理部110,120、ステレオ信号L,Rに高相関な信号をセンター信号Cとして生成するセンター信号生成部130を備えている。
第1の適応信号処理部110は、ステレオ信号R(=XR(n))に含まれるステレオ信号L(=XL(n))と相関の高い高相関信号成分Cを抽出し、該ステレオ信号L(=XL(n))から該高相関信号成分CLを減算して第1のサラウンド信号SLを出力する。第2の適応信号処理部120は、ステレオ信号L(=XL(n))に含まれるステレオ信号R(=XL(n))と相関の高い高相関信号成分CRを抽出し、該ステレオ信号R(=XR(n))から該高相関信号成分Cを減算して第2のサラウンド信号SRを出力する。センター信号生成部130は、加算器131において高相関信号成分Cと高相関信号成分Cを加算し、乗算器132において加算結果に0.5を乗算してセンター信号C(=0.5×(CL+CR))として出力する。
【0003】
第1の適応信号処理部110は、ステレオ信号R(=XR(n))に含まれる、ステレオ信号L(=XL(n))と相関の高い高相関信号成分CLを抽出して出力するタップ長2mの適応フィルタ(ADF:Adaptive Filter)112、LMS適応信号処理により、適応フィルタ112の2m個の係数を求めて該適応フィルタに設定するLMS演算部114、適応フィルタの段数の半分mに応じた遅延時間(モデリング遅延)が設定され、ステレオ信号Lを該設定時間分、遅延する遅延回路116、遅延回路から出力するステレオ信号L(=dL(n))より適応フィルタから出力する高相関信号成分CLを減算してサラウンド信号SLを発生する演算部118を備えている。なお。適応フィルタ112は例えばFIRディジタルフィルタで構成される。
第2の適応信号処理部120は、ステレオ信号L(=X(n))に含まれる、ステレオ信号R(=XR(n))と相関の高い高相関信号成分CRを抽出して出力するタップ長2mの適応フィルタ122、LMS適応信号処理により、適応フィルタ122の2m個の係数を求めて該適応フィルタに設定するLMS演算部124、適応フィルタの段数の半分mに応じた遅延時間(モデリング遅延)が設定され、ステレオ信号R信号を該設定時間分、遅延する遅延回路126、遅延回路126から出力するステレオ信号R(=dR(n))より適応フィルタから出力する高相関信号成分CRを減算してサラウンド信号SRを発生する演算部128を備えている。
【0004】
LMS演算部114、124は1サンプル毎(例えばサンプリング周波数44.1KHzであれば、1/44100(sec)毎)に、それぞれ(1a),(1b)式の係数更新式
【数1】

の演算を行なって適応フィルタ112,122の2m個の係数を更新する。(1a)、(1b)式において、(n)は1サンプリング前の信号、(n+1)は現サンプリング時の信号を示す。(1a)式において、WL(n)、WL(n+1)は適応フィルタ112の係数、μはステップサイズパラメータ、eL(n)は誤差信号(サラウンド信号SL)、XL(n) はステレオ信号Lである。(1b)式において、WR(n)、WR(n+1)は適応フィルタ122の係数、μはステップサイズパラメータ、eR(n)は誤差信号(サラウンド信号SR)、XR(n) はステレオ信号Rである。
又、高相関成分信号CL、C R、Cは次式によって表わされる。
【数2】

ただし、Tは転置を示す。
【0005】
以上により作成されたステレオ信号L(=dL(n)),R(=dR(n))、2つのサラウンド信号SL,SR、センター信号Cはそれぞれ車室内前方の左右のフロントスピーカ、車室内後方の左右のリアスピーカ、前方中央のセンタースピーカにそれぞれ入力される。
図4は、図3の無相関化処理部の別の表示例であり、図3の適応フィルタ112とLMS演算部114をまとめて適応フィルタ112とし、適応フィルタ122とLMS演算部124をまとめて適応フィルタ122として示している。
以上の無相関化処理によりサラウンド信号SL,SRを生成すれば、低相関のサラウンド信号を安定して取り出せることができ、再生音場において拡がり感を大きくできる利点がある。
ところで、図3の無相関化処理部では、入力するステレオ信号を観測しながらフィルタ係数を動的に追従させて相関成分を抽出、除去する。しかし、フィルタ係数が収束するまでに時間を要し、電源投入後の動作直後や楽曲の冒頭においてフィルタ係数が安定せず、結果的にサラウンド信号が安定せず、音の定位のふらつきなどが発生し,音質上の課題となっている。かかる課題に対し、従来は、適応フィルタの収束パラメータ(ステップサイズパラメータ)を調整することで対応しているが、最適な収束パラメータは再生する音楽の相関成分の度合に依存して変化する問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許3682032号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上から、本発明の目的は、電源投入後の動作直後や楽曲の冒頭においてフィルタ係数が安定しないことに起因する定位のふらつきを回避することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ステレオ信号L,Rのそれぞれに対して低相関なサラウンド信号を発生すると共に、該ステレオ信号L,Rに高相関な信号をセンター信号として生成するオーディオ装置である。
本発明のオーディオ装置は、(1)該Rチャンネル信号に含まれるLチャンネル信号と相関の高い信号を抽出するためのフィルタ係数を計算する第1の適応信号処理部、(2)所定時間毎の現時刻において計算された前記フィルタ係数を次の時刻における目標値として設定され、現在値から該目標値までフィルタ係数を更新する第1の係数更新部、(3)前記係数更新部により更新されたフィルタ係数を設定される第1のフィルタ、(4)前記Rチャンネル信号を設定時間遅延して前記第1フィルタに入力する第1の遅延部を備え、また、(5)前記Lチャンネル信号について、同様に、第2の適応信号処理部、第2の係数更新部、第2のフィルタ、第2の遅延部を備え、更に、(6)前記各フィルタの出力信号をそれぞれ、Rチャンネル信号に含まれるLチャンネル信号と相関の高い信号とするとともに、Lチャンネル信号に含まれるRチャンネル信号と相関の高い信号とし、これら信号を用いて前記サラウンド信号およびセンター信号を生成する生成回路、を有している。
本発明のオーディオ装置は、更に、前記第1フィルタから出力されるRチャンネル信号の遅延時間と遅延時間が等しくなるようにLチャンネル信号を遅延する第3の遅延部、前記第2フィルタから出力されるLチャンネル信号の遅延時間と遅延時間が等しくなるようにRチャンネル信号を遅延する第4遅延部を備え、前記生成回路は、前記第3の遅延部から出力するLチャンネル信号より前記第1フィルタから出力する信号を減算してLチャンネルのサラウンド信号を生成し、前記第4の遅延部から出力するRチャンネル信号より前記第2フィルタから出力する信号を減算してRチャンネルのサラウンド信号を生成し、前記第1、第2フィルタ出力を合成して前記センター信号を生成する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、相関分離・除去用フィルタの係数を十分に更新した後に、すなわち、係数がほぼ安定した後に、該フィルタに音楽信号を入力するため、従来のように動作直後や楽曲の冒頭において生じる音の定位のふらつきなどを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は本発明のオーディオ装置の構成図である。
【図2】図2は本発明の動作説明図である。
【図3】従来の無相関化処理を実現する無相関化処理部の構成図である。
【図4】図3の無相関化処理部の別の表記例である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は本発明のオーディオ装置を構成する無相関化処理部の構成図であり、図4の構成と同一部分には同一符号を付している。なお、演算部118,128は、LMS演算のエラー信号発生用の演算部118a、128aと、サラウンド信号SL、SR発生用の演算部118b、128bに分離して示している。
本発明は、従来の無相関化処理部(図4参照)における適応フィルタ112,122とは別に相関成分抽出・除去用のFIRフィルタ211,221と、これらFIRフィルタ211,221へ入力するRチャンネル信号、Lチャンネル信号をそれぞれ所定時間t3遅延する遅延回路212,222と、遅延回路116,126から出力するLチャンネル信号、Rチャンネル信号をそれぞれ時間t2遅延する遅延回路213,223を設けている。
FIRフィルタ211,221には、適応フィルタ112,122のフィルタ係数Wa1,Wa2が所定時間t1毎に順次コピーされる。時間t1は例えば、遅延回路116、126に設定した遅延時間(モデリング遅延)である。
遅延回路212,222に設定する遅延時間t3を長くすることにより、FIRフィルタ211,221にコピーされる適応フィルタ係数Wa1,Wa2が十分に収束してから、Rチャンネル信号、Lチャンネル信号をそれぞれ該FIRフィルタ211,221に入力することができ、安定したサラウンド信号SL,SR、センター信号Cを生成して出力することができる。ただし、音が出力されるまでに時間(t1+t3)の遅延が発生する。すなわち、本発明では、フィルタ係数が十分に収束した後に、ステレオL,R信号の相関成分を抽出・除去してサラウンド信号SL,SR、センター信号Cを発生することにより従来の無相関化処理部の課題を解決する。
以下、本発明の無相関化処理部の動作を詳細に説明する。
適応フィルタ112,122及び遅延回路116,126は従来技術(図4参照)と同等のものであり、適応フィルタ112,122は、所定のサンプリング周波数で(1a),(1b)式の係数更新式の演算を行なってフィルタ係数を計算する。なお、以下では適応フィルタ112,122の時刻tにおけるフィルタ係数をWa1(t),Wa2(t)と表現する。遅延回路116、126には適応フィルタ112,126に用いられるFIRフィルタのタップ長の約半分の遅延時間t1が設定されている。
適応フィルタ112,122は、演算したフィルタ係数Wa1,Wa2を所定時間t1毎にFIRフィルタ211,221にコピーする。係数更新部214,224は、図2に示すように、コピーされた時刻n・t1のフィルタ係数Wa1(n・t1),Wa2(n・t1)を時間t1毎の次の時刻(n+1)・t1におけるFIRフィルタ211,221のフィルタ係数Wb1,Wb2の目標値とみなし(Wb1((n+1)・t1)=Wa1(n・t1),Wb2((n+1)・t1)=Wa2(n・t1))、該フィルタ係数Wb1,Wb2を現在値Wb1(n・t1),Wb2(n・t1)から該目標値Wa1(n・t1),Wa2(n・t1)までサンプリング周期で順次直線的に変化するように更新する。
すなわち、係数更新部214,224は、時刻n・t1から次の時刻(n+1)・t1までの間の第mサンプリング時刻n・t1+m(m=0〜(t1−1))におけるフィルタ係数Wb1,Wb2を以下の係数更新式
【数3】

により直線補間により計算する。
適応フィルタ112,122におけるLMSアルゴリズムによるフィルタ係数更新処理、時間t1毎のFIRフィルタ211,221へのフィルタ係数のコピー処理、係数更新部214,224によるFIRフィルタ211,221のフィルタ係数更新処理が繰り返され、フィルタ係数が収束した時点で遅延回路212、222よりRチャネル信号、Lチャンネル信号をFIRフィルタ211,221に入力する。
これにより、FIRフィルタ211からRチャンネル信号に含まれるLチャンネル信号と相関の高い信号CLが安定して得られ、同様に、FIRフィルタ221からLチャンネル信号に含まれるRチャンネル信号と相関の高い信号CRが安定して得られる。
演算部118bは、遅延回路213から出力されるLチャンネル信号より信号CLを減算してLチャンネルサラウンド信号SLを出力し、演算部128bは、遅延回路223から出力されるRチャンネル信号より信号CRを減算してRチャンネルサラウンド信号SRを出力する。又、加算器131、乗算132は信号CLと信号CRを合成してステレオ信号L,Rに高相関なセンター信号Cを出力する。
前述のように、フィルタ係数が十分に収束してから、信号CLと信号CRが、結果的にサラウンド信号SL,SRおよびセンター信号Cが出力されるため、安定したサラウンド信号SL,SR、センター信号Cを出力することができ、音の定位のふらつきなどの発生を防止し、音質上の問題がなくなる。
なお、遅延回路212,222の遅延時間t3は最低2×t1以上の値を設定する必要がある。すなわち、
t3≧2×t1
とする必要があり、遅延時間t3を長くするほどフィルタ係数は安定するが、音が出力されるまでの時間が遅延する。遅延時間t3はフィルタ係数の安定と音の遅延のトレードオフにより決定される。又、遅延回路213、223の遅延時間t2は、遅延回路212,222の遅延時間t3と同じ時間
t2=t3
に設定される。
以上により作成されたステレオ信号L,R、2つのサラウンド信号SL,SR、センター信号Cは、DA変換器、アンプ等のオーディオ回路を介してそれぞれ車室内前方の左右のフロントスピーカSPL、SPR、車室内後方の左右のリアスピーカSPSL、SPSR、前方中央のセンタースピーカSPCにそれぞれ入力される。
本発明によれば、相関分離・除去フィルタのフィルタ係数が十分更新され、安定した後にL、Rチャンネル信号を該フィルタに入力するようにしたから、従来アルゴリズムの動作直後や音楽の冒頭における音の定位のふらつきなどを回避することができる。
【符号の説明】
【0012】
112,122 適応フィルタ
116,126 遅延回路
118a、118b 演算部
128a、128b 演算部
211,221 FIRフィルタ
212,222 遅延回路
213,223 遅延回路
214,224 係数更新部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステレオ信号L,Rのそれぞれに対して低相関なサラウンド信号を発生すると共に、該ステレオ信号L,Rに高相関な信号をセンター信号として発生してスピーカに入力するオーディオ装置において、
該Rチャンネル信号に含まれるLチャンネル信号と相関の高い信号を抽出するためのフィルタ係数を計算する第1の適応信号処理部、
所定時間毎の現時刻において計算された前記フィルタ係数を次の時刻における目標値として設定され、現在値から該目標値までフィルタ係数を更新する第1の係数更新部、
前記係数更新部により更新されたフィルタ係数を設定される第1のフィルタ、
前記Rチャンネル信号を設定時間遅延して前記第1フィルタに入力する第1の遅延部、
を備え、前記Lチャンネル信号について、同様に第2の適応信号処理部、第2の係数更新部、第2のフィルタ、第2の遅延部を備え、更に、
前記各フィルタの出力信号をそれぞれ、Rチャンネル信号に含まれるLチャンネル信号と相関の高い信号とするとともに、Lチャンネル信号に含まれるRチャンネル信号と相関の高い信号とし、これら信号を用いて前記サラウンド信号およびセンター信号を生成する生成回路、
を有することを特徴とするオーディオ装置。
【請求項2】
前記第1フィルタから出力されるRチャンネル信号の遅延時間と遅延時間が等しくなるようにLチャンネル信号を遅延する第3の遅延部、
前記第2フィルタから出力されるLチャンネル信号の遅延時間と遅延時間が等しくなるようにRチャンネル信号を遅延する第4遅延部、
を備え、前記生成回路は、前記第3の遅延部から出力するLチャンネル信号より前記第1フィルタから出力する信号を減算してLチャンネルのサラウンド信号を生成し、前記第4の遅延部から出力するRチャンネル信号より前記第2フィルタから出力する信号を減算してRチャンネルのサラウンド信号を生成し、前記第1、第2フィルタ出力を合成して前記センター信号を生成する、
ことを特徴とする請求項1記載のオーディオ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−23961(P2011−23961A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−166939(P2009−166939)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【出願人】(000101732)アルパイン株式会社 (2,424)
【Fターム(参考)】