説明

カシノナガキクイムシの防除方法及び樹木保護方法、並びにカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤

【課題】カシノナガキクイムシの防除効果を長期間維持でき、殺虫成分を含まず環境面でも好ましく、更には処理作業を容易で安全に実施できるカシノナガキクシムシ用防除剤を提供する。また、ナラ類やシイ類をカシノナガキクイムシからより効果的に、より確実に防除し、これら樹木の枯損や萎凋を防ぐ。
【解決手段】水性エマルジョンからなるカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤を、ナラ類やシイ類等のカシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木の樹幹に噴霧し、これら樹木をカシノナガキクイムシから防除し、枯損や萎凋を防いで保護する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木をカシノナガキクイムシの防除によって、枯損や萎凋を防いで保護する方法に関する。また、本発明は、前記の防除方法や保護方法に使用されるカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ミズナラやコナラ、ウバメガシ、アラカシ等のナラ類、スダジイやツブラジイ等のシイ類では、カシノナガクキムシによる被害が問題となっている。この被害は、カシノナガキクイムシのオスが穿孔した坑道に、カシノナガキクイムシのメスがカビ(ナラ菌)を持ち込み、このカビが繁殖して通水組織を破壊することが原因と考えられている。
【0003】
これまで、樹木から害虫を防除、駆除したり、害虫から樹木を保護する方法としては、粘着シートを樹幹に巻き付ける方法(例えば、特許文献1参照)、薬液を樹幹から注入する方法(例えば、特許文献2参照)、薬液を樹木の樹幹に塗布する方法(例えば、特許文献3参照)等が一般的であり、ナラ類やシイ類においてもカシノナガクキムシを防除するために同様の措置がこれまで採られている。
【0004】
【特許文献1】特開平6−46728号公報
【特許文献2】特開平5−23092号公報
【特許文献3】特開2003−245905号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の粘着シートを樹幹に巻き付ける方法では、巻き付けに手間がかかるとともに、樹幹とシートとの隙間からカシノナガキクイムシが侵入してあまり効果的とはいえなかった。また、薬液を注入する方法でも、ドリル等を用いて注入用の穴を樹幹の複数箇所に開け、各穴に薬液を注入しなければならず手間がかかり、更には点滴装置を用いて効果の持続を図ることも行われているが、その場合は点滴装置の取り付け作業が追加される。しかも、薬液が樹幹に満遍なく浸透するまでに時間を要するという問題もある。薬液を樹幹に塗布する方法では、刷毛塗りで行うため、塗りムラや液ダレを起こしやすい。また、駆除効率を高めるために、薬液の中に殺虫成分を配合することも行われているが、殺虫成分が揮散したり、液ダレがあると地表に殺虫成分が浸透するため、環境保全の面でも好ましくない。
【0006】
また、何れの方法も手作業であるため、通常は樹幹の地表から作業員が手を延ばした高さまでの範囲(2m程度)しか処理を施すことができない。カシノナガキクイムシによる穿孔は、樹幹の地表から4〜5mの高さまで分布していることがあり、このような高い部分を処理するには梯子を使用しなければならないが、梯子を随伴するのは面倒であるばかりでなく、樹木の間隔が狭い場所では作業がし難く、傾斜面や足場の悪い場所では安全性の問題もある。
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、カシノナガキクイムシの防除効果を長期間維持でき、殺虫成分を含まず環境面でも好ましく、更には処理作業を容易で安全に実施できるカシノナガキクシムシ用の防除剤を提供することを目的とする。また、本発明は、このようなカシノナガキクイムシ用防除剤を用いてナラ類やシイ類をカシノナガキクイムシからより効果的に、より確実に防除し、これら樹木の枯損や萎凋を防ぐ方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は下記を提供する。
(1)ナラ類やシイ類等のカシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木にカシノナガキクイムシが侵入したり、該樹木からカシノナガキクイムシが脱出するのを阻止して該樹木のカシノナガキクイムシを防除する方法であって、前記樹木の地表から少なくとも2mの高さまでの樹幹外周面に、粘着性を有する水性エマルジョンからなる液体粘着剤を噴霧し、該液体粘着剤からなる被膜を形成することを特徴とするカシノナガキクイムシの防除方法。
(2)ナラ類やシイ類等のカシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木にカシノナガキクイムシが侵入したり、該樹木からカシノナガキクイムシが脱出するのを阻止して枯損や萎凋を防ぎ保護する方法であって、前記樹木の地表から少なくとも2mの高さまでの樹幹外周面に、粘着性を有する水性エマルジョンからなる液体粘着剤を噴霧し、該液体粘着剤からなる被膜を形成することを特徴とするカシノナガキクイムシからの樹木保護方法。
(3)上記(1)記載のカシノナガキクイムシの防除方法または上記(2)記載のカシノナガキクイムシからの樹木保護方法に使用される水性液体粘着剤であって、該粘着剤が、水が蒸発して粘着力が発現する水性エマルジョンからなることを特徴とするカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
(4)乳白色を呈することを特徴とする上記(3)記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
(5)アクリル・酢酸ビニル共重合体の水性エマルジョンであることを特徴とする上記(3)または(4)記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
(6)アクリルホモポリマーの水性エマルジョンであることを特徴とする上記(3)または(4)記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤は、アクリル・酢酸ビニル共重合体やアクリルホモポリマーの水性エマルジョンからなるため、殺虫成分を含まず、人畜無害で環境に何ら悪影響を与えることがない。また、樹幹に噴霧され、余分な水分が蒸発した後に、粘着性を有する被膜となって樹幹全面を覆うため、樹幹に飛来したカシノナガキクイムシは粘着力により逃避できなくなり、樹幹の内部に入り込んでいるカシノナガキクイムシも外部に脱出できなくなる。
【0010】
また、本発明のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤は、処理に際し噴霧器で噴霧するだけでよく、粘着シートを巻き付けたり、薬液を注入する方法に比べて極めて簡便で、迅速に行うことができる。また、薬液を刷毛塗りする方法に比べても簡便、迅速に処理でき、液ダレを起こすこともない。更に、噴霧器の貯液タンクと噴射ノズルとを連結する保持管を長くするだけで、梯子を用いることなく、地表からでも樹幹の高い部分も容易に処理でき、処理作業を安全に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0012】
本発明のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤は、アクリル・酢酸ビニル共重合体またはアクリルホモポリマーを水に分散させた水性エマルジョンである。従って、殺虫成分を含まず人畜無害で環境に何ら悪影響を与えることがなく、また可燃性でも無いことから、安全に使用できる。
【0013】
前記アクリル・酢酸ビニル共重合体やアクリルホモポリマーには制限が無く、各種市販品を使用することができる。また、カシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤は、噴霧器から良好に噴霧でき、更に樹幹に噴霧された後に水分が蒸発して被膜となったときの粘着性や膜強度等を考慮すると、20℃における比重が1.01〜1.02となるように、アクリル・酢酸ビニル共重合体やアクリルホモポリマーと水との比率(希釈率)を調整することが好ましい。このような比重とするには、例えば、アクリル・酢酸ビニル共重合体の含有率を38質量%とすることで比重1.01の水性エマルジョンが得られ、アクリルホモポリマーの含有率を58質量%とすることで比重1.02の水性エマルジョンが得られる。
【0014】
カシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤は、噴霧器を用いて噴霧される。使用する噴霧器としては、樹木間を移動しながら作業することから、貯液タンクを作業員が背負える構成のものが好ましい。また、貯液タンクと噴射ノズルとを連結する保持管を長くすることで、梯子を用いることなく、地表からでも樹幹の高い部分もカシノナガキクイムシ防除用噴霧剤で処理することができる。具体的には、カシノナガキクイムシによる穿孔は樹幹の地表から4〜5mの高さまで分布していることがあることから、噴射ノズルからの噴霧距離(50cm〜1m程度)及び作業員が手を延ばした状態で噴霧することを考慮して、保持管の長さを1.5〜2m程度とすればよい。また、保持管は、取り扱い性を考慮して、このような長さまで延びる伸縮構造としてもよい。
【0015】
カシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤による処理量は、噴霧により樹幹表面に形成される膜の膜厚で0.2mm程度となることが好ましく、これは、幹径が30cm程度の樹木に地表から4mの高さまで噴霧するのに要する液量として約3〜5リットルに相当する。このような処理量とすることにより、水分が蒸発した後の被膜の膜強度や粘着力の持続性が良好となる。
【0016】
尚、噴射ノズルから噴霧され、樹幹に付着した直後のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤の膜は白濁しており、約1時間ほどで余分な水分が蒸発して無色透明の被膜となる。樹木1本当たりの処理時間は、上記の処理量では概ね5分以内であるため、作業員は処理済の樹木を目視により容易に区別でき、二重に処理を施すおそれも少ない。また、白濁しているため、塗布ムラも無くなる。
【実施例】
【0017】
アクリル・酢酸ビニル共重合体を水に分散させて比重1.01(25℃)の水性エマルジョンを調製し、カシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤とした。そして、滋賀県高島市今津町深清水のミズナラ、コナラの混交林分において、カシノナガキクイムシの被害のない健全なミズナラ10本(平均樹高12.8m、平均胸高直径0.33m)を選び、それぞれの樹幹の外周面に、地表から約4mの高さにわたりカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤を満遍なく噴霧した。処理量はミズナラ1本当たり3〜5リットルであり、その膜厚は平均で約0.2mmである。処理は2004年6月10日に行い、その後放置して2004年9月1日に樹幹を観察したところ、そのうちの3本に、地表から4mを超えた部分にカシノナガキクイムシによるものと思われる穿孔が見られたが、枯死や萎凋したミズナラは一本も無かった。
【0018】
比較のために、同林分からカシノナガキクイムシの被害のない健全なミズナラ10本(平均樹高12.8m、平均胸高直径0.33m)を選び、カシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤で処理することなくそのまま放置したところ、全てにカシノナガキクイムシによると思われる穿孔が見られ、6本が枯死しており、残りの4本も萎凋していた。
【0019】
また、同林分から前年にカシノナガキクイムシの被害を受けて枯死したミズナラ10本を見つけ、それぞれに上記同様にしてカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤を噴霧したところ、何れのミズナラにもカシノナガキクイムシが脱出した形跡は見られなった。
【0020】
上記の結果を表1にまとめて示すが、本発明に従いカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤で処理することの効果は明らかであるである。
【0021】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナラ類やシイ類等のカシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木にカシノナガキクイムシが侵入したり、該樹木からカシノナガキクイムシが脱出するのを阻止して該樹木のカシノナガキクイムシを防除する方法であって、
前記樹木の地表から少なくとも2mの高さまでの樹幹外周面に、粘着性を有する水性エマルジョンからなる液体粘着剤を噴霧し、該液体粘着剤からなる被膜を形成することを特徴とするカシノナガキクイムシの防除方法。
【請求項2】
ナラ類やシイ類等のカシノナガキクイムシが発生または棲息する樹木にカシノナガキクイムシが侵入したり、該樹木からカシノナガキクイムシが脱出するのを阻止して枯損や萎凋を防ぎ保護する方法であって、
前記樹木の地表から少なくとも2mの高さまでの樹幹外周面に、粘着性を有する水性エマルジョンからなる液体粘着剤を噴霧し、該液体粘着剤からなる被膜を形成することを特徴とするカシノナガキクイムシからの樹木保護方法。
【請求項3】
請求項1記載のカシノナガキクイムシの防除方法または請求項2記載のカシノナガキクイムシからの樹木保護方法に使用される水性液体粘着剤であって、該粘着剤が、水が蒸発して粘着力が発現する水性エマルジョンからなることを特徴とするカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
【請求項4】
乳白色を呈することを特徴とする請求項3記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
【請求項5】
アクリル・酢酸ビニル共重合体の水性エマルジョンであることを特徴とする請求項3または4記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。
【請求項6】
アクリルホモポリマーの水性エマルジョンであることを特徴とする請求項3または4記載のカシノナガキクイムシ防除用水性液体粘着剤。


【公開番号】特開2007−151403(P2007−151403A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−346486(P2005−346486)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005(平成17)年10月 第56回日本森林学会関西支部、日本森林技術協会関西・四国支部連合会合同大会事務局発行の「第56回日本森林学会関西支部、日本森林技術協会関西・四国支部連合会合同大会 研究発表要旨集」に発表
【出願人】(000100539)アース製薬株式会社 (191)
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【Fターム(参考)】