説明

カルボニル化合物の製法

【課題】簡便にカルボニル化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】従来のアルコールを酸化してカルボニル化合物を合成する方法を検討した結果、無触媒かつ無溶媒で、酸素含有気体雰囲気下で、アルコールを130℃以上で加熱することにより、対応するカルボニル化合物を合成できる。また過酸化物を添加することにより、反応収率を上げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、カルボニル化合物の製造方法に関し、より詳細には、無溶媒でアルコールから対応するカルボニル化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素を製造する方法として、1−フェニルエタノールを空気酸化する方法が報告されており、その際、1−フェニルエタノールが空気酸化されてアセトフェノンが生成する(特許文献1)。この反応条件では特殊な反応フローシステムや高圧条件(21MPa)が必要であり、過酸化水素の製造に主眼を置いているため、原料基質としてエチルベンゼン、1−フェニルエタノール及びアセトフェノンの混合物を使用している。
また、共溶媒存在下での二級アルコールの空気酸化反応による過酸化水素の製法が報告されており(非特許文献1)、115℃で1気圧の空気フローの条件で反応が行われているが、共溶媒が存在しない揚合、アルコールの空気酸化がほとんど進行しない(収率0〜3.7%)。
一方、遷移金属触媒存在下、常圧かつ無溶媒条件下でのアルコールの酸素酸化によるカルボニル化合物の合成は報告されている。この手法では、高価な遷移金属触媒が必要であり、また金属を除去する必要から効率的とは言い難い(非特許文献2,3)。これまでに常圧、無溶媒、さらに無触媒条件下で、加熱(130℃以上)のみによりアルコールを酸素酸化してカルボニル化合物を効率良く合成する例は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平3−97607
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ind.Eng.Chem.Res.2008.47,8025
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.2O04.126,10657
【非特許文献3】Angew.Chem.Int.Ed.2007.46,4151
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、無溶媒で遷移金属触媒を全く使用せず、アルコールの酸素酸化により、対応するカルボニル化合物を製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、従来のアルコールを酸化してカルボニル化合物を合成する方法を検討した結果、無触媒かつ無溶媒で、常圧の酸素雰囲気下で、アルコールを130℃以上で加熱することにより、対応するカルボニル化合物を合成できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。また、過酸化物を添加することにより、反応収率を上げることができることを見いだした。
すなわち、本発明は、無溶媒で、常圧〜20気圧下で、かつ酸素含有気体の存在下で、下式
CHOH
(式中、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す)で表わされるアルコールを130℃以上で加熱することから成るカルボニル化合物の製法
である。
【発明の効果】
【0007】
複雑な反応システムを必要とせず、また反応溶媒及び遷移金属触媒を全く使用することなく、酸素と熱のみでアルコールの酸化反応によるカルボニル化含物を合成することができる。すなわち、先行技術に比べ、低コストで環境負荷が少なく、高い生産効率での有機工業化学分野で有用なカルボニル化合物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の反応基質は下式
CHOH
で表わされるアルコールである。
及びRは、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す。このアルキル基は、置換基を有していてもよい炭素数が1〜50、好ましくは炭素数が1〜30のアルキル基であり、例えば、メチル基、エチル基などが挙げられる。このアリール基は置換基を有していてもよい炭素数が6〜50、好ましくは炭素数が6〜30のアリール基であり、例えば、フェニル基、α又はβ−ナフチル基などが挙げられる。このアラルキル基としては置換基を有していてもよい炭素数が7〜50、好ましくは炭素数が7〜30のアラルキル基であり、例えば、ベンジル基などが挙げられる。
この置換基としては、メチル基、メトキシ基、ハロゲン原子、ニトロ基、アミノ基、トリフルオロメチル基などが挙げられる。
また、RとRの一方は水素原子であってもよい。更に、RとRは、それらが結合する炭素原子とともに、脂肪族または芳香族の環、例えば5〜7員環を形成してもよい。
なお、このアルコールには沸点が加熱温度(例えば、130℃や160℃)よりも低いアルコールも含まれる。これらは加圧をして必要な加熱温度を確保する。
【0009】
この反応において、溶媒は用いない。ただし、アルコール中に5重量%程度までの水を含んでもよい。
この反応は、酸素含有気体の存在下で行われる必要がある。酸素含有気体は酸素を10容積%以上含む必要があり、好ましくは酸素または空気である。
この反応の温度は130℃以上、好ましくは160℃以上であり、この反応は液相で行われる必要がある。
この反応の圧力は、常圧〜20気圧、好ましくは常圧である。
この反応の反応時間は、0.5〜32時間、好ましくは3〜24時間である。
【0010】
この反応系に、過酸化物を加えてもよい。この過酸化物は通常ラジカル重合反応のラジカル開始剤として使用される。
本発明の反応において用いることのできる過酸化物は、反応系において長時間にわたって過酸化物の状態であることが有効である。そのための指標として、過酸化物をある温度の有機溶媒(ベンゼン、ドデカン、デカン等)に溶解し、過酸化物が分解して、その濃度がもとの1/2になるまでに要する時間(以下「半減期」という。)が1時間である温度により規定することができる。
【0011】
後記の実施例と比較例で明らかになったように、この半減期が1時間である温度が130℃以上である過酸化物が有効である。
このような過酸化物としては、例えば、ジクミルパーオキサイド(137℃(D))、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキサン(140℃(DD))、1,3−ジ(2−t−ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼン(136℃(B))、ジ−t−ブチルパーオキサイド(149℃(D))、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキシン−3(152℃(DD))、ジ−t−アミルパーオキサイド(143℃(DD))、エチル−3,3−ジ(t−ブチルパーオキシ)ブチレート(134℃(DD))、1,1,3,3−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド(154℃(B))、t−ブチルハイドロパーオキサイド(200℃(B))、t−アミルハイドロパーオキサイド(183℃(B))等が挙げられる(カッコ中の数字は半減期が1時間である温度と測定溶媒を示す。B:ベンゼン、D:デカン、DD:ドデカン)。
この反応系における過酸化物の濃度は0.0001〜5.0M、好ましくは0.0001〜1.5Mである。
【0012】
本発明の反応は下式で表わされ、アルコールに対応するカルボニル化合物が生成する。式中、RとRは上記で定義した通りである。
【化1】

【実施例】
【0013】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
実施例1
本実施例では、1−フェニルエタノールを加熱することによりアセトフェノンを得た。反応式を下式に示す。
【化2】

酸素1気圧下で、Pyrex(登録商標)試験管(φ1.5cm×20cm)に1−フェニルエタノール(ナカライテスク社)85.5mg(0.7mmol)を入れ、反応温度を160℃で、6時間加熱撹拌した。反応終了後、反応混合物に内部標準(メシチレン、和光純薬工業社)を加え、アセトンで希釈し、ガスクロマトグラフィー(GC)で分析した。その後、溶液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて生成物を単離、精製し、H−NMRで分析した。
生成物(アセトフェノン)の分析結果を以下に示す:
1H-NMR (500MHz,CDCl3):δ7.93 (dd, J=7.5, 1.5 Hz, 2H),7.52 (td, J=7.5, 1.5 Hz, 1H), 7.42 (td, J= 7.5, Hz, 2H), 2.56 (s, 3H)
アセトフェノンの収率は、GC(Agilent Technologies社 6850 SeriesII)を用いて決定した。アセトフェノンの収率は55.6%であった。
収率決定に使用したGCの条件を以下に示す。
使用カラム:Agilent Technologies社 HP-5、試料注入口温度:250℃、検出部温度:250℃、スプリット比:50:1。FID検出器。オーブン条件:100℃で15分間、その後1分間に10℃昇温、300℃に達した後、300℃で15分間、Heガス流量:1.0 mL/min。
【0014】
実施例2〜4、比較例1〜3
反応時間を24時間、反応温度を40〜190℃にして実施例1と同様に反応を行った。結果を下表に示す。
【表1】

反応温度が、130℃以上、特に160℃では高収率でアセトフェノンが得られたが、100℃以下では反応が効率よく進行しなかった。
【0015】
実施例5、6
反応時間を3時間と18時間に変更して実施例1と同様に反応を行った。反応時間が3時間の場合は50.1%、18時間の場合は50.2%の収率でアセトフェノンが得られた。
実施例7
反応時間を24時間、酸素の代わりに空気(酸素分圧:0.2atm)を用いて実施例1と同様に反応を行った。その結果23.6%の収率でアセトフェノンが得られた。
【0016】
実施例8〜17
本実施例では反応基質として表2に示すアルコールを用いて反応をおこなった。
各反応基質(アルコール)として、1−(p−メトキシフェニル)エタノール(シグマ・アルドリッチ社(実施例8))、1−(p−メチルフェニル)エタノール(東京化成工業社(実施例9))、1−(p−クロロフェニル)エタノール(東京化成工業社(実施例10))、1−(p−トリフルオロメチルフェニル)エタノール(和光純薬工業社(実施例11))、ジフェニルメタノール(和光純薬工業社(実施例12))、2−オクタノール(東京化成工業社(実施例13))、2−ノナノール(東京化成工業社(実施例14))、2−デカノール(シグマ・アルドリッチ社(実施例15))、シクロヘプタノール(東京化成工業社(実施例16))及びシクロオクタノール(和光純薬工業社(実施例17))を用いて、反応時間を24時間にして実施例1と同様に反応をおこなった。結果を下表に示す。
【表2】

芳香族、脂肪族鎖状及び環状2級アルコールは、本条件下、いずれの場合も酸化され、対応するケトン化合物が20.0〜64.4%の収率で得られた。
【0017】
本実施例の生成物のH−NMR分析結果を以下に示す:
パラメトキシアセトフェノン(実施例8):1H-NMR (500 MHz, CDCl3)δ7.93 (dd, J=9.0, 2.0 Hz, 2H), 6.92 (dd, J=9.0, 1.5 Hz, 2H), 3.86 (s, 3H), 2.55(s, 3H)。 パラメチルアセトフェノン(実施例9):1H-NMR (500 MHz, CDCl3)δ7.82 (dd, J=7.5, 2.5 Hz, 2H), 7.20 (d, J=7.5 Hz, 2H), 2.52 (s, 3H), 2.36(s, 3H)。パラクロロアセトフェノン(実施例10)1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ7.89 (dd, J=8.5, 2.0 Hz, 2H), 7.42 (dd, J=8.5, 2.5 Hz, 2H), 2.58 (s, 3H)。パラトリフルオロアセトフェノン(実施例11) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ8.06 (d, J=7.5 Hz, 2H), 7.73 (d, J=7.5 Hz, 2H), 2.65 (s, 3H)。ベンゾフェノン(実施例12) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ7.80 (d, J=8.0 Hz, 4H), 7.59 (t, J=8.0 Hz, 2H), 7.48 (t, J=8.0 Hz, 4H)。2−オクタノン(実施例13) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ2.42 (t, J=8.0 Hz, 2H), 2.13 (s, 3H), 1.57 (q, J=6.5 Hz, 2H), 1.30-1.34 (br, 6H), 0.88 (t, J=7.0 Hz, 3H)。2−ノナノン(実施例14) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ2.42 (t, J=7.5 Hz, 2H), 2.13 (s, 3H), 1.57 (q, J=7.0 Hz, 2H), 1.25-1.35 (br, 8H), 0.88 (t, J=7.5 Hz, 3H)。 2−デカノン(実施例15) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ2.42 (t, J=7.0 Hz, 2H), 2.13 (s, 3H), 1.57 (q, J=7.5 Hz, 2H), 1.22-1.33 (br, 10H), 0.88 (t,J=7.5 Hz, 3H)。シクロヘプタノン(実施例16) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3):δ2.50 (t, J=6.0 Hz, 4H), 1.65-1.75 (m,8H)。 シクロオクタノン(実施例17) 1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ2.41 (td, J=6.5, 2.5 Hz, 4H), 1.89 (qd, J=6.0, 2.0Hz, 4H), 1.55 (qd, J=6.0, 2.0 Hz, 4H), 1.37 (qd, J=6.0, 2.0 Hz, 2H)。
【0018】
なお、各生成物を同定するために用いたGCの測定条件はオーブン温度及びHeガス流量以外は実施例1と同様である。本実施例で用いたオーブン温度及びHeガス流量を以下に示す。
条件A:40℃で1分間、その後1分間に30℃昇温、300℃に達した後、300℃で15分間。Heガス流量:2.9mL/min。
条件B:100℃で5分間、その後1分間に40℃昇温、150℃に達した後、150℃で15分間。Heガス流量:1.0mL/min。
条件C: 100℃で15分間、その後1分間に10℃昇温、300℃に達した後、300℃で15分間。Heガス流量:1.0mL/min。
条件D:80℃で10分間、その後1分間に40℃昇温、300℃に達した後、300℃で15分間。Heガス流量:1.0mL/min。
【0019】
実施例18
酸素1気圧下で、Pyrex(登録商標)試験管(φ1.5cm×20cm)にベンジルアルコール(シグマ・アルドリッチ社)75.7mg(0.7mmol)を入れ、反応温度を160℃で、24時間加熱撹拌した。冷却後、生成物に内部標準(ジエチレングリコールジエチル、東京化成工業社)を加え、アセトンで希釈した。この希釈溶液を用いて、GCを用いて生成物の収率を決定した。生成物としてエステル化合物である30.5%のベンジルベンゾエートと12.6%のベンズアルデヒドが得られた。反応式を下式に示す。
【化3】

得られた生成物の分析結果を以下に示す:
ベンジルベンゾエート:1H-NMR (500MHz,CDCl3)δ8.09 (dd, J=8.0, 1.5 Hz, 2H), 7.56 (t, J=8.0 Hz, 1H), 7.32-7.47 (m, 7H), 5.37(s, 2H)。
ベンズアルデヒド:1H-NMR (500MHz,CDCl3)δ10.0 (s, 1H), 7.89 (d, J=7.0 Hz, 2H), 7.64 (t, J=7.0 Hz, 1H), 7.53 (t, J=7.0 Hz, 2H)。
【0020】
実施例19
本実施例では過酸化物を加えて実施例1と同様の反応を行った。
酸素1気圧下で、Pyrex(登録商標)試験管(φ1.5cm×20cm)に1−フェニルエタノール(ナカライテスク社)85.5mg(0.7mmol)を入れ、これにジ-tert-ブチルペルオキシド(ナカライテスク社)10.2mgを加えて、反応温度を160℃で24時間加熱撹拌した。
得られた生成物(アセトフェノン)の分析結果を以下に示す:
1H-NMR (500MHz,CDCl3):δ7.93 (dd, J=7.5, 1.5 Hz, 2H),7.52 (td, J=7.5, 1.5 Hz, 1H), 7.42 (td, J= 7.5, Hz, 2H), 2.56 (s, 3H)。
収率は実施例1と同様に行った。生成したアセトフェノンの収率は69.3%であった。
【0021】
比較例4〜6
本実施例では過酸化物として、ジ−tert−ブチルペルオキシドの代わりに、tert-ブチルパーオキシベンゾエート(比較例4)、過酸化ベンゾイル(比較例5)、アゾビスイソブチロニトリル(比較例6)を用いて実施例19と同様の反応を行った。その結果、実施例19と同様にアセトフェノンが生成したが、その収率は低かった。
実施例19と比較例4〜6の結果を下表に整理する。
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
無溶媒で、常圧〜20気圧下で、かつ酸素含有気体の存在下で、下式
CHOH
(式中、R及びRは、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す)で表わされるアルコールを130℃以上で加熱することから成るカルボニル化合物の製法。
【請求項2】
さらに、有機溶媒中で濃度がもとの1/2になるまでに要する時間が1時間である温度130℃以上である過酸化物を共存させる請求項1に記載の製法。
【請求項3】
反応系中の前記過酸化物の濃度が0.0001〜5.0Mである請求項2に記載の製法。
【請求項4】
前記過酸化物が、ジクミルパーオキサイド、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキサン、1,3−ジ(2−t−ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼン、ジ−t−ブチルパーオキサイド、2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキシン−3、ジ−t−アミルパーオキサイド、エチル−3,3−ジ(t−ブチルパーオキシ)ブチレート、1,1,3,3−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド、t−ブチルハイドロパーオキサイドまたはt−アミルハイドロパーオキサイドである請求項2又は3に記載の製法。
【請求項5】
酸素含有気体が酸素である請求項1〜4のいずれか一項に記載の製法。
【請求項6】
酸素含有気体が空気である請求項1〜4のいずれか一項に記載の製法。

【公開番号】特開2010−184890(P2010−184890A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−29548(P2009−29548)
【出願日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】