説明

カーボン触媒とその製造方法、燃料電池のカソード触媒層及び燃料電池

【課題】酸素還元活性がナノシェル構造のカーボン触媒と同程度になるカーボン触媒を、金属を用いることなく調製する。
【解決手段】炭素構造の中に欠陥を有し、3200〜3500ガウスに現れるX−バンド電子スピン共鳴スペクトルのパラメータWが11ガウス以下であるカーボン触媒を調製した。このカーボン触媒の調製は、一例として、ナノダイヤモンドを出発原料として約1400℃〜1600℃まで加熱処理し、ナノオニオン構造としたナノダイヤモンドに600℃以上で窒素処理をすることにより行った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノダイヤモンドをベースとして作製したカーボン触媒とその製造方法、及びこのカーボン触媒を用いた燃料電池のカソード触媒層とこれを利用した燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、地球温暖化の要因となっている二酸化炭素を削減するために、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換が叫ばれている。その中で、二酸化炭素を排出しない実用的な燃料電池の開発が期待されている。しかし、燃料電池は、その電極反応を起こす触媒としては高価な貴金属である白金が用いられるため、この白金触媒がコスト高を引き起こし、開発及びその普及の足かせとなっているのが現状である。
【0003】
そこで、発明者等は、白金のような高価な貴金属を必要としない電極触媒の開発に取り組んできた。その一つがナノシェル構造を導入したカーボン触媒の開発である(特許文献1参照)。ナノシェルは、有機化合物から炭素材料を作る際にあらかじめ金属錯体を添加しておくことで、熱分解時に生成した金属微粒子の触媒作用により形成される球殻状のグラファイト構造を持ったナノカーボンの一つである。
【0004】
この開発では、ナノシェル構造を持つ炭素が、酸素還元活性を示すこと、そして炭素材料の構造、物性、化学反応性は炭素の原料となる有機物の種類、炭素化の温度や時間などの調製条件に依存することを利用している。そのため、炭素が酸素還元活性を与えるためのナノシェル構造の形成とカーボンアロイ法により炭素材料の制御を行って、炭素材料を使用した非白金カソード触媒を提案した(特許文献1参照)。
【0005】
発明者等が試みたもう一つの方法は、カソード触媒となる炭素材料に窒素とホウ素をドープ(ドーピング)する方法である。この方法により、炭素材料に窒素とホウ素を同時にドーピングすることによって、酸素還元反応が高くなることが確認されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−282725号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jun-ichiOzaki, Naofumi Kimura, Tomonori Anahara, Asao Oya, Carbon 45 (2007) 1847-1853
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に示すような、ナノシェル構造を持つ炭素を調製する上では、製法上金属の使用が不可欠であった。これは、金属が有する炭素化プロセスを改変する触媒的機能を利用するからである。しかし、ナノシェル構造を持つ炭素を調製する上で必要とされる金属が、過酸化水素(H)と化学反応を引き起こして燃料電池の部材としての電解質膜やセパレータの劣化を招くため、調製後は使用した金属を取り除かなければならないという問題があった。
この金属の除去は塩酸水溶液等を用いて行われるのであるが、塩酸水溶液で金属を除去しようとしても完全に取り除くことは困難であった。このため、金属を用いることなく、ナノシェル構造と類似する構造を持つ炭素材料を調製することが望まれていた。
【0009】
このため、発明者等は、非特許文献1で発表したような、炭素材料に窒素とホウ素をドープすることで、酸素還元活性を高める方法を試みたが、この方法で調製されたカーボン触媒は、ナノシェル構造のものほど酸素還元活性を高めることができなかった。もちろん、ある程度の酸素還元活性は期待できるものの頭打ちになって、ナノシェル構造ほどの酸素還元活性を得ることができなかった。
【0010】
このような研究過程の中で、発明者等は、金属を用いないで、しかもナノシェル構造と同程度の酸素還元活性を有する触媒を調製することができないかを考えた。そこで、思いついたのが工業用研磨剤として用いられる市販のナノタイヤモンド(ND)の利用である。
ナノダイヤモンドの大きさは粒径5nm程度であり、高温で焼き入れをすると、ナノオニオン構造といわれる断面が玉ネギ状の炭素構造を持つことが知られている。この断面が玉ネギ状になる炭素構造は、炭素が玉ネギ状の円形に積層された状態になることを示しており、この構造が金属を用いて調製したナノシェル構造と類似しているのである。なお、発明者等が調製したナノオニオン構造のカーボン触媒を図14に示す。
【0011】
一般に、炭素材料に存在する湾曲した部分にはπ電子系の歪みがあるといわれている。発明者等は、これが酸素還元活性点であると仮定し、ナノダイヤモンド(ND)を熱処理して得られるナノオニオン構造は、ナノシェル構造と同様の酸素還元活性を示すものと考えた。
【0012】
本発明の目的は、上記ナノシェル構造に近いナノオニオン構造を、金属を使わないで調製し、その結果、酸素還元活性が金属を用いて調製したナノシェル構造のカーボン触媒と同程度になるカーボン触媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のカーボン触媒は、電子スピン共鳴スペクトルを、X−バンド分光器を用いて測定すると、3200〜3500ガウスに現れる吸収の微分曲線で求められるパラメータが11ガウス以下となる。本発明のカーボン触媒は、炭素格子の中に欠陥を有すると考えられ、例えば、ナノダイヤモンドを出発原料として約1400℃〜1600℃まで加熱処理し、ナノオニオン構造としたナノダイヤモンドに600℃以上で窒素処理することにより調製することができる。
【0014】
また、本発明のカーボン触媒の中の炭素中の窒素割合をX線光電子分光装置で測定すると、炭素に対する窒素割合が4%以下となる。
更に、本発明のカーボン触媒について、硫酸水溶液中で測定したサイクリックボルタモグラムを見ると、低電位側の電流値が高電位側に比べて増大していることが認められた。
【0015】
本発明のカーボン触媒の製造方法は、ナノダイヤモンドを出発原料として約1000℃まで加熱する第一の加熱工程と、加熱したナノダイヤモンドを、更に高温に昇温して1400℃〜1600℃まで加熱し、ナノオニオン構造のナノダイヤモンドを得る第二の加熱工程と、第二の加熱工程の後に、ナノダイヤモンドに600℃以上の温度で、アンモオキシデーションにより窒素処理をしてカーボン触媒を調製する工程と、を含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明のカーボン触媒によれば、従来のナノシェル構造を有するカーボン触媒のように金属を用いることがないので、金属を取り除く必要がない。そして、金属を用いて調製した従来のカーボン触媒に比べても同等な酸素還元活性を有する触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のカーボン触媒を製造する工程を説明するためのフローチャートである。
【図2】図1の製造工程で製造されたカーボン触媒の電位と電流密度を計測するための回転ディスク電極装置の模式図である。
【図3】図2の装置を使って求めた酸素還元に関する電位と電流密度との関係を示すボルタモグラムである。
【図4】図3の電位と電流密度の関係のグラフから求めた、アンモオキシデーション処理温度(窒素処理温度)に対する酸素還元開始電位を示す図である。
【図5】図4のアンモオキシデーションの処理温度(窒素処理温度)に対する窒素ドープ割合(N/C原子比)の変化を示す図である。
【図6】図5の窒素ドープ割合と酸素還元開始電位との関係をND1400シリーズとND1600シリーズとで比較して示す図である。
【図7】図1で製造したカーボン触媒のND1400シリーズとND1600シリーズをサイクリックボルタンメトリー(CV)で測定した結果を示す図である。
【図8】電位0.05Vの電流値I(0.05V)と電位0.6Vの電流値I(0.6V)との比に対する酸素還元開始電位(V vs. NHE)を示す図である。
【図9】ESR(電子スピン共鳴)スペクトルよりパラメータWを求める方法を説明するための図である
【図10】X−バンドESR装置(電子スピン共鳴装置)を用いてND1400シリーズを測定したときのスペクトルである。
【図11】X−バンドESR装置(電子スピン共鳴装置)を用いてND1600シリーズを測定したときのスペクトルである。
【図12】図10と図11のX−バンド電子スピン共鳴測定結果から得られるパラメータWに対する酸素還元活性電位を示す図である。
【図13】燃料電池の原理を説明するための概略図である。
【図14】カーボンナノオニオンを透過型電子顕微鏡で観察したときの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図1〜13を用いて本発明の実施の形態例(以下、「本例」ということもある。)のカーボン触媒とその調製法、及び特に本例のカーボン触媒の酸素還元活性について説明する。説明は、以下の項目の順に行う。
1.本発明の実施の形態のカーボン触媒の調製法
2.本発明の実施の形態であるカーボン触媒の酸素還元活性の説明
実験例1:回転ディスク電極装置による測定
実験例2:X線光電子分光装置による測定
実験例3:サイクリックボルタンメトリー(CV)による測定
実験例4:X−バンドESR装置(電子スピン共鳴装置)による測定
3.燃料電池への応用
【0019】
<1.本例のカーボン触媒の調製法>
最初に、カーボン触媒の調製法について、図1のフローチャート(工程表)を参照して説明する。まず、市販(PROSONIC製)のナノダイヤモンド(ND)の熱処理を行う(ステップS1)。この熱処理は、赤外線イメージ炉を用いて、窒素流通下、昇温速度10℃/minで、1000 ℃まで昇温した状態で1時間保持して行った。
【0020】
次に、このように熱処理したナノダイヤモンドをさらに超高温炉を用いて、真空下で1400℃まで昇温したものと、1600℃まで昇温したものを用意し、これを再び1時間保持することで高温の熱処理を行った(ステップS2)。そして、得られた熱処理物を、ボールミルを用いて106 μm以下にする粉砕処理を行った(ステップS3)。このようにして得られた試料をND1400、ND1600と表記することとした(図3参照)。
【0021】
ここで、2つのカーボン触媒試料ND1400、ND1600を取り上げたのは以下の理由による。ステップS1で1000℃まで昇温した段階では、ナノダイヤモンドの構造が残り、ナノオニオン構造にならなかった。実際に、ステップS2で加熱温度を上げていくと、1200℃ではナノダイヤモンドの構造が残り、1400℃まで昇温するとナノオニオン構造に変化することが分かった(図14参照)。なお、1400℃でもわずかにナノダイヤモンド構造が残っていた。また、2000℃近くまで昇温すると、ナノオニオン構造が成長したグラファイト構造(高温で大きな結晶が発達した構造)になって、不活性となることが確認されたため、試料としては、ND1400、ND1600を採用することにした。
【0022】
しかし、このように調製した試料ND1400、ND1600でも、後述するように、酸素還元活性の十分な伸びが得られなかった。つまり、当初想定していたような、金属を用いて調製したナノシェル構造の触媒が有する酸素還元活性までは到達できなかった。
そこで、発明者等は、次のステップとして、これらの試料ND1400、ND1600に、アンモオキシデーション法により窒素をドープすることを試みた(ステップS4)。つまり、発明者等が非特許文献1で提案した、炭素材料に窒素をドープする方法を取り込んだわけである。
【0023】
アンモオキシデーション法というのは、サンプルをアンモニアと乾燥空気の流通下で熱処理することで窒素ドープを行う方法である。この方法は、アンモニアと空気の混合ガスを加熱処理したナノダイヤモンドND1400、ND1600に接触させ、空気中に含まれる酸素で炭素表面を活性化すると同時に窒素をドープする方法である。
具体的には、赤外線イメージ炉を用いて、窒素気流下(200 ml/min)で所定の温度(400、600、700、800、900、1000、1100℃)まで30℃/minの温度上昇率で昇温した。そして、窒素からアンモニアと空気の混合ガス200 ml/min(アンモニア濃度比70%)に切り替え、2時間加熱して反応させ、その後窒素気流下で10 分保持した。このように調製したカーボン触媒試料を、例えばND1400N600(窒素処理温度600℃)、ND1600N900(窒素処理温度900℃)などと表記する(後述する図3参照)。
【0024】
<2.本例のカーボン触媒の酸素還元活性の説明>
図2は、このようにして調製したカーボン触媒(試料)の酸素還元活性(触媒の反応性)を測定するための装置の概略構成図である。この装置は、作用極としてのディスク電極に測定する物質(ここではカーボン触媒)を塗布して燃料電池のカソード電極反応を見るために慣用的に使用される装置であり、通称、回転ディスク電極装置と呼ばれる。
【0025】
最初に、この電気化学セルの構成の概略を説明する。電気化学セルは、通常作用極3、参照極5、対極6という3つの電極を備えている。作用極3の電位を参照極5に対して変えて作用極3と対極6間を流れる電流を測定する。
【0026】
本発明の測定に用いられる電気化学セルでは、3本の脚9で支持されるガラス製の容器1の中に酸素飽和0.5モルの硫酸水溶液からなる電解液2を充満させ、その中にディスクで形成される作用極(ディスク電極)3が配置されている。作用極3には、測定される試料、ここではカーボン触媒が塗布される。ディスク電極3の周りには白金からなるリング電極3aが設けられている。このリング電極3aの電位は、ディスク電極3の電位とは独立に設定される。ディスク電極3を回転させると、電解液2はディスク電極3の中央部へ向かって吸い込まれ、ディスク電極3の回転の遠心力により電解液2はディスク電極3の表面に平行に流れる。リング電極3aは、この電解液2の流れの中に配置されており、ディスク電極3の表面における反応で生成した生成物を電気分解して検出する役割を果たしている。
【0027】
また、図2に示すように、ガラス容器1とは別のガラス容器4が設けられ、このガラス容器4の中に参照極5が設けられる。参照極5としては、例えば銀・塩化銀電極(Ag/AgCl)が用いられる。
ガラス容器1とガラス容器4は連通しており、ともに、電解液(硫酸水溶液)2で満たされている。ガス導入口7からは、電解液2を酸素飽和するために酸素ガスが導入され、この酸素ガスが電解液2をバブリングし、酸素で飽和された電解液2を得る。酸素で飽和された電解液2は、作用極(ディスク電極)3にて燃料電池のカソード反応である酸素還元反応を引き起こす。この後、ガス導入口7から導入された酸素ガスはガス排出口8から排出される。
【0028】
この電気化学セルを用いた操作の手順は、以下の通りである。まず、電解液(硫酸水溶液)2中に、作用極であるディスク電極3、リング電極3a、対極6をセットする。この状態で、ガス導入口7から窒素を導入して硫酸水溶液中に溶存している酸素を強制的に排出させる(窒素バブリングによる酸素パージ)。
【0029】
次に、酸素をパージした電解液中でLSV(Linear Sweep Voltammetry )測定を行い、ここで得られるボルタモグラムをベースラインとする。つまり、ベースラインとは、窒素パージした電解液中で電位を掃引して求める電流であり、具体的には、ディスク電極3の電位を時間の関数として直線的に掃引したときの電流応答である。
【0030】
続いて、ガス導入口7から酸素を硫酸水溶液中に導入し、酸素バブリングを行う。そして、酸素で飽和した硫酸水溶液で、同様にLSVを測定する。このLSVの測定では、2つの電流が重畳されている。一つは、ディスク電極3における酸素還元に基づく反応電流(ファラデー電流)であり、もう一つは電気二重層の充放電による電流(非ファラデー電流)である。この重畳されている酸素飽和の硫酸水溶液中で求めた電流から、先に求めたベースラインの電流を引くと、純粋に酸素還元に基づく反応電流(ファラデー電流)が求まる。
【0031】
この作用極(ディスク電極)3の表面で起る酸素還元反応には、二つの反応様式がある。
一つは、酸素から水ができる反応(4電子反応)、もう一つは、酸素から過酸化水素ができる反応(2電子反応)である。後者は、酸素モル当たりの電流効率が悪く、また過酸化水素という電池の劣化を起こす物質ができるので、望ましくない反応である。カーボン系触媒の場合、いかに過酸化水素を出ないようにするかが重要であり、リング電極3aは、この望ましくない副反応生成物である過酸化水素の量を測るために設けられている。ここでは、リング電極3aの電位を、過酸化水素が酸化される電位に設定し、酸素まで電気分解を行って、その酸化に伴う電流を測るようにしている。
【0032】
参照極5が設けられるガラス容器4をガラス容器1と別に設けているのは、参照極5に使われる塩化カリウム(KCl)の飽和溶液の拡散を最小限にするとともに、参照極5が作用極3の回転による電解液2の拡散を妨害しないようにするためである。また、ガラス容器1の作用極3の対向する位置に白金で形成された対極6が配置されている。対極6は作用極3との間で電流を流すために設けられる電極である。
【0033】
作用極(ディスク電極)3は、不図示のモータで毎分1500回転の速度で回転駆動される。作用極3を高速回転しているのは、電極表面に層流を形成し、反応体(試料)の拡散供給を一定にするためである。また、作用極3の電位を走査する速度は1mV/sであり、作用極3は、参照極5(Ag/AgCl)に対して、この走査速度で0.8V〜−0.2Vの範囲で走査される。そして、これにより、作用極3と対極6間を流れる電流が測定され、更には単位面積当たりの電流密度も測定される。
【0034】
<実験例1:回転ディスク電極装置による測定>
上述図2に示した回転ディスク電極装置を用いて、図1で調製した本例のカーボン触媒ND1400シリーズ、ND1600シリーズの試料の酸素還元開始電位を測定した。
図3(A)、(B)は、この方法を用いて調製した本例のカーボン触媒ND1400シリーズとND1600シリーズの酸素還元ボルタモグラムである。この酸素還元ボルタモグラムでは、横軸に標準水素電極(NHE:Normal Hydrogen Electrode )に対する作用極3の電位を示し、縦軸に対極6と作用極3間を流れる電流密度(mA/cm2)を示している。
【0035】
図3(A)、(B)は、カーボン触媒の酸素還元活性について示した図である。この図において、作用極3が標準水素電極(NHE)に対して高い電位に(右側)にあって、対極6と作用極3間の電流密度が高くなるほど(下側に行くほど)酸素還元活性が高いことを示す。また、この図3から分かるように、ND1400シリーズとND1600シリーズの試料とも、アンモオキシデーション法の処理温度(窒素処理温度)が高くなるほど活性が高くなり、窒素未ドープ試料(ND1400、ND1600)では活性が低くなる。
【0036】
図4は、ナノダイヤモンドNDの熱処理温度1400℃シリーズ(●印)と熱処理温度1600℃シリーズ(○印)のカーボン触媒の酸素還元開始電位(V vs. NHE)を測定したグラフである。横軸は、アンモオキシデーションの処理温度(窒素処理温度)である。
図4に示す酸素還元開始電位(V vs. NHE)は、図3のグラフを拡大して、電流密度が−10μA/cmのときの電位を求めたものである。この酸素還元開始電位というのは、図2の作用極(ディスク電極)3と対極6間に電流を流さないで測る作用極3の電位をいう。しかし、電流を流さない状態で電位を測定することが困難であるため、ここでは作用極(ディスク電極)3と対極6間に電流密度−10μA/cmの微弱電流が流れた時点の作用極3の電位を、酸素還元開始電位とした。この作用極3の電位が、本発明で調製したカーボン触媒ND1400シリーズ、ND1600シリーズの酸素還元開始電位となる。
【0037】
図4では、酸素還元ボルタモグラムから求めた酸素還元開始電位と比較するために、金属を用いて調製した従来のカーボン触媒の酸素還元開始電位を▲印で示し、金属を用いないで調製した従来のカーボン触媒の酸素還元開始電位を■印で示している。ここで、金属を用いて調製した従来のカーボン触媒は、特許文献1に記載されるナノシェル構造のカーボン触媒のことである。図4から、金属を使わないで調製したカーボン触媒に比べて極めて高い酸素還元活性を示していることが分かる。
【0038】
また、図4から分かるように、アンモオキシデーションの処理温度(窒素処理温度)の上昇と酸素還元活性の増大には相関がある。つまり、窒素処理温度を高くすると、酸素還元開始電位が高くなることから、当初は炭素中の窒素の割合が増えることにより酸素還元活性が高まるのではないかと考えた。
しかし、実験結果では、窒素処理温度を高くしても、ある温度(例えば、600℃)までは炭素中の窒素割合が多くなるが、それ以上に処理温度を高くすると、炭素中の窒素割合が逆に減少することが判明した。図5は、この結果を図示したものである。
【0039】
<実験例2:X線光電子分光装置による測定>
次に、XPS(X線光電子分光装置)を用いて、本例のカーボン触媒のND1400シリーズとND1600シリーズにおける炭素中の窒素割合(N/C原子比)を測定した。このXPSを用いた測定方法は、試料にX線を照射し、それにより放出された光電子を検出する方法である。これにより、試料表面の元素原子組成、化学結合状態を知ることができる。この測定結果を図5及び図6に示している。
【0040】
図5は、図4の窒素処理温度を横軸にとったときの、ND1400シリーズ(●印)とND1600シリーズ(○印)のN/C原子比(炭素中の窒素割合)をプロットした図である。
この図5から明らかなように、ND1400シリーズ、ND1600シリーズとも、窒素処理温度が600℃のときに、N/C原子比が最大を記録し、この窒素処理温度が600℃以上になると、窒素処理温度が上昇するにつれて、逆にN/C原子比が減少している。一方、図4で示したように、窒素処理温度が600℃以上では、その温度が上昇するにつれて、酸素還元活性は増大している。
【0041】
発明者等は、当初窒素のドープ量が酸素還元活性を高めているのではないかと考えたが、図4及び図5を見る限り、この考えは成立しない。すなわち、窒素処理温度が600℃以上では、窒素処理温度が上昇するにつれてN/C原子比が減少している(図5)にも拘わらず、酸素還元活性が増大している(図4)。
【0042】
図6(A)、(B)は、図5の横軸をXPSで測定した炭素材料中の窒素割合(N/C原子比)として、酸素還元開始電位(V vs. NHE)を示したものである。図6(A)は、ND1400シリーズの試料(●印)の酸素還元開始電位(V vs. NHE)を示し、図6(B)はND1600シリーズの試料(○印)の酸素還元開始電位(V vs. NHE)を示している。繰り返しになるが、図5及び図6から分かることは、炭素中の窒素割合が多い(N/C原子比が大きい)ことと酸素還元活性が大きいことには必ずしも相関がないということである。
【0043】
このことから、窒素処理温度が600℃までは、炭素中の窒素量が酸素還元活性に大きな影響を与えるが、ドープ温度が600℃以上では、窒素のドープ量ではない何か別のメカニズムが作用して酸素還元活性を上げているものと考える方が自然である。図6(A)のND1400シリーズでは、窒素処理温度が600℃以上で、窒素ドープ割合(N/C原子比)が4%以下のとき、酸素還元開始電位が0.6V以上で高電位になっている。また、図6(B)のND1600シリーズでは、窒素処理温度が600℃以上で、窒素ドープ割合(N/C原子比)が2%以下のときに、酸素還元開始電位が0.55V以上と高電位になっている。つまり、高い酸素還元活性を示していることが分かる。
【0044】
発明者等は、この現象を次のように解釈している。つまり、ND1400シリーズ、ND1600シリーズとも、窒素処理温度を600℃以上に上げても、窒素が炭素中に入り込むことはなく、逆に炭素格子の中に入っていた窒素が抜けていく現象が起こっているのではないか。そして、この窒素が離脱して生じた欠陥(格子欠陥)が、活性点となって酸素還元活性を増大させているのではないかということである。
ここで、欠陥とは結合が不飽和状態になっているところをいう。欠陥がある場所では、ラジカルが形成されるので、逆にラジカルが欠陥の存在指標となる。つまり、高温になると純粋なカーボン(炭素)になる傾向があることから、高温で窒素が離脱し、その窒素の離脱した箇所(欠陥)がラジカルの増加につながっているのではないかと推定される。
【0045】
<実験例3:サイクリックボルタンメトリー(CV)による測定>
発明者等は、この現象を更に詳しく追跡するために、サイクリックボルタンメトリー(CV:Cyclic Voltammetry)を使って、ND1400シリーズとND1600シリーズの窒素未ドープ試料(アンモオキシデーション処理なし)と、窒素処理温度(アンモオキシデーション処理温度、400℃、600℃、700℃、800℃、900℃、1000℃、1100℃)を行った試料を硫酸水溶液中に浸して、その電圧に対する電流変化を測定した。図7(A)〜(D)は、その結果を示す図である。
【0046】
ここで、サイクリックボルタンメトリー(CV)とは、電位の変化を与えて電流の変化を測定することにより、界面の電気化学的挙動を調べる方法である。つまり、電位を変化させて電流を測定することにより、カーボン/電解質溶液界面に形成された電気化学二重層の充放電を測定することができる。図7の横軸は、標準水素電極(NHE)に対する電位を表し、縦軸は電流を表わしている。
【0047】
図7から分かることは、窒素処理温度が400℃、600℃と上昇するにつれて、低電位側の電流値が増えていることである。このような低電位側の電流増加は、窒素をドープしたカーボンに見られる現象であり、充放電が静電的なものではなく、導入された窒素が形成する官能基が関わる電気化学反応に依存していると考えられる。
【0048】
すなわち、CVの測定結果では、長方形に近いほど、純粋な電気二重層の応答に近いこと、つまり物理的な静電容量のみが電流に寄与していることを意味する。しかし、図7で低電位側で長方形が変形している。この低電位側の変形は、物理的な静電容量の他に、窒素の存在による擬似容量の寄与があると考えられ、この擬似容量により電流が増加したものと解釈することができる。
【0049】
擬似容量の発現は、窒素を含む表面官能基が存在していることを意味する。この表面官能基は、通常標準水素電極(NHE)に対する界面電位が0.05V付近に現れる。これに対して、電位0.6Vにおける電流は、純粋に物理的な静電容量に依存する電流である。そこで、界面電位(0.05V)と電位0.6Vのそれぞれの電流値I(0.05V)とI(0.6V)との比に対する酸素還元開始電位(V vs. NHE)を図8に示した。
【0050】
図8から、表面官能基が少ない状態(例えば、窒素処理温度が400℃)では、I(0.05V)、I(0.6V)の両方とも物理的な静電容量のみが寄与するから、両者は等しい値となり、酸素還元活性も高くないことがわかる。窒素処理により表面官能基が増えると、I(0.05V)がI(0.6V)に比べて大きくなり、一時的には酸素還元活性が増える。しかし、それも窒素処理温度が600℃までで、それ以上の温度では、I(0.05V)/I(0.6V)が小さくなって、かつ酸素還元活性が大きくなっていることが分かった。つまり、窒素処理温度の変化をたどると、図8(A)、(B)の点線に見られるように、酸素還元開始電位(V vs. NHE)が「V字」を横にした軌跡を示すことが分かる。
【0051】
<実験例4:X−バンドESR(電子スピン共鳴)装置による測定>
次に、図9〜図12を参照して、図1で調製した本例のカーボン触媒ND1400シリーズ及びND1600シリーズの各試料について3200〜3500ガウスに現れるX−バンドESR(Electron Spin Resonance)装置で測定した結果について説明する。
このESR強度(ESR Intensity)は、マイクロ波の吸収強度を表わしており、図9〜図12では任意の単位(a.u.)を用いている。
図9は、ESRスペクトルよりパラメータWを求める手法を説明するための図であり、磁界強度(Gauss)に対するESR強度(ESR Intensity)を表している。ここでは、この測定で常用されている微分波形を用いている。この微分波形の正または負の波形は、その成分が単一の原因に由来するのであれば、極性が反転しているだけで同形状(点対称)である。したがって、正又は負の何れか一方の波形を調べ、その振幅値が半分になる部分の磁界の幅を測定した。この磁界の幅は、本発明のカーボン触媒を記述する上で、極めて意味のある値なので、この磁界の幅を「パラメータW」と定義して、以後用いることとする。
【0052】
ESRで測定された微分波形は、炭素と窒素の結合、もしくは炭素と炭素の結合が解裂して形成された欠陥部分に残るラジカルがマイクロ波を吸収した結果、得られる波形であると考えられる。例えば、グラファイト系では、グラファイトのエッジ面に酸素が吸着して、その部分が最も反応活性が高くなっていることが知られており、本例のカーボン触媒についても同様の構造になっていると推定される。換言すれば、本例のカーボン触媒では、ESRで測定された微分波形が結合の欠陥を示すインジケータとなる。つまり、電子のスピンがペアとなって存在していないラジカルが、マイクロ波を吸収するので、このスピンを探すことで炭素構造中もしくはその表面に欠陥があることが分かるのである。そして、この欠陥に酸素が吸着するため、酸素還元活性が強くなるものと考えられる。
【0053】
図10(A)〜(F)は、図1で調製した本例のカーボン触媒の試料ND1400シリーズについて、窒素未ドープ、窒素処理温度400℃、600℃、900℃、1000℃、1100℃の各試料のESRを測定した結果を示した図である。
図10(A)の窒素未ドープ試料ND1400、図10(B)の窒素処理温度ND1400N400におけるパラメータWは、比較的広くなっているのに対し、窒素処理温度を600℃以上に上げたND1400N600〜ND1400N1100の試料(図10(C)〜(F))のパラメータWは、ND1400、ND1400N400の試料に比べて狭くなっていることが認められる。
【0054】
同様に、図11(A)〜(F)は、図1で調製した本例のカーボン触媒の試料ND1600シリーズについてESRを測定した結果を示している。図11(A)〜(F)も、それぞれ窒素未ドープ、窒素処理温度400℃、600℃、900℃、1000℃、1100℃の各試料に対応している。図11のND1600シリーズの試料でも図10のND1400シリーズの試料ほど明らかではないが、同様な結果が認められる。
【0055】
図12(A)、(B)は、それぞれND1400シリーズとND1600シリーズのカーボン触媒について、横軸にパラメータW(単位はガウス:Gauss)をとり、縦軸に酸素還元開始電位(V vs. NHE)をプロットした図である。図12(C)は、図12(A)、(B)を合成した図である。図12(A)から分かることは、ND1400シリーズでは、窒素未ドープと窒素処理温度400℃(N400)では、パラメータWは約17〜18ガウスであり、酸素還元開始電位も0.4V程度で低くなっている。それに対して、窒素処理温度600℃、900℃、1000℃、1100℃の各試料では、パラメータWは8〜11ガウスと狭くなっており、酸素還元開始電圧も0.6〜0.7V付近まで高くなっていることが分かる。
【0056】
図12(B)に示すND1600の試料では、窒素未ドープと窒素処理温度400℃(N400)では、パラメータWは約13ガウスであり、酸素還元開始電位も0.4V程度で低い。それに対して、窒素処理温度600℃、900℃、1000℃、1100℃の各試料では、パラメータWは8〜10ガウスと狭くなっており、酸素還元開始電位も0.5〜0.7Vと高くなっている。特に窒素処理温度が900℃、1000℃、1100℃のものは、酸素還元開始電位が約0.7Vとなり、窒素未ドープの試料に比べ、高い値を示していることが分かる。
【0057】
既に説明したように、ND1400シリーズ、ND1600シリーズとも各試料においてESRのパラメータWが異なるということは、カーボン触媒を構成する炭素と窒素を含む炭素構造もしくはその表面の欠陥の状態が異なっていることに依存すると考えられる。このことは、発明者等が調製したND1400シリーズ、ND1600シリーズのカーボン触媒が、従来法で調製されたカーボン触媒とは異なる構造欠陥を有する新規なカーボン触媒であることを意味するといえる。
【0058】
すなわち、図1及び図2に示した本例の調製法によって生成されたカーボン触媒ND1400 シリーズ及びND1600シリーズの試料は、上述したそれぞれの実験例の測定結果を見る限り、従来存在していなかった新規なカーボン触媒であるといってよい。換言すれば、図3で示したように、酸素還元開始電位(酸素還元活性)が、金属を用いて調製したナノシェル構造の従来品と匹敵する本例のカーボン触媒は、図12に示すように、ESRのパラメータWが11ガウス以下とすることで特定することが可能である。
【0059】
<3.燃料電池の電極触媒への応用>
本例のカーボン触媒は、燃料電池のカソード触媒層として利用される。図13は、燃料電池の基本的な構成を示したものである。
燃料電池10は、燃料極(アノード)20と、空気極(カソード)30と、電解質物質40とから構成される。燃料極20は、通常白金で形成されるアノード触媒21とそれを支えるための多孔質導電性支持層22からなり、空気極30は、カソード触媒31と多孔質導電性支持層32からなる。アノード20とカソード30との間に負荷50が接続されている。また、燃料極(アノード)20と空気極(カソード)30の外側にはセパレータ60が設けられている。
【0060】
このように構成された燃料電池の燃料極(アノード)20には、図に示すように水素(H)が供給され、アノード触媒21において、水素が電子を放出して水素イオンとなる。電子は、負荷(電気回路)50を経由して空気極(カソード)30に移動する。一方、水素イオンは電解質物質40中を空気極(カソード)30に向かって移動し、空気極(カソード)30で、酸素及び負荷を通して移動してくる電子と結合して水を生成する。
本例のカーボン触媒は、主として、空気極(カソード)30側のカソード触媒として利用されて好適なものである。
【0061】
以上、発明者等が調製したカーボン触媒が、従来の金属を利用して作製したナノシェル構造のカーボン触媒と同等の酸素還元活性を呈することを、いくつかの実験を通して証明してきた。本発明のカーボン触媒の構造は具体的に特定できる段階ではないが、金属を使わない点で従来のカーボン触媒と同等な活性を得ることができた点で、燃料電池を始め多用途に応用することができると考えられる。
【符号の説明】
【0062】
1、4・・・ガラス容器、2・・・電解液(硫酸水溶液)、3・・・作用極(ディスク電極)、3a・・・リング電極、5・・・参照極(Ag/AgCl)、6・・・対極(白金)、7・・・ガス導入口、8・・・ガス排出口、20・・・燃料極(アノード)、30・・・空気極(カソード)、40・・・電解質物質


【特許請求の範囲】
【請求項1】
3200〜3500ガウスに現れるX−バンド電子スピン共鳴スペクトルのパラメータWが11ガウス以下であるカーボン触媒。
【請求項2】
炭素構造の中に欠陥を有する、請求項1に記載のカーボン触媒。
【請求項3】
X線光電子分光装置により炭素中の窒素割合を測定したとき、炭素に対する窒素割合が4%以下となる、請求項1または2に記載のカーボン触媒。
【請求項4】
標準水素電極に対する0.05Vの電流値と標準水素電極に対する0.6Vの電流値との比が、1.3以下である、請求項1〜3のいずれかに記載のカーボン触媒。
【請求項5】
ナノダイヤモンドを出発原料として約1400℃〜1600℃まで加熱処理し、ナノオニオン構造としたナノダイヤモンドに600℃以上で窒素処理をして調製した請求項1〜4のいずれかに記載のカーボン触媒。
【請求項6】
ナノダイヤモンドを出発原料として約1000℃まで加熱する第一の加熱工程と、
前記加熱したナノダイヤモンドを、更に高温に昇温して1400℃〜1600℃まで加熱し、ナノオニオン構造のナノダイヤモンドを得る第二の加熱工程と、
前記第二の加熱工程の後に、前記ナノダイヤモンドに600℃以上の温度で、アンモオキシデーションにより窒素処理をして調製する工程と、を含む
カーボン触媒の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載のカーボン触媒を用いた燃料電池のカソード触媒層。
【請求項8】
請求項7に記載のカソード触媒層をカソードに用いた燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−245456(P2012−245456A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−118279(P2011−118279)
【出願日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年11月30日 炭素材料学会発行「第37回 炭素材料学会年会 要旨集」
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】