説明

ガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計

【課題】気化体積が大きい溶媒を含む試料と高沸点成分を主成分とする試料の両者を再現性よく測定する。
【解決手段】気化体積が大きい溶媒を含む試料を分析する場合に、ハウジング1とヒータブロック22の間の上方に設けられた空隙が、ヒータの熱をインサート2上部に伝わり難くすることで、気化する試料の体積がインサート2内部の体積を超えることを防ぐことが可能になり、気化体積が大きい溶媒を含む試料を再現性よく分析できる。一方、高沸点成分を主成分とする試料を測定する場合、空隙に熱伝導スペーサ32を装着して分析を行うことで、空隙の部分のヒータブロック22とハウジング1間の熱伝導がよくなり、高沸点成分を主成分とする試料の高沸点成分の気化を促進することができ、高沸点成分を主成分とする試料を再現性よく分析することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計の特にその試料気化室に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ用試料気化室で、スプリット分析を行う場合、試料気化室の中に設けられたインサートの内部にマイクロシリンジで試料を注入し、前記インサートの中で試料を気化する。そして、気化された試料の一部はキャピラリカラムに導入され、クロマトグラフ分析にかけられるが、残りの試料はスプリットベントを経て廃棄される。
【0003】
この場合、分析の再現性を高めるためには、インサート内での気化の状態を一定にする必要がある。そこで、従来から、インサート内にシリカウールを詰めることにより、インサート内での気化の状態を一定にし、分析の再現性を高めることが行われている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10‐073577号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、アセトンやメタノール等の気化体積が大きい溶媒を含む試料を分析する場合は、インサートへ注入された試料の気化体積がインサート内部の体積を超えてしまうことがあり、クロマトグラム分析におけるピーク面積とピーク高さの再現性が悪くなってしまう。そのため、試料の気化を抑えるために、インサートの温度を部分的に低くすることが求められる。
【0006】
一方、部分的にインサートの温度をヒータの温度より低くした場合、溶媒で希釈せずに分析を行う精油類などの高沸点成分を主成分とする試料をインサート内で気化しようとした場合、マイクロシリンジからインサートへ注入した試料の高沸点成分が気化されずに、試料がインサート内に残留してしまい、当該試料の分析の再現性低下を招くと共に、次の試料をインサートに注入し、気化しようとした時に、残留した試料が影響を与え、キャリーオーバーとして検出されてしまう。
【0007】
よって、従来技術では、気化体積が大きい溶媒を含む試料と高沸点成分を主成分とする試料の両者を高い再現性で測定できる試料気化室がなかった。そこで、本発明においては、気化体積が大きい溶媒を含む試料と高沸点成分を主成分とする試料の両者を再現性よく測定することができるガスクロマトグラフ又はガスクロマトグラフ質量分析計の試料気化室を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するためになされた発明は、インサートが挿入されたハウジングと、前記ハウジングを加熱するためのヒータブロックを有する試料気化室を備えたガスクロマトグラフにおいて、前記ハウジング及び前記ヒータブロックの前記インサートへの試料導入側であって、前記ハウジングと前記ヒータブロックの間に設けられた空隙と、前記空隙に挿入可能な形状であって、前記ヒータブロックから発生した熱を前記ハウジングへ伝導する着脱可能な熱伝導スペーサを備えたことを特徴とするガスクロマトグラフである。
【発明の効果】
【0009】
前記発明によれば、ハウジングとヒータブロックの間に空隙を設けることにより、ハウジングとヒータブロックの間に空気層を形成し、ヒータの熱をインサート上部に伝わり難くすることで、インサート上部の温度をヒータの温度よりも低くすることが可能になる。そのため、試料の気化を抑えることができ、気化体積が大きい溶媒を含む試料を再現性よく分析することができる。
【0010】
一方、高沸点成分を主成分とする試料を測定する際は、空隙に熱伝導スペーサを装着することで、空隙が設けられた部分のヒータブロックとハウジング間の熱伝導を向上させ、空隙が設けられたことにより生じたインサート上部における温度低下を抑える。そして、空隙を設けた場合でも、試料の高沸点成分が気化されずにインサート内に残留することを防止することが可能になる。そして、当該試料の分析の再現性低下を防ぐと共に、キャリーオーバー防ぐことが可能になり、高沸点成分を主成分とする試料を再現性よく分析することが可能になる。
【0011】
以上のようにして、気化体積が大きい溶媒を含む試料と高沸点成分を主成分とする試料の両者を再現性よく測定することができるガスクロマトグラフの試料気化室を提供することが可能になる。
【0012】
気化体積が大きい溶媒を含む試料の分析のみを行うユーザに対しては、空隙に熱伝導スペーサを装着しない状態でガスクロマトグラフを提供し、一方、高沸点成分を主成分とする試料の分析のみを行うユーザに対しては、空隙に熱伝導スペーサを装着した状態でガスクロマトグラフを提供すれば、熱伝導スペーサを着脱するだけで、他の部品の設計を変更すること等を行わずに、両ユーザに対して、気化体積が大きい溶媒を含む試料又は高沸点成分を主成分とする試料の分析の再現性がよいガスクロマトグラフを提供することが可能になり、コスト面や管理面で優れたガスクロマトグラフを製造することができる。
【0013】
また、気化体積が大きい溶媒を含む試料と高沸点成分を主成分とする試料の双方を分析するユーザに対しては、分析対象の試料の性質によって、ユーザ自身で熱伝導スペーサの着脱を行うことにより、気化体積が大きい溶媒を含む試料及び高沸点成分を主成分とする試料の両者を再現性よく測定することができるガスクロマトグラフを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るガスクロマトグラフの試料気化室の熱伝導スペーサを取り外した状態の概略図である。
【図2】本発明に係るガスクロマトグラフの試料気化室の熱伝導スペーサを取り外した状態のインサート内部の温度分布図である。
【図3】本発明に係るガスクロマトグラフの試料気化室の熱伝導スペーサを装着した状態の概略図である。
【図4】本発明に係るガスクロマトグラフの試料気化室の熱伝導スペーサを装着した状態のインサート内部の温度分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係るガスクロマトグラフの実施形態について説明する。図1は、本発明に係るガスクロマトグラフのスプリット/スプリットレス試料気化室の概略図である。
【0016】
ガスクロマトグラフの試料気化室には、ハウジング1が設けられている。ハウジング1には、インサート2を挿入し、インサート2の中で試料の気化を行う。また、試料気化室上部にはキャリアガス供給管61が備えられており、キャリアガス供給管61から供給されたキャリアガスのうち、一部はキャピラリカラム4に入るが、残りは、ハウジング1の内壁とインサート2の外壁に設けられた隙間を通って、スプリットベント5から系外に流出する。インサート2の材料にはパイレックスガラスや石英ガラス等が用いられる。
【0017】
また、ハウジング1は、ヒータブロック22を介して、ヒータ21により適切な温度(例えば、250℃)に熱される。
【0018】
このようにして、ハウジング1は、インサート2のケースとしての役割、スプリットベント5へ流入通路を形成する役割、ヒータ21で発生した熱をインサート2へ伝熱する役割を果たすものである。
【0019】
また、分析する試料がマイクロシリンジ6に入れられた上で、マイクロシリンジ6のニードル7がセプタム8を貫いて、ニードル7の先端がインサート2内部に導入される。そして、マイクロシリンジ6のニードル7の先端から試料が吐出され、その直下に配置されているシリカウール9の中で均一に気化される。気化された試料は、キャリアガスの流れに乗って一部がキャピラリカラム4に導入され、残りはスプリットベント5から系外へ流出する。
【0020】
本願発明は、以上のようなガスクロマトグラフの試料気化室において、ハウジング1及びヒータブロック22のインサート2への試料導入側であって、ハウジング1とヒータブロック22の間に設けられた空隙31を設けることによって、空気層を形成し、ヒータ21の熱をインサート2上部に伝わり難くする。このようにして、インサート2上部の温度をヒータ21の温度よりも低くすることを可能にする。
【0021】
空隙31は、ハウジング1とヒータブロック22の間に空気層を形成し、ヒータ21の熱をインサート2上部に伝わり難くすることにあるため、その厚さは空気層を形成できる程度の厚みであれば、特に限定されない。例えば、インサート2の長さが100mmの場合に、空隙31の厚さが0.5mm程度であっても十分に伝熱を抑えることが可能である。また、空隙31の場所は、ハウジング1及びヒータブロック22のインサート2への試料導入側であれば、特に限定されない。
【0022】
空隙31の高さは、気化室で気化する試料を抑えるために、インサート内の温度を低下させる必要がある部分の大きさに比例して、空隙31の高さも比例するため、特に限定されない。例えば、インサート2の長さが100mmの場合に、空隙31の高さが10mm程度であっても十分に試料の気化量を抑えることができる。
【0023】
以上から、空隙31を設けることによって、インサート2上部の温度が低下するため、試料気化室に注入した試料の気化体積を抑えることができる。そして、アセトン、メタノール等の気化体積が大きい溶媒を含む試料を分析する場合に、気化する試料の体積が、インサート2内部の体積を超えることを防ぐことが可能になる。
【0024】
この場合の、インサート2内部の温度分布は図2に示す通りになる。ヒータブロックの温度分布41と熱伝導スペーサ非装着時のインサート内部の温度分布42を比べると、空隙31が設けられたことによって、熱伝導スペーサ非装着時のインサート内部の温度分布42におけるインサート2上部の部分が、ヒータブロックの温度分布41より低くなっている。なお、ヒータの温度は、中心部が高く、中心から上端及び下端にいくに従って低下するものが多いため、図2においても両端部分の温度は中心と比べて低くなっている。
【0025】
一方、高沸点成分を主成分とする試料の分析を行う場合に、空隙31を設けてインサート2の温度を部分的に低下させた状態で、インサート2へ試料を注入すると、注入された試料の高沸点成分が気化されずに、インサート2内に残留してしまい、当該試料の分析再現性の低下を招くと共に、次の試料をインサート2に注入し、気化しようとした時に、残留した試料が影響を与え、キャリーオーバーとして検出されてしまう。
【0026】
そこで、本願発明においては、図3に示すように、高沸点成分を主成分とする試料を測定する際は、空隙31に熱伝導スペーサ32を装着して分析を行う。空隙31に熱伝導スペーサ32を装着すると、空隙31の部分のヒータブロック22とハウジング1間の熱伝導がよくなり、空隙を設けたことにより生じたインサート2上部における温度低下を抑えることができる。
【0027】
熱伝導スペーサ32の形状は、ハウジング1とヒータブロック22の間に設けられた空隙31に挿入することができる形状であれば、特に限定されることはない。但し、加工のし易さを考えると、空隙31の形状は円筒形であることが一般的であると考えられることから、熱伝導スペーサ32の形状も円筒形であることが一般的であると考えられる。
【0028】
熱伝導スペーサ32の材料は、空気より熱伝導性の良い物質であれば、材料は特に限定されない。例えば、金属は熱伝導率が高いため、ステンレスやアルミニウム等を用いることが考えられる。
【0029】
しかし、ハウジング1と熱伝導スペーサ32の材質に同じ材質を選択してしまうと、空隙31に熱伝導スペーサ32を挿入した場合に、熱伝導スペーサ32とハウジング1の接触面が溶着する可能性があるため、熱伝導スペーサ32とハウジング1は違う材料を選択することが望ましい。
【0030】
上記のように、空隙31に熱伝導スペーサ32を装着することにより、インサート2上部の温度を、空隙31を設けていない場合と同程度まで上昇させることができ、高沸点成分を主成分とする試料の高沸点成分の気化を促進することができ、試料の高沸点成分がインサート2内に残留することを防止することができる。そのため、当該試料の分析の再現性低下を防ぐと共に、キャリーオーバーを防ぐことが可能になり、高沸点成分を主成分とする試料を再現性よく分析することが可能になる。
【0031】
この場合の、インサート2内部の温度分布は図4に示す通りになる。熱伝導スペーサ非装着時のインサート内部の温度分布42と熱伝導スペーサ装着時のインサート内部の温度分布43を比べると、熱伝導スペーサ非装着時のインサート内部の温度分布42において、空隙31を設けたことにより低下していたインサート2上方の温度が、熱伝導スペーサ装着時のインサート内部の温度分布43では、ヒータブロックの温度41に近づいている。よって、空隙31を設け熱伝導スペーサ32を装着していない場合と比べ、熱伝導スペーサ32を装着した方が、インサート2上方の温度が上昇している。
【0032】
このようにして、インサート2のハウジング1とヒータブロック22の間の上方に、空隙31を設けた試料気化室を備えたガスクロマトグラフにおいて、気化体積が大きい溶媒を含む試料を分析する場合は、空隙31から熱伝導スペーサ32を取り外した状態で分析を行い、高沸点成分を主成分とする試料を分析する場合は、空隙31に熱伝導スペーサ32を装着した状態で分析を行うことにより、気化体積が大きい溶媒を含む試料及び高沸点成分を主成分とする試料の両方を再現性よく分析することが可能になる。
【0033】
特に、スプリット分析のように精度の高い分析法には分析の再現性が求められるため、本発明の効果は大きいが、本発明は、スプリットレス分析等の他の分析法においても用いることが可能である。
【0034】
また、これまでガスクロマトグラフに用いる試料気化室の説明を行ってきたが、本発明に係る試料気化室はガスクロマトグラフ質量分析計の試料気化室に用いることも可能である。
【符号の説明】
【0035】
1 ハウジング
2 インサート
3 Oリング
4 キャピラリカラム
5 スプリットベント
6 マイクロシリンジ
7 ニードル
8 セプタム
9 シリカウール
21 ヒータ
22 ヒータブロック
31 空隙
32 熱伝導スペーサ
41 ヒータブロックの温度分布
42 熱伝導スペーサ非装着時のインサート内部の温度分布
43 熱伝導スペーサ装着時のインサート内部の温度分布
61 キャリアガス供給管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インサートが挿入されたハウジングと、前記ハウジングを加熱するためのヒータブロックを有する試料気化室を備えたガスクロマトグラフにおいて、
前記ハウジング及び前記ヒータブロックの前記インサートへの試料導入側であって、前記ハウジングと前記ヒータブロックの間に設けられた空隙と、
前記空隙に挿入可能な形状であって、前記ヒータブロックから発生した熱を前記ハウジングへ伝導する着脱可能な熱伝導スペーサを備えたことを特徴とするガスクロマトグラフ。
【請求項2】
請求項1に記載されたガスクロマトグラフを備えたことを特徴とするガスクロマトグラフ質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−217078(P2010−217078A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−65806(P2009−65806)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】