説明

ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を組み合わせた複合溶接方法およびその複合溶接機

【課題】多電極のガスシールドアーク溶接と多電極のサブマージアーク溶接とを組み合わせて鋼板を溶接するにあたって、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接の電流密度をそれぞれ適正範囲に維持して、HAZの靭性劣化を防止し、かつ施工能率に優れた複合溶接方法およびその複合溶接機を提供する。
【解決手段】鋼板の突き合わせ部にガスシールドアーク溶接を行ない、その後方でサブマージアーク溶接を行なう複合溶接方法およびその複合溶接機において、ガスシールドアーク溶接を2電極以上で行なうとともにガスシールド第1電極でワイヤ径1.4mm以上の溶接用ワイヤを使用しかつガスシールド第1電極の電流密度を320A/mm2以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接とを組み合わせて鋼板の溶接を行なう複合溶接方法およびその複合溶接機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にサブマージアーク溶接は、溶接電流を大きく設定して1パスで溶接を行なう大入熱溶接が可能であるから、施工能率の良い溶接技術である。しかも溶融メタルがスラグによって保護されるので、窒素や酸素の混入が抑制され、かつ安定したアークが得られるという利点がある。そのため溶接欠陥が抑制され、機械的性質に優れた良好な溶接金属が得られるので、様々な分野(たとえば造船,建築,土木等)で広く普及している。
【0003】
近年、溶接構造物の大型化に伴って、サブマージアーク溶接を施す鋼板の厚さが増大する傾向にあり、さらなる大入熱の溶接技術が求められている。
ところが溶接時の入熱量が増加すると、溶接熱影響部(以下、HAZという)の靭性が劣化するので、溶接継手部の十分な性能が得られない。多層溶接を行ない、入熱量を分割することによってHAZの靭性劣化を防止することは可能であるが、サブマージアーク溶接の能率が著しく低下する。そこでサブマージアーク溶接とガスシールドアーク溶接を併用することによって、HAZの靭性劣化を防止しかつ溶接施工の能率を向上させる技術が検討されている。
【0004】
たとえば特許文献1〜7には、同一溶接線上でガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を行なうことによって、HAZの靭性劣化の防止と溶接施工の能率の向上を両立させる技術が開示されている。しかしこれらの技術では、ガスシールドアーク溶接のシールドガスがArを主体とする不活性ガスを使用しているために、アーク圧力による掘り下げ力が弱く、深い溶込みが得られ難いこと、あるいはガスシールドアーク溶接の電流密度が小さいので、深い溶込みが得られないために、鋼板の厚さ方向への入熱の分割効果が十分に得られず、HAZの靭性向上を達成できない。
【0005】
また、特許文献5では、ガスシールドアーク溶接の電極に3〜6.4mmの太径の溶接用ワイヤを採用しているので、電流密度が低くて、アーク圧力が低下し、溶込み深さが減少するという問題があった。
特許文献6では、ガスシールドアーク溶接の電極を溶接進行方向に対して直角方向に振動させるので、アーク圧力が低下し、溶込み深さが減少するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭58-32583号公報
【特許文献2】特開平3-81070号公報
【特許文献3】特開昭60-15067号公報
【特許文献4】特開昭59-30481号公報
【特許文献5】特開昭54-10263号公報
【特許文献6】特開昭53-13024号公報
【特許文献7】特開昭53-119240号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、多電極のガスシールドアーク溶接と多電極のサブマージアーク溶接とを組み合わせて鋼板を溶接するにあたって、ガスシールドアーク溶接の溶込みを深くして、ガスシールドアーク溶接の熱量を鋼板の板厚方向深くへ投入し、サブマージアーク溶接の熱量を表層側へ投入して分割することで、ガスシールドアーク溶接と後方のサブマージアーク溶接の入熱を板厚方向に分割し、HAZ組織の微細化を図ることにより、HAZの靭性劣化を防止し、かつ施工能率に優れた複合溶接方法とその複合溶接を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接とを組み合わせた複合溶接において、HAZの靭性劣化を防止する技術について調査検討した。その結果、
(a)ガスシールドアーク溶接の第1電極の電流密度を高めて、アーク圧力を強くして溶込み深さを大きくすることで、ガスシールドアーク溶接の熱量を鋼板の板厚方向へ深く投入し、サブマージアーク溶接の熱量を表層側に投入して分割することで、HAZの靭性劣化を防止する。
【0009】
しかしながら、このようにガスシールドアーク溶接の溶込みを深くすると、ガスシールドアーク溶接によって形成された溶接金属は板厚方向に伸長したビード断面形状になり、高温割れ発生の危険性が著しく高まる。
そこで、
(b)ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極とサブマージアーク溶接の第1電極との鋼板表面位置における溶接用ワイヤの中心間距離(以下、電極間距離という)を近接させることにより、ガスシールドアーク溶接により形成される溶接金属の凝固方向を上向きに制御し高温割れを抑制する、
(c)サブマージアーク溶接の第1電極の電流密度を高めて、アーク圧力を強くして溶込み深さを大きくすることで、ガスシールドアーク溶接の溶接金属の上方に発生する高温割れを再溶融することによって、高温割れのない高品質の溶接部を得る、
(d)また、溶込みが深く、細長く伸長したガスシールドアーク溶接の溶接金属は凝固速度が速く、ブローホールが発生し易いが、多電極とすることにより、溶融池を溶接方向に長い形状としてガスが浮上するための時間を確保することでブローホール等の溶接欠陥を抑制する。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
すなわち本発明は、鋼板の突き合わせ部にガスシールドアーク溶接を行ない、その後方でサブマージアーク溶接を行なう複合溶接方法において、ガスシールドアーク溶接を2電極以上で行なうとともにガスシールドアーク溶接の第1電極でワイヤ径1.4mm以上の溶接用ワイヤを使用しかつ第1電極の電流密度を320A/mm2以上とする複合溶接方法である。
【0011】
本発明の複合溶接方法においては、ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極とサブマージアーク溶接の第1電極との電極間距離を40〜100mmとすることが好ましい。また、サブマージアーク溶接を2電極以上で行なうとともにサブマージアーク溶接の第1電極の電流密度を75A/mm2以上とすることが好ましい。さらに、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極との電極間距離を30mm以下とすること、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極を異なる極性に設定すること、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極にそれぞれパルス電源を使用し、第1電極のピーク電流と前記第2電極のピーク電流を時間的にずらして供給すること、サブマージアーク溶接の第1電極に対するサブマージアーク溶接の第2電極の電流比を0.6〜0.8とすることが好ましい。
【0012】
また本発明は、同一溶接線上でガスシールドアーク溶接機を先頭に配置し、ガスシールドアーク溶接機の後方にサブマージアーク溶接機を配置した複合溶接機において、ガスシールドアーク溶接機が2電極以上を有し、ガスシールドアーク溶接機の第1電極でワイヤ径1.4mm以上の溶接用ワイヤを使用しかつ第1電極の電流密度を320A/mm2以上とする複合溶接機である。
【0013】
本発明の複合溶接機においては、ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極とサブマージアーク溶接の第1電極との電極間距離が40〜100mmであることが好ましい。また、サブマージアーク溶接が2電極以上を有し、サブマージアーク溶接の第1電極の電流密度が75A/mm2以上であることが好ましい。さらに、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極との電極間距離が30mm以下であること、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極が異なる極性であること、ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極がそれぞれパルス電源であり、第1電極のピーク電流と前記第2電極のピーク電流が時間的にずれていること、サブマージアーク溶接の第1電極に対するサブマージアーク溶接の第2電極の電流比が0.6〜0.8であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼板を溶接するにあたって多電極のガスシールドアーク溶接と多電極のサブマージアークを併用し、ガスシールドアーク溶接の第1電極とサブマージアーク溶接の第1電極の電流密度をいずれも増加させることによって、HAZの靭性劣化を防止し、かつ能率良く施工できる。しかも、溶接欠陥のない健全な溶接金属が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明を適用する開先形状の例を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明を適用した溶接継手部の例を模式的に示す断面図であり、シャルピー衝撃試験片の採取位置を示す図である。
【図3】本発明を適用して発生する溶融池の例を模式的に示す断面図である。
【図4】本発明を適用して発生する溶融池の例を模式的に示す平面図である。
【図5】本発明を適用する溶接機の例を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明では、鋼板の板厚方向への入熱を分割するためにガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用して、1パスで溶接を行なう。ただしサブマージアーク溶接をガスシールドアーク溶接よりも先行させると、溶融メタルの表面にフラックスとスラグが残留した状態で、後行のガスシールドアーク溶接を行なうことになり、ガスシールドアーク溶接におけるアークの発生が阻害される。そのため、図3,4に示すように、フラックスを使用せずスラグが発生しないガスシールドアーク溶接をサブマージアーク溶接よりも先行させ、ガスシールドアーク溶接の溶融メタル23が凝固する前にサブマージアーク溶接を行なう。
【0017】
ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接は、いずれも2本以上の電極(すなわち溶接用ワイヤ、たとえば図3,4に示す12,13,14,15)を使用する多電極のガスシールドアーク溶接および多電極(たとえば図3,4に示す16,17,18,19)のサブマージアーク溶接とする。ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接をいずれも多電極とすることによって、溶着速度を高め、溶接能率を高めるばかりでなく、溶融池23を溶接方向に長い形状としてガス24あるいは溶融スラグが浮上するための時間を確保することができるので、溶接金属21,22にブローホールやスラグ巻込みが発生するのを抑制できる。その結果、溶融メタル23が凝固した溶接金属21,22に溶接欠陥が発生するのを防止できる。また、鋼板の板厚方向への入熱を分割することによってHAZ30の組織の粗粒化を抑制し、HAZ30の靭性劣化を防止する効果も得られる。
【0018】
ガスシールドアーク溶接の電極(たとえば図3,4に示す12,13,14,15)とサブマージアーク溶接の電極(たとえば図3,4に示す16,17,18,19)は、図4に示すように、全て同一溶接線上に配置することが好ましい。その理由は、電極が溶接線から外れると、溶接線における入熱量が不足して溶融池内の溶接後方への湯流れが乱れて、様々な溶接欠陥が生じるばかりでなく、ビード形状の悪化を招くからである。
【0019】
先行するガスシールドアーク溶接では、HAZの靭性劣化を防止するために、鋼板の厚さ方向の入熱を分割させる必要があるので、溶込み深さを大きくする。そこで、多電極のガスシールドアーク溶接の第1電極12で使用する溶接用ワイヤのワイヤ径、およびそのガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度を規定する。なお、ガスシールドアーク溶接の第1電極12は、ガスシールドアーク溶接の複数の電極のうち、進行方向の先頭に配置される電極を指す。
【0020】
ガスシールドアーク溶接の第1電極12で使用する溶接用ワイヤ33のワイヤ径が1.4mm未満では、電流密度を高めることはできるが、溶接電流を高めることが困難で、アーク圧が低下して、十分な溶込み深さが得られない。したがって、ワイヤ径は1.4mm以上とする。一方、ワイヤ径が2.4mmを超えると、大電流を供給すれば過大な熱量が投入され、HAZ靭性が低下し、低い電流では電流密度が低下するので、十分な溶込み深さが得られない。したがって、ガスシールドアーク溶接の第1電極12で使用する溶接用ワイヤ33のワイヤ径は1.4〜2.4mmの範囲内が好ましい。
【0021】
また、ガスシールドアーク溶接の第1電極12に供給される溶接電流の電流密度が320A/mm2未満では、アーク圧力が低下して、十分な溶込み深さが得られない。したがって、電流密度は320A/mm2以上とする。電流密度が過剰に大きくなると、アーク圧力が強くなって溶込み深さが大きくなり、鋼板の厚さ方向に細長い溶融メタルが形成され、溶融メタル先端の凝固速度が速くなる。そのため、溶融メタル中に巻き込んだガス24が捕獲され、溶接金属にブローホールが発生し易くなる。本発明では多電極のガスシールドアーク溶接を採用するので、後続のガスシールドアーク溶接の第2電極13以降の入熱によって溶融メタル23の凝固速度や湯流れを調整することが可能となり、ブローホールの発生を抑制できる。しかし、ガスシールドアーク溶接の第1電極12に供給される溶接電流の電流密度が700A/mm2を超えると、アーク圧力が強すぎ、多電極のガスシールドアーク溶接であっても、溶融池23の動きが激しくなりすぎ、融合不良やブローホール等が生じたり、ビード不整になる。したがって、ガスシールドアーク溶接の第1電極12に供給される溶接電流の電流密度は320〜700A/mm2の範囲内が好ましい。ここで電流密度は、溶接用ワイヤ断面の単位面積あたりの溶接電流を指す。
【0022】
なお、本発明のガスシールドアーク溶接で用いるシールドガスは、特に限定しないが、アーク圧力が強く、深い溶込みが得られるCO2を主体とするガスが好ましい。また、アークを安定させるために、CO2にArを最大60体積%まで混合しても良い。したがって、シールドガスの組成は、CO2:100〜40体積%,残部Ar:0〜60体積%が好ましい。
また、ガスシールドアーク溶接で用いる溶接用ワイヤ33の種類は、特に限定しないが、用途に応じてソリッドワイヤやフラックスコアードワイヤを用いることができる。また、電極数は、鋼板の板厚や開先形状に応じて適宜選択でき、溶接の生産性や溶接品質の観点から2電極以上とする。電極の数の上限値は特に制限しないが、電極が大幅に増加すると、ガスシールドアーク溶接機が高価になり、複合溶接機の構成が複雑になるので、4電極以下が好ましい。
【0023】
また、先行するガスシールドアーク溶接の最後尾の電極と、後行の多電極のサブマージアーク溶接の第1電極16との電極間距離が40mm未満では、入熱を板厚方向に分割する効果が得られない。一方、電極間距離が100mmを超えると、ガスシールドアーク溶接によって生じた高温割れが溶解されず、溶接金属に残留する惧れがある。したがって、ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極とサブマージアーク溶接の第1電極16との電極間距離は40〜100mmの範囲内が好ましい。なお、サブマージアーク溶接の第1電極16は、サブマージアーク溶接の複数の電極のうち、進行方向の先頭に配置される電極を指す。
【0024】
また、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の電極間距離が30mmを超えると、第1電極12によって形成された溶接金属が第2電極13によっても溶解されないため、第1電極12によって形成された溶接金属に溶接欠陥が含まれる場合には、その溶接欠陥が溶接金属に残留する。したがって、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の電極間距離は30mm以下が好ましい。一方、電極間距離が8mm未満では、アーク25が磁気吹きで干渉して、様々な溶接欠陥が発生する原因となる。したがって、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の電極間距離は8〜30mmの範囲内が一層好ましい。
【0025】
ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の極性が同一である場合は、アーク25が互いに引き合うので、溶融メタル23が盛り上がって湯溜まりを形成し易くなる。この湯溜まりが揺動してガスシールドアーク溶接の第1電極12やガスシールドアーク溶接の第2電極13と不規則に接触するので、アーク25が不安定になる。これに対して、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の極性を逆にすればアーク25が互いに反発するので、溶融メタル23が押し込まれて湯溜まりを形成し難くなる。そこで、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13を異なる極性に設定することが好ましい。なお、ガスシールドアーク溶接の第1電極12を逆極性(すなわち電極を陽極)とし、ガスシールドアーク溶接の第2電極13を正極性(すなわち電極を陰極)とすれば、溶込み深さが大きくなる効果が得られるので一層好ましい。
【0026】
さらに、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13の極性が同一である場合は、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13にそれぞれパルス電源を使用し、それぞれのピーク電流(すなわち溶接電流)を時間的にずらして供給することが好ましい。その理由は、アーク25が互いに引き合う現象を抑制できるからである。
【0027】
このようにして多電極のガスシールドアーク溶接を行なうことによって、板厚方向に溶融メタル23を下部から上部へ順次凝固させることが可能となる。その溶融メタル23が完全に凝固する前にサブマージアーク溶接を行なって、溶接金属の高温割れを防止する。
ガスシールドアーク溶接の後行のサブマージアーク溶接では、溶接速度をガスシールドアーク溶接と同一に設定し、サブマージアーク溶接で、ガスシールドアーク溶接部の高温割れが発生し易い箇所まで、溶け込ませることが好ましい。したがって、ガスシールドアーク溶接機とサブマージアーク溶接機は、図5に示すように配置し、被溶接体37を搬送台車38に乗せて移動させながら溶接するのが好ましい。あるいは、被溶接体37を移動させない場合は、ガスシールドアーク溶接機とサブマージアーク溶接機を1つの搬送台車38に搭載して、複合溶接機を移動させながら溶接するのが好ましい(図示せず)。
【0028】
多電極のサブマージアーク溶接の第1電極16に供給される溶接電流の電流密度が75A/mm2未満では、アーク圧力が弱く、溶け込み深さが十分に得られないので、ガスシールドアーク溶接の溶接金属21の高温割れの発生を防止、あるいは、その高温割れを再溶融することによって、高温割れを防止する効果が十分に得られない。したがって、電流密度は75A/mm2以上とすることが好ましい。電流密度が過剰に大きくなると、溶け込みが深くなりすぎ、入熱が下方まで投入され、入熱分割効果が得られない。また、アーク圧力が高く、アーク後方の溶融メタルが激しく後方に流れ、溶融池23を振動させてスラグや開先表面の残留物を巻き込んで、フラックスやスラグが溶融メタル23に巻き込まれ、溶接金属に溶接欠陥が発生し易くなる。ただし多電極のサブマージアーク溶接を採用するので、後続のサブマージアーク溶接の第2電極17以降の入熱によって溶融メタル23の凝固速度を調整することが可能となり、溶接欠陥の発生を抑制できる。サブマージアーク溶接の第1電極16に供給される溶接電流の電流密度が350A/mm2を超えると、入熱分割効果が低減し、HAZ30の靱性が劣化する。したがって、サブマージアーク溶接の第1電極16に供給される溶接電流の電流密度は75〜350A/mm2の範囲内が好ましい。なお、サブマージアーク溶接の第1電極16は、サブマージアーク溶接の複数の電極のうち、進行方向の先頭に配置される電極を指す。
【0029】
サブマージアーク溶接の第1電極16に供給される溶接電流I1(A)とサブマージアーク溶接の第2電極17に供給される溶接電流I2(A)で算出されるI2/I1値(以下、電流比という)が0.6未満では、スラグ巻込み等の溶接欠陥が発生し易くなる。一方、0.8を超えると、やはりアンダーカット等の溶接欠陥が発生し易くなる。したがって、電流比は0.6〜0.8の範囲内が好ましい。
【0030】
なお、ここで、本発明のサブマージアーク溶接で用いるフラックス36は、特に、限定しないが、フラックス36として溶融型フラックスあるいは、焼成型フラックス等が使用できる。特に、低温靱性を重視する場合はフラックス36として、CaOやCaF2を多く含む塩基性フラックスが好ましい。また、溶接ワイヤ34については、特に限定しない。用途に応じて、ソリッドワイヤやフラックスコアードワイヤを用いることができる。また、溶接の電極数は、鋼板の板厚や開先形状により適宜選択でき、溶接の施工能率や溶接品質の観点から2電極以上が好ましい。サブマージアーク溶接の電極数の上限に制限は無いが、電極数が増えると、サブマージアーク溶接装置が高価になり、溶接装置の構成が複雑になるので、4電極以下が好ましい。
【0031】
以上に説明した通り、本発明では、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用して入熱を鋼板の板厚方向に分割することによって、HAZ30の靭性劣化を防止する。しかも1パスで溶接を行なうことが可能であるから、施工能率の優れた溶接技術である。
さらに本発明は、溶接欠陥の発生を抑制する効果も有する。したがって、健全な溶接継手が得られる。
【実施例】
【0032】
<実施例1>
表1に示す成分の鋼板を突き合わせて溶接を行なった。開先形状は図1に示す通りであり、開先角度5,6、開先深さ7,8、開先面積9,10,ルートフェイス11を表4に示す。鋼板1の厚さ4は25mm,33mm,38mmとした。厚さ4が異なる3種類の鋼板1の降伏強さは620〜650MPa,引張強さは710〜740MPaであった。
【0033】
【表1】

【0034】
バッキングサイド2の溶接には本発明を適用せず、3電極のサブマージアーク溶接を行なった。その溶接条件を表2に示す。溶接用ワイヤ34は、表3に示すもののうち、ワイヤ径が4.0mmの溶接用ワイヤ34を使用した。フラックス36は、CaO−CaF2−SiO2−Al23を主成分とする塩基性の溶融型のフラックスを使用した。
【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【0037】
【表4】

【0038】
フィニッシングサイド3には本発明を適用して、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用して1パスの溶接を行なった。先行するガスシールドアーク溶接の溶接条件を表5に示し、後行のサブマージアーク溶接の溶接条件を表6に示す。なお、ガスシールドアーク溶接では、シールドガスとして100体積%CO2を流量25liter/分で使用し、ガスシールドアーク溶接の第1電極12を逆極性,ガスシールドアーク溶接の第2電極13を正極性とした。溶接が終了した後、フィニッシングサイド3のHAZ30から試験片28(JIS規格Z2202(1980)のVノッチシャルピー衝撃試験片)を採取して、−40℃でシャルピー衝撃試験を行なった。その結果を表6に併せて示す。図2にシャルピー衝撃試験片28の採取位置(鋼板表面から板厚方向に2mm)を示す。なお、ノッチ位置29は、母材(HAZを含む)と溶接金属が1:1の割合で存在する位置とした。
【0039】
表5中の電極間距離は、先行するガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13との間隔,ガスシールドアーク溶接の第2電極13とガスシールドアーク溶接の第3電極14との間隔,ガスシールドアーク溶接の第3電極14とガスシールドアーク溶接の第4電極15との間隔を指す。表6中の電極間距離は、先行するガスシールドアーク溶接の最後尾の電極と、後行のサブマージアーク溶接の第1電極16と、の間隔を指す。
【0040】
また、表5中の鋼板の厚さは表4に対応し、それぞれの開先の寸法は表4に示す通りである。表5,6中のワイヤ径は表3に対応し、それぞれの溶接用ワイヤの成分は表3に示す通りである。
【0041】
【表5】

【0042】
【表6】

【0043】
発明例は、ガスシールドアーク溶接の第1電極12で使用する溶接用ワイヤのワイヤ径とガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度が、本発明の範囲を満足する例である。表6から明らかなように、発明例(すなわち溶接番号1〜3)は、鋼板1の強度や成分を勘案すると、極めて良好な靭性を有していた。
比較例のうち溶接番号4は、ガスシールドアーク溶接で使用した溶接用ワイヤのワイヤ径が1.2mmであったので、ガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度は十分であったが、溶接電流が低下して溶込み深さが減少した。そのため、サブマージアーク溶接の入熱を分割できず、HAZの靭性が低下した。また、サブマージアーク溶接の第1電極16の電流密度が不足したので、溶接金属に溶接欠陥が発生した。
【0044】
比較例のうち溶接番号5は、ガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度が不足したので、溶込み深さが減少した。そのため、サブマージアーク溶接を適正な条件で行なっても、HAZの靭性が低下した。
発明例の溶接番号6は、良好なHAZ靭性が得られた。しかし、ガスシールドアーク溶接の第1電極12と第2電極13の電極間距離が35mmと長いので、僅かではあるが小さなブローホールが認められた。
【0045】
発明例の溶接番号7は、良好なHAZ靭性が得られた。
次に、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13をいずれも逆極性として、溶接番号1と同じ条件で鋼板1の溶接を行なった。その場合は、ガスシールドアーク溶接におけるアークが不安定になった。そのため、サブマージアーク溶接では問題が生じなかったにも関わらず、溶接金属にブローホールが認められた。
【0046】
さらに、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13をいずれも逆極性とし、かつパルス電源を使用してガスシールドアーク溶接の第1電極12のピーク電流とガスシールドアーク溶接の第2電極13のピーク電流を時間的にずらして、溶接番号1と同じ条件で鋼板1の溶接を行なった。その場合は、ガスシールドアーク溶接におけるアークは安定しており、溶接金属にブローホールは発生しなかった。
【0047】
<実施例2>
表1に示す成分の鋼板を突き合わせて溶接を行なった。開先形状は図1に示す通りであり、開先角度5,6、開先深さ7,8、開先面積9,10,ルートフェイス11を表4に示す。鋼板1の厚さは25mm,33mm,38mmとした。厚さが異なる3種類の鋼板1の降伏強さは620〜650MPa,引張強さは710〜740MPaであった。
【0048】
バッキングサイド2の溶接には本発明を適用せず、3電極のサブマージアーク溶接を行なった。その溶接条件を表2に示す。溶接用ワイヤは、表3に示すもののうち、ワイヤ径が4.0mmの溶接用ワイヤを使用した。フラックスは、CaO−CaF2−SiO2−Al23を主成分とする塩基性の溶融型のフラックスを使用した。
フィニッシングサイド3には本発明を適用して、ガスシールドアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用して1パスの溶接を行なった。先行するガスシールドアーク溶接の溶接条件を表7に示し、後行のサブマージアーク溶接の溶接条件を表8に示す。なお、ガスシールドアーク溶接では、シールドガスとして100体積%CO2を流量25 liter/分で使用し、ガスシールドアーク溶接の第1電極12を逆極性,ガスシールドアーク溶接の第2電極13を正極性とした。溶接が終了した後、実施例1と同様に、フィニッシングサイド3のHAZから試験片を採取して、−40℃でシャルピー衝撃試験を行なった。その結果を表6に併せて示す。
【0049】
表7中の電極間距離は、先行するガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13との間隔,ガスシールドアーク溶接の第2電極13とガスシールドアーク溶接の第3電極14との間隔,ガスシールドアーク溶接の第3電極14とガスシールドアーク溶接の第4電極15との間隔を指す。表8中の電極間距離は、先行するガスシールドアーク溶接の最後尾の電極と、後行のサブマージアーク溶接の第1電極と、の間隔を指す。
【0050】
また、表7中の鋼板の厚さは表4に対応し、それぞれの開先の寸法は表4に示す通りである。表7,8中のワイヤ径は表3に対応し、それぞれの溶接用ワイヤの成分は表3に示す通りである。
【0051】
【表7】

【0052】
【表8】

【0053】
発明例は、ガスシールドアーク溶接の第1電極12で使用する溶接用ワイヤ33のワイヤ径とガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度が、本発明の範囲を満足する例である。表8から明らかなように、発明例(すなわち溶接番号8〜10,13,14)は、鋼板1の強度や成分を勘案すると、極めて良好な靭性を有していた。
比較例のうち溶接番号11は、ガスシールドアーク溶接で使用した溶接用ワイヤ33のワイヤ径が1.2mmであったので、ガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度は十分であったが、溶接電流が低下して溶込み深さが減少した。そのため、サブマージアーク溶接の入熱を分割できず、HAZ30の靭性が低下した。また、サブマージアーク溶接の第1電極16の電流密度が不足したので、溶接金属に溶接欠陥が発生した。
【0054】
比較例のうち溶接番号12は、ガスシールドアーク溶接の第1電極12の電流密度が不足したので、溶込み深さが減少した。そのため、サブマージアーク溶接を適正な条件で行なっても、HAZの靭性が低下した。
発明例の溶接番号13は、良好なHAZ靭性が得られた。しかし、ガスシールドアーク溶接の第1電極12と第2電極13の電極間距離が35mmと長いので、ブローホールの発生が僅かに認められた。
【0055】
次に、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13をいずれも逆極性として、溶接番号1と同じ条件で鋼板1の溶接を行なった。その場合は、ガスシールドアーク溶接におけるアークが不安定になった。そのため、サブマージアーク溶接では問題が生じなかったにも関わらず、溶接金属にブローホールが認められた。
さらに、ガスシールドアーク溶接の第1電極12とガスシールドアーク溶接の第2電極13をいずれも逆極性とし、かつパルス電源を使用してガスシールドアーク溶接の第1電極12のピーク電流とガスシールドアーク溶接の第2電極13のピーク電流を時間的にずらして、溶接番号1と同じ条件で鋼板1の溶接を行なった。その場合は、ガスシールドアーク溶接におけるアークは安定しており、溶接金属にブローホールは発生しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
鋼板を溶接するにあたってHAZの靭性劣化を防止し、かつ施工能率に優れた複合溶接方法およびその複合溶接機を得ることができ、産業上格段の効果を奏する。
【符号の説明】
【0057】
1 鋼板
2 バッキングサイド
3 フィニッシングサイド
4 鋼板の厚さ
5 開先角度
6 開先角度
7 開先深さ
8 開先深さ
9 開先面積
10 開先面積
11 ルートフェイス
12 ガスシールドアーク溶接の第1電極の溶接用ワイヤ
13 ガスシールドアーク溶接の第2電極の溶接用ワイヤ
14 ガスシールドアーク溶接の第3電極の溶接用ワイヤ
15 ガスシールドアーク溶接の第4電極の溶接用ワイヤ
16 サブマージアーク溶接の第1電極の溶接用ワイヤ
17 サブマージアーク溶接の第2電極の溶接用ワイヤ
18 サブマージアーク溶接の第3電極の溶接用ワイヤ
19 サブマージアーク溶接の第4電極の溶接用ワイヤ
20 バッキングサイドの溶接金属
21 ガスシールドアーク溶接の溶接金属
22 フィニッシングサイドの溶接金属
23 溶融メタル(溶融池)
24 ガス
25 アーク
26 開先底
27 開先エッジ
28 シャルピー衝撃試験片
29 ノッチ
30 溶接熱影響部(HAZ)
31 ガスシールドアーク溶接電極
32 サブマージアーク溶接電極
33 ガスシールドアーク溶接の溶接用ワイヤ
34 ガスシールドアーク溶接の溶接用ワイヤ
35 サブマージアーク溶接のフラックスホッパー
36 フラックス
37 被溶接体
38 搬送台車


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の突き合わせ部にガスシールドアーク溶接を行ない、前記ガスシールドアーク溶接の後方でサブマージアーク溶接を行なう複合溶接方法において、前記ガスシールドアーク溶接を2電極以上で行なうとともに前記ガスシールドアーク溶接の第1電極でワイヤ径1.4mm以上の溶接用ワイヤを使用しかつ前記第1電極の電流密度を320A/mm2以上とすることを特徴とする複合溶接方法。
【請求項2】
前記ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極と前記サブマージアーク溶接の第1電極との電極間距離を40〜100mmとすることを特徴とする請求項1に記載の複合溶接方法。
【請求項3】
前記サブマージアーク溶接を2電極以上で行なうとともに前記サブマージアーク溶接の第1電極の電流密度を75A/mm2以上とすることを特徴とする請求項1または2に記載の複合溶接方法。
【請求項4】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極との電極間距離を30mm以下とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の複合溶接方法。
【請求項5】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極を異なる極性に設定することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の複合溶接方法。
【請求項6】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極にそれぞれパルス電源を使用し、前記第1電極のピーク電流と前記第2電極のピーク電流を時間的にずらして供給することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の複合溶接方法。
【請求項7】
前記サブマージアーク溶接の第1電極に対する第2電極の電流比を0.6〜0.8とすることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の複合溶接方法。
【請求項8】
同一溶接線上でガスシールドアーク溶接機を先頭に配置し、前記ガスシールドアーク溶接機の後方にサブマージアーク溶接機を配置した複合溶接機において、前記ガスシールドアーク溶接機が2電極以上を有し、前記ガスシールドアーク溶接機の第1電極でワイヤ径1.4mm以上の溶接用ワイヤを使用しかつ前記第1電極の電流密度を320A/mm2以上とすることを特徴とする複合溶接機。
【請求項9】
前記ガスシールドアーク溶接の最後尾の電極と前記サブマージアーク溶接の第1電極との電極間距離が40〜100mmであることを特徴とする請求項8に記載の複合溶接機。
【請求項10】
前記サブマージアーク溶接が2電極以上を有し、前記サブマージアーク溶接の第1電極の電流密度が75A/mm2以上であることを特徴とする請求項8または9に記載の複合溶接機。
【請求項11】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極との電極間距離が30mm以下であることを特徴とする請求項8〜10のいずか一項に記載の複合溶接機。
【請求項12】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極が異なる極性であることを特徴とする請求項8〜11のいずれか一項に記載の複合溶接機。
【請求項13】
前記ガスシールドアーク溶接の第1電極と第2電極がそれぞれパルス電源であり、前記第1電極のピーク電流と前記第2電極のピーク電流が時間的にずれていることを特徴とする請求項8〜12のいずれか一項に記載の複合溶接機。
【請求項14】
前記サブマージアーク溶接の第1電極に対する第2電極の電流比が0.6〜0.8であることを特徴とする請求項8〜13のいずれか一項に記載の複合溶接機。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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