説明

ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】溶着金属中のNiの含有量が少ない場合においても、溶着金属に良好な低温靱性が得られ、溶接作業性が良好なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、ワイヤ全体で、ワイヤの全質量あたりC:0.03乃至0.07質量%、Si:0.10乃至0.50質量%、Mn:1.0乃至4.0質量%、Ti:0.06乃至0.30質量%、Ni:0.50乃至0.95質量%、Mo:0.01乃至0.30質量%、B:0.002乃至0.008質量%、F:0.05乃至0.40質量%、及びFe:85乃至93質量%を含有し、Alの含有量を0.05質量%以下に規制した組成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強さが490乃至670MPa級の鋼材の溶接に使用されるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、特に、良好な低温靱性を有する溶着金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギー開発はより寒冷の地域及び海域へと展開されており、これらの寒冷地域及び寒冷海域の構造物には、低温用鋼が使用されるに至っている。しかしながら、これらの寒冷地域及び寒冷海域の構造物には、従来の低温靭性の要求に加え、構造物の稼動地域及び海域における気象条件を加味した構造物設計が実施されるようになっており、より高靭性の鋼材が求められている。更には、溶接の高能率化及び脱技能化を目的として、この種の低温用鋼の溶接にフラックス入りワイヤの適用の要求が高まっている。
【0003】
このような低温靱性の要求に応えるべく、例えば特許文献1及び2のフラックス入りワイヤが提案されている。特許文献1には、フラックス入りワイヤにNiを0.30乃至3.00質量%含有させることにより、脆性破壊の遷移温度を低温側へと移行させ、これにより、溶着金属の低温靱性を向上させる技術が提案されている。この特許文献1に提案されたフラックス入りワイヤにおいては、Niを多量に含有することにより、例えば溶着金属中のNi量が1.0質量%を超えた場合に、耐硫化物応力腐食割れ性が低下するという問題点がある。この硫化物応力腐食割れは、硫化水素雰囲気中で顕著に発生するものであり、腐食反応により発生した水素が、硫化水素の存在によって鋼中に多量に侵入し、これにより発生する水素腐食割れの1形態であり、特に、溶接による熱影響部、最終溶接パス及び焼き戻しが施されていない取り付け溶接部の表面に顕著に発生する。従って、例えば石油パイプライン及びLPGタンク等の圧力容器の溶接において、得られる溶着金属中のNiは、例えばNACE(National Association of Corrosion Engineers、防食技術者協会)規格により、1.0質量%以下となるように規制されている。
【0004】
特許文献2には、フラックス入りワイヤにMnを1.5乃至3.0質量%、及びAlを0.07乃至0.20質量%含有させることにより、溶着金属の低温靱性を高めることが開示されている。この特許文献2のフラックス入りワイヤには、必要に応じて、Niが0.4乃至2.5質量%添加されることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−245066号公報
【特許文献2】特開2006−104580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の従来技術には以下のような問題点がある。上述の如く、特許文献1のフラックス入りワイヤは、Niを多量に含有することにより、例えば溶着金属中のNi量が1.0質量%を超えた場合に、耐硫化物応力腐食割れ性が低下する。
【0007】
特許文献2のフラックス入りワイヤは、Mn及びAlの添加により、溶着金属の低温靱性を向上させているが、フラックス入りワイヤ中のAl成分は、溶接時のスパッタ量を増加させてしまい、溶接作業性を劣化させるという問題点がある。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、溶着金属中のNiの含有量が少ない場合においても、溶着金属に良好な低温靱性が得られ、溶接作業性が良好なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮中にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、ワイヤ全体で、ワイヤの全質量あたりC:0.03乃至0.07質量%、Si:0.10乃至0.50質量%、Mn:1.0乃至4.0質量%、Ti:0.06乃至0.30質量%、Ni:0.50乃至0.95質量%、Mo:0.01乃至0.30質量%、B:0.002乃至0.008質量%、F:0.05乃至0.40質量%、及びFe:85乃至93質量%を含有し、Alの含有量を0.05質量%以下に規制した組成を有することを特徴とする。
【0010】
上述のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、前記フラックスは、ワイヤの全質量あたりTiO:4.5乃至8.5質量、ZrO:0.04乃至0.50質量%、SiO:0.10乃至0.50質量%、Al:0.02乃至0.80質量%、及びMg:0.20乃至0.70質量%を含有することが好ましい。
【0011】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、例えばワイヤ中のTi、Mo、F及びAlの含有量を夫々[Ti]、[Mo]、[F]及び[Al]としたときに、F及びAlの含有量の総量に対するTi及びMoの含有量の総量の比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5乃至2.5である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、得られる溶着金属中のNiの含有量が1.0質量%と小さく、この場合においても、他の成分の含有量を最適化することにより、溶着金属に良好な低温靱性が得られ、溶接作業性も良好である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】横軸にF及びAlの含有量の総量をとり、縦軸にTi及びMoの含有量の総量をとって、両者の関係を示す図である。
【図2】(a)乃至(d)は、フラックス入りワイヤの断面形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて、詳細に説明する。本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製の外皮中にフラックスを充填したものであり、ワイヤ径が1.0乃至2.0mmである。このフラックス入りワイヤは、ワイヤ全体で、ワイヤの全質量あたりC:0.03乃至0.07質量%、Si:0.10乃至0.50質量%、Mn:1.0乃至4.0質量%、Ti:0.06乃至0.30質量%、Ni:0.50乃至0.95質量%、Mo:0.01乃至0.30質量%、B:0.002乃至0.008質量%、F:0.05乃至0.40質量%、及びFe:85乃至93質量%を含有し、Alの含有量を0.05質量%以下に規制した組成を有する。
【0015】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが上記組成を有することにより、溶着金属中のNiの含有量を1.0質量%未満とすることができる。これにより、本発明のフラックス入りワイヤによって溶接された溶接部は、例えば硫化水素雰囲気中にある場合においても、腐食反応により発生した水素が鋼中に多量に侵入することが抑制され、耐硫化物応力腐食割れ性が高い。また、Ni以外の成分の含有量を最適化することにより、溶着金属に良好な低温靱性が得られ、溶接作業性も良好である。
【0016】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、フラックス中に例えばワイヤの全質量あたりTiO:4.5乃至8.5質量、ZrO:0.04乃至0.50質量%、SiO:0.10乃至0.50質量%、Al:0.02乃至0.80質量%、及びMg:0.20乃至0.70質量%を含有することが好ましい。このように、本発明においては、各フラックス成分を最適な範囲とすることにより、溶着金属の靱性を低下させることなく、良好な溶接作業性及びビード形状を得ることができる。
【0017】
本発明においては、フラックス入りワイヤが上記組成を有している状態で、F及びAlの含有量の総量に対するTi及びMoの含有量の総量の比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が、0.5乃至2.5の範囲にあることが好ましい。これにより、溶着金属の靱性を高めるTi及びMoの含有量をAl及びFの含有量に対する比により最適化して、溶接作業性が良好な状態において、溶着金属の靱性を高めることができる。
【0018】
次に、本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤから得られる溶着金属について、その好ましい組成範囲について説明する。
【0019】
「C:0.04乃至0.08質量%」
ある程度の量のCは、セメンタイトの安定化により、靭性を安定化する作用がある。溶着金属中のCの含有量が0.04質量%未満であると、溶着金属の強度が不足しやすくなり、靭性の安定化効果が小さく、0.08質量%を超えると、耐高温割れ性が若干劣化する。よって、溶着金属中のCの含有量は0.04乃至0.08質量%であることが好ましい。
【0020】
「Si:0.20乃至0.45質量%」
Siは脱酸剤として作用すると共に、ミクロ組織へも影響を及ぼす。Siの量が多くなると旧γ粒界から発生するフェライトサイドプレートが多くなり、靭性の低下をもたらしやすくなる。溶着金属中のSiの含有量が0.20質量%未満であると、脱酸不足によりブローホールが発生し易く、0.45質量%を超えると、上述の旧γ粒界におけるフェライトサイドプレートの発生を抑制しにくくなくなり、靭性が低下しやすくなるため、溶着金属中のSiの含有量は、0.25乃至0.45質量%であることが好ましい。
【0021】
「Mn:0.5乃至2.0質量%」
Mnは脱酸剤として作用すると共に、強度及び靭性へも影響を及ぼす。溶着金属中のMnの含有量が0.5質量%未満であると、溶着金属の強度が不足しやすくなり、靭性が若干劣化する。溶着金属中のMnの含有量が2.0質量%を超えると、強度が過多となり、焼入れ性過多により靭性が低下しやすくなる。よって、Mnの好ましい含有量は、0.5乃至2.0質量%である。
【0022】
「Ti:0.030乃至0.080質量%」
Tiは溶着金属中では酸化物又は固溶体として存在するが、酸化物による旧γ粒内でのアシキュラーフェライトの核として靭性向上に寄与する。即ち、旧γ粒内においては、Ti酸化物を核としてアシキュラーフェライトが生成する。アシキュラーフェライトは組織の微細化に寄与し、靭性を向上させる作用を有する。溶着金属中のTiの含有量が0.030質量%未満であると、十分な核生成が出来ないことによりフェライトが粗大化して靭性が低下しやすくなる。一方、Tiの含有量が0.080質量%を超えると、固溶Tiが過多となり、強度が過多となり、靭性が低下しやすくなる。よって、溶着金属中の好ましいTiの含有量は0.030乃至0.080質量%である。
【0023】
「Ni:0.50乃至1.0質量%」
Niは、脆性破壊の遷移温度をより低温側へ移行し靭性を向上する作用があるが、添加量が多すぎると、高温割れ(凝固割れ)が発生し易くなる。また、本発明においては、NACE規格に準拠し、溶着金属中のNiの含有量を1質量%以下となるように規制する。ただし、溶着金属中のNiの含有量が0.50質量%未満であると、Niの添加による靭性向上の効果が小さいため、0.50質量%以上とすることが好ましい。
【0024】
「Mo:0.08乃至0.15質量%」
Moは、強度を確保するために0.08質量%以上添加するが、Moの添加量が多すぎると、脆性破壊への遷移温度を高温側へ移行させ、靭性が低下しやすくなる。溶着金属中のMo含有量が0.15質量%以下であれば、この靭性低下への影響は殆ど無い。よって、溶着金属中の好ましいMoの含有量は、0.08乃至0.15質量%である。
【0025】
「B:0.003乃至0.006質量%」
Bは、旧γ粒界へ偏析し、粒界フェライトの発生を抑制することによって、靭性を向上させる作用がある。しかし、Bの添加量が多すぎると、高温割れ(凝固割れ)が発生し易くなる。溶着金属中のBが0.003質量%未満では、靭性を向上させる作用が小さく、0.006質量%を超えると、耐高温割れ性が劣化する。よって、溶着金属中のBの含有量は、0.003乃至0.006質量%であることが好ましい。
【0026】
「Al:0.01質量%以下に規制」
Alは溶着金属中では酸化物として存在し、旧γ粒界中におけるTi酸化物によるアシキュラーフェライトの核生成を妨げやすくなる。溶着金属中のAlの含有量が0.01質量%以下であれば、このアシキュラーフェライトの核生成の阻害が抑制される。
【0027】
「O(酸素)」
溶着金属中のOは、その殆どが酸化物で存在すると考えられるが、Oの増加により、衝撃試験における上部棚エネルギー(アッパシェルフエネルギー)は低下しやすくなる。従って、溶着金属においてより高靭性を得ようとすれば、Oを低く抑制することが好ましい。しかしながら、フラックス入りワイヤにおいてOを低く抑制すると、溶接作業性が著しく劣化(スパッタの増大及び全姿勢溶接性能の劣化など)するため、実用的ではない。即ち、溶着金属中のOの含有量が例えば0.040質量%未満であると、溶接作業性が劣化しやすくなる。一方、Oの含有量が例えば0.070質量%を超えると、アッパシェルフエネルギーが低下することにより靭性が低下する。よって溶着金属中のOの含有量は、0.040乃至0.070質量%であり、より好ましくは0.040乃至0.060質量%である。
【0028】
次に、本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて、その組成の数値限定の理由について説明する。
【0029】
「C:ワイヤの全質量あたり0.03乃至0.07質量%」
Cの含有量が0.04乃至0.08質量%の溶着金属を得るために、フラックス入りワイヤ中のCの含有量をワイヤの全質量あたりC:0.03乃至0.07質量%とする。より好ましいCの含有量は、ワイヤの全質量あたり0.04乃至0.06質量%である。なお、C源としては、グラファイト、Fe−Mn,Fe−Si、及び鋼製外皮へのCの添加などが挙げられるが、フラックス又は鋼製外皮のいずれからCを添加してもよい。フラックス入りワイヤ中のCの含有量が0.03質量%未満であると、溶着金属の強度が不足しやすくなり、靱性を安定化する効果が小さく、0.07質量%を超えると、耐高温割れ性が劣化する。
【0030】
「Si:ワイヤの全質量あたり0.10乃至0.50質量%」
Siの含有量が0.20乃至0.45質量%の溶着金属中を得るために、フラックス入りワイヤ中のSiの含有量をワイヤの全重量あたりSi:0.10乃至0.50質量%とする。Siのより好ましい含有量は、ワイヤの全重量あたり0.15乃至0.45質量%である。なお、Si源としては、Fe−Si,Si−Mn、鋼製外皮へのSiの添加などが挙げられるが、フラックス又は鋼製外皮のいずれから添加してもよい。フラックス入りワイヤ中のSiの含有量が0.10質量%未満であると、脱酸不足により溶着金属にブローホールが発生し易く、Siの含有量が0.50質量%を超えると、マトリックスフェライトを脆化させて、溶着金属の低温靱性が低下する。
【0031】
「Mn:ワイヤの全質量あたり1.0乃至4.0質量%」
Mnの含有量が0.5乃至2.0質量%の溶着金属を得るために、フラックス入りワイヤ中のMnの含有量をワイヤの全質量あたり1.0乃至4.0質量%とする。Mnのより好ましい含有量は、ワイヤの全質量あたり1.5乃至3.5質量%である。なお、Mn源としては、金属Mn,Fe−Mn,Si−Mn、鋼製外皮へのMnの添加などが挙げられるが、フラックス又は鋼製外皮のいずれから添加してもよい。フラックス入りワイヤ中のMnの含有量が1.0質量%未満であると、溶着金属の強度が不足し、靭性が低下する。一方、Mnの含有量が4.0質量%を超えると、溶着金属の強度が過多となり、焼入れ性過多により靭性が低下する。
【0032】
「Ni:ワイヤの全質量あたり0.50乃至0.95質量%」
従来では、Niは、溶着金属中に高い低温靱性を確保するために、フラックス入りワイヤ中には、1.0質量%を超えて多量に添加されていた。この場合において、溶着金属中のNi量が例えば1.0質量%を超えた場合に、耐硫化物応力腐食割れ性が低下する。本発明においては、この硫化物応力腐食割れを防止するために、上述の如く、溶着金属中のNi量をNACE規格に準拠した範囲である1.0質量%以下とする。本発明においては、Ni量が1.0質量%以下である溶着金属を得るために、フラックス入りワイヤ中のNi量を0.95質量%以下とする。ただし、溶着金属中のNiの含有量が0.50質量%未満であると、Niの添加による靭性向上の効果が小さいため、本発明においては、Niの含有量が0.50質量%以上の溶着金属を得るために、フラックス入りワイヤに0.50質量%以上のNiを含有させる。なお、Ni源としては、金属Ni、Ni−Mg、鋼製外皮へのNiの添加等が挙げられるが、フラックス又は鋼製外皮のいずれから添加してもよい。
【0033】
「B:ワイヤの全質量あたり0.002乃至0.008質量%」
溶着金属中のBの含有量を0.003乃至0.006質量%とするために、フラックス入りワイヤ中のBの含有量をワイヤ全質量あたり0.002乃至0.008質量%とする。より好ましいワイヤ中のB含有量はB:0.003乃至0.007質量%である。なお、B源としては、Fe−Si−B合金等があるフラックス入りワイヤ中のBの含有量が0.002質量%未満であると、溶着金属の靱性を向上させる作用が小さく、0.008質量%を超えると、耐高温割れ性が劣化する。
【0034】
「Fe:ワイヤの全質量あたり85乃至93質量%」
低合金鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいては、合金成分の他に用途によってスラグ形成剤及びアーク安定剤などを添加する。全姿勢溶接用フラックス入りワイヤの場合、Feの含有量がワイヤ全重量あたり85質量%未満であると、スラグ発生量が過多となり、スラグ巻き込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。また、Feが93質量%を超えると、必須合金成分の添加ができなくなる。なお、Fe源としては、鋼製外皮以外にフラックスでは鉄粉及びFe系合金等がある。
【0035】
本発明においては、上述の各成分に加えて、特に、以下のTi、Mo、Al及びFの4成分の含有量とこれらの4成分の関係は重要である。
【0036】
「Ti:ワイヤの全質量あたり0.06乃至0.30質量%」
溶着金属中のTiの含有量を0.030乃至0.080質量%とするために、フラックス入りワイヤ中のTiは、0.06乃至0.30質量%とする。なお、TiがTi酸化物及びTi合金である場合においては、Ti酸化物及びTi合金の含有量をTiに換算した量とする。Tiのより好ましい添加量は、0.10乃至0.25質量%である。なお、Ti源としては、ルチル、酸化チタン、Fe−Ti、鋼製外皮へのTiの添加などが挙げられるが、フラックス及び鋼製外皮のいずれから添加してもよい。フラックス入りワイヤ中のTiの含有量が0.06質量%未満であると、十分な核生成が出来ないことによりフェライトが粗大化して靭性が低下しやすくなり、Tiの含有量が0.30質量%を超えると、溶着金属中の固溶Tiの量が過多となり、強度が過多となり、靭性が低下しやすくなる。
【0037】
「Mo:ワイヤの全質量あたり0.01乃至0.30質量%」
溶着金属中のMoの含有量を0.08乃至0.15質量%とするために、フラックス入りワイヤ中のMoの含有量をワイヤの全質量あたりMo:0.01乃至0.30質量%とする。より好ましいMoの範囲はMo:0.05乃至0.20質量%である。なお、Mo源としては、金属Mo、Fe−Mo、鋼製外皮へのMoの添加などが挙げられるが、フラックス及び鋼製外皮のいずれから添加してもよい。フラックス入りワイヤ中のMoの含有量が0.01質量%未満であると、溶着金属が強度不足となり、Moの含有量が0.30質量%を超えると、脆性破壊への遷移温度を高温側へ移行させ、靭性が低下しやすくなる。
【0038】
「Al:ワイヤの全質量あたり0.05質量%以下に規制」
溶着金属中のAl含有量を0.01質量%以下に抑制するために、フラックス入りワイヤ中のAl含有量をフラックス全質量あたり0.05質量%以下に抑制する。フラックス入りワイヤ中のAlの含有量が0.05質量%を超えると、溶着金属中に酸化物として存在するAlの量が増えることにより、旧γ粒界中におけるTi酸化物によるアシキュラーフェライトの核生成を妨げやすくなる。また、フラックス入りワイヤ中のAlは、スパッタ発生の原因となり、含有量が0.05質量%を超えると、スパッタ発生量の増加により、溶接作業性が劣化する。
【0039】
「F:ワイヤの全質量あたり0.05乃至0.40質量%」
Fはフラックス中に例えば弗素化合物として添加する。本発明においては、フラックス入りワイヤには、弗素化合物を、F換算で0.05乃至0.40質量%添加する。フラックス入りワイヤ中のFの含有量がワイヤの全質量あたり0.05質量%未満であると、ワイヤの低水素化効果が低下し、溶接金属中の拡散性水素量が増加するため、溶接金属の低温割れが発生しやすくなる。一方、Fの含有量が0.40質量%を超えた場合においては、スパッタの発生量が増加して、溶接作業性が劣化する。
【0040】
本発明においては、フラックス入りワイヤは、上記成分に加えて、フラックス中に以下の組成を有することが好ましい。
【0041】
「TiO:ワイヤの全質量あたり4.5乃至8.5質量」
本発明においては、高い靱性を有する溶着金属を得るために、フラックス中にTiOをワイヤの全質量あたり4.5乃至8.5質量%含有させる。フラックス中のTiOの含有量がワイヤの全質量あたり4.5質量未満であると、靱性を高めるために有効なTi酸化物量を確保しにくくなると共に、粒界フェライトを生成するため、溶着金属の靱性を高めにくくなる。フラックス中のTiOの含有量がワイヤの全質量あたり8.5質量%を超えると、溶着金属中の酸素量が増加し、靱性が低下しやすくなる。より好ましくは、フラックス中のTiOの含有量は、5.0乃至8.0質量%である。なお、TiO源としては、ルチル、酸化チタン等が挙げられる。
【0042】
「ZrO:ワイヤの全質量あたり0.04乃至0.50質量%」
ZrOは、フラックス中にワイヤの全質量あたり0.04乃至0.50質量%含有することが好ましい。フラックス中のZrOが0.04質量%未満であると、下向及び水平すみ肉溶接におけるビードの平滑性が劣化しやすくなる。一方、ZrOの含有量が0.50質量%を超えると、水平すみ肉溶接において、等脚性が劣化しやすくなり、また、立向姿勢でのビード形状が凸形状に近くなる。より好ましくは、フラックス中のZrOの含有量は0.05乃至0.45質量%である。なお、ZrO源としては、ジルコンサンド、ジルコニア等が挙げられる。
【0043】
「Al:ワイヤの全質量あたり0.02乃至0.80質量%」
Alは、フラックス中にワイヤの全質量あたり0.02乃至0.80質量%含有することが好ましい。フラックス中のAlが0.02質量%未満であると、下向及び水平すみ肉溶接におけるビードの平滑性が劣化しやすくなる。一方、Alの含有量が0.80質量%を超えると、下向及び水平すみ肉溶接におけるビードのなじみ性が劣化しやすくなる。また、スパッタ発生量が増大しやすくなる。より好ましくは、Alの含有量は0.03乃至0.60質量%である。なお、Al源としては、アルミナなどが挙げられる。
【0044】
「SiO:ワイヤの全質量あたり0.10乃至0.50質量%」
SiOは、フラックス中にワイヤの全質量あたり0.10乃至0.50質量%含有することが好ましい。フラックス中のSiOの含有量が0.10質量%未満であると、下向及び水平すみ肉溶接におけるビードの平滑性が劣化しやすくなる。一方、SiOの含有量が0.50質量%を超えると、水平すみ肉溶接における耐気孔性が劣化しやすくなる。また、立向姿勢でのビード形状が凸形状に近くなる。より好ましくは、SiOの含有量は0.15乃至0.45質量%である。なお、SiO源としては、シリカ、カリガラス、ソーダガラスなどが挙げられる。
【0045】
「Mg:ワイヤの全質量あたり0.20乃至0.70質量%」
Mgは、フラックス中にワイヤの全質量あたり0.20乃至0.70質量%含有することが好ましい。フラックス中のMgの含有量が0.20質量%未満であると、十分な脱酸がなされず靭性が低下しやすくなる。Mgの含有量が0.70質量%を超えると、スパッタが増大し、溶接作業性が劣化しやすくなる。より好ましくは、Mgの含有量は0.25乃至0.65質量%である。なお、Mg源としては、金属Mg、Al−Mg、Ni−Mgなどが挙げられる。
【0046】
「比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al]):0.5乃至2.5」
本発明においては、フラックス入りワイヤが上記組成を有している状態で、F及びAlの含有量の総量に対するTi及びMoの含有量の総量の比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が、0.5乃至2.5の範囲にあることが好ましい。比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5未満であると、スパッタの発生量が増えて溶接作業性が劣化しやすくなり、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が2.5を超えると、溶着金属の靱性が低下しやすくなる。このように、本発明においては、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])を0.5乃至2.5の範囲とすることにより、溶着金属の靱性を高めるTi及びMoの含有量をAl及びFの含有量に対する比により最適化して、溶接作業性が良好な状態において、溶着金属の靱性を高めることができる。
【0047】
本発明においては、更に、必要に応じて、アーク安定剤等をフラックス入りワイヤに含有させることができる。なお、本発明のフラックス入りワイヤは、ワイヤ径が1.2乃至2.0mmであればよいが、実用上好ましいワイヤ径は、1.2乃至1.6mmである。また、本発明のフラックス入りワイヤは、例えばシームの有無等により制限されるものではなく、ワイヤの断面形状によっても制限されるものではない。本発明のフラックス入りワイヤは、例えば、図2(a)乃至(d)に示すような断面形状でもよい。
【実施例】
【0048】
軟鋼製の鋼製外皮にフラックスを13〜20質量%充填して第1表に示す組成のフラックス入りワイヤ(ワイヤ径1.2mm)を作製した。このフラックス入りワイヤを用いて、以下に示すとおりの性能確認試験を実施した。
【0049】
「試験1.全溶着金属溶接」
下記表1に示すフラックス入りワイヤ及び下記表2に示す組成の鋼板を用い、下記表3に示す試験条件によって溶接した溶着金属の機械的性質、化学成分及びミクロ組織を下記表4に示す試験方法によって求めた。機械的性質においては、引張強さが640MPa以上及び吸収エネルギーが50J以上を合格とした。なお、表1のワイヤNo.1乃至6は、本発明の範囲を満足するフラックス入りワイヤであり、ワイヤNo.7乃至No.13は本発明の範囲を満足しないものである。なお、表1中の下線は本発明の範囲を満足していない組成を示す。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
【表3】

【0053】
【表4】

【0054】
「試験2.耐高温割れ性能」
表1に示すフラックス入りワイヤ及び表2に示す組成の鋼板を使用し、下記表5に示す試験条件によって溶接した溶着金属の耐高温割れ性をC形ジグ拘束突合せ溶接割れ試験によって求めた。割れ率は、破断したビードのビード長に対する割れ長さの比率(質量%)とし、10質量%以下を合格(クレータ割れを含む)とした。
【0055】
【表5】

【0056】
「試験3.すみ肉溶接試験(溶接作業性)」
表1に示すフラックス入りワイヤ及び表2に示す組成の溶接構造用鋼板(無機ジンクプライマー塗布)を使用し、下記表6に示す試験条件によって溶接し、溶接作業性を試験した。
【0057】
【表6】

【0058】
上記試験1乃至3の試験結果を下記表7及び表8、並びに図1に示す。なお、表7は、実施例及び比較例のフラックス入りワイヤを使用して溶接した場合において、得られた溶着金属の組成を示す。この表7に示された成分以外の溶着金属の残部は、Fe及び不可避的不純物を示す。また、表8は、上記試験1乃至3により得られた溶着金属の機械的性質、溶接作業性及び割れ率を示す。この表8において、溶接作業性欄(ビードの平滑性以外の項目)の○は良好、×は不良を示す。溶接作業性のうち、ビードの平滑性については、良好であった場合を○、良好であったが平滑性が若干低下した場合を△として表8に示す。
【0059】
【表7】

【0060】
【表8】

【0061】
表8に示すように、実施例No.1乃至6は、フラックス入りワイヤ中の各組成が本発明の範囲を満足するので、溶着金属中のNiの含有量が少ない場合においても、溶着金属に良好な機械的性質が得られ、溶接作業性も良好であった。
【0062】
これらの実施例No.1乃至6のうち、実施例No.1、実施例No.2、実施例No.4及び5は、ZrOの含有量が本発明の好ましい範囲を満足するので、ZrOの含有量が本発明の好ましい範囲未満である実施例No.3及び6に比してビードの平滑性が良好であった。
【0063】
比較例No.7は、Siの含有量が少なく、脱酸不足により耐気孔性が劣化し、Bの含有量が多く、耐高温割れ性が劣化した。また、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が本発明の好ましい範囲を超え、溶着金属の低温靱性が低下した。比較例No.8は、Mnの含有量が多く、溶着金属の低温靱性が低下した。比較例No.9は、Moの含有量が多く、低温靱性が低下し、Al量過多によりスパッタ発生量が増加し、これにより耐気孔性も劣化した。
【0064】
比較例No.10は、Niの含有量が少なく、低温靱性が低下したが、他の成分の含有量が本発明の範囲を満足していたので、低温靱性の低下を若干抑制できた。比較例No.11は、Cの含有量が少なく、溶着金属の強度(0.2%耐力及び引張強さ)が低下した。また、比較例11は、Niの含有量が本発明の範囲を超え、溶着金属中のNiの含有量が1.0質量%を超えた。また、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が本発明の好ましい範囲未満であり、スパッタの発生量が多くなり、溶接作業性が劣化した。比較例No.12は、Ni及びBの含有量が少なく、低温靱性が低下したと共に、Fが低いため、低温割れが発生した。比較例No.13は、Tiの含有量が少なく、低温靱性が低下した。
【0065】
表8に示す各実施例及び比較例のフラックス入りワイヤにより得られた溶着金属の機械的性質、及び溶接作業性について、図1に示す。なお、図1においては、横軸にF及びAlの含有量の総量([F]+[Al])、縦軸にTi及びMoの含有量の総量([Ti]+[Mo])をとって、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5及び2.5である場合を実線にて示してある。また、本発明においては、これらの各成分の含有量は、Ti:0.06乃至0.30質量%、Mo:0.01乃至0.30質量%、F:0.05乃至0.40質量%、Al:0.05質量%以下であることから、F及びAlの含有量の総量([F]+[Al])は0.05乃至0.45質量%であり、Ti及びMoの含有量の総量([Ti]+[Mo])は0.07乃至0.60質量%である。図1においては、これらの総量の範囲についても、細線にて示してある。
【0066】
表8及び図1に示すように、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5乃至2.5であり、各組成が本発明の範囲を満足する実施例1乃至6は、図1の網掛け部内にあり、低温靱性及び溶接作業性が良好である。一方、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5未満である比較例No.8及び11は、スパッタの発生量が多くなって溶接作業性が劣化し、比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が2.5以上である比較例No.7、比較例No.9及び12は、焼入れ性が過剰となって溶着金属の低温靱性が低下した。
【符号の説明】
【0067】
1:フラックス、2:外皮

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮中にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、ワイヤ全体で、ワイヤの全質量あたりC:0.03乃至0.07質量%、Si:0.10乃至0.50質量%、Mn:1.0乃至4.0質量%、Ti:0.06乃至0.30質量%、Ni:0.50乃至0.95質量%、Mo:0.01乃至0.30質量%、B:0.002乃至0.008質量%、F:0.05乃至0.40質量%、及びFe:85乃至93質量%を含有し、Alの含有量を0.05質量%以下に規制した組成を有することを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記フラックスは、ワイヤの全質量あたりTiO:4.5乃至8.5質量、ZrO:0.04乃至0.50質量%、SiO:0.10乃至0.50質量%、Al:0.02乃至0.80質量%、及びMg:0.20乃至0.70質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ中のTi、Mo、F及びAlの含有量を夫々[Ti]、[Mo]、[F]及び[Al]としたときに、F及びAlの含有量の総量に対するTi及びMoの含有量の総量の比([Ti]+[Mo])/([F]+[Al])が0.5乃至2.5であることを特徴とする請求項1又は2に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−189349(P2011−189349A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55037(P2010−55037)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】