説明

ガスタービン高温部品のき裂進展予測方法及びこの方法を用いたき裂進展予測装置

【課題】各種影響因子のばらつきを考慮した、信頼性の高い疲労き裂進展挙動の予測手法及び予測装置を提供する。
【解決手段】疲労き裂長さの計算に必要なパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理し確率分布を求め、モンテカルロ法を行うためのパラメータの組み合わせを作成し、熱及び応力解析を行い、2種類のき裂進展速度を合成して得られるき裂進展速度式を用いて疲労き裂進展曲線を求め、疲労き裂長さの確率分布を得る。2種類のき裂進展速度のうちの一方は、起動停止回数にのみ依存するものであり、応力保持を伴わないき裂進展試験結果をもとに求める。もう一方は、起動停止回数には依存せず起動停止間の連続運転時間に依存するものであり、部品構成材料の高温酸化試験結果をもとに求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスタービン高温部品に発生した疲労き裂のき裂長さの確率分布を予測する方法及び予測する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスタービンの高温部品である燃焼器内筒、尾筒、タービンの動翼、静翼、シュラウドは、高温高圧の燃焼ガスに曝されながら起動停止に伴い変動する熱応力を受けるため、高温疲労、熱疲労及びクリープによる損傷を受けやすい。特にタービン動翼では、ロータ回転による遠心力や燃焼ガスによるガス曲げ力をも受けるため損傷が大きく、厳しい保守管理が必要である。そこで適当な間隔で点検スケジュールを設定し、点検時には必要に応じて部品を取り外し検査を行い、損傷の程度に応じて部品の交換又は補修をしている。
【0003】
一方、点検実施によりガスタービン装置の解体や検査に伴う費用が発生する上、発電できなくなるため、定期点検の間隔は長くすることが望ましい。このため、ガスタービン高温部品の耐久性を向上するとともに、定期検査間隔を適正化することが要求される。また損傷した高温部品の補修に要する費用と時間の低減も望まれており、このためには補修をしなくとも次回定期検査までに機能を失う程度には損傷が拡大しない程度の小さなき裂は許容するように補修基準を緩和することが要求されている。
【0004】
上述した要求に応えるためには、高温部品に発生したき裂の進展挙動を精度よく予測することが必要である。高温部品のき裂長さの予測に関しては、例えば特許文献1や特許文献2に開示されたように、使用した部品の最大き裂長さ及び酸化皮膜厚さ(本願の高温酸化層とほぼ同義)を観察し、その結果を基に応力や温度を予想し、その予想値とテストピースから得たマスターカーブを基に疲労寿命を予測する方法が公知である。しかしながら使用した高温部品の最大き裂長さ測定結果を基にき裂の進展挙動を予測するのは以下の点で問題がある。
【特許文献1】特開平10−160646号公報
【特許文献2】特開平9−195795号公報
【0005】
一つ目の問題点は、高温酸化層(高温酸化により生成したスケールや変質層)が生成するような高温の環境下において、き裂進展速度(き裂進展速度とは一般にき裂進展量を運転時間で除したものと、起動停止回数で除したものとがあるが、本発明の願書においては後者を意味するものとする)が起動から停止までの連続運転時間に強く依存しているものの、これを再現するような試験データが蓄積されていないことである。すなわちテストピースによる高温疲労試験において負荷応力の最大値若しくは最小値で応力を保持した場合(図7参照)に、疲労き裂進展速度が保持時間の影響を受けることはよく知られておりデータも蓄積されつつある。しかしながらガスタービン高温部品の実際の運転において保持時間に相当する連続運転時間は、日単位、場合によって数か月となることもあり、このような長時間保持の影響に関するテストピースのデータは皆無に近く、またあっても疲労き裂進展挙動を統計的に予測するのは難しい。これはテストピースを用いて長時間保持の疲労試験を行う場合には、長時間保持の荷重若しくはひずみの波形を実施することが必要であり、疲労試験に使用される汎用的な油圧サーボ式疲労試験機では応力若しくはひずみを長期間に渡って一定値に維持することが難しいこと、また試験実施のための試験機の維持管理コスト及び人件費が非常に高いこと、さらにコストの割には1台の試験機で1本のテストピースの試験しかできずデータ採取に時間がかかることによる。
【0006】
二つ目の問題点は、すでに多くの公知文献に開示されているように高温部品のき裂進展挙動が大きくばらつくことである。この原因は、多数の影響因子が実用上不可避なばらつきを有しているためと考えられる。影響因子としては、高温部品の環境因子として高温燃焼ガスや冷却空気の温度や熱伝達率など、材料特性因子として熱伝導率や熱膨張係数など、また特に材料強度特性因子として、疲労き裂発生寿命(繰返し数とき裂発生寿命の関係)やき裂進展速度を規定する材料パラメータなど、さらに形状因子として壁厚などの寸法公差がある。
【0007】
それゆえにあるガスタービンの運転で使用した高温部品で実測された最大き裂長さあるいは最大き裂進展速度のデータは、他の異なる仕様の高温部品運転時若しくは運転条件変更時のき裂進展挙動の予測には使えない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した問題点を鑑みると、各種影響因子のばらつきを考慮した信頼性の高い疲労き裂進展挙動の予測手法を開発することが第1の課題である。具体的には、単に実部品の調査結果(検査結果)を統計処理してばらつきを持たせた回帰曲線で近似するという機能的な手法ではなく、信頼性のある試験結果若しくは解析結果に基づいて各種影響因子のばらつきがどのような形でき裂進展挙動のばらつきに反映されるのかを明らかにした信頼性のある予測手法の開発である。
【0009】
第2の課題は、影響因子の中で最も不確定と考えられる因子である連続運転時間の影響について、これを自然現象に立脚した理論に基づいて予測手法の中に反映されるようにすることである。すなわち小型試験片の疲労試験で得られた短時間保持の影響に関するデータからの外挿値を用いるのではなく、実際の運転に対応した長時間保持(長時間の連続運転時間)の効果が反映されたデータに基づいた予測手法を開発することである。
【0010】
第3の課題は、上記の課題をもとに開発された予測手法にて求められたき裂進展曲線を用いて、適正な補修基準、すなわち検査時の許容き裂長さを求める手法を開発することである。
【0011】
第4の課題は、上述の課題を解決できる信頼性の高い疲労き裂進展挙動を予測できる装置を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するための手段を以下に説明する。
【0013】
第1の発明は、ガスタービンの高温部品に発生するき裂の進展速度を求め、同進展速度から起動停止回数に対するき裂の長さを表すき裂進展曲線を求めて、同き裂進展曲線からき裂の長さの変化を予測するき裂進展予測方法である。き裂の進展速度を前記ガスタービンの起動と停止に基づいてき裂の長さが長くなる第一の進展速度と前記ガスタービンの運転に基づいてき裂の長さが長くなる第二の進展速度とを合成させて求め、前記第二の進展速度はガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに基づいて算出することを特徴としたものである。
【0014】
第2の発明は、ガスタービン高温部品に発生する疲労き裂長さの確率分布を、モンテカルロ法を適用して予測する方法であり、以下のステップを含む。第1のステップは、対象部品の温度及び応力を予測するためのパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理することにより、各パラメータの確率分布を求めるステップである。第2のステップは、対象部品の疲労特性を予測するためのパラメータのうち、第1のステップで統計処理したパラメータ以外のパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理することにより、各パラメータの確率分布を求めるステップである。第3のステップは、前記第1及び第2のステップにおいて得られた各パラメータの確率分布に基づいて、各パラメータの値を確率分布にしたがった乱数で決定し、前記決定したパラメータを組み合わせて、後記疲労き裂長さの確率分布を計算するのに十分な数のパラメータの組み合わせを作成するステップである。第4のステップは、前記第3のステップにて作成されたパラメータの組み合わせごとに、前記各パラメータの数値を入力して熱及び応力解析を行い、対象部品の温度及び応力を計算し、前記対象部品の温度及び応力とガスタービンの運転条件とを用いて各パラメータの組み合わせにおける疲労特性を計算し、疲労き裂進展曲線を求めるステップである。第5のステップは、前記第4のステップにおいて得られた、パラメータの組み合わせごとの疲労き裂進展曲線を統計処理することによって疲労き裂長さの確率分布を得るステップである。
【0015】
また前記第4のステップにおいて、前記疲労き裂進展曲線を計算するために用いるき裂進展速度を、
前記ガスタービンの起動と停止に基づいてき裂の長さが長くなる第一の進展速度と前記ガスタービンの運転に基づいてき裂の長さが長くなる第二の進展速度とを合成させて求めることを特徴としている。
【0016】
また本発明は、前記第二の進展速度は、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに基づいて算出するとしてもよい。
【0017】
また本発明は、前記第二の進展速度を、ガスタービンの起動から停止までの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに比例するとして計算するとしてもよい。
【0018】
また本発明は、前記第二の進展速度を、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データに基づいて算出するとしてもよい。
【0019】
また本発明は、前記第二の進展速度を、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さと、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データとに基づいて算出するとしてもよい。
【0020】
第3の発明は、高温部品の破損限界き裂長さと、前述した方法で求められた各パラメータの組み合わせにおける疲労き裂進展曲線とを用いて、検査時の許容き裂長さを決定する方法である。これは、(1)前記各疲労き裂進展曲線において、き裂長さが前記破損限界き裂長さとなる時の起動停止回数から検査間の起動停止回数分遡った起動停止回数時におけるき裂長さを求め、そのき裂長さの確率分布を求めるステップと、(2)ある許容き裂長さを仮定して、該部品破損により発生するコストと、該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとを算出するステップと、(3)仮定した許容き裂長さを複数回変えて、該部品破損により発生するコストと、該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとを算出するステップと、(4)前記ステップで計算された、許容き裂長さと該部品破損により発生するコストとの関係ならびに許容き裂長さと該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとの関係に基づいて、適正な許容き裂長さを決定するステップと、を含む検査時の許容き裂長さを決定する方法である。
【0021】
第4の発明は、ガスタービン高温部品に発生する疲労き裂長さの確率分布を、モンテカルロ法を適用して予測する装置である。これは、(1)対象部品の温度及び応力並びに対象部品の疲労特性を予測するためのパラメータの実測値若しくは計算値の入力手段と、(2)前記実測値若しくは計算値を保存する記憶手段と、(3)前記記憶手段に保存された前記実測値若しくは計算値を統計処理して各パラメータの確率分布を求める第1の計算手段と、(4)第1の記計算手段によって求められた各パラメータの確率計分布に基づいて、各パラメータの値を確率分布にしたがった乱数で決定し、前記決定したパラメータを組み合わせて、後記疲労き裂長さの確率分布を計算するのに十分な数の前記決定したパラメータの組み合わせを作成する第2の計算手段と、(5)第2の計算手段にて作成されたパラメータの組み合わせごとに、前記各パラメータの数値を入力して熱及び応力解析を行い、各パラメータの組み合わせにおける対象部品の温度及び応力を計算する第3の計算手段と、(6)ガスタービンの運転条件と第3の計算手段で計算された各パラメータの組み合わせにおける対象部品の温度及び応力とを用いて各パラメータの組み合わせにおける疲労特性を計算し、疲労特性の計算値から疲労き裂進展曲線を求める第4の計算手段と、(7)第4の計算手段で得られた疲労き裂進展曲線を統計処理することによって前記疲労き裂長さの確率分布を得る第5の計算手段と、からなる。ここで第4の計算手段は、(a)ガスタービンの起動、停止の回数に起因する進展速度と、(b)ガスタービンの起動から停止までの運転時間に起因し、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さから計算される進展速度と、(c)ガスタービンの起動から停止までの運転時間に起因し、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データから計算された進展速度と、に分けて計算する機能を有することを特徴としている。
【0022】
また本発明においては、実際に運転に供した高温部品の調査結果データをもとに、前記ガスタービンの運転時間と前記最大侵食深さとの関係式、若しくは前記高温酸化による最大侵食深さから計算される進展速度の少なくとも一方が補正されるとしてもよい。
【発明の効果】
【0023】
第1の発明によれば、2種類の進展速度を合成して得られるき裂進展速度式を用いて疲労き裂進展曲線を求めることにより、起動から停止までの連続運転時間の影響を予測値に精度よく反映することが可能となり、各プラント、各運転条件に対応した疲労き裂の進展挙動を高い信頼性を持って推定することができる。
【0024】
第2の発明によれば、疲労き裂長さの計算に必要なパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理し、モンテカルロ法を行うためのパラメータの組み合わせを作成し、熱及び応力解析を行い、2種類の進展速度を合成して得られるき裂進展速度式を用いて疲労き裂進展曲線を求め、疲労き裂長さの確率分布を得ることにより、各プラント、各運転条件に対応した疲労き裂の進展挙動の確率分布を高い信頼性を持って推定することができる。
【0025】
第3の発明によれば、高温部品の破損限界き裂長さと、第2の発明で求められた疲労き裂進展曲線とを用い、該部品破損により発生するコストと該部品の補修若しくは取り替えに要するコストと許容き裂長さとの関係を算出しこれを基に、検査時の許容き裂長さを決定することにより、経済的にも適正な補修基準を設定することができる。
【0026】
第4の発明によれば、対象部品の温度及び応力並びに対象部品の疲労特性を予測するために必要なパラメータの実測値若しくは計算値の入力手段と、各パラメータの確率分布を求める第1の計算手段と、モンテカルロ法による計算を行うためのパラメータの組み合わせを作成する第2の計算手段と、熱及び応力解析を行い温度及び応力を計算する第3の計算手段と、疲労き裂進展曲線を求める第4の計算手段と、疲労き裂長さの確率分布を得る第5の計算手段と、を含み、かつ前記第4の計算手段において、疲労き裂進展曲線を計算するために用いるき裂進展速度は、は、(a)ガスタービンの起動、停止の回数に起因する進展速度と、(b)ガスタービンの起動から停止までの運転時間に起因し、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さから計算される進展速度と、(c)ガスタービンの起動から停止までの運転時間に起因し、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データから計算された進展速度と、に分けて計算する機能を有することを特徴とした構成とすることにより、大量のデータを高速で統計・解析処理できるようになり、各プラント、各運転条件に対応した疲労き裂の進展挙動を高い信頼性を持って推定することが可能な装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
ここではガスタービン高温部品として非常に高温の環境に曝されるタービン1段動翼をとりあげ、チップ部(頂部)に発生する疲労き裂のき裂長さの確率分布を予測する手法とそのための装置を説明するが、特記するもの以外には、他の高温部品に関する場合と基本的に共通である。
【0028】
タービン1段動翼はNi基超合金製である。図2に示すように、ガスタービンの起動・停止にともない発生する熱応力の繰返しによってチップ部にき裂が発生し、ロータ半径方向(動翼の高さ方向)にき裂が進展する。ここでき裂長さとは図2に示したように翼面表面で確認できるき裂の進展量を意味する。なお肉厚方向のき裂進展が問題となる部品及び部位では、深さ方向の進展量を定義してもよい。き裂の進展に伴いき裂が内部冷却通路に貫通すると、冷却機能が低下しタービン効率が低下するので、動翼として必要な機能が損なわれたと見なす。このように、必要な機能が損なわれた状態若しくはガスタービンの運転に支障が出る状態を破損とし、またこの時のき裂長さを破損限界き裂長さとする。
【0029】
疲労き裂長さの確率分布を求めるフローを図1に示す。この図にしたがってタービン1段動翼のチップ部き裂長さ推定の手順を説明する。
【0030】
(第1のステップ)
チップ部及びその近傍の温度及び応力を予測するために必要なパラメータの統計処理を行う。必要なパラメータとして、材料特性因子、境界条件因子及び形状因子がある。材料特性因子として熱伝導率、熱膨張率、弾性係数などが、境界条件因子として、燃焼ガスのガス圧、ガス温度、燃焼ガスと部品表面との熱伝達率並びに冷却空気のガス圧、ガス温度、冷却空気と部品表面との熱伝達率などが、形状因子としては対象部位の壁厚などがある。これらのデータは当該発明方法の実施のためだけに得た実験若しくは解析データのみならず、従来蓄積されたデータ及び公知の文献から入手したものをも含んでいてもよい。後述する統計処理をするのにデータの数は多い方がよい。これらの各パラメータのデータは、統計処理をしていない生のデータ値の集合体である。これらのデータは図8に示した各データベースシステム(データ記憶装置)に保存されており、計算に必要なパラメータが読み出され又は表示することが可能である。なお後記の第2のステップにも共通するが、すでに統計解析が行われ確率分布関数パラメータが求められている場合には、統計処理するステップをスキップしてよい。
【0031】
次に、計算に必要なパラメータであって前記データベースに保存されている生のデータ値について、計算手段(計算機)を用いて統計処理を行う。ここで統計処理とは、後述するモンテカルロ・シミュレーションに使用できるように、各パラメータの平均値や標準偏差など統計値を求めることや、各パラメータの確率分布を正規分布など適当な分布関数に当てはめ、その分布関数を規定するパラメータを求めることなどの処理を含む。統計処理の結果はデータベースシステムに保存され、必要に応じて表示手段に表示される。
【0032】
(第2のステップ)
対象部品の疲労特性を予測するためのパラメータについて処理が行われる。疲労特性とは、き裂発生に関する特性と、き裂進展に関する特性とからなる。これらの特性を予測するためには疲労き裂発生寿命及び疲労き裂進展寿命を求める必要があり、前者に対しては応力範囲若しくはひずみ範囲と疲労き裂発生寿命との関係式、後者に対しては、応力拡大係数範囲(若しくは繰返しJ積分範囲)とき裂進展速度との関係式が適用される。これらの式は、実際の部品又は実際の部品と同等の金属組織を有する材料素材から採取した小型試験片による疲労試験データを基に決定される。
【0033】
ひずみ範囲と疲労き裂発生寿命との関係式の例として、Manson−Coffinの式が公知であり、
Δεp×Nf^α=Ci (Δεp:塑性ひずみ範囲、Nf:小型試験片の破断寿命)
と表される。ここでα及びCiは温度に依存する材料定数であり、疲労き裂発生寿命を予測するためのパラメータである。α及びCiを温度の関数として定式化し、この式の定数を疲労き裂発生寿命を予測するためのパラメータとしてもよい。なお小型試験片の破断寿命Nfは、実部品のき裂発生寿命に相当するとみなされるのが一般的である。(例えば非特許文献1)またひずみの代わりに応力を用いた関係式も公知である。
【0034】
【非特許文献1】日本材料学会、”高温強度の基礎”p.61、1999年10月20日発行
【0035】
応力拡大係数とき裂進展速度との関係式との例として、以下の式、
da/dN=Cp×ΔK^m (da/dN:き裂進展速度、ΔK:応力拡大係数範囲)
がパリス則として公知である。ここでCp及びmは材料定数であり、温度のみならず応力(若しくはひずみ)波形に依存する。応力(ひずみ)波形とは図7に示す1回の繰返しにおける時間にともなう応力(ひずみ)の変化であり、応力変化率(Δσ/t1及びΔσ/t3)及び保持時間t2がき裂進展速度に影響を及ぼす。ガスタービンの運転においては、起動から停止までの連続運転時間が保持時間に相当し、この連続運転時間によりき裂進展速度は異なることを意味する。例えば非特許文献2には、き裂進展速度は温度に依存すること、及び800℃では保持時間依存性が非常に小さいが、900℃では保持時間に強く依存することが記載されている。本発明においてき裂進展の機構について詳細に調査検討した結果、複数の機構(現象)が関与していることが明らかになった。詳細は以下に記述する通りである。
【非特許文献2】日本機械学会2002年度年次大会講演論文集(第2巻)、p.237−238
【0036】
本発明において、小型試験片及びガスタービン運転に使用した高温部品に発生したき裂を調査した結果をもとに、図3に示すき裂進展の機構を提案する。すなわちき裂が発生している状態において、高温環境中で燃焼ガスがき裂開口から侵入し、き裂新生面からき裂先端近傍に酸素が供給されることにより高温酸化層が生成される。ここで高温酸化層(又は単に酸化層)とは金属が高温酸化されて生じるスケール及び変質層であり、これらは後述するJIS規格にて定義されている。生成された酸化層は脆弱なので、停止時若しくは次の起動時の温度変化、ガス圧変化もしくは遠心力の変化に起因する応力変動によって割れ、結果として酸化層の厚さの分だけき裂が進展する。そして起動・停止時の応力変動により再び母材金属内にき裂が進展する、という挙動を繰り返す。酸化層の割れは、応力の変動による母材金属のき裂進展(例えば金属特有のすべり機構)とは異なる微視組織的な機構(たとえば脆性的なすべり面分離)で生じるものであるので、応力変動による金属のき裂進展を定式化した公知のき裂進展速度の式(パリス則)では本来表し難いものである。すなわち異なる機構による進展速度を単一の式で表現するのは適切でないと判断される。
【0037】
また疲労試験に関するJIS規格(例えばJIS Z 2274)においては、数多くの実験データによる議論を基に、疲労特性の予測において外挿は許容されないことが規定されている。このルールの基本的な考え方を準用すれば、短時間の応力保持によるき裂進展速度試験で得た材料定数Cp、mをもとに長時間応力保持における材料定数Cp、mを外挿で予測する(例えば回帰曲線で近似する)という従来の方法は信頼性に欠けると考えられる。
【0038】
そこで本発明においては、まず起動から連続運転を通して停止までの1サイクルにおけるき裂の進展量を、(1)ガスタービンの起動若しくは停止による熱応力の変動による主として母材金属部のき裂進展量、と、(2)起動後から停止までの間に生成された脆弱な高温酸化層の割れによるき裂進展量、とに分離する。前記(1)は、ガスタービンの起動停止回数に依存し起動停止間の運転時間には依存しない第1の進展速度(第1のき裂進展速度)、前記(2)は、ガスタービンの起動停止回数に依存せず起動停止間の運転時間に依存する第二の進展速度(第二のき裂進展速度)、と表現することが可能である。さらに前記第二の進展速度は、短時間の応力(ひずみ)保持の試験で得られたデータをもとに外挿して予想したデータではないという点を特徴とする。詳細は後述する。このような物理現象を忠実にモデル化して得られた式を予測手法の中に取り入れることによって、ガスタービン運転によるき裂進展挙動を単なる影響因子による回帰曲線で近似したのではなく、物理的に意味のある式にしたがって記述することが可能となり、信頼性を向上することが可能となる。
【0039】
第二のき裂進展速度は、高温酸化試験の結果から求めることができる。高温酸化試験は、JIS−Z−2281及びJIS−Z−2282などに規定されているが、これを参考にしてガスタービンでの高温燃焼ガス中の環境を再現すべく試験装置や試験条件を変更することは可能である。実部品若しくは部品と同じ金属組織を有する材料素材から採取した試験片を加熱炉中に置き、温度を一定に維持した高温の燃焼ガスに曝す。その後試験片を取り出し、切断加工し、断面を観察して最大侵食深さを測定する。高温酸化試験は数日間に渡って長時間暴露する場合でも、疲労試験のように試験条件が外部の条件によって変動する(大気温度変化による油圧の変動や試験機本体の寸法変化)といったことがなく、また試験長期化によるサーボバルブや作動油の劣化といった問題がなく、それゆえに試験員及び試験管理者の負担が極めて小さいため、疲労試験と比べて低コストで実施でき、また多数の試験片を高温炉中に入れることができるので多数のデータを一度に得ることもできる。
【0040】
高温酸化試験結果は以下の手順にて処理される。測定された最大侵食深さ(JISにて定義された酸化によるスケールと変質層の厚さの和)を時間と温度の関数として求め、その材料定数を決定する。高温酸化は酸素原子の拡散によるものなので、
d=β×t^h (d:最大侵食深さ、t:時間)
と表すことができる。ここでβとhは材料定数であり、温度に依存する。ここで時間tをガスタービンの運転条件によって決まる1回の起動停止間の連続運転時間に相当する時間とすれば、時間tに生成される最大侵食深さが第二のき裂進展速度と比例する若しくは等しいということになる。ここで”比例する”としたのは2つの理由がある。一つは図3に示したようにき裂先端近傍における変質層の生成速度がき裂の形状等により平板における生成速度よりも遅くなることがあるためであり、もう一つの理由は部品の形状及び環境によってはスケールの付着状態によって最大侵食深さが精度よく測定できないことがあるためである。このような場合には経験的に妥当な比例定数を求め測定値に乗ずればよい。経験的に、実用上1として差し支えない。
【0041】
ここで実際に得られたデータをもとに本発明の方法、すなわちき裂進展速度を第一のき裂進展速度と第二のき裂進展速度とを合成して求め、これを図4に”高温酸化を考慮したき裂進展速度の計算式”として示す。ここで前者は、応力保持をしないき裂進展試験の結果に基づいて求めたき裂進展速度であり、後者は起動から停止までの連続運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに等しい(比例定数が1)として求めたき裂進展速度である。図中には比較として従来の方法、すなわちき裂進展速度を前述のパリス則にて記述し、応力保持時間を0から1時間の範囲で変えて疲労き裂進展試験を行い、その試験結果から得られた材料定数をもとにガスタービン運転における保持時間(起動から停止までの連続運転時間)に対応して外挿で求めた材料定数Cp、mを適用して予測、計算したき裂進展速度を”高温酸化を考慮しないき裂進展速度の計算式”として示す。なおき裂進展速度計算に適用した各種パラメータの数値は平均値であり、したがって計算されたき裂進展速度はばらつきの平均値(50%確率)である。図中のプロットは、定期検査時に測定されたき裂長さから求めたき裂進展速度であり、これは定期検査間のき裂進展量をその間の起動停止回数で除したものである。図より本発明によるき裂進展速度は、実際の運転で発生したき裂進展挙動を忠実に再現しており、本発明の考え方が妥当であることを証明している。
【0042】
第二のき裂進展速度は上述したように試験片による高温酸化試験で求めることが可能であるが、運転した実部品におけるスケール及び変質層生成状況の調査結果(ガスタービン運転時間と高温酸化層生成量(最大侵食深さ)との関係)が十分にあり、かつ高温環境の条件(温度等)が正しく把握されていれば、これらの実部品の調査結果のみからでも推定することは可能である。実部品に生成した高温酸化層(最大侵食深さ)の調査結果をもとに必要に応じて比例定数を補正すればよい。実部品では小型試験片の試験では得られない長時間の高温保持の履歴を持ったものであり、短時間の外挿ではなく、長時間のデータの内挿で求めることができるものだから、データ採取には好都合であり、また信頼性がある。
【0043】
前述したようにき裂の進展挙動は温度及び応力(若しくはひずみ)の波形(保持時間等)に強く依存しているので、実部品の温度及び応力(ひずみ)波形に対応した小型試験片による疲労試験データが必要であるが、もし該当するデータがない場合には他の条件のデータから温度及び波形に対応したデータを内挿することが可能である。応力(ひずみ)波形については、運転条件、具体的には起動から停止までの運転時間を応力(若しくはひずみ)一定の時間(図7におけるt2)と見なしてこれを適用する。応力変動時(図7におけるt1及びt3)の影響もあるが、実際のガスタービンの運転においては、t2と比べてt1及びt3は無視しうるほど短いので無視しても問題にはならない。
【0044】
これらの疲労特性に関する特定の温度における材料パラメータ、α、Ci、Cp、m、β、h(Ci、mは保持時間の影響を含まない定数)又はこれらのパラメータを温度の関数として表した場合の材料定数は、第1のステップにおける温度及び応力を予測するためのパラメータと同様に、データベースシステム(記憶手段)に保存されており、計算手段(計算機)を用いて統計処理が行われ、確率分布関数を表現できる統計パラメータが求められ、データベースシステムに保存される。また運転に使用した部品の検査結果及び調査結果が得られるたびに必要に応じて上述の材料パラメータ若しくは補正係数などが修正されるように装置は構成されている。特に最大侵食深さに関するデータは、疲労寿命に与える影響が極めて大きいにもかかわらず現時点ではデータ(特に実部品のデータ)が必ずしも多くないので、このような装置は有用である。
【0045】
以上は、タービン1段動翼のような非常に高温な環境下でのき裂進展について述べたものである。一方、高温酸化が支配的とはならない程度の温度域に曝されるタービン後方段の動静翼などについては、起動停止間の連続運転時には母材金属部のクリープき裂進展が支配的であり、第二のき裂進展速度としてはこれを考慮する必要がある。ここに記載するクリープき裂進展は、高温強度の優れるNi基若しくはCo基超合金において高温酸化層が生じるには至らない程度の高温域でも、疲労等により発生したき裂が連続運転中一定の引張応力下で進展する現象である。このような現象は通常のクリープ現象として公知であるが、特定の合金では700℃程度の温度域において、ラーソンミラーパラメータに基づく低温側からの外挿値から顕著に外れる速いき裂進展速度を発現することを本予測手法の発明に際し見いだした。クリープき裂進展によるき裂進展速度を規定するパラメータは、小型試験片により荷重一定で長時間負荷するクリープき裂進展試験によってデータを得ることができる。クリープき裂進展試験は交番荷重負荷となる高温疲労き裂進展試験と比べて、静荷重で実施できるので、試験機の維持・運転・保守の点で低コストであり、また試験治具を工夫すれば同時に数本の試験片を試験することが可能である。なおこのクリープき裂進展は引張応力の作用下であれば高温酸化層の生成が顕著な高温でも生じることがあると思われるが、その速度は実用的には高温酸化層生成によるき裂進展速度と比較して小さい場合には無視してもかまわない。この実施例で取り上げる1段動翼のチップ部(高温燃焼ガスに曝される側)においては、熱応力により圧縮状態になっているので、クリープき裂は考慮する必要がない。
【0046】
上述したようにクリープき裂進展は高温酸化層の割れとは異なる機構で生じるものであるが、起動から停止までの運転時間に依存するという点は一致するので、本願では便宜的に第二の進展速度としての位置付けで取り扱う。
【0047】
(第3のステップ)
前記第1及び第2のステップで求められた各パラメータの統計処理結果をもとに、モンテカルロ法を適用してき裂進展曲線を得るためのデータを作成する。モンテカルロ法とは、乱数などの偶発的な確率変数を用いて試行錯誤的に問題を解いていく数値計算法のことであり、本発明のようにばらつきを含む統計的なデータを予測する手段として使われていることもある。(例えば特許文献3)
【0048】
【特許文献3】特開2005−26250号公報
【0049】
まず統計処理を行うのに十分な数Nのデータ組み合わせを作る。図5にはN組の組み合わせを作成した例を示す。(ただし図5に示す表中の数値は各パラメータにおける平均値及び標準偏差を基に標準化したものであり、計算に際しては平均値及び標準偏差を入力して換算することが必要である。)パラメータである高温ガス圧、熱伝導率などには第1及び第2のステップにて作成された各パラメータの確率分布を基に数値がランダムに割り振られており、N組の組み合わせすべてで見ればその確率分布は第1及び第2のステップにて作成された各パラメータの確率分布(ここでは例として正規分布)とほぼ一致するようになる。”ほぼ”としたのは、実際に取りうる値は離散化された数値であるため、厳密には一致しないからである。結果的に疲労特性への影響が小さいパラメータにおいては、計算に要する時間を考慮して取り得る数値を少なくすることも可能である。また同一の組み合わせ中にある2つのパラメータで相関がないもの、例えば高温ガス圧、弾性係数、壁厚は、互いに独立に変化している。強い相関があるパラメータとは、例えば前述した疲労き裂進展試験におけるCpとmとの関係である。種々の材料でCpとmを求めこれをプロットすればCpとmに強い相関があることは公知であるが、同一の材料においてCpがばらついた場合にmもまたCpと強い相関を持ってばらつくことが本願の発明にて見いだされた。
【0050】
なお材料特性値は温度に依存しており、各組み合わせにおいて環境因子のばらつきにより対象部位の温度が異なるので、材料特性パラメータは温度を変数とする関数として表示することが信頼性の点から好ましい。しかし温度の依存度が小さいパラメータの場合若しくは結果的に対象部位の温度のばらつきが小さい場合は、計算時間短縮を目的として温度に依存しないパラメータとしてもよい。例示した図5は対象部位の温度のばらつきが小さいという前提で計算した値である。作成されたN組のデータの組み合わせは一旦記憶手段に保存される。
【0051】
(第4のステップ)
第3のステップで作成したN組のデータの組み合わせを入力してN個のき裂進展曲線を求める。具体的は、第1組目の組み合わせにおける材料特性因子、境界条件因子及び形状因子のデータを入力しもしくは読み取らせ、熱・応力解析を行い、部品の対象部位における温度分布及び応力分布を求める。得られた温度分布と応力分布を用い、疲労特性を予測するためのパラメータを入力しもしくは読み取らせ、まず始めにき裂が発生する起動停止回数を例えば前述のManson−Coffinの式より求める。次に、得られた温度分布と応力分布と、ガスタービンの運転条件として入力された1回の起動停止間の連続運転時間とを入力し、第2のステップで求めた応力、温度及び材料定数などのパラメータを第一のき裂進展速度及びの第二のき裂進展速度の式に代入し、これらを合成したき裂進展速度式により、例えば差分法によりき裂発生後の起動停止回数とき裂長さの関係を求める。計算を進めき裂長さが別途記憶手段に保存されている破損限界き裂長さに達したときに第1組目の組み合わせのき裂進展曲線が得られたとして計算を終了し、そのき裂進展曲線を表示手段で表示すると同時にデータベースシステムに保存する。引き続き第2組目の組み合わせのデータを用いて前記と同じ手順にて第2組目の組み合わせのき裂進展曲線を得る。このようにして計算を繰り返し、N個のき裂進展曲線を得る。得られたカーブはディスプレイ等の表示手段によって、例えば図6(a)のように表示されるとともに、一旦記憶手段に保存される。
【0052】
なおき裂進展曲線の終点となる破損限界き裂長さは、その長さ以下であれば部品としての機能を失わない限界の長さであり、飛散等のおそれがない限り設計に基づいて決定するものであるので、ばらつきをともなわない確定値としてもよい。ただし破損限界き裂長さが例えば共振による低応力高サイクル疲労き裂進展開始限界で決まるとの考えで定義している場合には、共振による振動応力及びき裂進展下限界応力拡大係数(ΔKth)を確率変数のパラメータとし、これらをもとに破損限界き裂長さをパラメータとして求めてもよい。
【0053】
(第5のステップ)
第4のステップで求めたN個のき裂進展曲線を用いて統計処理を行い、疲労き裂長さの確率分布を求める。ここで言う確率分布とは、き裂が特定の長さに達する起動停止回数の確率分布若しくは特定の起動停止回数におけるき裂長さの確率分布であり、特定のき裂長さ及び特定の起動停止回数は用途に応じて定めればよい。
【0054】
(第6のステップ)
第5のステップで求めた疲労き裂長さの確率分布をもとに、コストの点から最適な許容き裂長さを求める。ここで許容き裂長さとは、検査時にき裂が検出されても補修を行わないかつ廃却としない最大のき裂長さのことである。次回定期検査までの間に破損する部品を低減すると同時に破損の頻度を下げるためには、許容き裂長さを小さく設定する必要があるが、一方で許容き裂長さが小さいほど補修及び廃却による取り替えに要する材料費や人件費などのコスト(以後、あわせて補修コストという)は増加する。したがって全体としてのコストを最小化する最適な許容き裂長さを求めることが要求される。ここで全体としてのコストとは、前述した補修コストと破損によるコストとの合計である。破損により発生するコストとは破損にともない発生した他の部品及び装置の故障による修理費並びに運転停止による損害であり、事業者の営業上の損害に係るコストをも含む。また破損により発生するコストは、実際に発生する損害金額に破損する確率を乗じたものであり、許容き裂長さを大きくすれば破損する確率は高くなるので、損害金額は同じでも破損により発生するコストは大きくなる。
【0055】
はじめに第5のステップにおいて得られたN個のき裂進展曲線を用いて、補修基準作成のための許容き裂長さを求める手順を以下に説明する。手順を図6に示す。得られたき裂進展曲線は破損限界き裂長さに到達する起動停止回数が異なる(図6(a))が、各き裂進展曲線を横軸(起動停止回数の軸)方向に移動して、破損限界き裂長さacrになる点を一致させる(図6(b))。次にあらかじめ定められた定期検査間の起動停止回数(ΔNss)分遡った起動停止回数におけるき裂長さ分布(き裂長さの確率分布)を求める。ここで許容き裂長さatoを仮決めする。検査時にき裂長さが仮決めされた許容き裂長さato以上の場合はそのき裂を補修するか若しくは修理せずにその部品を廃棄し、許容き裂長さato以下の場合には処置はせず検査後そのまま使用することを想定する。このとき許容き裂長さato以下のき裂の割合をp(図6の確率分布の黒い部分の面積に相当)とする。これは、N個のき裂進展曲線のうちN×p個のき裂進展曲線は許容き裂長さよりも短いことを意味する。次に各き裂進展曲線をき裂長さが許容き裂長さatoのときに同じ起動停止回数となるように横軸(起動停止回数の軸)方向に移動する(図6(c))。この表示において明らかなように、N個のき裂進展曲線のうちN×p個のき裂進展曲線は次回定期検査までにき裂長さが破損限界き裂長さacrに達する。すなわち仮決めされた許容き裂長さatoのき裂が部品に発生していた場合、次回定期検査までに破損が生じる確率は図6(b)のpと等しいという結果が導かれる。したがって第5のステップで求められたき裂進展曲線群と運転条件より、図6に示す方法で許容き裂長さatoと破損が生じる確率との関係を求められることが示された。
【0056】
上述の方法で許容き裂長さatoを試行錯誤的に変化させて破損が生じる確率pを求め、これによって許容き裂長さと破損により発生するコストとの関係を求めることができる。一方、蓄積された高温部品の検査データから許容き裂長さを越えて補修若しくは取り替えとなる部品の数が予想できるので、許容き裂長さと補修コストとの関係を求めることができる。これより図9に示すように、許容き裂長さと全体としてのコストとの関係を求めることができる。全体としてのコストが最小となる許容き裂長さを見いだし、これを許容き裂長さの最適値とする。このようにして決定された許容き裂長さをき裂測定時の測定誤差を考慮して補正し、さらに種々の事情を考慮して適正な許容き裂長さを決定し、補修基準に反映し、定期検査時に適用する。なお自動的に最適な許容き裂長さを求めるために、特に破損によるコストに含まれる営業上の損害等は、事前に金額若しくは数値パラメータに換算しうる式を設定し装置に保存しておき、計算時に計算手段に読み込むようにしておけばよい。
【0057】
以上のステップは、大型計算機の端末若しくはパーソナルコンピュータなどの計算機を用いて手作業で実行することも可能であるが、あらかじめ人の判断に頼らざるを得ない各種コスト若しくはコスト計算式等の入力を行えば、バッチ処理等によって自動的に最終的に許容き裂長さを得ることが可能である。本発明においては、図8に示すような、データ読み取り手段、記憶手段、入力手段、計算手段、表示手段等から構成され、上述の実施例で記載した各ステップに対応した統計処理のための大量のデータ処理が可能な装置を含む。さらに図8に示す装置と社内LAN又はインターネット回線をつなげ、各種の実験データベースや他機関のデータベースからデータを入手できるようにしておけば効率的である。
【0058】
発明の実施の形態を実施例に基づき図面を参照して説明したが、これは実施の形態の一例を示すにすぎず、この実施の形態に限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明における疲労き裂長さの確率分布及び許容き裂長さを求める手順を示す図
【図2】動翼チップ部のき裂を示す図
【図3】本発明で開示した高温部品におけるき裂発生の機構を示す図
【図4】本発明方法で予測したき裂進展速度と従来の方法でのそれとの比較を示す図
【図5】疲労き裂長さの確率分布を計算するためのN組のパラメータの組み合わせを示す図
【図6】計算されたN本のき裂進展曲線群をもとに、許容き裂長さと次回検査時までの間に破損する確率との関係を求める方法を示す図
【図7】応力(ひずみ)の波形を説明する図
【図8】本発明における疲労き裂長さの確率分布を予測する装置の構成を示す図
【図9】最適な許容き裂長さを求める方法を説明する図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスタービンの高温部品に発生するき裂の進展速度を求め、同進展速度から起動停止回数に対するき裂の長さを表すき裂進展曲線を求めて、同き裂進展曲線からき裂の長さの変化を予測するき裂進展予測方法において、
前記進展速度を前記ガスタービンの起動と停止に基づいてき裂の長さが長くなる第一の進展速度と前記ガスタービンの運転に基づいてき裂の長さが長くなる第二の進展速度とを合成させて求め、前記第二の進展速度はガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに基づいて算出することを特徴とするき裂進展予測方法。
【請求項2】
ガスタービン高温部品に発生する疲労き裂長さの確率分布を、モンテカルロ法を適用して予測する方法であって、
対象部品の温度及び応力を予測するためのパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理することにより、各パラメータの確率分布を求める第1のステップと、
対象部品の疲労特性を予測するためのパラメータのうち、第1のステップで統計処理したパラメータ以外のパラメータの実測値若しくは計算値を統計処理することにより、各パラメータの確率分布を求める第2のステップと、
前記第1及び第2ステップにおいて得られた各パラメータの確率分布に基づいて、各パラメータの値を確率分布にしたがった乱数で決定し、前記決定したパラメータを組み合わせて、複数のパラメータの組み合わせを作成する第3のステップと、
前記第3のステップにて作成されたパラメータの組み合わせごとに、前記各パラメータの数値を入力して熱及び応力解析を行い、対象部品の温度及び応力を計算し、前記対象部品の温度及び応力とガスタービンの運転条件とを用いて各パラメータの組み合わせにおける疲労特性を計算し、疲労き裂進展曲線を求める第4のステップと、
前記第4のステップにおいて得られた、パラメータの組み合わせごとの疲労き裂進展曲線を統計処理することによって疲労き裂長さの確率分布を得る第5のステップと、
を含み、
前記第4のステップにおいて前記疲労き裂進展曲線を計算するために用いるき裂進展速度を、
前記ガスタービンの起動と停止に基づいてき裂の長さが長くなる第一の進展速度と前記ガスタービンの運転に基づいてき裂の長さが長くなる第二の進展速度とを合成させて求めることを特徴とする疲労き裂長さの確率分布を予測する方法。
【請求項3】
前記第二の進展速度を、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに基づいて算出することを特徴とする請求項2に記載の疲労き裂長さの確率分布を予測する方法。
【請求項4】
前記第二の進展速度を、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さに比例するとして算出することを特徴とする、請求項3に記載の疲労き裂長さの確率分布を予測する方法。
【請求項5】
前記第二の進展速度を、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データに基づいて算出することを特徴とする請求項2に記載の疲労き裂長さの確率分布を予測する方法。
【請求項6】
前記第二の進展速度を、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さと、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データとに基づいて算出することを特徴とする請求項2に記載の疲労き裂長さの確率分布を予測する方法。
【請求項7】
高温部品の破損限界き裂長さと、請求項2ないし6のいずれかに記載の方法で求められた各パラメータの組み合わせにおける疲労き裂進展曲線とを用いて、検査時の許容き裂長さを決定する方法であって、
前記各疲労き裂進展曲線において、き裂長さが前記破損限界き裂長さとなる時の起動停止回数から検査間の起動停止回数分遡った起動停止回数時のき裂長さを求め、そのき裂長さの確率分布を求めるステップと、
ある許容き裂長さを仮定して、該部品破損により発生するコストと、該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとを算出するステップと、
仮定した許容き裂長さを複数回変えて、該部品破損により発生するコストと、該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとを算出するステップと、
前記ステップで計算された許容き裂長さと該部品破損により発生するコストとの関係ならびに許容き裂長さと該部品の補修若しくは取り替えに要するコストとの関係に基づいて、適正な許容き裂長さを決定するステップと、
を含む検査時の許容き裂長さを決定する方法。
【請求項8】
ガスタービン高温部品に発生する疲労き裂長さの確率分布を、モンテカルロ法を適用して予測する装置であって、
対象部品の温度及び応力並びに対象部品の疲労特性を予測するためのパラメータの実測値若しくは計算値の入力手段と、
前記実測値若しくは計算値を保存する記憶手段と、
前記記憶手段に保存された前記パラメータの実測値若しくは計算値を統計処理して各パラメータの確率分布を求める第1の計算手段と、
前記計算手段で求められた各パラメータの確率分布に基づいて、各パラメータの値を確率分布にしたがった乱数で決定し、前記決定したパラメータを組み合わせて、疲労き裂長さの確率分布を計算するための前記決定したパラメータの組み合わせを作成する第2の計算手段と、
前記第2の計算手段にて作成されたパラメータの組み合わせごとに、前記各パラメータの数値を入力して熱及び応力解析を行い、各パラメータの組み合わせにおける対象部品の温度及び応力を計算する第3の計算手段と、
前記第3の計算手段で計算された各パラメータの組み合わせにおける対象部品の温度及び応力とガスタービンの運転条件とを用いて各パラメータの組み合わせにおける疲労特性を計算し、疲労特性の計算値から疲労き裂進展曲線を求める第4の計算手段と、
前記第4の計算手段で得られた疲労き裂進展曲線を統計処理することによって前記疲労き裂長さの確率分布を得る第5の計算手段とからなり、
前記第4の計算手段は、疲労き裂進展曲線を計算するためのき裂進展速度を、
ガスタービンの起動、停止の回数に起因する進展速度と、
ガスタービンの運転時間に起因し、ガスタービンの運転時間に相当する時間での高温酸化による最大侵食深さから計算される進展速度と、
ガスタービンの運転時間に起因し、部品を構成する材料の高温クリープき裂進展試験データから計算された進展速度と、
に分けて計算する機能を有することを特徴とする疲労き裂長さの確率分布を予測する装置。
【請求項9】
実際に運転に供した高温部品の調査結果データをもとに、前記ガスタービンの運転時間と前記最大侵食深さとの関係式若しくは前記高温酸化による最大侵食深さから計算される進展速度の少なくとも一方が補正されることを特徴とする、請求項8に記載の疲労き裂長さの確率分布を予測する装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−256042(P2007−256042A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−80151(P2006−80151)
【出願日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】