説明

ガラスの強化方法及び強化ガラス

イオンを加速してガラス試料8に注入するガラス強化方法において、前記イオンをガラス表面に存在する微小クラックより深い位置又はガラス表面から5μm以上の深さに注入する。ガラスにイオンが注入されると、その部分でガラスが変質化するが、この変質化領域がガラス表面に存在する微小クラックより深い位置、又はガラス表面から5μm以上深い部分に形成される。この変質化領域によってガラス表面でのクラックの進展が抑えられ、ガラスが強化される。これによると、イオンを使用するため、レーザ光のような集束のための光学系が不要であり、一度にイオンを注入できる面積が大きいため短時間で大きな面積のガラスを強化することができる。また、ガラスの厚みや表面形状や材料に限定されることがない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバや光導波路のような光通信材料、プラズマディスプレイ、建築材料又は車両用材料等の種々の分野で使用されるガラスの強化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光通信材料として最もポピュラーなガラス製の光ファイバは、樹脂で被覆されている場合には非常に強靭であることが知られている。しかし、光ファイバを用いたデバイスを形成する際には、この被覆を剥ぐ必要があり、被覆が剥がされたガラス製の光ファイバは、被覆を剥いだ際に生じる表面微小クラックの影響で、急激に割れやすくなってしまうことが問題となっていた。
【0003】
また、近年、プラズマディスプレイパネル(PDP)等におけるディスプレイの大型化に伴い、大型の平板ガラスの需要が高まってきている。しかし、ガラスが大きくなると、僅かな外力でも割れやすくなるため、このような外力に対してガラスを強化する、つまりガラスの破壊強度(破壊靭性、または割れにくさ)を向上させる手法が注目されている。
【0004】
従来、ガラス強化法としては、熱したガラスに風を当てて急激に冷却する風冷強化法や、ガラスの表面に結晶層を形成する方法などがある。しかし、上記風冷強化法や結晶層を形成する方法は、高温での熱処理が必要であり、この処理に耐えうるだけのガラスの厚さが必要になる。実際、風冷強化法では、厚さ3.2mm程度より薄いガラスへは適用できないとされている。
【0005】
一方、薄い強化ガラスを得る方法としては、化学強化法がある。この手法はイオン交換法とも呼ばれ、高温で、ガラス中のアルカリイオン(通常ナトリウムイオン)を溶融塩の他のアルカリイオン(通常カリウムイオン)と交換し、ガラス表面に圧縮応力層を形成することより強化ガラスを得るものである。この方法は、風冷強化法と比較すると2倍以上の強度が得られ、またガラスの形状を問わないと言う利点がある。しかし、この方法は、イオン交換を行うためにガラス材料の成分が限定されてしまい、更に表層の化学反応により表層が劣化してしまい透明性が失われたり、部分的な強化が困難という問題がある。
【0006】
また、ガラスにイオンを照射してガラスを強化する方法としては、シリコンと酸素との化学結合を有するガラスに窒素イオンを照射して、シリコンと窒素の化学結合を有する膜をガラス表面に形成してガラスを強化する方法がある(例えば、特開平1−246159号公報参照)。
【0007】
しかし、この方法は、ガラスの種類がシリコンと酸素との化学結合を有するガラスに限定され、また、イオン種が窒素に限定されている。また、この方法は、シリコンと窒素との強い結合を持ったガラス表面を形成することによってガラスの表面硬度を向上させ、ガラスの耐放射線性、耐摩耗性、耐腐食性を向上する手法であるが、表面硬度と破壊強度との間には相関関係が無いことが知られている。この手法のほかにも、イオン注入によって表面硬度または耐摩耗性を向上させる手法がある(例えば、特開平5−254890号公報参照)。しかし上述のように、表面を硬化させることは、必ずしも破壊強度の向上にはつながらない。
【0008】
これに対して、ガラスの厚みや材料の制約が少ないフェムト秒レーザを用いたガラス強化手法が考えられている(例えば、特開2003−286048号公報参照。)。
【0009】
この手法は、フェムト秒レーザ光を集光してガラスに照射することによって、ガラス表面から深さ10〜100μmのところに1〜数十nmレベルの異質相を形成し、この異質相によってクラックの進展を抑えるという方法である。しかし、上記レーザによるガラス強化法においては、レーザ光を集光するための光学系が非常に複雑且つ高価であり、また、フェムト秒レーザ自身も非常に高価であるという問題がある。また、1レーザパルスで1〜数十nmのスポットの加工しかできないため、大面積のガラスへの照射が困難であるという問題がある。さらには、対象となるガラスの表面形状が平坦でない場合、例えば、光ファイバのような円筒状の場合、レーザ光の集光点を、ガラス表面形状に沿って変化させなければならないが、この集光点の制御は非常に煩雑であり、複雑な表面を持つガラスには対応が難しいという問題点もある。
【発明の開示】
【0010】
上記のように、従来のガラス強化方法は、ガラスの厚みや表面形状や材料の制約、コスト及び時間の問題がある。本発明はこれらの課題を解決するためになされたもので、ガラスの厚みや表面形状、材料に限定されず、低コスト且つ短時間でガラスを強化する方法、及び強化されたガラスを提供することを目的とする。
【0011】
本発明のガラスの強化方法は、イオンを加速してガラス表面に注入するガラス強化方法において、前記イオンをガラス表面に存在する微小クラックより深く注入することを特徴とする。
【0012】
これによると、イオンを使用するため、レーザ光のような集光のための光学系が不要であり、また、イオンを用いた場合、一度に注入できる面積が大きいため短時間で大きな面積のガラスを強化することができる。また、イオンのガラス表面からの進入深さはガラスの表面形状に影響されることがなく一定であるため、レーザ光のように集光点をガラス表面形状に合わせて変化させる必要がない。また、ガラスの厚みや材料に限定されることもない。
【0013】
更に、ガラスにイオンが注入されると、注入部分でガラスが変質化、例えば高密度化や結晶化するが、本発明では、イオンがガラス表面に存在する微小クラックより深い部分に注入されるため、この変質化した領域がガラス表面ではなく、ガラス表面の微小クラックより深い部分に形成される。この場合、この変質化した領域によって、ガラス表面に存在するクラックがさらに進展することが抑制され、ガラスが強化されると考えられる。
【0014】
本発明のガラスの強化方法は、イオンを加速してガラス表面に注入するガラス強化方法において、前記イオンをガラス表面から5μm以上の深さに注入することを特徴とする。
【0015】
これによると、イオンを使用するため、レーザ光のような集束のための光学系が不要であり、また、イオンを用いた場合、一度に注入できる面積が大きいため短時間で大きな面積のガラスを強化することができる。また、イオンのガラス表面からの進入深さはガラスの表面形状に影響されることがなく一定であるため、レーザ光のように集光点をガラス表面形状に合わせて変化させる必要がない。また、ガラスの厚みや材料に限定されることもない。
【0016】
更に、ガラスにイオンが注入されると、注入部分でガラスが変質化するが、本発明では、イオンがガラス表面から5μm以上の部分に注入されるため、この変質化した領域がガラス表面ではなく、ガラス表面から5μm以上の深い部分に形成される。この場合、ガラス表面にクラックが生じても、この変質化した領域がガラス表面でのクラックの進展を抑え、ガラスが強化されると考えられる。
【0017】
また、前記イオンが、水素イオン又はヘリウムイオンであることを特徴とする。これによると、イオンの質量が小さいため、イオンを高速に加速しやすく、またイオンがガラスに注入された後も、深く進むことができるため、容易にガラス表面の微小クラックより深い位置又は表面から5μm以上の深さにイオンを注入することができる。
【0018】
また、前記イオンを、MeVオーダー以下の加速電圧で加速することを特徴とする。これによると、実用的且つ高エネルギーで加速するため、高速なイオンを生成しやすく、イオンを深く注入させることができ、容易にガラス表面の微小クラックより深い位置又は表面から5μm以上の深さにイオンを注入することができる。
【0019】
また、前記イオンの注入前にガラス表面に導電体を塗布又は堆積することを特徴とする。これによると、イオンは荷電粒子であり、ガラスは一般的に絶縁体であるところ、ガラスの表面に塗布又は堆積された導電体によって、ガラスがアースされ、ガラスの帯電を防止することができる。
【0020】
また、前記イオン注入の際、ガラス表面を導電体のメッシュ又は複数本のワイヤーにて覆い、その上からイオンを照射することを特徴とする。これによると、イオンは荷電粒子であり、ガラスは一般的に絶縁体であるところ、ガラスの表面を覆った導電体のメッシュ又は複数本のワイヤーによって、ガラスがアースされ、ガラスの帯電を防止することができる。
【0021】
本発明の強化ガラスは、加速されたイオンがガラス表面に注入されることによって強化されたガラスであって、前記イオンがガラス表面に存在する微小クラックより深く注入されたことを特徴とする。
【0022】
これによると、ガラスにイオンが注入されると、注入部分でガラスが変質化するが、本発明では、イオンがガラス表面に存在する微小クラックより深い部分に注入されているため、この変質化した領域がガラス表面ではなく、ガラス表面の微小クラックより深い部分に形成される。この場合、この変質化した領域によって、ガラス表面に存在するクラックがさらに進展することが抑制され、ガラスが強化されると考えられる。
【0023】
また、加速されたイオンがガラス表面に注入されることによって強化されたガラスであって、前記イオンが5μm以上の深さに注入されたことを特徴とする。
【0024】
これによると、ガラスにイオンが注入されると、注入部分でガラスが変質化するが、本発明では、イオンがガラス表面から5μm以上の部分に注入されるため、この変質化した領域がガラス表面ではなく、ガラス表面から5μm以上の深い部分に形成される。この場合、ガラス表面にクラックが生じても、この変質化した領域がガラス表面でのクラックの進展を抑え、ガラスが強化されると考えられる。
【0025】
また、前記注入されたイオンが、水素イオン又はヘリウムイオンであることを特徴とする。これによると、イオンの質量が小さいため、イオンが高速に加速されやすく、またイオンがガラスに注入された後も、深く進むことができるため、容易にガラス表面の微小クラックより深い位置又は表面から5μm以上の深さにイオンを注入することができる。
【0026】
本発明のガラス強化方法によると、ガラスの厚みや表面形状や材料に限定されず、低コスト且つ短時間でガラスを強化する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0028】
図1は本実施形態のイオン注入方法を実施するためのイオン注入装置1の概略図である。図1に示すように、イオン注入装置1は、所望の原子または分子をイオン化するイオン源2と、イオン源2から引き出されたイオンの中から所望のイオンを選別する質量分析器3と、選別したイオンAを所望の速度に加速する加速管4と、加速されたイオンからなるイオンビームを成形する四重極レンズ5と、成形されたイオンビームを試料に注入する注入室6とを備える。注入室6には、試料の保持台7が設けられており、当該保持台上にはガラス試料8が保持される。
【0029】
ガラスは通常絶縁物であり、イオンは荷電粒子であるため、イオンを照射しつづけるとガラスに電荷が蓄積される。この蓄積電荷とイオンとは、同種の電荷を有するために互いに反発する。ガラス試料が小さい場合は帯電量も小さいために、この反発はあまり問題にならないが、ガラス試料が大きくなると帯電量も多くなり、同種の電荷の反発力によって注入されるべきイオンの軌道が曲げられ、イオン注入が困難となる。また、ある程度、ガラスに電荷が溜まると、ガラスから放電が生じ、ガラスの表面を傷つける恐れがある。よって、この電荷を逃がすために導電性の膜9を形成し、アースすると良い。ここで、この導電性の膜9は、ガラスに帯電した電荷を逃がすために十分な程度にガラス表面を覆えばよいが、好ましくは、ガラスの表面全体を覆うように形成することがよい。
【0030】
加速されたイオン11は、この膜9を貫通させた後、ガラス試料8に注入することとなる。このときのイオン注入の様子を図3に示す。なお、同図において、12は注入されたイオンを示す。この膜が厚すぎると、図3(B)のように低い加速エネルギーでは、イオン11がこの膜を貫通できず、ガラス試料8に到達しなくなってしまう。イオン11がこの膜9を貫通し、ガラス試料8に到達するためには、非常に大きな加速エネルギーが必要となってしまい、本工程を行うイオン注入装置が高価になってしまう。よって、この膜9の厚さは20μm程度が限界と思われる。一方、この膜厚が1〜2nm程度以下だと、薄すぎて、良い導電性が得られない。よって、この膜厚は、2nm〜20μm程度が好ましい。但し、上述のように、処理すべきガラスが小さい場合、または、イオンの注入量が少なくても良い場合は、帯電量も小さいことから、この導電性の膜は必要ない。
【0031】
なお、電荷を逃がす手法は、このような導電性の膜9を形成する手法に限定されず、ガラス表面に導電体のメッシュ又はワイヤーを被せ、又は、メッシュ状や格子状に導電性の膜をガラス表面に形成して、この導電体をアースすることによって電荷を逃がすようにしてもよい。
【0032】
次に、本実施形態のイオンによるガラス強化方法について説明する。ガラスが強化される理由は2つ考えられる。
【0033】
その1つの理由は以下の通りである。加速されたイオンをガラスに照射すると、イオンが停止した位置付近(つまりイオンが注入された位置付近)でガラスが変質することが知られている。例えば、シリカ系のガラスでは、イオンが停止した位置付近でガラスが高密度に変質する。これは、主にイオンがガラス内の原子と衝突することにより生じるものである。この高密度化した領域がガラス表面でのクラックの進展を抑え、ガラスを強化するものと考えられる。よって、もともとガラス表面に微小クラックが存在する場合、このクラックより深い位置にイオンを注入すれば、微小クラックが進展することを抑制でき、よってガラスを割れにくくすることができる。但し、ガラス表面に存在する微小クラックの深さを定量するのは難しい場合もある。しかし、光学研磨を施したガラス表面に存在する微小クラック(研磨キズ)は5μm程度であり、一般に製造後、研磨等を施していないガラスでは微小クラックはさらに小さいため、微小クラックの深さの予測が困難な場合、イオンはガラス表面から5μm以上、好ましくは10μm以上、さらに好ましくは20μm以上の深さに注入すると良い。
【0034】
ガラス表面に微小クラックが存在しない場合、または微小クラックがnmオーダーの場合、イオンがガラスの極表面に注入され、ガラスの変質化がガラスの極表面で生じる場合、ガラス表面のクラック発生を防止するには効果的であるが、その後クラックが発生した場合には、曲げ等の外力に対する強度の向上はあまり期待できないと考えられる。従って、このような場合でも、これらの外力に対する強度を向上するためにも、イオンを表面から5μm以上、好ましくは10μm以上、さらに好ましくは20μm以上の深さに注入し、高強度化することが望ましい。
【0035】
但し、実施例1、2で詳述するが、約23μmの深さにイオンを注入したガラス試料中で、約20%の試料では強度に改善が見られず、また45μmの深さにイオン注入したガラス試料中でも、5〜10%の試料においては強度に改善が見られなかった。これは、これらの試料中に、これらの深さ以上のクラックが少数ながら存在し、その結果、この部分が破断したと思われる。よって、最も効率良く強度を向上するには、ガラス表面に大きなクラックが入ってしまう前に、強化工程を行ってしまうことである。また、この時イオン注入する深さは、強化を実施するガラスにおける、ガラス表面での微小クラックの長さを把握し、この微小クラックより深い位置にイオンを注入することが最も好ましい。
【0036】
しかしながら、ガラス作製工程においては、強化工程前に研磨や切断などが必要な場合があり、この研磨工程や切断工程においては、ガラス表面に大きなクラックが入ってしまう可能性が高い。この様な場合、やはり、これらの工程にて形成されるクラックの深さを統計的に把握し、イオンの注入深さを決定する必要がある。
【0037】
上述のような深さにイオンを注入するには、これに限定されるものではないが、以下に述べる実用的なMeVオーダーの加速電圧を考慮すると、質量の小さな、水素イオン、ヘリウムイオン等が好ましい。その理由は、質量が大きいと、同じ加速エネルギーで加速しても速度が小さく、更に、ガラス試料8内に打ち込まれた後は、抵抗が大きいためにガラス表面から内部へ深くイオンを注入しにくいからである。また、加速エネルギーは、イオンを深く注入することができるため、高い方が好ましいが、10MeVより高いエネルギーを発生させる装置は大掛かりなものとなり、高価になるので、MeVのオーダー以下が一般に実用的である。水素イオンを合成石英ガラス中5μm以上の深さに注入する場合、450keV以上の加速エネルギーを与えればよい。
【0038】
ガラスが強化されるもう1つの理由には、以下のものが考えられる。加速されたイオンを物質に注入すると、イオンのエネルギーが物質に与えられ、物質は瞬時に高温状態になる。例えば、SiOガラスにイオン注入すると、イオンが通過した部分では数1000度以上の高温になるとの報告がある。しかしながら、イオンが通過してしまうと、この部分は急速に冷却される。この結果、イオン照射によって、従来の風冷強化法と同様に、急激な冷却効果が得られ、ガラスの強化が得られるものと考えられる。
【0039】
イオンの注入量は、少なすぎれば、当然、ガラスの強化は殆ど生じない。一方、イオンを多く注入しすぎると、ガラス表面が割れてしまう。よって、イオン注入量は1×1013個/cmから5×1015個/cmが好ましく、さらに1×1014個/cmから1×1015個/cmが好ましい。
【0040】
イオン注入を行うと、上述のようにガラスが変質したり、急激に冷却されたりして、イオン注入された表面付近に応力が発生する。よって、この応力の為に、ガラスが反ってしまうことがある。この反りをなくす為には、例えば、板状のガラスの場合、両側の面に同等のイオン注入を行うことが望ましい。
【0041】
以上では、イオン注入された部分を1層だけ形成した場合を説明したが、イオン注入された部分は複数層形成しても良い。例えば、2MeVで加速した水素イオンを注入した後に、1.7MeVで加速した水素イオンを注入すると、シリカガラスの場合、イオン注入された部分はガラス表面から約45μm深い位置と、約35μm深い位置とに形成される。この様にイオン注入された部分を複数層形成することにより、ガラス強化の効果はさらに向上する。ここで、複数のイオン注入層を形成する際、各層の形成において同じイオンを用いる必要は無い。例えば2MeVで加速した水素イオンとヘリウムイオンとを注入すると、シリカガラスの場合、ガラス表面から約45μm深い位置と、約7.5μm深い位置とにイオン注入された部分が形成できる。
【0042】
また、加速エネルギーを微小に変化させて、イオンが注入される領域を厚くすることも、ガラス強化の効率を向上させる。例えば、2.0MeVのみでシリカガラスにイオン注入すると、深さ約45±1μmの範囲にイオンの大半が注入される。一方、2.0±0.1MeVでイオン注入すると、深さ約45±4μmの範囲にイオンを注入することができる。この様にイオンが注入される領域を深さ方向に厚くすることによっても、よりガラスを強化できる。
【0043】
以上、本実施形態によると、ガラスの厚みや表面形状や材料に限定されず、あらゆるガラスを強化することができる。プラズマディスプレイパネル(PDP)に用いられるような大型の平板ガラスは勿論のこと、被覆を剥いだ後の光ファイバは非常に割れやすいことが知られているが、このような光ファイバを割れにくくすることにも応用できる。また、イオンを照射する際のイオンの量(イオン電流量)を増すことによって、従来手法よりはるかに高速にガラスの強化が得られる。
【0044】
電流量に関しては、特に、ディスプレイ用などの大型の平板ガラスにおいては、高い電流量が必要となる。例えば10cm×10cmの板ガラス全体にドーズ量2×1014個/cmでイオン注入を行う場合、1枚の板ガラスの処理を10分程度で終えるには、5μA程度のイオン電流量が必要となる。これが、50cm×50cmの板ガラス全体にドーズ量3×1014個/cmでイオン注入を行う場合、やはり同様に10分で処理を終えるには、200μAのイオン電流量が必要となる。この様に、ある程度有限な(工業的な)時間内に板状ガラスの強化処理を終了するには、最低5μA以上、好ましくは、20μA以上、さらに好ましくは100μA以上のイオン電流量が好ましい。
【0045】
しかし、一方で、数10から数100μAの電流量で、且つ数100KeVから数MeVの加速エネルギーで加速されたイオンを微小領域に注入すると、この微小領域に、数Wから数100Wのエネルギーが注入され、瞬間的に非常に高温になってしまう。この時、高純度のシリカガラスなどではあまり問題は無いが、窓ガラスやディスプレイ用のガラスなどは、不純物が入っているため、これらの不純物が変化して、着色してしまう場合がある。よって、イオンの電流密度は10μA/cm以下が好ましい。中には、着色しやすいガラスもあるため、その場合には、1μA/cm程度以下がより好ましい。
【0046】
上記のような高いイオン電流量で尚且つ上記のような小さいイオン電流密度を得るには、イオンビームの面積を大きくする必要がある。イオンビームの面積を大きくする方法としては、イオンビームを成形する四重極レンズ5によって、イオンビームを広げる方法が考えられる。しかし、四重極レンズ5でのビーム面積の拡大には限度があり、また均一に広げることが難しい。
【0047】
そこで、図4に示すように、加速管で加速されたイオンビームBを四重極レンズ5でイオンビームCに成形した後の経路上に電極又は磁石12を配置して、電界または磁界をかけ、この電界または磁界の向きを高速で入れ替えることによって、ビームの進行方向に微小な振れを与え、見かけ上ビームを広げることが有効である。この時、電極または磁石12は2組用意し、2方向、つまり図4の場合、縦方向と横方向(横方向は図示せず)、にビームを振るとビームをより大面積にすることができる。
【0048】
また、大きいガラス試料に対しては、当然、イオンのビーム形状よりもガラス試料の方が大きくなる場合がある。この場合、ガラス試料をイオンビームに対して動かして全体に照射することとなる。
【0049】
上記で、イオン電流量に関して記載したが、もし、処理すべきガラスがさらに大きい場合、イオン電流量をさらに増やすには限界がある。また、イオン注入装置が高価になってしまい工業的ではない。しかし、イオン注入時間が長くなるのもやはり工業的ではない。この様な場合、ガラス表面全体にイオン注入するのではなく、特に割れやすい部分にのみ、イオン注入を行うことが実用的である。大きな板ガラスは、一般にさらに大きな板状のガラスから切り出されて使用形状に整えられる。この時、ガラスの切断部分、つまりガラスの外周部分は、クラックが入りやすく、割れ易くなってしまう。よって、ガラスの外周部分近傍にのみ、例えば、板ガラス内部13にはイオン注入を行わずに、板ガラスの縁の部分近傍の数cm程度以内の部分14にかけてのみイオン注入を行い、この部分14を強化しておけば、十分効果がある。この様子を図5に示す。また、ガラスに外力が加わった際に、最も力のかかる部分、例えばガラス中央にこの強化処理を行っておけば、さらに高い効果が得られる。
【0050】
しかし、この様に部分的にイオン注入による強化を行った場合、イオン注入した部分14と、イオン注入していない部分16との境界部分に、イオン注入による変化の有無によって、応力が発生してしまい、ガラスに歪が出来てしまう恐れがある。よって、この境界部分をはっきりと分けるのではなく、1mmから10cm程度、好ましくは5mmから5cmの範囲で、イオン注入量に緩やかなグラデーションを設けて、イオン注入を行うことが望ましい。このイオン注入量のグラデーションの例を図6に示す。
【0051】
グラデーションの形成方法は、イオン注入時にイオンビームに対して、ガラスを動かす際のガラスの速度に変化をつけても良いし、イオンビーム中の電流量に所望のグラデーションを与えるように、図4の電極や磁石12を制御しても良い。図7(A)及び図7(B)にイオンビーム18に対して、ガラス試料8を動かす際の手法の概念図を示す。ガラス試料8の縁と同方向に沿った形の長細い形状のイオンビーム18を、図4の電極や磁石12を用いて形成しておき、図7に示すように、ガラス試料8の縁と垂直方向19にガラスを動かす。この時、イオン注入量が高い側ではガラスをゆっくり動かし、イオン注入量がゼロとなるべき方向に近づくにつれて、ガラスを段々早く動かせば、図6のような分布を持つイオン注入が可能となる。
【0052】
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0053】
本実施例では、ガラス試料8に、厚さ0.8mm、4×4cm角の合成石英ガラスを用いた。その表面及び裏面には約500nmのNi膜9が蒸着され、当該Ni膜9はアースされている。このようにNi膜9、即ち導電膜を形成するのは、ガラス試料8の帯電を防止するためである。本実施例では、イオン種として水素イオンを使用した。水素ガスをイオン源2においてイオン化し、所望の電荷に帯電した水素イオンを質量分析器3において選別し、選別された水素イオンを加速器4において約2MeVで加速する。
【0054】
そして、加速されたイオンを成形して注入室6に導き、ガラス試料8に照射する。また、比較試料として、380keVで加速した水素イオンを注入したガラスも用意した。
【0055】
ガラス試料に対しては、いずれの場合もガラス表面全体に水素イオンを、ドーズ量約3×1014個/cm照射した。この際、イオンがガラス試料8に注入されると、電荷は、Ni膜を通ってアースに流れるため、ガラス表面8に蓄積されることはない。
【0056】
このようにしてガラス試料8の表面にイオン注入を行った後、いずれのガラス試料に対しても、その裏面を上にして、当該裏面にも同様のイオン注入を行った。このようにガラス試料の両面にイオン注入を行うことにより、ガラス試料をより強化することができ、また、ガラスの反りを防ぐことができる。
【0057】
図2は2MeVで加速された水素イオンが注入されたガラス試料8の部分断面概念図である。注入された水素10は表面及び裏面から約45μm付近に分布している。上記のように2MeVで加速した水素イオンが注入されたガラス試料8に対して、同心円負荷曲げ試験を行いガラスの強度を測定した。その結果、イオン照射によって平均で約1.6倍、イオン照射前に比べてガラスの強度が上がったことが確認された。
【0058】
なお、同様の試料に対して380keVで加速した水素イオンを照射した上記の比較試料の場合、ガラスの強度は上昇しなかった。この原因としては、380keVの加速エネルギーでは水素イオンがガラス表面に形成されていた微小クラックより深い位置まで届かなかった為と考えられる。380keVで加速された水素イオンの合成石英ガラス中への進入深さは4μm弱である。一方、本実施例で使用したイオン照射をおこなう前のガラスは、表面を光学的に平らにするための研磨がなされており、その為、5μm程度の深さの微小クラックが存在したと考えられる。その為、このイオン注入条件では、ガラス強度の上昇が見られなかったものと考えられる。
【0059】
但し、上記の2MeVで加速された水素イオンが注入された試料においても、全ての試料で高強度化が確認されたわけではなく、約8%程度の試料では、強度に変化が無かった。これは、これらの試料では、恐らく研磨による45μmより深いクラックが入ってしまっており、その為、効果が現れなかったものと思われる。
【実施例2】
【0060】
本実施例では、ガラス試料8に、厚さ1.0mm、4×4cm角の溶融石英ガラスを用いた。その表面及び裏面には約50nmのNi膜9が蒸着され、当該Ni膜9はアースされている。本実施例でも、イオン種として水素イオンを使用した。イオンの加速エネルギーは1.3MeVとした。この時のイオンが注入される深さは約23μmである。イオン注入量(ドーズ量)は約3×1014個/cmとし、ガラスの表裏の両面にイオン注入した。
【0061】
本試料においては、約1.5倍の高強度化が得られた。但し本試料においても、全ての試料において高強度化が確認されたわけではなく、約20%程度の試料では、強度に変化が無かった。これも、恐らく研磨によって、23μmより深いクラックが入ってしまっていた為と思われる。
【実施例3】
【0062】
本実施例では、ガラス試料8に、厚さ1.0mm、4×4cm角の合成石英ガラスを用いた。その表面及び裏面には約30nmのNi膜9が蒸着され、当該Ni膜9はアースされている。本実施例でも、イオン種として水素イオンを使用した。イオンの加速エネルギーは1.3MeVと2.0MeVの2種類とし、2回イオン注入を行った。それぞれのイオン注入でのイオン注入量(ドーズ量)は約3×1014個/cmとし、ガラスの表裏の両面にイオン注入した。
【0063】
本試料においても、約2.1倍の高強度化が得られた。この様に、複数の異なる条件でイオン注入することによって、より高い強化が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の第1実施形態を実施するためのイオン注入装置の概略図である。
【図2】第1実施形態に従い、水素イオンを注入したガラス試料の部分断面概念図である。
【図3】導電性の膜を貫通した後のガラス試料中でのイオン注入の様子の、膜厚が適当な場合を示した図(A)と、膜が厚すぎる場合を示した図(B)である。
【図4】ビームの経路上に電極又は磁石を配置して、電界または磁界をかける構成を示した図である。
【図5】ガラスの外周部分近傍にイオン注入を行いこの部分を強化した様子を示した図である。
【図6】イオン注入量のグラデーションの例を示した図である。
【図7】イオンビームに対して、ガラスを動かす際の手法の概念図を示した断面模式図(A)及び斜視図(B)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを加速してガラス表面に注入するガラス強化方法において、前記イオンをガラス表面に存在する微小クラックより深く注入することを特徴とするガラス強化方法。
【請求項2】
イオンを加速してガラス表面に注入するガラス強化方法において、前記イオンを5μm以上の深さに注入することを特徴とするガラス強化方法。
【請求項3】
前記イオンが、水素イオン又はヘリウムイオンであることを特徴とする請求項1又は2に記載のガラス強化方法。
【請求項4】
前記イオンを、MeVオーダー以下の加速電圧で加速することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のガラス強化方法。
【請求項5】
前記イオンの注入前にガラス表面に導電体を塗布又は堆積することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のガラス強化方法。
【請求項6】
前記イオン注入の際、ガラス表面を導電体のメッシュ又は複数本のワイヤーにて覆い、その上からイオンを照射することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のガラス強化方法。
【請求項7】
加速されたイオンがガラス表面に注入されることによって強化されたガラスであって、前記イオンがガラス表面に存在する微小クラックより深く注入されたことを特徴とする強化ガラス。
【請求項8】
加速されたイオンがガラス表面に注入されることによって強化されたガラスであって、前記イオンが5μm以上の深さに注入されたことを特徴とする強化ガラス。
【請求項9】
前記注入されたイオンが、水素イオン又はヘリウムイオンであることを特徴とする請求項7又は8に記載の強化ガラス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−523027(P2007−523027A)
【公表日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−523886(P2006−523886)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【国際出願番号】PCT/JP2005/003221
【国際公開番号】WO2005/080285
【国際公開日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】