説明

キセノン投与方法及び装置

吸入循環系と心肺バイパス(CPB)循環系に患者をつなぐことによりキセノン及び/又はキセノン含有媒質、特にキセノン含有混合ガスを患者に投与するための装置と方法。本発明による装置は、a)キセノン及び/又はキセノン含有媒質供給源(X)、b)吸入循環系(V,1,1')とCPB循環系(M,2,2')にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を供給するための供給ユニット、c)吸入循環系(V,1,1')とCPB循環系(M,2,2')に供給されるキセノン及び/又はキセノン含有媒質の量を制御するための計量注入ユニット(S)、及びd)吸入循環系(V,1,1')及び/又はCPB循環系(M,2,2')内のキセノン含有量を測定するための分析ユニットを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸入循環系及び心肺バイパス(CPB)循環系を備え、これらの循環系に患者をつないでキセノン及び/又はキセノン含有媒質、特にキセノン含有混合ガスを患者に投与するための装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下、「投与」という用語の概念は、患者に対するキセノン又はキセノン含有媒質の注入、即ち、屡々施用、投薬、導入等々の類語によっても表現されることのある広義の意味を有するものと理解されたい。
【0003】
キセノンは地球大気中に存在する希少な不活性気体元素であり、深冷分離法により大気成分を分離することによって製造されるが、その製造には比較的手間も費用も多くかかることが知られている。キセノンには、既に証明されている麻酔作用と共に神経毒的な現象に対する防護効果もある。例えば心臓を切開する外科手術の際には神経毒的な現象が起こる危険が比較的大きいが、そのような手術の場合には心肺血液循環が体内で橋絡され、患者には体外の交換膜、いわゆる人工心肺を介して酸素の供給が行われる。このような体外に形成される心肺循環系は心肺バイパス(CPB)循環系と呼ばれる。
【0004】
通常、心臓切開外科手術は以下に述べるように行われる。先ず患者を人工呼吸器と麻酔器で呼吸させる。この段階で既に患者の組織にキセノンを注入することができる。次に、患者の心肺循環系が体内で橋絡され、患者に人工心肺がつながれる。この段階で人工心肺を通じてキセノンが患者の組織に到達し得るようになる。通常の場合、患者につながれたCPB循環系の運転中は人工呼吸器のスイッチは切られるか、あるいは切られても良い状態となる。手術が行われた後、CPB循環系から再び人工呼吸器、即ち吸入循環系に切り換えられる。この段階においても患者には吸入循環系を通じてキセノンを供給することが好ましい。
【0005】
しかしながら、このような循環系の切換手順は、既に述べたようにキセノンが極めて高価であるので、キセノン消費量を可能な限り少なく保つような態様で実現する努力が払われなければならない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の課題は、患者にキセノン及び/又はキセノン含有媒質、特にキセノン含有混合ガスを投与するための装置及び方法、特に吸入循環系及び/又はCPB循環系へのキセノン又はキセノン含有媒質の供給量を適正に制御することのできる装置及び方法を提示することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この課題を解決するために、本発明によるキセノン投与装置は、冒頭に記載した種類の装置において、
a)少なくとも一つのキセノン及び/又はキセノン含有媒質供給源、
b)吸入循環系とCPB循環系にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を供給するための少なくとも一つの供給ユニット、
c)吸入循環系とCPB循環系に供給されるキセノン及び/又はキセノン含有媒質の量を制御するための少なくとも一つの計量注入ユニット、及び
d)吸入循環系及び/又はCPB循環系内のキセノン含有量を測定するための少なくとも一つの分析ユニットを備えている。
【0008】
また本発明による方法は、冒頭に記載した種類の方法において、
a)吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内のキセノン含有量を直接又は間接的に測定し、
b)キセノン及び/又はキセノン含有媒質を供給するための供給源(X)から、少なくとも一時的にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内に注入することを特徴とする。
【0009】
キセノン及び/又はキセノン含有媒質の投与は、測定結果から得られたキセノン濃度が予め設定されたキセノン濃度と比較され、二つの濃度値の差に応じてキセノン及び/又はキセノン含有媒質が計量注入されるという形式で制御アルゴリズムを介して行われる。
【0010】
この制御アルゴリズムに加えて好ましくは安全対策、即ち安全プログラムも準備され、これによって不所望の有害な過剰量のキセノンが吸入循環系及び/又はCPB循環系内に注入され、酸素濃度が所望の或る必要なレベルから低下する事態なども防止される。従って、例えば酸素濃度を20%に設定し、それによって酸素の供給不足(低酸素状態)を防止することができる。
【0011】
但し、これに代えてキセノン及び/又はキセノン含有媒質の手動投与を可能とすることもできる。その場合には、各系におけるキセノン貫流量及び酸素貫流量が或る一定値に設定される。この場合のキセノン含有量の測定は濃度の監視の目的に限定して行われる。
【0012】
原則として、キセノン含有量、従って濃度の測定は、前記両循環系について患者側へ酸素を供給する側の導管内部、即ち酸素供給部の上流側、及び/又は患者側からの環流が流れる側の導管内部、即ち酸素供給部の下流側で測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明による装置及び方法とその幾つかの発展形態を図示の好適な実施形態と共に詳述すれば以下の通りである。
【0014】
図示するように、患者Pには麻酔器を装備した人工呼吸器Vを用い、その吸入導管1からマウスピースを介してキセノン又はキセノン含有媒質を含有した酸素又は空気を吸入させる。患者Pから吐き出される呼気はマウスピースから吐出導管1’を通して人工呼吸器Vに戻される。更に患者Pは、人工心肺M(交換膜を有し、破線で示す循環チューブシステム13を介してポンプ輸送される患者の血液との間で交換膜による酸素の供給と二酸化炭素の排出を行うシステム)を介してCPB循環系(導管2及び2’で示されている)とつながれている。
【0015】
CPB循環系はポンプを備え、このポンプが既に人工心肺を通って導かれたガスを再び人工心肺に供給し、従ってCPB循環系は閉鎖ループ系を構成している。殆どの場合、人工心肺から出てくるガス(混合ガス)はCO2濃度が高くなっているので、このガスが再び人工心肺に循環される前に図示しないCO2吸収装置及び/又はCO2吸着装置に通過させ、それによって人工心肺に供給されるガス中のCO2濃度を低下させることが好ましい。
【0016】
中央制御ユニットS(このユニット内には、所要の分析装置並びに計量装置が備えられている)により、測定用導管6及び7を介して取り込まれた吸入循環系1及び1’内又はCPB循環系2及び2’内のガスのキセノン含有量が測定される。キセノンの消費量を極力少なく維持する目的で、分析に供せられたガス流は再び吸入循環系内又はCPB循環系内に戻される。
【0017】
この測定用導管6及び7を利用して、有利な形態で適切な測定機器を使用して把握される吸入循環系及び/又はCPB循環系内のガスの他の成分パラメーターを伝送することができる。これらのパラメーターとは、例えばキセノン以外のガス(混合ガス)の濃度、貫流量、圧力、温度等である。
【0018】
制御ユニットSは、導管3によりキセノン及び/又はキセノン含有媒質、特にキセノン含有混合ガスの供給源Xと接続されている。この場合、キセノン及び/又はキセノン含有媒質の供給源Xは、キセノン及び/又はキセノン含有媒質を気体、液体、及び/又は溶解物(例えば食塩溶解物)の形態で貯留する備蓄ユニットを備えていてもよい。またキセノンはドナーの形態で存在しても良く、その場合、キセノンのドナーは気体(混合ガス)、液体、固体、あるいは溶解物であってよい。
【0019】
制御ユニットSには、図示するように導管8を介して少なくとも一つの他の一成分ガス又は多成分ガス(即ち混合ガス)の供給源Gも接続することができる。この場合、供給源Gは特に空気、酸素、二酸化炭素、酸化窒素、麻酔ガス、揮発性麻酔薬のような混合ガスの供給及び貯蔵に用いられる。供給源Gには、供給源Xと同様に種々の形態のものが利用可能である。
【0020】
吸入循環系及び/又はCPB循環系内のガスのキセノン含有量測定値に応じて、これら循環系の一方もしくは双方に導管4及び/又は5を介してキセノン含有媒質を計量して注入し、所要の濃度とすることができる。この場合、各循環系に対するキセノン含有媒質の計量注入は同時に行ってもよく、また時間をずらして行ってもよい。
【0021】
二つの循環系を相互に連絡する導管9には、調節弁aと、場合によってポンプP1が配置されており、この導管9を通じて吸入循環系とCPB循環系との間で媒質流路の切り換えを行えるようになっている。この媒質流路の切り換えは必要に応じて行われ、特にこれら循環系の一方に流れるガスがその循環系ではもはや利用されなくなった場合に媒質流路を切り換えることによって、例えば人工心肺の利用が終了したときにCPB循環系のガス(混合ガス)を吸入循環系に導くことができる。
【0022】
吸入循環系及びCPB循環系は、それぞれ同様に調節弁b又はc、及び場合によってはポンプP2又はP3が配置された導管10又は11を介して、回収ユニット即ち再生ユニットWに接続可能である。この再生ユニットは、吸入循環系及び/又はCPB循環系内のガス混合物又は液体混合物からキセノンを回収し、再生するために用いられる。この場合のキセノンの回収は、例えば濾過、吸収、吸着、濃縮等のような適切な処理操作によって行われることは述べるまでもない。
【0023】
回収ユニット、即ち再生ユニット内で得られるキセノンは再び集められて手術の進行中に再生されるのが通常である。但し、再生ユニットが適切な形態であることが前提であるが、再生されたキセノンを点線で示す導管12を介してキセノン供給源Xに直接供給することも考えられる。
【0024】
本発明により、キセノン又はキセノン含有媒質を吸入循環系及び/又はCPB循環系に同時又は時間をずらして計量注入することが可能になる。この場合、一方又は双方の循環系への計量注入はプログラム制御のもとに行うことができる。このプログラム制御によってキセノン又はキセノン含有媒質の計量注入を時間的に最適化して行うことができる。
【0025】
従って、例えばキセノン又はキセノン含有媒質の患者への投与、及び場合によって意図されるその他のガス(混合ガス)の投与を、CPB利用治療の前、或いはCPB利用治療中、或いはCPB利用治療後に限定して行うことができる。更に、例えばCPB利用治療前とCPB利用治療中に投与を行うなど、ほぼ任意の組み合わせも可能である。
【0026】
既に述べたように、好ましくは安全対策としての安全プログラムを備えていてもよく、このプログラムによって吸入循環系及び/又はCPB循環系内にキセノンが不所望の或いは有害な過剰量で注入されたり、酸素濃度が所望の或いは必要なレベルよりも低下することが防止される。
【0027】
例えば、吸入循環系内に空気(従って酸素濃度は約21%)が存在し、この吸入循環系内にキセノン濃度が60%となるようにキセノンが供給されると、吸入循環系内の空気濃度は40%に低下する。この結果、酸素濃度は僅か約8.4%となり、それによって患者が酸素の供給不足(低酸素症)に陥る可能性がある。
【0028】
このような場合に対する安全対策として、前記安全プログラムを制御ユニットに組み込んでおくことにより、吸入循環系内における酸素濃度が予め設定された酸素濃度以上であるときに初めてキセノン又はキセノン含有媒質の投与が可能となるようにすることができる。この場合、例えば設定酸素濃度を90%に固定し、吸入循環系のキセノン濃度が60%となるようにキセノンを供給すると、吸入循環中の残り40%の90%は酸素となる。その結果、この系内、即ち吸入循環系内の酸素濃度は36%に達することになり、患者にとって危険はなくなる。
【0029】
この安全プログラムは、更にキセノン又はキセノン含有媒質の投与に先立って酸素による系内の洗浄を行い、それによって充分に高く、従って充分に安全な酸素濃度が確保できることを保証するように作成しておくことも可能である。
【0030】
更に、二つの循環系に共通の供給源からキセノン又はキセノン含有媒質を供給できる用にしておくことも有利である。加えて、消費されなかったキセノンを両循環系から回収できるようにしておくこと、及び/又は二つの循環系の一方でもはや必要でなくなったキセノンを他方の循環系に供給できるようにしておくことも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施形態によるキセノン投与装置の構成を示す系統図である。
【符号の説明】
【0032】
P :患者
V :人工呼吸器/麻酔器
S :制御及び計量注入ユニット
X :キセノン及び/又はキセノン含有媒質供給源
G :一成分ガス又は多成分ガス(混合ガス)供給源
M :CPB人工心肺
W :キセノン再生(回収)ユニット
a,b,及びc :調節弁
P1〜P3 :ポンプ
1〜5/8〜12:ガス(又は媒質)導管
6及び7 :測定用導管
13 :チューブシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸入循環系及び心肺バイパス(CPB)循環系を備え、これらの循環系に患者をつないでキセノン及び/又はキセノン含有媒質、特にキセノン含有混合ガスを患者に投与するための装置において、
a)少なくとも一つのキセノン及び/又はキセノン含有媒質供給源(X)、
b)吸入循環系(V、1、1’)とCPB循環系(M、2、2’)にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を供給するための少なくとも一つの供給ユニット、
c)吸入循環系(V、1、1’)とCPB循環系(M、2、2’)に供給されるキセノン及び/又はキセノン含有媒質の量を制御するための少なくとも一つの計量注入ユニット(S)、及び
d)吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内のキセノン含有量を測定するための少なくとも一つの分析ユニットを備えたことを特徴とするキセノン投与装置。
【請求項2】
キセノン又はキセノン含有媒質の供給源(X)が気体のキセノンを選択的に1種又は複数種の他の媒質、特に他のガス状媒質との混合物の形態で供給する手段を有することを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
吸入循環系(V、1、1’)とCPB循環系(M、2、2’)との間を連絡してこれら二つの循環系の間で媒質流路の切り換えを行う導管手段(9)を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)に接続されて前記二つの循環系の一方又は双方からキセノンを回収するための再生ユニット(W)を備えていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内のキセノン含有量を測定するための分析ユニット(S)に加えて、これら系内における他の媒質の濃度及び/又はその他のパラメーター、特に貫流量、圧力、温度を測定するための別の分析ユニットを更に備えていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
CPB循環系(M、2、2’)が閉鎖ループ系を構成していることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
CPB循環系(M、2、2’)が、CO2吸収装置、CO2吸着装置、及び/又はCO2濾過装置又は透過形CO2濾過装置を備えていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の装置。
【請求項8】
患者につながれた吸入循環系及び心肺バイパス(CPB)循環系にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を注入するキセノン投与方法において、
a)吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内のキセノン含有量を直接又は間接的に測定し、
b)キセノン及び/又はキセノン含有媒質を供給するための供給源(X)から、少なくとも一時的にキセノン及び/又はキセノン含有媒質を吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内に注入することを特徴とするキセノン投与方法。
【請求項9】
吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)に、少なくとも一時的に1種以上の他の媒質をガス単体又は混合ガスとして供給することを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内のキセノン含有量の他に、これら系内における他の媒質の濃度及び/又はその他のパラメーター、特に貫流量、圧力、温度を測定することを特徴とする請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内から未消費のキセノンを回収することを特徴とする請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
キセノン及び/又はキセノン含有媒質を吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)に注入する際に、吸入循環系(V、1、1’)及び/又はCPB循環系(M、2、2’)内の酸素濃度を予め定められた濃度値以上に維持することを特徴とする請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2007−530111(P2007−530111A)
【公表日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−504365(P2007−504365)
【出願日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【国際出願番号】PCT/EP2005/003169
【国際公開番号】WO2005/092417
【国際公開日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(591035368)エア プロダクツ アンド ケミカルズ インコーポレイテッド (452)
【氏名又は名称原語表記】AIR PRODUCTS AND CHEMICALS INCORPORATED
【住所又は居所原語表記】7201 Hamilton Boulevard, Allentown, Pennsylvania 18195−1501, USA
【Fターム(参考)】