説明

キチン又はキトサンを含む分解性複合材料

【課題】本発明の目的は、キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含み、自己分解能を有している分解性複合材料を提供することである。
【解決手段】キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含む成型品に対して、該多糖を加水分解し得る分解酵素を担持させることにより、生体等の水分存在環境下で該多糖を徐々に分解させることが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含む分解性複合材料に関する。具体的には、本発明は、キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含み、生体等の水分存在環境下で徐々に分解される分解性複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
キチンやキトサンは、生態に悪影響を与えないため、様々な医療用材料として使用されている(例えば、特許文献1参照)。例えば、キチンやキトサンを原料として製造したシートは、創傷被覆材として用いられており、更にはキチンやキトサンを原料として製造した繊維は、医療用補綴材として使用されている。キチンやキトサンは、分解されると生体内で吸収される可溶性糖質になることが知られており、その分解物の生体適合性が高いことが分かっている。しかしながら、キチンやキトサンは、人間の生体内の酵素では分解できないため、これらを原料として製造された医療用材料は、生体内に放置する使用形態では用いられ難いという問題点がある。生体組織に長期間留まるように使用される医療材料は、術後に生体組織の損傷がある程度治癒した段階で体内にて吸収し消滅すれば、不要となった医療材料の抜去の必要が無いため、安全性や使用簡易性の点で利点がある。
【0003】
そこで、キチンやキトサンにも、自己分解性を備えさせることができれば、より有用性が高い医療用材料の提供が可能となる。しかしながら、これまでに、キチンやキトサンに対して自己分解能を備えさせる技術については、未だ確立されていないのが現状である。
【特許文献1】特開2003−265591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含み、自己分解能を有している分解性複合材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、キチン及びキトサンの少なくとも1種の多糖を含む成型品に対して、該多糖を加水分解し得る分解酵素を担持させることにより、生体等の水分存在環境下で該多糖を徐々に分解させることが可能となり、これによって自己分解能を有する分解性複合材料を提供できることを見出した。特に、前記分解酵素として耐熱性酵素を使用することによって、前記多糖に対する分解活性を長期間安定に保持でき、水分存在環境下で当該複合材料の持続的且つ安定な分解が可能になることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に改良を重ねることによって完成したものである。
【0006】
即ち、本発明は、下記に掲げる分解性複合材料を提供する:
項1. キチン及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種の多糖を含む成型品に、該多糖を加水分解し得る分解酵素が担持されていることを特徴とする、分解性複合材料。
項2. 前記多糖を含む成型品が、シート状又は繊維状である、項1に記載の分解性複合材料。
項3. 前記分解酵素が、4℃以上で活性を示し、至適温度は95℃以上である耐熱性キチナーゼである、項1又は2に記載の分解性複合材料。
項4. 前記分解酵素が、パイロコッカスフリオサス(Pyrococcus furiosus)由来の耐熱性キチナーゼである、項1又は2に記載の分解性複合材料。
項5. 医療用材料である、項1乃至4のいずれかに記載の分解性複合材料。
【発明の効果】
【0007】
本発明の分解性複合材料は、水存在環境において、キチン及び/又はキトサンが生体適合性の高い可溶性糖質に自己分解できる。そのため、本発明の分解性複合材料を医療用材料として損傷組織に適用すると、所望の期間、損傷組織に留まった後に消滅するので、術後に医療用材料を抜去する必要がなく、患者への負担を軽減できる。
【0008】
また、本発明の分解性複合材料において、キチン及び/又はキトサンを加水分解し得る分解酵素として、4〜100℃程度の広温度域において活性を示す分解酵素を使用することによって、様々な温度条件の水存在環境において自己分解を誘発させることができ、広範な用途への応用が可能になる。
【0009】
更に、本発明の分解性複合材料において、前記分解酵素として、耐熱性酵素を使用することによって、当該酵素の高安定性に基づいて、当該分解性複合材料における自己分解能を安定に保持できるので、水分存在環境下で当該複合材料の持続的且つ安定な分解が可能になり、更には長期保存安定性を備えることもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の分解性複合材料は、キチン及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種の多糖を含む成型品(以下、単に、「キチン質成型品」と表記することもある)に、該多糖を加水分解し得る分解酵素が担持されていることを特徴とするものである。以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0011】
一般に、キチンは、構成単糖であるN−アセチルグルコサミンがβ−1,4グリコシド結合した多糖であるが、本発明で使用されるキチンは、50%未満のアセチル基が脱アセチル化されていてもよい。また、キトサンは、脱アセチル化した多糖であるが、本発明に使用されるキトサンは、キチンのアセチル基の50%以上が脱アセチル化されていればよく、脱アセチル化されていない部分が混在していてもよい。
【0012】
本発明の分解性複合材料に使用されるキチン質成型品は、多糖として、キチン及びキトサンのいずれか一方のみを含むものであってもよく、またこれらを組み合わせて含むものであってもよい。
【0013】
また、本発明の分解性複合材料に使用されるキチン質成型品は、前記多糖のみから構成されていてもよいが、必要に応じて、他の生分解性樹脂や添加剤等を含んでいてもよい。
【0014】
本発明の分解性複合材料に使用されるキチン質成型品において、前記多糖の配合割合については、特に制限されないが、当該分解性複合材料の自己分解能を向上せしめるという観点から、キチン質成型品の総重量当たり、該多糖が総量で30〜100重量%、好ましくは50〜100重量%、更に好ましくは70〜100重量%となる割合が例示される。
【0015】
本発明の分解性複合材料において、キチン質成型品の形状については、目的とする分解性複合材料の形態に応じて適宜設定すれば良く、特に制限されないが、例えば、シート状、繊維(糸)状、不織布状、綿状、スポンジ状等が挙げられる。これらの中でも、シート状及び繊維状は、医療用材料等として使用し易い形状であるので好適である。
【0016】
上記キチン質成型品は、公知の製造方法に従って製造でき、また市販品として入手することもできる。
【0017】
本発明の分解性複合材料に使用される分解酵素は、前記多糖を加水分解し得、薬学的に許容されることを限度として特に制限されない。このような分解酵素として、具体的には、キチナーゼ、キトサナーゼ等が例示される。例えば、前記多糖がキチンの場合には、キチナーゼが使用され、また前記多糖がキトサンの場合には、キトサナーゼが使用される。本発明の分解性複合材料に使用される分解酵素は、1種の酵素を単独で使用してもよく、また2種以上の酵素を組み合わせて使用してもよい。
【0018】
本発明で使用される分解酵素の作用温度については、該分解複合材料が使用される温度環境において活性を示す限り特に制限されないが、4〜100℃程度の広温度域において活性を示す分解酵素が好ましい。このような高温度域において活性を示す酵素を使用することによって、様々な温度条件の水存在環境において、分解性複合材料の自己分解を誘発させることができ、広範な用途での利用が可能になる。
【0019】
また、本発明で使用される分解酵素の好適な一例として、耐熱性酵素が挙げられる。このような耐熱性酵素の使用は、本発明の複合材料に高温下での自己分解能を備えさせ得ることに加えて、本発明の分解性複合材料の保存安定性を向上させることもできる。このような耐熱性酵素として、至適温度が60℃以上、更に好ましくは90℃前後であるものが例示される。本発明に使用される耐熱性酵素の好適な一例として、4℃以上で活性を示し、至適温度は95℃以上である耐熱性キチナーゼが例示される。このような耐熱性キチナーゼの具体例として、パイロコッカスフリオサス(Pyrococcus furiosus)由来のものが例示される。パイロコッカスフリオサス由来の耐熱性キチナーゼは公知であり、例えば、特開2004-344160号公報に記載の方法に従って製造できる。
【0020】
本発明の分解性複合材料の好適な一形態として、キチンを含む成型品にキチナーゼが担持されているもの;更に好ましくは、キチンを含むシート状及び繊維状の成型品にキチナーゼが担持されているもの;特に好ましくは、キチンを含むシート状及び繊維状の成型品に耐熱性キチナーゼが担持されているものが例示される。
【0021】
本発明の分解性複合材料は、前記多糖を含む成型品に前記分解酵素が物理的吸着又は化学的結合によって担持されていればよい。本発明の分解性複合材料は、例えば、前記多糖を含む成型品に対して前記分解酵素を含む溶液を塗布又は含浸させることによって製造される。更に、前記多糖を含む成型品に対して前記分解酵素を練り込むことによっても製造できる。
【0022】
本発明の分解性複合材料において、前記多糖を含む成型品に対する前記分解酵素の担持量については、特に制限されず、該多糖の種類、該分解性複合材料の形態や用途等に応じて適宜設定すればよい。前記分解酵素の担持量の一例として、前記多糖1g当たり、前記分解酵素が100〜100000U、好ましくは1000〜10000U、更に好ましくは2000〜5000Uが例示される。なお、ここで、分解酵素の活性単位は、下記の条件で1分間に1μmolのN-アセチルグルコサミン又はグルコサミンを遊離する酵素活性を1Uとする:
基質溶液:キチン粉末又はキトサン粉末を0.5重量%となるように200mM酢酸緩衝液(pH5.6)に添加して懸濁させる。
分解酵素溶液:活性測定の対象となる分解酵素を0.8 mg/mlとなるように蒸留水に溶解する。
測定プロトコール
(1)試験管内で基質溶液1 mlを、37℃で5〜10分間プレインキュベートする。
(2)次いで、試験管内に分解酵素溶液0.2mlを添加し、該分解酵素の37℃1時間穏やかな振盪条件下でインキュベートする。
(3)これを氷冷した後、1000μlのDMAB(パラ−ジメチルアミノベンザルデヒド)試薬を加え、37℃で20分間加熱した後、585nmでの吸光度を測定することにより、還元末端の増加を測定し、N-アセチルグルコサミン又はグルコサミンの遊離量を定量する。なお、DMAB試薬は10N塩酸を12.5重量%含む酢酸100mlにDMABを10g加えたものであり、使用直前に酢酸で10倍に希釈して用いる。
【0023】
本発明の分解性複合材料の用途については、特に制限されず、様々な分野で使用できる。本発明の分解性複合材料の用途の好適な一例として、創傷被覆材、医療用補綴材等の医療用材料が例示される。本発明の分解性複合材料は、患部に適用されると、患部に存在する水分と接触することによって、担持されている分解酵素が活性化され自己分解を開始する。このように、本発明の分解性複合材料は生体内で自己分解して吸収されるので、生体組織に長期間留まるように使用される医療用材料(例えば、創傷被覆材、医療用補綴材)として有用である。ここで、本発明の分解性複合材料を医療用材料として使用する場合、ヒトの医療用として使用してもよく、また哺乳動物(非ヒト)の医療用として使用してもよい。
【0024】
例えば、本発明の分解性複合材料がシート状である場合には、創傷被覆材として好適に使用できる。本発明の分解性複合材料を創傷被覆材として使用すると、創傷患部に適用された該分解性複合材料は、創傷がある程度治癒した段階で分解され生体内で吸収されるので、創傷の治癒後に抜去の必要がないという利点がある。更には、創傷被覆材として使用する場合、創傷が治癒する過程で徐々に分解することによって、創傷の治療効果を高めることもできる。
【0025】
また、例えば、本発明の分解性複合材料が繊維状である場合には、医療用補綴材として好適に使用できる。本発明の分解性複合材料を医療用補綴材として使用すると、縫合した患部の治癒と共に、生体内に吸収されるので、術後に抜糸する必要がなく、患者への負担を軽減できる。
【実施例】
【0026】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
実施例1
1.キチナーゼの調製
Pyrococcus furiosus由来のキチナーゼ(特開2004-344160号公報に記載の配列番号2で表されるアミノ酸配列)をコードするDNAが組み込まれたプラスミドを保持している大腸菌をLB培地(1L中にポリペプトン10g、酵母エキストラクト5g、塩化ナトリウム10gを含む)を用いて37℃で振とう培養し、対数増殖期中(600nmにおける光学密度0.2〜0.4)にイソプロピルβチオガラクトピラノシド(IPTG)を培地中の最終濃度が0.2mMになるように添加した。そのまま培養を一晩継続し、その後遠心分離(6000×gで7分間)によって大腸菌の細胞を回収した。
【0027】
培養液1Lから回収した大腸菌を20mLの緩衝液A(25mM Tris-HCl [pH7.5], 1mM EDTA, 25mM NaCl)に懸濁し、超音波破砕を行った。破砕後、高速遠心(13000×gで15分間)によって抽出液を得た。抽出液は85℃で30分間加熱し、再び高速遠心(13000×gで15分間)によって上清を回収した。
【0028】
回収した上清を陰イオン交換カラムHiTrapQ(アマシャム社製、5ml)に添加した。カラムへの添加および溶出はAKTA prime(アマシャム社製)を用いた。溶出は緩衝液Aに含まれる塩(NaCl)の濃度勾配(25mM〜1M)によって行った。目的のキチナーゼが溶出した画分を回収し、硫酸アンモニウム80%飽和の条件において4℃で一晩沈殿させた。高速遠心(13000×gで15分間)で沈殿を回収し緩衝液Aで再溶解を行った。溶解後のサンプルは緩衝液Aで平衡化を行ったゲル濾過カラムHiLoad 26/60 Superdex-200pg(アマシャム社製)に添加し、混入している低分子量のタンパク質および残留硫酸アンモニウムを除去した。キチナーゼが溶出した画分を回収し、CentriPrep YM-10(アミコン社製)で濃縮した。
【0029】
斯くして得られたキチナーゼは、1g(乾燥重量換算)当たり、37℃におけるキチナーゼ活性が18000Uであった。
【0030】
2.キチンを含むシートのキチナーゼによる分解性の評価
キチンを含むシート(ユニチカ株式会社、べスキチンW)を20mm×20mmの大きさ(約0.0125g)に切断し、このシートをそれぞれ50mMpH4.5の50mMの酢酸緩衝液又はpH7.4のTris緩衝液20mlに浸した。この2種類の溶液のそれぞれに上記で得られたキチナーゼ0.0006gを加え、37℃及び60℃でそれぞれ保温した。一定時間の後、シートを取り出しその崩壊を確認した。また、比較のため、キチナーゼを添加せずに同様の実験を行った。
【0031】
60℃の温度条件で酢酸緩衝液中でのシートの崩壊性を評価した結果を図1に示す。図1に示されているように、キチンを含むシートがキチナーゼと共存することによって、分解されることが明らかとなった。また、37℃での酢酸緩衝液、37℃でのTris緩衝液、及び60℃でのTris緩衝液でも、同様の結果が得られた。以上の結果から、キチンを含むシートは、37℃の温度条件下でもキチナーゼの存在下で分解されたことから、キチナーゼを担持させたキチン質シートは、生体内での自己分解性を備えており、医療用途に有効であることが確認された。
【0032】
3.分解性複合材料の製造
上記で得られたキチナーゼを0.011g/mLの濃度で含む50mMのTris緩衝液(pH7.5)10mLに、キチンを含むシート(ユニチカ株式会社、べスキチンW、100mm×120mm、0.4g)を4℃で30分間、含浸させた。その後、シートを取り出して50℃で乾燥させることにより、キチナーゼが担持されたキチンシート(分解性複合材料)を得た。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】酢酸緩衝液において、60℃の温度条件でキチンを含むシートの崩壊性を評価した結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン及びキトサンよりなる群から選択される少なくとも1種の多糖を含む成型品に、該多糖を加水分解し得る分解酵素が担持されていることを特徴とする、分解性複合材料。
【請求項2】
前記多糖を含む成型品が、シート状又は繊維状である、請求項1に記載の分解性複合材料。
【請求項3】
前記分解酵素が、4℃以上で活性を示し、至適温度は95℃以上である耐熱性キチナーゼである、請求項1又は2に記載の分解性複合材料。
【請求項4】
前記分解酵素が、パイロコッカスフリオサス(Pyrococcus furiosus)由来の耐熱性キチナーゼである、請求項1又は2に記載の分解性複合材料。
【請求項5】
医療用材料である、請求項1乃至4のいずれかに記載の分解性複合材料。

【図1】
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【公開番号】特開2009−247824(P2009−247824A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−103180(P2008−103180)
【出願日】平成20年4月11日(2008.4.11)
【出願人】(505057738)株式会社耐熱性酵素研究所 (10)
【出願人】(000219222)東タイ株式会社 (7)
【Fターム(参考)】