説明

キトサン/アルギネートヒドロゲルビーズにおける細胞培養

本発明は、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法であって、アルギネート、キトサン及び軟骨形成細胞を混合し、続いて重合してビーズにする、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨形成細胞、より具体的には軟骨細胞の培養のための足場に関する。本発明は、埋め込み用の細胞化ビーズに更に関する。本発明は、軟骨修復のための方法及び手段(tools)に更に関する。
【背景技術】
【0002】
単離し展開させた軟骨形成細胞が、数十年前から埋め込みに使用されている。しかしながら、十分な量の細胞を得るためのin vitro展開は、埋め込みの際に細胞死を引き起こす細胞、瘢痕組織又は過剰分化細胞を生じる可能性がある。これは特に、軟骨細胞培養物が埋め込みの際に想定される硝子軟骨ではなく線維状又は骨様の物質を生じることの多い軟骨修復の場合に当てはまる。
【0003】
軟骨の細胞外マトリックスを模倣した三次元マトリックスにおいて軟骨細胞を培養する試みがなされている。細胞を培養するのに様々なゲルが使用されている。例えば、従来技術では、アルギネートのコアとキトサンの被膜とを含むビーズが開示されている(非特許文献1)。
【0004】
ヒドロゲルビーズを調製する方法は3つの群に分けることができる。第1のタイプは、細胞が植え付けられる(populated)多孔質マトリックスに関する。この場合、マトリックスはマトリックス内への細胞の移動を可能とするように大きな孔径を有する。非特許文献2は、2.4%のアルギネート/2.4%のキトサンを含有する多孔質足場(これに細胞を後から播種する)を記載している。
【0005】
細胞はマトリックスの外側から内部へと移動するため、これらのマトリックスは、外部のシェルに多くの細胞を有し、内部に少量の細胞を有することが多い。
【0006】
第2のタイプの方法では、細胞をマトリックスの構成要素と混合した後、マトリックスを形成する。非特許文献3は、2.5%のアルギネートと1.4%のキトサンとを含むビーズを形成する方法を記載している。その場合の軟骨は低品質であることが記載されている。
【0007】
特許文献1に説明されるような第3の方法では、アルギネート等の多糖類と高度に分岐したキトサンのオリゴ糖誘導体との混合物の水溶液から得られるゲル化溶液に細胞を封入する。細胞を封入する目的でゲル化剤を用いて水溶液をゲル化する。
【0008】
いずれのタイプの方法でも、ヒドロゲルの選択が細胞の表現型及び結果として埋め込み物の品質に強い影響を与える。特に特許文献1のヒドロゲルにおいては、キトサンのオリゴ糖誘導体は少なくとも40%という誘導体化度を有し、その多糖類混合物又はアルギネート混合物は細胞を生かし続けるには最適でないイオン強度を有する。さらに、この3Dマトリックスは、細胞増殖の増加及びアグリカン合成の減少によって示されるように、軟骨細胞表現型を安定に維持しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2007/135114号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Babister et al. (2008) Biomaterials 29, 58-65
【非特許文献2】Li et al. (2008) J. Biomed. Mater. Res. A. 86, 552-559
【非特許文献3】Bernstein et al. (2009) Biotechnol. Prog. 25, 1146-1152
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
マトリックス材料の選択及び細胞化埋め込み物を作製する方法の更なる改善が依然として必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様は、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法であって、
アルギネートの溶液を準備する工程と、
60kD未満のMwを有するキトサンを含む溶液を準備する工程と、
前記アルギネートの溶液及び前記キトサンの溶液を軟骨形成細胞と混合する工程であって、混合溶液が0.5%(w/v)〜0.7%(w/v)のキトサン及び1%(w/v)1.4%(w/v)のアルギネートを含む、前記アルギネートの溶液及び前記キトサンの溶液を軟骨形成細胞と混合する工程と、
前記混合溶液の液滴をCa2+カチオン又はSr2+カチオンを含む溶液に導入する工程と、
前記カチオンを含む溶液からゲル化ビーズを単離する工程と
を含む、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法に関する。
【0013】
本発明の方法の或る特定の実施の形態では、混合溶液の液滴をSr2+イオンの溶液に導入する。
【0014】
本方法の特定の実施の形態では、混合溶液は0.6%のキトサンを含み、かつ/又は1.2%のアルギネートを含む。
【0015】
本発明の方法の特定の実施の形態では、混合溶液中のアルギネートとキトサンとの比率が1.4〜2.8、又は1.75〜2.25、又は約2である。
【0016】
本発明の方法の特定の実施の形態では、キトサンが35kD〜45kDのMwを有し、かつ/又は動物起源若しくは好ましくは植物起源である。
【0017】
本発明の方法の他の特定の実施の形態では、方法は軟骨形成細胞を含むビーズを成長培地中で培養する工程を更に含む。かかる培養は最大7日間、14日間、21日間又は更には28日間行うことができる。
【0018】
本発明の方法の他の特定の実施の形態では、成長培地は血清を含む。
【0019】
本発明の方法の他の特定の実施の形態では、ビーズの形成を、液滴を針に通して直径約0.2mm〜5mmの粒子を得ることによって行う。
【0020】
本発明の方法の他の特定の実施の形態では、方法は培養ビーズを感熱性ヒドロゲル中に混合する工程を更に含む。本明細書で、ビーズとヒドロゲルとの比率は例えば5/1〜1/1、又は4/1〜2/1である。
【0021】
本発明の別の態様は、球状ヒドロゲルビーズであって、キトサンとアルギネートとの均質混合物を含み、軟骨形成細胞を更に含み、上記に記載のような方法によって得ることができる、球状ヒドロゲルビーズに言及する。
【0022】
本発明の別の態様は、直径0.01mm〜5mmの球状ヒドロゲルビーズであって、キトサンとアルギネートとの均質混合物を含み、マトリックス内に軟骨形成細胞を更に含み、該ビーズが1%〜1.4%のアルギネート及び0.5%〜0.7%のキトサンを含む、例えば該ビーズが1.2%のアルギネートを含む、又は例えば該ビーズが0.6%のキトサンを含むことを特徴とする、直径0.01mm〜5mmの球状ヒドロゲルビーズに言及する。
【0023】
本発明のビーズの特定の実施の形態では、アルギネート/キトサンの比率は1.4〜2.8、又は1.75〜2.25、又は1.8〜2.2である。
【0024】
本発明のビーズの他の特定の実施の形態では、キトサンが35kD〜45kDのMwを有する。
【0025】
本発明のビーズの他の特定の実施の形態では、軟骨形成細胞は1つのビーズ当たり50000個又は60000個〜100000個又は150000個の細胞という濃度を有する。
【0026】
本発明のビーズの他の特定の実施の形態では、軟骨形成細胞は、21日間の培養後に0.5pg未満の乳酸脱水素酵素(LDH)を発現するか、又は血清の存在下で成長させた場合、軟骨形成細胞は、21日間の培養後にLDH1ng当たり0.02単位未満のアルカリホスファターゼを発現する。
【0027】
本発明の別の態様は、変形性関節症等の軟骨欠損の修復のための上記に記載される又は上記に記載のように作製されるビーズ内に含まれる軟骨形成細胞の使用に関する。
【0028】
本発明の別の態様は、軟骨欠損の修復用の薬物の製造のための上記に記載される又は上記に記載のように作製されるビーズ内に含まれる軟骨形成細胞の使用に関する。
【0029】
本発明において調製されるビーズ及びその使用の利点
従来技術の軟骨移植方法では、軟骨の正常域に由来する軟骨生検材料から採取される自己軟骨細胞の数は少なく、それらをその後移植(grafting)に最適な数の細胞が得られるまで単層で培養して増殖させる。単層で培養すると、軟骨細胞は次第にその表現型が曖昧になり、軟骨性細胞外マトリックスに分化せずに、主に瘢痕組織を生じる線維芽細胞となる。この脱分化プロセスを回避するため、又は単層培養後の細胞再分化を促進するために、軟骨細胞をアルギネートビーズ等の三次元マトリックス内で培養することができる。しかしながら、アルギネートビーズにおいては、軟骨細胞は肥大分化して周囲のマトリックスを石灰化する。肥大分化及びマトリックス石灰化は、変形性関節症に関連する望ましくない効果である。本発明は、アルギネートビーズ内で培養した軟骨細胞とは対照的に、キトサン/アルギネートビーズ内で培養した軟骨細胞が肥大軟骨細胞に分化しないことを実証する。本発明に従って使用されるビーズは軟骨細胞の表現型を安定させる。実際に、血清、例えば10%FBSの存在下(軟骨細胞の肥大分化を支持する条件である)での数週間の培養の後、キトサン/アルギネートビーズ内で21日間〜28日間培養した軟骨細胞は、アルギネートビーズ内で培養した軟骨細胞と比較して、肥大の特異的マーカーであるアルカリホスファターゼ(AP)を最低限の量しか産生しない(図4)。
【0030】
キトサン/アルギネートビーズ内で培養した軟骨細胞は、アルギネートビーズ内の軟骨細胞と比べて有意に高い量の軟骨特異的分子アグリカンを産生し、有意に少ない炎症性因子(IL−6、酸化窒素)及び異化因子(ストロメリシン(stromelysin)−1)を産生した。本発明に記載のキトサン/アルギネート混合物は、アルカリホスファターゼ発現の低下によって示されるように、軟骨細胞の肥大分化を防止する。
【0031】
この特定の効果は、キトサン/アルギネートビーズが、細胞移植用の、特に軟骨欠損を含む組織を修復するための有望な担体であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】アルギネートビーズ(A)及びキトサン/アルギネートビーズ(B)(キトサン:濃灰色の柱状構造;アルギネート:薄灰色の背景)の断面を示す図である。
【図2】キトサンヒドロゲル中に組み込まれたキトサン/アルギネートビーズを低倍率で(A)示す図である。より高倍率では(B)、軟骨細胞を視認することができる(矢印で示す)。
【図3】種々の時点でのインターロイキン−6(Il−6)(乳酸脱水素酵素1ng当たりのIL−6のピコグラム数で表される)の発現を示す図である。図3Aの左のバー:アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞;中央のバー:キトサン(20kD)/アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞;右のバー:キトサン(40kD)/アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞(キトサン/アルギネート比は1/2である)。図3Bは、Ca2+、Sr2+又はCa2+とSr2+との混合物を用いたアルギネートビーズ(左)又はキトサン/アルギネートビーズ(右)内での9日間の培養後の軟骨細胞におけるIL−6産生を示す。
【図4】種々の培地(ITS:インスリン、トランスフェリン及び亜セレン酸を含む培地;UG:Ultroser G;FBS:ウシ胎仔血清)中のアルギネートビーズ(黒抜きの(closed)バー)及び0.6%キトサン/1.2%アルギネートビーズ(キトサン40kD)(白抜きの(open)バー)内でのアルカリホスファターゼ(AP)の発現を示す図である(AP濃度は乳酸脱水素酵素1ng当たりのアルカリホスファターゼの単位数で表される)。パネルAは21日間の培養後の値を示し、パネルBは28日間の培養後の値を示す。
【図5】アグリカン(乳酸脱水素酵素1ng当たりのアグリカンのナノグラム数で表される)の発現を示す図である。図5Aはアルギネートビーズ(左)、キトサン(20kD)/アルギネートビーズ(中央)及びキトサン(40kD)/アルギネートビーズ内での13日間の培養後の発現を示す(キトサン/アルギネート比は1/2である)。図5Bは、Ca2+、Sr2+又はCa2+とSr2+との混合物を用いたアルギネートビーズ(左)又はキトサン/アルギネートビーズ(右)内での9日間の培養後の軟骨細胞におけるアグリカン産生を示す。CM:細胞周囲のマトリックス(Cell-associated Matrix);FRM:細胞外のマトリックス(Further-Removed matrix)*
【図6】種々の時点でのMMP−3(乳酸脱水素酵素1ng当たりのMMP−3のナノグラム数で表される)の発現を示す図である。左のバー:アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞;中央のバー:キトサン(20kD)/アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞;右のバー:キトサン(40kD)/アルギン酸カルシウムビーズ内で培養した細胞(キトサン/アルギネート比は1/2である)。
【図7】0.6%キトサン/1.2%アルギネートビーズ(マッシュルーム(A. bisporus)キトサン(40kD))を含む感熱性キトサンヒドロゲルの埋め込みを示す図である。
【図8】埋め込みの15日後の埋め込み物の組織学的評価を示す図である。A:軟骨下骨;B:細胞が定着したヒドロゲル;C:細胞が定着したキトサン/アルギネートビーズ;D:キトサンの小腔(lacunae)中に組み込まれた細胞。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の一態様は、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法に関する。この方法では、細胞はヒドロゲルマトリックスの形成の際にゲルの構成要素内に含まれる。この方法は、
アルギネートの溶液を準備する工程と、
60kD未満のMwを有するキトサンの溶液を準備する工程と、
前記アルギネートの溶液及び前記キトサンの溶液を軟骨形成細胞と混合する工程であって、混合溶液が0.5%(w/v)〜0.7%(w/v)のキトサン及び1%〜1.4%のアルギネートを含む、前記アルギネートの溶液と前記キトサンの溶液とを混合する工程と、
前記混合溶液の液滴をCa2+イオン又はSr2+イオンを含む溶液に導入する工程と、
前記カチオンを含む溶液からゲル化ビーズを単離する工程と
を含む。
【0034】
本方法によって得られるヒドロゲルは、細胞がマトリックス全体に均等に分布したアルギン酸カルシウム及びキトサンの均質なマトリックスをもたらす。
【0035】
本発明において得られるマトリックスは、或る成分のコアを有し、それが別の成分の層で被覆されている従来技術のマトリックスとは異なる。
【0036】
本発明において得られるマトリックスは、マトリックスの空隙率を、或る特定の程度の空隙率を得るために初めに凍結乾燥されるマトリックスと比較して、より正確に規定することができるという利点を有する。
【0037】
本発明において得られるマトリックスは、アルギネートマトリックス中に均質な網状構造を自発的に形成する低分子量のキトサン(60kDA未満)によって構成されるという利点を有する。
【0038】
細胞がゲル化の際にマトリックス内に含まれる、本発明において得られるマトリックスは、細胞がマトリックスビーズ全体に均質に分布するという利点を有する。細胞が後から播種される多孔質ビーズは通常、マトリックスの内部コアがビーズの外部シェルよりも少ない細胞を含有する細胞の勾配を生じる。これにより、コアの細胞が外側の細胞とは異なる特性を有する細胞集団を生じることが多い。
【0039】
実施例の項で示されるように、ヒドロゲルを調製するために使用されるアルギネート及びキトサンを、殺菌効果を有する強アルカリ性又は強酸性の緩衝液に(in)溶解させる。これは本発明の更なる利点である。
【0040】
本発明に従う方法では、アルギネート溶液とキトサン溶液とを混合して、種々の濃度を有するビーズを得ることができる。本発明の特定の実施形態は、カルシウムイオン又はストロンチウムイオンによるゲル化の前の組成が、0.4%(w/v)、0.45%(w/v)、0.5%(w/v)、0.55%(w/v)、0.60%(w/v)、0.65%(w/v)、0.70%(w/v)、0.75%(w/v)又は0.80%(w/v)のキトサンと、それとは独立して0.9%(w/v)、0.95%(w/v)、0.1%(w/v)、0.105%(w/v)、0.11%(w/v)、0.115%(w/v)、0.12%(w/v)、0.125%(w/v)、0.13%(w/v)、0.135%(w/v)、0.14%(w/v)、0.145%(w/v)又は1.5%(w/v)のアルギネートとを含むビーズに関する。特定の実施形態では、キトサンの濃度は0.5%〜0.7%又は0.55%〜0.65%の範囲である。他の特定の実施形態では、アルギネートの濃度は1.%〜1.4%又は1.25%〜1.35%の範囲である。ヒドロゲルの特定の実施形態は、約0.6%のキトサンと約1.2%のアルギネートとを含む。
【0041】
本発明の方法及び組成物の更なる実施形態は、混合溶液中のアルギネートとキトサンとの比率が1.4〜2.8、より具体的には1.5〜2.7、より具体的には1.6〜2.6、又は1.75〜2.25であるヒドロゲル組成物及びそれから得られるビーズに関する。この比率の具体的な値は約1.9、1.95、2.0、2.05及び1である。
【0042】
本発明の方法では、ビーズの平均サイズを、カルシウム溶液又はストロンチウム溶液に導入する液滴を形成するために使用される針の直径を調節することによって適合させ、経験的に決定することができる。本明細書では直径0.01mm〜5mmのビーズが想定される。これらの寸法は、取り扱いの容易さと、ビーズ中への栄養素(nutrients)の拡散との折り合いをつける。
【0043】
本発明の実験により、キトサンの物理的特性が軟骨を形成する軟骨細胞の表現型に寄与し得ることが示される。キトサンは、甲殻類(エビの殻)又はイカ等の種々の動物源から単離されている。代替的には、キトサンは植物起源、より具体的には、ケカビ(Mucoralean)株、ムコール・ラセモサス(Mucor racemosus)及びクニンガメラ・エレガンス(Cunninghamella elegans)、ゴングロネラ・ブトレリ(Gongronella butleri)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、リゾプス・オリーゼ(Rhizopus oryzae)、シイタケ(Lentinus edodes)、ヒマラヤヒラタケ(Pleurotus sajor-caju)、チゴサッカロミセス・ルーキシィ(Zygosaccharomyces rouxii)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)又はマッシュルーム(Agaricus bisporus)等の真菌起源である。
【0044】
キトサンは更に、様々な分子量で存在する。ここで、キトサンの鎖長はヒドロゲルの三次元構造に関与し得る。本発明において使用される典型的なキトサンは、60kD未満、具体的には15kD〜50kD、より具体的には35kD〜45kDの平均分子量を有し得る。
【0045】
本発明に従って作製されるビーズは軟骨形成細胞を含み、埋め込み等の更なる目的に所望される量の細胞を得るために培養される。培養期間は、細胞型及びビーズ内の初期濃度等の或る特定の因子に依存し得る。
【0046】
本発明のビーズは軟骨細胞、軟骨細胞前駆体、軟骨形成間葉幹細胞若しくは軟骨形成幹細胞、又は軟骨細胞と軟骨形成前駆体若しくは軟骨形成幹細胞との混合物とともに調製される。
【0047】
新たに単離した軟骨細胞を、埋め込みの際に硝子軟骨を生成するその特性を維持しながら、本発明のビーズ内で7日間、14日間、21日間若しくは28日間、又は更に長く培養することができることが見出された。
【0048】
上述の他の細胞型で適切な培養時間は、本発明の実施例の項に記載される軟骨細胞安定性のマーカーの分析により実験的に決定される。
【0049】
本条件のキトサン/アルギネートビーズは、軟骨細胞の培養に有害であると記載される条件下での細胞の培養を可能にし(より具体的には動物の胎児又は成体の血清を5%、10%、15%(血清容量/成長培地容量)含む培地中での軟骨細胞の成長を可能にし)、軟骨細胞培養に特殊化した合成培地の使用を避ける(overcomes)ことができる。
【0050】
上記に記載のようなビーズを製造する方法は、キトサンとアルギネートとの均質混合物を含み、同様にビーズのマトリックス内に均質に分布した軟骨形成細胞を更に含む球状ヒドロゲルビーズの形成をもたらす。
【0051】
他のタイプの細胞化ビーズと比較すると、本発明のビーズは、細胞の侵入及び培養のための空洞を得るために凍結乾燥されるビーズよりも再現可能に調製することができる。
【0052】
本発明の方法に従って調製されるビーズ内で培養される細胞の優れた特性は、乳酸脱水素酵素(LDH)等の細胞死マーカーの限られた発現、インターロイキン等の炎症マーカーの限られた発現、アルカリホスファターゼ等の骨形成細胞に典型的なマーカーの限られた発現、及びアグリカン等の軟骨マーカーの増強した発現(図5)によって実証される。軟骨細胞の表現型安定性の評価に関連するマーカーの発現は、細胞を本発明のキトサン/アルギネートビーズ及びアルギネートビーズ内で血清の存在下で培養することによって実験的に決定した。
【0053】
ゲル化に使用されたカチオンのタイプが、少なくともアグリカン及びインターロイキン−6の発現に影響を有することが更に観察された。本明細書では、カルシウムの代わりにストロンチウムを使用することによって、ECM産生のマーカーであるアグリカンと同様に炎症マーカーであるIL−6が減少する。
【0054】
本発明において調製されるビーズ内で成長させた軟骨形成細胞の驚くべき特性を鑑みて、本発明の一態様は、軟骨欠損、より具体的には変形性関節症の治療のための本発明において調製されるビーズ内に含まれる軟骨形成細胞の使用に関する。
【0055】
軟骨欠損のタイプに応じて、細胞が主に埋め込み後に成長するように、ビーズの形成の直後にビーズを埋め込むことができる。代替的には、数日間又は数週間のin vitro培養の後にビーズを埋め込む。
【0056】
特定の実施形態では、軟骨細胞を含むビーズはビーズとゲルとによって形成される二相性埋め込み物材料として調合される。この埋め込み物はポリマーマトリックス(「ヒドロゲル」)と、キトサン及びアルギネート及び細胞を含む球状三次元ビーズとを含む。
【0057】
これにより、埋め込みの際に宿主の組織又は器官における細胞(軟骨細胞等)の最適な空間分布を確実にする、注射用のゲルを調合することが可能となる。本明細書において通常使用される注射用のゲルは、感熱性ゲルである。これらのゲルは常温で(患者への導入に使用される器具内で)液体のままであるが、約37℃の体内に導入されると固体ゲルとなる。このin situゲル化によってビーズ(及びその中にある細胞)がその空間分布に維持される。in vitro試験により、37℃に加熱した際に細胞を含有するビーズがかかるヒドロゲル中に均質に分布することが実証された。感熱性ヒドロゲルの例としては、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)が挙げられる。その具体的な種類はキトサンである。
【0058】
理論に束縛されるものではないが、マイクロビーズ内のキトサンの網状構造によって、アルギネートのみから作られたビーズよりも圧縮されにくく、圧力に対する抵抗性が高いというような特定の機械的特性がビーズに与えられると考えられる。本発明のマトリックスは、アルギネートゲル内に相互接続したキトサン柱状構造をもたらし、pHが中性の水性媒体をもたらすことによって細胞培養に適した環境を生じる。
【0059】
かかる柱状構造は、アルギネートと混合すると、かご状構造、網状構造又は柱状構造を構築するコアセルベートを形成する不溶性キトサンによって得られる。柱状構造の厚さ及び長さは多様であり、ビーズに表現型安定化、変形能、弾性及び圧縮率等の特定の生物学的特性及び機械的特性を与える。
【実施例】
【0060】
実施例1.軟骨細胞の単離
軟骨の断片を生検によって回収した後、3回の連続的な酵素処理(0.5mg/mlのヒアルロニダーゼ、37℃で30分間;1mg/mlのプロナーゼ、37℃で1時間;0.5mg/mlのコラゲナーゼ、1%Ultroser Gの存在下、37℃で一晩)に供し、細胞外マトリックスを取り出す(Ultroser GはPall Corporationの血清代替物である)。セルストレーナー(cell strainer)上で継代した後、軟骨細胞をすすいで遠心分離する。細胞ペレットを回収し、キトサン/アルギネート溶液に懸濁する。
【0061】
実施例2.アルギネート/キトサンビーズの調製
キトサン(最終0.6%)とアルギネート(最終1.2%)との均質混合物からビーズを調製する。この2つの溶液は別個に調製した後混合する。アルギネート及びキトサンの溶液は以下のように調製する:0.16M NaOH中の2.4%(W/v)アルギネート溶液及び1.666M HAc中の1.333%(w/v)キトサン溶液を調製する。10容量のアルギネート溶液に、1容量の1M Hepes溶液を添加する。均質化の後、9容量のキトサン溶液を規則的に激しく混合しながら徐々に添加する。
【0062】
その後、軟骨細胞の細胞ペレットを添加し(administered)、慎重にキトサン/アルギネート溶液中に6×106細胞/mlの濃度で分散させた。
【0063】
細胞を含むキトサン/アルギネート溶液をゆっくりと25ゲージ針に通して102mM CaCl2溶液(Sigma-Aldrich、ボルネム、ベルギー)中に滴加する。即座のゲル化の後、ビーズを更に10分間このCaCl2溶液中でゲル化させる。ゲル化ビーズ内では、軟骨細胞が均質に分布している。顕微鏡スケールでは、キトサン(エオシンによって赤色に染色される)は、様々な厚さ及び長さの柱状構造又は繊維構造から構成されるかご状構造を形成する(図1及び図2を参照されたい)。ここで、その隙間は軟骨細胞を含有するアルギネート(紫色にヘマトキシリン染色される)によって満たされる。
【0064】
実施例3.アルギネート/キトサンビーズ内での軟骨細胞の培養
軟骨細胞を含むゲル化ビーズを食塩水で洗浄した。1mlの培養培地(1%ITS+(ICN Biomedicals、アッセ−レレゲム、ベルギー)、10mM HEPES、ペニシリン(100U/ml)及びストレプトマイシン(100U/ml)、200μg/mlのグルタミン(Biowhittaker Europe、ヴェルヴィエ、ベルギー)、50μg/mlのアスコルビン酸(Sigma-Aldrich、ボルネム、ベルギー)、2mMプロリン(Gibco、メレルベーケ、ベルギー)を添加したDMEM)中に10個のビーズを入れることによって、ビーズを24ウェルプレート内で培養した(ITS+は1ml中に0.625mgのインスリン、0.625mgのトランスフェリン、0.625μgの亜セレン酸、0.125gのウシ血清アルブミン及び0.535mgのリノール酸を含有する予混合された細胞成長系である)。
【0065】
実施例4.軟骨細胞の特性評価
図2B中の軟骨細胞はヘマトキシリン/エオシンで染色したものであった。アグリカン及びIL−6をELISA(Biosource Europe)によって定量した。アルカリホスファターゼを分光学的定量法によって定量した。簡潔に述べると、50μlの細胞抽出物を100μlのp−ニトロフェニルリン酸(KEM-EN-TEC、コペンハーゲン、デンマーク)とともにインキュベートした。APの存在下では、p−NPPはp−ニトロフェノール及び無機リン酸塩に変換される。p−ニトロフェノールの吸光度を405nmで測定する。p−ニトロフェノールの標準品を較正に使用した。結果は1分間にDNA1μg当たりに放出されたp−ニトロフェノールのnmol数で表す。1単位のAPは、1分間に1nmolのp−ニトロフェノールを遊離させるものと規定する。
【0066】
乳酸脱水素酵素を、培養上清中でその酵素活性を試験することによって定量した。100μlの上清又は標準溶液(ウサギの筋肉に由来するLDH)の希釈物を、800mM乳酸塩を含有する50μlのTris緩衝液(10mM Tris−HCl(pH8.5)、0.1%BSA)と混合した。100μlの比色試薬(1.6mg/mlの塩化ヨードニトロテトラゾリウム(Sigma-Aldrich、ボルネム、ベルギー)、4mg/mlのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(Roche Diagnostics、ブリュッセル、ベルギー)、0.4mg/mlのフェナジンメトサルフェート(Sigma-Aldrich、ボルネム、ベルギー)を添加し、室温で10分間のインキュベーションの後、492nmでの吸光度を読み取った。
【0067】
これらのデータは、本発明のマトリックス内で培養される軟骨細胞が以下の多数の優れた特性を示すことを示している:
キトサン/アルギネートビーズ内で培養された細胞は、乳酸脱水素酵素の測定によって示されるように、アルギネートビーズと比較してより少ないアポトーシス又は壊死を示す。
キトサン/アルギネートビーズ内で培養された細胞はより少ない炎症兆候を示す。キトサン/アルギネートビーズ内で培養された軟骨細胞は、IL−6、IL−8及びNOを産生しないか、又はごく僅かな量しか産生しない。図3は、アルギネートビーズと比較した、混合ビーズ(アルギネート/キトサン)内での軟骨細胞の培養におけるIL−6産生の劇的な減少を示す。IL−1βは、炎症反応及び関連する組織タンパク質分解において非常に活性の高いサイトカインである。炎症メディエーター又はタンパク質分解酵素の産生に対するIL−1βの刺激作用は、アルギネートビーズと比べてアルギネート/キトサンビーズにおいてはあまり重要でない。
キトサン/アルギネートビーズ内で培養された軟骨細胞は、アルギネートビーズ内で培養された軟骨細胞と比較して、軟骨マトリックス分解に関与するマトリックスメタロプロテイナーゼMMP−3のより少ない産生によって示されるように、より少ない異化事象の兆候を示す。
キトサン/アルギネートビーズ内での軟骨細胞の成長は、軟骨細胞表現型に対して有益な安定効果を有する。
【0068】
実施例5.感熱性ヒドロゲル中のビーズの形成
培養培地を吸引によって(by per)除去し、ビーズを植物性(マッシュルーム)キトサンヒドロゲル(Kitozyme、アルール、ベルギー)と混合する。この工程はヒドロゲルのゲル化を回避するために27℃未満で行う。3/1(v/v)というビーズ/ヒドロゲルの比率を用いた。
【0069】
実施例6.軟骨細胞表現型に対するカチオンの影響
図3B及び図5Bは、ヒドロゲル形成に使用されるカチオンの選択の影響を示す。カルシウム又はストロンチウムの選択が、完全にアルギネートからなるビーズにおけるマーカー(インターロイキン−6及びアグリカン)の発現に対して影響を有しなかったのに対し、キトサン/アルギネートビーズをカルシウムイオン又はストロンチウムイオンのいずれかによって形成した場合に有意な影響が観察される。
【0070】
実施例7.動物モデルにおける埋め込み
軟骨細胞を含まない実施例5に記載のゲルを、ウサギの関節の軟骨欠損部に埋め込んだ(図7)。15日間の埋め込みの後に、埋め込み物を評価した(図8)。病変部は埋め込み物で満たされたままである。さらに、埋め込み物に下層の骨髄に由来する細胞が定着していることが観察される。細胞は固定された感熱性キトサンヒドロゲル(B)及びキトサン/アルギネートビーズ(C)(キトサン柱状構造はDで示される)内に見られた。この試験により、この二相性埋め込み物を容易に処理及び移植することができることが確認される。埋め込み物の生分解性によって埋め込み後の漸進的な(progressive)吸収が確実となる。
【0071】
実施例8.ビーズ形成におけるキトサン分子量の影響
種々の分子量の天然キトサンを本発明に従うプロセスに使用した。混合溶液(軟骨細胞を含む)のpH及び粘性等の種々の物理的パラメーターを測定した。得られるヒドロゲルのオスモル濃度は当該技術分野で既知の技法に従って測定する。
【0072】
【表1】

【0073】
混合ビーズは55kDa未満の天然キトサンを用いて作製することができると結論付けた。例えば、91kDAでは、ビーズを本発明に記載のプロセスを用いて作製することができず、アルギネート1.2%及びキトサン0.6%の比率ではキトサン溶液は粘性が高すぎる。したがって、キトサンの分子量の選択は本発明において不可欠な要素である。
【0074】
実施例9.軟骨細胞挙動に対するキトサン分子量の影響
分子量は、図3A、図5A及び図6に示されるように軟骨細胞挙動に影響を有する。MMP−3、IL−6及びアグリカンに対するキトサン40kDaの効果は、20kDaによって得られる効果とは有意に異なる。キトサン20kDaは、40kDaキトサンよりもIL−6及びMMP−3の合成に対する効果が小さいが、アグリカン合成に対しては40kDaよりも効果的である。このことにより、天然キトサンの生物活性が直接分子量に依存することが明らかに実証される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法であって、
アルギネートの溶液を準備する工程と、
60kD未満のMwを有するキトサンを含む溶液を準備する工程と、
前記アルギネートの溶液及び前記キトサンの溶液を軟骨形成細胞と混合する工程であって、混合溶液が0.5%(w/v)〜0.7%(w/v)のキトサン及び1%(w/v)〜1.4%(w/v)のアルギネートを含み、
前記混合溶液の液滴をCa2+カチオン又はSr2+カチオンを含む溶液に導入する工程と、
前記カチオンを含む溶液から重合ビーズを単離する工程と
を含む、軟骨形成細胞を含むヒドロゲルマトリックスを作製する方法。
【請求項2】
前記混合溶液が0.6%のキトサンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記混合溶液が1.2%のアルギネートを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記混合溶液中のアルギネート及びキトサンが1.75〜2.25の比率で存在する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記キトサンが35kD〜45kDのMwを有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
軟骨形成細胞を含む前記ビーズを成長培地中で培養する工程を更に含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記成長培地が血清を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記液滴を針に通して直径0.01mm〜5mmの粒子を得る、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
直径0.01mm〜5mmの球状ヒドロゲルビーズであって、アルギネートと60kD未満のMwを有するキトサンとの均質混合物を含み、前記マトリックス内に軟骨形成細胞を更に含み、該ビーズが1%〜1.4%のアルギネート及び0.5%〜0.7%のキトサンを含むことを特徴とする、直径0.01mm〜5mmの球状ヒドロゲルビーズ。
【請求項10】
1.2%のアルギネートを含む、請求項9に記載のビーズ。
【請求項11】
0.6%のキトサンを含む、請求項9又は10に記載のビーズ。
【請求項12】
前記キトサンが35kD〜45kDのMwを有する、請求項9〜11のいずれか一項に記載のビーズ。
【請求項13】
前記軟骨形成細胞が、血清の存在下で成長させた場合、21日間の培養後にLDH1ng当たり0.02単位未満のアルカリホスファターゼを発現する、請求項9〜12のいずれか一項に記載のビーズ。
【請求項14】
軟骨欠損の修復のための請求項9〜12のいずれか一項に記載のビーズ内に含まれる軟骨形成細胞の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2013−520188(P2013−520188A)
【公表日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−554282(P2012−554282)
【出願日】平成23年2月11日(2011.2.11)
【国際出願番号】PCT/EP2011/052013
【国際公開番号】WO2011/104131
【国際公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【出願人】(500029925)ユニベルシテ・ド・リエージュ (18)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE DE LIEGE
【住所又は居所原語表記】Avenue Pre−Aily,4,B−4031 Angleur,Belgium
【Fターム(参考)】