説明

キャピラリー電気泳動用検出器

【課題】タンパク質、ペプチド、DNA 、糖質など極少量の試料の検出に対して有効な高感度検出器を提供すること。
【解決手段】キャピラリー電気泳動装置において、SERS 活性を有する微小電極をその検出器に用いることによって、従来法に比べ格段に感度を高めることができる。また、スペクトルを得ることによって、キャピラリー電気泳動では分離できない試料も分光学的に分離することが可能になり、その分離性能を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、タンパク質、ペプチド、DNA (核酸)、糖質、神経伝達物質などの検出に用いられるキャピラリー電気泳動の検出器に係り、特に、微少量の試料の分析に好適なキャピラリー電気泳動法用検出器に関する。
【0002】
【従来の技術】生物の機能を分子レベルで明らかにするために、生体内のタンパク質、ペプチド、DNA (核酸)、糖質、神経伝達関連物質などの解析が進められている。その強力な手段として用いられているのが、ポリアクリルアミドを支持体とするゲル電気泳動である。しかし、ゲル電気泳動を実施してみると、ゲルの調整、染色、定量など極めて多くの手操作の段階があり、高い分解能を得ることは容易ではない。そのため、支持体としてゲルを用いず、緩衝液中を移動する分子を直接検出し、分析手順を省く試みがなされたが、発生するジュール熱によって液中に対流が生じることなどの問題があった。
【0003】これに対し、内径100μm以下のキャピラリーを用いて電気泳動を行えば、緩衝液の対流を無視することができ、また、電気浸透流は発生するが、管内での速度分布が均一であるので、分離性能を損なうことはない。さらに、このキャピラリー電気泳動法では、ジュール熱の放散も容易なため高電圧を印加できるので、短時間に高分解能が得られる。また、キャピラリーが細いために試料の絶対量は nl (10-9l)程度と少なくて済み、微量分析に適しているという利点を有することが注目され、神経伝達物質など微量分析への適用が期待されている。検出法には、可視紫外吸収法、蛍光法、質量分析法、ラマン分光法など様々な検出法が用いられている。これらのキャピラリー電気泳動の全般については、例えば「ぶんせき」誌、第4号、281〜289頁 (1994年) (Bunseki,No.8,pp.281〜289(1994))や、「キャピラリー電気泳動基礎と実際」、本多進寺部茂編、講談社サイエンティフィック(1995年)に記載されている。
【0004】上記のように、キャピラリー電気泳動法は原理的には微少量分析に適しているが、検出器に問題がある。例えば、キャピラリー電気泳動の検出器として現在広く用いられている可視紫外吸収法では、適用範囲は広いものの、光路長が短いことによる検出感度の不十分さが指摘されている。これに対して、レーザ励起蛍光法を用いることによって検出感度の向上が試みられている(例えば、化学と工業誌、第47巻、1551〜1554頁(1994年) (Kagaku To Kogyou,47,pp.1551‐1554))が、目的物質と高い効率で反応し、かつ、レーザの発振波長において大きなモル吸収係数を有する誘導化剤が必要で、その開発は容易ではなく、また、誘導化による分離効率に低下といった問題点がある。また、手順も複雑化し、不純物の混入によるノイズの発生や反応時間、温度のばらつきによる再現性の低下が心配される。一方、電気化学的に検出する「アナリティカルケミストリー」誌、第61巻、292A〜303A頁(1989年) (Analytical Chemistry,63,pp.292A‐393A)記載のように、キャピラリーカラムの出口付近に検出器を置くエンドキャピラリー型と呼ばれる方法で、高感度な検出が実現されている。この方法によって、誘導化なしに数十amol(10-18mol)のカテコールアミン類やセロトニンなど神経伝達物質の検出が可能となった。しかし、検出できる試料は電極で反応する化学種に限定されることや、紫外線吸収法に比べて化学種の同定能力が低いという問題があった。また、質量分析法をキャピラリー電気泳動法の検出器として用いる場合は、試料の絶対量が多く必要なため、微少量分析には適さず、また、装置が大がかりになるという欠点がある。
【0005】一方、キャピラリー電気泳動の分離効率をさらに向上させるため、振動分光学的検出器も考案されている。その一つがラマン分光法である。ラマン分光法とは、入射光が分子に当るとその分子固有のエネルギー状態を反映した光に変調される現象を利用して、化学種の同定及び定量を行う分析法である。ラマン分光法は分子の構造情報が得られるため、紫外可視吸収法や蛍光分光法と比べて化学種の同定能力が優れている。これらラマン分光法を用いた検出器は、例えば「アプライドスペクトロスコピー」誌、第42巻、515〜518頁(1988年) (Applied Spectroscopy,42,pp.515‐518 (1988))に記載されている。しかし、ラマン分光法の感度は本質的に低いために、微少量の試料分析には適していない。ところが、アメリカ合衆国特許 US 005306403A(Apr.261994)の中で、Vo‐Dinhらは電気泳動法においてラマンを用いた高感度の検出を試みている。その中で、彼等は、ラマン分光法の感度が一般に低いことを克服するため、表面増強ラマン散乱(以下、SERS と略称する)効果を有する銀基板をカラムの内壁に取り付けるという工夫をしている。しかし、ゲル電気泳動法では上述したように、試料の絶対量はキャピラリー電気泳動法に比べて極めて多く、微少量の試料の分析には適さない。その上、彼等の方法では、SERS 効果が十分に利用されていない。すなわち、1) SERS 効果を用いたラマン分光法は、本来、SERS 基板のごく近傍の試料を検出するために用いられる表面分析法の一つであり、一般の電気泳動に用いるような大きなカラムに SERS 基板を配置した場合、、試料の大部分は検出に用いられず、検出効率が非常に悪い、2) SERS 基板は、電極電位を制御できる電極として用いることによって、試料の吸着量や電極の表面状態を変化させ、SERS 効果を高めることができるが、彼等のようなオンキャピラリーの検出ではそれが不可能である。
【0006】これら SERS の全般にわたっては、「表面」誌、第30巻、528〜545頁(1992年)(Hyoumen,30,pp.528‐545(1992))に記載されている。さらに、彼等はラマン分光用の検出器としてシングルチャンネル型を用いているため、オンラインでスペクトルを得ることは測定時間の点から困難であり、化学種の同定能力は低い。また、Morris らは、「アプライドスペクトロスコピー」誌、第47巻、855〜857頁(1993年) (Applied Spectroscopy,47,pp.855‐857)に記載されているように、ゲル電気泳動法やキャピラリー電気泳動法などの分離手法と組み合わせずに、直接試料を検出できる微小 SERS 活性電極を作製した。彼等は、この検出器が対物レンズを用いた顕微ラマン分光装置を用いているため、電極を小さくしたときの損失が殆どないことを報告している。また、この手法では SERS 効果を十分に利用しており、微少量の試料には有効であると思われる。しかしながら、電気泳動等の分離手法と組み合わせていないために、複数の化学種が混在している生体試料等ではその同定が困難であることは明白である。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】キヤピラリー電気泳動装置は、タンパク質、ペプチド、DNA (核酸)、神経伝達関連物質などの微少量の試料に対して有効な成分分離の手法とはなり得るが、従来の検出手法では、適用できる試料の範囲、簡便さ等に問題がある。本発明の目的は、上記従来技術の有していた課題を解決して、極少量の試料の検出に対して有効な高感度検出器を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】上記目的は、以下の手段によって解決することができる。すなわち、キャピラリー電気泳動の検出器として、SERS 効果を用いたラマン分光法を利用する。この手法は表面分析法の一つで、電極ごく近傍の試料を高感度に検出できる。また、水溶液中での測定に有利なだけでなく、キャピラリーを通しての測定が可能である。よって、キャピラリー電気泳動によって分離された微少量の試料を薄層化することでこの効果を利用することができる。具体的には、キャピラリー電気泳動によって分離された成分がファイバー状の微小電極の周りを薄層状に流れるようにする。さらに、SERS 効果を有効に利用するために、微小 SERS 電極はキャピラリーカラムの出口付近に置くエンドキャピラリー型に配置する。
【0009】ここで、微小 SERS 電極の材料としては、SERS 活性を得られるものとして最も良く知られている、金、銀、銅をはじめニッケル、パラジウム、白金、チタン、水銀などの金属や、酸化ニッケルや酸化チタン等の半導体を用いることができるが、キャピラリーに挿入できるようファイバー状にする。ファイバー化しにくい材料では、炭素繊維などにスパッタ法等の真空薄膜形成技術により SERS 活性を得られる材料を被覆して用いることもできる。さらに、キャピラリーに挿入しない部分はガラス管等に封入することによって取扱いを容易にし、微小電極とする。また、SERS 効果は、電極表面に原子オーダーから100nm程度の粗さを付加することによって十分に利用することができるので、微小電極に対して、1) 電気化学的に溶解するかまたは酸化還元処理を繰り返す、2) アルミナ等の研磨材で擦る、3) 真空のエッチング装置にアルゴン等のガスを導入したミリング装置を使う、4) 表面に回折格子を切るなどの処理を行うか、または、5) 1)〜 4)のような処理を行ったファイバー状の材料にスパッタ法等の真空薄膜形成技術によりSERS 活性を得られる材料を被覆して微小 SERS 活性電極を得る。
【0010】一方、ラマン分光測定装置は、微小電極に対しての効率を上げるため、対物レンズ等を用いた顕微ラマン分光装置で測定を行うか、または、細い光ファイバー型のプローブを通して微小域での励起及び検出を行う。また、光学系を全反射配置にすることによって粗さがなくても増強効果を得ることができる(特に、表面プラズモンポラリトン増強ラマン散乱と呼ぶ)。また、化学種の同定能力を高めるために、ラマン分光用の検出器としてマルチチャンネル型を用い、オンラインでスペクトルを得ることを可能にする。
【0011】また、キャピラリー内にファイバー状のプローブを配置したことによって、分離された微少量の成分が薄層化され、SERS 効果を用いたラマン分光法を表面分析として有効に活用することができる。また、エンドキャピラリー型であることにより、電極電位を制御することができ、試料の吸着量や電極の表面状態を変化させ、SERS 効果を高めることができる。よって、従来の技術の項で述べた Vo‐Dinh 等の方法に比べて、感度を非常に高めることができる。さらに、ラマン分光法本来の特徴である化学種の優れた同定能力によってさらに成分の分離効率を高めることができる。
【0012】
【発明の実施の形態】以下、本発明の内容について、発明の実施の形態の例によって具体的に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態の例にのみ限定されるものではない。
【0013】
【実施の形態1】外径50μm、長さ2cmの銀のワイヤ(フルウチ化学製)を外径0.5mm、長さ7cmの金リード線(フルウチ化学製)にスポット溶接した。該リード線つきワイヤをテーパ付き軟質ガラスキャピラリー(先端部の内径0.5mm、外径1mm、テーパ部の長さ1cm、全長5cm)に挿入し、テーパ部から銀ワイヤが1cmほど突き出るようにセットし、テーパ部を電気炉に挿入して温度を徐々に上昇(20℃/分)させ、650℃で5分間保持してテーパ部を封入した。次に、先端の銀ワイヤをキャピラリー先端から1〜2mm残して切断し、キャピラリーのテーパ部と反対側の先端はエポキシ樹脂で封入し、金リード線を固定した。次に、上記キャピラリーと別途用意した白金のワイヤ、銀/塩化銀参照電極をマイクロマニピュレータ(日本マイクロニクス製)に装着し、0.1 M の硝酸カリウム水溶液の入ったペトリ皿に、顕微鏡下でこれを浸漬し、銀ワイヤを作用極、白金ワイヤを対極としてポテンシオスタット(扶桑製作所製)に接続した。参照電極に対して+0.3 V の電位を銀ワイヤに10秒間印加し、先端を溶解させて先鋭化した。この結果、先端径が10μm程度、長さ500μm程度の微小 SERS 活性銀電極が得られた。
【0014】次に、上記銀電極を図2に示すキャピラリー電気泳動装置にセットした。該泳動装置において、キャピラリー1の一端はバッファバイエル2に浸漬し、もう一端は、図3に示すように、クラック3の入った非被覆キャピラリー部の外側が多孔質ガラス4で覆われ、該多孔質ガラスの両端はエポキシ樹脂5で覆い、スライドガラス6に固定し、さらに、電解液に浸漬されてキャピラリーの泳動液と電解液とが液絡されているセル7を通って検出器に接続した。電気泳動用のキャピラリー1は、内径25μm、長さ50cmのフューズドシリカ(ジーエルサイエンス製)を使用した。また、泳動用の電圧は、図2R>2に示すように、定電圧電流供給装置(松定プレシジョン製 : HCZ‐30PN‐M)8にてバッファバイエル2と液絡セル7との間に印加した。
【0015】ここで、検出器は、図1に示す構造をしており、キャピラリー1の終端を参照電極9を内蔵したガラスセルに接続し、銀電極はキャピラリーの終端からキャピラリー内に挿入した。一方、レーザ等ラマン分光用光源12を集光系(レニショー製)13によって銀電極11上に集光し、集光系(レニショー製)14を用いて散乱光を集光し、ラマン分光用マルチチャンネル検出器(レニショー製)15で測定した。試料の注入は、バッファバイエルの隣に試料バイエルを置き、キャピラリー端を浸漬した後試料バイエルを10cmの高さに30秒間持ち上げ、直ちに元の高さに戻し、キャピラリー先端をバッファバイエルに戻して行った。この時の注入量は約5ナノリットルであった。泳動液としては、50mMの硫酸ドデシルナトリウムを含む50mMのリン酸緩衝液(pH 6.8)を用いた。
【0016】試料として、1μMのグリシンとα‐アラニンとの混合溶液を注入し、泳動用の電圧は10kVとして電気泳動を行った。銀電極の電位はポテンシオスタット(扶桑製作所製)で、0〜−0.8 V に制御した。ラマン分光用光源としては、アルゴンレーザ(日本電気製、514.5nm、50mW)を用いた。1380〜1410cm-1付近の CO2-ラマンバンドの強度を連続的に測定したところ、泳動開始5分でグリシンによる、10分でα‐アラニンの CO2-ラマンバンドによるピークが観測された。得られたそれぞれの典型的なラマンスペクトルを図4に示す。銀電極の電位を変化させると、ラマン強度も変化し、−0.6 V の時に最も大きな強度が得られた。同様の実験を SERS 活性のない白金の電極で行ったが、ラマン強度変化は測定下限以下であった。
【0017】
【実施の形態2】実施の形態1の場合と同様の微小電極を用い、試料として数μM程度のα‐アラニンとβ‐アラニンの混合溶液(混合比は未知)を用いて同様の条件で実験を行った。測定するラマンバンドは、実施の形態1の CO2 ラマンバンドに加えて840〜860cm-1付近の C‐CH3ラマンバンドの強度を同時に連続的に測定したところ、泳動開始10分でα‐アラニンとβ‐アラニン両方による CO2-ラマンバンドによるピークが観測されたが、C‐CH3ラマンバンドの相対強度はα‐アラニンのみの場合の約半分で、これにより、α‐アラニンとβ‐アラニンとは同量含まれていることが判った。得られたそれぞれの典型的なラマンスペクトルを図5に示す。
【0018】
【実施の形態3】実施の形態1における銀ワイヤに代えて金のワイヤを用いて、同様に先端を先鋭化した微小電極を作製し、さらに、SERS 効果を高めるために、0.1Mの塩化カリウム溶液中で参照電極に対して+1.2〜−0.5Vまで電位を数回周期的にかけ、微小 SERS 活性金電極を得た。試料として1μMのアルギニン、トリプトファン、チロシンの混合溶液を用い、実施の形態1の場合と同様の条件で実験を行い、ラマン分光用光源としては、ヘリウムネオンレーザ(日本電気製、514.5nm、50mW)を用いた。1380〜1410cm-1付近の CO2-ラマンバンドの強度を連続的に測定したところ、泳動開始2分でアルギニンによる、3分でトリプトファンによる、4分でチロシンによるピークがそれぞれ観測された。
【0019】
【発明の効果】以上述べてきたように、キャピラリー電気泳動装置において、SERS 活性を有する微小電極をその検出器に用いることによって、従来法に比べ格段に感度を高めることができた。さらに、スペクトルを得ることができることから、キャピラリー電気泳動では分離できない試料も分光学的に分離することが可能になり、その分離性能を向上させることができた。以上のことは、分析化学の分野だけでなく、神経科学、基礎医学、バイオケミストリーなどの分野での利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【図1】微小 SERS 活性電極 を用いた検出器の概略拡大図。
【図2】キャピラリー電気泳動用検出器の装置図。
【図3】図2における液絡法部分の拡大図。
【図4】実施の形態1におけるラマンスペクトルの例(a:グリシン、b:α‐アラニン)。
【図5】実施の形態2におけるラマンスペクトルの例(a:α‐アラニン、b:β‐アラニン)。
【符号の説明】
1…キャピラリー(電気泳動用)、2…バッファバイエル、3…クラック、4…多孔質ガラス、5…エポキシ樹脂、6…スライドグラス、7…液絡セル、8…定電圧電流供給装置、9…参照極、10…ガラスセル(検出用)、11…微小 SERS 活性電極、12…ラマン分光用光源、13…集光系(ラマン分光励起用)、14…集光系(ラマン分光検出用)、15…ラマン分光用マルチチャンネル検出器、16…リード線、17…キャピラリー(電極固定用)、18…導電性エポキシ樹脂。

【特許請求の範囲】
【請求項1】表面増強ラマン散乱活性を誘起する微小電極とラマン分光装置とから構成されることを特徴とするキャピラリー電気泳動用検出器。
【請求項2】上記表面増強ラマン散乱活性微小電極の電極電位を変えられるようにしてあることを特徴とする請求項1記載のキャピラリー電気泳動用検出器。
【請求項3】上記表面増強ラマン散乱活性微小電極の形状がファイバー状であることを特徴とする請求項1記載のキャピラリー電気泳動用検出器。
【請求項4】上記ラマン分光装置の検出器としてマルチチャンネル型を用いることにより、オンラインでスペクトルが得られることを特徴とする請求項1記載のキャピラリー電気泳動用検出器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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