説明

キレート繊維の製造方法及びキレート繊維並びにこのキレート繊維を含む布帛

【課題】 多量のキレート剤を簡単な方法で繊維に注入することのできるキレート繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】 高分子材料から形成された繊維と、この繊維を浸す媒体とを準備する工程と、前記媒体中にキレート剤を投入する工程と、前記媒体に前記繊維を投入する工程と、前記キレート剤を投入した前記媒体を、前記繊維とともに所定温度で加熱しつつ所定圧力で加圧する工程とを有する方法である。
キレート剤としては、オキシン構造,ジチゾン構造,チオナリド構造を有するもの又はアゾ基を有する化合物を用いることができる。また、前記媒体は、水又は超臨界流体であってもよく、有機溶媒であってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属イオン吸着能を有するキレート繊維の製造方法及びこの製造方法によって製造されたキレート繊維並びにこのキレート繊維を少なくとも一部に含む布帛に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工場排水や海水等の液中から金属イオンを回収する方法として、イオン交換樹脂やキレート樹脂を用いた方法が用いられてきた。
例えば、特許文献1には、水溶液中から砒素イオン又はアンチモンイオンを選択的に除去するイオン交換体又はキレート樹脂に関する技術が開示されている。
また、特許文献2には、キレート樹脂を用いてアンチモンイオンとビスマスイオンとを選択的に抽出する技術が開示されている。
さらに、特許文献3には、キレート樹脂又はイオン交換樹脂を用いた金属イオンの除去方法が開示されている。
【特許文献1】特開2002−177955号公報(要約の記載参照)
【特許文献2】特開平7−187618号公報(明細書の段落0027,0028の記載参照)
【特許文献3】特表2002−508411号公報(明細書の段落0001の記載参照)
【0003】
しかし、これらの方法は、処理速度が遅いこと、イオン選択性に乏しいこと、重金属の吸着能が小さいこと等が問題があった。そこで近年では、これらの問題のないキレート繊維が注目されている。
例えば、特許文献4には、アミドキシム基を繊維に導入し,海水中のウラニルイオンを0.125mg/g-繊維(0.0005mmol/g-繊維)捕集する技術が開示されている。
また、特許文献5には、ポリビニルアルコールとポリエチレンイミンを混合紡糸した繊維を架橋処理後、アルキルリン酸化して得られるアミノリン酸基型キレート繊維の製造法に関する技術が開示されている。
さらに、特許文献6には、繊維の集合体である金属捕集材を、グラフト重合法によって製造する技術が、また、特許文献7には、グラフト重合により金属イオン吸着能を有する繊維及びその製造方法に関する技術が開示されている。
【特許文献4】特開平03−64577号公報
【特許文献5】特開平6−316811号公報
【特許文献6】特開2002−28401号公報(請求項9の記載参照)
【特許文献7】特開2002−18283号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、キレート繊維を製造するにあたり、キレート剤の繊維への固定は、従来、練りこみ、浸漬に続く化学反応やグラフト重合等によって行われている。
しかし、これらの方法では、キレート剤を繊維内部へ充分に浸透させることが困難で、多量のキレート剤を繊維に注入しにくいという問題がある。
また、オキシンやジチゾン等をキレート剤として使用すると、ある種の重金属イオンの捕集効果が高くなることが知られているが、これらのキレート剤を繊維に低コストで効率良く、かつ、多量に注入することは困難であるという問題があった。
【0005】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたもので、多量のキレート剤を簡単な方法で繊維に注入することのできるキレート繊維の製造方法及びこの製造方法によって製造されたキレート繊維並びにこのキレート繊維を少なくとも一部に含む布帛を提供すること、また、オキシンやジチゾン等のキレート剤を繊維に効率良く多量に注入することのできるキレート繊維の製造方法,キレート繊維及び布帛を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の発明者が鋭意研究を行った結果、キレート剤を投入した媒体を用い、この媒体に一定の圧力,温度を加えることで、高分子材料の繊維に多量のキレート剤を注入できることを見出した。
具体的に、請求項1に記載の製造方法は、高分子材料から形成された繊維と、この繊維を浸す媒体とを準備する工程と、前記媒体中にキレート剤を投入する工程と、前記媒体に前記繊維を投入する工程と、前記キレート剤を投入した前記媒体を、前記繊維とともに所定温度で加熱しつつ所定圧力で加圧する工程とを有する方法である。
【0007】
前記媒体は、請求項2に記載するように、超臨界流体であってもよく、請求項3に記載するように水又は有機溶媒であってもよい。
超臨界流体としては、超臨界二酸化炭素,超臨界エタノール,各種エントレーナーを含むこれらの超臨界流体を用いることができる。有機溶媒としては、炭化水素及びフッ素基、パークレンやトリクレンのような塩素基を含む炭化水素系溶媒を用いることができる。
【0008】
前記キレート剤としては、請求項4に記載するように、オキシン構造,ジチゾン構造,チオナリド構造を有するもの又はアゾ基を有する化合物を用いることができる。
これらキレート剤は、従来は繊維に注入することが困難であったが、本発明の方法を用いることで、多量のキレート剤を低コストで容易に繊維に注入することが可能になった。そして、このようなキレート剤を繊維に注入することで、液中に溶解する周期律表IBからVB族の金属イオン,例えば金,水銀,鉛,銅の他、アンチモンやクロムを効率よく捕集することができるようになった。
【0009】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の方法で製造したキレート繊維で、請求項6に記載の発明は、請求項5に記載のキレート繊維を少なくとも一部に含む布帛である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、多量のキレート剤を簡単な方法で繊維に注入することのでき、金属イオンの捕集能に優れたキレート繊維や布帛を安価に提供することができる。
特に、本発明では、オキシン構造,ジチゾン構造あるいはチオナリド構造のキレート剤を簡単かつ安価に繊維に注入することができ、周期律表IBからVB族の金属イオン、特にアンチモンイオンやクロムイオンの捕集能に優れたキレート繊維や布帛を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態を詳細に説明する。
[繊維]
本発明に好適に用いることのできる繊維としては、超臨界流体,水および有機溶媒に対して長期間安定な高分子材料である。例えば、ポリエチレン,ポリプロピレンなどのポリオレフィン系高分子,ポリエステル系高分子,あるいはアクリル,ナイロン,レーヨン系,綿などの高分子材料で形成されたものが好ましい。
【0012】
[媒体]
本発明に好適な媒体としては、超臨界二酸化炭素,超臨界エタノール,各種エントレーナーを含むこれらの超臨界流体を用いることができる。有機溶媒としては、炭化水素及びフッ素基、パークレンやトリクレンのような塩素基を含む炭化水素系溶媒を用いることができる。
超臨界流体は、繊維内部まで均一に媒体を注入することができる点で有利で、装置的,条件的にも管理しやすい超臨界二酸化炭素が好ましい。
上記の他、水も用いることができ、水を用いることで装置の低コストを図ることができるという利点がある。
【0013】
[キレート剤]
キレート剤としては、高分子材料で形成された繊維をキレート化することができるのであれば、特に限定されない。
本発明の方法においては、キレート剤としてジチゾン構造,オキシン構造あるいはチオナリド構造を有するものを用いることができる。図1に、ジチゾン(図1(a),オキシン(同(b))及びチオナリド(同(c))の各構造式を示す。
また、アゾ基(−N=N−)を有する化合物を用いることができる。このような化合物としては、アゾベンゼンを挙げることができる。図1(d)に、アゾ化合物の一例として、ベンゼン環にアゾ基に結合したアゾベンゼンをの構造式を示す。
これらのキレート剤を用いることで、液中に溶解する金属イオンのうち、周期律表IBからVB族のもの,例えば、金,水銀,鉛,銅のほかアンチモンやクロムを効率よく捕集することができるという特徴がある。
【0014】
[キレート剤の注入]
本発明のキレート繊維を製造するには、前記媒体中に所定量のキレート剤を投入する。
投入するキレート剤の量は、媒体の種類,キレート剤の種類,繊維の種類及びキレート化する繊維の量に応じて決定することができるが、投入するキレート剤の量に比例して繊維に注入されるキレート剤の量も増加するので、キレート繊維の製造コスト,キレート繊維製造装置の能力その他の条件において適正な範囲内で可能な限り多いものであることが好ましい。
【0015】
次いで、この媒体に前記繊維を投入し、前記媒体と前記繊維を所定温度、所定圧力の下で所定時間かけて繊維にキレート剤を注入する。
このときの圧力,温度及び時間は、媒体の種類やキレートの種類等に応じて決定する。すなわち、繊維に注入されるキレートの量が最大になるように、媒体の種類,この媒体に投入するキレート剤の種類や量,使用する繊維の種類や量、キレート化する際の圧力,温度及び時間を、実験等によって適宜に決定する。
例えば、以下に説明する実施例の場合は、1気圧(9.8×10Pa)〜250気圧(2.45×10Pa)の範囲内、好ましくは、100気圧(9.8×10Pa)〜250気圧(2.45×10Pa)の範囲内の圧力、室温〜150℃の範囲内、好ましくは60℃〜120℃の範囲内の温度で約30分かけて注入を行う。
以下、具体的な実施例について説明する。
【0016】
[第一実施例]
以下の条件で、基材である綿布にジチゾンを注入した。
(注入の条件)
基材:綿布
媒体:超臨界二酸化炭素
媒体へのジチゾンの投入量:綿布の10重量%
処理:200気圧,120℃で30分間
上記の結果、注入量0.098g/g-繊維(0.38mmol/g-繊維)のジチゾン注入綿布を得た。
上記のジチゾン注入綿布を用いて、金属イオンの捕集実験を行った。
(捕集実験の条件)
注入布の量:繊維約0.1g
溶液:金,水銀,鉛,銅,クロムおよびアンチモンイオンそれぞれ5mg/l含混合水溶液25ml
浸漬温度及び時間:25℃で8時間
その結果、以下の吸着量を得た。
(吸着量)
金イオン:0.12mmol/g-繊維
水銀イオン:0.10mmol/g-繊維
鉛イオン:0.19mmol/g-繊維
銅イオン:0.33mmol/g-繊維
クロムイオン:0.43mmol/g-繊維
アンチモンイオン:0.18mmol/g-繊維
【0017】
[第二実施例]
上記の第一実施例と、同一の条件で綿布にジチゾンを注入した。捕集実験は、以下の条件で行った。
溶液:クロムを5mg/l含む合水溶液25ml
その結果、以下の吸着量を得た。
クロムイオン:0.52mmol/g-繊維
【0018】
[第三実施例]
上記の第一実施例と、同一の条件で綿布にジチゾンを注入した。捕集実験は、以下の条件で行った。
溶液:アンチモンイオンを5mg/l含む水溶液25ml
その結果、以下の吸着量を得た。
アンチモンイオン:0.078mmol/g-繊維
【0019】
[第四実施例]
第二実施例と同様であるが、キレート剤をオキシンに変更してオキシン注入布を得た。
(注入の条件)
媒体:超臨界二酸化炭素
キレート剤:オキシン(基材の10重量%)
その結果、0.061g/g-繊維(0.42mmol/g-繊維)のキレート注入布を得た。
(実験の条件)
注入布の量:繊維約0.1g
溶液:クロムおよびアンチモンイオンそれぞれ5mg/l含む混合水溶液25ml
浸漬温度及び時間:25℃で8時間
(吸着量)
クロムイオン:0.48mmol/g-繊維
アンチモンイオン:0.07mmol/g-繊維
これは、キレート剤としてジチゾンを用いた第二実施例とほぼ同じ値である。
【0020】
[第五実施例]
以下の条件で、基材であるアセテート不織布にチオナリドを注入した。
(注入の条件)
基材:アセテート不織布(三菱レイヨン社製)
媒体:超臨界二酸化炭素
媒体へのチオナリドの投入量:綿布の10重量%
処理:200気圧,120℃で30分間
上記の結果、注入量0.087g/g-繊維(0.40mmol/g-繊維)のチオナリド注入不織布を得た。
上記のチオナリド注入不織布を用いて、金属イオンの捕集実験を行った。
(捕集実験の条件)
不織布の量:約0.1g
溶液:クロム及びアンチモンイオンをそれぞれ5mg/l含む水溶液25ml
浸漬温度及び時間:25℃で8時間
その結果、以下の吸着量を得た。
(吸着量)
クロムイオン:1.8mmol/g-繊維
アンチモンイオン:
0.82mmol/g-繊維
【0021】
[第六実施例]
第五実施例と同様にアセテート不織布を用い、媒体に投入するチオナリドの量を変えて実験を行った。
(注入の条件)
媒体へのチオナリドの投入量:綿布の3重量%
上記の結果、チオナリドの注入量もほぼ1/3となり、注入量0.030g/g-繊維(0.14mmol/g-繊維)のチオナリド注入不織布を得た。
上記のチオナリド注入不織布を用いて、金属イオンの捕集実験を行った。
(捕集実験の条件)
不織布の量:約0.1g
溶液:アンチモンイオンを5mg/l含む水溶液25ml
浸漬温度及び時間:25℃で8時間
その結果、以下の吸着量を得た。
(吸着量)
アンチモンイオン:
0.23mmol/g-繊維
チオナリドの注入量に比例したアンチモンイオンの捕集量が得られた。
【0022】
[第七実施例]
以下の条件で、基材であるアセテート不織布にチオナリドを注入した。
(注入の条件)
基材:アセテート不織布(三菱レイヨン社製)
媒体:水
媒体へのチオナリドの投入量:綿布の3重量%
処理:1気圧,80℃で30分間
上記の結果、注入量0.029g/g-繊維(0.13mmol/g-繊維)のチオナリド注入不織布を得た。
上記のチオナリド注入不織布を用いて、金属イオンの捕集実験を行った。
(捕集実験の条件)
不織布の量:約0.1g
溶液:アンチモンイオンをそれぞれ5mg/l含む水溶液25ml
浸漬温度及び時間:25℃で8時間
その結果、以下の吸着量を得た。
(吸着量)
アンチモンイオン:
0.69mmol/g-繊維
この実施例では、不織布へのチオナリドの注入量は第六実施例の場合とほぼ同じである。また、アンチモンイオンの捕集能は、この実施例の方が優れている。この結果から、チオナリド注入不織布でアンチモンイオンを捕集する場合は、媒体として水を用いるとよいことがわかる。
【0023】
本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。
例えば、上記の説明では、キレート剤としてジチゾン構造,オキシン構造あるいはチオナリド構造を有するもの又はアゾ基(−N=N−)を有する化合物(例えばアゾベンゼン)を挙げたが、他のキレート剤を用いることも可能である。
さらに、上記の実施例では、キレート剤としてジチゾンやオキシンを用いた場合には超臨界流体(超臨界二酸化炭素)を媒体として用いたものを、キレート剤としてチオナリドを用いた場合は超臨界流体(超臨界二酸化炭素)及び水を媒体として用いたものを例に挙げて説明したが、キレート剤と水及び超臨界流体との組み合わせは上記に限定されるものではなく、様々な組み合わせを選択することができる。また、超臨界流体としては超臨界二酸化炭素の他、,超臨界エタノールや各種エントレーナーを含むものを使用することができる。
また、炭化水素及びフッ素基、パークレンやトリクレンのような塩素基を含む炭化水素系等の有機溶媒を用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、金属イオンを捕集するキレート繊維に広範に適用が可能である。特に、キレート剤を適宜に選択することで、周期律表IBからVB族の金属イオン、特にアンチモンやクロムを効率良く捕集できるキレート繊維を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明のキレート繊維の製造方法に使用可能なキレート剤の一例にかかり、(a)はジチゾンの構造式、(b)はオキシンの構造式、(c)はチオナリドの構造式、(d)はアゾ基を有する化合物の一例であるアゾベンゼンの構造式である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料から形成された繊維と、この繊維を浸す媒体とを準備する工程と、
前記媒体中にキレート剤を投入する工程と、
前記媒体に前記繊維を投入する工程と、
前記キレート剤を投入した前記媒体を、前記繊維とともに所定温度で加熱しつつ所定圧力で加圧する工程と、
を有することを特徴とするキレート繊維の製造方法。
【請求項2】
前記媒体が超臨界流体であることを特徴とする請求項1に記載のキレート繊維の製造方法。
【請求項3】
前記媒体が水又は有機溶媒であることを特徴とする請求項1に記載のキレート繊維の製造方法。
【請求項4】
前記キレート剤が、オキシン構造,ジチゾン構造,チオナリド構造を有するもの又はアゾ基を有する化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のキレート繊維の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法で製造したことを特徴とするキレート繊維。
【請求項6】
請求項5に記載の方法で製造したキレート繊維を少なくとも一部に含むことを特徴とする布帛。

【図1】
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【公開番号】特開2007−247104(P2007−247104A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73049(P2006−73049)
【出願日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【出願人】(300046658)株式会社ミツヤ (17)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】