説明

クッパー細胞の活性化状態を判定する方法

【課題】 クッパー細胞の活性化状態を簡便な方法で判定する方法の提供する。
【解決手段】サンプル中のオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)濃度を測定し、得られたOTC濃度又は当該OCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカー濃度との比を指標にクッパー細胞の活性化状態を判定する。
たとえば、サンプル中のOCT濃度が健常者サンプル中のOTC濃度より低い場合、あるいはサンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より高い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定し、サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より低い場合、クッパー細胞が不活性化状態にあると判定する。
本発明方法は、このような極めて簡便な方法でクッパー細胞の活性化状態を知ることができるため、臨床上極めて有用な方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンプル中のオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)の濃度を測定することによりクッパー細胞(kupffer cell)の活性化状態を判定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クッパー細胞は肝臓に存在するマクロファージであり、肝臓障害の発症または抑制において重要な働きをすると考えられている。その機能は、病原体や古くなった細胞の貪食作用、サイトカイン産生など多岐にわたる。クッパー細胞が正常に機能するためには、活性な状態を維持することが重要であるが、過度の活性化は肝炎などの肝臓障害をはじめ、様々な疾患の原因となると考えられている。
【0003】
また、クッパー細胞の不活性化によりその機能が低下すると、病原体排除や全身の免疫機能の調節などに影響を及ぼすと考えられる。そのため、クッパー細胞の活性化状態を知ることは、肝臓機能および免疫機能の状態を把握する上で、極めて重要であると考えられる。
【0004】
従来、クッパー細胞の活性化状態を判定するための方法としては、たとえばクッパー細胞に集積する網内系造影剤を使用する方法がある(非特許文献1−3)。すなわち、粒子状の造影剤をクッパー細胞に取り込ませて、MRIなどの画像診断機器により検出する方法であり、肝細胞癌などの腫瘍組織内にはクッパー細胞が存在しないことから、肝臓における腫瘍の検出に利用されている。しかしながら、この方法は、造影剤の投与が必須であるため、その検出に時間と費用がかかり、かつ同時に複数の患者を検査することができない等の欠点があり、大量のサンプルを処理する方法としては不適な方法であった。
【0005】
また、血液などのサンプルを用いてクッパー細胞の機能を判定する方法としては、たとえばクッパー細胞の産生するサイトカインなどの血中濃度を測定する方法が報告されている(非特許文献4、5)。しかしながら、クッパー細胞が産生するサイトカインは他のマクロファージなどの免疫細胞からも産生されるため、クッパー細胞に特異的なものではないという問題点が指摘されていた。
【0006】
さらに、炎症性サイトカインなどにより肝細胞から誘導される急性期蛋白と呼ばれる蛋白質の血中濃度を測定する方法も報告されている(非特許文献6)。しかし、これら急性期蛋白の血中濃度は肝臓以外の臓器における炎症においても上昇するため、クッパー細胞の活性化状態を示す指標としては用いられてこなかった。
【0007】
さらにまた、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)などの肝臓特異的な細胞障害マーカーの血中濃度を測定し、肝臓障害を検出する方法も知られているが、これらのマーカーは、細胞の障害により血中に逸脱し、必ずしもクッパー細胞の活性化状態を反映しているわけではないため、クッパー細胞の活性化状態を表す指標としては適切なものではなかった。
【0008】
【非特許文献1】Diangostic and Interventional Radiology 2006;12:22-30
【非特許文献2】Radiology 2001;218:27-38
【非特許文献3】Research in Experimental Medicine (Berl) 1994;194:237-246
【非特許文献4】Journal of Immunological Methods 1991;138:47-56
【非特許文献5】Journal of Immunological Methods 1994;177:191-198
【非特許文献6】Immunology Today 1994;15:81-88
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、クッパー細胞の活性化状態を知ることは臨床上重要であるものの、クッパー細胞の活性化状態を簡便な方法で、かつ特異的に測定する方法は存在しなかった。したがって、本願発明は、クッパー細胞の活性化状態を簡便な方法で判定する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上述の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、(1)クッパー細胞の活性化により、肝細胞から血中へのOCTの逸脱が抑制されてOCTの血中濃度が低くなること、(2)クッパー細胞の不活性化により、血中からのOCTの排除が阻害されてOCTの血中半減期が長くなることを見出し、これを基に本発明を完成させた。したがって、本発明は以下の通りである。
【0011】
〔1〕サンプル中のオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)濃度を測定し、得られたOCT濃度又は当該OCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカー濃度との比を指標にクッパー細胞の活性化状態を判定する方法。
〔2〕OCTとアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)との比を指標とする上記〔1〕記載の方法。
〔3〕OCTとグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)との比を指標とする上記〔1〕記載の方法。
〔4〕サンプル中のOCT濃度が健常者サンプル中のOTC濃度より低い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定する上記〔1〕記載の方法。
〔5〕サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より低い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定する上記〔1〕記載の方法。
〔6〕サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より高い場合、クッパー細胞が不活性化状態にあると判定する上記〔1〕記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法は、実施例からも明らかなように、OCTの血中濃度または当該OCTと他の肝臓特異的細胞障害マーカーとの比を求めることによりクッパー細胞の活性化状態を知ることができ、このような極めて簡便な方法でクッパー細胞の活性化状態を知ることができるため、臨床上極めて有用な方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本明細書において、「クッパー細胞」とは、肝臓に常在するマクロファージで、肝臓障害の発症または抑制において重要な働きをすると考えられている細胞のことを意味する。
【0014】
「活性化状態」とは、クッパー細胞が他の細胞より放出されたサイトカインや腸管バクテリア由来のリポポリサッカライドなどにより刺激され、炎症性サイトカインや活性酸素を多量に放出したり、貪食作用が通常よりも亢進している状態を指す。クッパー細胞が過度に活性化され、炎症性サイトカインや活性酸素などを放出すると、類同内皮細胞や肝細胞が障害され肝障害が誘発される。
【0015】
「不活性化状態」とは、クッパー細胞が他の細胞より放出された抑制性のサイトカインなどの影響により、その機能が通常より低下している状態を指す。クッパー細胞が不活性化しているということは、免疫機能が低下し、癌や病原体などに対する生体防衛が不十分となる恐れがある。
【0016】
本発明方法は、サンプル中のOCT濃度を測定し、得られたOCT濃度又は当該OCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカー濃度との比を指標にクッパー細胞の活性化状態を判定する方法に関するものである。
【0017】
測定対象の被検サンプルとしては、血液、血清、血漿などの血液由来サンプルであれば特に限定されない。
【0018】
サンプル中のOCTの測定法としては、従来公知の方法を採用すればよく、測定法の原理も特に制限されない。たとえば、酵素法、ELISA法、RIA法、化学発光法、ラテックス凝集法などが一般的であるが、その他の測定法であってもよい。
【0019】
OCTとの比を算出するために用いる肝臓特異的細胞障害マーカーとしては、ALT、AST、GDH、ラクテートデヒドロゲナーゼ(LDH)、グアナーゼ(GU)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、ソルビトールデヒドロゲナーゼなどがあげられ、ALT、AST,GDHが好ましい。
【0020】
活性化状態の判定は、たとえば、サンプル中のOCT濃度が健常者サンプル中のOCT濃度より低い場合、あるいはサンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が健常者サンプル中の対応する比より低い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定し、サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が健常者サンプル中の対応する比より高い場合、クッパー細胞が不活性化状態にあると判定する。
【0021】
クッパー細胞が活性化状態にある場合、肝臓またはそれ以外の部位において炎症が存在し、例えば劇症肝炎、急性肝炎、慢性肝炎の急性増悪、エンドトキシン血症、その他の感染症、アルコール性肝障害、薬剤性肝障害、組織損傷などの可能性があり、一方、クッパー細胞が不活性化状態にある場合、肝臓又はそれ以外の部位において免疫機能が低下し、感染症などに罹りやすくなるほか、発癌、癌の進行、再発および転移が促進される恐れがある。免疫抑制状態にあると例えば癌の免疫療法が効きづらいなどの弊害を起こす可能性があり、いずれの場合に置いてもより精密診断を行う必要がある。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。なお、OCTの測定はELISA法(Clinica Chimica Acta 2006;368:125-130)にて、ALT及びGDHは酵素法(トランスアミナーゼC-IIテストワコー、和光純薬工業、European Journal of Clinical Chemistry and Clinical Biochemistry 1992;30:493-502)にてそれぞれ測定した。
【0023】
実施例1:リポポリサッカライド投与による正常ラットおける血中OCT濃度の変動
雄のウィスターラット9週齢6匹に大腸菌O128:B12株由来リポポリサッカライド(LPS)を5mg/kg腹腔内投与してクッパー細胞を活性化し、OCT、ALTのコントロール値の変動を検討した。
【0024】
その結果、表1に示すように、投与後48時間で投与前と比べOCTの血中濃度は1/60に低下した。また、ALTも有意に低下したが、その程度はOCTより少なく、OCT/ALTは有意に低下した。このことから、クッパー細胞が活性化した状態においては、血中OCT濃度は顕著に低下することが明らかとなった。
【0025】
【表1】

*:p<0.05
【0026】
実施例2:塩化ガドリニウム投与による慢性肝障害モデルラットの血中OCT濃度の変動
雄のウィスターラット9週齢8匹に、チオアセトアミド(TAA)を4ヶ月間連日投与し、その後2ヶ月間おいて、慢性肝障害モデルを作成した。次ぎに、塩化ガドリニウム(GD)を7mg/kg静脈投与し、OCT、ALT値の変動を検討した。
【0027】
その結果、表2に示すように、クッパー細胞を不活性化するGD投与により、OCT値は上昇したが、ALT値に変動はみられなかった。このことから、血中OCT値はクッパー細胞が不活性化した状態においては相対的に高値になり、クッパー細胞をはじめとする免疫機能が低下していることを反映することが示唆された。
【0028】
【表2】

*:p<0.05
【0029】
実施例3:LPSおよびGDの前投与による急性肝障害時の血中OCT上昇に及ぼす影響
雄のSDラット9週齢にLPS(5mg/kg,ip)またはGD(7mg/kg,iv)を投与し、48時間後(GDは24時間後)にTAA(200mg/kg)を腹腔内投与し、急性肝障害モデルラットを作成した。TAA投与24時間後、血中のOCTとALT濃度の上昇の程度を調べた。また、肝臓を摘出し、10%中性ホルマリンにより固定し、病理検査に供した。
【0030】
その結果、表3に示すように、LPS前投与によりTAA急性肝障害時におけるOCT値の上昇は有意に抑制されたが、ALTの低下は有意ではなかった。また、LPS投与群ではOCT/ALTも有意に低かった。一方、GD前投与による影響はみられなかった。また、病理検査の結果、前投与の有無にかかわらず、TAAによる肝障害の程度は同程度であった。これらの結果から、クッパー細胞が活性化した状態においては、血中へのOCTの漏出が抑制されることが示唆され、OCTと他の障害マーカーとの比などによりクッパー細胞の活性化状態を検出することができることが示された。
【0031】
【表3】

*:p<0.05
【0032】
実施例4:LPS、GD投与によるOCT血中半減期への影響
ラット肝臓ミトコンドリアよりOCTを部分精製した。精製OCTをラットに注入し、経時的に採血してOCTの消失を測定し、血中半減期を求めた。あらかじめLPS、GC投与によりクッパー細胞の活性化状態を調整後、同様にインジェクション実験を行い血中半減期への影響を検討した。ALT、GDHについても同様に検討した。
【0033】
その結果、表4に示すように、OCTの血中半減期は約1時間であった。GD投与により血中半減期は約2時間となり、有意に延長された。LPS投与による影響はみられなかった。ALT、GDHの血中半減期はそれぞれ10時間、8時間であった。これらの酵素の血中半減期はGD、LPS投与により影響を受けなかった。これらのことから、OCTの血中半減期はクッパー細胞の活性化状態を反映して変動することが明らかとなり、OCTと他の障害マーカーとの比などによりクッパー細胞をはじめとする免疫機能の状態を検出できる可能性が示唆された。
【0034】
【表4】

*:p<0.05


【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル中のオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)濃度を測定し、得られたOTC濃度又は当該OCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカー濃度との比を指標にクッパー細胞の活性化状態を判定する方法。
【請求項2】
OCTとアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)との比を指標とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
OCTとグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)との比を指標とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
サンプル中のOCT濃度が健常者サンプル中のOTC濃度より低い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定する請求項1記載の方法。
【請求項5】
サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より低い場合、クッパー細胞が活性化状態にあると判定する請求項1記載の方法。
【請求項6】
サンプル中のOCT濃度と他の肝臓特異的細胞障害マーカーから得られた比が、健常者サンプル中の対応する比より高い場合、クッパー細胞が不活性化状態にあると判定する請求項1記載の方法。

【公開番号】特開2008−43271(P2008−43271A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−222943(P2006−222943)
【出願日】平成18年8月18日(2006.8.18)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【Fターム(参考)】