グラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法
【課題】グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐摩耗性に優れ、より長期間の使用に耐え得るグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法を提供する。
【解決手段】グラビア印刷用ドクターブレード10は、グラビア印刷用版材21の表面と接触する基材11の先端部12の表面が、版材21の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜13で被覆されている。グラビア印刷用ドクターブレード10は、基材11の先端部12の表面全体に耐摩耗処理液を接触させ、版材21の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜13で被覆する工程を有する方法により製造される。
【解決手段】グラビア印刷用ドクターブレード10は、グラビア印刷用版材21の表面と接触する基材11の先端部12の表面が、版材21の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜13で被覆されている。グラビア印刷用ドクターブレード10は、基材11の先端部12の表面全体に耐摩耗処理液を接触させ、版材21の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜13で被覆する工程を有する方法により製造される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法に関するものである。更に詳しくは、グラビア印刷の際に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐摩耗性に優れるグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グラビア印刷とは、画線部が凹状にくぼんだ版面上にインクを供給し、凹部(セル)をインクで満たし、非画線部(本明細書において、「凸部」と呼称することもある。)上の余分なインクを掻き落とした後に、
印圧をかけて、凹部に充填されたインクを直接紙等に転移させる印刷方式である。グラビア印刷用ドクターブレードとは、版面上の凸部の表面に付着した余分なインクを掻き落とし、凹部にインクを充填するために使用される、先端がナイフ状に加工された治具である。凸部の表面にインクが残留すると、印刷物の汚れや印刷品質の低下を招く版かぶりと呼ばれるトラブルの発生原因となる。したがって、インクの掻き落しをより確実に行うために、グラビア印刷用ドクターブレードは版材に強力に押し当てられている。グラビア印刷用ドクターブレードを版材に押し当てる圧力を大きくすると、インクの除去性能は向上するが、先端の摩耗も激しくなる。グラビア印刷用ドクターブレードにおける耐摩耗性の向上は、グラビア印刷用ドクターブレードの長寿命化及び印刷品質向上の観点から、グラビア印刷用ドクターブレードのインクを掻き取り性能及び耐摩耗性の向上について、種々検討が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、搾油されかつサブミクロンの大きさに超微粒子化されてなる米ぬか超微粒子粉を高温耐熱性のポリマーに多量に分散してなるグラビア印刷用ドクターブレード用原料からなり、
該原料を押出成形機のグラビア印刷用ドクターブレードの断面形状をしたノズルから押し出し成形して連続する薄板帯状に成形したものが、真空状態で高温に加熱して硬質化・
セラミック化されかつ所要長さに切断されてなるグラビア印刷用ドクターブレードが提案されている。また、特許文献2には、グラビア印刷用ドクターブレード本体の少なくともナイフエッジ部を二酸化珪素被膜によって被覆し、ペルヒドロポリシラザン溶液を用いて前記二酸化珪素被膜を形成することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードが提案されている。
【特許文献1】特開2001−199033号公報
【特許文献2】国際公開第2007/018144号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1及び2記載のグラビア印刷用ドクターブレードにおいては、その製造に煩雑な工程や熱処理を必要とするため、より安価かつ簡便な工程で製造可能で、かつ耐摩耗性に優れたグラビア印刷用ドクターブレードが求められている。
【0005】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、グラビア印刷の際に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐久性に優れ、長時間連続使用に耐え得るグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、グラビア印刷用版材の表面と接触する基材先端部の表面が、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードを提供することにより上記課題を解決するものである。
グラビア印刷時に版面の表面に強い力で押し付けられる基材先端部の表面を耐摩耗性被膜で被覆することにより、基材先端部を強い力で版材の表面に押しつけることに起因する基材先端部の摩耗をより長期間にわたり抑制できる。そのため、版かぶり等の発生を抑制できる。また、耐摩耗性被膜の表面エネルギーが版材の表面の表面エネルギーよりも大きいため、版材からインクがより確実に除去される。したがって、版かぶり等の印刷品質の低下を招くトラブルを抑制できる。
【0007】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が前記基材先端部の表面に共有結合を介して固定されていることが好ましい。
耐摩耗性被膜が共有結合を介して固定されているので、単に物理的に付着している場合よりも耐久性、特に耐剥離性を向上できる。
【0008】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が単分子膜であることが好ましい。
ナノメートルレベルの被膜はナイフエッジ状の基材先端部の形状に影響を与えないため、インクの掻き取り性能を損なうことがない。
【0009】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいてもよい。
耐摩耗性被膜にポリシロキサン分子を含ませることにより、被膜の耐摩耗性を更に向上できると共に、耐摩耗性被膜の組成変化を介して耐摩耗性被膜の表面エネルギーを制御できる。
【0010】
本発明の第2の態様は、少なくともグラビア印刷用版材と接触する基材先端部の表面に耐摩耗処理液を接触させ、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆する工程を有することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
上記の工程を有する方法により、基材先端部の表面が前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されたグラビア印刷用ドクターブレードを安価かつ容易に得ることができる。
【0011】
本発明の第2の態様において、前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいることが好ましい。
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R1、R2及びR3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
アルコキシシリル基又はクロロシリル基は、基材先端部の表面に存在するヒドロキシル基等の表面官能基との縮合反応により共有結合を形成できる。そのため、基材先端部に共有結合した耐久性の高い耐摩耗性被膜を形成できる。
【0012】
本発明の第2の態様において、前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいてもよい。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSiY2)qX
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
耐摩耗処理液に式(III)及び(IV)のいずれかで表される化合物の一方又は双方が含まれていると、形成される耐摩耗性被膜がポリシロキサン分子を含むため、配合比を調節することにより耐摩耗性被膜の強度を向上させると共に、耐摩耗性被膜の表面エネルギーを制御できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、グラビア印刷時に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐摩耗性に優れ、より長期間の使用に耐え得るグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
なお、本明細書において、「膜化合物」及び「膜物質」という用語は、それぞれ、撥水撥油性の被膜を形成するための出発物質として使用される化合物、及び形成された撥水撥油性の被膜の構成成分を呼称するために使用される。
ここで、図1は本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図、図2は同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図、図3は同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図、図4は同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図、図5は同実施の形態に係るグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を模式的に説明した説明図である。
【0015】
図1に示すように、グラビア印刷用版材10は、グラビア印刷時に、インクが供給されたグラビア印刷用版材の表面の幅方向にわたって押し当てられ、前記版材の表面から余剰なインクを掻き落とすための治具である。グラビア印刷用版材の表面と接触する基材11の先端部12の表面が耐摩耗性被膜13で被覆されている。また、図3に示すように、耐摩耗性被膜13は、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれか(図3では一例としてペンタデカフルオロデシル基のみの場合を図示している。)を有する膜物質が基材11の先端部12の表面に共有結合を介して固定されている単分子膜である。なお、図1に示すように、耐摩耗性被膜13は、基材11の先端部12のみならず、基材11の表面全体を被覆していてもよい。また、図1においては、実際にはナノメートルスケールの大きさである耐摩耗性被膜13を構成する膜物質の分子サイズを誇張して示している。
【0016】
図2に、グラビア印刷用ドクターブレード10を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図を示す。インク容器22に貯留されたインク23は、矢印方向に回転するインクローラー24を介してグラビアロール(グラビア印刷用版材の一例)21に供給される。グラビアロール21に供給されたインク23は、グラビアロール21の矢印方向への回転に伴い、ナイフエッジ状の形状を有するグラビア印刷用ドクターブレード10の先端部12に接触するが、その際に非画線部(凸部)の表面に付着した余分なインク23が掻き落とされる。矢印方向に回転する圧胴25によってグラビアロール21に向かって加圧された原紙(被印刷体の一例)26は、矢印方向に回転するグラビアロール21に圧着されるが、その際に凹部(セル)からインク13が転写される。インク23が転写された原紙26は、その後裁断され、印刷物となる。
【0017】
グラビアロール21の表面からより確実にインク23を掻き落とすためには、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーをグラビアロール21の表面エネルギーよりも大きくしておく必要がある。表面エネルギーが小さすぎると、基材11の表面へのインクの乗りが悪くなるので、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーは、インクの表面エネルギーと同程度か、多少大きくしておいた方がよい。耐摩耗性被膜13の表面エネルギーを上記のように調節することにより、グラビアロール21の表面に存在する余剰なインク23がグラビア印刷用ドクターブレード10によって掻き落とされる際に、両者の濡れ性の差によってインク23がグラビア印刷用ドクターブレード10に引き寄せられるので、インク23は、より確実にグラビアロール21の非画線部の表面から除去される。
【0018】
図4に示すように、グラビア印刷用版材10は、少なくとも基材11の先端部12の表面に耐摩耗処理液を接触させ、耐摩耗性被膜13で被覆する工程を有する方法を用いて製造される。
【0019】
グラビア印刷用ドクターブレード10の製造に用いられる基材11の材質について特に制限はなく、通常用いられている任意の公知の基材を用いることができ、その具体例としては、炭素工具鋼、SUS304等のマルテンサイト系ステンレス鋼、SUS301等のオーステナイト系ステンレス鋼、スウェーデン鋼等の焼き入れ鋼等が挙げられる。必要に応じて、ダイアモンライクカーボン、シリカ等でコーティングされていてもよい。図1には、基材11の先端部12がナイフエッジ状、すなわち片面にのみテーパーを有する形状を有するものを一例として示したが、先端部12の形状についても特に制限はなく、グラビア印刷用ドクターブレードに用いられる任意の形状を用いることができ、その具体例としては、テーパー状、段付き形状、先端に丸みを持たせたラウンド形状、又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。
【0020】
基材11の全体或いは少なくとも先端部12の表面に、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれかを有する膜化合物並びにこれらの混合物のいずれかを含む耐摩耗処理液を接触させ、耐摩耗性被膜13を表面全体に形成する。
【0021】
フッ化炭素基を有する化合物としては、下記の化学式(I)及び(II)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を用いることができる。
【0022】
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R1及びR2、R3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
フッ化炭素基を含む膜物質の形成する被膜は、自己潤滑性を有しているため動摩擦係数を減少できる。したがって、耐摩耗性被膜13で表面が被覆されたグラビア印刷用ドクターブレード10の先端部12とグラビアローラー21の表面との摩擦を低減させ、先端部12の耐摩耗性を向上できる。
【0023】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(I’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0024】
(I’)CF3(CF2)n−Y−Z−(CH2)m−Si(OR)3
式(I’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Yは、(CH2)k(kは1〜3の整数を表す)及び単結合のいずれかを表し、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH3)2、及び単結合のいずれかを表す。
【0025】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記(1)〜(12)に示す化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0026】
(1) CF3CH2O(CH2)15Si(OCH3)3
(2) CF3(CH2)3Si(CH3)2(CH2)15Si(OCH3)3
(3) CF3(CF2)5(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OCH3)3
(4) CF3(CF2)7(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OCH3)3
(5) CF3COO(CH2)15Si(OCH3)3
(6) CF3(CF2)5(CH2)2Si(OCH3)3
(7) CF3CH2O(CH2)15Si(OC2H5)3
(8) CF3(CH2)3Si(CH3)2(CH2)15Si(OC2H5)3
(9) CF3(CF2)5(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OC2H5)3
(10) CF3(CF2)7(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OC2H5)3
(11) CF3COO(CH2)15Si(OC2H5)3
(12) CF3(CF2)7(CH2)2Si(OC2H5)3
【0027】
また、アルキル基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(II’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0028】
(II’)CH3(CH2)n−Z−(CH2)m−Si(OR)3
式(II’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH3)2、及び単結合のいずれかを表す。
【0029】
このような化合物の具体例としては、上記(1)〜(12)に示す化合物において、フッ素原子が水素原子に置換された化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0030】
耐摩耗処理液の調製に用いられる溶媒、アルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の濃度、撥水撥油処理工程を行う際の反応温度、反応時間、アルコキシシラン化合物を用いる場合に用いることができる縮合触媒等の反応条件については、例えば、特開2005−206790号公報に記載の条件を用いることができる。
【0031】
上記の一般式(I)及び(II)のいずれかで表される化合物のうち1つを単独で用いてもよいが、それぞれの一般式で表される1種類又は複数種類の化合物を任意の割合で混合して用いてもよい。例えば、一般式(I)で表される化合物と、一般式(II)で表される化合物のそれぞれ1種類を、100:0〜20:80の割合で混合して用いることができる。
【0032】
第1の耐摩耗処理液は、下記の化学式(III)又は(IV)で表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物を更に含んでいてもよい。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSi(CH3)2)qOSiX3
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、p及びqはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表す。
【0033】
この場合において形成される耐摩耗性被膜13の構造を図3に示す。フッ化炭素基を有する膜物質は、その一部は基材11の少なくとも先端部12の表面に共有結合を介して固定されているが、残りは、基材11の全体又は少なくとも先端部12の表面を網目状に被覆するポリシロキサン分子14上に結合している。
【0034】
上記の式(III)で表されるアルコキシシラン及び上記の式(IV)で表されるアルコキシポリシロキサンの具体例としては、以下に示す化合物(21)〜(36)が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0035】
(21) Si(OCH3)4
(22) SiH(OCH3)3
(23) SiH2(OCH3)2
(24) (CH3O)3SiOSi(OCH3)3
(25) Si(OC2H5)4
(26) SiH(OC2H5)3
(27) SiH2(OC2H5)2
(28) (H5C2O)3SiOSi(OC2H5)3
(29) (CH3O)3SiOSi(OCH3)2OCH3
(30) (C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2OC2H5
(31) (CH3O)3Si(OSi(OCH3)2)2OCH3
(32) (C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2)2OC2H5
(33) (CH3O)3SiOSi(CH3)2OCH3
(34) (C2H5O)3Si(OSi(CH3)2OC2H5
(35) (CH3O)3Si(OSi(CH3)2)2OCH3
(36) (C2H5O)3Si(OSi(CH3)2)2OC2H5
【0036】
これらは単独で用いてもよく、任意の2種類以上を任意の割合で混合して用いてもよい。表面エネルギーを適度に制御する必要がある第1の耐摩耗性被膜では、一般式(I)及び(III)で表される化合物の一方又は双方に、表面エネルギーを減ずる一般式(II)で表される化合物、より具体的には、メチルトリメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン等のアルキルアルコキシシラン、或いはメチルトリクロロシラン、トリメチルクロロシラン等のアルキルクロロシシランを混合使用するごとで、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーを5〜60mN/mの範囲で任意に制御できる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の具体的な実施例を説明するが、以下の実施例においては、特に記載していない限り分子組成比はモル比を意味する。また、「%」は重量%を意味する。
【0038】
実施例1
乾燥雰囲気中(湿度35%以下が良い。これ以上になると、被膜形成物質が加水分解して被膜が白濁した。)で、ペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF3(CF2)7(CH2)2SiCl3及びテトラクロロシランSiCl4を、乾燥した5%クロロホルム含有ジメチルシリコーン溶液に、それぞれ0,02M/Lと0,01M/Lの濃度(2:1)になるように溶解して、耐摩耗処理液を作成した。
このとき、テトラクロロシランの組成を0〜80%程度の範囲で制御すすることにより、形成される耐摩耗性被膜の耐摩耗性を調整できた。
【0039】
次に、洗浄して表面の油脂汚れ等を除去したグラビア印刷用ドクターブレードを耐摩耗処理液に接触させ、1時間程度反応させた後良く洗浄すると、略2nm程度の厚みの耐摩耗性被膜が、表面の全体にわたって形成できた。このようにして形成された耐摩耗性被膜の表面エネルギーは、15mN/m程度であった。また、グラビア印刷用ドクターブレードの表面の動摩擦係数は0.2程度であり、無処理のものに比べて、1/10程度の大きさであった。
【0040】
なお、洗浄せずに前記非水系有機溶媒を蒸発させる(この場合、60〜100℃で版材を加熱すると、溶媒の蒸発を早めることが可能であり、蒸発時間を短縮できた。)と、略30nm厚みのフッ化炭素基と炭化水素基とシリル基を主成分とする物質とシロキサン基を主成分とする物質を含む複合膜を版面上に形成できた。また、反応後に第1の耐摩耗処理液をふき取った場合には、形成される複合膜の厚さは、略10nmとなった。
【0041】
一方、グラビアローラー表面をペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF3(CF2)7(CH2)2SiCl3のみで処理しておくと、このようなグラビア印刷用ドクターブレードは、グラビアローラーの凸部より表面エネルギーが大きくなり、グラビアローラーの凸部よりインクに対する濡れ性が良く、かつその表面は、摩擦係数の低い剥離しない被膜で被覆されているため、メンテフリーで連続30万枚程度の印刷が行えた。
【0042】
ここで、メチルトリクロロシランの代わりに、それぞれ、一般式RSi(OCH3)3又はRSiCl3(式中、Rはアルキル基を示す)で表されるアルキルアルコキシシラン化合物又はアルキルクロロシラン化合物、SiH(OCH3)3、SiH2(OCH3)2若しくは(CH3O)3Si(OSi(OCH3)2)mOCH3(但し、mは整数を表す)、又はSiH(OC2H5)3、SiH2(OC2H5)2若しくは(C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2)mOC2H5(但し、mは整数を表す)等のアルコキシシラン又はアルコキシポリシロキサン、或いはSiHCl3、SiH2Cl2又はCl3Si(OSiCl2)mCl(但し、mは整数を表す)等のクロロシラン又はクロロポリシロキサンを用いても、組成を調整すればほぼ同様の結果が得られた。
【0043】
なお、この場合において、アルコキシシラン化合物に微量のクロロシラン化合物を混合して用いると、後者と版材表面のヒドロキシル基との反応により発生する塩酸が触媒となり、基材表面のヒドロキシル基と脱アルコール反応してシロキサン結合を形成する。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のグラビア印刷用ドクターブレードは、大量印刷用で且つ高性能なグラビア製版及びグラビア印刷に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図である。
【図2】同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図である。
【図3】同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図4】同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図5】同実施の形態に係るグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を模式的に説明した説明図である。
【符号の説明】
【0046】
10 グラビア印刷用ドクターブレード
11 基材
12 先端部
13 耐摩耗性被膜
14 ポリシロキサン分子
20 グラビア印刷装置
21 グラビアローラー
22 インク容器
23 インク
24 インクローラー
25 圧胴
26 原紙
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法に関するものである。更に詳しくは、グラビア印刷の際に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐摩耗性に優れるグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グラビア印刷とは、画線部が凹状にくぼんだ版面上にインクを供給し、凹部(セル)をインクで満たし、非画線部(本明細書において、「凸部」と呼称することもある。)上の余分なインクを掻き落とした後に、
印圧をかけて、凹部に充填されたインクを直接紙等に転移させる印刷方式である。グラビア印刷用ドクターブレードとは、版面上の凸部の表面に付着した余分なインクを掻き落とし、凹部にインクを充填するために使用される、先端がナイフ状に加工された治具である。凸部の表面にインクが残留すると、印刷物の汚れや印刷品質の低下を招く版かぶりと呼ばれるトラブルの発生原因となる。したがって、インクの掻き落しをより確実に行うために、グラビア印刷用ドクターブレードは版材に強力に押し当てられている。グラビア印刷用ドクターブレードを版材に押し当てる圧力を大きくすると、インクの除去性能は向上するが、先端の摩耗も激しくなる。グラビア印刷用ドクターブレードにおける耐摩耗性の向上は、グラビア印刷用ドクターブレードの長寿命化及び印刷品質向上の観点から、グラビア印刷用ドクターブレードのインクを掻き取り性能及び耐摩耗性の向上について、種々検討が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、搾油されかつサブミクロンの大きさに超微粒子化されてなる米ぬか超微粒子粉を高温耐熱性のポリマーに多量に分散してなるグラビア印刷用ドクターブレード用原料からなり、
該原料を押出成形機のグラビア印刷用ドクターブレードの断面形状をしたノズルから押し出し成形して連続する薄板帯状に成形したものが、真空状態で高温に加熱して硬質化・
セラミック化されかつ所要長さに切断されてなるグラビア印刷用ドクターブレードが提案されている。また、特許文献2には、グラビア印刷用ドクターブレード本体の少なくともナイフエッジ部を二酸化珪素被膜によって被覆し、ペルヒドロポリシラザン溶液を用いて前記二酸化珪素被膜を形成することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードが提案されている。
【特許文献1】特開2001−199033号公報
【特許文献2】国際公開第2007/018144号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1及び2記載のグラビア印刷用ドクターブレードにおいては、その製造に煩雑な工程や熱処理を必要とするため、より安価かつ簡便な工程で製造可能で、かつ耐摩耗性に優れたグラビア印刷用ドクターブレードが求められている。
【0005】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、グラビア印刷の際に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐久性に優れ、長時間連続使用に耐え得るグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、グラビア印刷用版材の表面と接触する基材先端部の表面が、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードを提供することにより上記課題を解決するものである。
グラビア印刷時に版面の表面に強い力で押し付けられる基材先端部の表面を耐摩耗性被膜で被覆することにより、基材先端部を強い力で版材の表面に押しつけることに起因する基材先端部の摩耗をより長期間にわたり抑制できる。そのため、版かぶり等の発生を抑制できる。また、耐摩耗性被膜の表面エネルギーが版材の表面の表面エネルギーよりも大きいため、版材からインクがより確実に除去される。したがって、版かぶり等の印刷品質の低下を招くトラブルを抑制できる。
【0007】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が前記基材先端部の表面に共有結合を介して固定されていることが好ましい。
耐摩耗性被膜が共有結合を介して固定されているので、単に物理的に付着している場合よりも耐久性、特に耐剥離性を向上できる。
【0008】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が単分子膜であることが好ましい。
ナノメートルレベルの被膜はナイフエッジ状の基材先端部の形状に影響を与えないため、インクの掻き取り性能を損なうことがない。
【0009】
本発明の第1の態様において、前記耐摩耗性被膜が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいてもよい。
耐摩耗性被膜にポリシロキサン分子を含ませることにより、被膜の耐摩耗性を更に向上できると共に、耐摩耗性被膜の組成変化を介して耐摩耗性被膜の表面エネルギーを制御できる。
【0010】
本発明の第2の態様は、少なくともグラビア印刷用版材と接触する基材先端部の表面に耐摩耗処理液を接触させ、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆する工程を有することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
上記の工程を有する方法により、基材先端部の表面が前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されたグラビア印刷用ドクターブレードを安価かつ容易に得ることができる。
【0011】
本発明の第2の態様において、前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいることが好ましい。
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R1、R2及びR3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
アルコキシシリル基又はクロロシリル基は、基材先端部の表面に存在するヒドロキシル基等の表面官能基との縮合反応により共有結合を形成できる。そのため、基材先端部に共有結合した耐久性の高い耐摩耗性被膜を形成できる。
【0012】
本発明の第2の態様において、前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいてもよい。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSiY2)qX
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
耐摩耗処理液に式(III)及び(IV)のいずれかで表される化合物の一方又は双方が含まれていると、形成される耐摩耗性被膜がポリシロキサン分子を含むため、配合比を調節することにより耐摩耗性被膜の強度を向上させると共に、耐摩耗性被膜の表面エネルギーを制御できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、グラビア印刷時に、グラビア製版用版材からのインク掻き取り性能及び耐摩耗性に優れ、より長期間の使用に耐え得るグラビア印刷用ドクターブレード及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
なお、本明細書において、「膜化合物」及び「膜物質」という用語は、それぞれ、撥水撥油性の被膜を形成するための出発物質として使用される化合物、及び形成された撥水撥油性の被膜の構成成分を呼称するために使用される。
ここで、図1は本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図、図2は同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図、図3は同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図、図4は同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図、図5は同実施の形態に係るグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を模式的に説明した説明図である。
【0015】
図1に示すように、グラビア印刷用版材10は、グラビア印刷時に、インクが供給されたグラビア印刷用版材の表面の幅方向にわたって押し当てられ、前記版材の表面から余剰なインクを掻き落とすための治具である。グラビア印刷用版材の表面と接触する基材11の先端部12の表面が耐摩耗性被膜13で被覆されている。また、図3に示すように、耐摩耗性被膜13は、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれか(図3では一例としてペンタデカフルオロデシル基のみの場合を図示している。)を有する膜物質が基材11の先端部12の表面に共有結合を介して固定されている単分子膜である。なお、図1に示すように、耐摩耗性被膜13は、基材11の先端部12のみならず、基材11の表面全体を被覆していてもよい。また、図1においては、実際にはナノメートルスケールの大きさである耐摩耗性被膜13を構成する膜物質の分子サイズを誇張して示している。
【0016】
図2に、グラビア印刷用ドクターブレード10を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図を示す。インク容器22に貯留されたインク23は、矢印方向に回転するインクローラー24を介してグラビアロール(グラビア印刷用版材の一例)21に供給される。グラビアロール21に供給されたインク23は、グラビアロール21の矢印方向への回転に伴い、ナイフエッジ状の形状を有するグラビア印刷用ドクターブレード10の先端部12に接触するが、その際に非画線部(凸部)の表面に付着した余分なインク23が掻き落とされる。矢印方向に回転する圧胴25によってグラビアロール21に向かって加圧された原紙(被印刷体の一例)26は、矢印方向に回転するグラビアロール21に圧着されるが、その際に凹部(セル)からインク13が転写される。インク23が転写された原紙26は、その後裁断され、印刷物となる。
【0017】
グラビアロール21の表面からより確実にインク23を掻き落とすためには、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーをグラビアロール21の表面エネルギーよりも大きくしておく必要がある。表面エネルギーが小さすぎると、基材11の表面へのインクの乗りが悪くなるので、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーは、インクの表面エネルギーと同程度か、多少大きくしておいた方がよい。耐摩耗性被膜13の表面エネルギーを上記のように調節することにより、グラビアロール21の表面に存在する余剰なインク23がグラビア印刷用ドクターブレード10によって掻き落とされる際に、両者の濡れ性の差によってインク23がグラビア印刷用ドクターブレード10に引き寄せられるので、インク23は、より確実にグラビアロール21の非画線部の表面から除去される。
【0018】
図4に示すように、グラビア印刷用版材10は、少なくとも基材11の先端部12の表面に耐摩耗処理液を接触させ、耐摩耗性被膜13で被覆する工程を有する方法を用いて製造される。
【0019】
グラビア印刷用ドクターブレード10の製造に用いられる基材11の材質について特に制限はなく、通常用いられている任意の公知の基材を用いることができ、その具体例としては、炭素工具鋼、SUS304等のマルテンサイト系ステンレス鋼、SUS301等のオーステナイト系ステンレス鋼、スウェーデン鋼等の焼き入れ鋼等が挙げられる。必要に応じて、ダイアモンライクカーボン、シリカ等でコーティングされていてもよい。図1には、基材11の先端部12がナイフエッジ状、すなわち片面にのみテーパーを有する形状を有するものを一例として示したが、先端部12の形状についても特に制限はなく、グラビア印刷用ドクターブレードに用いられる任意の形状を用いることができ、その具体例としては、テーパー状、段付き形状、先端に丸みを持たせたラウンド形状、又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。
【0020】
基材11の全体或いは少なくとも先端部12の表面に、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれかを有する膜化合物並びにこれらの混合物のいずれかを含む耐摩耗処理液を接触させ、耐摩耗性被膜13を表面全体に形成する。
【0021】
フッ化炭素基を有する化合物としては、下記の化学式(I)及び(II)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を用いることができる。
【0022】
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R1及びR2、R3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
フッ化炭素基を含む膜物質の形成する被膜は、自己潤滑性を有しているため動摩擦係数を減少できる。したがって、耐摩耗性被膜13で表面が被覆されたグラビア印刷用ドクターブレード10の先端部12とグラビアローラー21の表面との摩擦を低減させ、先端部12の耐摩耗性を向上できる。
【0023】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(I’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0024】
(I’)CF3(CF2)n−Y−Z−(CH2)m−Si(OR)3
式(I’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Yは、(CH2)k(kは1〜3の整数を表す)及び単結合のいずれかを表し、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH3)2、及び単結合のいずれかを表す。
【0025】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記(1)〜(12)に示す化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0026】
(1) CF3CH2O(CH2)15Si(OCH3)3
(2) CF3(CH2)3Si(CH3)2(CH2)15Si(OCH3)3
(3) CF3(CF2)5(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OCH3)3
(4) CF3(CF2)7(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OCH3)3
(5) CF3COO(CH2)15Si(OCH3)3
(6) CF3(CF2)5(CH2)2Si(OCH3)3
(7) CF3CH2O(CH2)15Si(OC2H5)3
(8) CF3(CH2)3Si(CH3)2(CH2)15Si(OC2H5)3
(9) CF3(CF2)5(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OC2H5)3
(10) CF3(CF2)7(CH2)2Si(CH3)2(CH2)9Si(OC2H5)3
(11) CF3COO(CH2)15Si(OC2H5)3
(12) CF3(CF2)7(CH2)2Si(OC2H5)3
【0027】
また、アルキル基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(II’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0028】
(II’)CH3(CH2)n−Z−(CH2)m−Si(OR)3
式(II’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH3)2、及び単結合のいずれかを表す。
【0029】
このような化合物の具体例としては、上記(1)〜(12)に示す化合物において、フッ素原子が水素原子に置換された化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0030】
耐摩耗処理液の調製に用いられる溶媒、アルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の濃度、撥水撥油処理工程を行う際の反応温度、反応時間、アルコキシシラン化合物を用いる場合に用いることができる縮合触媒等の反応条件については、例えば、特開2005−206790号公報に記載の条件を用いることができる。
【0031】
上記の一般式(I)及び(II)のいずれかで表される化合物のうち1つを単独で用いてもよいが、それぞれの一般式で表される1種類又は複数種類の化合物を任意の割合で混合して用いてもよい。例えば、一般式(I)で表される化合物と、一般式(II)で表される化合物のそれぞれ1種類を、100:0〜20:80の割合で混合して用いることができる。
【0032】
第1の耐摩耗処理液は、下記の化学式(III)又は(IV)で表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物を更に含んでいてもよい。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSi(CH3)2)qOSiX3
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、p及びqはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表す。
【0033】
この場合において形成される耐摩耗性被膜13の構造を図3に示す。フッ化炭素基を有する膜物質は、その一部は基材11の少なくとも先端部12の表面に共有結合を介して固定されているが、残りは、基材11の全体又は少なくとも先端部12の表面を網目状に被覆するポリシロキサン分子14上に結合している。
【0034】
上記の式(III)で表されるアルコキシシラン及び上記の式(IV)で表されるアルコキシポリシロキサンの具体例としては、以下に示す化合物(21)〜(36)が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0035】
(21) Si(OCH3)4
(22) SiH(OCH3)3
(23) SiH2(OCH3)2
(24) (CH3O)3SiOSi(OCH3)3
(25) Si(OC2H5)4
(26) SiH(OC2H5)3
(27) SiH2(OC2H5)2
(28) (H5C2O)3SiOSi(OC2H5)3
(29) (CH3O)3SiOSi(OCH3)2OCH3
(30) (C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2OC2H5
(31) (CH3O)3Si(OSi(OCH3)2)2OCH3
(32) (C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2)2OC2H5
(33) (CH3O)3SiOSi(CH3)2OCH3
(34) (C2H5O)3Si(OSi(CH3)2OC2H5
(35) (CH3O)3Si(OSi(CH3)2)2OCH3
(36) (C2H5O)3Si(OSi(CH3)2)2OC2H5
【0036】
これらは単独で用いてもよく、任意の2種類以上を任意の割合で混合して用いてもよい。表面エネルギーを適度に制御する必要がある第1の耐摩耗性被膜では、一般式(I)及び(III)で表される化合物の一方又は双方に、表面エネルギーを減ずる一般式(II)で表される化合物、より具体的には、メチルトリメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン等のアルキルアルコキシシラン、或いはメチルトリクロロシラン、トリメチルクロロシラン等のアルキルクロロシシランを混合使用するごとで、耐摩耗性被膜13の表面エネルギーを5〜60mN/mの範囲で任意に制御できる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の具体的な実施例を説明するが、以下の実施例においては、特に記載していない限り分子組成比はモル比を意味する。また、「%」は重量%を意味する。
【0038】
実施例1
乾燥雰囲気中(湿度35%以下が良い。これ以上になると、被膜形成物質が加水分解して被膜が白濁した。)で、ペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF3(CF2)7(CH2)2SiCl3及びテトラクロロシランSiCl4を、乾燥した5%クロロホルム含有ジメチルシリコーン溶液に、それぞれ0,02M/Lと0,01M/Lの濃度(2:1)になるように溶解して、耐摩耗処理液を作成した。
このとき、テトラクロロシランの組成を0〜80%程度の範囲で制御すすることにより、形成される耐摩耗性被膜の耐摩耗性を調整できた。
【0039】
次に、洗浄して表面の油脂汚れ等を除去したグラビア印刷用ドクターブレードを耐摩耗処理液に接触させ、1時間程度反応させた後良く洗浄すると、略2nm程度の厚みの耐摩耗性被膜が、表面の全体にわたって形成できた。このようにして形成された耐摩耗性被膜の表面エネルギーは、15mN/m程度であった。また、グラビア印刷用ドクターブレードの表面の動摩擦係数は0.2程度であり、無処理のものに比べて、1/10程度の大きさであった。
【0040】
なお、洗浄せずに前記非水系有機溶媒を蒸発させる(この場合、60〜100℃で版材を加熱すると、溶媒の蒸発を早めることが可能であり、蒸発時間を短縮できた。)と、略30nm厚みのフッ化炭素基と炭化水素基とシリル基を主成分とする物質とシロキサン基を主成分とする物質を含む複合膜を版面上に形成できた。また、反応後に第1の耐摩耗処理液をふき取った場合には、形成される複合膜の厚さは、略10nmとなった。
【0041】
一方、グラビアローラー表面をペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF3(CF2)7(CH2)2SiCl3のみで処理しておくと、このようなグラビア印刷用ドクターブレードは、グラビアローラーの凸部より表面エネルギーが大きくなり、グラビアローラーの凸部よりインクに対する濡れ性が良く、かつその表面は、摩擦係数の低い剥離しない被膜で被覆されているため、メンテフリーで連続30万枚程度の印刷が行えた。
【0042】
ここで、メチルトリクロロシランの代わりに、それぞれ、一般式RSi(OCH3)3又はRSiCl3(式中、Rはアルキル基を示す)で表されるアルキルアルコキシシラン化合物又はアルキルクロロシラン化合物、SiH(OCH3)3、SiH2(OCH3)2若しくは(CH3O)3Si(OSi(OCH3)2)mOCH3(但し、mは整数を表す)、又はSiH(OC2H5)3、SiH2(OC2H5)2若しくは(C2H5O)3Si(OSi(OC2H5)2)mOC2H5(但し、mは整数を表す)等のアルコキシシラン又はアルコキシポリシロキサン、或いはSiHCl3、SiH2Cl2又はCl3Si(OSiCl2)mCl(但し、mは整数を表す)等のクロロシラン又はクロロポリシロキサンを用いても、組成を調整すればほぼ同様の結果が得られた。
【0043】
なお、この場合において、アルコキシシラン化合物に微量のクロロシラン化合物を混合して用いると、後者と版材表面のヒドロキシル基との反応により発生する塩酸が触媒となり、基材表面のヒドロキシル基と脱アルコール反応してシロキサン結合を形成する。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のグラビア印刷用ドクターブレードは、大量印刷用で且つ高性能なグラビア製版及びグラビア印刷に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図である。
【図2】同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図である。
【図3】同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図4】同実施の形態における耐摩耗性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図5】同実施の形態に係るグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法を模式的に説明した説明図である。
【符号の説明】
【0046】
10 グラビア印刷用ドクターブレード
11 基材
12 先端部
13 耐摩耗性被膜
14 ポリシロキサン分子
20 グラビア印刷装置
21 グラビアローラー
22 インク容器
23 インク
24 インクローラー
25 圧胴
26 原紙
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラビア印刷用版材の表面と接触する基材先端部の表面が、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項2】
前記耐摩耗性被膜が前記基材先端部の表面に共有結合を介して固定されていることを特徴とする請求項1記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項3】
前記耐摩耗性被膜が単分子膜であることを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項4】
前記耐摩耗性被膜が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項5】
少なくともグラビア印刷用版材と接触する基材先端部の表面に耐摩耗処理液を接触させ、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆する工程を有することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
【請求項6】
前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5記載のグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xはアルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFはフルオロアルキルアルキル基を表し、R1、R2及びR3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
【請求項7】
前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5及び6のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSiY2)qX
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
【請求項1】
グラビア印刷用版材の表面と接触する基材先端部の表面が、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項2】
前記耐摩耗性被膜が前記基材先端部の表面に共有結合を介して固定されていることを特徴とする請求項1記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項3】
前記耐摩耗性被膜が単分子膜であることを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項4】
前記耐摩耗性被膜が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレード。
【請求項5】
少なくともグラビア印刷用版材と接触する基材先端部の表面に耐摩耗処理液を接触させ、前記版材の表面よりも表面エネルギーの大きな耐摩耗性被膜で被覆する工程を有することを特徴とするグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
【請求項6】
前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5記載のグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
(I)RFSiR1mX(3−m)
(II)R2SiR3nX(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xはアルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、RFはフルオロアルキルアルキル基を表し、R1、R2及びR3はそれぞれ独立してアルキル基を表す。
【請求項7】
前記耐摩耗処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5及び6のいずれか1項記載のグラビア印刷用ドクターブレードの製造方法。
(III)SiHpX(4−p)
(IV)X3Si(OSiY2)qX
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【公開番号】特開2010−111035(P2010−111035A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−286027(P2008−286027)
【出願日】平成20年11月7日(2008.11.7)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年11月7日(2008.11.7)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
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