説明

グラフェン薄膜の製造方法とグラフェン薄膜

【課題】作製したグラフェンの電気抵抗が低下せず、高い伝導率が確保されるとともに、低温プロセスで作製可能なグラフェン薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】有機溶剤中のグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子で修飾したグラフェン第1溶液と、有機溶剤中のグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェン第2溶液とを、基板に塗布する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布法によって形成するグラフェン薄膜、すなわちグラフェン積層膜とこのグラフェン薄膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンとは、ベンゼン環が同一平面内に規則的に並んだ原子一層の厚みシートのことを言う。このグラフェンを丸めればフラーレンとなり、筒状にすればカーボンナノチューブ、また3次元に秩序ただしく積層すればグラファイトとなり、グラフェンは様々なカーボン材料の母体となるものである。
【0003】
最近、非特許文献1および2により、単層のグラフェンが発見され、フェルミ準位付近の電子状態は、あたかも質量ゼロの粒子として振舞うことに由来する特異な物性が、物性物理の分野で高い注目を集めている。
一方で、グラフェンの産業応用についても様々なものが提案されており、移動度が非常に高いことを利用して、Siを超えるトランジスタへの応用や、スピン注入デバイス、また単分子を検出するガスセンサや透明導電膜など、多岐にわたっている。
【0004】
非特許文献1および2によると、グラフェンの作製は、機械的剥離法と呼ばれる方法で行われている。この方法は、層間隔3.354オングストロームで秩序正しく重なっているグラファイト単結晶を、粘着テープによって剥離し、数十層のグラフェン積層体を粘着テープに転写する。粘着テープに転写されたグラフェン積層体を、SiO2/Si基板上に擦り付けることで、ランダムにグラフェン単層膜および2層以上のグラフェン積層膜がSiO2/Si基板に製膜される。
この剥離法は、簡便に高品質のグラフェンを得ることができるという長所を有しているが、反面、得られるグラフェンの大きさは、最大でも数十μmと非常に小さく、また光学顕微鏡で注意深くグラフェンを探す必要があるため、工業的に応用できる製膜方法ではない。
【0005】
デバイス応用を目指した生産性が高い作製方法としては、非特許文献3に開示されている方法がある。
非特許文献3では、塗布法を用いてグラフェン薄膜を作製している。
グラファイト粉末を硫酸、硝酸ナトリウム、過マンガン酸カリウムを用いて酸化して酸化グラファイトとし、この酸化グラファイトを水に分散させて超音波を印加する。酸化グラファイトは、グラファイトに比べ層間が0.34nmから1nm程度と大きくなっているため単層に剥離され、この水溶液の上澄みを取ることで、酸化グラファイト水溶液ができる。この酸化グラファイト水溶液を基板にディップコーティングすることにより、酸化グラフェン薄膜が製膜され、1100℃で加熱還元することで、グラフェン薄膜が得られる。
【0006】
非特許文献3に記載の方法は、大面積のグラフェンが作製可能であるが、酸化グラフェンをグラフェンに還元するために、1100℃の高温が必要となる。グラフェンをシリコンデバイスに適用する場合、pn接合に影響を与えない温度の上限は600℃であり、ポリイミド基板などに適用する場合では、さらに低温の300℃が加熱温度の上限である。
このような温度の要求に対して、非特許文献4において、加熱還元に還元剤のヒドラジンを併用することで加熱温度を550℃まで低温化することが試みられているが、十分な還元をすることはできず、酸化の影響によって、グラフェンの特性が低下する。
【0007】
非特許文献5では、N−メチルピロリドンなどの水溶液中にグラファイトを添加し、超音波処理することで、グラフェンを酸化することなく単層剥離を行うことを可能にしている。
【0008】
【非特許文献1】K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang,S. V. Dubonos, I. V. Grigorieva, A. A. Firsov, Science 306 (2004) 666.
【非特許文献2】K. S. Novoselov, D. Jiang, F. Schedin, T. J. Booth, V. V. Khotkevich, S. V. Morozov and A. K. Geim, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 102 (2005) 10451.
【非特許文献3】Xuan Wang et al., Nano Lett. 8 323-327 (2008).
【非特許文献4】Goki Eda et al., Nature Nanotechnology. 3 270 (2008).
【非特許文献5】Y. Hernandez, et al., Nature Nanotechnology 3, 563 - 568 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献3、4、5に記載の方法を用いて作製されたグラフェンを基板に塗布し、乾燥させることで大面積のグラフェン積層膜を作製することができる。このようなグラフェン膜は、厚みが10nm以下であれば透明であるため、フラットパネルディスプレイや太陽電池用の透明電極として使用できる可能性を有している。
しかしながら、これらの方法で作製したグラフェンは、グラフェン間において電気伝導が阻害され、単体のグラフェンに比べ、電気抵抗が増加するという問題があった。
【0010】
そこで、本発明の目的は、作製したグラフェンの電気抵抗が増加せず、高い伝導率が確保され、かつ低温プロセスで作製できるグラフェン薄膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明によれば、
有機溶剤中に分散したグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子で修飾したグラフェン第1溶液と、
有機溶剤中に分散したグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェン第2溶液とを、
基板に塗布し、
グラフェン薄膜を製造することとする。
グラフェン薄膜は積層膜であることが好ましい。
また、グラフェンは、グラファイトを単層に剥離したものであることが好ましい。
また、電子受容体有機分子は、テトラチアフルバレン、テトラセレナフルバレン、テトラテルルフルバレン、またはこれらを骨格とする有機分子であること、電子供与体有機分子は、テトラシアノキノジメタン、テトラシアノエチレン、またはこれらを骨格とする有機分子であることが好ましい。
さらに、電子受容体有機分子の添加量、ならびに電子供与体有機分子の添加量が、3wt%〜6wt%であることが好適である。有機分子の添加量が3wt%〜6wt%であれば、グラフェン積層膜の電気伝導度は、3000S/cmを超える。電子受容体有機分子の添加量、ならびに電子供与体勇気分子の添加量が、4wt%〜5.5%であれば特に好適である。有機分子の添加量が4wt%〜5.5%であれば、グラフェン積層膜の電気伝導度は、7000S/cmを超える。
電子受容体有機分子の添加量と、電子供与体有機分子の添加量とは、あまり異ならないことが好ましい。ただし、グラフェンへの修飾率は分子によって変わり、実際には異なってしまうので、その際の許容範囲は10%程度である。
有機溶剤が、N−ジメチルホルムアミド、もしくはN−メチルピロリドンであることが好ましい。
グラフェンを修飾する際の温度は、60℃〜100℃が好ましい。この温度の上限は、有機溶剤が蒸発してしまわない温度であり、下限は、化学的実験により得られた経験値である。
有機溶剤を蒸発させる温度は、120℃〜200℃が好適である。この温度は、上限は分子がグラフェンから脱離もしくは分子の分解が生じない温度であり、基板に影響を与えない温度でもある。下限は、有機溶剤の蒸発が促進される温度である。
また、本発明によれば、
電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子、ならびに電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェンを、積層したグラフェン薄膜とする。
ここで、グラフェン薄膜の電気伝導度が、3000S/cm以上であることが好ましく、7000S/cm以上であればさらに好ましい。
【発明の効果】
【0012】
上記の手段を採用することにより、各グラフェンを修飾している電子受容体有機分子(アクセプタ)と電子供与体有機分子(ドナー)とが、グラフェンが製膜される際に結合し、各グラフェン間の伝導パスのネットワークが、2次元的、3次元的に形成され、電気伝導率が飛躍的に向上する。
グラフェンの製膜は120℃から200℃の範囲で行う。有機溶剤を蒸発させるために加熱するので、低温プロセスを実現することができ、ポリイミド基板などの、耐熱温度が最大でも300℃程度の耐熱性の低い基板にも、適用することができる。
また、電子受容体有機分子と電子供与体有機分子が結合することにより、修飾されないグラフェンの場合のファンデルワールス力のみで結合されていたのに比べ、膜の強度が向上する。また、基板から出ている水素基や酸素基とグラフェンが結合して、有機分子間でネットワークが作られ電子の通路を形成するので、基板への密着性が上がる。
さらに、高真空装置を必要とせず、低温プロセスであるためコストを低減する効果、製膜が溶液を基板に塗布するだけなので、大面積基板に容易に製膜できる効果、もある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】グラファイトの図である。
【図2】グラファイトを有機溶剤に添加した溶液の図である。
【図3】図2に示す溶液に超音波を印加したグラフェン分散液の図である。
【図4】グラフェン分散液に電子受容有機分子(電子受容体)と電子供与有機 分子(電子供与体)を添加した図である。
【図5】70℃で1時間加熱し、グラフェンに電子受容体と電子供与体が修飾 された状態を示す図である。
【図6】電子受容体と電子供与体で修飾されたグラフェンが積層した状態を示 す図である。
【図7】電気伝導度の電子受容体、電子供与体濃度依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明では、先ず、グラファイト(図1)を有機溶剤に入れた液とする(図2)。ここで、グラファイト単結晶は、超音波振動を印加されて、単層に剥離されグラフェン分散液となる(図3)。そして、グラフェン分散液は2つの溶液に分けられて、それぞれに電子受容体有機分子、電子供与体有機分子が添加されて、グラフェン第1溶液ならびにグラフェン第2溶液が得られる(図4)。この後、それぞれの溶液を所定時間、有機溶剤が蒸発してしまわない温度で加熱し、グラフェンを電子受容体有機分子と電子供与有機分子で修飾する(図5)。そして、このグラフェン第1溶液とグラフェン第2溶液を基板に塗布する。塗布が終わったら、加熱により有機溶剤を蒸発させる。これら一連の操作を続けることにより、図6に示すような、グラファイトとは異なり規則的秩序を持たない、グラフェン積層膜14が形成される。ここでは、グラフェンが3層積層されたグラフェン積層膜14を示す。このグラフェン積層膜14は、電子受容体有機分子と電子供与体有機分子で修飾されているため、グラフェン間の伝導パスのネットワークが、2次元的、3次元的に形成され、電気伝導率が向上する。
【実施例】
【0015】
以下に、本発明を具体化した実施例について説明する。
図1は、本発明で使用したグラファイト10である。このグラファイト10としては、日本黒鉛製ACB150を使用した。
【0016】
図2に示すように、グラファイト10を1gと有機溶剤20としてN−メチルピロリドン(広島和光製)250mlを遠沈管に入れ、グラファイト分散液を作製した。この分散液を超音波洗浄器によって30分間、超音波印加処理を行うことで、N−メチルピロリドンがグラファイト10の層間に浸入して単層剥離が生じる。
【0017】
超音波処理した分散液を、10000G、10minの条件で遠心分離を行い、上澄み液を抽出することで、図3に示すような、グラフェン11が有機溶剤20の中に分散したグラフェン分散液が得られた。このグラフェン分散液を10mlに小分けし、図4のように電子受容体13であるテトラシアフルバレン(アルドリッチ製)をグラフェンに対して1wt%〜10wt%を1wt%ピッチで添加した(グラフェン第1溶液。グラフェンの特性は、以下で述べるように溶液を乾燥させてから測定する。)。同様に、電子供与体12であるテトラシアノキノジメタン(アルドリッチ製)もグラフェンに対して1wt%〜10wt%を1wt%ピッチで添加した(グラフェン第2溶液)。
【0018】
テトラチアフルバレンならびにテトラシアノキノジメタンを添加したグラフェン第1溶液とグラフェン第2溶液を、それぞれ70℃、1時間攪拌することで、図5のようにグラフェン11が、テトラチアフルバレンおよびテトラシアノキノジメタンで修飾される。ここで、グラフェンを修飾する温度は、上限は有機溶剤が蒸発しない温度としている。修飾した各溶液を10μlずつ基板21である10cm□のシリコン基板に塗布し、ホットプレートにより130℃に加熱することによって、溶剤のN−メチルピロリドンが蒸発し、図6に示すような、グラフェン修飾しているテトラチアフルバレンとテトラシアノキノジメタンが結合したグラフェン積層膜14が膜厚6nm程度製膜された。本実施例では3層を積層した。
【0019】
図7に、電子受容体13と電子供与体12の添加量を1wt%から10wt%まで変化させたときのグラフェン積層膜の電気伝導率の変化を示す。添加量が0%、すなわちグラフェンのみの積層膜の場合、その導電率は120S/cmとグラファイトの導電率10000S/cmよりも2桁小さい値である。この原因は、各グラフェン間で電気伝導が妨げられることに起因する。
【0020】
添加量を増加させると、電気伝導率が増加し、5wt%において9500S/cmとなった。この値は、グラファイトと同程度の高い値である。さらに添加量を増加させると、電気伝導率は低下し、10wt%では50S/cmとなった。この原因は、電子受容体および電子供与体がグラフェンを覆いつくし、電気伝導が逆に妨げられたことに起因すると考えられる。添加量が、3wt%〜6wt%の範囲では、電気伝導率が3000S/cmを超えた。
【産業上の利用可能性】
【0021】
大面積のグラフェン積層膜の作製が可能になり、トランジスタへの応用だけでなく、フラットディスプレイパネルや太陽電池用の透明電極としても用いられる可能性が高まった。
【符号の説明】
【0022】
10:グラファイト
11:グラフェン
12:電子供与体有機分子(D)
13:電子受容体有機分子(A)
14:グラフェン積層膜
20:有機溶剤
21:基板



【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶剤中に分散したグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子で修飾したグラフェン第1溶液と、
有機溶剤中に分散したグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェン第2溶液とを、
基板に塗布すること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
グラフェン薄膜はグラフェンを積層することで形成されること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
グラフェンは、グラファイトを単層に剥離したものであること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
電子受容体有機分子は、テトラチアフルバレン、テトラセレナフルバレン、テトラテルルフルバレン、またはこれらを骨格とする有機分子であること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
電子供与体有機分子は、テトラシアノキノジメタン、テトラシアノエチレン、またはこれらを骨格とする有機分子であること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
電子受容体有機分子の添加量、ならびに電子供与体有機分子の添加量が、それぞれ3wt%〜6wt%であること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法
【請求項7】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
電子受容体有機分子の添加量、ならびに電子供与体有機分子の添加量が、それぞれ4wt%〜5.5wt%であること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項8】
請求項1または請求項2に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
有機溶剤が、N−ジメチルホルムアミド、もしくN−メチルピロリドンであること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
グラフェンを修飾するための温度を60℃〜100℃にすること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9に記載のグラフェン薄膜の製造方法において、
有機溶剤を蒸発させるために、基板を120℃〜200℃に加熱すること
を特徴とするグラフェン薄膜の製造方法。
【請求項11】
電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子、ならびに電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェンを、積層したこと
を特徴とするグラフェン薄膜。
【請求項12】
請求項11に記載のグラフェン薄膜において、
その電気伝導度が、3000S/cm以上であることを特徴とするグラフェン薄膜。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−63492(P2011−63492A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−217357(P2009−217357)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年9月1日付け独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託契約に基づく開発項目「新エネルギー技術研究開発/革新的太陽光発電技術研究開発(革新型太陽電池国際研究拠点整備事業)/低倍率集光型薄膜フルスペクトル太陽電池の研究開発(グラフェン透明導電膜)」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】