説明

グラフェン被覆部材とその製造方法。

【課題】
本発明は、新たな構造のグラフェン被覆部材とその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
発明1のグラフェン被覆部材は、 所望形状の金属基材表面にグラフェン膜を有するグラフェン被覆部材であって、前記基材は炭素が固溶されており、前記グラフェン膜は、前記基材の表面に析出された固溶炭素からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望形状の金属基材表面にグラフェン膜を有するグラフェン被覆部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンの物性的な特徴としては,キャリア移動度が20万cm2/Vsと金属やカーボン・ナノチューブを超える値を示すことが挙げられる。このほか,
(1)ナノデバイス特有の1/f 雑音を大幅に抑制できる。
(2)負の屈折率を示す。
(3)グラフェン上の電子はあたかも質量がゼロであるかのように振舞う,といった特性があることが報告されている。また,金属と半導体の中間的な特異な性質をいくつも備えている,という指摘もあり,その多様な特性に俄然興味が深まってきた,という状況にある。
これらグラフェンの作成方法として、非特許文献1に示されるようなガス分子の高温蒸着分解法が知られている。
具体的には、ベンゼンガスをイリジウム表面にデポしながら高温保持にすることによりグラフェンを作成する方法を示している。
ベンゼン分子の蒸着反応によるため、イリジウム基板表面のみしか被覆することができない。
・当該気体分子が衝突する頻度により生成速度が異なるため気体分子の回り込めない裏面部分を被覆することができない。
・基板表面上であっても気体分子の衝突頻度の不均一性があるため、比較的大きな面積のグラフェン被膜を作成することが困難である。
【非特許文献1】Applied Surface Science 252 (2005) 1221−1227 Local electronic edge states of graphene layer deposited on Ir(1 1 1) surface studied by TM/CITS
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、新たな構造のグラフェン被覆部材とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1のグラフェン被覆部材は、 所望形状の金属基材表面にグラフェン膜を有するグラフェン被覆部材であって、前記基材は炭素が固溶されており、前記グラフェン膜は、前記基材の表面に析出された固溶炭素からなることを特徴とする。
【0005】
発明2は、発明1のグラフェン被覆部材において、前記基材の表面のうち、グラフェン膜が形成されていない箇所が形成されてなる存在することを特徴とする。
【0006】
発明3は、発明1のグラフェン被覆部材の製造方法であって、所望形状形成されてなるにカーボンが固溶された金属基材を真空中にて600℃〜950℃(50℃単位、以下同じ)に加熱し、その表面にカーボンを析出させてグラフェンを生成し、引き続き、2×10℃/s〜20×10℃/sの冷却速度で400℃以下に急冷処理することで、生成したグラフェン膜を基材に一体化することを特徴とする。
【0007】
発明4は、発明3の製造方法において、グラフェン生成時に、所望の非グラフェン被覆箇所のみをグラフェン生成温度超に加熱し、当該個所にグラフェン膜を生成させないことを特徴とする発明2に記載のグラフェン被覆部材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
固溶炭素からなるグラフェン膜は、高温蒸着分解法のように蒸気成分の流動等の外乱に影響されることなく整然と生成されることとなり、従来にはない均質なグラフェン膜にて基材を覆った部材である。
また、発明3により、単層グラフェンのみならず、二層グラフェンを創製することが可能になった。これは単層グラフェンの創製可能温度直下かつバルク固溶限温度近傍に設定することによる。
単層グラフェン、二層グラフェンの高温における生成温度は、表面電子分光の高温その場測定によって知ることができる。これにより、表面分析機能を付加した熱処理により、再現性よく単層グラフェンの創製を行うことができる。
単層グラフェンの被覆により表面を安定化することができ、特に、耐酸化性、低ガス吸着性、低ガス放出性、低2次電子放出性などの機能をパラジウム、プラチナ、イリジウム、ロジウム、ニッケル、コバルトなどの炭素固溶された金属並びにそれらの合金の表面に付与することができる。
さらに、単層グラフェンが剥離した場合でも、再熱処理により再被覆することができる。
また、基材金属を湿式にてエッチングすることにより、単層グラフェンを抽出することができる。
さらに発明4により、望む箇所に、グラフェン膜のない箇所を生成することができるので、グラフェン膜による各種特性を発揮させるに当たりその形状による制御も可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明として使用できる金属基材は、炭素を固溶しえるものであれば良く、複数の金属元素からなる合金なども対象とすることは可能である。 特に、炭素との2元状態図において、顕著な炭素の溶解度を示している金属元素(ニッケル、プラチナ、パラジウム、ロジウム、イリジウム、コバルト等)からなる場合は、固溶炭素は、温度によって熱平衡的に表面析出とバルク中への固溶を可逆的に行うことができる。
これにより真空中熱処理温度を制御することによりグラフェンの表面被覆率の制御、グラフェン層数の制御が可能になる。また、さらに高温保持することにより、必要に応じてグラフェン被覆層を完全に除去することができる。
【0010】
また、表面における単層のグラフェン相は、高温において安定に存在しうることが分かっている。今回はニッケルならびにプラチナに炭素を固溶させ、高温熱処理によって、単層グラフェンを表面に析出させた後、急冷熱処理によってグラフェン被覆層を固定できることを実施例において示した。これは、同様の平衡2元状態図を有するコバルト、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ならびに、これらの合金に置換した場合においても同様の作用効果を発揮させ得ることは容易に類推できる。
【0011】
また、析出させる加熱温度は、600℃〜950℃、好ましくは700℃〜900℃、より好ましくは750℃〜850℃とする。
上限を超えた場合は表面にはグラフェン被覆層が消失し、清浄表面を形成することができる。グラフェンが被覆していないため大気環境では酸化や吸着などの反応が進行するおそれがある。
下限未満の場合は固溶炭素の拡散速度が小さいため熱処理時間を十分に長くする必要が生じる。また、炭素濃度によっては単層ではなく多層グラフェン成長が支配的になる。
【0012】
急冷熱処理における冷却速度は、2×10℃/s〜20×10℃/s、好ましくは5×10℃/s〜20×10℃/s、より好ましくは10×10℃/s〜20×10℃/sとする。
上限を超えた場合は、特に問題はないが、試料を急速冷却させるための装置が必要となるとともに試料厚さに制限が生じる。
下限未満の場合は、多層のグラフェン被覆が支配的になる可能性がある。
【0013】
この急冷熱処理における冷却後の温度は、常温〜400℃とするのが好ましい。
上限を超えた場合は、グラフェンの多層成長が生じる可能性がある。
下限未満の場合は、特に問題は無いが、室温以下に冷却する場合は、さらに試料冷却装置が必要となる。
【0014】
また、 急冷熱処理の時に、特定の箇所を加熱し、急冷されないようにした場合は、当該個所にはグラフェンを生成しないことが明らかとなった。
これを利用し、グラフェンの存在がその部材の用途上不要な箇所、あるいは、特定の箇所のみにグラフェン膜を生成することが必要な場合は、この加熱効果を利用することができる。
具体的には、真空チャンバー内に入れた基材に対して、レーザー光を利用して特定の箇所を外部から加熱したり、ヒーターを基材の保持構造の特定個所に設置し、基材の特定個所をヒーターにて加熱するなどの手段を取ることで、基材の所望する箇所にグラフェンが生成されていないものを製造することができる。
以下、本発明の実施例をしめす。
【実施例1】
【0015】
基材への炭素の固溶化の例(図1参照)
・炭素を固溶可能な金属、ニッケル、コバルト、パラジウム、ロジウム、プラチナ、イリジウムならびにこれらの元素を主成分とする合金に対して炭素を所定の固溶濃度までドーピングする。
具体的には、下表1に示す金属からなる基材(大きさ:幅10mm、長さ10mm、厚さ0.1mm)を用いた。
・真空固相拡散法により、固溶させたい金属と高純度グラファイト粉末を固相として接触させる。
・真空度は高真空から超高真空領域とする。ターボ分子ポンプ+粗引きポンプの組み合わせを図1に示したが、高真空から超高真空領域に到達可能な真空排気系であれば、利用できる。
具体的には、下表1に示す基材に対し、それぞれ表1の条件で真空固相拡散法を実施した。
・主ポンプとしては、ターボ分子ポンプのほかに、油拡散ポンプ、イオンポンプ、クライオポンプを用いることができる。
・粗引きポンプとしては、油回転ポンプ(ロータリーポンプ)のほかに、スクロールポンプを用いることができる。
・平衡固溶濃度は当該金属と炭素の二元系状態図と真空加熱保持温度により決定できる。
・保持時間は所定の加熱保持温度における炭素の当該金属における拡散距離が試料の厚さ相当より十分に大きくなるような時間として設定する。
・真空固相拡散法においては高純度の炭素粉末と金属基板試料との接触が重要であることから、高純度グラファイト微粉末を用いることを推奨するが、その格納容器としてはグラファイト製の格納容器を用いることを推奨する。高温においても不純物の混入がないような材料により構成された容器(例えばBN、ジルコニア、モリブデンなどの高融点金属)であれば用いることができる。
・溶融状態の金属に炭素を添加し、所定の濃度の炭素合金を作製することも可能である。(溶融法)
炭素固溶処理終了時に、バルク中の炭素固溶濃度の同定を行う。
炭素濃度は真空固相拡散法の場合は、平衡炭素固溶濃度として、熱処理温度によって固溶濃度を推定することができる。平衡炭素溶解度は2元系状態図から知ることができる。
・多元素合金の場合は、各温度における炭素の平衡固溶濃度は実測する必要がある。炭素濃度は、各種の化学分析法や物理分析法を用いることができる。
本実施例では、固溶炭素濃度は二元系状態図から導出される平衡濃度として算出し、その結果を表1に示す。
【0016】
【表1】

【実施例2】
【0017】
実施例1で生成した炭素固溶基材を用いたグラフェン被覆膜を生成する実施例を以下に示す(図2参照)。
図2に炭素固溶金属基板表面上へのグラフェン被覆層合成のフローチャートを示す。
薄いシート状に成型した金属基板(実施例1にて得られた炭素固溶済み基材)に対して、表面の平滑化、及び洗浄並びに必要に応じて更なる成型を施す。平滑化は機械研磨にて行い、最終的には直径0.05ミクロンのアルミナ粒子懸濁液を用いたバフ研磨により鏡面処理を施した。洗浄方法としては、エタノール並びにアセトンによる超音波洗浄を施した。
平滑化並びに洗浄のための表面処理を施した炭素固溶金属基板材料を超高真空装置において、熱処理Iを行うことにより、単層もしくは二層状態のグラフェン被膜を表面析出により創製することができる。試料温度の均一性を十分に得られるように工夫された試料加熱ヒーターを用いる。
試料表面の炭素濃度をその場測定することにより、グラフェン単層状態もしくは二層状態を確認する。その場測定はオージェ電子分光法、X線光電子分光法などの表面敏感な分析法を用いる。
表面グラフェン被覆状態を固定するために急速に冷却する。(熱処理II)
以上の具体的な内容は表2に示すとおりである。
試料温度のモニターは熱電対もしくは赤外線放射温度計により行うことができる。
表面平滑化処理は、電解研磨処理、電解複合研磨処理、バフ研磨処理などにより、鏡面仕上げを行うことができる。
【0018】
【表2】

【0019】
図3は、前記表2の実験No.2に該当するものの表面計測結果を示す写真である。
炭素を多結晶かつ高純度のプラチナ薄板に固溶させ、さらに表面平滑化処理をした試料に対して高温(1373K,10min)保持し、炭素を十分にバルクに固溶させた後、所定の温度(1223K)に保持し、単層グラフェン被膜を表面に形成させた後、さらに急冷(冷却速度〜100K/s)熱処理を施した後に、走査型オージェ電子顕微鏡により、表面を計測した結果である。
SEM像では中心部分に盛り上がって見える領域があるが、これはオージェ像(炭素:C KLL、プラチナ:Pt NOO)から明らかなように、グラフェンが被覆していない領域を示している。表面全体は単層のグラフェンにより被覆されている。温度を均一にすることにより、表面全体を単層グラフェンにより被覆できる。
グラフェンが被覆していない領域は、局所的に温度の不均一性(より高温な領域)を生じさせることにより生成することができる。電子ビームやレーザービームなどの局所的な照射により一定領域を比較的高温に保持することが可能であり、そのような部分は清浄表面を形成する。
【0020】
図4は、前記表2の実験No.2に該当する炭素固溶多結晶プラチナ基板試料の高温急冷処理後の表面から得られたオージェ電子スペクトルである。プラチナ清浄表面には炭素のオージェピーク(C KLL)は存在しない。一方、単層グラフェンが被覆する領域では、炭素オージェピーク(C KLL)が観測されるとともにプラチナの低エネルギー側のピーク(Pt NOO)が減少していることが分かる。
熱処理Iの保持温度を制御することにより二層グラフェンを優先的に被覆させることも可能である。
・同様の結果は炭素固溶ニッケル試料の場合においても得られている。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明により、単層〜二層のグラフェンにより被覆された金属部材には以下のような利用用途が考えられる。
・グラフェン層の被覆によりガス分子や汚染粒子の吸着、酸化反応に対して不活性な防汚表面を形成することができる。これにより、長期安定な光沢表面を有する金属部材を形成することができる。
・このような安定な表面を有する導電性グラフェン被覆部材はガス放出速度が小さいことから、低ガス放出性超高真空用材料として用いることができる。
・低ガス放出性に加えて、真空中における二次電子放出率が小さく、仕事関数が一定であることから、超高真空中における超精密電子分光測定用の構造部材として用いることができる。
・基板金属からグラフェン被膜を剥離し、絶縁性基板に転写することにより、グラフェンの電気的特性を利用した高移動度の電子デバイス基板として用いることができる。
・グラフェン被膜を有する金属薄板として各種電池の耐久性を有する電極として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】グラファイト微粉末を用いた真空固相拡散法による炭素のドーピング方法を示すフローチャート。
【図2】炭素固溶金属基板表面上へのグラフェン被覆層合成のフローチャート。
【図3】炭素固溶多結晶プラチナの高温急冷処理後のオージェ電子顕微鏡観察結果を示す写真。
【図4】炭素固溶多結晶プラチナの高温急冷処理後のオージェ電子スペクトルを示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所望形状の金属基材表面にグラフェン膜を有するグラフェン被覆部材であって、前記基材は炭素が固溶されており、前記グラフェン膜は、前記基材の表面に析出された固溶炭素からなることを特徴とするグラフェン被覆部材。
【請求項2】
請求項1に記載のグラフェン被覆部材において、前記基材の表面のうち、グラフェン膜が形成されていない箇所が形成されてなる存在することを特徴とするグラフェン被覆部材。
【請求項3】
請求項1に記載のグラフェン被覆部材の製造方法であって、所望形状形成されてなるにカーボンが固溶された金属基材を真空中にて600℃〜950℃に加熱し、その表面にカーボンを析出させてグラフェンを生成し、引き続き、2×10℃/s〜20×10℃/sの冷却速度で400℃以下に急冷処理することで、生成したグラフェン膜を基材に一体化することを特徴とするグラフェン被覆部材の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のグラフェン被覆部材の製造方法において、グラフェン生成時に、所望の非グラフェン被覆箇所を生成温度超に加熱し、当該個所にグラフェン膜を生成させないことを特徴とする請求項2に記載のグラフェン被覆部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−89996(P2010−89996A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−261875(P2008−261875)
【出願日】平成20年10月8日(2008.10.8)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】