説明

グリコサミノグリカン分解促進剤

【課題】 微生物により産生されるコンドロイチナーゼに代わり、タンパク質分解酵素などの混入のおそれの少ないヒト由来のグリコサミノグリカン分解活性を有するタンパク質を、医薬などとして提供し、またこのタンパク質を用いた機能性オリゴ糖の製造方法を提供する。
【解決手段】 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−DーガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質を有効成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト由来のグリコサミノグリカン加水分解活性を有するタンパク質を有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤、およびその医薬用途に関する。
【背景技術】
【0002】
コンドロイチナーゼやヒアルロニダーゼは、コンドロイチンやヒアルロナンなどのアミノ糖を有する長鎖多糖類であるグリコサミノグリカン(ムコ多糖)を分解する酵素タンパク質として知られている。中でもコンドロイチナーゼは、ヒアルロナン、コンドロイチン硫酸、コンドロイチン、デルマタン硫酸などのグリコサミノグリカンを、不飽和糖を含む二糖に分解する反応を触媒する。
【0003】
これまでに、多種の生物由来のコンドロイチナーゼが報告されている。代表的な例は、Proteus vulgaris由来のコンドロイチナーゼABC(CSaseABC;特許文献1)、Flavobacterium heparinum由来のコンドロイチナーゼAC(CSaseAC;非特許文献1)、Arthrobacter aurescens由来のコンドロイチナーゼACII(CSase ACII;非特許文献2)、Flavobacterium sp.Hp102由来のコンドロイチナーゼ ACIII、コンドロイチナーゼC(CSase ACIII、CSaseC;非特許文献3)、Flavobacterium heparinum由来のコンドロイチナーゼB(CSaseB;非特許文献4)などである。
【0004】
CSaseABC(EC 4.2.2.4)は、哺乳動物軟骨由来のコンドロイチン硫酸A、サメ軟骨由来のコンドロイチン硫酸Cおよび哺乳動物皮膚由来のコンドロイチン硫酸B(デルマタン硫酸)のみならず、ヒアルロナンも分解するという特異性を有するタンパク質であり、動物組織からのグリコサミノグリカンの除去剤、また組織中のグリコサミノグリカンを同定するための試薬として市販されている。
【0005】
最近、コンドロイチナーゼ、特にCSaseABCあるいはCSaseACを、椎間板腔に直接投与する椎間板ヘルニア治療剤として利用する試みが行なわれている(特許文献2)。従来、植物パパイヤ由来のタンパク分解酵素キモパパインや、バクテリア由来の膠質分解酵素コラゲナ−ゼなどをヘルニア症患者の椎間板腔に注入する、椎間板溶解療法(ID療法)が利用されてきた。しかし、タンパク分解酵素を用いるID療法には、脊椎・椎間板のヘルニア部分のみならず周辺の構造組織のタンパク部分が分解されるために神経麻痺やアレルギー発現などの副作用を生じやすい、という欠点が指摘されている。
【0006】
したがって、タンパク質分解酵素ではなく、グリコサミノグリカン分解酵素活性を有するコンドロイチナーゼを用いた脊椎損傷治療に、多くの期待が寄せられている。しかし、既知のコンドロイチナーゼの多くはタンパク質分解酵素も同時に生産する微生物から得られるものがほとんどである。CSaseABCは、その典型例である。その微生物培養物には、プロテアーゼ活性、エンドトキシン活性、さらには核酸などが混在しているため、微生物由来のコンドロイチナーゼの椎間板ヘルニアの治療薬として人体に投与するための高純度の試薬への利用は、不都合な面を有している。
【0007】
一方、本発明者らによって、線虫由来のコンドロイチナーゼ活性を有する酵素タンパク質であるCe−Chaseが開示されている(非特許文献5)が、ヒト由来のコンドロイチナーゼ活性を有する酵素タンパク質ではない。
【0008】
さらに、ヒアルロニダーゼ活性を有する酵素タンパク質をコードする遺伝子とされていたヒトHYAL4(Hyaluronoglucosaminidase4)遺伝子がコンドロイチン硫酸特異的な酵素タンパク質をコードするのではないかとの示唆がされている(非特許文献6)が、どのような酵素であるかなど、何ら具体的な開示がなされていない。
【0009】
また、長鎖多糖類であるグリコサミノグリカンについては保湿性、潤滑性その他の有用性が指摘されており、グリコサミノグリカンを含む健康食品や医薬が種々開発されているが、これらの多糖類に代わり、これを低分子化したオリゴ糖についても様々な生理活性機能を有することが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−153947号公報
【特許文献2】米国特許第4696816号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】中川允利ら、帯大研法I、17、7〜12(1990)
【非特許文献2】Hiyamaら、J.Biol.Chem.、1975年、第250巻、第1824頁
【非特許文献3】宮園博文ら、「生化学」、1989年、第61巻、第1023頁
【非特許文献4】Michelacciら、Biochem.Biophys.Res. Commun.、1974年、第56巻、第973頁
【非特許文献5】Kaneiwaら、J.Biol.Chem.、2008年、第283巻、第14971頁
【非特許文献6】Csokaら、Matrix Biol.、2001年、第20巻、第499頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明においては、微生物により産生されるコンドロイチナーゼに代わり、タンパク質分解酵素などの混入のおそれの少ないヒト由来のグリコサミノグリカン分解活性を有するタンパク質を、医薬などとして提供し、またこのタンパク質を用いた機能性オリゴ糖の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ヒトにおけるコンドロイチンの生理機能に関する研究過程において、ヒトにコンドロイチナーゼ活性を有する酵素タンパク質が存在することを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0014】
(1)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質を有効成分とする、グリコサミノグリカン分解促進剤。
【0015】
(2)配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質を有効成分とする、(1)に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【0016】
(3)グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成多糖である、(1)または(2)に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【0017】
(4)コンドロイチン硫酸が、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸Dおよびコンドロイチン硫酸Eからなる群から選択される1または2以上のコンドロイチン硫酸である、(3)に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【0018】
(5)タンパク質が融合タンパク質の形態である、(1)〜(4)のいずれかに記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【0019】
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のグリコサミノグリカン分解促進剤および薬学的不活性成分を含む医薬組成物。
【0020】
(7)脊髄損傷治療用の、(6)に記載の医薬組成物。
【0021】
(8)脊椎損傷が椎間板ヘルニアによる損傷である、(7)に記載の医薬組成物。
【0022】
(9)椎間板ヘルニアが、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアまたは経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアである、(8)に記載の医薬組成物。
【0023】
(10)グリコサミノグリカンからグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を製造する方法であって、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質、配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、および配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質よりなる群から選択される1または2以上のタンパク質とグリコサミノグリカンとを反応させる工程、およびグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を回収する工程を含む、前記方法。
【0024】
(11)グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成多糖である、(10)に記載のオリゴ糖を製造する方法。
【0025】
(12)コンドロイチン硫酸が、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸Dおよびコンドロイチン硫酸Eからなる群から選択される1または2以上のコンドロイチン硫酸である、請求項11に記載のオリゴ糖を製造する方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明のグリコサミノグリカン分解促進剤は、細菌毒素などを含まないヒト由来の酵素タンパク質を有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤として、脊椎障害などの治療に利用可能である。また、グリコサミノグリカン分解促進剤であるタンパク質を用いて製造されるオリゴ糖は、非還元末端にグルクロン酸を有する様々な構造からなるオリゴ糖であり、哺乳動物、特にヒトに対して抗原性の低い安全な機能性オリゴ糖を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】組み換え細胞に発現させたタンパク質について銀染色法およびウエスタン法を行った図である。レーン1〜3は銀染色法を行った結果を示す。レーン4および5は還元条件でウエスタン法を行った結果を示し、レーン6および7は非還元条件でウエスタン法を行った結果を示す。レーン2、4、6は組み換え細胞の培地から得たタンパク質について行った結果であり、レーン3、5、7はコントロールとして、組み換えを行っていない細胞の培地から得たタンパク質について行った結果である。レーン1は分子量マーカーである。
【図2】酵素反応前のFITCでラベルしたヒアルロン酸(パネルA)、CS−A(パネルC)、CS−C(パネルE)、CS−D(パネルG)のゲル濾過の溶出パターンと、酵素反応によるそれぞれの分解生成物のゲル濾過の溶出パターン(パネルB、D、FおよびH)を示す図である。Vはボイド、Vは全容量をそれぞれ示す。
【図3】2ABで蛍光標識した分解生成物のゲル濾過の溶出パターンを示す図である。パネルAはCS−D、パネルBはCS−C、パネルCはCS−Aの結果を示す。またVはボイド、Vは全容量をそれぞれ示す。また図中の▼で示した各ピークを分取し、それぞれ抽出物D−1、D−2およびD−3としている。
【図4】グリコサミノグリカン分解活性を有するタンパク質であるヒトCSHYのCS−D分解活性の最適pHを示すグラフ図である。
【図5】CS−A、CS−C、CS−DおよびCS−Eの、濃度を変えたものをそれぞれヒトCSHYで加水分解した際の反応初速度を用いて作成したLineweaver−Burkプロットを示すグラフ図である。グラフA、B、CおよびDは、それぞれCS−A、CS−C、CS−DおよびCS−Eの結果を示す。
【図6】CS−DのヒトCSHY分解生成物である抽出物D−1、D−2およびD−3をCSase AC−IIで消化し、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識してアニオン交換クロマトグラフィー分析した結果を示す図である。
【図7】CS−AおよびCS−CのヒトCSHY分解生成物をCSase AC−IIで消化し、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識してアニオン交換クロマトグラフィー分析した結果を示す図である。
【図8】CS−C中におけるヒトCSHYによって切断される部位の構造を示す模式図である。
【図9】CS−Dに対する変異ヒトCSHYの分解活性を示す図である。パネルA、B、C、D、EおよびFはそれぞれ、無活性コントロール、変異体1、変異体2、変異体4、変異体3および有活性コントロール(野生型)を用いた場合の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係るグリコサミノグリカン分解促進剤について詳細に説明する。本発明のグリコサミノグリカン分解促進剤は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる、ヒト由来のタンパク質を有効成分とする。
【0029】
配列番号1のアミノ酸配列をコードするヒトHYAL4(Hyaluronoglucosaminidase4)遺伝子は、GenBankTM accession number NM_012269として、2008年に登録されている。このヒトHYAL4遺伝子は、5’末端側に638bpの非翻訳領域を、4つのN−グリコシル化部位をもつ481アミノ酸残基に相当する1446bpのORFを、そして3’末端側に327bpの非翻訳領域を有している。また、膜タンパク質における二次構造を予測するSOSUI System(http://bp.nuap.nagoya−u.ac.jp/sosui/)を用いた、前記ORFにコードされるアミノ酸配列からなるタンパク質の二次構造の解析から、同タンパク質は、N末端33アミノ酸残基からなる疎水性領域と、C末端19アミノ酸残基からなるGPIアンカー領域とを有する、I型の膜貫通型タンパク質であると推測される。
【0030】
さらに、タンパク質のアミノ酸配列情報に関するデータベースに対して、前記ORFにコードされているアミノ酸配列に相同なタンパク質の検索を行うことにより、ヒト由来のヒアルロニダーゼ(GenBankTM accession number NM_007312)が40%の相同性を有するタンパク質として特定される。しかしながら、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質の機能ないし生理活性は、不明なままであった。
【0031】
また、前述のとおり、Csokaらにより、HYAL4遺伝子がコンドロイチン硫酸特有の酵素タンパク質をコードするのではないかとの示唆がされていたが、どのような酵素であるかなど、何ら具体的な開示がなされていなかった(非特許文献6)。
【0032】
本発明者らは、その後の研究により、前記配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質が、D−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有し、グリコサミノグリカン、特にコンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成鎖からなるグリコサミノグリカンに対して分解活性を示すタンパク質であることを、組み換え細胞を用いて発現させた当該タンパク質を利用した実験を通じて確認した。本発明はかかる知見に基づいて完成された発明である。以下、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質をヒトCSHYと表すこととする。
【0033】
既知のコンドロイチナーゼのアミノ酸配列と配列番号1のアミノ酸配列との間の同一性は、配列番号1のアミノ酸配列を100とすると、Proteus vulgaris由来のCSaseABCが0.5%、Flavobacterium heparinum由来のCSaseACが5.7%、Arthrobacter aurescens由来のCSase ACIIが2.5%、Flavobacterium heparinum由来のCSaseBが5.3%である。このように、本発明のヒトCSHYは、既知のコンドロイチナーゼに対してはほとんど同一性を示さない、特徴的なアミノ酸配列を有している。
【0034】
ヒトCSHYのグリコサミノグリカン分解活性は、グリコサミノグリカン、例えばコンドロイチン硫酸を基質として適当な緩衝液中でヒトCSHYを反応させることにより生じる分解生成物を、ゲル濾過その他の方法で検出することによって確認することができる。特に、基質であるグリコサミノグリカンをFITC(フルオレセイン5(6)イソチオシアネート)やその他の適当なラベリング試薬を用いてあらかじめラベルしておき、蛍光その他のシグナルを利用して分解生成物を検出あるいは定量することで、グリコサミノグリカンの分解活性を簡便に測定し、さらには定量することができる。
【0035】
COS7細胞を用いて組み換えタンパク質として発現させたヒトCSHYと、FITCでラベル化した各種グリコサミノグリカンとを反応させ、またはヒトCSHYと各種グリコサミノグリカンとを反応させて得られた生成物を2−アミノベンズアミド(2AB)でラベル化することによって確認されたヒトCSHYの酵素学的性質は、次の通りである。
【0036】
1)ヒトCSHYはD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有する。その結果、コンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成鎖を有するグリコサミノグリカンを分解する。特にコンドロイチン硫酸に対して高い分解活性を示し、コンドロイチンに対してはほとんど分解活性を示さない。分解活性の高低は、コンドロイチン硫酸D>コンドロイチン硫酸C>コンドロイチン硫酸A>コンドロイチン硫酸Eである。コンドロイチン硫酸Dを基質としたときのヒトCSHYとの親和性を100とすると、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸Aまたはコンドロイチン硫酸Eを基質としたときの親和性は、それぞれ50、33.3および5である。また、コンドロイチン硫酸を含む混成鎖を有するグリコサミノグリカンに対しては、コンドロイチン硫酸とそれ以外のグリコサミノグリカンとの混成比によって分解活性は変動する。
【0037】
2)例えば、ヒトCSHYによるコンドロイチン硫酸Dの分解反応による生成物は、GlcAβ1−3GalNAc(4S)β1−4GlcA(2S)β1−3GalNAc(6S)(「GlcA」はD−グルクロン酸を、「GalNAc」はN−アセチル−D−ガラクトサミンを、「β1−3」はβ1−3結合を、「β1−4」はβ1−4結合を、「GalNAc(4S)またはGalNAc(6S)」はGalNAcの4位または6位が硫酸化していることを、「GlcA(2S)」はGlcAの2位が硫酸化していることを、それぞれ示す)であり、還元末端はGalNAc(N−アセチル−D−ガラクトサミン)である。この結果は、ヒトCSHYが加水分解酵素であるエンド−β−ガラクトサミニダーゼの一種であることを示すものである。なお、既知のコンドロイチナーゼは、いずれも細菌由来であり、かつ加水分解酵素ではなく脱離酵素(エリミナーゼ)である。既知の細菌由来コンドロイチナーゼと本発明のヒトCSHYとの間にほとんど同一性がないのは、この反応機構の相違と関係しているものと推察される。
【0038】
3)ヒトCSHYのコンドロイチン硫酸分解活性の好ましいpHはpH4.5〜6.5であり、より好ましいpHはpH4.5〜6.0であり、さらに好ましいpHはpH4.5〜5.5、最も好ましいpHは5.0である。
【0039】
このように、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸Cおよびデルマタン硫酸を強く分解し、ヒアルロナンを弱く分解する脱離酵素の一種である従来のCSaseABC、BC、ACIIなどと比較して、加水分解酵素の一種であるヒトCSHYは、D−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解し、特にコンドロイチン硫酸に対して高い分解活性を有する酵素タンパク質である。
【0040】
本発明は、上記に説明したヒトCSHY、すなわち配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤に加えて、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質を有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤を提供する。
【0041】
本発明におけるアミノ酸配列の置換、欠失、および/または付加に関する「1若しくは数十個」とは、1〜数十アミノ酸以内、好ましくは1〜70個、より好ましくは1〜50個、さらに好ましくは1〜30個、特に好ましくは1〜15個のアミノ酸残基の変化を意味する。アミノ酸配列の同一性(%)で表せば、配列番号1で示されるアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列として表すことができる。
【0042】
タンパク質のアミノ酸配列は、アミノ酸残基の電荷、大きさ、疎水性などの物理化学的性質について、保存性の高い変異が許容され得ることが、経験的に認められている。例えば、アミノ酸残基の置換については、グリシン(Gly)とプロリン(Pro)、Glyとアラニン(Ala)またはバリン(Val)、ロイシン(Leu)とイソロイシン(Ile)、グルタミン酸(Glu)とグルタミン(Gln)、アスパラギン酸(Asp)とアスパラギン(Asn)、システイン(Cys)とスレオニン(Thr)、Thrとセリン(Ser)またはAla、リジン(Lys)とアルギニン(Arg)などが挙げられる。また、上述の保存性を超えた場合でも、なおそのタンパク質の本質的な機能を失わない変異が存在し得ることも当業者において経験されるところである。
【0043】
従って、配列番号1に記載されたアミノ酸配列において、1若しくは数十個のアミノ酸が置換、欠失、および/または付加したアミノ酸配列からなるタンパク質であっても、D−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を分解する活性を有する場合もあり、このようなタンパク質をグリコサミノグリカン分解促進剤として利用することは本発明の一態様である。例えば、後に詳細に説明するように、配列番号1に示されるアミノ酸配列のN末端33アミノ酸残基および/またはC末端19アミノ酸残基からなる疎水性領域を欠失させたアミノ酸配列からなるヒトCSHYは、コンドロイチン硫酸を分解する活性を保持している。かかるN末端33アミノ酸残基および/またはC末端19アミノ酸残基が欠失されたタンパク質も本発明であるヒトCSHYの一態様である。
【0044】
すなわち本発明は、配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質、さらにはそれらタンパク質を有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤も提供するものである。
【0045】
また上記のヒトCSHYは、そのN末端および/またはC末端に、その他のタンパク質またはポリペプチドを付加させた、いわゆる融合タンパク質として製造し、グリコサミノグリカン分解促進剤として利用することができる。このような融合タンパク質およびそのグリコサミノグリカン分解促進剤としての利用も、本発明の一態様である。かかる融合タンパク質は、ヒトCSHYにその他のタンパク質またはポリペプチドが示す機能が付加される点で、ヒトCSHYを単独で製造し、あるいは使用する場合に比べて、高められた有用性を有する。
【0046】
タンパク質の例としては、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)、マルトース結合タンパク質(MBP)、プロテインA、グリーン蛍光タンパク質(GFP)、ルシフェラーゼ、プレプロトリプシンその他の、融合タンパク質の製造に汎用されるタンパク質を挙げることができる。また、FLAG(R)タグ、ヒスチジンタグまたはキチン結合配列のように、組み換えタンパク質の製造、特に組み換えタンパク質の精製を容易にするポリペプチドを利用すれば、ヒトCSHYの製造をより有利に行うことができる。
【0047】
さらに、ヒトCSHYには、必要に応じて、蛍光物質や放射性物質などの適当な標識化合物を付加したり、種々の化学修飾物質やポリエチレングリコールなどの高分子を結合させたりすることが可能であり、あるいはヒトCSHYを不溶性担体へ結合させたりすることも可能である。こうしたタンパク質を対象とした化学的修飾法は当業者に広く知られており、本発明で使用されるタンパク質の機能を損なわない限り、どの様に修飾し、利用してもよい。かかる修飾を有する前記ヒトCSHYを有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤も、本発明の一態様である。
【0048】
本発明にかかるヒトCSHYは、ヒト細胞から直接精製して使用してもよいが、ヒトCSHYをコードする核酸、配列番号2に示される塩基配列からなるDNAを用い、組み換えタンパク質として製造することが好ましい。
【0049】
配列番号2に示される塩基配列からなる核酸は、ヒトゲノムDNAライブラリーもしくはcDNAライブラリーを鋳型とし、配列番号2に示される塩基配列情報を基に適当なPCRプライマーを設計、合成し、cDNAライブラリーに対して公知の方法(例えばMichael A.I.ら,PCR Protocols,a Guide to Methods and Applications,Academic Press、1990年参照)に従ってPCR反応を行うことで、クローニングする事ができる。また配列番号2に示される塩基配列からなる核酸は、本明細書に開示された塩基配列情報を基に、ホスホアミダイト法などの化学合成的手法により、あるいは市販のDNAシンセサイザーなどを用いて製造することもできる。
【0050】
なお、ヒトCSHYは、ヒト細胞から直接精製して使用する場合、あるいはDNAライブラリーやcDNAライブラリーを鋳型として配列番号2に示される塩基配列からなる核酸をクローニングする場合の器官などは特に限定されないが、本実施例においてはヒト胎盤のcDNAライブラリーを鋳型として当該クローニングを行っている。
【0051】
本発明にかかるヒトCSHYをコードするDNAは、適当な発現ベクターに組み換えることができ、かかる組み換えベクターは前記した本発明で使用されるタンパク質の組換え的生産に利用される。当該組換えベクターは、環状、直鎖状などいかなる形態のものであってもよい。かかる組換えベクターは、本発明で使用されるタンパク質をコードする核酸に加え、必要ならば他の塩基配列を有していてもよい。他の塩基配列とは、リーダー配列、エンハンサー配列、プロモーター配列、リボゾーム結合配列、コピー数の増幅を目的として使用される塩基配列、シグナルペプチドをコードする塩基配列、他のポリペプチドをコードする塩基配列、ポリA付加配列、スプライシング配列、複製開始点、選択マーカーとなる遺伝子の塩基配列などのことである。
【0052】
融合タンパク質の作成や変異タンパク質の作成の際に行う遺伝子組み換えの方法としては、適当な合成DNAアダプターを用いて翻訳開始コドンや翻訳終止コドンを、ヒトCSHYをコードする核酸に付加したり、あるいは塩基配列内に適当な制限酵素切断配列を新たに発生させたりあるいは消失させたりすることも可能である。これらは当業者が通常行う作業の範囲内であり、当業者はヒトCSHYをコードするDNAを基に任意かつ容易に加工することができる。
【0053】
また本発明で使用されるタンパク質をコードする核酸を保持するベクターは、使用する宿主に応じた適当なベクターを選択して使用すればよく、プラスミドの他にバクテリオファージ、バキュロウイルス、レトロウィルス、ワクシニアウィルスなどの種々のウイルスを用いることも可能である。
【0054】
利用可能な市販の発現ベクターとしては、pcDM8(フナコシ社)、pcDNAI(フナコシ社)、pcDNAI/AmP(Invitrogen社)、EGFP−C1(Clontech社製)、pREP4(Invitrogen社)、pGBT−9(Clontech社)、pGEM(R)−T Easy(Promega社)、p3XFLAG−CMV−8(Sigma社)などを例示することができる。
【0055】
本発明で使用されるタンパク質の発現は、このタンパク質をコードする遺伝子固有のプロモーター配列の制御下に発現させることができる。あるいは、本発明で使用されるタンパク質をコードする塩基配列の上流に別の適当な発現プロモーターを連結して使用することもできる。
【0056】
発現プロモーターは、宿主および発現の目的に応じて適宜選択すればよく、例えば宿主が大腸菌である場合にはT7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、λPLプロモーターなどが、宿主が酵母である場合にはPHO5プロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーターなどが、宿主が動物細胞である場合にはSV40由来プロモーター、レトロウィルスプロモーター、サイトメガロウイルス(ヒトCMV)のIE(immediate early)遺伝子のプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーターなどを挙げることができる。
【0057】
本発明で使用されるタンパク質をコードする核酸、好ましくはDNAを上記に例示されたプロモーターに連結する、あるいは発現ベクターに組み込むなどの操作は、J.Sambrookら{Molecular Cloning,a Laboratory Manual 2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory,ニューヨーク(New York),1989年、参照}をはじめとする、種々の遺伝子組み換え操作を詳細に解説した実験操作マニュアル書の指示に基づいて行うことができる。
【0058】
宿主細胞の例としては、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属細菌、バチラス(Bacillus)属細菌、セラチア(Serratia)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、アースロバクター(Arthrobacter)属細菌、エルウニア(Erwinia)属細菌、メチロバクテリウム(Methylobacterium)属細菌、ロドバクター(Rhodobacter)属細菌、ストレプトミセス(Streptomyces)属微生物、ザイモモナス(Zymomonas)属微生物、サッカロミセス(Saccharomyces)属酵母などの微生物、カイコなどの昆虫細胞、HEK293細胞、MEF細胞、Vero細胞、Hela細胞、CHO細胞、WI38細胞、BHK細胞、COS−7細胞、MDCK細胞、C127細胞、HKG細胞、ヒト腎細胞株などの動物細胞を挙げることができる。中でも、真核生物の細胞、特にCOS−7細胞などの哺乳類細胞の利用が好ましい。
【0059】
宿主細胞に発現ベクターを導入する方法としては、前記のSambrookらを初めとする実験操作マニュアル書に記載されている方法、例えば、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、アルカリ金属法、リン酸カルシウム沈澱法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法などにより行うことができる他、例えば、NupherinTM −Neuron(BIOMOL社)、HilyMax(同仁化学研究所)、GeneJuiceTM Transfection Reagent(Novagen社)、jetPEI(Polyplus transfection社)、PolyMag(OZ Biosciences社)、LipofectamineTM LTX(Invitrogen社)、TransFastTM Transfection Reagent(Promega社)、FuGENE(R) HD Transfection Reagent(Roche diagnostics社)、FuGENE(R) 6(Roche diagnostics社)などの市販のトランスフェクション試薬を用いて行うことができる。Sf9やSf21などの昆虫細胞の利用については、バキュロウイルス・エクスプレッション・ベクターズ、ア・ラボラトリー・マニュアル、ダブリュー・エイチ・フリーマン・アンド・カンパニー(W.H.Freeman and Company)、New York、1992年)やBio/Technology、1988年、第6巻、第47頁などに記載されている。
【0060】
本発明で使用されるタンパク質は、前記の発現ベクターを上記の宿主細胞内で発現させ、宿主細胞あるいは培地から目的とするタンパク質を回収し、精製することによって得ることができる。タンパク質を精製する方法としては、タンパク質の精製に通常使用されている方法の中から適切な方法を適宜選択して行うことができる。すなわち、塩析法、限外濾過法、等電点沈澱法、ゲル濾過法、電気泳動法、イオン(アニオン、カチオン)交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィーや抗体クロマトグラフィーなどの各種アフィニティークロマトグラフィー、クロマトフォーカシング法、吸着クロマトグラフィーおよび逆相クロマトグラフィーなど、通常使用され得る方法の中から適切な方法を適宜選択し、必要により高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography;HPLC)システムなどを使用して適当な順序で精製を行えばよい。
【0061】
本発明で使用されるタンパク質を他の機能性タンパク質やポリペプチドとの融合タンパク質として発現させた場合には、その機能性タンパク質やポリペプチドに特徴的な精製法を採用することが好ましい。融合タンパク質は、適当なプロテアーゼ(トロンビン、トリプシンなど)を用いて切断し、本発明のタンパク質を回収することができる。
【0062】
このように本発明で使用されるタンパク質は、それ単独の形態でも別種のタンパク質との融合タンパク質の形態でも調製することができるが、これらのみに制限されるものではなく、本発明で使用されるタンパク質をさらに種々の形態へと変換させることも可能である。例えば、タンパク質に対する種々の化学修飾、ポリエチレングリコールなどの高分子との結合、不溶性担体への結合、リポソームへの封入など、当業者に知られている多種の手法による加工が考えられる。
【0063】
また本発明で使用されるタンパク質は、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)などの、有機化学的合成方法、あるいは市販されている適当なペプチド合成機を用いて製造することもできる。
【0064】
本発明は、上記したヒトCSHYを有効成分とするグリコサミノグリカン分解促進剤、およびこのグリコサミノグリカン分解促進剤と薬学的不活性成分とを含む医薬組成物を提供する。当該医薬組成物は、脊髄損傷治療用、特に椎間板ヘルニア、より好ましくは硬膜外遊走型椎間板ヘルニアまたは経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアによる脊椎損傷を治療するための医薬組成物である。
【0065】
医薬組成物中のヒトCSHYの含有量は、脊椎に損傷を与えているグリコサミノグリカンを含む物質、具体的には髄核を分解ないし溶解するための有効量であればよい。ここで「有効量」とは、突出、遊走などにより脊髄硬膜外腔に存在する髄核を溶解し、髄核による影響を排除することのできる量を意味する。
【0066】
薬学的不活性成分は、それ自体は治療目的に対する有効成分ではない、すなわち薬理活性を持たない成分であるが、担体、賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、崩壊剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤その他のような、薬剤あるいは医薬組成物の調製に通常用いられる成分を意味する。
【0067】
例えば、担体あるいは賦形剤としては、デキストラン類、スクロース、ラクトース、マルトース、キシロース、トレハロース、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、イノシトール、血清アルブミン、ゼラチン、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤(例えば、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール)などを挙げることができる。
【0068】
本発明組成物中のヒトCSHYと薬学的不活性成分の配合比率は特に限定されるものではなく、投与量や組成物の形態などに応じて、当業者が適宜決定することができる。また本発明のグリコサミノグリカン分解促進剤またはこれを含む医薬組成物は、液剤、固体剤、ペーストその他の形態のいずれであってもよく、それらは製剤学的に公知の方法を採用することで、適宜調製することができる。好ましい形態は、ヒトCSHYを含む注射用製剤の形態であり、特に凍結乾燥状態の製剤である。かかる製剤は、タンパク質を含む注射用製剤、特に凍結乾燥製剤を調製する一般的な方法によって製造することができる。
【0069】
なお、本発明のグリコサミノグリカン分解促進剤、およびこのグリコサミノグリカン分解促進剤と薬学的不活性成分とを含む医薬組成物には、ヒトCSHYのD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を抑制あるいは不活性化するものでなければ、鎮痛剤、消炎剤その他の薬理活性成分を含んでいてもよい。
【0070】
本発明の医薬組成物は、脊椎損傷、例えば椎間板ヘルニアによる脊椎損傷、特に硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアなどの、突出や遊離などによって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの治療に用いることができる。ヘルニアによる脊椎損傷に対するCSaseABCによる治療効果はすでに確認されており(池上ら、「臨床整形外科」、2007年、第42巻、第2号、第124−128頁)、コンドロイチンを分解する活性を有するヒトCSHYも、CSaseABCと同様、脊椎損傷、特に椎間板ヘルニアによる脊椎損傷に対する治療効果を有するものである。
【0071】
また、これまでに医薬として利用が検討されているCSaseABCを初めとする細菌由来の既知のコンドロイチナーゼは、脱離反応によって、非還元末端に不飽和結合を持つウロン酸を有するオリゴ糖を生成させる。不飽和ウロン酸は哺乳動物には存在しない糖であり、哺乳動物に対して抗原性を示す。そのため、既知の細菌由来のコンドロイチナーゼの利用は、ヒトに対して抗原性を示す物質が投与されたヒトの体内で生成してしまうという問題を有している。一方の本発明にかかるヒトCSHYは、加水分解反応によって、非還元末端に不飽和結合を持たないグルクロン酸を有するオリゴ糖が生成される。グルクロン酸は哺乳動物に対する抗原性は非常に低く、従って、ヒトCSHYを含むグリコサミノグリカン分解促進剤またはこのグリコサミノグリカン分解促進剤と薬学的不活性成分とを含む医薬組成物をヒトに投与しても、細菌由来の既知のコンドロイチナーゼの投与で指摘される問題は発生しない。
【0072】
本発明は、上記の配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質、配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、および配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質よりなる群から選ばれるタンパク質とグリコサミノグリカンとを反応させる工程、およびグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を回収する工程を含む、グリコサミノグリカンからグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を製造する方法も提供する。
【0073】
タンパク質とグリコサミノグリカンとを反応させる工程は、先に説明したヒトCSHYのグリコサミノグリカン分解活性が発揮されるpH、温度などの条件において、適当量の基質と酵素タンパク質とを混合してインキュベートする工程である。ヒトCSHYは組み換え生産されたタンパク質であることが好ましく、特に適当なレジンに固相化したヒトCSHYであることが特に好ましい。かかる固相化されたヒトCSHYを利用すれば、固相化した酵素タンパク質とグリコサミノグリカンを連続的に反応させることで、機能性グリコサミノグリカンを連続的に、また大量に製造することができる。
【0074】
グルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を回収する工程は、タンパク質とグリコサミノグリカンとを反応させた後の反応液から、生成物であるグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を、反応液の形態で回収する、部分的に精製された形態で回収する、または実質的に完全に精製された形態で回収する工程である。上記したような固相化した酵素タンパク質とグリコサミノグリカンとの連続反応では、固相担体から分離される反応液の形態ですでに生成物であるオリゴ糖は十分に精製された状態になっている。またオリゴ糖は、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン(アニオン、カチオン)交換クロマトグラフィーその他のオリゴ糖の精製に通常用いられる、当業者に広く知られた種々の分画方法によって、高度に精製し、あるいはオリゴ糖の構成糖の種類、あるいは糖鎖数毎にさらに細かく分画して利用してもよい。
【0075】
グルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖は、ヒトに対する抗原性が非常に低く、かつグリコサミノグリカンとして抗炎症作用、癌転移の阻害その他の有用な機能を発揮することが期待されており、本発明は、かかる機能性オリゴ糖を製造する方法として有益である。
【0076】
なお、本発明におけるヒトCSHYはコンドロイチン硫酸やコンドロイチン硫酸を含む混成多糖に対して、特にコンドロイチン硫酸に対して高い分解活性を示すことから、本発明のグリコサミノグリカン分解促進剤およびこれを含む医薬の好ましい態様は、コンドロイチン分解促進剤、コンドロイチン硫酸分解促進剤またはそれらを含む医薬であり、特に好ましい態様はコンドロイチン分解促進剤またはそれを含む医薬である。また同様に、グリコサミノグリカンからオリゴ糖を製造する方法の好ましい態様は、コンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成多糖からオリゴ糖を製造する方法であり、特に好ましい態様はコンドロイチン硫酸からオリゴ糖を製造する方法である。
【0077】
以下、本発明に係るグリコサミノグリカン分解促進剤について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0078】
<実施例1> 組み換えヒトCSHYの製造
(1)クローニング
ヒトHYAL4遺伝子の塩基配列情報を基に下記の2組のプライマーDNAを用意し、ヒト胎盤のcDNAライブラリーを鋳型としてネスティッドPCR(nested PCR)を行った。
【0079】
プライマーF1(配列番号3)
5’−GGTTTGGAGCCATTGCTGGACATCC−3’
プライマーR1(配列番号4)
5’−TTTCCTAGCCAGACTGGAGGC−3’
プライマーF2(配列番号5)
5’−GCACCAAGGTGACTAAAGGACCA−3’
プライマーR2(配列番号6)
5’−CATCCTTCTTTAAATGACTAGGC−3’
【0080】
PCRは、KOD−Plus DNAポリメラーゼ(東洋紡)を用い、5%(v/v)のジメチルスルホキシドの存在下で、[94℃を30秒間、55℃で45秒間、68℃で2分間]からなるサイクルを30回行った。増幅されたDNA断片(約1.4kbp)を回収し、末端にアデノシンモノリン酸を付加し、pGEM(R)−T Easyベクター(Promega社)に挿入した。挿入部分の塩基配列を決定し、配列番号2に示すDNA(配列番号1のアミノ酸配列をコードするORFを含む全1446bpのDNA)を保持した組み換えベクターが得られたことを確認した。
【0081】
(2)発現ベクターの構築
(1)で得た組み換えベクターを鋳型として、下記の一組のプライマーを用いてPCRを行った。PCRの反応条件は(1)と同じである。
【0082】
プライマーF3(配列番号7)
5’−GCGATATCGTGTCTAAAACCTGCTC−3’
プライマーR3(配列番号8)
5’−GCGGATCCTCAAGGAGAAGGGGAAA−3’
【0083】
増幅されたDNA断片(約1400bp)をEcoRVとBamHIとで消化し、発現ベクターp3XFLAG−CMV−8(Sigma社)のEcoRVサイトとBamHIサイトにサブクローニングした。この操作により、配列番号1のN末端から33アミノ酸残基およびC末端から19アミノ酸残基が欠失した可溶化型ヒトCSHYのN末端側にプレプロトリプシンのリーダー配列および3XFLAGタグが付加された融合タンパク質をコードするDNAを保持した発現ベクターを得た。この融合タンパク質の全アミノ酸配列は、配列番号9に示されるとおりである。
【0084】
(3)組み換え細胞を用いた発現
FuGENE(R)6(Roche diagnostics社)を用いて、(2)で得た発現ベクター(6.7μg)をCOS7細胞に導入し、37℃で3日間培養後、1mLの培地を回収して、10μLのANTI−FLAG(R) M2 affinity gelと4℃で一晩インキュベートした。その後、0.1%Tween20を含む25mMのトリス緩衝生理食塩水(TBS−T)でレジンを洗浄して、培地に含まれるタンパク質を吸着したレジンを得た。
【0085】
(4)培地に含まれるタンパク質の分子量の確認
本実施例(3)で得たレジンに吸着したタンパク質について、定法に従いウエスタン法および銀染色法を行い、分子量を確認した。その結果を図1に示す。
【0086】
図1に示すように、銀染色法および還元条件でウエスタン法を行った場合、約80kDaの明確なバンド(図中、星印で示す)が確認された一方で、コントロールでは同じ分子量のバンドは確認されなかった。また、非還元条件でウエスタン法を行った場合は約70kDaの明確なバンド(図中、星印で示す)が確認された一方で、コントロールでは同じ分子量のバンドは確認されなかった。
【0087】
以上の結果から、これらの約80kDaのバンドおよび約70kDaのバンドは、ヒトCSHYに由来することが確認された。また、作成した融合タンパク質の予想分子量は53kDaであることから、培養液中に含まれるヒトCSHYタンパク質は、翻訳後に糖鎖付加等の修飾を受けたことが示唆された。
【0088】
<実施例2> コンドロイチン硫酸分解促進活性の測定
実施例1(3)で調製したヒトCSHYが結合したANTI−FLAG(R) M2 affinity gelを、TBS−T、さらに150mMのNaClを含む50mMリン酸緩衝液(pH6.0)で洗浄後、FITCでラベルしたクジラ軟骨由来のコンドロイチン硫酸A(CS−A)、サメ軟骨由来のコンドロイチン硫酸C(CS−C)、サメヒレ軟骨由来のコンドロイチン硫酸D(CS−D)およびイカ軟骨由来のコンドロイチン硫酸E(CS−E)各10μgを含む同緩衝液に再懸濁し、37℃で12時間反応させた。Ultrafree−MC(Millipore社)を用いた濾過でレジンを除いた後、濾液を0.2MのNHHCOで平衡化したSuperdex peptide column(Amersham Biosciences社)にアプライしてゲル濾過を行った。検出は励起波長490nm、発光波長520nmの蛍光を検出することで行った。活性は、RT19分〜51分までの総ピーク面積をFITCでラベルしたコンドロイチン硫酸の総蛍光強度とし、総蛍光強度に対する低分子量フラグメント(RT34分〜51分)の存在比率をそのピーク面積から求めることで表した。酵素反応前のFITCでラベルした各種コンドロイチン硫酸のゲル濾過の溶出パターンを図2のパネルA、C、EおよびGに、酵素反応後の濾液のゲル濾過の溶出パターンを図2のパネルB、D、FおよびHに、それぞれ示す。
【0089】
図2に示すように、酵素反応によりコンドロイチン硫酸Dのピークが消失し、オリゴサッカライドのピークが観察された。
【0090】
<実施例3> 酵素特性の解析
(1)基質特異性の確認
実施例1(3)で調製したヒトCSHYが結合したANTI−FLAG(R) M2 affinity gel 10μLを、コンドロイチン、CS−A、CS−C、CS−D、CS−E、ブタ皮膚由来のコンドロイチン硫酸B(CS−B)、ウシ腎臓由来のヘパラン硫酸、ヒアルロン酸(HA)、ブタ皮膚由来のデルマタン硫酸(DS)、Ascidia nigra由来のデルマタン硫酸(2S,6S−DS)およびAscidia nigra由来のコンドロイチン硫酸各10μgと37℃で12時間反応させた。各分解生成物を2−アミノベンズアミド(2AB)で蛍光標識後、PBSで平衡化したSuperdex peptide column(GE Healthcare社)にアプライしてゲル濾過を行った。CS−D、CS−C、CS−AおよびAscidia nigra由来のコンドロイチン硫酸の結果を図3のパネルA、B、CおよびDにそれぞれ示す。
【0091】
図3のパネルA、BおよびCに示すように、分解生成物の産生量から、ヒトCSHYは、CS−D>CS−C>CS−Aの順に基質特異的であることが確認された。また、パネルDに示すように、Ascidia nigra由来のコンドロイチン硫酸{代表的な構成二糖単位の構造はイズロン酸(2S)−N−アセチル−D−ガラクトサミン(6S)}に対する作用はほとんど確認されなかった。なお、ヒトCSHYは、CS−Eに対する作用は非常に弱く、さらに、DS、2S,6S−DS、コンドロイチン、CS−B、ヘパラン硫酸およびヒアルロン酸に対する作用はほとんどないことが確認された。以上より、ヒトCSHYは、CS−D>CS−C>CS−A>CS−Eの順に基質特異的であることが確認された。
【0092】
(2)至適温度
実施例1(3)で調製したヒトCSHYが結合したANTI−FLAG(R) M2 affinity gel 10μLとCS−D 10μgとを、20℃、25℃、30℃および37℃でそれぞれ12時間反応させることにより、ヒトCSHY活性の至適温度を調べた。その結果、37℃で測定した活性を1とすると、20℃、25℃、30℃での活性はそれぞれ0.31、0.56および0.82であった(図示しない)。本実施例により、以降の実験は37℃で行うこととした。
【0093】
(3)至適pH
実施例2の反応で用いた緩衝液を50mMリン酸緩衝液でpH4.5〜7.5に調整し、28℃で9時間反応させて、ヒトCSHYの至適pHを検討した。その結果を図4に示す。
【0094】
図4に示すように、ヒトCSHYの至適pHはpH5.0であることが確認された。
【0095】
(4)速度論解析
反応初速度および基質(二糖)の濃度変化から作成したLineweaver−Burkプロットにより、ヒトCSHYの、コンドロイチン硫酸アイソフォームであるCS−D、CS−A、CS−CおよびCS−E各々を基質とする場合の最大反応速度Vmaxと、見かけ上のミカエリス定数Kmとを決定した。その結果を図5および次の表1に示す。
【0096】
【表1】

【0097】
図5および表1に示すように、CS−D(図5のパネルC)を基質とする場合のKm値は、CS−A(図5のパネルA)、CS−C(図5のパネルB)およびCS−E(図5のパネルD)を基質とする場合のKm値と比較して、それぞれ、1/2、1/3および1/20であった。すなわち、ヒトCSHY感応性であるコンドロイチン硫酸アイソフォーム各々の反応速度が様々に異なっていたこと、および基質として用いたコンドロイチン硫酸の中ではCS−Dが最も好ましい基質であることが確認された。また、この結果は、ヒトCSHYと様々なグリコサミノグリカンとを同様の条件で反応させて生成する還元末端を定量して得られた結果(図3のパネルA〜C)と一致した。
【0098】
<実施例4> ヒトCSHYの認識する糖鎖配列の解析
(1)反応産物の還元末端の特定
ヒトCSHYの活性をより詳しく調べるため、CS−DをヒトCSHYで消化し、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識した後、Superdex peptide column(GE Healthcare社)でゲル濾過HPLCを行った。その結果、各々四糖、六糖、八糖として特定される3つの主なピークの抽出物D−1、D−2およびD−3が得られた(図3のパネルA)。
【0099】
この抽出物D−1をアニオン交換HPLCで分析した結果、2AB−テトラサッカライド三硫酸で特定される主なピークが得られた(図示しない)。このピークに含まれる主な成分はCSase AC−IIでは得られないことから、抽出物D−1に含まれる内部のGlcA残基の多くにおいて、2位の炭素が硫酸化(2−0−硫酸)されていることを強く示唆した。
【0100】
続いて、抽出物D−1、D−2およびD−3に含まれる主な糖配列を決定するため、まず、これらをそれぞれCSase AC−IIで消化し、得られた分解生成物をそれぞれ2ABで蛍光標識した後、アニオン交換HPLCで分析した。
【0101】
また、上記CS−DのヒトCSHY分解生成物を、2ABで蛍光標識しないまま215nmの紫外線吸光度でモニタリングし、ゲル濾過HPLCを行った後、最も低分子である四糖のピークを回収した。回収した四糖をCSaseABCで分解し、2ABで蛍光標識した後、アニオン交換HPLCで分析した。
【0102】
さらに、抽出物D−2およびD−3をそれぞれCSaseABCで消化し、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識した後、アニオン交換HPLCにより分析した。以上の結果を図6および次の表2に示す。
【0103】
【表2】

【0104】
図6中、パネルA〜Cは画分D−1、D−2およびD−3をCSase AC−IIで消化した産物の溶出パターンを示し、パネルDは、2ABで蛍光標識していないヒトCSHYの分解生成物のうち最も低分子である四糖を単離し、さらにCSaseABCで消化した後、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識したものの溶出パターンを示す。また、パネルEおよびFは、それぞれ、画分D−2、D−3をCSaseABCで消化後、2ABで蛍光標識した試料の溶出パターンを示す。パネルC、F中の各矢印は、ピークa:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)−GlcA−GalNAc(6−O−sulfate)、ピークb:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)−GlcA−GalNAc(4−O−sulfate)、ピークc:ΔHexA−GalNAc(4−O−sulfate)−GlcA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)、ピークd:ΔHexA−GalNAc(6−O−sulfate)−GlcA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate))、ピーク1:ΔHexA−GalNAc、ピーク2:ΔHexA−GalNAc(6−O−sulfate)、ピーク3:ΔHexA−GalNAc(4−O−sulfate)、ピーク4:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)、ピーク5:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(4−O−sulfate)、ピーク6:ΔHexA−GalNAc(4,6−O−disulfate)、ピーク7:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(4,6−O−disulfate)、ピーク8:GlcA−GalNAc(6−O−sulfate)およびピーク9:GlcA−GalNAc(4−O−sulfate)の溶出位置を示す。
【0105】
図6のパネルAおよび表2(D−1)に示すように、抽出物D−1については、GlcA−GalNAc(4S)−2ABおよびΔHexA(2S)−GalNAc(6S)−2ABで特定される2つの主なピークが得られた。すなわち、CS−DのヒトCSHY分解生成物の四糖画分に含まれる主な糖配列が、GlcA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)であることが確認された。また、抽出物D−2については、図6のパネルBに示すように、2AB−テトラッサッカライド三硫酸を示すピークが得られ、抽出物D−3についても、図6のパネルCに示すように、同様の結果が得られた。これらの分解生成物をそれぞれ、構造既知の2AB−不飽和四糖標準品とともにアニオン交換HPLCにより分析した結果、それぞれΔHexA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)−2ABとともに溶出した(表2(D−2)および(D−3))。このことから、ヒトCSHYは四糖GlcA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)の配列を、CS−Dの切断部位における非還元末端側の構造として認識することが確認された。なお、以上の結果をまとめ、次の表3に示した。
【0106】
【表3】

【0107】
一方、CS−AとCS−CもまたヒトCSHYによってある程度まで消化されることから(図2および図3)、CS−AおよびCS−CがヒトCSHYに消化されて生じるオリゴ糖の還元末端構造を分析することにより、ヒトCSHYの特異性を調べた。具体的には、CS−AおよびCS−CをヒトCSHYで消化し、得られた分解生成物を2ABで蛍光標識し、さらにCSase AC−IIで消化した後、アニオン交換HPLCにて分析した。その結果を図7に示す。
【0108】
図7中、1〜7の矢印は、1:ΔHexA−GalNAc、2:ΔHexA−GalNAc(6−O−sulfate)、3:ΔHexA−GalNAc(4−O−sulfate)、4:ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)、5: ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(4−O−sulfate)、6:ΔHexA−GalNAc(4,6−O−disulfate)および7: ΔHexA(2−O−sulfate)−GalNAc(4,6−O−disulfate)の2AB誘導体の、それぞれの溶出位置を示す。また、白抜きの矢印は、2ABで蛍光標識した標準四糖であるΔHexA−GalNAc(4−O−sulfate)−GlcA(2−O−sulfate)−GalNAc(6−O−sulfate)の溶出位置を示す。
【0109】
図7のパネルAに示すように、CS−AのヒトCSHY分解生成物に含まれる、還元末端に由来する唯一の反応産物が、ΔHexA−GalNAc(6S)−2ABとして検出された。すなわち、CS−AのヒトCSHY分解生成物における主な還元末端の二糖がGlcA−GalNAc(6S)であることが確認された(表3)。CS−Aを構成する主な二糖はGlcA−GalNAc(6S)(24%)ではなく、GlcA−GalNAc(4S)(76%)であることから、GalNAc残基の6位炭素の硫酸化が、ヒトCSHYによる切断部位の認識には不可欠であることが確認された。
【0110】
また、図7のパネルBに示すように、CS−Cについては、ΔHexA−GalNAc(6S)−2ABとΔHexA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)−2ABが主なオリゴ糖として検出され、そのモル比は1.2:1.0であった。すなわち、CS−CのヒトCSHY分解生成物における主な還元末端の二糖の配列がGlcA−GalNAc(6S)およびGlcA(2S)−GalNAc(6S)であることが確認された(表3)。
【0111】
これらGlcA−GalNAc(6S)およびGlcA(2S)−GalNAc(6S)の、CS−Cにおけるモル比は10.7:1.0である。すなわち、CS−CにおけるGlcA−GalNAc(6S)の比率はGlcA(2S)−GalNAc(6S)と比較して相当大きいが、これらはCS−CのヒトCSHY分解生成物に含まれる主な還元末端二糖としては、これらはほぼ同じ比率で検出される。このことは、ヒトCSHYがCS−Cの切断部位としてGlcA−GalNAc(6S)よりもGlcA(2S)−GalNAc(6S)を選択する可能性が高いことを示唆している。すなわち、GalNAc(6S)残基の非還元末端側に隣接するGlcA残基の2位の炭素の硫酸化はヒトCSHY活性を促進すると考えられる。ここで、CS−C中におけるヒトCSHYによって切断される部位の構造を示す模式図を図8に示す。図8中、矢印の部分で切断を受け、*印を付けた硫酸基はヒトCSHYの加水分解活性に促進的な効果を与えていることを示す。
【0112】
(2)反応産物の非還元末端の特定
CS−Dの切断部位における還元末端側の構造を調べるため、抽出物D−2および抽出物D−3に含まれる非還元末端二糖を調べた。具体的には、抽出物D−2の六糖画分をCSaseABCで分解して2ABで蛍光標識した後、アニオン交換HPLCにて分析したところ、GlcA−GalNAc(4S)−2AB、GlcA−GalNAc(6S)−2ABおよびΔHexA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)−2ABの3つのピークが得られた。これらのモル比は各々、0.35、0.40および1.0であった(図6のパネルEおよび表2)。すなわち、抽出物D−2画分がGlcA−GalNAc(4S)−GlcA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)および GlcA−GalNAc(6S)−GlcA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)の二つの成分を47:53のモル比で含むことが確認された(表3)。
【0113】
さらに、抽出物D−3の八糖画分をCSaseABCで分解して2ABで蛍光標識した後、アニオン交換HPLCにて分析した。その結果、2つの飽和二糖、3つの不飽和二糖および還元末端に由来するΔHexA−GalNAc(4S)−GlcA(2S)−GalNAc(6S)が得られた(図6のパネルF)。これらの比率を表2に示し、抽出物D−3における主な八糖の推定配列を表3に示す。
【0114】
表2および表3に示すように、飽和二糖と不飽和二糖とはそれぞれ、抽出物D−3画分に含まれる八糖の非還元末端と内部に由来することが分かる。
【0115】
<実施例5>ヒトCSHYの分解活性に重要なアミノ酸の同定
ヒトCSHYの分解活性に重要である可能性のある4箇所のアミノ酸について、下記の変異体1〜4をコードする塩基配列を、定法に従い、QuickChange II XL Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いたPCR法により作成した。
【0116】
具体的には、下記の4組のプライマーDNAを用意し、実施例1(1)で作成した組み換えベクターを鋳型として、実施例1(2)と同様の方法でPCRを行った。PCR反応溶液組成およびPCR反応条件はQuickChange II XL Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)のプロトコールに従った。
【0117】
プライマーF1(配列番号10)
5’−CTGTTATAGATTGGCAATATTGGCGACCAC−3’
プライマーR1(配列番号11)
5’−GTGGTCGCCAATATTGCCAATCTATAACAG−3’
プライマーF2(配列番号12)
5’−GGCCTTTGGGGTTATGCTTTATATCCTG−3’
プライマーR2(配列番号13)
5’−CAGGATATAAAGCATAACCCCAAAGGCC−3’
プライマーF3(配列番号14)
5’−ATATCCTTCTATCTATGTCTGGAAATCCC−3’
プライマーR3(配列番号15)
5’−GGGATTTCCAGACATAGATAGAAGGATAT−3’
プライマーF4(配列番号16)
5’−GGGAGCTACATAGCCGCTGTGACCAG−3’
プライマーR4(配列番号17)
5’−CTGGTCACAGCGGCTATGTAGCTCCC−3’
【0118】
作成した変異ヒトCSHYをコードする塩基配列
変異体1;配列番号1のアミノ酸配列において147番目のグルタミン酸をグルタミンに置換した変異ヒトCSHY(配列番号19)をコードする塩基配列(配列番号18)
変異体2;配列番号1のアミノ酸配列において218番目のチロシンをアラニンに置換した変異ヒトCSHY(配列番号21)をコードする塩基配列(配列番号20)
変異体3;配列番号1のアミノ酸配列において263番目のグリシンをチロシンに置換した変異ヒトCSHY(配列番号23)をコードする塩基配列(配列番号22)
変異体4;配列番号1のアミノ酸配列において368番目のアスパラギンをアラニンに置換した変異ヒトCSHY(配列番号25)をコードする塩基配列(配列番号24)
【0119】
作成した変異体1〜4を実施例1(1)から実施例1(3)と同様の手法により組み換え細胞に発現させ、これらの変異タンパク質を吸着したレジンを調製した。続いて、実施例3(1)と同様の手法によりCS−Dに対する分解活性を検討した。その結果を図9に示す。
【0120】
図9に示すように、変異体1、変異体2および変異体4は、CS−Dに対する分解活性を消失したことが明らかになった。一方、変異体3はコントロールの野生型ヒトCSHYの場合と同等の分解活性を有していることが明らかになった。
【0121】
以上の結果より、配列番号1のアミノ酸配列において147番目のグルタミン酸、218番目のチロシンおよび368番目のアスパラギンは、ヒトCSHYのCS−Dに対する分解活性において重要であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質を有効成分とする、グリコサミノグリカン分解促進剤。
【請求項2】
配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質を有効成分とする、請求項1に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【請求項3】
グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成多糖である、請求項1または2に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【請求項4】
コンドロイチン硫酸が、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸Dおよびコンドロイチン硫酸Eからなる群から選択される1または2以上のコンドロイチン硫酸である、請求項3に記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【請求項5】
タンパク質が融合タンパク質の形態である、請求項1〜4のいずれかに記載のグリコサミノグリカン分解促進剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のグリコサミノグリカン分解促進剤および薬学的不活性成分を含む医薬組成物。
【請求項7】
脊髄損傷治療用の、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
脊椎損傷が椎間板ヘルニアによる損傷である、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
椎間板ヘルニアが、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアまたは経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアである、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
グリコサミノグリカンからグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を製造する方法であって、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数十個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質、配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失したアミノ酸配列からなるタンパク質、および配列番号1において1〜33番目および/または463〜481番目のアミノ酸残基が欠失し、さらに1個もしくは数個のアミノ酸が置換され、欠失され、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつD−グルクロン酸に結合した硫酸化N−アセチル−D−ガラクトサミンのN−アセチル−D−ガラクトサミニド結合を加水分解する活性を有するタンパク質よりなる群から選択される1または2以上のタンパク質とグリコサミノグリカンとを反応させる工程、およびグルクロン酸を非還元末端として有するオリゴ糖を回収する工程を含む、前記方法。
【請求項11】
グリコサミノグリカンがコンドロイチン硫酸またはコンドロイチン硫酸を含む混成多糖である、請求項10に記載のオリゴ糖を製造する方法。
【請求項12】
コンドロイチン硫酸が、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸Dおよびコンドロイチン硫酸Eからなる群から選択される1または2以上のコンドロイチン硫酸である、請求項11に記載のオリゴ糖を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−84516(P2011−84516A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238490(P2009−238490)
【出願日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】