説明

コムギ等のHP1タンパク質を特異的に検出する抗HP1抗体

【課題】 植物のヘテロクロマチンに存在するHP1タンパク質を特異的に検出するための抗体を作製・提供すること。
【解決手段】 本発明者は、植物の各種HP1様タンパク質のアミノ酸配列を比較することにより、よく保存されているアミノ酸配列部位を見出した。このアミノ酸配列を用いた15アミノ酸(CKLAEGFYEIETIRR)を抗原として用いることにより、抗コムギHP1タンパク質抗体を作製した。この抗体は、コムギを始めとして、多くの植物のヘテロクロマチンに存在するHP1タンパク質を特異的に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コムギ等の植物染色体に存在するHP1タンパク質を特異的に検出する抗体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真核生物の染色体には、染色質(クロマチン)が比較的ゆるく凝縮した真正染色質(euchromatin)領域と、高度に凝縮した異質染色質(heterochromatin)領域が存在する。染色質のヘテロクロマチン化は、遺伝子の発現調節や染色体の安定的な分配などに重要な役割を果たすことが明らかになりつつある。ヘテロクロマチン領域には、その領域に特異的な一群のタンパク質が存在すると考えられている。中でも、広く真核生物に保存的なヘテロクロマチンタンパク質1(Heterochromatin Protein 1: HP1)ホモログが、ヘテロクロマチン化の鍵タンパク質であり、ヘテロクロマチン領域でのDNAのCG配列のメチル化、ヒストンH3のメチル化と相互作用することが分裂酵母やショウジョウバエの研究で明らかになってきた。
【0003】
また、コムギについて、いくつかのESTライブラリーが知られているが(例えば、下記の非特許文献1参照)、特にHP1タンパク質について調査した研究は知られていない。
【0004】
【非特許文献1】Ogihara et al. 2003、The Plant Journal (2003)33 , 1001-1011
【非特許文献2】Toshihisa Kotake et al. Plant Cell Physiol. 2003 44: 555-564
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
HP1に対する抗体は、ヒトやマウスなどの高等脊椎動物やショウジョウバエのアミノ酸配列に基づき作成され市販されている。しかし、これらの抗体は、植物のHP1タンパク質を有効に検出できない。植物においては、シロイヌナズナで遺伝子組み換え植物を用いてHP1ホモログの検出が行われた例があるが(上記の非特許文献2参照)、抗体を作成しHP1タンパク質を検出した例はまだない。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであり、コムギ等の植物染色体に存在するHP1タンパク質を特異的に検出する抗体を作製・提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、HP1タンパク質の植物での機能解析を目的に、同遺伝子ホモログをコードするコムギ遺伝子配列を単離し、発現解析と座乗染色体の特定を行った。今回、このタンパク質の推定アミノ酸配列からペプチド抗体を作成した。さらに、同タンパク質のクロモドメインを抗原とした抗体を用いたウエスタンブロッティング解析の結果、同抗体がムギ類のHP1タンパク質を特異的に検出すること等を明らかにし、本発明を完成させるに至った。
【0008】
また、上記抗体を用いた間接蛍光抗体法による細胞学的解析の結果、6倍体コムギでは染色体の全体に同タンパク質の存在が確認されるのに対し、2倍体コムギでは動原体領域にのみ局在が見られた。さらに、コムギに近縁なオオムギ、ライムギ(ともに2倍体)でも動原体領域への局在が確認された。また、モデル植物であるシロイヌナズナの間期核で調査したところ、狭動原体部ヘテロクロマチンを中心に核全体にシグナルが検出された。
【0009】
こうして、第1の発明に係る抗体(本明細書において、「抗HP1タンパク質抗体」または単に「抗HP1抗体」という)は、配列番号4〜6のいずれかに記載のアミノ酸配列を有するHP1タンパク質を特異的に認識することを特徴とする。
【0010】
本発明において、抗体の認識部位は、配列番号6の第79位〜第137位のクロモドメイン(Chromo Domain)、または第332位〜第397位のクロモシャドウドメイン(Chromo Shadow Domain)のアミノ酸配列のうちの一部または全部のペプチドであることが好ましい。本発明者の研究によれば、上記クロモドメインまたはクロモシャドウドメインでは、図2に示すように、種を越えて、そのアミノ酸配列が良く保存されていることが分かった。このため、これらのドメインの全部または一部のペプチドを認識する抗体は、種を越えて、植物由来HP1タンパク質を認識するので、利用価値が高まる。
【0011】
また、本発明において、抗体の認識部位は、上記クロモドメイン中の一部の配列、即ち配列番号6の第81位〜第94位のアミノ酸配列(配列番号7、或いは配列番号8の第2位〜第15位のアミノ酸配列)を有するポリペプチドまたはそのC末端側の部分ペプチドであることが好ましい。
【0012】
ここで抗体とは、特異的な抗原を認識して結合するタンパク質のことを意味しており、その種類(例えば、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEなど)、作製に利用した動物の由来(例えば、ウサギ、マウス、ラット、ヤギ、ヒツジ、ラクダなど)を問わない。また、抗体は、一価或いは多価のいずれでも良い。抗体には、ポリクローナル抗体、またはモノクローナル抗体のいずれをも用いることができる。抗体がポリクローナル抗体である場合には、抗原を投与される動物としては、ウサギを使用することが好ましい。
【0013】
本発明の抗体は、標識化することができる。標識化とは、その抗体の場所を同定するための標識物質を抗体に備えさせることを意味している。標識化には、例えば蛍光物質、放射能、酵素、その他のタンパク質(例えば、アビジン)などの利用が挙げられる。標識化された抗体を用いることにより、HP1タンパク質の定性的または定量的な検出を行うことができる。
【0014】
なお、本発明の抗体を認識して結合する第2の抗体を用いることにより、本発明の抗体を標識化することなく、HP1タンパク質の定性的または定量的な検出を行うこともできる。ここで、第2の抗体とは、一般的には、本発明の抗体を作製するために用いた動物(またはモノクローナル抗体を作製するために用いた細胞が由来する動物)とは異なる動物由来の抗体であって、種特異的なエピトープを認識することで、本発明の抗体を特異的に認識する抗体を意味している。第2の抗体を標識化しておくことにより、本発明の抗体の位置または量(ひいては、HP1タンパク質の位置または量)を間接的に検出することができる。
【0015】
第2の発明に係る検出方法は、第1の発明に係る抗体を用いて、植物のHP1タンパク質を検出することを特徴とする。植物には、コムギ類、トウモロコシ類、シロイヌナズナ等が含まれる。
【0016】
この検出方法は、例えば、(1)ゲル・メンブレン中のHP1タンパク質を定性的または定量的に検出するようなin vitroにおける使用、(2)植物の細胞中或いは細胞画分中のHP1タンパク質を定性的または定量的に検出するようなin situにおける使用等に用いることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の抗HP1抗体によれば、植物(特に、コムギ類、トウモロコシ類、シロイヌナズナを含む)の染色体に存在するHP1タンパク質の局在を容易に検出することができる。そして、このように抗HP1抗体は、ヘテロクロマチン化の鍵タンパク質と考えられるHP1を特異的に検出するため、植物のヘテロクロマチン研究における研究材料として有用である。また、エピジェネティクス研究など他の研究にも利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
以下に、本発明の抗体を作製するために用いる抗原の調製方法、及び本発明の抗体の製造方法について説明する。
【0019】
(1)抗原の調製
本発明の抗体を調製するために使用される抗原としては、(i) クロモドメイン(特に、配列番号7に示すアミノ酸配列)またはクロモシャドウドメインの全部または一部のアミノ酸配列を有するペプチド、または、(ii) 上記 (i)のペプチドのN末端或いはC末端に1個または2個以上の他のアミノ酸(例えば、Cys)を結合させたペプチド(例えば、配列番号8に示すアミノ酸配列からなるペプチド)、を用いることができる(以下、これらの抗原を単に「本発明の抗原」と称することがある)。
【0020】
本発明の抗原は、例えば(a)植物(例えば、コムギ、シロイヌナズナ、トウモロコシ)の組織または細胞から調製する、(b)ペプチドシンセサイザー等を使用する公知のペプチド合成方法で化学的に合成する、または(c)本発明の抗原をコードするDNAを含有する形質転換体を培養する、ことによって製造することができる。
【0021】
(a)植物の組織または細胞から本発明の抗原を調製する場合は、その組織または細胞をホモジナイズした後、酸、またはアルコールなどで抽出を行い、得られた抽出液を、塩析、透析、ゲル濾過、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどのクロマトグラフィーを組み合わせることにより精製単離することによって調製できる。
【0022】
(b)本発明の抗原を化学的に合成する場合は、例えば配列番号4〜6に示されるコムギ由来HP1のアミノ酸配列から、エピトープ領域と推定される10〜20個程度のアミノ酸配列を決定し、ペプチドを合成することで調製できる。エピトープ領域は、例えばKite & Doolittleの方法により親水性の領域を予測すること等によって推定することができる。
【0023】
(c)本発明の抗原をコードするDNAを含有する形質転換体を用いて本発明の抗原を製造する場合には、DNAは、公知のクローニング方法(例えば、Molecular Cloning(2nd ed.;J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989)に記載の方法など)に従って作製することができる。例えば、(1)デザインしたDNAプローブを用いて、コムギcDNAライブラリーをスクリーニングすることによりコムギ由来HP1のcDNAをクローニングする方法、または(2)デザインしたDNAプライマーを用い、PCR法によりコムギ由来HP1のcDNAをクローニングする方法、などが挙げられる。
【0024】
後述の実施例において、本発明の抗HP1抗体の作製に使用した抗原は、配列番号8に記載のアミノ酸配列を有する合成ペプチドである。
【0025】
ペプチドの合成法としては、例えば固相合成法、液相合成法のいずれによっても良い。すなわち、当該ペプチドを構成し得る部分ペプチド、またはアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては例えば、(i)M. Bodanszky & M.A. Ondetti、Peptide Synthesis, Interscience Publishers, New York (1966)、または(ii)Schroeder & Luebke、The Peptide, Academic Press, New York (1965)の方法を挙げることができる。
【0026】
合成反応後は通常の精製法、例えば、溶媒抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、再結晶などを組み合わせて、本発明の抗原を精製単離することができる。この方法で得られるペプチドが遊離体である場合は、公知の方法によって適当な塩に変換することができ、逆に塩で得られた場合は、公知の方法によって遊離体に変換することもできる。
【0027】
ペプチドのアミド体は、アミド形成に適した市販のペプチド合成用樹脂を用いて得ることができる。そのような樹脂としては、例えば、クロロメチル樹脂、ヒドロキシメチル樹脂、ベンズヒドリルアミン樹脂、アミノメチル樹脂、4−ベンジルオキシベンジルアルコール樹脂、4−メチルベンズヒドリルアミン樹脂、PAM樹脂、4−ヒドロキシメチルメチルフェニルアセトアミドメチル樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、4−(2',4'−ジメトキシフェニル−ヒドロキシメチル)フェノキシ樹脂、4−(2',4'−ジメトキシフェニル−Fmocアミノエチル)フェノキシ樹脂などが挙げられる。このような樹脂を用い、α−アミノ基と側鎖官能基を適当に保護したアミノ酸を、目的とするペプチドの配列通りに、公知の各種縮合方法に従い、樹脂上で縮合させる。反応の最後に樹脂からペプチドを切り出すと同時に各種保護基を除去し、目的のペプチドを取得する。あるいはクロロトリチル樹脂、オキシム樹脂、4−ヒドロキシ安息香酸系樹脂等を用い、部分的に保護したペプチドを取り出し、更に常套手段で保護基を除去し目的のペプチドを得ることもできる。
【0028】
保護されたアミノ酸の縮合に関しては、ペプチド合成に使用できる各種活性化試薬を用いることができるが、カルボジイミド類を用いることが好ましい。このようなカルボジイミド類としてはDCC、N,N'−ジイソプロピルカルボジイミド、N−エチル−N'−(3−ジメチルアミノプロリル)カルボジイミドなどが例示される。各種活性化試薬による活性化にはラセミ化抑制添加剤(例えば、HOBt、HOOBtなど)とともに保護されたアミノ酸を直接樹脂に添加するか又は、対称酸無水物またはHOBtエステルあるいはHOOBtエステルとして予め保護されたアミノ酸の活性化を行った後に樹脂に添加することができる。
【0029】
保護されたアミノ酸の活性化や樹脂との縮合に用いられる溶媒としては、ペプチド縮合反応に使用しうることが知られている溶媒から適宜選択されうる。そのような溶媒として、例えばN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドンなどの酸アミド類、塩化メチレン、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類、トリフルオロエタノールなどのアルコール類、ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類、ピリジンなどの三級アミン類、ジオキサン、テトラヒドロフランなどのエーテル類、アセトニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル類、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル類あるいはこれらの適当な混合物などが例示される。反応温度はペプチド結合形成反応に使用されることが知られている範囲から適当に選択される。例えば、約−20℃〜約50℃の範囲から選択できる。
【0030】
活性化されたアミノ酸誘導体は、通常約1.5倍〜約4倍過剰で用いられる。ニンヒドリン反応を用いたテストの結果、縮合が不十分な場合には保護基の脱離を行うことなく縮合反応を繰り返すことにより十分な縮合を行うことができる。反応を繰り返しても十分な縮合が得られないときには、無水酢酸またはアセチルイミダゾールを用いて未反応アミノ酸をアセチル化して、後の反応に影響を及ぼさないようにすることができる。
【0031】
原料アミノ酸のアミノ基の保護基としては、例えば、Z、Boc、ターシャリーペンチルオキシカルボニル、イソボルニルオキシカルボニル、4−メトキシベンジルオキシカルボニル、Cl−Z、Br−Z、アダマンチルオキシカルボニル、トリフルオロアセチル、フタロイル、ホルミル、2−ニトロフェニルスルフェニル、ジフェニルホスフィノチオイル、Fmocなどが挙げられる。カルボキシル基の保護基としては、たとえばC1−6アルキル基、C3−8シクロアルキル基、C7−14アラルキル基の他、2−アダマンチル、4−ニトロベンジル、4−メトキシベンジル、4−クロロベンジル、フェナシル基およびベンジルオキシカルボニルヒドラジド、ターシャリーブトキシカルボニルヒドラジド、トリチルヒドラジドなどが挙げられる。
【0032】
セリンおよびスレオニンの水酸基は、たとえばエステル化またはエーテル化によって保護することができる。このエステル化に適する基としては例えばアセチル基などの低級(C1−6)アルカノイル基、ベンゾイル基などのアロイル基、ベンジルオキシカルボニル基、エトキシカルボニル基などの炭酸から誘導される基などが挙げられる。また、エーテル化に適する基としては、たとえばベンジル基、テトラヒドロピラニル基、ターシャリーブチル基などが挙げられる。
【0033】
チロシンのフェノール性水酸基の保護基としては、たとえばBzl、Cl−Bzl、2−ニトロベンジル、Br−Z、ターシャリーブチルなどが挙げられる。ヒスチジンのイミダゾールの保護基としては、Tos、4−メトキシ−2,3,6−トリメチルベンゼンスルホニル、DNP、Bom、Bum、Boc、Trt、Fmocなどが挙げられる。
【0034】
原料のカルボキシル基の活性化されたものとしては、たとえば対応する酸無水物、アジド、活性エステル[アルコール(例えば、ペンタクロロフェノール、2,4,5−トリクロロフェノール、2,4−ジニトロフェノール、シアノメチルアルコール、パラニトロフェノール、HONB、N−ヒドロキシスクシミド、N−ヒドロキシフタルイミド、HOBt)とのエステル]などが挙げられる。原料のアミノ基の活性化されたものとしては、たとえば対応するリン酸アミドが挙げられる。
【0035】
保護基の除去方法(脱離方法)としては、たとえばPd−炭素などの触媒の存在下での水素気流中での接触還元や、また、無水フッ化水素、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸あるいはこれらの混合液などによる酸処理や、ジイソプロピルエチルアミン、トリエチルアミン、ピペリジン、ピペラジンなどによる塩基処理、また液体アンモニア中ナトリウムによる還元なども挙げられる。
【0036】
上記酸処理による脱離反応は一般に−20℃〜40℃の温度で行われるが、酸処理においてはアニソール、フェノール、チオアニソール、メタクレゾール、パラクレゾール、ジメチルスルフィド、1,4−ブタンジチオール、1,2−エタンジチオールのようなカチオン捕捉剤の添加が有効である。また、ヒスチジンのイミダゾール保護基として用いられる2,4−ジニトロフェニル基はチオフェノール処理により除去され、トリプトファンのインドール保護基として用いられるホルミル基は上記の1,2−エタンジチオール、1,4−ブタンジチオールなどの存在下の酸処理による脱保護以外に、希水酸化ナトリウム、希アンモニアなどによるアルカリ処理によっても除去される。
【0037】
原料の反応に関与すべきでない官能基の保護および保護基、ならびにその保護基の脱離、反応に関与する官能基の活性化などは公知の基あるいは公知の手段から適当に選択できる。
【0038】
ペプチドのアミド体を得る別の方法としては、まず、カルボキシル末端アミノ酸のα−カルボキシル基をアミド化し、その後、アミノ基側にペプチド鎖を所定の鎖長まで延ばした後に、当該ペプチド鎖のN末端のα−アミノ基の保護基のみを除いたペプチドとC末端のカルボキシル基の保護基のみを除いたペプチド(またはアミノ酸)とを製造し、この両ペプチドを上記した混合溶媒中で縮合させる方法が挙げられる。縮合反応の詳細については上記と同様である。縮合により得られた保護ペプチドを精製した後、上記方法によりすべての保護基を除去し、所定の粗ペプチドを得ることができる。この粗ペプチドは既知の各種精製手段を駆使して精製し、主要画分を凍結乾燥することで所定のペプチドのアミド体を得ることができる。
【0039】
ペプチドのエステル体を得るにはカルボキシ末端アミノ酸のα−カルボキシル基を所定のアルコール類と縮合しアミノ酸エステルとした後、ペプチドのアミド体と同様にして所定のペプチドのエステル体を得ることができる。
【0040】
本発明の抗原は、不溶化したものを直接免疫に用いることもできる。また、本発明の抗原を適当な担体に結合または吸着させた複合体を免疫してもよい。担体(キャリアー)と本発明の抗原(ハプテン)との混合比は、担体に結合あるいは吸着させた本発明の抗原に対して抗体が効率よくできれば、如何なるものを如何なる比率で結合あるいは吸着させてもよく、通常ハプテンに対する抗体の作製にあたり常用されている高分子担体を重量比でハプテン1に対し0.1〜100の割合で使用することができる。このような高分子担体としては、天然の高分子担体や合成の高分子担体が挙げられる。天然の高分子担体としては、例えばウシ、ウサギ、ヒトなどの哺乳動物の血清アルブミンや例えばウシ、ウサギなどの哺乳動物のチログロブリン、例えばウシ、ウサギ、ヒト、ヒツジなどの哺乳動物のヘモグロビン、KHLヘモシアニンなどが用いられる。
【0041】
合成の高分子担体としては、例えばポリアミノ酸類、ポリスチレン類、ポリアクリル類、ポリビニル類、ポリプロピレン類などの重合物または各種ラテックスなどを用いることができる。また、ハプテンとキャリアーのカップリングには、種々の縮合剤を用いることができる。縮合剤としては、例えば、チロシン、ヒスチジン、トリプトファンを架橋するビスジアゾ化ベンジジンなどのジアゾニウム化合物、アミノ基同士を架橋するグルタルアルデビトなどのジアルデヒド化合物、トルエン−2,4−ジイソシアネートなどのジイソシアネート化合物、チオール基同士を架橋するN,N'-o-フェニレンジマレイミドなどのジマレイミド化合物、アミノ基とチオール基を架橋するマレイミド活性エステル化合物、アミノ基とカルボキシル基とを架橋するカルボジイミド化合物などが用いられる。また、アミノ基同士を架橋する際にも、一方のアミノ基にジチオピリジル基を有する活性エステル試薬(例えば、SPDPなど)を反応させた後還元することによりチオール基を導入し、他方のアミノ基にマレイミド活性エステル試薬によりマレイミド基を導入後、両者を反応させることもできる。
【0042】
(2)ポリクローナル抗体の作製
本発明の抗原は、それ自体単独であるいは担体・希釈剤と共に、各種動物の抗体産生が可能な部位に、例えば腹腔内注入、静脈注入、皮下注射などの投与方法によって投与することにより、ポリクローナル抗体を作製することができる。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバント、又は不完全フロイントアジュバントを投与することもできる。
【0043】
抗原の投与は、1回のみでも良いが、通常は2〜6週毎に1回ずつ、計2〜10回程度行われる。ポリクローナル抗体を作製する動物としては、例えばサル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ニワトリなどがあげられる。このうち、特に、モノクローナル抗体を作製するにはマウスが好ましく用いられる。
【0044】
血清中の本発明の抗原に対する抗体価の測定は、液相法(例えば、標識化した本発明の抗原と抗血清とを反応させた後、抗体に結合した標識剤の活性を測定する方法)、或いは固相法(例えば、96穴プレートの各ウエル内壁面に本発明の抗原を固着させておき、ここに血清を適当に希釈した溶液を添加し、抗体を抗原に結合させた後、ウエル中の溶液を洗浄することで余分な抗体を除去し、ウエル内壁面に結合した抗体量を測定する方法)によりなされる。
【0045】
本発明のポリクローナル抗体の分離精製は、免疫グロブリンの分離精製法(例、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相あるいはプロテインAあるいはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法など)に従って行われる。
【0046】
(3)モノクローナル抗体の作製
モノクローナル抗体の作製に際しては、本発明の抗原を免疫された複数匹の動物、たとえばマウスから抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2〜5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、本発明の抗原のモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。
【0047】
融合操作は既知の方法、例えばケーラーとミルスタインの方法(Nature、256巻、495頁、1975年)に従い実施できる。融合促進剤としては、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルスなどが挙げられ、好ましくはPEGなどが用いられる。骨髄腫細胞としてはたとえばNS−1、P3U1、SP2/0、AP−1などがあげられ、P3U1などが好ましく用いられる。用いられる抗体産生細胞(脾臓細胞)数と骨髄細胞数との好ましい比率は、通常1:1〜20:1程度であり、PEG(好ましくはPEG1000〜PEG6000)が10〜80%程度の濃度で添加され、通常20〜40℃、好ましくは30〜37℃で通常1〜10分間インキュベートすることにより効率よく細胞融合を実施できる。
【0048】
本発明の抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングには種々の方法が使用できるが、例えば本発明の抗原またはそれらの部分ペプチドを直接あるいは担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質や酵素などで標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAを加え、固相に結合した本発明のモノクローナル抗体を検出する方法、抗免疫グロブリン抗体 またはプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、放射性物質や酵素などで標識した本発明の抗原を加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法などが挙げられる。
【0049】
本発明のモノクローナル抗体のスクリーニング、培養は、通常HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加して、10〜20%牛胎児血清を含む動物細胞用培地(例、RPMI1640)で行われる。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、上記の抗血清中の本発明の抗体の抗体価の測定と同様にして測定できる。本発明の抗原に対するモノクローナル抗体の分離精製は、上記したポリクローナル抗体の分離精製と同様に行われる。
【0050】
以上のようにして、ハイブリドーマ細胞を動物の生体内または生体外で培養し、その体液または培養物から抗体を採取することによって、本発明の抗体を製造することができる。
【0051】
上記のようにして調製された本発明の抗体(ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体)は、本発明の抗原を感度良く検出することができる。
【0052】
次に、本発明の抗原の検出方法(免疫測定法)について詳細に説明する。
本発明の抗体を用いることにより、本発明の抗原の測定あるいは組織染色などによる検出を行うことができる。これらの目的には、抗体分子そのものを用いてもよく、また抗体分子のF(ab')2、Fab'またはFab画分などを用いてもよい。
【0053】
本発明の抗体を用いる検出方法は、特に制限されるものではなく、一般的に知られている免疫検出方法を用いることができる。
【0054】
また、本発明の抗原量を測定するには、被測定物中の抗原量に対応した抗体、抗原もしくは抗体−抗原複合体の量を化学的または物理的手段により検出し、これを既知量の抗原を含む標準液を用いて作製し算出する測定法であれば、いずれの測定法を用いることもできる。このような測定法としては、例えば、サンドイッチ法、競合法、イムノメトリック法、ネフロメトリーなどが用いられる。
【0055】
また、本発明の抗体を標識する場合には、特に限定されるものではないが、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、特に限定されるものではないが、例えば[125I]、[131I]、[3H]、[14C]などが好ましい。酵素としては、特に限定されるものではないが、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えばβ−ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが挙げられる。蛍光物質としては、特に限定されるものではないが、例えばフルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが挙げられる。発光物質としては、特に限定されるものではないが、例えばルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが挙げられる。さらに、抗体と標識剤との結合には、ビオチン−アビジン系の化合物を用いることができる。
【0056】
なお、個々の免疫学的測定法を本発明の検出方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて本発明の抗原の検出系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説などの文献を参照することができる。そのような文献としては、例えば、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、入江寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70(Immunochemical Techniques(Part A))、同書 Vol. 73(Immunochemical Techniques(Part B))、同書 Vol. 74(Immunochemical Techniques(Part C))、同書 Vol. 84(Immunochemical Techniques(Part D:Selected Immunoassays))、同書 Vol. 92(Immunochemical Techniques(Part E:Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、同書 Vol. 121(Immunochemical Techniques(Part I:Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
【0057】
なお本明細書において、アミノ酸等を略号で表示する場合、IUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclature による略号あるいは当該分野における慣用略号に基づくものであり、その例を下記する。また、アミノ酸に関し光学異性体があり得る場合は、特に明示しなければL体を示すものとする。
【0058】
アミノ酸については、GまたはGly:グリシン、AまたはAla:アラニン、VまたはVal:バリン、LまたはLeu:ロイシン、IまたはIle:イソロイシン、SまたはSer:セリン、TまたはThr:スレオニン、CまたはCys:システイン、MまたはMet:メチオニン、EまたはGlu:グルタミン酸、DまたはAsp:アスパラギン酸、KまたはLys:リジン、RまたはArg:アルギニン、HまたはHis:ヒスチジン、FまたはPhe:フェニルアラニン、YまたはTyr:チロシン、WまたはTrp:トリプトファン、PまたはPro:プロリン、NまたはAsn:アスパラギン、QまたはGln:グルタミンである。また、塩基については、Aまたはa:アデニン、Gまたはg:グアニン、Tまたはt:チミン、Cまたはc:シトシンである。
【0059】
また配列表の各配列番号は、以下の配列を表す。
[配列番号1] RT−PCRによって増幅された三種類のコムギHP1遺伝子のうちの一つ(コムギA)のcDNA配列。
[配列番号2] RT−PCRによって増幅された三種類のコムギHP1遺伝子のうちの一つ(コムギB)のcDNA配列。
[配列番号3] RT−PCRによって増幅された三種類のコムギHP1遺伝子のうちの一つ(コムギD)のcDNA配列。
[配列番号4] コムギAのHP1タンパク質のアミノ酸配列。
[配列番号5] コムギBのHP1タンパク質のアミノ酸配列。
[配列番号6] コムギDのHP1タンパク質のアミノ酸配列。
[配列番号7] 抗体を作製するための抗原決定部位としたアミノ酸配列(コムギDのHP1タンパク質の第81位〜第94位)。
[配列番号8] 抗体を作製するための抗原としたアミノ酸配列(配列番号7のアミノ酸のN末端にCysを付加したもの)。
[配列番号9] コムギBとコムギDのHP1遺伝子のcDNAをクローニングするために用いた一方側のプライマーの塩基配列。この塩基配列は、コムギESTデータベースをシロイヌナズナHP1様タンパク質配列で検索したときに抽出されたものの一つ(whe1g15:後述する)の塩基配列に基づいて設計された。
[配列番号10] コムギA、コムギB、及びコムギDのHP1遺伝子のcDNAをクローニングするために用いた他方側のプライマーの塩基配列。配列番号9と同様に、whe1g15の塩基配列に基づいて設計された。
[配列番号11] コムギAのHP1遺伝子のcDNAをクローニングするために用いた一方側のプライマーの塩基配列。この塩基配列は、上述の配列番号2(コムギBのHP1遺伝子のcDNA)のコーディング領域の5’末端部分の塩基配列を用いて設計された。
[配列番号12] コムギAのHP1遺伝子の発現解析のために、RT−PCRを行ったときの一方側のPCRプライマーの塩基配列。
[配列番号13] コムギAのHP1遺伝子の発現解析のために、RT−PCRを行ったときの他方側のPCRプライマーの塩基配列。
[配列番号14] コムギBのHP1遺伝子の発現解析のために、RT−PCRを行ったときの一方側のPCRプライマーの塩基配列。
[配列番号15] コムギB又はコムギDのHP1遺伝子の発現解析のために、RT−PCRを行ったときの他方側のPCRプライマーの塩基配列。
[配列番号16] コムギDのHP1遺伝子の発現解析のために、RT−PCRを行ったときの一方側のPCRプライマーの塩基配列。
[配列番号17] 大腸菌にコムギBのHP1タンパク質を発現させるために用いた一方側のPCRプライマーの塩基配列。この塩基配列は、配列番号2の5’末端領域に制限酵素BamHIの認識部位等を付加したものである。
[配列番号18] 大腸菌にコムギBのHP1タンパク質を発現させるために用いた他方側のPCRプライマーの塩基配列。この塩基配列は、配列番号2の3’末端領域に制限酵素XhoIの認識部位等を付加したものである。
【実施例】
【0060】
以下、図面を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
〔実施例1:コムギHP1遺伝子の探索結果と特性調査の結果〕
コムギESTライブラリー(Ogihara et al. 2003、The Plant Journal (2003)33,1001-1011)について、シロイヌナズナのHP1様配列(アクセションナンバー:AF387639)を用いて検索した。その結果、互いに配列の酷似した4個のESTクローン(whe1g15(アクセション番号:BJ232664、未熟種子由来)、whe15e17(BJ235123、未熟種子由来)、whyd16d05(BJ302625、幼穂由来)、whyf19a12(BJ315557、幼穂由来)がヒットした。
【0061】
これら4個の配列をアライメントした結果、推定される開始コドンと終止コドンを見出した。この間の全長を増幅するPCRプライマー(配列番号9〜配列番号11)を合成し、コムギHP1遺伝子の全翻訳領域を幼穂由来のcDNAからRT−PCRで増幅した。
【0062】
その結果、3種類の配列(配列番号1〜配列番号3)が得られた。図1には、コムギHP1タンパク質A(図中wHP1−A1)、B(図中wHP1−B1)、及びD(図中wHP1−D1)について、根、葉、及び幼穂を用いたRT−PCRによる発現解析結果を示した。なお、RT−PCRは、コムギAについては、配列番号12と配列番号13のプライマーセットを、コムギBについては、配列番号14と配列番号15のプライマーセットを、コムギDについては、配列番号16と配列番号15のプライマーセットをそれぞれ使用した。
【0063】
同図に示されるように、全ての組織において、3種類のHP1遺伝子が発現している(すなわち、HP1タンパク質が発現している)ことが確認された。
【0064】
これら3種類の配列のうち、HP1A及びBは1185塩基から、HP1Dは1191塩基からなり(配列番号1〜配列番号3)、それぞれ395アミノ酸もしくは397アミノ酸からなるタンパク質(配列番号4〜配列番号6)をコードしていた。これらのアミノ酸配列をシロイヌナズナ、トウモロコシのHP1様配列と比較した結果、図2に示すように、全長ではそれぞれ30%、58%であり、それほど高くない相同性しか示さなかった。一方、真核生物のHP1タンパク質で保存的なクロモドメインでは、それぞれ71%、88%、更にクロモシャドウドメインではそれぞれ68%、84%という高い相同性を示した。
【0065】
なお、図には示さないものの、パンコムギはA、B及びDの3つのゲノムから構成される6倍体植物であるが、上記3種類の配列が7群染色体に座乗する同祖遺伝子であることが明らかになった。
【0066】
〔実施例2:抗コムギHP1タンパク質抗体の作製〕
上記コムギHP1タンパク質のアミノ酸配列に基づいて、下記のようにしてペプチド抗体を作製した。具体的には、3種のコムギHP1タンパク質アミノ酸配列を整列し、さらに既報のショウジョウバエ、ヒトなどのHP1と比較して、HP1タンパク質に保存的なクロモドメインと呼ばれる保存領域を推定した(図2中の囲み「Chromo domain」を参照)。また、それとは独立に、アミノ酸配列から抗原性を予測した。
【0067】
その結果、クロモドメイン内に存在し、かつ抗原性が高いと予測されたN末より81番目から始まる14アミノ酸配列KLAEGFYEIETIRR(配列番号7:HP1−Antigen)を抗原ペプチドとした。実際には、キャリアタンパク質とコンジュゲートするためN末にCysを付加した15個のアミノ酸CKLAEGFYEIETIRRからなるペプチド(配列番号8:HP1−AntigenP)を合成した。合成後のペプチドの分子量は質量分析計で確認され、分子量1828.29に大きなピークがあることが分かった。また、合成の純度については、HPLCで60.5%であることが示された。
【0068】
この抗原ペプチドをHPLC精製することなく、KLH(keyhole limpet hemocyanin)にMBS(m-maleimidobenzoyl-N-hydroxysuccinimide ester)法でコンジュゲートし、雌の家兎ニュージーランドホワイト2羽に対して、皮下注射により免疫した。なお、後の力価評価のため、免疫前のウサギの血清を採取した。初回免疫時にはアジュバントとしてFCA(Freund's complete adjuvant)を用い、2回目以降はFICA(Freund's incomplete adjuvant)を用いた。免疫は初回免疫から2週間おきに4回の追加免疫を行った。2回目の追加免疫から8日後に一次血清を採取し、3回目の追加免疫から10日後に二次血清を採取した。さらに、4回目の追加免疫の2週間後に全採血した。全採血の血清はさらに抗原ペプチドと結合したアガロースビーズを充填したカラムを通しアフィニティー精製した。精製後の抗体は濃縮、透析した。
【0069】
〔実施例3:抗体の評価〕
実施例2で作製した抗体が、コムギのHP1タンパク質と特異的に結合するか否かをウエスタンブロッティング法で評価した。具体的なプロトコールは、以下のとおりである。
【0070】
(1)植物体(根)からのタンパク質の調製
発芽種子からのコムギの根(約1cm〜約1.5cm)を切り取り、ブロモフェノールブルー・1M Tris(pH6.8)62.5μL、βメルカプトエタノール50μL、滅菌水275μLを加えて、磨砕した。さらに、10%SDSを200μL加え、94℃で5分間加熱した。室温まで冷却した後、尿素0.48gを加え、25℃で1時間静置した。
【0071】
(2)大腸菌発現タンパク
コムギ幼穂cDNAを鋳型にしてRT−PCR法を行い、コーディング領域全長を増幅した。PCRプライマーセットとして、配列番号17及び配列番号18に示すものを用いた。これらのプライマーは、コムギHP1遺伝子配列にクローニングのための制限酵素部位(BamHIまたはXhoI)を付加したものである。PCR産物を制限酵素処理し、両末端に粘着末端を生じさせた。これを、pET系発現ベクター(pET21a, Novagen)にT4リガーゼで接続した。プラスミドベクターを大腸菌株DH5αに導入し、LB培地上でコロニーを形成させた。コロニーPCR法によりHP1遺伝子断片を持つプラスミドの入った菌を確認し、小規模培養してプラスミドDNAを抽出した。
【0072】
このクローンに関して、挿入断片の塩基配列を決定し、遺伝子の読み枠が保たれていて、操作による突然変異の無いことを確認した。プラスミドを発現用コンピテント細胞(RosettaDE3, Novagen)に再度トランスフォーメーションした。コロニーPCR法によりプラスミドの存在を確認したのち、液体培地で培養し1mMのIPTGで導入遺伝子の発現誘導をした。培養液に等量のクラッキング緩衝液(62.5 mM Tris-HCl, 2% SDS, 5% β-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.01% BPB)を加え、菌体を破壊した。10分間煮沸した後、室温に戻し、SDS−PAGEのサンプルとした。
【0073】
(3)ウエスタンブロット
10%ポリアクリルアミドゲルでSDS−PAGEを行った。電気泳動後、セミドライブロッティング装置(BioRad)で、PVDFメンブレンに転写した後、直ちに3%スキムミルクで30分間ブロッキングした。TTBS緩衝液で200倍に希釈したアフィニティー精製済みの一次抗体(抗コムギHP1タンパク質抗体)液中で室温2時間インキュベートし、洗浄後、TTBS緩衝液で5000倍希釈した二次抗体(アルカリフホスファターゼ結合抗ウサギIgG抗体)で1時間室温でインキュベートした。発色反応によるアルカリフホスファターゼの検出はAP conjugate substrate kit(BioRad)を用いた。
【0074】
(4)結果
大腸菌発現タンパク質のウエスタンブロッティング試験を行った結果を図3に示した。図3のうち、左の二つのレーンは、分子量マーカとパンコムギ根端からの未精製抽出タンパク質を用いた結果を示すものである。
【0075】
同図より、抗コムギHP1タンパク質抗体が、大腸菌で発現させたコムギHP1タンパク質と特異的に反応することが示された(図中1、2レーン)。また、パンコムギ根端からの未精製抽出タンパク質中に明瞭な一本のバンドを得た。アミノ酸配列から推定されるコムギHP1タンパク質の分子量は45kDaであるが、植物体からの抽出物に見られるバンドの大きさは約50kDaであった。これは、コムギ生体内でHP1タンパク質が何らかの修飾を受けているためであると考えられた。
【0076】
〔実施例4:間接蛍光抗体法によるコムギHP1タンパク質の細胞内局在解析〕
(1)間接蛍光抗体法
発芽種子から伸びた根を約1cm切り取り、体細胞分裂中期の染色体の割合を増加させるため0.05%コルヒチンで8時間処理した後、4%パラホルムアルデヒドを含むPMEG緩衝液(50 mM PIPES (pH6.9), 5 mM MgSO4, 5 mM EGTA (pH6.9))で30分間インキュベートすることにより固定した。PMEG緩衝液で洗浄後、根端分裂組織を2.5%セルラーゼ、2.5%ぺクトリアーゼを含むPMEG緩衝液中に37℃で45分インキュベートして細胞壁を部分消化した。根端分裂組織をスライドガラス上に取り、カバーガラスをかけて押しつぶしプレパラートを作成した。−70℃の冷凍庫で急速冷凍して、カバーガラスを剥がし、70%と99%のエタノールシリーズを通すことにより脱水した。3%BSAを含むPMEG緩衝液に100倍希釈した一次抗体(抗コムギHP1タンパク質抗体)をスライドに滴下し、4℃で12時間湿室中でインキュベートした。15分間PMEG緩衝液で洗浄した後、3%BSAを含むPMEG緩衝液で200倍に希釈した二次抗体(Alexa fluor 488-conjugated anti-mouse IgG、Molecular Probe)液で室温で3時間インキュベートした。染色体の対比染色のためPIを含む抗退色液でマウントし、共焦点レーザー顕微鏡(Fluoview FV500 (Olympus))で観察した。
【0077】
(2)結果
間接蛍光抗体法による細胞内局在を調査した結果を図4〜図7に示した。これらの図より、HP1タンパク質は、核内に局在することが明らかとなった。
【0078】
6倍体であるパンコムギでは、図4に示すように、染色体全体に弱いシグナルが観察された。パンコムギ(2n=6x=42、ゲノム式AABBDD)の祖先ゲノムを持つ一粒系コムギ(Triticum monococcum 2n=2x=14、ゲノム式AA:図5を参照)、クサビコムギ(Aegilops speltoides 2n=2x=14、ゲノム式SS:図には示さず)では主に染色体の動原体領域に強いシグナルが観察された。
【0079】
以上の結果は、抗コムギHP1タンパク質抗体が、HP1タンパク質の検出に有用であることを示している。また、抗コムギHP1タンパク質抗体が、倍数化進化に伴う染色体のヘテロクロマチン構造の変化の研究に役立つことを示している。さらに、コムギと近縁なオオムギ(Hordeum vulgare 2n=2x=14、ゲノム式HH:図6を参照)、ライムギ(Secale sereale 2n=2x=14、ゲノム式RR:図7を参照)においても、動原体領域に強いシグナルが観察された。よって、本抗体はイネ科コムギ連植物の2倍体における良い動原体マーカーとなることが示された。上述の植物は、すべて単子葉植物である。本抗体の汎用性を確かめるため、双子葉植物のモデル植物であるシロイヌナズナを材料に間接蛍光抗体法を行った。間期核の観察によれば、本抗体はDNA染色液で濃染されるヘテロクロマチン領域を中心に核全体にシグナルが存在した。
【0080】
(3)実施例に基づく考察
HP1タンパク質に対する抗体は、ヒトやマウスなどの高等脊椎動物やショウジョウバエのアミノ酸配列に基づいて作製され、市販されている。しかしながら、これらの市販抗体は、植物のHP1タンパク質を有効に検出できない。前述の通り、植物においてHP1タンパク質を細胞学的に検出したのはシロイヌナズナにおける形質転換植物の例のみであった(Toshihisa Kotake et al. Plant Cell Physiol. 2003 44: 555-564)。コムギなど、形質転換の非常に困難な植物では、この先例に倣ってHP1タンパク質を検出することは多大な労力と時間を要するため事実上不可能と考えられる。
【0081】
本発明者が開発した抗コムギHP1タンパク質抗体は、遺伝子組み換え技術を必要としないため、大幅な時間の短縮と汎用性を期待できる。汎用性に関しては、抗原部位のアミノ酸配列の比較により、抗原として用いた14アミノ酸の配列のうち、コムギ−トウモロコシ間で11アミノ酸が同一、コムギ−シロイヌナズナ間で12アミノ酸が同一であることが分かった。シロイヌナズナが分類学上コムギから遠位にあるにもかかわらず、抗原部位が保存的であり、かつ抗コムギHP1タンパク質抗体を用いて、HP1様タンパク質が検出できていることをあわせて考えると、植物界の広範な生物のHP1タンパク質の検出が可能であるといえる。
【0082】
HP1タンパク質は、ヘテロクロマチン領域に存在するタンパク質であることが知られている。本発明者が作製した抗コムギHP1タンパク質抗体の直接的な開発の効果としては、植物のヘテロクロマチン研究への貢献が考えられる。更に、HP1はヒストンH3のN末から9番目のリジンのメチル化やDNAのメチル化を介して、エピジェネティックな遺伝子発現調節に関与していると考えられている。エピジェネティックな遺伝子発現調節は、植物とくにシロイヌナズナにおいて精力的に研究が進行中である。しかし、これまでこの現象について、いかにHP1が関与しているかは植物では解析できなかった。本発明者が開発した抗体は、HP1に結合するタンパク質群の解析などによってエピジェネティクス研究にも貢献できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0083】
以上のように、本発明は抗HP1抗体に関するものであり、リサーチツール、とりわけ植物のヘテロクロマチン研究における研究材料として有用であり、また、エピジェネティクス研究においても利用可能であるなど産業上種々の利用可能性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】コムギHP1タンパク質A、B及びDの発現が見られるか否かを根、葉、及び幼穂を用いて、RT−PCR法を行った結果を示す図である。プライマーの組合せは、Aでは配列番号12及び13、Bでは配列番号14及び15、Dでは配列番号15及び16である。
【図2】コムギA、B、D、トウモロコシ、及びシロイヌナズナの5種類のHP1タンパク質のアミノ酸配列を比較した結果を示す図である。
【図3】抗コムギHP1タンパク質抗体を用いてウエスタンブロッティング試験を行った結果を示す図である。左の2レーンは、分子量マーカとパンコムギ根端からの未精製抽出タンパク質を用いたものである。また、右の5レーンは、左から分子量マーカ、1:HP1インサートプラスミド(IPTGなし)、2:HP1インサートプラスミド(IPTG添加)、3:ベクターのみ(IPTGなし)、4:ベクターのみ(IPTG添加)を示す。
【図4】パンコムギを用いた間接蛍光抗体法によるHP1タンパク質の細胞内局在試験の結果を示す図である。左図は染色体を、中央図は抗コムギHP1タンパク質抗体による検出結果を、右図は左図と中央図を重ね合わせた画像を示す(図5〜図7においても同じ)。
【図5】一粒系コムギを用いた間接蛍光抗体法によるHP1タンパク質の細胞内局在試験の結果を示す図である。
【図6】オオムギを用いた間接蛍光抗体法によるHP1タンパク質の細胞内局在試験の結果を示す図である。
【図7】ライムギを用いた間接蛍光抗体法によるHP1タンパク質の細胞内局在試験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号4〜6のいずれかに記載のアミノ酸配列を有するHP1タンパク質を特異的に認識することを特徴とする抗体。
【請求項2】
抗体の認識部位が、配列番号6の第79位〜第137位のクロモドメイン(Chromo Domain)、または第332位〜第397位のクロモシャドウドメイン(Chromo Shadow Domain)のアミノ酸配列のうちの一部または全部のペプチドであることを特徴とする請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
抗体の認識部位が、配列番号6の第81位〜第94位のアミノ酸配列を有するポリペプチドまたはそのC末端側の部分ペプチドであることを特徴とする請求項1に記載の抗体。
【請求項4】
前記抗体がポリクローナル抗体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項5】
前記ポリクローナル抗体がウサギによって生産されたものであることを特徴とする請求項4に記載の抗体。
【請求項6】
前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項7】
前記抗体が標識化されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の抗体を用いて、植物のHP1タンパク質を検出することを特徴とする検出方法。


【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−69907(P2006−69907A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−251763(P2004−251763)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】