説明

コンクリート系構造物の品質診断方法

【課題】設定値の精度等に左右されず、診断の確実性が高く、既存の診断方法では適用が困難であった対象に対しても適用可能となるコンクリート系構造物の品質診断方法を提供する。
【解決手段】加振力の時間特性波形と、音圧応答の時間特性波形とを比較し診断する方法であって、加振力の正符号を、前記打撃手段の打撃接触面に圧縮力が働く方向とし、音圧応答の正符号を、静止圧より高い圧力の方向とした場合に、被測定対象7に加振力が働いている間又はこれの後続過程において、音圧応答の絶対値が、受音系システムに暗騒音以上の音圧を感知したか否かを区別する閾値である規定値を初めて超えたとき、その符号の正負を観察し、該音圧応答の符号が正であること、被測定対象に加振力が働いている間において、加振周波数以上の高周波数成分が、音圧応答に表れること、のうち、少なくとも1つの現象が観察された場合に、被測定対象7に異常があると診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート系構造物の品質診断方法に関し、詳しくは、コンクリート系構造物の健全部と、表層部の剥離、ひび割れ、あるいはコンクリート打設時の型枠への充填不足による空洞などが発生している異常部の判別・診断を、外部から非破壊検査で行うことができるコンクリート系構造物の品質診断方法に関する。
【0002】
コンクリート系構造物の表層部の剥離、ひび割れ、更にはコンクリート打設時の型枠への充填不足による空洞の有無などを、打音によって診断する方法は、従来から多くの提案がされており、本出願人も、例えば、特許文献1〜2に示すように複数の提案をしている。
【0003】
本出願人による先提案技術を含めて、多数提案されている従来技術は、いずれも、ハンマー等による構造物表面への打撃音を、人の聴覚によって感覚的に判断していた旧来の方法に替えて、各種センサー等の測定器を用いて解析することで、感覚に頼らずに且つ熟練を必要とすることなく定量的に判別できるようにすることを目的としたものである。
【0004】
本出願人は、当該技術について更に研究を続けたところ、人の聴覚によって構造物の品質種別を判別する旧来の方法は打撃音の音色を聞き分けることで判別していることが判り、測定器による解析によって構造物の品質種別を判別する従来技術は、打撃音の音の大きさによって判別している方法と、音色に相当する量によって判別している方法とに分類されることが判った。
【0005】
特許文献1に記載の技術は、打撃音の音圧の大きさによって構造物の品質種別を判別する方法であり、コンクリート表面を打撃手段により打撃して振動を生じさせ、この打撃位置から離れた位置に配置したマイクロホンにより、コンクリート中を伝搬し空気中に放射された音(打撃音)を採取して電気信号に変換し、この信号を解析することによりコンクリートの健全度を判定する方法において、打撃入力値の時間変化が既知となるハンマーを用いて打撃を行い、この打撃入力の既知量とコンクリート中を伝搬し空気中に放射された音(打撃音)とを解析することにより、コンクリート健全度を判定することを特徴とするコンクリート健全度判定方法である。
【0006】
特許文献2に記載の技術は、打撃音の音色に相当する量によって構造物の品質種別を判別する方法であり、被測定対象の構造物に、衝撃を加えることで得られる応答信号を加えた衝撃力の大きさで除することで得られた規準化応答を用いる方法であり、規準化応答の後期応答乃至は全時間応答を用い、信号集合の各信号に対して1/Nオクターブバンド分析したレベル値から、健全部のデータ集合と異常部のデータ集合を教師信号とする各周波数バンドにおける品質種別毎の平均値μ1、μ2と標準偏差σ1、σ2を求め、各バンドにおける品質種別間の規準化距離δを特定の式(1)で求め、得られた各規準化距離δの値の内、値が大であるものから任意の個数の値を抽出し、抽出した値から構造物の各部位における品質種別を判別できるものである。
【0007】
しかし、これらの診断方法では、あらかじめ健全部と異常部などのカテゴリー別の対応パラメータを定義し、その弁別境界値をセットするプロセスを要する。また、この設定値の精度如何により、あるいは、選択したパラメータが何であるかにより、診断精度が大きく左右され、適用できる問題の範囲が限定されるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−311724
【特許文献2】特開2010−060286
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明の課題は、剥離等の異常部に生じる現象として必ず観測される定性的な現象に着目し、前記の設定値の精度や選択したパラメータに左右されず、診断の確実性が高く、既存の診断方法では適用が困難であった対象に対しても適用可能となるコンクリート系構造物の品質診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記本発明の課題は下記の手段により達成される。
1.被測定対象であるコンクリート系構造物に、インパクトハンマーの如き任意の打撃手段により打撃を与え、該打撃手段から得られる加振力と、打撃箇所に近接した位置に設置された受音系システムの受音手段により得られる音圧応答とを計測することによって、コンクリート系構造物の品質を診断する方法において、
前記加振力の時間特性波形と、前記音圧応答の時間特性波形とを比較することにより診断する方法であって、
加振力の正符号を、前記打撃手段の打撃接触面に圧縮力が働く方向とし、音圧応答の正符号を、静止圧より高い圧力の方向とした場合に、
(A−1)被測定対象に加振力が働いている間又はこれの後続過程において、音圧応答の絶対値が、受音系システムに暗騒音以上の音圧を感知したか否かを区別する閾値である規定値を初めて超えたとき、その符号の正負を観察し、該音圧応答の符号が正であること、
(A−2)被測定対象に加振力が働いている間において、加振周波数以上の高周波数成分が、音圧応答に表れること、
のうち、上記(A−1)、(A−2)の少なくとも1つの現象が観察された場合に、前記被測定対象に異常があると診断することを特徴とするコンクリート系構造物の品質診断方法。
【0011】
2.加振力と音圧応答の時間特性波形が、加振力の最大値と、加振力が働いている間における音圧応答の負の最大値で規準化されていることを特徴とする前記1に記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。
【0012】
3.(B−1)加振力の時間特性波形が、正弦半波形状をし、音圧応答の時間特性波形が、前記加振力の時間特性を示す波形の符号を反転したような正弦半波形状をしていること、
(B−2)音圧応答の時間特性波形における負の最大値が生じる時刻が、加振力の時間特性波形における最大値が生じる時刻よりも遅れて生じること、
(B−3)音圧応答の時間特性波形の最初の立ち上がりが、加振力の時間特性波形の最初の立ち上がりよりも遅れて生じること、
のうち、上記(B−1)〜(B−3)の少なくとも1つの現象が観察された場合に、被測定対象が健全であると診断することを特徴とする前記1又は2に記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。
【0013】
4.前記1〜3のいずれかに記載のコンクリート系構造物の品質診断方法により診断された被測定対象の異常が、
(C−1)コンクリート系構造物の一部が剥離した状態、
(C−2)コンクリート系構造物の内部に空洞が存在する状態、
(C−3)コンクリート系構造物の内部あるいは内部から外部につながるひび割れが存在する状態、
(C−4)コンクリートの打設時の型枠への充填不足による空洞が存在する状態、
(C−5)コンクリート系構造物の母材に対して他の比較的薄い材料が、(1)規定の接着状態ではなく、剥離的特性を有している状態、及び/又は(2)ひび割れや空洞などを有する状態、
のうち、上記(C−1)〜(C−5)の少なくとも1つの状態であることを特徴とする前記1〜3のいずれかに記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。
【発明の効果】
【0014】
前記1に示す発明によれば、判別のためのパラメータの事前調整のようなプロセスを必要とせず、複数のパラメータを動員して判別することが可能であり、診断の確実性が高く、既存の診断方法では適用が困難であった対象に対しても適用が可能なコンクリート系構造物の品質診断方法を提供することができる。
また、従来の診断方法とは異なる独立の情報に基づく方法であり、従来の診断方法と併用して使用することができ、それにより品質診断の精度を高めることができる。更に、独立の情報に基づく方法であることから、従来の診断方法では検出できなかった現象の判別も可能となり得る。
【0015】
前記2に示す発明によれば、加振力の最大値と、加振力が働いている間における音圧応答の負の最大値を規準化することにより、加振力の時間特性波形と、音圧応答の時間特性波形との比較が容易になり、診断の容易性も向上することになる。
【0016】
前記3に示す発明によれば、被測定対象の異常部のみならず、健全部も判別・診断することができ、診断の正確性が向上することになる。
【0017】
前記4に示す発明によれば、被測定対象に、いずれかの異常がある、と分かる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明にかかるコンクリート系構造物の品質診断方法に用いられる測定手段構成の一例を示す概略構成図
【図2】健全部を打撃した場合における被測定対象の変化を説明する概略説明図
【図3】空洞・剥離等の異常部を打撃した場合における被測定対象の変化を説明する概略説明図
【図4】ひび割れ等の異常部を打撃した場合における被測定対象の変化を説明する概略説明図
【図5】健全部の特徴を示す波形グラフ
【図6】異常部(初期音圧応答における正の微小ピークの存在)の特徴を示す波形グラフ
【図7】異常部(加振周波数以上の高周波数成分の卓越あるいは2次発生振動に基づく高周波数成分の存在)の特徴を示す波形グラフ
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係るコンクリート系構造物の品質診断方法は、被測定対象をコンクリートを全部又は一部に使用した建築物やトンネル等の構造物とし、インパクトハンマー等の打撃手段により被測定対象であるコンクリート系構造物に与えた加振力と、打撃箇所に近接した位置に設置されたマイクロホン等の受音系システムの受音手段により得られる音圧応答とを測定し、それぞれの時間特性波形(いわゆる「時間波形」)を観察することによって、健全部と異常部を判別し、コンクリート系構造物の品質を診断する方法である。
【0020】
「加振力」とは、圧電素子などを用いた力センサー(フォースセンサー)を用いて計測される力の単位を持つ物理量で、対象に加えられた力の大きさを出力するように調整された計測器(例えば、インパクトハンマー等。)によって計測することができるものである。
【0021】
「音圧応答」とは、打撃によって、被測定対象に生じた振動が、空気中に放射されて音(空気振動、粗密波)となったものを、マイクロホン等の音圧センサーで捉えたものをいう。
【0022】
本発明において、「コンクリート系構造物」とは、コンクリートに限定されず、建築構造・土木構造あるいはこれらの部品として使われる幅広い材料を含み、例えば、レンガ、アスファルト、金属、石材、木材、その他多様な人造材料などがあり、本発明はこれらを材料とする構造物にも適用できる。
【0023】
先ず、本発明に係るコンクリート系構造物の品質診断方法に用いられる、測定手段の構成の一例を説明する。
本発明にかかるコンクリート系構造物の品質診断方法に用いられる測定手段構成の一例を示す概略構成図を、図1に示す。測定に際して必要な構成は、打撃手段1、加振力検出器・アンプ2、受音手段3、音圧検出器・アンプ4、AD変換器5、コンピュータ6である。
【0024】
打撃手段1としては、この種の打音検査技術分野において用いられる公知公用の手段であって、概ね一定の条件での衝撃を付与する手段を特別の制限無く用いることができ、例えば、好ましい打撃手段としては、衝撃波が得られるような概ね一定の加振力で、構造物表面に対して打撃を加えることができるインパクトハンマーによる打撃を挙げることができる。
ここに言うインパクトハンマーとは、打撃入力値の時間変化が既知となるように、圧電素子などを用いたセンサー(フォースセンサー)を内蔵したハンマーを指す。即ち、図1に示す打撃手段1と加振力検出器・アンプ2の機能を併せ持つハンマーである。
【0025】
また、受音手段3としては、この種の打音検査技術分野において用いられる公知公用の手段を用いることができる。例えば、前記打撃手段によって打撃を付与された衝撃点(例えば、インパクトハンマーの打撃点)に近接した位置で、被測定対象であるコンクリート系構造物自体を伝播した伝播打撃音(振動)を空気振動として採取するマイクロホン31と、該マイクロホンを内装すると共に、受音方向が解放されているフード部材32とで構成された受音手段3を用い、コンクリート系構造物表面に近接ないし密接した状態での測定を行う構成を挙げることができる。
【0026】
尚、フード付きマイクのフード部材32は、ハンマーで加振した位置の点的な局部的な変形から発生する音よりも、同変形が被診断部材に伝搬して、被診断部材の構造的特徴を反映した振動となった後の音の放射を、より効率的に捉えるように工夫されたもので、例えば、特開2001−311724号公報に述べられた効果を期待できる。
【0027】
打撃手段1と加振力検出器・アンプ2から得られた加振力と、受音手段3と音圧検出器・アンプ4から得られた音圧応答とを、AD変換器5を介してデジタル信号に変換し、コンピュータ6において、該加振力と音圧応答の測定データを時間特性波形として表示することができる。
本発明に係るコンクリート系構造物の品質診断方法は、上記のようにして得られた加振力と音圧応答の時間特性波形とを比較することによって、被測定対象であるコンクリート系構造物の品質を診断する方法である。
【0028】
各時間特性波形において、加振力の正符号は、ハンマーの打撃接触面に圧縮力が働く方向、音圧応答の正符号は、静止圧(大気圧、基準圧)より高い圧力の方向であり、健全部を加振した場合は、加振の正弦半波が正に、近傍のマイクロホンの音圧応答が負に観察されることになる。
また、加振力と音圧応答の時間特性波形を、加振力の最大値と、加振力が働いている間における音圧応答の負の最大値で規準化することが好ましい。即ち、加振力については、得られた加振力を加振力の最大値で除することにより得られる値を、音圧応答については、得られた音圧応答を被測定対象に加振力が働いている間における音圧応答の負の最大値で除することにより得られる値を、それぞれ縦軸として表示した時間特性波形とすることが好ましい。
【0029】
次に、上記構成により得られた加振力と音圧応答の時間特性波形を比較し、被測定対象であるコンクリート系構造物の品質を診断する具体的方法について説明する。
【0030】
一般に、コンクリート系構造物の健全部は、インパクトハンマーなどの加振力に対して、母材と一体となった振動応答特性を有する。即ち、入力の力Fと、振動応答の速度Vとの比が、駆動点インピーダンスZに相当する量となる。
Z=F/V
【0031】
これに対し、コンクリート系構造物の異常部の特徴は、剥離やひび割れ等が存在することによって、微小に振動することが可能な部位(以下、「微小部材」ともいう。)が存在し、そのことによって、健全な場合と同様のインパクトハンマーによる加振を与えた場合でも、母材の上記した振動応答特性とは異なった特別な小部材独自の振動応答特性を有する。
【0032】
本発明は、この小部材独自の振動応答特性などに着目することで、異常部の有無を判別し、被測定対象の品質を診断する方法に関するものである。
【0033】
先ずは、加振力と音圧応答の時間特性波形の比較における、健全部の特徴について説明する。
先に説明した測定手段により、加振力と音圧応答とを測定し、これらの測定値から、加振力波形と音圧応答波形を得たが、加振力波形と音圧応答波形とを比較した観察において、以下に掲げる特徴のうち、いずれかの特徴がある場合に、被測定対象であるコンクリート系構造物は、健全であると判断することができる。
【0034】
(B−1)加振力の時間特性波形が、正弦半波形状をし、音圧応答の時間特性波形が、前記加振力の時間特性を示す波形の符号を反転したような正弦半波形状をしていること。
(B−2)音圧応答の時間特性波形における負の最大値が生じる時刻が、加振力の時間特性波形における最大値が生じる時刻よりも遅れて生じること。
(B−3)音圧応答の時間特性波形の最初の立ち上がりが、加振力の時間特性波形の最初の立ち上がりよりも遅れて生じること。
【0035】
また、本発明には含まれないが、「加振時間以降の音圧応答の絶対値が、音圧応答の負の最大値(絶対値)を大きく超えないこと」も健全部を判定する目安として参考とすることができる。
【0036】
続いて、加振力と音圧応答の時間特性波形の比較における、異常部の特徴について説明する。
【0037】
尚、本発明における異常部とは、被測定対象であるコンクリート系構造物のおける剥離などが生じた部分を指し、剥離などとは、以下のような現象を示す。
(C−1)構造物の一部が剥離した状態(表面付近の材料が中心部付近の部材との間に隙間が生じた状態)。
(C−2)コンクリート系構造物の内部に空洞が存在する状態。
(C−3)コンクリート系構造物の内部あるいは内部から外部につながるひび割れが存在する状態。
(C−4)コンクリートの打設時の型枠への充填不足による空洞が存在する状態。
(C−5)コンクリート系構造物の母材に対して他の比較的薄い材料が、(1)規定の接着状態ではなく、剥離的特性を有している状態、及び/又は(2)ひび割れや空洞などを有する状態。
【0038】
先に説明した測定手段により、加振力と音圧応答とを測定し、これらの測定値から、加振力波形と音圧応答波形を得たが、加振力波形と音圧応答波形とを比較した観察において、次に掲げる(A−1)又は(A−2)の特徴がある場合に、被測定対象であるコンクリート系構造物に、剥離などの異常があると判断することができる。
【0039】
(A−1)初期音圧応答における正の微小ピークの存在。
被測定対象に加振力が働いている間又はこれの後続過程において、音圧応答の絶対値が、受音系システムに暗騒音以上の音圧を感知したか否かを区別する閾値である規定値を初めて超えたとき、その符号の正負を観察し、該音圧応答の符号が正である場合は、被測定対象に異常があると診断することができる。
【0040】
上記(A−1)に記載のとおり、被測定対象に剥離などの異常部が存在する場合に、音圧応答における微小な正のピークが観察される。これは、健全部において観察される負の応答とは、反対符号の音圧である。このような音圧が生じるのは、被測定対象に剥離などの異常部があることにより、反対方向に運動し得る微細な独立的部位が存在するためであり、密実・均質部材でないもの、即ち剥離的な部位の存在を示すものである。
【0041】
初期応答にかかる正の微小ピークが生じる理由としては、図3又は図4に示すように、加振点に対して受音点(受音手段であるマイクロホン等が設置されている位置)が離れていることにより、加振方向と反対方向の変位が生じるためであると考えられる。このような反対方向の変位が生じるためには、剥離やひび割れ等が存在することによって微小な部位が存在する必要があり、密実で均質な広い部材がある場合には生じないと考えられる。従って、初期音圧応答に正の微小ピークが観察されることは、剥離のような部位が存在していることと等価といえる。
尚、健全部においては、被測定対象に剥離やひび割れといった異常部がないことから、密実で均質な広い部材であるため、図2に示すように、加振方向と反対方向の変位は生じないものと考えられる。
【0042】
上記(A−1)による被測定対象の異常部の診断方法は、被測定対象に加振力が働いている間又はこれの後続過程において、音圧応答の絶対値が、初めて規定値を超えたとき、その符号が正であるか負であるかを判別すればよく、非常に簡単な診断方法であるといえる。
【0043】
前記規定値とは、受音系システムに暗騒音以上の音圧を感知したか否かを区別する閾値を指し示し、受音系システム固有の値であるため、一度この値を設定すれば、その他のパラメータ等の事前調整を必要としない。
【0044】
(A−2)加振周波数以上の高周波数成分の卓越あるいは2次発生振動に基づく高周波数
成分の存在。
被測定対象に加振力が働いている間において、加振周波数以上の高周波数成分が、音圧応答に表れる場合は、被測定対象に異常があると診断することができる。
【0045】
上記(A−2)に記載のとおり、被測定対象に剥離などの異常部がある場合には、この剥離などにより微小な部材が存在することになり、加振によりこの微小な部材の振動が励起されるため、打撃手段による最大加振周波数以上の高周波数成分の音圧応答が生じるものと考えられる。均質で大きな部材(剥離などがない部材)では、加振周波数以上の音圧応答は、原理上生じないと考えられる。剥離などの存在により、被測定対象の部材サイズが小さくなり、加振以外の剥離部位と母材との衝突などで、高周波数域にまで及ぶ加振力が生じ、境界から反射波の影響が現れるなどの理由により、音圧応答に高周波数成分が生じるものと考えられる。音圧応答の高周波数成分は、加振時間内の音圧応答の時間特性波形において、激しい振動、即ち何度も正・負、増・減を繰り返す振動となって観察される。
【0046】
上記(A−2)による被測定対象の異常部の診断方法について詳述する。
健全部では、被測定対象に加振力が働いている間(加振過程)に、音圧応答の正負符号の反転、あるいは、音圧応答の微分(微分波)の頻繁な符号反転は生じない。従って、被測定対象に異常部が存在するか否かの判断は、加振過程における音圧の周波数分析から、高周波数成分を検出する、加振過程における音圧の正負の発生があるか否かの判別、微分波の符号反転が規定値以上に頻繁に生じているかといった判別により可能である。
【0047】
加振力の時間特性波形と、音圧応答の時間特性波形との比較において、上記(A−1)又は(A−2)の特徴がある場合に、被測定対象であるコンクリート系構造物に、剥離等の異常があると判断することができる本発明は、既存の品質診断方法とは全く独立な情報に基づく方法であるため、前記特許文献1及び2その他の既存の方法と併用して、診断精度を向上させることができ、更に、既存の方法では診断・判別できなかった判別が可能となるといった有意な効果がある。
【0048】
また、周波数重心や、周波数特性の一部を定量化したパラメータのような、目的を限定して診断パラメータを設定する診断方法ではなく、被測定対象に特定の現象が生じているか否かを観察する方法であり、現象の有無を判断する判断基準を複数セットすることも可能であり、これにより、診断の精度・確実性を向上することができるという有意な効果もある。
【0049】
本発明に係るコンクリート系構造物の品質診断方法は、加振力の時間特性波形と、音圧応答の時間特性波形との比較によって行うものであるが、これらの波形について、1回乃至それ以上の微分処理を施した波形を観察・比較することによって、コンクリート系構造物の品質診断を行うことも考えられる。
【実施例】
【0050】
本発明に係るコンクリート系構造物の品質診断方法を使用して、コンクリート系構造物の品質診断を行った実施例について、以下に記載する。
加振力と音圧応答を得る手段としては、前記のとおり、被測定対象であるコンクリート系構造物に対して、インパクトハンマーにより打撃を与え、その加振力を測定し、打撃箇所に近接した位置に設置された受音手段(マイクロホンとフード部材の組み合わせ)により、音圧応答を測定する方法を使用した。被測定対象は、コンクリート製の建築物である。
【0051】
上記の方法を使用することによって得られた加振力と音圧応答とを、規準化し、時間特
性波形として表示したものを図5〜7に示す。図5〜7における縦軸は、加振力又は音圧応答を規準化した値、横軸は、時間(msec.)を示す。
【0052】
図5に示される6つの波形グラフは、すべて健全部の特徴を示す波形である。
尚、波形グラフは、前記の方法により規準化してある。
尚また、先に、本発明者らは、特開2010−060286(以下、「先提案」という。)で、音圧応答が、振動面の振動速度に比例するから、音圧応答を測定することが振動面の振動速度を測定することと等価・近似であることに言及しており、この先提案も、振動速度でなく、振動加速度を用いた場合にも使え、加速度で測定した場合にも同様に使えることを示した。そして、本発明においても、振動速度に相当する値を音圧で計測しているのは同じなので、フード付きマイクロホンを用いた測定と、被診断面に振動センサーをつけて行った測定とは等価であると考えてよく、従って、フード付きマイクだけでなく被診断面にピックアップをつけて行った振動測定でも、同じ結果を得ることができる。
【0053】
上記したとおり、
(B−1)加振力の時間特性波形が、正弦半波形状をし、音圧応答の時間特性波形が、前記加振力の時間特性を示す波形の符号を反転したような正弦半波形状をしていること。
(B−2)音圧応答の時間特性波形における負の最大値が生じる時刻が、加振力の時間特性波形における最大値が生じる時刻よりも遅れて生じること。
(B−3)音圧応答の時間特性波形の最初の立ち上がりが、加振力の時間特性波形の最初の立ち上がりよりも遅れて生じること。
の全ての特徴が現れていることが分かる。
【0054】
図6に示される6つの波形グラフは、すべて異常部を示す波形である。
波形図中に、丸で囲まれた箇所に、上記(A−1)の特徴である「初期音圧応答における正の微小ピークの存在」が現れていることが分かる。
【0055】
図7に示される6つの波形グラフは、すべて異常部を示す波形である。
上記(A−2)の特徴である「加振周波数以上の高周波数成分の卓越あるいは2次発生振動に基づく高周波数成分の存在」が現れていることが分かる。
【符号の説明】
【0056】
1 打撃手段
2 加振力検出器・アンプ
3 受音手段
31 マイクロホン
32 フード部材
4 音圧検出器・アンプ
5 AD変換器
6 コンピュータ
7 被測定対象
71 コンクリート部分
72 鋼材等のコンクリート以外の部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定対象であるコンクリート系構造物に、インパクトハンマーの如き任意の打撃手段により打撃を与え、該打撃手段から得られる加振力と、打撃箇所に近接した位置に設置された受音系システムの受音手段により得られる音圧応答とを計測することによって、コンクリート系構造物の品質を診断する方法において、
前記加振力の時間特性波形と、前記音圧応答の時間特性波形とを比較することにより診断する方法であって、
加振力の正符号を、前記打撃手段の打撃接触面に圧縮力が働く方向とし、音圧応答の正符号を、静止圧より高い圧力の方向とした場合に、
(A−1)被測定対象に加振力が働いている間又はこれの後続過程において、音圧応答の絶対値が、受音系システムに暗騒音以上の音圧を感知したか否かを区別する閾値である規定値を初めて超えたとき、その符号の正負を観察し、該音圧応答の符号が正であること、
(A−2)被測定対象に加振力が働いている間において、加振周波数以上の高周波数成分が、音圧応答に表れること、
のうち、上記(A−1)、(A−2)の少なくとも1つの現象が観察された場合に、前記被測定対象に異常があると診断することを特徴とするコンクリート系構造物の品質診断方法。
【請求項2】
加振力と音圧応答の時間特性波形が、加振力の最大値と、加振力が働いている間における音圧応答の負の最大値で規準化されていることを特徴とする請求項1に記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。
【請求項3】
(B−1)加振力の時間特性波形が、正弦半波形状をし、音圧応答の時間特性波形が、前記加振力の時間特性を示す波形の符号を反転したような正弦半波形状をしていること、
(B−2)音圧応答の時間特性波形における負の最大値が生じる時刻が、加振力の時間特性波形における最大値が生じる時刻よりも遅れて生じること、
(B−3)音圧応答の時間特性波形の最初の立ち上がりが、加振力の時間特性波形の最初の立ち上がりよりも遅れて生じること、
のうち、上記(B−1)〜(B−3)の少なくとも1つの現象が観察された場合に、被測定対象が健全であると診断することを特徴とする請求項1又は2に記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のコンクリート系構造物の品質診断方法により診断された被測定対象の異常が、
(C−1)コンクリート系構造物の一部が剥離した状態、
(C−2)コンクリート系構造物の内部に空洞が存在する状態、
(C−3)コンクリート系構造物の内部あるいは内部から外部につながるひび割れが存在する状態、
(C−4)コンクリートの打設時の型枠への充填不足による空洞が存在する状態、
(C−5)コンクリート系構造物の母材に対して他の比較的薄い材料が、(1)規定の接着状態ではなく、剥離的特性を有している状態、及び/又は(2)ひび割れや空洞などを有する状態、
のうち、上記(C−1)〜(C−5)の少なくとも1つの状態であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のコンクリート系構造物の品質診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−168022(P2012−168022A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29377(P2011−29377)
【出願日】平成23年2月15日(2011.2.15)
【出願人】(000172813)佐藤工業株式会社 (73)
【Fターム(参考)】