説明

コーティング用粉体分散液

【課題】耐火性および耐熱性に優れた被覆層を形成する用途に適したコーティング用粉体分散液を提供する。
【解決手段】コーティング用粉体分散液は、液状の分散媒と、分散媒中に分散される中空状または多孔質状の無機粉体と、分散媒中に分散され、常温域のバインダーとしての機能を備えた第1の成分と、分散媒中に分散され、常温よりも高温域のバインダーとしての機能を備えた第2の成分とを有する。分散媒の好適な一例は、水であり、無機粉体の好適な一例は、シラスバルーンであり、第1の成分の好適な一例は、珪酸ナトリウムであり、分散媒が水である場合、第2の成分の好適な一例は澱粉である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスベストなどの対象物の表面を覆い、対象物の飛散を抑制するのに適したコーティング用粉体分散液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、アスベスト(石綿)の繊維を肺に吸い込むと、人体に悪影響が与えられるおそれがあるということがわかってきている。そのため、諸外国では、アスベストの使用を原則禁止としたり、その使用量を制限するなどの対策をとっているところが多い。日本では、白石綿、青石綿、および茶石綿が主に使用されていたが、現在では、発がん性が強いと言われている青石綿と茶石綿の使用および製造が原則禁止となっている。
【0003】
しかしながら、防火対策などの目的で過去に使用されたアスベストは、建築物の壁などに吹き付けられた状態で、未だ、残されたままとなっているものが多い。このような吹き付けアスベストは、アスベスト繊維が飛散し易く、その対処法が求められている。アスベスト対策としては、除去、封じ込め、または囲い込みなどの方法が検討されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アスベストの除去は、大変な労力とコストを要するという問題がある。そのため、近年、アスベストの封じ込めが注目されている。アスベストを封じ込めることでアスベスト繊維の飛散を抑制する方法では、アスベストを単に固定するだけではなく、耐火性および耐熱性に優れた被覆層を形成することができるコーティング用粉体分散液が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の態様の一つは、液状の分散媒と、分散媒中に分散される中空状または多孔質状の無機粉体と、分散媒中に分散され、常温域のバインダーとしての機能を備えた第1の成分と、分散媒中に分散され、常温よりも高温域のバインダーとしての機能を備えた第2の成分とを有するコーティング用粉体分散液である。
【0006】
この明細書においてバインダーとは、無機粉体と共に保持して機械的強度、接合性、固化性および表面被覆時の粘着性の少なくともいずれかを向上させるものを示す。特に、常温域では接合性および粘着性の向上に寄与するものが望ましく、また、高温域では固化性の向上に寄与するものが望ましい。
【0007】
本発明の他の態様の一つは、液状の分散媒と、分散媒中に分散される中空状または多孔質状の無機粉体と、分散媒中に分散され、常温域において接合性を向上させるための第1の成分と、分散媒中に分散され、耐火温度域において固化性を得るための第2の成分とを有するコーティング用粉体分散液である。
【0008】
本発明において、「粉体」とは、平均粒径がμmの範囲、すなわち、平均粒径が1μm〜1mmの固体粒子を指している。無機粉体としては、例えば、その化学組成中に、二酸化珪素と、酸化アルミニウムとを含む砂質発泡体を用いることができる。好ましくは、無機粉体としては、ガラス質火山砕屑物を加熱してなるシラスバルーンを用いるとよい。
【0009】
第2の成分は、珪酸ナトリウムであることが好ましい。なお、珪酸ナトリウムとしては、JIS K 1408に規定されているように、1号、2号および3号(いわゆる水ガラス)や、メタ珪酸ナトリウム(結晶)が存在するが、本発明にかかるコーティング用粉体分散液の場合、3号の珪酸ナトリウムを用いることが好ましい。
【0010】
液状の分散媒としては、単一の物質からなる溶媒、2種の液体の混合溶剤、あるいは溶媒に溶質が溶け込んでいるような溶剤などから任意に選択することができる。単一の物質からなる溶媒としては、水などの極性溶媒(水性溶媒)や、トルエンおよびキシレンなどの無極性溶媒(有機溶媒)などを用いることができる。溶媒に溶質が溶け込んでいるような溶剤としては、水性溶媒に界面活性剤を混入してなる溶剤などを用いることができる。
【0011】
液状の分散媒としては、有機溶媒、有機溶剤、水性溶媒(極性溶媒)、および水性溶剤(極性溶剤)のいずれを用いてもよいが、好ましくは、水性系(水性溶媒または水性溶剤)を用いるとよい。さらに好ましくは、液状の分散媒としては、水を用いるとよい。液状の分散媒が水または水溶液である場合、第1の成分は、澱粉、水性系接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0012】
水性系接着剤としては、例えば、酢酸ビニル樹脂と水とを主成分とする水性系接着剤や、糊のような水性系接着剤が挙げられる。酢酸ビニル樹脂と水とを主成分とする水性系接着剤としては、例えは木工用のボンド(登録商標)を用いることができる。
【0013】
ファイバー繊維(繊維質)としては、例えば玄武岩のバサルト繊維を用いることができる。無機粉体との混合比は、無機粉体の重量に対して、5wt%〜150wt%(5重量部〜150重量部)が好ましく、さらに好ましくは、5wt%〜500wt%(5重量部〜500重量部)である。
【0014】
本発明の上記の態様にかかるコーティング用粉体分散液は、水性系とすることが好ましい。また、第2の成分は、珪酸ナトリウムであることが好ましい。水性系のコーティング用粉体分散液が水性系においては、化学組成として、水、中空状または多孔質状の無機粉体と、澱粉、水性系接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つとを含むものであることが好ましい。
【0015】
すなわち、本発明の他の態様の一つは、水または水溶液と、中空状または多孔質状の無機粉体と、澱粉、水性系接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つと、水ガラスとを含むコーティング用粉体分散液である。
【0016】
本発明のさらに他の態様は、水または水溶液と、中空状または多孔質状の無機粉体と、澱粉、水性系接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つと、水ガラスとを混合する工程を有するコーティング用粉体分散液の製造方法である。
【0017】
混合する組成の好ましい一例は、水と、シラスバルーンと、澱粉のりと、JIS K 1408 3号 珪酸ナトリウムとである。
【0018】
水と無機粉体との混合比は、無機粉体の重量に対して、100wt%〜700wt%(100重量部〜700重量部)が好ましく、さらに好ましくは、150wt%〜350wt%(150重量部〜350重量部)である。
【0019】
澱粉のりとしては、例えば、ヤマト糊(登録商標)(ヤマト株式会社 製)を用いることができる。この場合、澱粉のりと、無機粉体との混合比は、無機粉体の重量に対して、5wt%〜200wt%(5重量部〜200重量部)が好ましく、さらに好ましくは、15wt%〜35wt%(15重量部〜35重量部)である。
【0020】
JIS K 1408 3号 珪酸ナトリウムとしては、例えば、昭和化学株式会社製 珪酸ソーダ3号(珪酸ナトリウム溶液(Sodium Silicate Solution):水に溶解しない成分(Insoluble in water):max.0.01%、SiO:28〜30%、NaO:9〜10%、モル比:3.00〜3.30、Iron(Fe):max.0.02%)を用いることができる。珪酸ナトリウム溶液と、無機粉体との混合比は、無機粉体の重量に対して、100wt%〜150wt%(100重量部〜150重量部)が好ましく、さらに好ましくは、115wt%〜135wt%(115重量部〜135重量部)である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
まず、本発明のコーティング用粉体分散液の経緯について概要を説明する。図1に、事前検討を行った各試料の分散媒・無機粉体の平均粒径・無機粉体の粒径範囲・珪酸ナトリウム溶液含有率を示してある。図2に、測定装置(小型電気炉)内の昇温速度の経時変化を示してある。図3に、図1に示した試料のうちのいくつかの試料について、加熱温度と質量減少率との関係を測定した結果を示してある。図4に、図1に示した試料のうちのいくつかの試料について、400℃〜1000℃の間で加熱したときの質量減少率を測定した結果を示してある。
【0022】
なお、図1、図3および図4においては、以下のように試料名を決めている。分散媒が水性溶剤であって珪酸ナトリウム溶液を含む試料(以下、グレードAという)は頭文字A、分散媒が有機溶剤であって珪酸ナトリウム溶液を含む試料(以下、グレードBという)は頭文字B、分散媒が有機溶剤であって珪酸ナトリウム溶液を含まない試料(以下、グレードCという)は頭文字Cを付している。また、頭文字に続き、無機粉体の平均粒径を記載している。無機粉体の平均粒径に続き、珪酸ナトリウム溶液(Sodium Silicate Solution)を含むものに3Sと記載するとともに、これに続き、珪酸ナトリウム溶液の含有率(wt%)を記載している。すなわち、水性溶剤であって、無機粉体の平均粒径が40μm、珪酸ナトリウム溶液を5wt%含む試料の試料名は、試料A−40−3S−5となる。
【0023】
無機粉体としては、シリカ、アルミナ等から構成される胡粉色砂質発泡体を用いている。本実施形態では、無機粉体(胡粉色砂質発泡体)として、シラスバルーン(浅間軽石株式会社製 PB−09L(平均粒径200μm、粒径範囲50μm〜400μm)、PB−05(平均粒径40μm、粒径範囲5μm〜200μm)、SFB−301(平均粒径30μm、粒径範囲5μm〜100μm))を用いている。
【0024】
珪酸ナトリウム溶液としては、昭和化学株式会社製 珪酸ソーダ3号(珪酸ナトリウム溶液:水不溶分(Insoluble in water):max.0.01%、SiO:28〜30%、NaO:9〜10%、モル比:3.00〜3.30、Iron(Fe):max.0.02%)を用いている。
【0025】
図1に示した試料のうちのいくつかについて、加熱温度と質量減少率との関係を測定した。その結果を図3および図4に示す。測定装置は、小型電気炉(HAYASHI DENKO CO,LTD製、1500W)である。この小型電気炉の特性(小型電気炉内の昇温速度の経時変化)は、図2に示す通りである。測定方法は、2000年6月までのJIS A 1304に規定されている試験方法である。測定方法は、以下の通りである。
【0026】
(a1)5cm角の鉄製プレートにアスベストを接着するとともに、このアスベスト付鉄製プレート(躯体)に各試料を塗ったもの(各試料を2mm〜4mm吹き付けたもの)を用意する(表面にアスベスト層を有する鉄製プレート(躯体)上に各試料による被膜を形成する)なお、各試料は、エアーガン(エアースプレーガン)による吹き付けにより塗布した
(a2)十分に乾燥させて有機溶剤を飛ばす
(a3)上記測定装置で所定の温度まで上昇させ、そのまま10分間加熱(保温)する
(a4)炉冷する(その後、概観・質量の変化から、耐火・耐熱性能を評価)
【0027】
無機粉体(シラスバルーン)は、600℃〜1000℃の高温にも耐えることが認められた。また、図3および図4に示したように、無機粉体の平均粒径が小さくなるにつれて、質量減少率が低下することがわかった。これは、無機粉体の平均粒径が小さい方がアスベストの中にまで浸透し易い、すなわち、被膜がアスベスト層上にのり易いためであると考えられる。
【0028】
以上の結果から、無機粉体は、耐熱・耐火顔料として適していることがわかった。また、平均粒径が200μm程度の無機粉体を使用したものよりも、平均粒径が30μm〜40μm程度の無機粉体を使用したものの方が、質量減少率を低く抑えることができることがわかった。したがって、アスベストの飛散抑止塗料に分散させる無機粉体としては、平均粒径が200μm程度の無機粉体よりも、平均粒径が30μm〜40μm程度の無機粉体の方がより好ましいことがわかった。
【0029】
さらに、珪酸ナトリウム溶液の混入量は、5wt%程度であっても、十分に被覆性の向上に寄与することがわかった。
【0030】
次に、グレードCについて検討した。グレードCの試料は、アスベスト被覆塗料としての性能を有することがわかった。また、試料C−200をアスベスト付鉄製プレートに塗布したものは、1000℃において被膜表面に若干の亀裂が認められ、試料C−30をアスベスト付鉄製プレートに塗布したものは、1000℃において被膜表面に亀裂が認められなかった。また、試料C−200をアスベスト付鉄製プレートに塗布したものは、1000℃においてアスベストとプレートとの間に剥離が認められなかったが、試料C−30をアスベスト付鉄製プレートに塗布したものは、1000℃においてアスベストとプレートとの間で若干の剥離が認められた。したがって、グレードCの試料は、アスベスト被覆塗料としての性能を有するものの、クレードAやクレードBと比べると高温での性能、特に1000℃近傍の性能がやや劣ると考えられる。
【0031】
次に、グレードBについて検討した。試料B−30−3S−20をアスベスト付鉄製プレートを塗布したもののみ、1000℃において被膜表面に若干の剥離が認められたが、他のものは認められなかった。
【0032】
また、グレードBにおいては、試料B−30−3S−10の質量減少率が最も小さかった。これは、シラスバルーンの粒子(シラス粒子)が細かい方が、アスベストの中まで浸透し易く、アスベストにのり易いためであると考えられる。なお、胡粉色砂質発泡体は、1000℃で軟化するため、質量の減少は殆ど無いと考えられる。また、下地であるアスベストは結晶水を有しており、800℃〜1000℃において脱水が起こると考えられる。
【0033】
さらに、グレードBにおいては、平均粒径が200μm程度の無機粉体を使用したものよりも、平均粒径が30μm程度の無機粉体を使用したものの方が被覆性は良好であることがわかった。
【0034】
これらの結果と図3および図4の結果とを総合的に判断すると、グレードBの試料は、アスベスト被覆塗料として良好な性能を有すると考えられる。
【0035】
次に、グレードAについて検討した。グレードAの試料は、常温から400℃〜1000℃といった比較的高温の範囲にわたって、アスベスト被覆塗料として十分に良好な性能を有することがわかった。また、グレードAの試料は、水性であるため、グレードBの試料と比べて環境や人体への影響が小さいと考えられる。したがって、グレードAの試料は、この点からも、グレードBやクレードCと比べて好ましいと言える。
【0036】
以上の結果から、アスベストのコーティング用粉体分散液としては、有機分散媒および無機粉体を含む有機系の分散液(グレードC)であっても、アスベストなどの対象物の表面を覆い、対象物の飛散を抑制するのに適しているが、好ましくは、水性の分散媒、無機粉体、および珪酸ナトリウム(NaO・nSiO・xHO)を含む水性系の分散液(グレードA)、または、有機の分散媒、無機粉体、および珪酸ナトリウムを含む有機系の分散液(グレードB)を用いた方が良いことがわかった。
【0037】
(実施例1)
実施例1のコーティング用粉体分散液は、水性系であって、その化学組成中に、水性溶剤と、中空状または多孔質状の無機粉体と、澱粉と、珪酸ナトリウム(NaO・nSiO・xHO)とを有する。このコーティング用粉体分散液は、水と、シラスバルーンと、澱粉のりと、水ガラスとを所定の割合で混合することによって製造できる。そして、混合した状態で、あるいは混合しながら、エアーガン(エアースプレーガン)などを用いて吹き付ける方法により、または、その他の方法により、鉄骨、壁などの躯体の表面、さらには、アスベストなどの被覆材の表面に塗布し、それらをコーティングする目的で使用できる。
【0038】
シラスバルーンは、その化学組成中に、二酸化珪素(SiO)と酸化アルミニウム(Al)とを含む砂質発泡体である。シラスバルーンとしては、浅間軽石株式会社製 PB−09L(平均粒径200μm、粒径範囲50μm〜400μm)、PB−05(平均粒径40μm、粒径範囲5μm〜200μm)、SFB−301(平均粒径30μm、粒径範囲5μm〜100μm)を用いている。
【0039】
澱粉のりとしては、ヤマト糊(主成分:澱粉)を用いている。水ガラスとしては、昭和化学株式会社製 珪酸ソーダ3号(珪酸ナトリウム溶液(Sodium Silicate Solution):水不溶分(Insoluble in water):max.0.01%、SiO:28〜30%、NaO:9〜10%、モル比:3.00〜3.30、Iron(Fe):max.0.02%)を用いている。
【0040】
図5に、分散媒として水性溶剤を用いたコーティング用粉体分散液の加熱温度および被覆性の測定結果と、それらの測定結果から得られた評価とを示してある。測定装置は、事前検討において使用した装置と同様である。測定方法は以下の通りである。
【0041】
(b1)5cm角の鉄製プレートにアスベストを接着するとともに、このアスベスト付鉄製プレート(躯体)に水性系コーティング用分散液を2mm〜4mm吹き付ける(噴霧する)ことで、表面にアスベスト層を有する鉄製プレート(躯体)上に水性系コーティング用分散液からなる被膜を形成する
(b2)乾燥させて水分を飛ばす
(b3)上記測定装置で所定の温度まで上昇させ、そのまま10分間加熱(保温)する
(b4)炉冷する(その後、概観・質量の変化から、耐火・耐熱性能を評価)
【0042】
水性系のコーティング用粉体分散液は、常温域で良好な被覆性が得られた。これは、常温域においては、澱粉がバインダーとして機能し、密着性などのバインダー性能が得られるためであると考えられる。しかも、澱粉は水溶性であり、水性の分散媒に多く溶かし込むことができる。したがって、常温において所望のバインダー性能を得ることができる。
【0043】
また、図5に示したように、水性系のコーティング用粉体分散液によってアスベスト表面に被膜を形成すると、400℃〜1000℃といった耐火温度域を含む常温よりも高温域であっても、良好な被覆性が保たれた。これは、400℃〜800℃の温度域においても、バインダーが残っているためであると考えられる。また、これは、耐火温度域を含む常温よりも高温域においては、珪酸ナトリウムがバインダーとして機能し、固化性などの高温域において要望されるバインダー性能が得られるためであると考えられる。
【0044】
すなわち、水性系のコーティング用分散液中では、400℃程度〜600℃程度で、水熱反応が起こり、シラスバルーン中の珪素化合物と、珪酸ナトリウムおよび/または珪酸ナトリウムが一部分解して生成される珪素化合物とが液状化し、その後、一体となって焼結することで、セラミック膜が形成されるためであると考えられる。
【0045】
したがって、水性系のコーティング用粉体分散液においては、シラスバルーンは、アスベストの内部にまで浸透し、被膜のアスベスト層上への“のり易さ”を改善させるだけでなく、珪酸ナトリウムとともに水熱反応にも寄与し、耐火温度域のような常温よりも高温域における被覆性も改善させる。
【0046】
また、水性系のコーティング用粉体分散液は、常温域では、澱粉(澱粉のり)によって、アスベストに引付いている(絡み付いている、アスベストの隙間に水に沿って入り込んでいる)。この状態で加熱を開始すると、高温域では、水ガラスとシラスバルーンとが焼結することにより、アスベストが巻き込まれた状態でセラミック化が進む。つまり、アスベストとの密着性を確保した状態で高温域での皮膜化が自律的に進む。したがって、常温性能のみならず、耐火性能・耐熱性能も確保できる。
【0047】
しかも、水性系では、水ガラスを溶かし込み易い(有機溶媒と比べて水性溶媒により多く水ガラスを溶かし込むことができる)。したがって、水性系のコーティング用粉体分散液は、常温域および400℃〜1000℃といった、耐火温度域を含む常温よりも高温域においても、良好な被覆性を保つことができる。
【0048】
(実施例2)
実施例2のコーティング用粉体分散液は、有機系であって、その化学組成中に、有機溶剤と、中空状または多孔質状の無機粉体と、低温域において密着性を得るためのバインダーと、珪酸ナトリウムとを有する。このようなコーティング用粉体分散液は、主剤および硬化剤を含む二液混合型エポキシ樹脂系接着剤と、シラスバルーンと、水ガラスとを所定の割合で混合することによって製造できる。この場合、主剤は、エポキシ樹脂と有機溶媒とを含んでおり、主として、分散媒としてはたらく。硬化剤は、主として、低温域において密着性を得るためのバインダーとしてはたらく。珪酸ナトリウムは、主として、耐火温度域を含む常温よりも高温域において固化性を得るためのバインダーとしてはたらく。シラスバルーンは、実施例1と同じである。
【0049】
二液混合型エポキシ樹脂系接着剤としては、二液型弱溶剤形エポキシシーラー(エスケー化研株式会社製 マイルドシーラーEPO)を用いている。水ガラスとしては、昭和化学株式会社製 珪酸ソーダ3号(珪酸ナトリウム溶液(Sodium Silicate Solution):水不溶分(Insoluble in water):max.0.01%、SiO:28〜30%、NaO:9〜10%、モル比:3.00〜3.30、Iron(Fe):max.0.02%)を用いている。
【0050】
図6に、分散媒として有機溶剤を用いたコーティング用粉体分散液の加熱温度および被覆性の測定結果と、それらの測定結果から得られた評価とを示してある。測定装置は、事前検討と同様である。測定方法は、以下の通りである。
【0051】
(c1)5cm角の鉄製プレートにアスベストを接着するとともに、このアスベスト付鉄製プレート(躯体)に有機系コーティング用粉体分散液を2mm〜4mm吹き付ける(噴霧する)ことで、表面にアスベスト層を有する鉄製プレート(躯体)上に有機系コーティング用粉体分散液からなる被膜を形成する
(c2)乾燥させて有機溶媒を飛ばす
(c3)上記測定装置で所定の温度まで上昇させ、そのまま10分間加熱する
(c4)炉冷する(その後、概観・質量の変化から、耐火・耐熱性能を評価)
【0052】
図6に示したように、平均粒径が30μmのシラスバルーンを分散させた有機系のコーティング用粉体分散液によってアスベスト表面に被膜を形成すると、加熱温度が400℃および1000℃では良好な被覆性が保たれるが、加熱温度が600℃および800℃では実施例1の試料に相当する程の性能が得られなかった。有機系のコーティング用粉体分散液では、上述のような水熱反応が起こらないこと、水ガラスの含有量を高めることができないことが要因の一つであると考えられる。また、これは、400℃〜800℃の温度域において、ゴム系のバインダーが揮発してしまうためであると考えられる。
【0053】
つまり、400℃程度までの間は、低温域において密着性を得るためのバインダー(主剤および/または硬化剤)がはたらき、良好な被膜性を保つが、400℃を超えると、低温域において密着性を得るためのバインダーのはたらきが弱まり、良好な被膜性を保持することが難しくなると考えられる。また、800℃以上となると、シラスバルーン中の珪素化合物が液状化してセラミック膜を形成するため、1000℃では再び良好な被膜性が得られると考えられる。
【0054】
また、平均粒径が40μmのシラスバルーンを分散させた有機系のコーティング用粉体分散液によってアスベスト表面に被膜を形成すると、加熱温度が1000℃の場合、クラックが生じることがわかった。これは、シラスバルーンの粒径範囲が広く、平均粒径が30μmのシラスバルーンを分散させた有機系のコーティング用粉体分散液によってアスベスト表面に被膜を形成した場合と比べて、シラスバルーンのアスベストの内部への浸透量が少ないためであると考えられる。
【0055】
また、図4と図5とを比較してもわかるように、有機系では水性系と比べて水ガラスを混入させ難い(溶かし込み難い)。これによっても、有機系のコーティング用粉体分散液によって形成した被膜が、水性系のコーティング用粉体分散液によって形成した被膜と比べて、耐火温度域における被膜性が若干劣る要因となっていると考えられる。水ガラスの含有量は、適当な添加剤を加えることにより改善される可能性がある。
【0056】
以上のように、第1および第2の実施例にかかるコーティング用粉体分散液は、アスベスト層などの対象物の表面を覆い、アスベスト繊維のような対象物からの飛散を抑制するような皮膜固定剤として好適である。皮膜固定剤としてより好ましいのは、水性系のコーティング用粉体分散液である。
【0057】
また、第1および第2の実施例にかかるコーティング用粉体分散液は、ジェットノズルなどを用いることによって、簡単に素早く、アスベストコーティングされた躯体などの対象物の表面に塗布できる。したがって、屋外の壁あるいは鉄骨、駐車場の屋根、屋内の天井などを、その現場において、分散液を吹き付けることで、簡単に被膜を形成することができる。しかも、吹き付け時に、アスベストを傷つけ難い(吹き付け時に、アスベスト繊維を飛散させ難い)。また、従来の保温性質を残したまま、固めることが出来る。さらに、形成された被膜中では、シラスバルーンが対象物を良好に抑え込む。すなわち、形成された被膜は、圧接効果を有する。また、溶媒が蒸発して乾燥した後も、柔軟な皮膜効果で対象物を包み込み、対象物の飛散を抑止する。さらに、形成された被膜は、耐熱性が良好であり、上記の測定結果では、1000℃でも殆ど燃えないことが確認されている。加えて、形成された被膜は、仕上りが良好であり、アスベストなどよりも滑らかな表面が基本的には形成されるので、美観に優れて、建築物の外装材としての機能も発揮する。
【0058】
図7に、鉄板にアスベストを吹き付けた状態を写真で示してある。図8に、鉄板に吹き付けられたアスベストを覆うように、アスベストの表面に水性系のコーティング用粉体分散液を吹き付けた状態を写真で示してある。これらの写真からもわかるように、水性系のコーティング用粉体分散液は、アスベスト(対象物)の表面を良好に覆っていることがわかる。
【0059】
また、アスベストの表面に水性系のコーティング用粉体分散液を吹き付けると、その表面は発泡しているかのように滑らかになる。このため、アスベストのように針状に突き出るような状態がなくなるので、剥離し難く、見た目もアスベストの綿(針、繊維)が落ちるような印象を与え難くなる。
【0060】
(実施例3)
次に、不燃材料としての塗布膜を形成することを目的として、水性系のコーティング用分散液についてさらに検討した。試料として、シラスバルーン:100wt%(100重量部)、水:250wt%(250重量部)、澱粉のり:25wt%(25重量部)、水ガラス:125wt%(125重量部)を混合してなる水性系のコーティング用分散液を用意した。
【0061】
建築内装材の格付けには、不燃・準不燃・難燃がある。不燃材料・準不燃材料・難燃材料に必要な性能に関する技術的基準は、通常の火災による加熱が加えられた場合、加熱開始後、20分間(不燃)・10分間(準不燃)・5分間(難燃)、以下の3つの要件を満たしているかどうかにかかる。
【0062】
(d1)燃焼しないものであること
(d2)防火上有害な変形、溶融、亀裂、その他の破損を生じないこと
(d3)避難上有害な煙またはガスを発生しないものであること
【0063】
コーンカロリーメータの試験において、以下の3つの要件を満たすと、上記(d1)〜(d3)(不燃材料・準不燃材料・難燃材料に必要な性能に関する技術的基準)を満たすことに相当する。
【0064】
(e1)試験の所定時間経過後(本例では20分とし、不燃材料に必要な性能を有しているかどうか測定)に、総熱量が8MJ/m以下であること
(e2)防火上有害な、裏面まで貫通する亀裂および/または穴が無いこと
(e3)最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/mを超えないこと
【0065】
コーンカロリーメータの試験片としては、10cm角の耐熱スレート板に上記コーティング用粉体分散液からなる試料を1mm程度吹き付けたものを用意した。この試料に、火災初期の熱に相当する熱量(50kW/m)を与え、燃え広がりを評価するとともに、燃焼時の発熱量、発煙量などを測定した。(e1)、(e3)を計測し、(e2)の目視確認を行った。なお、測定装置は、Fire testing Technology 社製 Serial No.1081900であり、測定方法は、2000年6月以降の試験方法であって、ISO5660に準拠する方法である。
【0066】
図9および図10に、上記コーティング用粉体分散液からなる層に関するコーンカロリーメータによる測定結果を示してある。図9は、時間と総発熱量(total heat released)との関係を示している。図10は、時間と最高発熱速度(heat release rate)との関係を示している。図9および図10に示したように、上記コーティング用粉体分散液からなる層は、総発熱量および最高発熱速度の時間上昇がいずれも低いレベルに抑えられていることがわかる。
【0067】
また、上記コーティング用粉体分散液からなる層によれば、図9に示したように、20分経過後の総発熱量は3.9MJ/m(8MJ/m以下)であり、上記(e1)を満たすことがわかった。さらに、防火上有害な、裏面まで貫通する亀裂および/または穴はなく、上記(e2)を満たすことがわかった。さらに、図10に示したように、最高発熱速度は、8.1kW/mであり、最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/mを超えることはなく、上記(e3)を満たすことがわかった。
【0068】
図11に、上記コーティング用粉体分散液からなる層の加熱試験の測定曲線と、JIS A 1304に規定されている加熱温度の標準曲線とを示してある。JIS A 1304は、土木・建築分野の規格であり、建築構造部分の耐火試験方法に関するものである。
【0069】
図11に示したように、上記コーティング用粉体分散液からなる層の加熱試験の測定曲線は、加熱時間0分〜60分の範囲において、JIS A 1304に規定されている加熱温度の標準曲線を超えている。すなわち、上記コーティング用粉体分散液からなる層は、1時間耐火性を有するといえる。
【0070】
これらの結果から、シラスバルーン:100wt%(100重量部)、水:250wt%(250重量部)、澱粉のり:25wt%(25重量部)、水ガラス:125wt%(125重量部)は、耐火性を有する水性のコーティング用粉体分散液の最適の配合の一例といえる。
【0071】
また、これらの結果より、水性のコーティング用粉体分散液では、水は、無機粉体の重量に対して、100wt%〜700wt%(100重量部〜700重量部)が好ましく、さらに好ましくは、150wt%〜350wt%(150重量部〜350重量部)であることがわかった。
【0072】
水ガラスは、無機粉体の重量に対して、100wt%〜150wt%(100重量部〜150重量部)が好ましく、さらに好ましくは、115wt%〜135wt%(115重量部〜135重量部)であることがわかった。すなわち、水ガラスは、常温でも密着性があり、常温のバインダーとしても機能すると考えられ、高温、特に耐火温度域では、主たるバインダーとして機能するので、できるだけ多く含有することが望ましい。
【0073】
澱粉のりは、無機粉体の重量に対して、5wt%〜200wt%(5重量部〜200重量部)が好ましく、さらに好ましくは、15wt%〜35wt%(15重量部〜35重量部)であることがわかった。すなわち、澱粉のりは、常温域において主たるバインダーとして機能するが、上記のように水ガラスもバインダーとして(補助的に)機能していると予想される。また、澱粉のりは、炭素化する成分なので、高温域、特に耐火域では、多すぎると、固化性能に影響を与える可能性がある。
【0074】
なお、上記実施形態は、本発明を実施するための一例を示したものであり、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。液状の分散媒、中空状または多孔質状の無機粉体、常温域のバインダーとしての機能を備えた第1の成分、および、常温よりも高温域のバインダーとしての機能を備えた第2の成分は、それぞれ任意に決定・選択することができる。また、本発明のコーティング用粉体分散液には、界面活性剤など、当業者であれば容易に想像ができる添加剤(添加物)などを入れても良い。本発明のコーティング用粉体分散液は、添加剤のようなものを加えたものも含む。
【0075】
また、上記実施形態では、コーティング用粉体分散液を対象物にエアースプレーガンなどで吹き付けているが、コーティング用粉体分散液は、エアブラシや刷毛など、他の手段により対象物に塗布することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】各試料の分散媒・無機粉体の平均粒径・無機粉体の粒径範囲・珪酸ナトリウム溶液含有率をそれぞれ示す図。
【図2】小型電気炉内の昇温速度の経時変化を示す図。
【図3】図1に示した試料のうちのいくつかの試料について、加熱温度と質量減少率との関係を測定した結果を示す図。
【図4】図1に示した試料のうちのいくつかの試料について、400℃〜1000℃の間で加熱したときの質量減少率を測定した結果を示す図。
【図5】分散媒として水性溶剤を用いたコーティング用粉体分散液の加熱温度および被覆性の測定結果と、それらの測定結果から得られた評価とを示す図。
【図6】分散媒として有機溶剤を用いたコーティング用粉体分散液の加熱温度および被覆性の測定結果と、それらの測定結果から得られた評価とを示す図。
【図7】鉄板にアスベストを吹き付けた状態を示す写真。
【図8】鉄板に吹き付けられたアスベストを覆うように、アスベストの表面に第1の実施例にかかるコーティング用粉体分散液を吹き付けた状態を示す写真。
【図9】コーティング用粉体分散液からなる層に関する測定結果であって、時間と総発熱量との関係を示す図。
【図10】コーティング用粉体分散液からなる層に関する測定結果であって、時間と最高発熱速度との関係を示す図。
【図11】コーティング用粉体分散液からなる層の加熱試験の測定曲線と、JIS A 1304に規定されている加熱温度の標準曲線とを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状の分散媒と、
前記分散媒中に分散される中空状または多孔質状の無機粉体と、
前記分散媒中に分散され、常温域のバインダーとしての機能を備えた第1の成分と、
前記分散媒中に分散され、常温よりも高温域のバインダーとしての機能を備えた第2の成分と、を有するコーティング用粉体分散液。
【請求項2】
液状の分散媒と、
前記分散媒中に分散される中空状または多孔質状の無機粉体と、
前記分散媒中に分散され、常温域において密着性を得るための第1の成分と、
前記分散媒中に分散され、耐火温度域において固化性を得るための第2の成分と、を有するコーティング用粉体分散液。
【請求項3】
請求項1または2において、前記無機粉体は、その化学組成中に、二酸化珪素と、酸化アルミニウムとを含む砂質発泡体である、コーティング用粉体分散液。
【請求項4】
請求項1または2において、前記無機粉体は、ガラス質火山砕屑物を加熱してなるシラスバルーンである、コーティング用粉体分散液。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、前記第2の成分は、珪酸ナトリウムである、コーティング用粉体分散液。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、前記分散媒は水性系である、コーティング用粉体分散液。
【請求項7】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、前記分散媒は、水または水溶液であり、前記第1の成分は、澱粉、水性接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つを含む、コーティング用粉体分散液。
【請求項8】
水または水溶液と、
中空状または多孔質状の無機粉体と、
澱粉のり、水性接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つと、
水ガラスと、を含むコーティング用粉体分散液。
【請求項9】
水または水溶液と、中空状または多孔質状の無機粉体と、澱粉のり、水性接着剤、石膏、漆喰およびファイバー繊維の内の少なくとも1つと、水ガラスとを混合する工程を有するコーティング用粉体分散液の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし8のいずれかに記載のコーティング用粉体分散液をコーティングするための対象物に吹き付ける工程を有する被覆工法。
【請求項11】
請求項10において、前記対象物は、表面の少なくとも一部にアスベスト層を有する躯体である、被覆工法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−154137(P2007−154137A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−355410(P2005−355410)
【出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(505396970)安曇精工株式会社 (6)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】