説明

ゴム組成物及びそれを用いたタイヤ

【課題】力学物性を維持しつつ、高ヒステリシスロス性及び周方向高弾性率(E’)を発現させ、タイヤ適用時において高グリップ性を有するゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供する。さらに、改良された熱伝導性により、タイヤとしての耐久性を向上することのできるゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供する。
【解決手段】ゴム100質量部に、充填材として、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維0.1〜80質量部と、前記炭素繊維以外の充填材を60〜150質量部配合するゴム組成物及びそれを用いたタイヤである。炭素繊維以外の充填材がカーボンブラックおよび/または無機充填材であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム組成物及びそれを用いたタイヤに関するもので、特に、カップスタック状の気相成長炭素繊維を含有させることにより、配向性を増したゴム組成物及びそれを用いたタイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般にタイヤの運動性能、特に直進発信時、ブレーキ時などのトラクショングリップ力を高めるには、トレッドゴムについて、柔らかさを保ちながら、エネルギーロス(ヒステリシスロス)を高めることが求められるが、一方で車両側からの力を伝えるには剛性を高めて伝達力を大きくする必要がある。
【0003】
ゴム組成物の高ヒステリシスロス特性の改良に係る技術として、例えば、特許文献1には、ゴム成分に対し、ルイス酸触媒を開始剤としたカチオン重合により得られた重合体を所定量含有させることで、破壊特性を低下させることなく高ヒステリシスロス性を向上させたゴム組成物および空気入りタイヤが記載されている。また、特許文献2には、ゴム成分と、所定のアスファルトとプロセスオイルとからなる軟化剤とを含有するものとしたことで、優れた高ヒステリシスロス特性と耐破壊特性とを与え得るゴム組成物を実現する技術が記載されている。
【0004】
さらに、ゴム組成物中に気相成長炭素繊維の含有させることにより物性の改良を図る技術についても公知であり、例えば、特許文献3及び4には、ゴム成分に対し、気相成長炭素繊維およびカーボンブラックを所定量にて配合することで、各種物性の改良を図ったゴム組成物が記載されている。
【0005】
一方、特許文献5には、高い熱伝導性を得る目的で、充填材として底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維を0.1〜100質量部含有するゴム組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−109610号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2003−213040号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特開平1−287151号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献4】特開平1−289843号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献5】国際公開第2003/102073号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1および2記載のように、ルイス酸触媒を開始剤としたカチオン重合により得られた重合体や軟化剤を添加する方法では、ヒステリシスロス性については効果があるものの、周方向弾性率については検討されていなかった。また、特許文献3および4記載のように、気相成長炭素繊維およびカーボンブラックを所定量配合する方法では、ヒステリシスロス性及び弾性率について効果はあるものの、今日、より優れた周方向弾性率およびヒステリシスロス性が求められている。
【0008】
さらに、特許文献5には、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維を含有したゴム組成物とすることにより、高い熱伝導性をえられることが開示されているが、高ヒステリシスロス性及び周方向高弾性率のゴム組成物については、十分な検討がなされていなかった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、力学物性を維持しつつ、高ヒステリシスロス性及び周方向高弾性率(E’)を発現させ、タイヤ適用時において高グリップ性を有するゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供することにある。
【0010】
さらに、本発明の他の目的は、改良された熱伝導性により、タイヤとしての耐久性を向上することのできるゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、トレッドゴムの柔軟性と必要な方向の剛性(タイヤの場合は、特に周方向の弾性率)を両立させることは従来の手法では困難であったが、カップスタック状の気相成長炭素繊維を特定の組成のゴム組成物に導入し、その配向性を上手く利用することで、周方向の剛性(弾性率)とヒステリシスロス性を高めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明のゴム組成物は、ゴム100質量部に、充填材として、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維0.1〜80質量部と、前記炭素繊維以外の充填材を60〜150質量部配合することを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明のゴム組成物は、前記炭素繊維以外の充填材がカーボンブラックおよび/または無機充填材であることが好ましい。
【0014】
さらに、本発明のゴム組成物は、前記炭素繊維の外周部に積層したカップの大口径部の炭素網層の端面が露出していることが好ましく、前記炭素繊維が、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が複数個積層した気相成長法による炭素繊維であることが好ましい。さらにまた、本発明のゴム組成物は、前記炭素繊維が、節の無い中空状をなすことが好ましい。
【0015】
さらにまた、本発明のゴム組成物は、前記中空状をなす炭素繊維の中空部の外表面側および内表面側の炭素網層の端面が露出していることが好ましく、前記中空部の外表面側における炭素網層の端面の2%以上が露出していることが好ましく、前記炭素網層の端面の露出している表面の部位が、原子レベルの大きさの凹凸を呈していることが好ましい。
【0016】
さらにまた、本発明のゴム組成物は、前記炭素網層が2500℃以上の高温で熱処理しても、黒鉛化しないことが好ましい。
【0017】
さらにまた、本発明のゴム組成物は、前記炭素繊維の直径が1〜1000nm、長さが0.1〜1000μmであることが好ましく、前記炭素繊維の直径が5〜500nm、長さが0.5〜750μmであることが好ましく、前記炭素繊維の直径が10〜250nm、長さが1〜500μmであることが好ましい。
【0018】
本発明のタイヤは、前記ゴム組成物を用いたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、力学物性を維持しつつ、高ヒステリシスロス性及び周方向高弾性率(E’)を発現させ、タイヤ適用時において高グリップ性を有するゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供することができる。さらに、改良された熱伝導性により、タイヤとしての耐久性を向上することのできるゴム組成物及びそれを用いたタイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が複数個積層した気相成長法による炭素繊維を示す模式図である。
【図2】実施例1に基づいて気相成長法によって製造したヘリンボン構造の炭素繊維の模式図である。
【図3】図2に示す炭素繊維を約530℃の温度で、大気中1時間熱処理したヘリンボン構造の炭素繊維の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の実施の形態について具体的に説明する。
本発明のゴム組成物は、ゴム100質量部に、充填材として、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維0.1〜80質量部、好ましくは20〜40質量部と、炭素繊維以外の充填材を60〜150質量部、好ましくは70〜90質量部とを配合するものである。炭素繊維の配合量がこの範囲内であると、十分な熱伝導性だけでなく、力学物性を維持しつつ、高ヒステリシスロス性及び周方向高弾性率(E’)を発現させ、高グリップ性を有する。また、炭素繊維以外の充填材が60質量部未満であると十分な高ヒステリシスロス性が得られず、一方、炭素繊維以外の充填材が150質量部を超えると、トレッドとしての適度な柔軟性が得られず、好ましくない。
【0022】
本発明で用いられるゴムとしては、天然ゴム、汎用合成ゴム、例えば、乳化重合スチレン−ブタジエンゴム、溶液重合スチレン−ブタジエンゴム、高シス−1,4ポリブタジエンゴム、低シス−1,4ポリブタジエンゴム、高シス−1,4ポリイソプレンゴム等、ジエン系特殊ゴム、例えば、ニトリルゴム、水添ニトリルゴム、クロロプレンゴム等、オレフィン系特殊ゴム、例えば、エチレン−プロピレンゴム、ブチルゴム、ハロゲン化ブチルゴム、アクリルゴム、クロロスルホン化ポリエチレン等、その他特殊ゴム、例えば、ヒドリンゴム、フッ素ゴム、多硫化ゴム、ウレタンゴム等を挙げることができる。コストと性能とのバランスから、好ましくは、天然ゴムまたは汎用合成ゴムである。
【0023】
また、本発明に係るゴム組成物は、イオウ、過酸化物、金属酸化物等を添加して加熱により架橋させる方法や、光重合開始剤を添加して光照射により架橋させる方法及び電子線や放射線を照射して架橋させる方法等により、加硫して使用することが好ましい。
【0024】
本発明で用いられる炭素繊維以外の充填材としては、特に限定されないが、カーボンブラック及び/または無機充填材、その他の各種充填材であることが好ましい。カーボンブラックとしては特に制限はなく、従来ゴム組成物の補強性充填材として慣用されているものの中から任意のものを選択して使用することができる。具体的には、FEF,SRF,HAF,ISAF,SAF等が挙げられ、ヨウ素吸着量(IA)60mg/g以上で、かつ、ジブチルフタレート吸油量(DBP)80ml/100g以上のものが好ましい。これらの中でも特に、耐摩耗性に優れるHAF,ISAF,SAFが好ましい。
【0025】
前記無機充填材としては、従来ゴム工業で使用されているものを使用することができ特に限定されず、例えばγ−アルミナ,α−アルミナ等のアルミナ(Al)、ベーマイト,ダイアスポ等のアルミナ一水和物(Al・HO)、ギブサイト,バイヤライト等の水酸化アルミニウム[Al(OH)]、炭酸アルミニウム(Al(CO)、水酸化マグネシウム[Mg(OH)]、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸マグネシウム(MgCO)、タルク(3MgO・4SiO・HO)、アタパルジャイト(5MgO・8SiO・9HO)、チタン白(TiO)、チタン黒(TiO2n−1)、酸化カルシウム(CaO)、水酸化カルシウム[Ca(OH)]、酸化アルミニウムマグネシウム(MgO・Al)、クレー(Al・2SiO)、カオリン(Al・2SiO・2HO)、パイロフィライト(Al・4SiO・HO)、ベントナイト(Al・4SiO・2HO)、ケイ酸アルミニウム(AlSiO、Al・3SiO・5HO等)、ケイ酸マグネシウム(MgSiO、MgSiO等)、ケイ酸カルシウム(Ca・SiO等)、ケイ酸アルミニウムカルシウム(Al・CaO・2SiO等)、ケイ酸マグネシウムカルシウム(CaMgSiO)、炭酸カルシウム(CaCO)、酸化ジルコニウム(ZrO)、水酸化ジルコニウム(ZrO(OH)・nHO)、炭酸ジルコニウム(ZrCO)、各種ゼオライトのように電荷を補正する水素,アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含む結晶性アルミノケイ酸塩等が挙げられ、これらの中でシリカや窒素吸着比表面積(NSA)1〜20m/gの水酸化アルミニウムが好ましく、特にシリカが好ましい。
【0026】
シリカとしては特に制限はなく、従来ゴムの補強材として慣用されるものの中から任意に選択して使用することができる。例えば湿式シリカ(含水ケイ酸)、乾式シリカ(無水ケイ酸)、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム等が挙げられるが、中でも沈降法による合成シリカが好ましい。尚、本発明で用いられる充填材は、例えば、カーボンブラックとシリカを併用するなど2種以上の充填材を併用することもできる。
【0027】
本発明で充填材として用いられる炭素繊維は、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維であり、好ましくは該底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が複数個積層した気相成長法による炭素繊維であって、該炭素繊維の外周部に積層したカップの大口径部の炭素網層の端面が露出している炭素繊維である。具体例としては、GSIクレオス社製の気相成長炭素繊維(1100C処理品)及び気相成長炭素繊維(1500C処理品)等が挙げられ、国際公開第2003/102073号パンフレットに開示されているものを好適に使用できる。
【0028】
図1は、本発明に係る底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が複数個積層した気相成長法による炭素繊維を示す模式図である。1で示す部分に底部がなく、重なるようにして、炭素網層が積層しているのが特徴である。また、底部を有さないこれらの炭素網層が積層するため、本発明の炭素繊維は節のない中空状をなす。また、2で示す部分が、外周部に積層したカップの大口径部の炭素網層の端面であり、この部分が露出された状態であることが好ましい。さらに3及び4で示す部分が炭素繊維の中空部の外表面および内表面であって、この部分の炭素網層の端面が露出していることがさらに好ましい。
【0029】
図2はヘリンボン構造を有する炭素繊維の模式図である。ここで10は傾斜した炭素網層、14は中心孔であり、炭素網層10を覆うように、アモルファス状の余剰炭素が堆積した堆積層12が形成されている。
【0030】
炭素繊維は、気相成長法により製造するに際し、触媒、温度領域、フローレート等の気相成長条件を制御することによって、炭素網層の積層が繊維軸に対して一定の角度で傾斜したヘリンボン(herring−bone)構造をなすものを製造することができるが、本発明に係る炭素繊維はこのようなヘリンボン構造を有する。
【0031】
また、気相成長法で製造した炭素繊維の表面には、通常十分に結晶化していない、アモルファス状の余剰炭素が堆積した、薄い堆積層が形成される。この堆積層は活性度が低く、そのためにゴムとの密着性が劣ると考えられる。
【0032】
本発明に係る炭素繊維は、炭素網層10を覆う堆積層12が一部除かれ、炭素網層の端面(六員環端)の少なくとも一部が露出していることが好ましい。当該露出した炭素網層10の端面は、他の原子と結びつきやすく、きわめて活性度の高いものである。また、本発明に係る炭素繊維においては、炭素網層の端面(六員環端)の少なくとも2%が露出していることが好ましく、さらには7%以上露出していることが好ましい。このことによって、本発明に係る炭素繊維はゴムとの密着性を向上させることができ、熱伝導性に優れるゴム組成物を得ることができる。従って上記観点から、炭素網層の端面の露出の割合は大きいほど好ましい。
【0033】
また、本発明に係る炭素繊維はより積極的に上記堆積層を除去することによって、さらに炭素網層の端面を露出させることができる。これは、後述する大気中での熱処理等により、堆積層12が除去されるのと同時に、露出する炭素網層の端面にフェノール性水酸基、カルボキシル基、キノン型カルボニル基、ラクトン基などの含酸素官能基が増大し、これら含酸素官能基が親水性、各種物質に対する親和性を高めると考えられる。
【0034】
堆積層12を除去して、炭素網層10を露出させる方法としては種々あるが、400℃以上、好ましくは500℃以上、より一層好ましくは520℃以上530℃以下の温度で、大気中で1〜数時間加熱する方法があり、これによって堆積層12が酸化されて熱分解する。また、超臨界水により炭素繊維を洗浄する方法、塩酸又は硫酸中に浸漬し、スターラーで攪拌しつつ80℃程度に加熱する方法等によっても堆積層12を除去でき、炭素網層の端面を露出させることができる。
【0035】
図3は、図2で示されるヘリンボン構造の炭素繊維を約530℃の温度で、大気中1時間熱処理した炭素繊維の模式図である。上述のような熱処理を行なうことによって、堆積層12の1部が除去され、炭素網層10の端面(炭素六員環端)が露出することがわかる。尚、残留している堆積層12もほとんど分解されていて,単に付着している程度のものと思われる。熱処理を数時間行い、また超臨界水での洗浄を併用することによって、堆積層12を100%除去することも可能である。
【0036】
尚、ヘリンボン構造の炭素繊維(試料名;Pristine24PS、平均外径100nm)を大気中で1時間放置したもの、それぞれ500℃、520℃、530℃、540℃で熱処理した後のラマンスペクトルでは、1360cm−1のピークおよび1580cm−1のピークが存在することから、これらのものは炭素繊維であるとともに、黒鉛化構造でない炭素繊維であることが確認された。
【0037】
本発明に係る炭素繊維は、図3に示されるように、底部を有さないカップ形状をなす1個以上の炭素網層からなるものであり、通常は数個〜数十万個積層したものであり、これらが微細粒をなすため、ゴムや樹脂への分散性が極めて良好となる。特にゴムとの複合材においては、しなやかで、かつ強度が大きいばかりでなく、ゴムとの密着性が高く、熱伝導性に優れるゴム組成物が得られる。
【0038】
また、本発明に係る炭素繊維は節の無い中空状であることが好ましく、図3に示されるように少なくとも数十nm〜数十μmの範囲で中空状をなすことが好ましい。該中空状炭素繊維においては、中空部の外表面側および内表面側の炭素網層の端面が露出していることが好ましく、その露出割合は高いほどよい。このうち、外表面においては炭素網層の2%以上が露出していることが好ましく、さらには7%以上露出していることが好ましい。尚、中心線に対する炭素網層の傾斜角は20度〜35度程度である。
【0039】
さらに本発明に係る炭素繊維は、炭素網層の端面が露出している表面の部位が、原子レベルの大きさの凹凸16を呈していることが好ましい。この凹凸16がゴムに対するアンカー効果を有し、ゴムとの密着性を一層優れたものとし、熱的にきわめて優れたゴム組成物とすることができる。
【0040】
上記原子レベルの大きさの凹凸16は、炭素網面のずれた(グラインド)乱層構造(TurbostraticStructure)によるものと考えられる。この乱層構造炭素繊維では、各炭素六角網面が平行な積層構造を有しているが、各六角網面が平面方向にずれた、あるいは回転した積層構造となっていて、結晶学的規則性は有しない。
【0041】
また本発明に係る炭素繊維は、通常の炭素繊維が2500℃以上の高温処理により黒鉛化するのに対し、2500℃以上の高温で熱処理しても、黒鉛化しない点が特徴である。このような黒鉛化処理を行なっても黒鉛化しない理由としては、黒鉛化しやすい堆積層12が除去されているためと考えられ、一方、堆積層12を除去した後に残ったヘリンボン構造の部位は黒鉛化しないためである。これは本発明に係る炭素繊維が熱的に安定であることを示すものである。
【0042】
尚、熱処理前の外径の異なるヘリンボン構造を有する炭素繊維のラマンスペクトルでは、Pristine19PSは平均外径150nm、Pristine 24PSは平均外径100nmである。また、同試料を3000℃で通常の黒鉛化処理をした後のラマンスペクトルを測定しても、両者でスペクトルに大きな変化がなく、1360cm−1のピークおよび1580cm−1のピークが存在することから、本発明に係る炭素繊維が通常の黒鉛化処理においては黒鉛化しないことがわかる。
【0043】
本発明に係る炭素繊維の直径は1〜1000nmの範囲であることが好ましく、さらには直径が5〜500nm、特には直径が10〜250nmの範囲であることが好ましい。また、その長さとしては0.1〜1000μmの範囲であることが好ましく、さらには長さが0.5〜750μm、特には長さが1〜500μmの範囲であることが好ましい。直径及び長さをこの範囲内に調節することにより、ゴムとの親和性をより高めることができ、熱伝導性の向上に有効である。
【0044】
本発明に係る炭素繊維は、例えば、以下の方法で製造し得る。
ベンゼン等の炭化水素を一定の分圧で通常の反応容器に仕込み、触媒としてフェロセン等の遷移金属錯体を用い、反応温度約1100℃、反応時間20分程度とすることで、直径約100nmのヘリンボン構造の炭素繊維が得られる。原料の流量、反応温度を調節することにより、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が多数積層され、数十nm〜数十μmの範囲にわたって節(ブリッジ)のない中空状の炭素繊維が得られる。この炭素繊維は上述のように堆積層を有するので、少なくともその一部を上記した方法によって除去する。このように製造した炭素繊維は、底部を有さないカップ形状、すなわち断面がハの字状をなす単位炭素網層が数万〜数十万個積層している短繊維(長さ数十μm)である。この短繊維は、分子量(長さ)が大きく、水、有機溶媒等に不溶性であり、本発明に係る炭素繊維は、これらの短繊維を、単位炭素網層が1個以上、好ましくは数個〜数万個のものに分断したものである。
【0045】
上記短繊維を分断して、本発明に係る炭素繊維を得る方法としては、種々あるが、例えば水あるいは溶媒を適量加えて、乳鉢を用いて適当な時間、乳棒により穏やかにすりつぶす方法が好適である。これは、環状の炭素網層は比較的強度が高く、各炭素網層間は弱いファンデルワールス力によって結合しているため、環状単層網層はつぶれることがなく、特に弱い結合部分の炭素網層間で分離されるためである。
【0046】
尚、上記短繊維を液体窒素中で乳鉢によりすりつぶすと効果的に分断ができ、好適である。液体窒素が蒸発する際、空気中の水分が吸収され、氷となり、氷とともに短繊維を乳棒によりすりつぶすことになるため、機械的ストレスが軽減され、単位繊維層間での分離が容易に行なえるためである。当該分断の工程は、堆積層の除去前に行うこともでき、分断工程の後に堆積層の除去を行うことも可能である。
【0047】
また、上記分断工程は、工業的には、上記炭素繊維をボールミリングによりグラインディング処理することが好ましい。以下にボールミリングによって炭素繊維の長さを調整する方法について詳細に説明する。ボールミルは、例えば、アサヒ理化製作所製のものを用いることができ、使用ボールとしては直径5mmのアルミナ製のものを用いることができる。具体例としては、例えば、上記炭素繊維を1g、アルミナボール200g、蒸留水50ccをセル中に入れ、350rpmの回転速度で処理することができる。上記方法にて分断処理した際の1,3,5,10,24時間経過毎に試料を採取し、レーザー粒度分布計を用いて計測すると、ミリング時間が経過するにつれて線長が短くなり、特に10時間経過後は、10μm以下に急激に線長が短くなる。また、24時間経過後は、1μm前後に別のピークが発生しており、より細かい線長になる。尚、1μm前後のピークは、長さと直径がほとんど等しくなるため、長さと、直径とを二重にカウントしていると考えられる。
【0048】
また、ミリング前の炭素繊維は数十μmの長さの炭素繊維が絡まり合っていて、嵩密度が極めて低いものになっているのに対し、ミリング時間が経過するにつれて線長が短くなり、24時間経過後はほとんど粒子状となっている。さらに、24時間経過後は繊維の絡まりはほとんどみられず、嵩密度の高いものになる。
【0049】
さらにまた、炭素繊維の分断は、繊維が折れるのではなく、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が抜け出すことによってなされる。
【0050】
次に、底のないカップ形状をなす炭素網層が数十個積層した状態に長さが調整された、炭素繊維は、長さおよび直径が約60nmで、肉厚の薄い、空洞部の大きなチューブ状、すなわち節の無い中空状をなし、また中空部の外表面側および内表面側の炭素網層の端面が露出している。このように、底のないカップ形状をなす炭素網層が抜け出すようにして、分離され、炭素網層の形状が壊されていない。尚、ミリングの条件によって任意の長さの炭素繊維に調整することができ、上述した本発明の好適な範囲の直径及び長さとすることが好ましい。
【0051】
尚、通常の、同心円状をなすカーボンナノチューブをグラインディングすると、チューブが割れ、外表面に軸方向に亀裂が生じたり、ささくれ立ちが生じ、また、いわゆる芯が抜けたような状態が生じ、長さの調整は困難である。
【0052】
また、本発明において、ゴム組成物の混合、成型などの手法としては、通常のゴムの混合、成型に使用される公知の手法を用いることができ、特に制限はない。
【0053】
さらに、本発明のゴム組成物は、上記炭素繊維を少量配合することによって、他の物性を大きく変化させることなく、また、成型加工性も損なうことなく、熱伝導性の大幅な向上が可能となるために、電気電子部品、タイヤ、ベルト、その他各種製品に幅広く使用することが可能である。尚、本発明のゴム組成物には、ゴム業界で一般に使用されている添加剤、例えば、加硫促進剤、補強材、老化防止剤、軟化剤等、通常のゴム用添加剤を適宜使用することが可能である。
【実施例】
【0054】
次に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【0055】
実施例1〜3、比較例1
下記の表1及び表2に示す配合内容にて、炭素繊維及び各種添加剤等を油展SBR(35部油展)に配合し、以下に示す混練り条件およびシート作製条件に従い加硫ゴム組成物のシートを作製し、該シートを用い、粘弾性、力学挙動(引っ張り試験)を評価した結果を表2に併記した。尚、表1及び表2中の配合量は全て質量部を表す。
【0056】
(1)混練条件
ラボプラストミル(東洋精機(株)製)を用いて、油展SBRを110℃にて70rpmで3分間素練りした後、表1及び表2に示す、加硫促進剤および硫黄を除く各添加剤を投入して、110℃にて70rpmで更に混合した(ノンプロ配合)。得られた混合物を取り出して、冷却、秤量した後、残りの加硫促進剤および硫黄を投入し、プラベンダーを用いて、80℃にて50rpmで再度混合した(プロ配合)。
【0057】
(2)シート作製条件
混練りした混合物を高温プレスを用いて150℃×15分にて加硫して、2mm厚の加硫ゴムシートを作製した。
【0058】
(熱伝導率)
京都電子(株)製、迅速熱伝導率計QTM−500を用いて熱伝導率を測定し、比較例1の値を100として、評価した。
【0059】
(弾性率(E’)及び損失正接)
東洋精機(株)製の粘弾性測定システム(レオグラフ)を使用して、50Hz、2%歪の条件で、温度30℃における弾性率(E’)及び損失正接(tanδ)を測定し、比較例1の値を100として、評価した。
【0060】
(引張り強さ及び切断時伸び)
JIS K 6251に準拠して室温で引張試験を行い、加硫ゴムの引張り強さ(Tb)および切断時伸び(Eb)を測定し、比較例1の値を100として、評価した。
【0061】
【表1】

*1 日本合成ゴム社製、0120(スチレン含有量35%、ビニル量16%、35%アロマ油展)
【0062】
【表2】

*2 GSIクレオス社製、1100C処理品
*3 GSIクレオス社製、1500C処理品
【0063】
表2の結果から明らかなように、カップスタック状炭素網層炭素繊維0.1〜80質量部と、該炭素繊維以外の充填材(カーボンブラック、シリカ等)60〜150質量部を配合することにより、基本的に力学物性を損なうことなく、高ヒステリシスロス、周方向高弾性率のゴム組成物が得られる。また、得られた熱伝導性の向上は、タイヤ製造時の加硫時間短縮に寄与するのみならず、走行時のタイヤの発熱の放熱効果として寄与し、結果的に該タイヤの耐久性の向上に繋がる。
【符号の説明】
【0064】
1:底部
2:外周部に積層したカップの大口径部の炭素網層の端面
3:炭素繊維の中空部の外表面
4:炭素繊維の中空部の内表面
10:炭素網層
12:堆積層
14:中心孔
16:原子レベルの大きさの凹凸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム100質量部に、充填材として、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層1個以上からなる気相成長法による炭素繊維0.1〜80質量部と、前記炭素繊維以外の充填材を60〜150質量部配合することを特徴とするゴム組成物。
【請求項2】
前記炭素繊維以外の充填材がカーボンブラックおよび/または無機充填材である請求項1記載のゴム組成物。
【請求項3】
前記炭素繊維の外周部に積層したカップの大口径部の炭素網層の端面が露出している請求項1または2記載のゴム組成物。
【請求項4】
前記炭素繊維が、底部を有さないカップ形状をなす炭素網層が複数個積層した気相成長法による炭素繊維である請求項3記載のゴム組成物。
【請求項5】
前記炭素繊維が、節の無い中空状をなす請求項4記載のゴム組成物。
【請求項6】
前記中空状をなす炭素繊維の中空部の外表面側および内表面側の炭素網層の端面が露出している請求項5記載のゴム組成物。
【請求項7】
前記中空部の外表面側における炭素網層の端面の2%以上が露出している請求項6記載のゴム組成物。
【請求項8】
前記炭素網層の端面の露出している表面の部位が、原子レベルの大きさの凹凸を呈している請求項6または7記載のゴム組成物。
【請求項9】
前記炭素網層が2500℃以上の高温で熱処理しても、黒鉛化しないことを特徴とする請求項1〜8のうちいずれか一項に記載のゴム組成物。
【請求項10】
前記炭素繊維の直径が1〜1000nm、長さが0.1〜1000μmである請求項1〜9のうちいずれか一項に記載のゴム組成物。
【請求項11】
前記炭素繊維の直径が5〜500nm、長さが0.5〜750μmである請求項1〜9のうちいずれか一項に記載のゴム組成物。
【請求項12】
前記炭素繊維の直径が10〜250nm、長さが1〜500μmである請求項1〜9のうちいずれか一項に記載のゴム組成物。
【請求項13】
請求項1〜12のうちいずれか一項に記載のゴム組成物を用いたことを特徴とするタイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−241970(P2010−241970A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92676(P2009−92676)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【出願人】(000105154)株式会社GSIクレオス (31)
【Fターム(参考)】