説明

サイレージ調製用添加剤及び該サイレージ調製用添加剤を用いるサイレージの調製方法並びにサイレージ調製用キット

【課題】サイレージの酪酸発酵及び好気的変敗の防止に有用でかつ実用的なサイレージ調製用添加剤を提供すると共に、その添加剤を用いることによって、従来困難であった酪酸発酵及び好気的変敗の両方の防止が可能なサイレージ調製方法並びにサイレージ調製用キットを提供することを目的とする。
【解決手段】ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12と、を含む、サイレージ調製用添加剤および該サイレージ調製用添加剤を用いるサイレージの調製方法並びに前記サイレージ調製用添加剤を備えたサイレージ調製用キットにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家畜飼料であるサイレージを調製(製造)するために用いる添加剤及びサイレージの調製方法並びにサイレージ調製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
サイレージは、飼料作物をサイロ内に貯蔵して乳酸発酵させることによって保存性を付与した家畜飼料のことである。サイレージの保存のためには、サイレージが低pH条件になっていること、及び、サイロが嫌気的条件になっていること、の両方の条件を満たすことが必要である。これらの条件のいずれかを満たさない場合、サイレージは発酵品質の低下又は好気的変敗を起こす。
【0003】
まず、サイレージ材料の水分が80%以上もの高水分で、かつサイレージの貯蔵中に乳酸発酵が十分に行われず、サイレージのpHが十分に低下しない場合、その中に存在する酪酸菌(Clostridum spp.)と呼ばれる細菌が増殖して、酪酸発酵と呼ばれる現象が起こる。酪酸発酵の過程では、酪酸菌によってサイレージ中の炭水化物や蛋白質が酪酸やプロピオン酸やアンモニアに分解され、それによってサイレージの栄養価及び家畜の嗜好性が低下してしまう。このため、酪酸やプロピオン酸の含量が高いサイレージほど発酵品質が低いとされている。サイレージの発酵品質の向上のためには、この酪酸発酵の防止が不可欠である。
【0004】
次に、サイロが開封された場合、サイレージは好気的条件にさらされる。この条件下でサイレージが放置されると、サイレージ中に存在する微生物によって変敗が起こる。このような変敗は好気的変敗と呼ばれる。好気的変敗を引き起こす微生物として最も主要なものは、乳酸を代謝する能力を持った酵母である。そのような酵母が乳酸を代謝して水と二酸化炭素に分解することによって、サイレージのpHが上昇する。すると、低pH条件下で生育が抑制されていた、腐敗や食中毒の原因となる細菌がサイレージ中で繁殖を始め、腐敗が進行する。このように好気的変敗が進行したサイレージは栄養価だけでなく、安全性も低下するので、家畜の飼養管理上大きな問題となっている。
【0005】
従来、酪酸発酵を防止する手段としては、ホモ型発酵乳酸菌がサイレージ添加剤として利用されてきた(非特許文献1)。乳酸菌には、ホモ型発酵乳酸菌とヘテロ型発酵乳酸菌が存在し、このうちホモ型発酵乳酸菌はグルコースなどの糖から乳酸のみ生成する特徴を有する。これは乳酸発酵の様式としては非常に効率が良く、そのため、ホモ型発酵乳酸菌を添加したサイレージは乳酸発酵及びpHの低下が速やかに進行して、酪酸発酵の防止が可能になる。しかしながら、その反面ホモ型発酵乳酸菌は、一般にサイレージの好気的変敗の防止機能が弱いとされている。その理由としては、ホモ型発酵乳酸菌の主要代謝産物である乳酸は、酪酸菌など細菌に対しては抗菌作用を有する反面、好気的変敗の原因となる酵母に対しては抗菌作用がなく、むしろその栄養源となってしまうことが挙げられる。
【0006】
一方、サイレージの好気的変敗を防止する手段としては、プロピオン酸またはギ酸の添加が有効なことが知られており、近年ヘテロ型発酵乳酸菌の添加も有効なことが見出されている(非特許文献1)。このうち、ヘテロ型発酵乳酸菌は好気的変敗の原因菌に抗菌作用を有する酢酸を生成することを特徴としており、サイレージ添加剤として提案あるいは利用されている。しかしながら、プロピオン酸及びギ酸は高価であることや、腐食性及び強い臭気を有するために取り扱いが難しいことがサイレージ添加剤としての問題点である。一方、ヘテロ型発酵乳酸菌は好気的変敗にはある程度の防止効果が認められる反面、酪酸発酵に対する防止機能は弱いことが問題点である。
【0007】
このように、サイレージの添加剤のうち、比較的取り扱いが容易な乳酸菌を含有する添加剤として酪酸発酵と好気的変敗の両方の防止機能を併せ持ったものが従来見当たらず、そのためにサイレージの酪酸発酵と好気的変敗を併せて防止することは困難であった。
【0008】
これに対して本発明者らは、ホモ型発酵乳酸菌の中にグリセロールから抗菌物質であるロイテリンを生産するものを見い出した(非特許文献2)。ロイテリンは別名3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドとも呼ばれ、酪酸発酵や好気的変敗の原因菌など種々の微生物に対して抗菌作用を有しており、サイレージの酪酸発酵や好気的変敗の防止への利用が期待される。
【0009】
次に本発明者らは、このロイテリン生産性乳酸菌をグリセロールと共にサイレージに添加することによって酪酸発酵と好気的変敗の両方を防止しうることを見出した(非特許文献3)。しかし、その場合、多量のグリセロールが必要であり、サイレージ添加剤としては極めて高価になるのが避けられないという問題があった。
【非特許文献1】内田仙二編「サイレージ科学の進歩」、デーリィ・ジャパン社、1999年
【非特許文献2】Nakanishi et al. Japanese Jounal of Lactic Acid Bacteria (2002) 13: 37-45.
【非特許文献3】Tanaka et al. Grassland Science (2003) 49: 222-228.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、従来のサイレージ調製用添加剤は、酪酸発酵又は好気的変敗のいずれか一方の防止にのみ有効なものが多く、そのためにサイレージの酪酸発酵と好気的変敗の両方を防止することは困難であった。本発明者らが見出したロイテリン生産能を有する乳酸菌とグリセロールのサイレージへの添加も、多量のグリセロールが必要であるために(サイレージ材料の1%以上)サイレージ添加剤としては極めて高価になり、非実用的であった。このようなロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌及びグリセロールを含有する添加剤を実際のサイレージ調製に役立てるためには、実用的な観点から、より少量のグリセロールから効率的にロイテリンを生産するように改良することが不可欠である。
【0011】
そこで、本発明は、サイレージの酪酸発酵及び好気的変敗の防止に有用でかつ実用的なサイレージ調製用添加剤を提供すると共に、その添加剤を用いることによって、従来困難であった酪酸発酵及び好気的変敗の両方の防止が可能なサイレージ調製方法並びにサイレージ調製用キットを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記のような機能を有するサイレージ調製用添加剤の作出を目的として、サイレージ中において、少量のグリセロールからより効率的にロイテリンを生産する方法を検討した。その結果、ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌及びグリセロールの他にビタミンB12を併せてサイレージに添加すると、ロイテリン生産量が向上して添加グリセロールの必要量が従来の5分の1に低減可能となり、酪酸発酵及び好気的変敗の防止に寄与することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、以下の各発明を包含する。
(1)ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12と、を含む、サイレージ調製用添加剤。
【0014】
(2)前記ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌が、ラクトバチルス・コリニフォルミス(Lactobacillus coryniformis)である、(1)に記載のサイレージ調製用添加剤。
【0015】
(3)pH調整剤を更に含有する、(1)または(2)に記載のサイレージ調製用添加剤。
【0016】
(4)前記pH調整剤が、炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウムである(1)〜(3)のいずれか1に記載のサイレージ調製用添加剤。
【0017】
(5)前記ビタミンB12の濃度が、サイレージ材料重量当たり0.02〜0.03ppmである、(1)〜(4)のいずれか1に記載のサイレージ調製用添加剤。
【0018】
(6)サイレージ材料に、ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌を含むサイレージ調製用添加剤を添加する工程と、該ホモ型発酵乳酸菌を嫌気条件下で発酵させて、乳酸とロイテリンを生産させる工程と、を備えたサイレージの調製方法であって、該サイレージ調製用添加剤として、(1)〜(5)のいずれか1に記載のサイレージ調製用添加剤を使用することを特徴とする、サイレージの調製方法。
【0019】
(7)前記サイレージ調製用添加剤を添加した後、前記ホモ型発酵乳酸菌を発酵させる前に、pH調整剤を添加する工程を含む、(6)に記載のサイレージの調製方法。
【0020】
(8)前記pH調整剤として、炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウムを用いる(7)に記載のサイレージの調製方法。
【0021】
(9)(1)〜(5)のいずれか1に記載のサイレージ調製用添加剤を備えたサイレージ調製用キット。
【発明の効果】
【0022】
本発明のサイレージ調製用添加剤及び該サイレージ調製用添加剤を用いたサイレージの調製方法は、比較的少ないグリセロール量で乳酸菌に効率よくロイテリンを生産することができるため、同時に生産される乳酸とともに、従来困難であった酪酸発酵及び好気的変敗の両方の防止が低コストで達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
[サイレージ調製用添加剤]
本発明の実施形態に係るサイレージ調製用添加剤について説明する。本発明の実施形態に係るサイレージ調製用添加剤は、ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12と、を含むものである。
【0024】
ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌(以下「ロイテリン生産性乳酸菌」と称する)は特に限定されるものではないが、例えば、ラクトバチルス・コリニフォルミス(Lactobacillus coryniformis)である。具体的には、ラクトバチルス・コリニフォルミス(Lactobacillus coryniformis)東京農業大学所有394株を使用することが好ましい。その理由は、本菌株はロイテリン生産性乳酸菌の中では最もロイテリン生産能が高い部類に属し(Nakanishi et al. (2002) Japanese Jounal of Lactic Acid Bacteria 13: 37-45.)、しかも他のホモ型発酵乳酸菌と同様に、サイレージの酪酸発酵防止機能も有することが認められているからである(Tanaka et al. (2003) Grassland Science 49: 222-228.)。
【0025】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤におけるロイテリン生産性乳酸菌の菌体濃度は、早期にサイレージ内のpHを低下させる観点及びロイテリンと乳酸を多く生産させる観点からは、サイレージ材料に添加する際の初発菌体濃度がサイレージ材料重量当たり106cfu/g以上であることが好ましい。但し、サイレージ調製用添加剤をサイレージ材料に添加した後にロイテリン生産性乳酸菌が増殖することを考慮すれば、サイレージ調製用添加剤を添加する時点のロイテリン生産性乳酸菌の菌体濃度はサイレージ材料重量当たり106〜107cfu/g程度でよい。
【0026】
サイレージ材料に対する添加量は、MRS液体培地で30℃、24〜48時間培養した培養液(菌体濃度が109cfu/g程度)を用いる場合、サイレージ材料の重量を基準として、0.1重量%程度である。
【0027】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤に用いられるグリセロールは、前記ロイテリン生産性乳酸菌が代謝してロイテリンを生産するための基質となる。
【0028】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤におけるグリセロールの配合量は、ロイテリン生産性乳酸菌にロイテリンを多量に生産させる観点からは、サイレージ材料の重量を基準として、1.0重量%以上であることが好ましいが、コストの観点からはサイレージ材料の全重量を基準として0.1〜1.0重量%であることが好ましく、0.2〜0.5重量%であることがより好ましい。
【0029】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤に用いられるビタミンB12は、前記ロイテリン生産性乳酸菌が代謝してロイテリンを生産する際に、その生産量を向上させる役割を果たすものである。例えば、ロイテリン生産性乳酸菌及びグリセロールの他にビタミンB12を併せてサイレージに添加すると、ロイテリン生産性乳酸菌のロイテリン生産量を増加させることができる。これにより、ビタミンB12を添加せずに発酵させた場合と比較して、酪酸発酵及び好気的変敗の防止に必要なロイテリンを得るのに必要なグリセロールの添加量が、従来の約5分の1にまで低減させることが可能となる。ビタミンB12の添加がロイテリン生産量の増加をもたらす理由については必ずしも明らかではないが、ロイテリン生産性乳酸菌がグリセロールをロイテリンに変換する際に、ビタミンB12が補酵素としてその変換を促進することが理由のひとつとして考えられる。
【0030】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤におけるビタミンB12の配合量は、ロイテリン生産性乳酸菌にロイテリンを効率よく生産させる観点からは、サイレージ材料の全重量を基準として0.02〜0.03ppmであることが好ましい。
【0031】
本実施形態のサイレージ調製用添加剤においては、pH調整剤を含むことが好ましい。pH調整剤としては、例えば、炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウム等を挙げることができる。炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウム等のpH調整剤を添加することにより、サイレージ材料のpHを一定範囲に保持し、ロイテリン生産性乳酸菌自身が生産する乳酸によってpHが低下し、死滅するのを防止することができる。また、ロイテリン生産性乳酸菌は、その至適pHが中性付近にある。そのため、ロイテリンの生産が最も増加するpHに維持することによって、ロイテリン生産性乳酸菌に効率よくロイテリンを生産させることができる。
【0032】
pH調整剤の添加量は設定するpHによって適宜調整しうるが、0.05〜0.1重量%であることが好ましい。
【0033】
なお、上記pH調整剤は、サイレージ材料に添加する際、上述したロイテリン生産性乳酸菌、グリセロール及びビタミンB12とは別に水に溶解させて散布することが好ましい。その理由は、本実施形態のサイレージ調製用添加剤の成分のうち、ビタミンB12が炭酸ナトリウムのようなアルカリ性物質に対して化学的に不安定なためである。そのため、後述するサイレージ調製用キットのような形態で扱うことがより好ましい。
【0034】
[サイレージの調製方法]
本実施形態に係るサイレージの調製方法について説明する。本実施形態に係るサイレージの調製方法は、サイレージ材料に、ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌を含むサイレージ調製用添加剤を添加する工程と、該ホモ型発酵乳酸菌を嫌気条件下で発酵させて、乳酸とロイテリンを生産させる工程と、を備えたサイレージの調製方法であって、該サイレージ調製用添加剤として、上述したサイレージ調製用添加剤を使用するものである。
【0035】
サイレージ材料としては、通常材料として用いられる牧草、飼料作物、食品製造副産物、農産副産物、飼料等の全てが対象となる。サイレージ材料として牧草または飼料作物を用いる場合は、それらを刈り取った後にそのまま用いるか、あるいは刈り取り後に1日以内放置して部分的に乾燥させて用いる。乾燥させたサイレージ材料を用いる場合、サイレージ材料中の水分を40〜86重量%、好ましくは50〜70重量%に調節して使用することが好ましい。他のサイレージ材料についても、好ましくは水分を上記の範囲に調節して用いる。
【0036】
サイレージ調製用添加剤をサイレージ材料に添加する工程において、サイレージ調製用添加剤の添加方法は、ロイテリン生産性乳酸菌、グリセロール及びビタミンB12のみを配合する場合には特に限定されるものではなく、本実施形態のサイレージ調製用添加剤を培地や水に溶解させてサイレージ材料に散布してもよいし、ロイテリン生産性乳酸菌、グリセロール及びビタミンB12を各々培地や水に溶解させた上で別々にサイレージ材料に散布してもよい。
【0037】
炭酸ナトリウムや炭酸カルシウム等のpH調整剤をサイレージ調製用添加剤の成分とする場合は、pH調整剤以外の3成分(ロイテリン生産性乳酸菌、グリセロール及びビタミンB12)の添加方法は上記と同様でよいが、好ましくはpH調整剤は他の3成分とは別に水に溶解させてサイレージに散布する。その理由は、サイレージ調製用添加剤の成分のうちビタミンB12は炭酸ナトリウムのようなアルカリ性物質に対して化学的に不安定なためである。
【0038】
サイレージ調製用添加剤の好ましい添加量は、例えば、サイレージ材料中に、ロイテリン生産性ホモ型発酵乳酸菌が0.1重量%(菌体濃度106cfu/g)、グリセロール0.2〜0.5重量%、ビタミンB120.02〜0.03ppmである。pH調整剤を併せて添加する場合は、好ましくはpH調整剤0.05〜0.1%をサイレージ材料に添加する。
【0039】
ホモ型発酵乳酸菌を嫌気条件下で発酵させて、乳酸とロイテリンを生産させる工程において、ホモ型発酵乳酸菌を嫌気条件下で発酵させるための発酵タンクとしては、嫌気状態が保持できるものであれば特に種類は限定されないが、通常の実施形態を考慮すれば、サイロを用いることが好ましい。サイロの型式は、ロールベール、タワーサイロ、バンカーサイロ、スタックサイロなど様々な型式のものを使用できるが、気密性の高いものが望ましい。
【0040】
発酵条件については、サイレージ中でのロイテリン生産を促進させる見地からは、サイレージのサイロでの発酵期間は2日以上であることが好ましい。また、発酵温度は20〜30℃が望ましい。
【0041】
発酵期間中、ロイテリン生産性乳酸菌は速やかに増殖するとともに乳酸発酵を行い、乳酸とロイテリンを効率よく生産する。生産された乳酸とロイテリンは、酪酸発酵の原因菌である酪酸菌と好気的変敗の原因菌である乳酸代謝性の酵母の増殖を同時に防止する。その結果、サイレージ材料の発酵が良好に行われ、発酵終了時には高品質で安全性の高いサイレージが得られる。
【0042】
[サイレージ調製用キット]
次に、本実施形態のサイレージ調製用キットについて説明する。本実施形態のサイレージ調製用キットは、上述したサイレージ調製用添加剤を備えたキットである。サイレージ調製用キットの具体例としては、例えば、ロイテリン生産性乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12とを、所定の容量を有する容器にそれぞれ個別に収容したものの集合体とすることができる。また、ロイテリン生産性乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12を混合したものを、所定の容量を有する容器又は包装袋に収容することもできる。更に、上述したpH調整剤を容器又は包装袋に収容したものを備えてもよい。
【0043】
本実施形態のサイレージ調製用キットは、培地成分並びに精製水又は緩衝剤に溶解し、使用時に、サイレージ材料中で所定の濃度になるような形態にすることが好ましい。また、使用時、適時、所望の濃度に希釈する濃厚液の形態、さらには、乾燥品の形態(ロイテリン生産性乳酸菌の乾燥粉末など)とすることもできる。
【実施例1】
【0044】
以下、本発明の実施例を試験例によって説明するが、本発明は実施例に限定されない。本実施例では、ロイテリン生産性ホモ型発酵乳酸菌としてラクトバシルス・コリニフォルミス Lactobacillus coryniformis 東京農業大学所有394株を用いた。
【0045】
[試験例1]
本試験例においては、本発明のサイレージ調製用添加剤がサイレージ中でロイテリン生産に及ぼす影響について検討した。
【0046】
(試験方法)
1)サイレージ調製用添加剤の調製
ロイテリン生産性乳酸菌をMRS液体培地で前培養し、菌数が培養液重量当たり109cfu/gのロイテリン生産性乳酸菌の培養液を得た。また、グリセロール及びビタミンB12を下記表1の配合で調製し、サイレージ調製用添加剤(サンプル1〜4)とした。なお、各成分の配合量は、サイレージ材料に対する配合量で表した。また、ロイテリン生産性乳酸菌の配合量は、乳酸菌培養液(MRS液体培地)の重量%で表した。
【0047】
【表1】

【0048】
2)サイレージ材料
乾燥した稲わら(品種:コシヒカリ)を約2cmの長さに細断し、これに水及びグルコースを加えたものをサイレージ材料として用いた。具体的には、水分含有率を85〜86重量%に調整し、稲わらの重量に対する糖含量を2重量%に調節したものをサイレージ材料とした。
【0049】
3)サイレージの調製
上記サイレージ材料30gと各サンプル(1〜4)の混合物をそれぞれ食品包装用のプラスチック製パウチ(ナイロンとポリエチレンの積層フィルム製)に入れて、これを市販の吸引密封機でプラスチック製パウチの中の空気を吸引し、嫌気条件となるように密封した(パウチ法)。その後、上記混合物を25℃で30日間発酵させることにより、所望のサイレージを得た。
【0050】
4)サイレージ中の乳酸菌数の測定
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を酢酸添加MRS寒天平板培地を用いて測定した。
【0051】
5)サイレージ中のロイテリンの定量
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を濃リン酸及びトリプトファン処理比色法(田中ら (2005) 日本畜産学会第104回大会講演要旨, p.73.)により定量した。
【0052】
(結果の概要)
サンプル中のグリセロール及びビタミンB12の配合量と併せて、結果を表2に示す。いずれの試験区も貯蔵後乳酸菌数が109cfu/g程度まで増殖し、乳酸発酵によってサイレージのpHは4以下まで低下した。
【0053】
ここで、ビタミンB12を配合するサンプル4を添加した場合にはロイテリンの生産量が約80ppmまで増加していることが判明した。この結果から、本発明のサイレージ調製用添加剤はサイレージ中でのロイテリン生産量の増加もたらすことが示された。
【0054】
ロイテリンはサンプル2(グリセロール0.2重量%)及びサンプル3(グリセロール1重量%)を使用した場合にも検出されたが、ビタミンB12が含まれていなかったため、その生産量は8〜32ppmにとどまった。
【0055】
【表2】

【0056】
[試験例2]
本試験例では本発明のサイレージ調製用添加剤が酪酸発酵に及ぼす影響について検討した。
【0057】
(試験方法)
1)サイレージ調製用添加剤
ロイテリン生産性乳酸菌をMRS液体培地で前培養し、菌数が培養液重量当たり109cfu/gのロイテリン生産性乳酸菌の培養液を得た。また、グリセロール及びビタミンB12を下記表3の配合で調製し、サイレージ調製用添加剤(サンプル5〜7)とした。更に、サイレージ材料を酪酸発酵に好適な中性付近のpH条件に保つために、pH調整剤として炭酸カルシウム(CaCO3)をサイレージ材料に対し2重量%を添加した。なお、各成分の配合量は、サイレージ材料に対する配合量で表した。また、ロイテリン生産性乳酸菌の配合量は、乳酸菌培養液(MRS液体培地)の重量%で表した。
【0058】
【表3】

【0059】
2)サイレージ材料
乾燥した稲わら(品種:コシヒカリ)を約2cmの長さに細断し、これに水及びグルコースを加えたものをサイレージ材料として用いた。具体的には、酪酸発酵を起こりやすくするため、水分含有率を83〜84重量%に調整し、稲わらの重量に対する糖含量を0.4重量%に調節したものをサイレージ材料とした。
【0060】
3)サイレージの調製
上記サイレージ材料30gとサンプル(4〜6)の混合物をそれぞれ食品包装用のプラスチック製パウチ(ナイロンとポリエチレンの積層フィルム製)に入れて、これを市販の吸引密封機でプラスチック製パウチの中の空気を吸引し、嫌気条件となるように密封した(パウチ法)。その後、上記混合物を25℃で14日間発酵させることにより、所望のサイレージを得た。
【0061】
4)サイレージの発酵品質の検定
発酵終了後、得られたサイレージ中の有機酸組成をキャピラリー電気泳動法を用いて分析した。
【0062】
5)サイレージ中の乳酸菌数の測定
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を酢酸添加MRS寒天平板培地を用いて測定した。
【0063】
6)サイレージ中のロイテリンの定量
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を濃リン酸及びトリプトファン処理比色法(田中ら (2005) 日本畜産学会第104回大会講演要旨, p.73.)により定量した。
【0064】
(結果の概要)
サンプル中のグリセロール及びビタミンB12の配合量と併せて、結果を表4に示す。炭酸カルシウム添加によっていずれの試験区もpHは5.4以上と実施例1に比べて高く、酪酸発酵に好適と考えられるpHとなった。そのため、ビタミンB12を配合していないサンプル5を使用した場合には酪酸発酵が認められた。
【0065】
しかしながら、ビタミンB12を配合するサンプル7を使用した場合には酪酸発酵は認められなかった。この場合、サイレージ中からはロイテリンが検出され、このようなロイテリンの生産によって酪酸発酵が防止されたと考えられた。
【0066】
なお、この試験例においては、試験例1に比べてサイレージ中のロイテリン含量が高くなったが、本発明者らは中性付近のpH条件下でロイテリン生産性乳酸菌のロイテリン生産が最大となることを報告しており(Nakanishi et al. (2002) Japanese Jounal of Lactic Acid Bacteria 13: 37-45.)、本試験例においては、炭酸カルシウム添加によってサイレージのpHが中性付近にとどまったことがロイテリン生産を促したと考えられた。
【0067】
以上、本試験例の結果から、本発明のサイレージ調製用添加剤はサイレージの酪酸発酵防止に有効なことが示された。
【0068】
【表4】

【0069】
[試験例3]
本試験例では本発明のサイレージ調製用添加剤が好気的変敗の抑制に及ぼす影響について検討した。
【0070】
(試験方法)
1)サイレージ調製用添加剤
ロイテリン生産性乳酸菌をMRS液体培地で前培養し、菌数が培養液重量当たり109cfu/gのロイテリン生産性乳酸菌の培養液を得た。また、グリセロール及びビタミンB12を下記表5の配合で調製し、サイレージ調製用添加剤(サンプル8〜15)とした。さらに、pH調整剤として炭酸ナトリウム(Na2CO3)を0.05重量%を添加したものも調製した(サンプル14及び15)。また、実施例の好気的変敗防止効果を確認するために、従来例として、グリセロールを比較的多量(1重量%)に添加したサンプルを調製した(サンプル10及び11)。更に、対照としてロイテリンを生産しないホモ型発酵乳酸菌であるラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)NGRI 0110株を用いた(サンプル8)。
【0071】
【表5】

【0072】
2)サイレージ材料
乾燥した稲わら(品種:コシヒカリ)を約2cmの長さに細断し、これに水及びグルコースを加えたものをサイレージ材料として用いた。具体的には、水分含有率を65〜67重量%に調整し、糖含量を2重量%に調節したものをサイレージ材料とした。
【0073】
3)サイレージの調製
上記サイレージ材料30gと各サンプル(8〜15)の混合物をそれぞれ食品包装用のプラスチック製パウチ(ナイロンとポリエチレンの積層フィルム製)に入れて、これを市販の吸引密封機でプラスチック製パウチの中の空気を吸引し、嫌気条件となるように密封した(パウチ法)。その後、上記混合物を25℃で14日間発酵させることにより、所望のサイレージを得た。
【0074】
4)サイレージの発酵品質の検定
発酵終了後、得られたサイレージ中の有機酸組成をキャピラリー電気泳動法を用いて分析した。
【0075】
5)サイレージ中の乳酸菌数の測定
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を酢酸添加MRS寒天平板培地を用いて測定した。
【0076】
6)サイレージ中のロイテリンの定量
発酵終了後、得られたサイレージ中の乳酸菌数を濃リン酸及びトリプトファン処理比色法(田中ら (2005) 日本畜産学会第104回大会講演要旨, p.73.)により定量した。
【0077】
7)サイレージの好気的変敗の検討
サイレージの好気的変敗を検討する目的で、乳酸代謝能を有し、好気的変敗原因菌となる酵母ピキア・エスピー(Pichia sp.)Y-1株を用いた。発酵終了後に上記パウチを開封し、ピキア・エスピー(Pichia sp.)Y-1株106cfu/gをサイレージに接種して25℃下に7日間静置培養した。その後、サイレージの酵母菌数及び酵母の乳酸代謝によるpHの上昇を調べることによって、サイレージの好気的変敗の評価を行った。なお、酵母菌数は酒石酸を添加したポテトデキストロース寒天平板培地を用いて測定した。
【0078】
(結果の概要)
結果は表6及び表7に示した。いずれのサンプルを用いた場合も乳酸が生成されたことによって酪酸発酵が認められない良好な発酵品質となった(表6)。一方、開封後の好気的変敗については、ラクトバチルス・ラムノサスLactobacillus rhamnosus を添加したサンプル8、及びラクトバチルス・コリニフォルミス L. coryniformis のみを添加し、ビタミンB12、グリセロール及び炭酸ナトリウムを添加していないサンプル9の好気的変敗の進行は速く、pHの顕著な上昇が観察された(表7)。
【0079】
また、ラクトバチルス・ラムノサスL. coryniformis 及びグリセロール1%のみを添加し、ビタミンB12及び炭酸ナトリウムを添加していないサンプル10及び11は、酵母菌数はサンプル8及び9とほぼ同等であったが、pHの上昇、すなわち好気的変敗の進行はサンプル8及び9に比べて抑制される傾向を示した(表7)。これはグリセロールを多量に添加した結果、表6に示すようにサイレージ中でロイテリンが生産されたためと考えられた。
【0080】
一方、ロイテリン生産性ホモ型発酵乳酸菌、グリセロール及びビタミンB12を添加し、炭酸ナトリウムを添加していないサンプル12及び13については、グリセロール添加量はサンプル10及び11の5分の1であったにもかかわらず、サンプル10及び11と同様のロイテリン生産が認められ(表6)、開封7日後後のpHの上昇、すなわち好気的変敗の進行も抑制される傾向を示した(表7)。
【0081】
なお、サンプル14及び15については、発酵開始から2日後にはサンプル10〜13に比べてより多くのロイテリン生産が認められた(表6)。このサンプル14及び15においては、発酵途中、炭酸ナトリウムによってサイレージ材料のpHの低下がやや遅くなっていたのが確認されたが、これにより、ロイテリン生産性ホモ型発酵乳酸菌の至適pHに近いpHが他のサンプルよりも長い間維持され、ロイテリン生産量が増加したと考えられた。
【0082】
また、開封7日後のサンプル15の酵母菌数及びpHの上昇はサンプル10〜13に比べてさらに抑制されることが認められた(表7)。すなわち、サンプル15においては好気的変敗の進行が顕著に抑制された。
【0083】
なお、開封した時点ではサンプル15からはロイテリンは検出されなかったが(表6)、それにもかかわらず好気的変敗の進行が顕著に抑制された理由としては、サンプル14において発酵開始から2日後に高いロイテリン生産量を示したことと関連があると考えられた。
【0084】
以上の結果からは、本発明のサイレージ調製用添加剤はサイレージの好気的変敗防止に有効であり、その場合、炭酸ナトリウムを併せて添加することによってさらに好気的変敗防止機能が向上することが示された。
【0085】
【表6】

【0086】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明は高品質のサイレージが調製可能となり、しかも、それらの変敗防止が可能となるため、畜産の分野において広範な利用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌と、グリセロールと、ビタミンB12と、を含む、サイレージ調製用添加剤。
【請求項2】
前記ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌が、ラクトバチルス・コリニフォルミス(Lactobacillus coryniformis)である、請求項1に記載のサイレージ調製用添加剤。
【請求項3】
pH調整剤を更に含有する、請求項1または2に記載のサイレージ調製用添加剤。
【請求項4】
前記pH調整剤が、炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウムである請求項1〜3のいずれか1項に記載のサイレージ調製用添加剤。
【請求項5】
前記ビタミンB12濃度が、サイレージ材料重量当たり0.02〜0.03ppmである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のサイレージ調製用添加剤。
【請求項6】
サイレージ材料に、ロイテリン生産能を有するホモ型発酵乳酸菌を含むサイレージ調製用添加剤を添加する工程と、
該ホモ型発酵乳酸菌を嫌気条件下で発酵させて、乳酸とロイテリンを生産させる工程と、
を備えたサイレージの調製方法であって、
該サイレージ調製用添加剤として、請求項1〜5のいずれか1項に記載のサイレージ調製用添加剤を使用することを特徴とする、サイレージの調製方法。
【請求項7】
前記サイレージ調製用添加剤を添加した後、前記ホモ型発酵乳酸菌を発酵させる前に、pH調整剤を添加する工程を含む、請求項6に記載のサイレージの調製方法。
【請求項8】
前記pH調整剤として、炭酸ナトリウム又は炭酸カルシウムを使用する請求項7に記載のサイレージの調製方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のサイレージ調製用添加剤を備えたサイレージ調製用キット。