説明

サケ科魚類の卵管理方法及びサケ科魚類の卵管理装置

【課題】 遮光しなくても卵に悪影響を与えることなく卵を視認して卵の管理ができるようにし、卵管理効率の向上を図る。
【解決手段】 開口2を有し水が収容される水槽1と、水槽1内に配置されて卵のふ化床を構成し卵Sが載置される網状体21を有したトレー20と、水槽1の開口2を塞ぐ蓋30とを備え、水槽1内のトレー20上の卵Sを視認できるように水槽1及び蓋30の全部もしくは一部をカラーフィルタFで構成し、このカラーフィルタFをふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光、望ましくは、赤色光の波長W以上の波長Wの光であって、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Wa、望ましくは、600nm≦Waにする構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ふ化床に置かれたサケ科魚類の卵を管理するサケ科魚類の卵管理方法及びサケ科魚類の卵管理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、サケ科魚類の増養殖においては、先ず、受精卵のふ化管理を行う。例えば、サケの場合、受精卵は受精後約8時間後に第1分割を開始し、それから更に分割を重ね桑実・胞胚期を経て、発眼期に入り(約30日)、それから概ね30日後にふ化する。その後、ふ化した仔稚魚を飼育し、放流あるいは養殖に供するようにしている。
このサケ科魚類の受精卵は、日本でサケ放流事業が本格的に進められた1888年(明治21年)以降現在まで、浮上(餌付け)直前まで遮光条件で管理するのが一般的になっている。その理由は、卵に自然光や白色蛍光灯等の人工光の白色光が長時間当たると、卵がふ化する前に死んでしまうからである。他のサケ科魚類の卵も同じである。
具体的には、従来においては、サケ科魚類の卵は、例えば、光を通さない卵管理装置を用いて管理している。また、屋内に設置した水槽(ふ化槽)においては、室内に自然光が射し込まないよう窓にカーテンやブラインド等を設置して暗室にして管理をすることも行っている。
【0003】
従来、上記のサケ科魚類の卵管理装置としては、例えば、実公平4−6544号公報(特許文献1)に掲載されている装置が知られている。これは、発眼期に入った卵を管理する装置であり、図16に示すように、この卵管理装置は、上に開口を有し水が収容される水槽100を備え、この水槽100内に卵のふ化床を構成し、卵を通過不能に支持するとともにふ化した仔稚魚が通過可能な網状体101を設け、この網状体101に卵を載置し、網状体101の下に網で支持したネットリング103を設け、水槽100の開口を光を通さない蓋102で塞ぎ、この状態で、水槽100内に水を供給して排水しながら、遮光条件下で、ふ化を行う。ふ化した仔稚魚は網状体101の下に設けたネットリング103内に移動し、所要期間育成される。尚、この卵管理装置は、発眼期に入った卵を管理する装置であるが、それまでは、卵は、上記と略同様の構成であって、網状体101及びネットリング103がなく、ネットリング103を支持する下の網を卵や仔稚魚を通過不能に支持するふ化床として構成した別の卵管理装置により管理され、その後、上記の装置に移し換えられる。この別の卵管理装置においても、遮光条件下で卵が管理される。
【0004】
このようなサケ科魚類の卵管理装置においては、主にネットリング103を支持する網や卵の間に気泡が溜まったり、ミズカビが繁茂することで水槽100内の水流が滞り、卵が大量に窒息死することがあるが、このような事故を防ぐため、管理者は、定期的に水槽100の蓋102を開けて卵の状態を観察したり通水を確認するなどして事故が発生しないよう努めている。また、死んだ卵が発見された場合には、これを取り除く。もし取り除かないと、卵が連鎖的に死に、死ぬ卵の範囲が拡大してしまう。そのため、この取り除き作業は極めて重要になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実公平4−6544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記従来のサケ科魚類の卵管理装置にあっては、卵管理の際に、定期的に水槽100の蓋102を開けて卵の状態を観察することを行うが、この作業は逐一水槽100の蓋102を開けなければならないので、時間と手間暇がかかり煩雑になっているという問題があった。また、蓋102が開いている間は、ふ化床の卵に光が入射するので、その時間は数分程度と短いものであっても、少なからず卵に光の悪影響を与えてしまう。
【0007】
本発明は上記の点に鑑みて為されたもので、遮光しなくても卵に悪影響を与えることなく卵を視認して卵の管理ができるようにし、卵管理効率の向上を図ったサケ科魚類の卵管理方法及びサケ科魚類の卵管理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、サケ科魚類の卵に悪影響を与える光が、自然光や白色蛍光灯等の人工光の光は様々な波長の混じった光であり、もし、自然光や人工光のうち特定の光波長だけが卵に悪影響を及ぼすとしたら、その波長光だけを遮断できれば、あるいは無害な光波長が存在するならその光波長だけを透過する水槽で卵管理することにより死卵の発生を抑えることができると考えた。
そこで、後述もするが、ニジマス、ヤマメ、サケ等の数種のサケ科魚類の受精卵を、白色光(無遮光)、青色、緑色および赤色のフィルタ透過光で管理し、ふ化成績を比較した試験を行った。対照として遮光して卵を管理した遮光区を設けた。その結果、全ての魚種で、従来言われているように、無遮光条件では数日で全ての卵が死んだ。また、ニジマス、ヤマメでは赤色光下で管理した卵は遮光区と同等の成績であり、サケでは緑色光と赤色光下で管理した卵が遮光区の卵と同等の成績であった。即ち、フィルタ透過光下で管理した卵の成績は、悪い方から青色光、緑色光、赤色光の順であった。このことから、光の中の短波長の光が卵に悪影響を及ぼすものと考えられ、これにより、今回の発明に至ったものである。
【0009】
即ち、本発明のサケ科魚類の卵管理方法は、ふ化床に置かれたサケ科魚類の卵を管理するサケ科魚類の卵管理方法において、上記ふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で管理する構成としている。
これにより、卵には光が入射するが、入射光は緑色光の波長W以上の波長Wの光であることから、卵が入射光によって死ぬ事態が抑制される。また、ふ化床には緑色光の波長W以上の波長Wの光が入射するので、ふ化床上の卵を視認しやすくなり、卵の管理が容易になる。そのため、屋内外に設置した水槽(ふ化槽)では、光を通さない蓋などで遮光しなくても良いことから、それだけ、卵管理効率が向上し、省力化を図ることができるようになる。
【0010】
そして、必要に応じ、上記ふ化床に入射する入射光を赤色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で管理する構成としている。入射光の波長Wが大きくなるので、卵が入射光によって死ぬ事態がより一層抑制される。
【0011】
具体的には、上記ふ化床に入射する入射光は、該光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Waである。望ましくは、上記ふ化床に入射する入射光は、該光の波長Wのうち最大強度の波長Waが600nm≦Waである。
【0012】
また、上記の目的を達成するための本発明のサケ科魚類の卵管理装置は、サケ科魚類の卵が置かれるふ化床を有した水槽を備えたサケ科魚類の卵管理装置において、
上記ふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタを備えた構成としている。
これにより、サケ科魚類の卵をふ化させるときは、本発明に係る卵管理装置のふ化床に卵を置き、水槽内で所要期間育成する。この場合、ふ化床に置かれた卵には光が入射するが、カラーフィルタを通った入射光は緑色光の波長W以上の波長Wの光であることから、卵が入射光によって死ぬ事態が抑制される。また、ふ化床には緑色光の波長W以上の波長Wの光が入射するので、カラーフィルタを通してふ化床上の卵を視認しやすくなり、卵の管理が容易になる。そのため、水槽を光を通さない蓋などで遮光しなくても良いことから、それだけ、卵管理効率が向上し、省力化を図ることができるようになる。
【0013】
そして、必要に応じ、上記ふ化床に入射する入射光を赤色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタを備えた構成としている。入射光の波長Wが大きくなるので、卵が入射光によって死ぬ事態がより一層抑制される。
【0014】
具体的には、上記カラーフィルタは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Waになるようにする。より望ましくは、上記カラーフィルタは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが600nm≦Waになるようにする。
【0015】
そして、必要に応じ、上に開口を有し水が収容される水槽と、該水槽内に配置されて卵のふ化床を構成し卵が載置される網状体を有したトレーと、上記水槽の開口を塞ぐ蓋とを備え、
上記水槽を、水が収容される収容空間を形成する水槽本体と、該水槽本体の収容空間を水が供給される水供給空間と上記トレーが配置され上部に水の排出口を有したトレー配置空間とに仕切るとともに該水槽本体の底面側を開放させて連通口を形成する仕切り板と、上記水供給空間から上記連通口を通って上記トレー配置空間に流入し該トレー配置空間の排出口から排出される水が上記トレーの網状体を通過できるように上記トレー配置空間内に上記トレーを支持する支持部とを備えて構成し、
上記水槽内のトレー上の卵を視認できるように上記水槽及び蓋の全部もしくは一部を、上記カラーフィルタで構成している。
【0016】
そしてまた、必要に応じ、上記カラーフィルタを、透光性の緑色樹脂材料を備えて構成している。
また、必要に応じ、上記カラーフィルタを、透光性の赤色樹脂材料を備えて構成している。
樹脂材料なので、装置を容易に製造できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ふ化床に置かれた卵には光が入射するが、入射光は緑色光の波長W以上の波長Wの光であることから、卵が入射光によって死ぬ事態を抑制することができる。また、ふ化床には緑色光の波長W以上の波長Wの光が入射するので、ふ化床上の卵を視認しやすくなり、卵の管理を容易に行うことができるようになる。そのため、屋内外に設置した水槽(ふ化槽)では、光を通さない蓋などで遮光しなくても良いことから、それだけ、卵管理効率が向上し、省力化を図ることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理装置を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理装置を示す断面図である。
【図3】本発明の別の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法を示す図である。
【図4】本発明のまた別の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法を示す図である。
【図5】本発明の実験例に用いた蛍光灯とカラーフィルタとからなる光源の波長を示し、(A)は青色透過光、(B)は緑色透過光、(C)は赤色透過光、(D)は白色光を示すグラフである。
【図6】光波長が受精卵の生残率に与える影響を調べる実験例に係り、屋内での実験装置の概要を示す図である。
【図7】本発明の屋内での実験結果(ニジマス卵)を示すグラフ図である。
【図8】本発明の屋内での実験結果(ヤマメ卵)を示すグラフ図である。
【図9】本発明の屋内での実験結果(ヒメマス卵)を示すグラフ図である。
【図10】本発明の屋内での実験結果(イワナ卵)を示すグラフ図である。
【図11】本発明の屋内での実験結果(サケ卵)を示すグラフ図である。
【図12】光波長が受精卵の生残率に与える影響を調べる実験例に係り、屋外での実験装置の概要を示す図である。
【図13】本発明の屋外での実験結果(ヒメマス卵)を示すグラフ図である。
【図14】本発明の屋外での実験結果(サケ卵の1回目)を示すグラフ図である。
【図15】本発明の屋外での実験結果(サケ卵の2回目)を示すグラフ図である。
【図16】従来のサケ科魚類の卵管理装置の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面に基づいて、本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法及びサケ科魚類の卵管理装置について詳細に説明する。本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法は、本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理装置において実施されるので、この卵管理装置の作用において説明する。
【0020】
ここで、サケ科魚類とは、サケ属(サケ,ベニザケ(降海前の呼称ヒメマス),ギンザケ,カラフトマス,サクラマス(降海前の呼称ヤマメ),サツキマス(降海前の呼称アマゴ),ビワマス,マスノスケ,ニジマス(降海後の呼称スチールヘッド))、タイセイヨウサケ属(タイセイヨウサケ,ブラウントラウト)、イワナ属(オショロコマ,ミヤベイワナ,イワナ(アメマス),ニッコウイワナ,ヤマトイワナ,ゴギ,カワマス(ブルックトラウト),レイクトラウト)、イトウ属(イトウ)が挙げられる。
【0021】
図1及び図2には、本発明の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理装置Kが示されている。この卵管理装置Kは、発眼期に入るまでの卵を管理する装置であり、上に開口2を有し水が収容される水槽1と、水槽1内に配置されて卵のふ化床を構成し卵Sが通過不能に載置される網状体21を有したトレー20とを備えている。トレー20は、矩形状の枠体22に網状体21を張設したものである。また、この卵管理装置Kは、水槽1の開口2を塞ぐ蓋30を備えている。
【0022】
詳しくは、水槽1は、水が収容される収容空間を形成する直方体のボックス状に形成された水槽本体3を備えている。また、水槽本体3は仕切り板4で仕切られている。仕切り板4は、水槽本体3の長手方向途中に、水槽本体3の底面側を開放させて連通口5を形成するように、長手方向左右の側壁間に架設されており、水槽本体3の収容空間を水が供給される水供給空間Eaとトレー20が配置され上部に水の排出口6を有したトレー配置空間Ebとに仕切っている。水槽本体3には、水供給空間Eaに上側開口2から挿入され、この水供給空間Eaに水を供給する供給パイプ8が付設されている。また、排出口6はトレー配置空間Ebを構成する水槽本体3の上側の壁部に設けられており、この排出口6には排出パイプ7が接続されている。
【0023】
また、トレー配置空間Eb内には、水供給空間Eaから連通口5を通ってトレー配置空間Ebに流入しトレー配置空間Ebの排出口6から排出される水がトレー20の網状体21を通過できるようにトレー20を支持する支持部10が設けられている。この支持部10は、トレー20の枠体22を支持するフランジ11で形成され、このフランジ11は、トレー配置空間Ebを構成する水槽本体3及び仕切り板4の内側面に突設され、トレー20を支持した状態では、網状体21の上下面を上下に露出させ、水が通過できるようにしている。
【0024】
蓋30は、水槽本体3の開口2を塞ぐ矩形状の板31の周囲に、水槽本体3の開口2の外側縁部に嵌合する鍔部32を垂設した、盆を逆にした形状に形成されている。また、蓋30の一端には、供給パイプ8が挿通される切欠き33が形成されている。
【0025】
そして、水槽1内のトレー20上の卵Sを視認できるように、水槽1及び蓋30の全部もしくは一部は、ふ化床であるトレー20に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタFで構成されている。望ましくは、ふ化床としてのトレー20に入射する入射光を赤色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタFを備えて構成する。より具体的には、カラーフィルタFは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Waになるように形成される。より望ましくは、カラーフィルタは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが600nm≦Waになるように形成される。
【0026】
実施の形態においては、水槽1及び蓋30が、透明なアクリル樹脂などで形成される基板Faで形成され、この基板Faの表面に、赤色の赤色樹脂材料としての樹脂フィルムFbが貼付されており、この水槽1及び蓋30の全部がカラーフィルタFとして構成されている。
【0027】
従って、この実施の形態に係る卵管理装置Kを用いて、サケ科魚類の卵Sを管理するときは、先ず、ふ化床であるトレー20の網状体21上に所要量の卵Sを置き、水槽1内で所要期間育成する。水槽1においては、供給パイプ8から水供給空間Eaに水が供給され、水は仕切り板4の下の連通口5を通ってトレー配置空間Ebに流入し、トレー20の網状体21及び卵Sの間を通過し、トレー配置空間Ebの排出口6から排出されて行く。
【0028】
この場合、ふ化床としてのトレー20に置かれた卵Sには光が入射するが、カラーフィルタFを通った入射光は赤色光であることから、卵Sは赤色光の環境下で管理されることになる。そのため、卵Sに入射する入射光は赤色光であることから、卵Sが入射光によって死ぬ事態が抑制される。また、ふ化床としてのトレー20には赤色光が入射するので、カラーフィルタFを通してふ化床上の卵Sを視認しやすくなり、卵Sの管理が容易になる。例えば、トレー20の網状体21や卵Sの間に気泡が溜まったり、ミズカビが繁茂することで水槽1内の水流が滞り、卵Sが大量に窒息死することがあるが、このような事故を防ぐため、管理者は、定期的にあるいは不定期にいつでも水槽1の中をカラーフィルタFを通して直接的に見て、卵Sの様子を視認することができる。このため、水槽及び蓋を遮光性材料で形成して遮光しなくても良いことから、それだけ、卵管理効率が向上し、省力化を図ることができるようになる。もし、死んで白化した卵が発見された場合には、蓋30を開けて、これを取り除く。尚、この場合、蓋30が開いて、自然光あるいは人工光が入射しても、死んだ卵を取り除く僅かな時間なので、大勢に影響することはない。
そして、卵が発眼期に入ったならば、卵を別の卵管理装置に移し換える。この別の卵管理装置は、上記従来の卵管理装置と同様に水槽内の網状体の下に網で支持したネットリングを備えた構造のものであるが、本実施の形態と同様に、水槽及び蓋の全部若しくは一部をカラーフィルタとして構成することができる。これにより、発眼期から浮上するまでの卵を、上記と同様の条件で管理することができる。
【0029】
尚、上記実施の形態においては、水槽1及び蓋30の全部を、透明なアクリル樹脂等からなる基板Faの表面に赤色樹脂材料としての赤色の樹脂フィルムFbを貼付し、カラーフィルタFとして構成したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、例えば、水槽1を非透光性の部材で形成し、蓋30のみをカラーフィルタFとして構成し、あるいは、水槽1の側壁の卵に対応する部分をカラーフィルタFとして構成する等、水槽1及び蓋30の部分をカラーフィルタFとして構成しても良く、適宜変更して差し支えない。また、赤色光のみならず、緑色光にし、あるいは、赤色光と緑色光の両者を用いる等、適宜変更してよい。更に、カラーフィルタFの構成は、上記のものに限らず、例えば、透光性の赤色あるいは緑色に着色した樹脂部材やガラスを用いるなど、材質においても適宜変更して差し支えない。
【0030】
図3には、別の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法を示している。これは、建物40の室内に卵が置かれるふ化床を備えた水槽41を設置し、建物の窓ガラス42を外部からの自然光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタFで覆い、更に、室内の例えば蛍光灯からなる照明器43を、この照明器43から照射される光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタFで覆い、水槽41のふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で管理するものである。これによっても、上記と同様の作用,効果が奏される。
【0031】
図4には、また別の実施の形態に係るサケ科魚類の卵管理方法を示している。これは、自然の川の水底や飼育池の水底をふ化床50とし、このふ化床50の上側に自然光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするフィルム状のカラーフィルタFを張設し、ふ化床50に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で卵を管理するものである。これによっても、上記と同様の作用,効果が奏される。
【0032】
<実験例>
次に、実験例を示す。
(1)波長測定
先ず、青色、緑色、赤色のフィルム状のカラーフィルタを用意し、また、比較対象として、無色フィルタを用意し、これらのカラーフィルタ及び無色フィルタの上に蛍光灯を置き白色光を照射し、各カラーフィルタ及び無色フィルタを透過させた光の波長分布を測定した。この測定は、暗室内で、各カラーフィルタ及び無色フィルタで蛍光灯を被覆し、蛍光灯から発せられる光を透過させて照射し、分光放射計を用いて測定した。無色フィルタにおいては、蛍光灯の光がほぼそのまま照射される。
【0033】
図5に結果を示す。以下に、各透過光の波長の測定結果について説明する。
(A)青色透過光
光の波長Wは、W≧409nmとなり、波長Wのうち最大強度の波長Waは446nmとなった。
(B)緑色透過光
光の波長Wは、472nm≦W≦636nmとなり、波長Wのうち最大強度の波長Waは555nmとなった。
(C)赤色透過光
光の波長Wは、W≧585nmとなり、波長Wのうち最大強度の波長Waは622nmとなった。
(D)白色透過光
光の波長Wは、W≧409nmとなり、波長Wのうち最大強度の波長Waは555nmとなった。
【0034】
(2)屋内実験
図6に示すように、実施の形態と同様の卵管理装置Kにおいて、水槽を非透光性の材料で形成し、蓋のみをカラーフィルタで構成したものを用いた。カラーフィルタとして、青色、緑色、赤色のフィルム状のカラーフィルタを用意し、これらのカラーフィルタの上に蛍光灯を置き白色光を照射した。また、比較対象として、蓋に変えて蛍光灯のみのもの、蓋に変えて遮光用の木製板で遮光した装置を用意した。
蛍光灯を光源とし、点灯時間は全魚種ともプログラムタイマーを用いて6:00〜18:00とした。ニジマス卵、ヤマメ卵、ヒメマス卵、イワナ卵、サケ卵の5種の卵において、受精後6時間以内の卵を約150粒ずつ5組準備し、それぞれ別の卵管理装置Kに収容した。1つの卵管理装置Kは上に木製の蓋を被せて遮光(遮光区)した。残り4つの卵管理装置Kのうち3つは、18Wの白色蛍光灯2本を光源とした青色(青色光区)、緑色(緑色光区)、赤色(赤色光区)の照明用カラーフィルタ透過光下で管理した。残りの1つは同じく18W2本の白色蛍光灯の直接光の下で管理した(無遮光区)。ふ化するまで定期的に死卵を取り除いて各区のふ化率を比較した。遮光区を除いた卵は蛍光灯の光の他に窓ガラスを透過した自然光が幾分照射される環境で管理した。
【0035】
結果を図7乃至図11に示す。
[2−1]ニジマス卵(図7)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区0%、赤色光区62%、遮光区68.5%。
[2−2]ヤマメ卵(図8)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区32.7%、赤色光区89.2%、遮光区92.8%。
[2−3]ヒメマス卵(図9)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区0%、赤色光区0%、遮光区76.2%。
[2−4]イワナ卵(図10)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区0%、赤色光区0%、遮光区80.7%。
[2−5]サケ卵(図11)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区98%、赤色光区100%、遮光区99.3%。
【0036】
その結果、従来言われてきたように、蛍光灯であっても無遮光条件では全魚種の卵がふ化する前に全て死んだ。また、無遮光、青色光、緑色光、赤色光下の順に成績が悪い傾向が認められ、サケ卵を除けば青色光下で管理した卵は無遮光下とほぼ同じ成績であった。このことから、短波長の光が卵に害を与えるものと考えられた。
また、ふ化するに必要な期間においては、ヒメマス,イワナは緑色光区及び赤色光区で生存率が0%であり、ニジマスは緑色光区で生存率が0%となり、長期の使用には適さないことが分かった。しかし、例えば、一時的に光を入射させるような短期の使用には、利用可能性が示唆された。
さらに、ニジマス、ヤマメでは赤色光下で管理した卵が遮光下のものと同等の成績であり、サケでは緑色光と赤色光で管理した卵が遮光下のものと同等の成績であった。
【0037】
(3)屋外実験
図12に示すように、実施の形態と同様の卵管理装置Kにおいて、水槽を非透光性の材料で形成し、蓋のみをカラーフィルタで構成したものを用いた。カラーフィルタとして、青色、緑色、赤色のフィルム状のカラーフィルタを用意した。また、比較対象として、蓋のないもの、蓋に変えて遮光用の木製板で遮光した装置を用意した。
ヒメマス卵、サケ卵の2種の卵において、受精後6時間以内の卵を約100あるいは150粒ずつ5組用意し、それぞれ別の卵管理装置Kに収容した。上に木製の蓋を被せて遮光(遮光区)した卵管理装置Kは屋内に設置した。他の4つの卵管理装置Kは屋外に設置し、この4つの卵管理装置Kのうち3つは、太陽光を光源とし、青色(青色光区)、緑色(緑色光区)、赤色(赤色光区)のカラーフィルタ透過光下で自然日長で管理した。残りの1つは、太陽光の直接光の下で自然日長で管理した(無遮光区)。ふ化するまで定期的に死卵を取り除いて各区のふ化率を比較した。なお、サケの実験は2回行った。
【0038】
結果を図13乃至図15に示す。
[3−1]ヒメマス卵(図13)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区0%、赤色光区0%、遮光区79.4%。
[3−2]サケ1回目(図14)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区0%、緑色光区96.0%、赤色光区94.9%、遮光区99.0%。
[3−3]サケ2回目(図15)
ふ化率:無遮光区0%、青色光区2.6%、緑色光区99.3%、赤色光区96.1%、遮光区99.3%。
【0039】
この結果から、従来言われてきたように、太陽光下であれば無遮光条件では卵がふ化する前に全て死んだ。また、無遮光、青色光、緑色光、赤色光下の順に成績が悪い傾向が認められ、青色光下で管理した卵は無遮光下とほぼ同じ成績であった。
また、ふ化するに必要な期間においては、ヒメマスは緑色光区及び赤色光区で生存率が0%であり、長期の使用には適さないことが分かった。しかし、例えば、一時的に光を入射させるような短期の使用には、利用可能性が示唆された。
さらに、サケでは緑色光と赤色光で管理した卵が遮光下のものと同等の成績であった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
サケ増殖事業の効率的推進を図るためには、高い回帰が期待できる種苗を安定的に生産することが重要であるが、近年、人員削減によりサケふ化場職員の負担が大きくなっており、日常の管理や観察は手薄にならざるを得ない状況である。卵の管理は放流稚魚の生産工程の中でも重要である。この管理に失敗すれば、放流稚魚の生産が途絶えてしまうからである。屋外に設置してある浮上槽は風雨により蓋が飛ばないようしっかり固定されている。このような浮上槽が数多いふ化場では、毎日一槽ずつ光を通さない蓋を開けて卵の状態を観察することは業務の都合上実質不可能である。室内に設置したふ化槽も同様である。従って、今後は健苗を生産しつつ、如何に省力化を図れるかが技術開発の中心になると考えられる。また、サケ資源を持続的に管理していくために、卵の管理は計画的に稚魚数を確保するうえでも細心の注意を払わなければならない。当該発明により、ふ化槽内部の様子を上からだけでなく、側面や底面からも容易に観察でき、即ち、蓋を開けずに中の卵の状態を観察でき、しかも側面、底面からも容易に観察できるので、安心して省力化を図ることができる画期的なふ化槽の開発が期待でき、サケ科魚類の種苗生産における卵管理の省力化と成績向上という点で産業に大きく貢献できる。
【0041】
また、本発明のふ化槽としての卵管理装置Kは、材料板を透明にして赤色フィルタあるいは緑色フィルタを貼っただけ、または赤色か緑色の有色透明アクリル板や塩化ビニール板で作製することができるので、不特定多数の企業で製作できる。また、遮光蓋をした飼育池に卵を散布してふ化させる方法もあるが、この蓋も同様の材質で作製することができる。さらに、卵の埋没放流も行われていることから、河川用ふ化容器等新たな装置の開発に展開する可能性がある。
【符号の説明】
【0042】
S 卵
K 卵管理装置
1 水槽
2 開口
3 水槽本体
4 仕切り板
5 連通口
6 排出口
Ea 水供給空間
Eb トレー配置空間
7 排出パイプ
8 供給パイプ
10 支持部
11 フランジ
20 トレー
21 網状体
22 枠体
30 蓋
F カラーフィルタ
Fa 基板
Fb 樹脂フィルム
40 建物
41 水槽
42 窓ガラス
43 照明器
50 ふ化床

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ふ化床に置かれたサケ科魚類の卵を管理するサケ科魚類の卵管理方法において、
上記ふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で管理することを特徴とするサケ科魚類の卵管理方法。
【請求項2】
上記ふ化床に入射する入射光を赤色光の波長W以上の波長Wの光にした環境下で管理することを特徴とする請求項1記載のサケ科魚類の卵管理方法。
【請求項3】
上記ふ化床に入射する入射光は、該光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Waであることを特徴とする請求項1または2記載のサケ科魚類の卵管理方法。
【請求項4】
上記ふ化床に入射する入射光は、該光の波長Wのうち最大強度の波長Waが600nm≦Waであることを特徴とする請求項3記載のサケ科魚類の卵管理方法。
【請求項5】
サケ科魚類の卵が置かれるふ化床を有した水槽を備えたサケ科魚類の卵管理装置において、
上記ふ化床に入射する入射光を緑色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタを備えたことを特徴とするサケ科魚類の卵管理装置。
【請求項6】
上記ふ化床に入射する入射光を赤色光の波長W以上の波長Wの光にするカラーフィルタを備えたことを特徴とする請求項5記載のサケ科魚類の卵管理装置。
【請求項7】
上記カラーフィルタは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが500nm≦Waになるようにすることを特徴とする請求項5または6記載のサケ科魚類の卵管理装置。
【請求項8】
上記カラーフィルタは、入射光の波長Wのうち最大強度の波長Waが600nm≦Waになるようにすることを特徴とする請求項7記載のサケ科魚類の卵管理装置。
【請求項9】
上に開口を有し水が収容される水槽と、該水槽内に配置されて卵のふ化床を構成し卵が載置される網状体を有したトレーと、上記水槽の開口を塞ぐ蓋とを備え、
上記水槽を、水が収容される収容空間を形成する水槽本体と、該水槽本体の収容空間を水が供給される水供給空間と上記トレーが配置され上部に水の排出口を有したトレー配置空間とに仕切るとともに該水槽本体の底面側を開放させて連通口を形成する仕切り板と、上記水供給空間から上記連通口を通って上記トレー配置空間に流入し該トレー配置空間の排出口から排出される水が上記トレーの網状体を通過できるように上記トレー配置空間内に上記トレーを支持する支持部とを備えて構成し、
上記水槽内のトレー上の卵を視認できるように上記水槽及び蓋の全部もしくは一部を、上記カラーフィルタで構成したことを特徴とする請求項5乃至8何れかに記載のサケ科魚類の卵管理装置。
【請求項10】
上記カラーフィルタを、透光性の緑色樹脂材料を備えて構成したことを特徴とする請求項5乃至9何れかに記載サケ科魚類の卵管理装置。
【請求項11】
上記カラーフィルタを、透光性の赤色樹脂材料を備えて構成したことを特徴とする請求項5乃至10何れかに記載サケ科魚類の卵管理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−244762(P2011−244762A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122601(P2010−122601)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【Fターム(参考)】