説明

サトウキビ属植物の品種・系統識別マーカーとその利用

【課題】広範なサトウキビ属植物の品種・系統を高精度で識別することができる新規なDNAマーカーを利用したサトウキビ属植物の品種・系統識別方法を提供する。
【解決手段】特定の配列から選択される少なくとも1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含む、サトウキビ属植物の品種・系統の識別方法。これにより、サトウキビ属植物の系統・品種の原品種、生産時及び市場流通過程での混種、取り違えを確認、優良特性を持つサトウキビ属を明確に識別、次世代型エネルギー作物改良を大幅に促進、雑種強勢に優れる品種の開発を促進、サトウキビ属品種系統間の類縁度を求められ、類縁関係情報等が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サトウキビ属ゲノムより開発したSSR配列を含む特徴的DNA配列と、同配列を用いたサトウキビ属植物の品種・系統識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サトウキビは、砂糖の原料、酒類原料など、食用に栽培されている他、バイオ燃料原料としての利用を含む様々な産業分野で利用されている。このような状況下、所望の特性(例えば、糖含有量、生長力の増強、新芽形成能、耐病性及び虫害抵抗性、耐寒性など)を有するサトウキビ品種を育種するために、サトウキビ品種・系統を簡便に識別する方法についてのニーズがある。
【0003】
植物品種・系統の識別として、特性データを比較する「特性比較」、同一条件で栽培し比較する「比較栽培」、DNAを解析する「DNA分析」の3つの方法がある。特性比較および比較栽培による系統識別は、栽培条件の違いによる精度低下や多大な工数が必要とされる長期間の圃場調査など多くの問題を抱える。特に、サトウキビは、イネやトウモロコシなど、他のイネ科作物と比べ植物体が極めて大きく、圃場調査による系統識別の実施が困難な状況にある。
【0004】
一方、ゲノムが複雑でマーカー技術開発が遅れているサトウキビでは、USDAにおいてSSRマーカーを用いた遺伝子型決定に関する報告があるものの(非特許文献1)、マーカー数及び各マーカーからの多型数が少ないことに起因して精度が低く、適用範囲がアメリカ・オーストラリア品種に限られるため、日本国内および台湾・インドなどの主要品種および有用な遺伝資源の系統識別に利用できない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Maydica 48(2003)319-329 “Molecular genotyping of sugarcane clones with microsatellite DNA markers”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、広範なサトウキビ属植物の品種・系統を高精度で識別することができる新規なDNAマーカーを利用したサトウキビ属植物の品種・系統識別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、サトウキビ属ゲノム由来の多数のDNA断片から、広範なサトウキビ属植物の品種・系統を識別することができる特徴的DNA配列を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は以下の特徴を包含する。
【0009】
(1) 配列番号1〜12から選択される少なくとも1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含む、サトウキビ属植物の品種・系統の識別方法。
【0010】
(2) 配列番号1、配列番号2及び配列番号6から選択される3種のDNA配列中の単純反復配列を利用することを含む、上記(1)記載の識別方法。
【0011】
(3) 配列番号2、配列番号6及び配列番号12から選択される3種のDNA配列中の単純反復配列を利用することを含む、上記(1)記載の識別方法。
【0012】
(4) 配列番号1、2、3、4、5、6、7、8、10及び12のいずれか1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別対象のサトウキビ属植物は品種NiF8又はNi9である、上記(1)記載の識別方法。
【0013】
(5) 配列番号1、2、3、4、5、6、7、8、11及び12のいずれか1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別対象のサトウキビ属植物は品種F177又はNco310である、上記(1)記載の識別方法。
【0014】
(6) 配列番号12のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別されるサトウキビ属植物は日本国内育成品種である、上記(1)記載の識別方法。
【0015】
(7) 配列番号13及び/又は14に示すDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することをさらに含む、上記(1)記載の識別方法。
【0016】
(8) (a) 識別対象のサトウキビから抽出したDNAを鋳型として、選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域を特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるプライマーセットを用いてPCR増幅し、
(b) 増幅されたDNA断片の分子量を測定し、そして
(c) 該分子量の分布に基づいて前記単純反復配列を含む領域についての遺伝子型を決定する、
ことによって前記識別を行う、上記(1)〜(7)のいずれか記載の方法。
【0017】
(9) 工程(b)における増幅されたDNA断片の分子量の測定を、キャピラリー電気泳動により行うことを特徴とする、上記(8)記載の方法。
【0018】
(10) ステップ(c)において、決定された前記遺伝子型を、既知のサトウキビ品種・系統から取得されたものと比較することをさらに含む、上記(8)記載の方法。
【0019】
(11) 選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域を特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるプライマーセットを含む、上記(1)〜(10)のいずれか記載の方法を実施するためのキット。
【0020】
(12) 既知のサトウキビ品種・系統から取得された、選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域についての遺伝子型に関する対応表をさらに含む、上記(11)記載のキット。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、広範なサトウキビ属植物の品種・系統を高い精度で識別可能な新規なDNAマーカーを利用したサトウキビ属植物の品種・系統識別方法が提供される。本発明のDNAマーカーは、必要に応じて組合せて利用することで、より広範なサトウキビ品種をより高い精度で識別することができ、その再現性も高い。
【0022】
また本発明によれば、本発明の方法を実施するためのキットも提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、SSRマーカーSTY126のPCR増幅後のキャピラリー電気泳動像を示す。
【図2】図2は、DNA量の違いによる、SSRマーカーSTY120及びSTY162の電気泳動像の変化を示す図である。レーン1〜5 :SSRマーカーSTY120、DNA量は左から3倍、2倍、通常(24ng)、1/2倍、1/3倍。レーン6〜10:SSRマーカーSTY162、DNA量は左から3倍、2倍、通常(24ng)、1/2倍、1/3倍。
【図3】図3は、SSRマーカーSTY133を利用した、サトウキビ4系統(NiF8、Ni9、NCO310及びF177)の多型検出を示すチャート図の一部である。
【図4】図4は、SSRマーカーSTY133の多型検出の再現性を示すチャート図の一部である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係るサトウキビ属植物の品種・系統識別方法(以下、単に本発明の方法という)について説明する。
【0025】
本発明で使用する品種・系統とは、保有する遺伝子型に基づく形態的・生態的な形質に関する特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができる植物体の集合を指す。
【0026】
本発明において、サトウキビ属植物の品種・系統を識別するとは、品種・系統が不特定であるサトウキビ属植物の品種・系統を特定すること、及び品種・系統が不特定であるサトウキビ属植物が特定の品種・系統に該当するか否かを判定すること、を含む意味である。例えば、品種・系統が全く不明のサトウキビ属植物について、これが具体的にどの品種・系統に該当するかを特定すること、及びこれが日本国内育成品種であるか否かを判定すること、並びに、日本国産品種であることが明らかなサトウキビ属植物について、これが日本国内主要品種であるか否かを判定すること、などが挙げられる。
【0027】
本発明において、サトウキビ属植物の品種・系統を識別するとは、被験対象のサトウキビ属植物と、ある品種・系統との間の類縁度を求めること、をさらに含む。
【0028】
本発明の方法は、サトウキビ属植物のゲノムから開発した特徴的DNA配列中の単純反復配列(本明細書中、SSRとも称する)を利用することを特徴とする。SSRは、生物のゲノムDNAに散在する2〜数bp程度の特定の塩基配列の繰り返し配列である。SSRは、繰り返し塩基の種類に応じて(AC)n、(GT)n (Aはアデニン、Cはシトシン、Gはグアニン、Tはチミンをそれぞれ指し、nは2以上の整数である)などと表記することができ、繰り返し数nの違いが品種・系統間で異なることにより多型を形成する。SSRは通常は、SSRに隣接する保存性の高い配列領域を利用することにより特定することができる。したがって本明細書で記載する特徴的DNA配列は、多型を形成するSSR及びこれに隣接する配列を含んでいる。
【0029】
本発明に使用することができる特徴的DNA配列は、次の通りである。なお下線部は、特徴的DNA配列中のSSRを示している。
【0030】
【化1】

【0031】
【化2】

【0032】
【化3】

【0033】
【化4】

【0034】
【化5】

【0035】
【化6】

【0036】
【化7】

【0037】
【化8】

【0038】
【化9】

【0039】
【化10】

【0040】
【化11】

【0041】
【化12】

【0042】
本発明の方法において、上記特徴的DNA配列は、被験対象のサトウキビ属植物に応じて、単独で又は組合せで、選択することができる。
【0043】
例えば、被験対象のサトウキビ属植物の品種・系統が全く不明である場合には、STY099、STY117及びSTY137からなる3種の特徴的DNA配列を選択し、これら各DNA配列中のSSRの多型を組合せて利用することにより、日本国内外の広範な品種・系統について識別することができる。
【0044】
また被験対象のサトウキビ属植物の品種・系統が日本国内育成品種である蓋然性が高い場合には、STY117、STY137及びSTY200からなる3種の特徴的DNA配列を選択し、これら各DNA配列中のSSRの多型を組合せて利用することにより、品種・系統を識別することができる。
【0045】
また被験対象のサトウキビ属植物の品種・系統が日本国内主要品種であるNiF8及びNi9のいずれかであることが分かっている場合には、STY099、STY117、STY120、STY123、STY133、STY137、STY144、STY145、STY168及びSTY200よりなる群から選択される1種の特徴的DNA配列を選択し、該DNA配列中のSSRの多型を利用することにより、NiF8であるかNi9であるかを識別することができる。
【0046】
また被験対象のサトウキビ属植物の品種・系統が日本国内導入主要品種であるF177及びNco310のいずれかであることが分かっている場合には、STY099、STY117、STY120、STY123、STY133、STY137、STY144、STY145、STY173及びSTY200よりなる群から選択される1種の特徴的DNA配列を選択し、該DNA配列中のSSRの多型を利用することにより、F177であるかNco310であるかを識別することができる。
【0047】
また被験対象のサトウキビ属植物の品種・系統が日本国内育成品種であることが分かっている場合には、特徴的DNA配列としてSTY200を選択し、該DNA配列中のSSRの多型を利用することにより、具体的な品種・系統を識別することができる。
【0048】
なお、本明細書で使用する日本国内育成品種とは、これに限定されるものではないが、Ni1、NiN2、NiF3、NiF4、NiF5、Ni6、NiN7、NiF8、Ni9、NiTn10、Ni11、Ni12、Ni14、Ni15、Ni16、Ni17、NiTn19、NiTn20、Ni22、Ni23などを含み、日本国内主要品種とは、これに限定されるものではないが、NiF8、Ni9、NiTn10、Ni15などを含む。また本明細書で使用する日本国内導入主要品種とは、これに限定されるものではないが、F177、Nco310、F172などを含む。
【0049】
その他被験対象のサトウキビ属植物に応じてどの特徴的DNA配列を選択すべきかは、本明細書中の下記表4を参照することにより、当業者であれば明らかである。
【0050】
また本発明の方法において、下記に示す特徴的DNA配列STY127及びSTY162のいずれか又は両方をさらに利用してもよい。
【0051】
【化13】

【0052】
【化14】

【0053】
本発明の方法において、上記特徴的DNA配列中のSSRの多型を利用したサトウキビ属植物の識別は、以下のステップ(a)〜(c)によって行うことができる。
【0054】
(a) 識別対象のサトウキビから抽出したDNAを鋳型として、選択された前記特徴的DNA配列中のSSRを含む領域(以下、SSRマーカーとも称する)を特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるプライマーセットを用いてPCR増幅し、
(b) 増幅されたDNA断片の分子量を測定し、そして
(c) 該分子量の分布に基づいてSSRマーカーについての遺伝子型を決定する
【0055】
本発明に使用される被験対象のサトウキビ属植物のDNAサンプルは、該植物の組織、例えば種子、葉、根、茎から抽出することにより取得することができる。DNAの抽出は、当業者に一般的な手法に従って行えばよい。例えば、前記植物の組織を微塵切りにし、これを適当なバッファー中でホモジナイズした後、フェノール抽出などの公知のDNA抽出法にて、全DNAを抽出する。またその際に使用するDNA抽出キットは市販のものであってよく、例えばPlant Genomics DNA Miniキット(バイオジーン社)などを使用することができる。
【0056】
ステップ(a)で使用されるプライマーセットは、上記特徴的DNA配列の配列情報に基づいて、多型検出の目的とするSSRを含む領域を特異的に増幅するように設計すればよい。また上記特徴的DNA配列が複数のSSRを含んでいる場合には、1種又は複数種のSSRを含む領域を増幅するようにプライマーセットを設計すればよい。本発明に使用される正方向プライマー及び逆方向プライマーの長さは、目的とする領域の特異的な増幅が可能な限り特に制限されず、例えば15〜50塩基、好ましくは17〜25塩基の範囲とすることができる。
【0057】
なお、上記特徴的DNA配列中のSSRマーカーを特異的に増幅することが可能なプライマーセットの例は、下記表5に提供される。
【0058】
また本発明に使用されるプライマーセットは、その後の増幅したDNA断片の分子量測定の便宜のために、5’末端が標識されていることが好ましい。標識化は、当業者に公知の手法のいずれによって行ってもよく、例えばこれに限定されるものではないが、FITC、32P、アルカリホスファターゼ、ローダミン、フルオレサミン、ダンシル、又はそれらの誘導体などが利用可能である。
【0059】
ステップ(a)のPCR条件は、目的の領域の特異的な増幅が可能な限り限定されないが、例えば94〜95℃で10秒〜1分の変性、50〜65℃で10秒〜1分間のアニーリング、72℃で30秒〜10分の伸長反応を1サイクルとし、20〜50サイクル反応を行うことを含む。
【0060】
上記のようにしてPCR増幅されるDNA断片は、サトウキビの栽培品種が異数性倍数体であることに起因して、目的のSSRの繰り返し数においてのみ分子量が異なる、各アレル由来の複数のDNA断片を含んでいる。
【0061】
次にステップ(b)で、ステップ(a)で増幅したDNA断片の分子量の測定を行う。分子量の測定として、当業者に公知の手法、例えば電気泳動、質量分析、シーケンス法などを挙げることができるが、これに限定されない。本発明の方法において、好ましくは電気泳動を使用する。
【0062】
電気泳動法としては、例えばアガロースゲル電気泳動、変性又は非変性アクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動などを挙げることができる。本発明において、分子量測定の対象であるDNA断片は、上記の通り、SSRの繰り返し数においてのみ分子量が異なる複数のDNA断片を含むため、例えば2塩基という非常に短い長さの差異に基づいた分子量の微差を確実に検出できなければならない。したがって本発明の方法においては、高分解能のポリアクリルアミドゲル電気泳動、又はキャピラリー電気泳動を使用することが好ましく、特にキャピラリー電気泳動を使用することが好ましい。
【0063】
次にステップ(c)で、測定したDNA断片の分子量の分布に基づいて、目的のSSRマーカーについての遺伝子型を決定する。決定された前記遺伝子型は、必要に応じて、予め明らかにされている又は上記と同様にして取得された既知の品種・系統の当該SSRマーカーについての遺伝子型と比較することにより、既知のいずれの品種・系統に属するものであるか、既知のいずれの品種・系統にも属しないものであるか、又は既知の特定の品種・系統との類縁度、を判定することができる。
【0064】
本発明の方法は、利用可能な特徴的DNA配列の数及び該配列中のSSRの多様性に起因して、例えば上記非特許文献1に開示されるサトウキビのSSRマーカーに比較して、より広範な品種・系統の識別が可能であり、またその再現性も高いという利点を有する。
【0065】
本発明はまた、上記本発明の方法を実施するためのキットを包含する。本発明のキットは、上記特徴的DNA配列中のSSRマーカーを特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなる少なくとも1種のプライマーセットを含んでいる。
【0066】
本発明のキットに含まれる正方向プライマー及び逆方向プライマーの長さは、目的とする領域の特異的な増幅が可能な限り特に制限されず、例えば15〜50塩基、好ましくは17〜25塩基の範囲とすることができる。
【0067】
なお上記プライマーセットの例は、下記表5に提供される。
【0068】
また本発明のキットに含まれるプライマーセットは、増幅したDNA断片の分子量測定の便宜のために、5’末端が標識されていることが好ましい。標識化は、当業者に公知の手法のいずれによって行ってもよく、例えばこれに限定されるものではないが、FITC、32P、アルカリホスファターゼ、ローダミン、フルオレサミン、ダンシル、又はそれらの誘導体などが利用可能である。
【0069】
本発明のキットは、好ましくは、既知のサトウキビ品種・系統から取得された、上記特徴的DNA配列中のSSRマーカーについての遺伝子型に関する対応表をさらに含んでいる。これにより、当該キットを用いることによって取得された被験対象のサトウキビ属植物からの遺伝子型決定結果に基づいて、被験対象のサトウキビ属植物が、既知のいずれの品種・系統に属するものであるか、既知のいずれの品種・系統にも属しないものであるか、又は既知の特定の品種・系統との類縁度、を簡便に判定することができる。
【0070】
以下、本発明を実施例を参照しながらより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0071】
[実施例1]
品種・系統識別用SSRマーカーの一次選抜
サトウキビ属96系統を用いてSSRマーカーのSSR領域増幅程度について評価した。PCR反応およびキャピラリー電気泳動の結果、供試した全SSRマーカーでSSR領域の増幅断片(バンド)を確認できた。しかし、このうち、14個のSSRマーカーでは明瞭なバンドパターンが得られたものの、4個のSSRマーカー(STY050、STY126、STY149、STY167)ではバンドパターンが不明瞭だった(図1、表1)。不明瞭なバンドパターンでは、複数サンプルの解析が難しいことから、これら4個のSSRマーカーを除く、14個のSSRマーカーを一次選抜した。
【0072】
【表1】

【0073】
[実施例2]
品種・系統識別用SSRマーカーの安定性試験
B3439のDNAを用いて、一次選抜した14個のSSRマーカーについてPCR反応時のDNA量変化に対する安定性を評価した。その結果、通常のDNA量の1/2(12ng)以上でのPCR反応では、供試した全SSRマーカーでDNA量変化に対するバンドパターンの変化は見られなかった。しかし、通常の1/3(8ng)DNA量でのPCR反応では、DNA量が通常の1/2(12ng)以上のバンドパターンと比較し、バンドが消失するSSRマーカーが2個みつかった(図2、表2)。
【0074】
これら2個のSSRマーカーは、DNA量変化に対し、安定性が低いと考えられた。系統識別解析でのDNA量は、使用機器および試薬等とくらべ、サンプル間で誤差が生じやすい。そのため、これら2個のSSRマーカーを系統識別に利用するのは難しいと考えられた。以上の結果から、DNA量変化に対し安定性に優れる12個のSSRマーカーを系統識別用SSRマーカーセットとして選抜した。一方、DNA量の減少に伴い、60bp以下にバンドが出現するSSRマーカーが見られた(図2)。今回設計したSSRマーカーは、60bp以上領域の増幅用に設計されており、これら60bp以下のバンドはSSR領域の増幅断片では無く、非特異的なバンドと考えられた。
【0075】
【表2】

【0076】
[実施例3]
品種・系統識別用SSRマーカーの識別能力
品種・系統識別用SSRマーカーSTY133の識別能力を評価するため、4系統(NiF8、Ni9、NCO310およびF177)でのバンドの差異を調査した。それぞれ43個、35個、39個および45個が得られた。それぞれの組合せで共通のバンドが27.2個だったのに対し、非共通のバンドが26.7個得られ、それぞれの系統を識別することができた(図3)。
【0077】
また、4系統(NiF8、Ni14、F160およびNCO310)を用いてSTY133バンドの再現性を評価した結果、いずれの系統でもバンドの再現性を確認することができた(図4)。
【0078】
さらにサトウキビ属125系統でのバンド数および出現頻度の結果から、系統識別用SSRマーカーセットの識別能力を評価した。解析結果、SSRマーカー1個あたり最大51個、最小15個、平均29個、全体では348個のバンドが得られた(表3)。各バンドの出現頻度は最大96.9%、最小1.0%、平均10.8%であった。SSRマーカーセットで検出された各系統のバンド数は最大52個、最小24個、平均39個であった。各バンドの出現頻度および各系統のバンド数より2系統間で偶然全バンドが一致する確率は6.0E-6以下と非常に低い値だった。
【0079】
【表3】

【0080】
[実施例4]
サトウキビ属125品種・系統について、品種・系統識別用SSRマーカーを利用して、各SSRマーカーの遺伝子型を判定した。
【0081】
また本実施例に供したサトウキビ属植物125品種・系統から得られた各SSRマーカーの遺伝子型判定結果を下記表4に示す。
【0082】
【表4】


【0083】
表中、各SSRマーカーをA〜Lで示し、そのアレルの遺伝子型を数字で示している。例えばSTY099は、試験した125品種・系統で103種類の遺伝子型が存在することを示す。
【0084】
表4から明らかな通り、上記SSRマーカーを、必要に応じて組合せて用いることで、試験したサトウキビ125品種・系統の全てを識別することができた。
【0085】
上記実施例を通じて使用したSSRマーカー増幅用のPCRプライマー配列は下記表5に示す通りである。
【0086】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の方法及びキットによれば、広範なサトウキビ属植物の品種・系統を高い精度でかつ高い再現性で簡便に識別することができる。
【0088】
これにより、例えば次のような産業上の利点が見込まれる。
(1) サトウキビ属植物の系統・品種の原品種、生産時及び市場流通過程での混種、取り違えを確認することができる。
(2) 優良特性を持つサトウキビ属を明確に識別できることで、次世代型エネルギー作物改良を大幅に促進させる。
(3) 雑種強勢に優れる品種の開発を促進させる。
(4) サトウキビ属品種系統間の類縁度を求められ、類縁関係情報を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜12から選択される少なくとも1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含む、サトウキビ属植物の品種・系統の識別方法。
【請求項2】
配列番号1、配列番号2及び配列番号6から選択される3種のDNA配列中の単純反復配列を利用することを含む、請求項1記載の識別方法。
【請求項3】
配列番号2、配列番号6及び配列番号12から選択される3種のDNA配列中の単純反復配列を利用することを含む、請求項1記載の識別方法。
【請求項4】
配列番号1、2、3、4、5、6、7、8、10及び12のいずれか1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別対象のサトウキビ属植物は品種NiF8又はNi9である、請求項1記載の識別方法。
【請求項5】
配列番号1、2、3、4、5、6、7、8、11及び12のいずれか1種のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別対象のサトウキビ属植物は品種F177又はNco310である、請求項1記載の識別方法。
【請求項6】
配列番号12のDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することを含み、識別されるサトウキビ属植物は日本国内育成品種である、請求項1記載の識別方法。
【請求項7】
配列番号13及び/又は14に示すDNA配列中の単純反復配列の多型を利用することをさらに含む、請求項1記載の識別方法。
【請求項8】
(a) 識別対象のサトウキビから抽出したDNAを鋳型として、選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域を特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるプライマーセットを用いてPCR増幅し、
(b) 増幅されたDNA断片の分子量を測定し、そして
(c) 該分子量の分布に基づいて前記単純反復配列を含む領域についての遺伝子型を決定する、
ことによって前記識別を行う、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
工程(b)における増幅されたDNA断片の分子量の測定を、キャピラリー電気泳動により行うことを特徴とする、請求項8記載の方法。
【請求項10】
ステップ(c)において、決定された前記遺伝子型を、既知のサトウキビ品種・系統から取得されたものと比較することをさらに含む、請求項8記載の方法。
【請求項11】
選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域を特異的に増幅する正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるプライマーセットを含む、請求項1〜10のいずれか1項記載の方法を実施するためのキット。
【請求項12】
既知のサトウキビ品種・系統から取得された、選択された前記DNA配列中の単純反復配列を含む領域についての遺伝子型に関する対応表をさらに含む、請求項11記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−15615(P2011−15615A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−160620(P2009−160620)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】