サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法
【課題】 海底の堆積場所から浚渫された土砂を、浸食された場所とは異なる場所に投入した場合に、その後の海浜流による土砂移動を的確にシミュレーションでき、土砂の最適投入位置を決定できる方法等を提供する。
【解決手段】 サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法。
【解決手段】 サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海底等でのサンドリサイクルにおいて、浚渫後に海底に投入された土砂の移動をシミュレーションでき、土砂投入位置を決定できる方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
海浜や河口の沿岸に港湾施設のごとき人工構造物を設けた場合、潮の流れがそれにより変化して近くの海岸線や海底が浸食され、削り取られた土砂が港湾施設内等に流入して堆積してしまうという現象が生じることがある。このような堆積が生じても、堆積した土砂を随時浚渫して浸食された場所に還元することで、浸食や堆積が生じる前の状態に回復させることは可能である(サンドリサイクル)。しかし、浸食された場所が遠浅の海のような比較的浅い海底である場合には、土砂運搬船が浸食された場所に近づけず、土砂を直接に投入することができない。
【0003】
このような場合に、土砂運搬船を用いず、固定設置されたポンプ及び、圧送式パイプラインやベルトコンベア等からなる固定サンドバイパスシステムにより、継続的に海底の浚渫及び被浚渫物の移送を行う試みが知られている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、設備が大がかりで費用がかかるうえ、海岸の景観にも大きな影響を与えてしまう。
【0004】
そこで、土砂を浸食された場所に直接投入するのではなく、土砂運搬船で投入可能であって、かつ浸食された場所の潮の上流となる場所に土砂を投入し、その後の潮の流れにより浸食された場所に土砂が自然に移動するようにする方法も提案されている。しかし、土砂を投入する場所を的確に定めることははなはだ困難である。例えば、蛍光砂を用いて潮の流れによる土砂の移動状況をあらかじめ実地調査し、その結果に基づいて土砂の投入場所を決定することも行われている。しかし、この調査は試行錯誤的に行わざるを得ず、しかも多大な時間と手間を要するため実質的に調査回数が限られてしまう。そのため、的確に投入場所を定めるのはかなり困難なのが実情である。
【非特許文献1】”輸出品 サンドバイパスシステム(Export Sand Bypass system)”、クイーンズランド州政府(Queensland Government)発行、[平成18年1月5日検索]、インターネット<http://www.transport.qld.gov.au/Home.nsf/index/sandbypasssystem>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、海底の堆積場所から浚渫された土砂を、浸食された場所とは異なる場所に投入した場合に、その後の海浜流による土砂移動を的確にシミュレーションでき、土砂の最適投入位置を決定できる方法等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明の第1は、サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法である。
【0007】
ここで、前記の初期条件は、複数の前記粒子が集合して、複数の移動層を積層した形状をなすことを含むものであることは好ましい。また、さらに、前記の外力場と前記初期条件とから前記粒子の移動可能性を判断するステップを備え、前記移動可能性が肯定される場合に、前記移動位置を演算することは好ましい。
【0008】
発明の第2は、前記のいずれかのシミュレーション方法を、コンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0009】
サンドリサイクルにおいて蛍光砂による実地調査を行う必要が無く、必要な回数だけシミュレーションを繰り返し行うことが可能であり、サンドリサイクルに適した土砂の投入位置を的確に決定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について図面を用いて説明する。図1は、海底2の土砂投入位置に投入された実際の土砂1がなす形状の模式図であり、図1(1)は側面図、(2)は上面図である。土砂は直径2Rで高さHのお椀を伏せたような形状に堆積する。この表面から土砂が海浜流によって徐々に運搬されて、目的とする浸食位置への土砂の還元を実現する。
【0011】
しかし、このままの形状では計算上の取り扱いが難しいので、簡単化のために、海底に投入された土砂は、全体でN個の粒子からなる平たい円筒形状をしていると考える。図2は、このような土砂の形状を理想化した円筒10の側面を模式的に示した図である。そして、円筒10の全体高さをΔh、直径を2rとし、円筒10を薄層の積み重ねとしてとらえ、土砂は円筒の上面だけからNs個の粒子を含む厚さδsの一枚の薄層である移動層を単位として海浜流に運搬されて移動すると考える。
【0012】
ところが移動層に含まれる土砂の全部が単位時間で運搬されるとは限らないから、移動層をさらに上下2層に分けて考え、上側の層11は、単位時間中に海浜流により粒子が移動するものの、円筒10内には留まる粒子からなる層であるとする。この移動する粒子の個数をN0個とする。なお、円筒10内に留まっているかどうかは、移動後の位置で判断する。一方、下側の層12は、Δt後に海浜流の影響を受け始める粒子からなる層である。さらに、一番下の層13は、海浜流の影響を未だ受けないで、動いていない粒子の層と考える。つまり、図2は、ある時間から単位時間Δtが経過する時点の円筒10の状況を示した模式図である。なお、単位時間Δtは、具体的には1分とか1時間とか1日とかを適宜定めればよい。この例では、Δtを30分と定めて演算を行っている。
【0013】
このように投入された土砂を円筒形状のN個の粒子の集合としてとらえ、個々の粒子が海浜流に運搬される軌跡を求めることでシミュレーションを行い、その結果によって元の土砂投入位置が適切かどうかを判断するのであるが、海浜流は、投入された土砂の全部の粒子に対してほぼ同じように働くため、単に個々の粒子の軌跡を海浜流に沿って演算するだけでは、円筒10がほぼそのままの形で平行移動するにすぎない結果となり、実際の土砂の移動の状況からかけ離れた結果となってしまう。これは、計算上の都合から比較的粗い単位区画で平均化されて求められた海浜流では、実際の流れで生じる細かいランダムな流れを表現できず、また、粒子どうしの衝突による散乱等の影響も反映できないことによる。
【0014】
そこで、個々の粒子の軌跡を求めるにあたり、図3に示すようなランダムな拡散因子を含む確率過程を用いる。図3は、ある粒子のある時間における位置ベクトルをXnとした場合に、単位時間Δt後の同じ粒子の位置ベクトルをXn+1の位置を示した図である。ここで、海浜流による粒子運搬の速度ベクトルをUsとすると、Usだけを考えた単位時間後の位置ベクトルは、XnにUsΔtを足したYn+1である。これに、さらに拡散ベクトルaf(θ)を足した位置のベクトルを、Xn+1とする。すなわち、次の式(1)が成り立つ。
Xn+1=Xn+UsΔt+af(θ)・・・・・・(1)
【0015】
ここで、f(θ)は、一様乱数を用いてランダムな方向(θ)を向く単位ベクトルであり、粒子の軌跡が確率的に定まる確率過程の中心的な役割を果たす。また、UsΔtの終点を中心として拡散因子となるベクトルaf(θ)の方向を定める方向分布関数でもある。aは、確率過程(拡散)による単位時間あたりの移動距離であり、粒子の拡散係数Dと単位時間Δtとを用いて次の式(2)で定義される。
a=(2DΔt)1/2・・・・・・・・(2)
【0016】
なお、拡散係数Dは、計算対象となる海域が砕波帯域内にあるという前提で、混合距離が波高Hに比例し、代表速度が、波による擾乱の振幅である底面軌道流束振幅Umに比例するとして、次の式(3)で定義したものを用いた。なお、底面軌道流束振幅Umは、波浪場と地形条件とから定めることができる。
D=0.003UmH・・・・・・・・・・・・(3)
【0017】
このような拡散因子af(θ)を含めることにより、各粒子がランダムウォークすると共に、粒子の移動方向を粒子ごとにバラつかせることが可能になり、実際の土砂の移動状況を反映することが可能になった。なお、粒子の速度ベクトルUsは、海浜流による平均速度ベクトルUcと同じ方向で、かつ長さをUcの1%とした(Us=0.01Uc)。
【0018】
以上のモデルを基にして、以下のようにして海底に投入された土砂の移動シミュレーションを行う。図4は、シミュレーションの概略フローを示した図である。なお、シミュレーションはコンピュータにより行う例で説明する。処理を開始すると、まず処理対象である海域の地形条件を入力する(S10ステップ)。地形条件には、既存の海岸線及び港湾設備等の位置及び形状、海岸線近くの海底部分の地形や水深、海底の土質等が含まれる。
【0019】
図5に実際のシミュレーション例で入力された海域の模式図を示す。これは、茨城県の東海港の平面図であり、岸壁32の図面上部には、複数の等深線22が記された海域が拡がっており、図面左手には突堤31と32で囲まれた港湾20が設けられている。以下、港湾20の右手にある岸壁32付近の海底の土砂が、海浜流(大まかには図面右から左に流れている。)により浸食され、港湾の入り口21と港湾20内に堆積するため、これを浚渫して浸食された部分に還元したい場合を例として説明する。
【0020】
次に、投入された土砂を運搬する海浜流を生じる元となる、海浜沖合の波浪条件を設定する(S20ステップ)。波浪条件は、海浜の沖合においてあらかじめ定めた期間においてどのような波浪が来襲したかを計測し、このデータに基づいてスペクトル法等により解析された波浪の統計的な波高、周期、波向等のデータを含む。
【0021】
次に、投入される土砂を代表するN個の粒子の初期条件が設定される(S30ステップ)。N個の粒子は、図5の試験投入位置40に投入されるとしてシミュレーションを行うから、初期条件には試験投入位置40の位置座標を含む。また、これらN個の粒子が、図2に示す平たい円筒形状をなしていると考えるのはすでに説明したとおりであり、初期条件には、円筒形状におけるそれぞれの粒子の深さのデータ(投入直後の円筒上面の高さを基準として、各粒子の埋没深さを示したデータ)が含まれている。
【0022】
次に、設定された地形条件と波浪条件から、対象となる海浜の平面波浪場を演算する(S40ステップ)。平面波浪場とは、海浜付近における時間的に平均された波浪エネルギーの平面的な分布が求められたスカラー場と、波向が求められたベクトル場とからなり、上記の海浜沖合における波浪条件と海浜の地形条件とから、エネルギー平衡方程式を介して演算する。実際の演算は、海域を複数の単位領域に分割し、微分方程式を離散化した通常の数値解法で行う。
【0023】
次に、海浜流場を演算する(S50ステップ)。海浜流場とは、対象となる海浜付近の場所ごとに時間平均された海浜流れの速度(流速)と方向(流向)とを特定したベクトル場である。まず先に求めた平面波浪場から、砕波による波高減衰を考慮して時間的に平均された波高と波向の値を海浜の場所ごとに得る。海浜流場は、これらの平均的な波高と波向分布とを前提とし、ラディエイションストレス(radiation stress)を基因として、沖側境界の境界条件と側方境界の境界条件とを仮定し、さらに海底の摩擦項を仮定して、非線形長波方程式を用いて演算する。なお、側方境界とは、例えば、図5のように沿岸が図面に対して左右方向に延びているとすると、実演算を可能にするために、その左右方向の範囲を決めた場合の境界を意味する。
【0024】
なお、波浪場と海浜流場を演算する具体的な数式及び演算方法等に関しては、ここでは、清水琢三、熊谷隆宏、三村信夫、渡辺晃共著、「汀線変化を考慮した3次元海浜変型長期予測モデル」、海岸工学論文集、第41巻、pp.406−410、土木学会発行(1994年)に記載された数式及び演算方法等に従って行っている。
【0025】
次に、ある粒子i(i=1)に着目し、t=Δtにおいて粒子iにかかる外力場を演算する(S60ステップ)。具体的には、先に求めた平面波浪場と海浜流場から、粒子iにかかる外力である底面剪断応力を抽出し、この底面剪断応力と粒子の水中重量で代表した安定力との比であるシールズ数を演算する。なお、この粒子の移動させる底面剪断応力は、円筒形状内か円筒形状外か等の、海底における粒子の位置によって当然に変化する。
【0026】
次に、着目している粒子iが、海浜流により移動しうるかどうかを判断する(S70ステップ)。判断の基準は2つあり、両方を満たした場合に粒子iは移動しうると判断する。基準の1つめは、粒子iのシールズ数があらかじめ定められた限界シールズ数を超えているか否かである。超えている場合には、粒子の運動を引き起こす底面剪断応力が粒子の安定力を上回っているので、粒子iは移動しうる。2つめの基準は、粒子iの円筒形状における埋没深さが移動層の厚みδsより小さいか否かである。小さい場合には、粒子iは円筒形状の十分表層に位置するので移動できる。両方を満たしている場合には、フローはS80ステップに移行し、いずれか一方または両方とも満たしていない場合には、フローはS90ステップに移行する。なお、時間の経過により粒子iが円筒形状から外に移動している場合は、移動可能と判断する。
【0027】
S80ステップでは、粒子iが移動可能な場合に、t=0+Δtにおける粒子iの移動位置を演算する。移動位置の演算にあたっては、上記の式(1)を用い、拡散を考慮したランダムウォークにより演算する。粒子iは海浜流に大まかに沿いながら、乱数に従ってジグザグに移動することになる。これにより、粒子ごとに移動の軌跡が異なる結果となるから、実際の土砂粒子の移動の様子をかなり的確に再現することが可能となる。
【0028】
S90ステップでは、i=Nを満たすか否か、すなわちN個の粒子全部について演算が終了したか否かが判断される。満たさない場合は、フローはS90ステップからS60ステップに移行し、i=i+1とすることでiを1だけ増加させて、すなわち別の粒子iについてS60ステップからS90ステップを実行する。これを全部の粒子N個に対して行う。
【0029】
一方、i=Nを満たす場合は、全部の粒子について演算が終了しているので、フローはS90ステップからS100ステップに移行して、tがあらかじめ定めた計算時間を上回っているか否かを判断する。ここで、あらかじめ定めた計算時間とは、土砂投入からどれだけの期間内に土砂の還元が生じればよいかを決めた時間である。例えば、1ヶ月や3ヶ月、1年などという還元終了までの計画期間を設定する。この例では40日を設定している。tがあらかじめ定めた計算時間を上回っていない場合には、まだ予定された還元終了時間が経過していないことになるから、フローはS100ステップからS60ステップに戻り、t=t+Δtとすることで時間tをΔtだけ進めて、再度S60ステップからS100ステップを実行する。時間tがΔtの累積によりあらかじめ定めた計算時間に到達するまでこのフローを繰り返す。
【0030】
時間tがあらかじめ定めた計算時間を超えた場合は、予定された還元終了時間に到達したので、フローはS100ステップからS110ステップに移行して、N個の粒子の最終移動位置のデータを図5の地形図に重ねて出力して処理を終了する。
【0031】
次に、実際の海域に対してシミュレーションを行った例を示す。上記の図5に記載の地形に対して、試験投入位置40に土砂(N=10万個)を投入して16日間経過した場合のシミュレーション結果を図6に示す。図6では、各単位区画に移動した粒子数の常用対数に対する等高線を用いてシミュレーション結果を表示している。ただし、砂数が0の場合は便宜上0とした。図6からわかるように、試験投入位置40から図面に向かって左下方向に粒子が拡散して移動している状況がわかる。図7は、同じ状況下で投入から40日経過した場合のシミュレーション結果を示した図である。粒子の一部は岸壁32や港湾の入り口21に到達していることがわかる。
【0032】
一方、シミュレーション結果の妥当性を検証するために、同じ海域の試験投入位置40に、実際に蛍光砂を投入した実地調査を実施した。図8は、実地調査において、サンプリングを行った場所を示した図である。サンプリングは、図6、7に対応して投入から16日後と40日後にそれぞれ図中の碁盤状の線の各交点で行い、各交点で容量300cm3(表面積120cm2)の土砂を採取し、含まれている蛍光砂の数をカウントした。投入から16日後の実地調査の結果を図9に、40日後の実地調査の結果を図10に示す。なお、調査結果は碁盤状の部分だけを示した。また、交点近くの数字は得られた蛍光砂数の常用対数である。ただし、砂数が0の場合は便宜上0とした。なお、現地調査では、対象海域の沖合に波浪計を設置し、シミュレーションに用いるための波浪条件を同時に計測するようにした。
【0033】
図6と図9とを比較すると、粒子が試験投入位置40から図面左下方向に拡散して移動している点で近似した結果が得られていることがわかる。また、図7と図10を比較すると、一部の粒子が岸壁や港湾の入り口付近に到達している点において、かなり近似した結果が得られていることがわかる。シミュレーションで用いた海浜流が平均化された巨視的な流れにすぎず、粒子の移動に直接的に影響する微視的な擾乱を含まないこと、などを考慮すると、図6と図9の結果の近似度は、驚くほど高いと言える。
【0034】
さらに、図11から図14に、土砂の投入場所を変更した場合のシミュレーション結果を示す。図11は、土砂の投入位置を図6の試験投入位置40より北側(図面左側)に変更し、より突堤31に近い位置に投入した場合に、投入から16日経過後の状況のシミュレーション結果である。粒子が図面左下に移動している点は図6と同様であるが、16日で粒子が港湾入り口21や岸壁32に到達する結果となっている。図12は、図11のさらに24日後、すなわち投入から40日経過後の状況のシミュレーション結果である。
【0035】
図13は、土砂の投入位置を図11の投入位置から岸壁により近い位置に変更し、投入から16日経過後の状況のシミュレーション結果である。16日経過時点では、粒子が港湾入り口21に達していないが、岸壁32には到達していることがわかる。さらに、図14は、図13の時点から24日経過後、すなわち投入から40日経過後の状況のシミュレーション結果である。40日後でも粒子は港湾入り口21に到達していないことがわかる。
【0036】
このように、土砂投入位置を変更してシミュレーションを繰り返すことにより、粒子が到達することが望ましい場所(例えば、岸壁32)に到達し、到達しないことが望ましい場所(例えば、港湾入り口21)に到達しない望ましい投入場所を、容易に確定することが可能になる。その際、現地の波浪条件を何らかの手段で入手すればよいだけで、現地における蛍光砂を用いた実地調査が不要となるから、実地調査にかかる膨大な手間と費用がかからなくなる。
【0037】
以上、実施の形態について説明してきたが、本発明は上記の具体的な実施態様に限定されるものではなく種々の変型が可能である。例えば、上記では投入された土砂が、薄層を積層した平たい円筒形状をなすとするモデルを使用したが、計算上は円筒を点として扱うため円筒形状である必要はなく、四角や三角などの任意の形状のモデルとすればよい。要は、ある時間tでは、移動しうる粒子と移動し得ない粒子があること、また、移動可能であっても単位時間Δtの間に土砂投入位置から外に移動しうるか否かあることが、それぞれ結果に反映できるようにすればよい。
【0038】
また、平面波浪場や海浜流場を計算するにあたり、上記では文献記載の方法により行ったが、公知の他の方法を用いてもよい。また、確率過程を用いた粒子の軌跡の演算は、上記のように一様乱数を用いてランダムにベクトルの方向を変えて行うのではなく、海浜流れ方向を基準として、粒子の移動方向のズレ角度を引数にした確率関数を用いるようにしてもよい。また、拡散係数は、砕破帯域を前提にして定義したが、砕波帯域以外も含めて、それぞれで適宜定めるようにしても良い。
【0039】
また、上記では本発明をシミュレーション方法として説明したが、本発明は、シミュレーション方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであっても良い。また、プログラムはコンピューターが読み取り可能な記録媒体に格納してもよい。ここで記録媒体とは、フレキシブルディスク、光磁気ディクス、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記録装置のことを言う。また、プログラムは、任意に分割し、分割したものをそれぞれに記憶媒体に格納してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】海底に投入された土砂の状態を示した模式図である。
【図2】投入土砂を円筒形状に理想化したモデルの模式図である。
【図3】確率過程の計算手法を図示した概念図である。
【図4】シミュレーションの概略フローを示したフローチャートである。
【図5】シミュレーション対象とした海域の例の地形図である。
【図6】試験投入位置40に土砂を投入した場合の16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図7】試験投入位置40に土砂を投入した場合の40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図8】実地調査を行った際に、蛍光砂のサンプリングを行った地点を示した図である。
【図9】試験投入位置40に、蛍光砂を投入してから16日経過した時点の蛍光砂分布を示した図である。
【図10】試験投入位置40に、蛍光砂を投入してから40日経過した時点の蛍光砂分布を示した図である。
【図11】他の投入位置に土砂を投入した場合の、16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図12】他の投入位置に土砂を投入した場合の、40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図13】さらに他の投入位置に土砂を投入した場合の、16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図14】さらに他の投入位置に土砂を投入した場合の、40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【符号の説明】
【0041】
1 海底に投入された土砂
2 海底
10 理想化された土砂
11 Δt後に移動中であるが、円筒内に留まる粒子の層
12 Δt後に円筒内で移動しはじめる粒子の層
13 Δt後に移動しない粒子の層
20 港湾
21 港湾の入り口
22 等深線
30 北側突堤
31 南側突堤
32 岸壁
40 試験投入位置
【技術分野】
【0001】
本発明は、海底等でのサンドリサイクルにおいて、浚渫後に海底に投入された土砂の移動をシミュレーションでき、土砂投入位置を決定できる方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
海浜や河口の沿岸に港湾施設のごとき人工構造物を設けた場合、潮の流れがそれにより変化して近くの海岸線や海底が浸食され、削り取られた土砂が港湾施設内等に流入して堆積してしまうという現象が生じることがある。このような堆積が生じても、堆積した土砂を随時浚渫して浸食された場所に還元することで、浸食や堆積が生じる前の状態に回復させることは可能である(サンドリサイクル)。しかし、浸食された場所が遠浅の海のような比較的浅い海底である場合には、土砂運搬船が浸食された場所に近づけず、土砂を直接に投入することができない。
【0003】
このような場合に、土砂運搬船を用いず、固定設置されたポンプ及び、圧送式パイプラインやベルトコンベア等からなる固定サンドバイパスシステムにより、継続的に海底の浚渫及び被浚渫物の移送を行う試みが知られている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、設備が大がかりで費用がかかるうえ、海岸の景観にも大きな影響を与えてしまう。
【0004】
そこで、土砂を浸食された場所に直接投入するのではなく、土砂運搬船で投入可能であって、かつ浸食された場所の潮の上流となる場所に土砂を投入し、その後の潮の流れにより浸食された場所に土砂が自然に移動するようにする方法も提案されている。しかし、土砂を投入する場所を的確に定めることははなはだ困難である。例えば、蛍光砂を用いて潮の流れによる土砂の移動状況をあらかじめ実地調査し、その結果に基づいて土砂の投入場所を決定することも行われている。しかし、この調査は試行錯誤的に行わざるを得ず、しかも多大な時間と手間を要するため実質的に調査回数が限られてしまう。そのため、的確に投入場所を定めるのはかなり困難なのが実情である。
【非特許文献1】”輸出品 サンドバイパスシステム(Export Sand Bypass system)”、クイーンズランド州政府(Queensland Government)発行、[平成18年1月5日検索]、インターネット<http://www.transport.qld.gov.au/Home.nsf/index/sandbypasssystem>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、海底の堆積場所から浚渫された土砂を、浸食された場所とは異なる場所に投入した場合に、その後の海浜流による土砂移動を的確にシミュレーションでき、土砂の最適投入位置を決定できる方法等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明の第1は、サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法である。
【0007】
ここで、前記の初期条件は、複数の前記粒子が集合して、複数の移動層を積層した形状をなすことを含むものであることは好ましい。また、さらに、前記の外力場と前記初期条件とから前記粒子の移動可能性を判断するステップを備え、前記移動可能性が肯定される場合に、前記移動位置を演算することは好ましい。
【0008】
発明の第2は、前記のいずれかのシミュレーション方法を、コンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0009】
サンドリサイクルにおいて蛍光砂による実地調査を行う必要が無く、必要な回数だけシミュレーションを繰り返し行うことが可能であり、サンドリサイクルに適した土砂の投入位置を的確に決定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について図面を用いて説明する。図1は、海底2の土砂投入位置に投入された実際の土砂1がなす形状の模式図であり、図1(1)は側面図、(2)は上面図である。土砂は直径2Rで高さHのお椀を伏せたような形状に堆積する。この表面から土砂が海浜流によって徐々に運搬されて、目的とする浸食位置への土砂の還元を実現する。
【0011】
しかし、このままの形状では計算上の取り扱いが難しいので、簡単化のために、海底に投入された土砂は、全体でN個の粒子からなる平たい円筒形状をしていると考える。図2は、このような土砂の形状を理想化した円筒10の側面を模式的に示した図である。そして、円筒10の全体高さをΔh、直径を2rとし、円筒10を薄層の積み重ねとしてとらえ、土砂は円筒の上面だけからNs個の粒子を含む厚さδsの一枚の薄層である移動層を単位として海浜流に運搬されて移動すると考える。
【0012】
ところが移動層に含まれる土砂の全部が単位時間で運搬されるとは限らないから、移動層をさらに上下2層に分けて考え、上側の層11は、単位時間中に海浜流により粒子が移動するものの、円筒10内には留まる粒子からなる層であるとする。この移動する粒子の個数をN0個とする。なお、円筒10内に留まっているかどうかは、移動後の位置で判断する。一方、下側の層12は、Δt後に海浜流の影響を受け始める粒子からなる層である。さらに、一番下の層13は、海浜流の影響を未だ受けないで、動いていない粒子の層と考える。つまり、図2は、ある時間から単位時間Δtが経過する時点の円筒10の状況を示した模式図である。なお、単位時間Δtは、具体的には1分とか1時間とか1日とかを適宜定めればよい。この例では、Δtを30分と定めて演算を行っている。
【0013】
このように投入された土砂を円筒形状のN個の粒子の集合としてとらえ、個々の粒子が海浜流に運搬される軌跡を求めることでシミュレーションを行い、その結果によって元の土砂投入位置が適切かどうかを判断するのであるが、海浜流は、投入された土砂の全部の粒子に対してほぼ同じように働くため、単に個々の粒子の軌跡を海浜流に沿って演算するだけでは、円筒10がほぼそのままの形で平行移動するにすぎない結果となり、実際の土砂の移動の状況からかけ離れた結果となってしまう。これは、計算上の都合から比較的粗い単位区画で平均化されて求められた海浜流では、実際の流れで生じる細かいランダムな流れを表現できず、また、粒子どうしの衝突による散乱等の影響も反映できないことによる。
【0014】
そこで、個々の粒子の軌跡を求めるにあたり、図3に示すようなランダムな拡散因子を含む確率過程を用いる。図3は、ある粒子のある時間における位置ベクトルをXnとした場合に、単位時間Δt後の同じ粒子の位置ベクトルをXn+1の位置を示した図である。ここで、海浜流による粒子運搬の速度ベクトルをUsとすると、Usだけを考えた単位時間後の位置ベクトルは、XnにUsΔtを足したYn+1である。これに、さらに拡散ベクトルaf(θ)を足した位置のベクトルを、Xn+1とする。すなわち、次の式(1)が成り立つ。
Xn+1=Xn+UsΔt+af(θ)・・・・・・(1)
【0015】
ここで、f(θ)は、一様乱数を用いてランダムな方向(θ)を向く単位ベクトルであり、粒子の軌跡が確率的に定まる確率過程の中心的な役割を果たす。また、UsΔtの終点を中心として拡散因子となるベクトルaf(θ)の方向を定める方向分布関数でもある。aは、確率過程(拡散)による単位時間あたりの移動距離であり、粒子の拡散係数Dと単位時間Δtとを用いて次の式(2)で定義される。
a=(2DΔt)1/2・・・・・・・・(2)
【0016】
なお、拡散係数Dは、計算対象となる海域が砕波帯域内にあるという前提で、混合距離が波高Hに比例し、代表速度が、波による擾乱の振幅である底面軌道流束振幅Umに比例するとして、次の式(3)で定義したものを用いた。なお、底面軌道流束振幅Umは、波浪場と地形条件とから定めることができる。
D=0.003UmH・・・・・・・・・・・・(3)
【0017】
このような拡散因子af(θ)を含めることにより、各粒子がランダムウォークすると共に、粒子の移動方向を粒子ごとにバラつかせることが可能になり、実際の土砂の移動状況を反映することが可能になった。なお、粒子の速度ベクトルUsは、海浜流による平均速度ベクトルUcと同じ方向で、かつ長さをUcの1%とした(Us=0.01Uc)。
【0018】
以上のモデルを基にして、以下のようにして海底に投入された土砂の移動シミュレーションを行う。図4は、シミュレーションの概略フローを示した図である。なお、シミュレーションはコンピュータにより行う例で説明する。処理を開始すると、まず処理対象である海域の地形条件を入力する(S10ステップ)。地形条件には、既存の海岸線及び港湾設備等の位置及び形状、海岸線近くの海底部分の地形や水深、海底の土質等が含まれる。
【0019】
図5に実際のシミュレーション例で入力された海域の模式図を示す。これは、茨城県の東海港の平面図であり、岸壁32の図面上部には、複数の等深線22が記された海域が拡がっており、図面左手には突堤31と32で囲まれた港湾20が設けられている。以下、港湾20の右手にある岸壁32付近の海底の土砂が、海浜流(大まかには図面右から左に流れている。)により浸食され、港湾の入り口21と港湾20内に堆積するため、これを浚渫して浸食された部分に還元したい場合を例として説明する。
【0020】
次に、投入された土砂を運搬する海浜流を生じる元となる、海浜沖合の波浪条件を設定する(S20ステップ)。波浪条件は、海浜の沖合においてあらかじめ定めた期間においてどのような波浪が来襲したかを計測し、このデータに基づいてスペクトル法等により解析された波浪の統計的な波高、周期、波向等のデータを含む。
【0021】
次に、投入される土砂を代表するN個の粒子の初期条件が設定される(S30ステップ)。N個の粒子は、図5の試験投入位置40に投入されるとしてシミュレーションを行うから、初期条件には試験投入位置40の位置座標を含む。また、これらN個の粒子が、図2に示す平たい円筒形状をなしていると考えるのはすでに説明したとおりであり、初期条件には、円筒形状におけるそれぞれの粒子の深さのデータ(投入直後の円筒上面の高さを基準として、各粒子の埋没深さを示したデータ)が含まれている。
【0022】
次に、設定された地形条件と波浪条件から、対象となる海浜の平面波浪場を演算する(S40ステップ)。平面波浪場とは、海浜付近における時間的に平均された波浪エネルギーの平面的な分布が求められたスカラー場と、波向が求められたベクトル場とからなり、上記の海浜沖合における波浪条件と海浜の地形条件とから、エネルギー平衡方程式を介して演算する。実際の演算は、海域を複数の単位領域に分割し、微分方程式を離散化した通常の数値解法で行う。
【0023】
次に、海浜流場を演算する(S50ステップ)。海浜流場とは、対象となる海浜付近の場所ごとに時間平均された海浜流れの速度(流速)と方向(流向)とを特定したベクトル場である。まず先に求めた平面波浪場から、砕波による波高減衰を考慮して時間的に平均された波高と波向の値を海浜の場所ごとに得る。海浜流場は、これらの平均的な波高と波向分布とを前提とし、ラディエイションストレス(radiation stress)を基因として、沖側境界の境界条件と側方境界の境界条件とを仮定し、さらに海底の摩擦項を仮定して、非線形長波方程式を用いて演算する。なお、側方境界とは、例えば、図5のように沿岸が図面に対して左右方向に延びているとすると、実演算を可能にするために、その左右方向の範囲を決めた場合の境界を意味する。
【0024】
なお、波浪場と海浜流場を演算する具体的な数式及び演算方法等に関しては、ここでは、清水琢三、熊谷隆宏、三村信夫、渡辺晃共著、「汀線変化を考慮した3次元海浜変型長期予測モデル」、海岸工学論文集、第41巻、pp.406−410、土木学会発行(1994年)に記載された数式及び演算方法等に従って行っている。
【0025】
次に、ある粒子i(i=1)に着目し、t=Δtにおいて粒子iにかかる外力場を演算する(S60ステップ)。具体的には、先に求めた平面波浪場と海浜流場から、粒子iにかかる外力である底面剪断応力を抽出し、この底面剪断応力と粒子の水中重量で代表した安定力との比であるシールズ数を演算する。なお、この粒子の移動させる底面剪断応力は、円筒形状内か円筒形状外か等の、海底における粒子の位置によって当然に変化する。
【0026】
次に、着目している粒子iが、海浜流により移動しうるかどうかを判断する(S70ステップ)。判断の基準は2つあり、両方を満たした場合に粒子iは移動しうると判断する。基準の1つめは、粒子iのシールズ数があらかじめ定められた限界シールズ数を超えているか否かである。超えている場合には、粒子の運動を引き起こす底面剪断応力が粒子の安定力を上回っているので、粒子iは移動しうる。2つめの基準は、粒子iの円筒形状における埋没深さが移動層の厚みδsより小さいか否かである。小さい場合には、粒子iは円筒形状の十分表層に位置するので移動できる。両方を満たしている場合には、フローはS80ステップに移行し、いずれか一方または両方とも満たしていない場合には、フローはS90ステップに移行する。なお、時間の経過により粒子iが円筒形状から外に移動している場合は、移動可能と判断する。
【0027】
S80ステップでは、粒子iが移動可能な場合に、t=0+Δtにおける粒子iの移動位置を演算する。移動位置の演算にあたっては、上記の式(1)を用い、拡散を考慮したランダムウォークにより演算する。粒子iは海浜流に大まかに沿いながら、乱数に従ってジグザグに移動することになる。これにより、粒子ごとに移動の軌跡が異なる結果となるから、実際の土砂粒子の移動の様子をかなり的確に再現することが可能となる。
【0028】
S90ステップでは、i=Nを満たすか否か、すなわちN個の粒子全部について演算が終了したか否かが判断される。満たさない場合は、フローはS90ステップからS60ステップに移行し、i=i+1とすることでiを1だけ増加させて、すなわち別の粒子iについてS60ステップからS90ステップを実行する。これを全部の粒子N個に対して行う。
【0029】
一方、i=Nを満たす場合は、全部の粒子について演算が終了しているので、フローはS90ステップからS100ステップに移行して、tがあらかじめ定めた計算時間を上回っているか否かを判断する。ここで、あらかじめ定めた計算時間とは、土砂投入からどれだけの期間内に土砂の還元が生じればよいかを決めた時間である。例えば、1ヶ月や3ヶ月、1年などという還元終了までの計画期間を設定する。この例では40日を設定している。tがあらかじめ定めた計算時間を上回っていない場合には、まだ予定された還元終了時間が経過していないことになるから、フローはS100ステップからS60ステップに戻り、t=t+Δtとすることで時間tをΔtだけ進めて、再度S60ステップからS100ステップを実行する。時間tがΔtの累積によりあらかじめ定めた計算時間に到達するまでこのフローを繰り返す。
【0030】
時間tがあらかじめ定めた計算時間を超えた場合は、予定された還元終了時間に到達したので、フローはS100ステップからS110ステップに移行して、N個の粒子の最終移動位置のデータを図5の地形図に重ねて出力して処理を終了する。
【0031】
次に、実際の海域に対してシミュレーションを行った例を示す。上記の図5に記載の地形に対して、試験投入位置40に土砂(N=10万個)を投入して16日間経過した場合のシミュレーション結果を図6に示す。図6では、各単位区画に移動した粒子数の常用対数に対する等高線を用いてシミュレーション結果を表示している。ただし、砂数が0の場合は便宜上0とした。図6からわかるように、試験投入位置40から図面に向かって左下方向に粒子が拡散して移動している状況がわかる。図7は、同じ状況下で投入から40日経過した場合のシミュレーション結果を示した図である。粒子の一部は岸壁32や港湾の入り口21に到達していることがわかる。
【0032】
一方、シミュレーション結果の妥当性を検証するために、同じ海域の試験投入位置40に、実際に蛍光砂を投入した実地調査を実施した。図8は、実地調査において、サンプリングを行った場所を示した図である。サンプリングは、図6、7に対応して投入から16日後と40日後にそれぞれ図中の碁盤状の線の各交点で行い、各交点で容量300cm3(表面積120cm2)の土砂を採取し、含まれている蛍光砂の数をカウントした。投入から16日後の実地調査の結果を図9に、40日後の実地調査の結果を図10に示す。なお、調査結果は碁盤状の部分だけを示した。また、交点近くの数字は得られた蛍光砂数の常用対数である。ただし、砂数が0の場合は便宜上0とした。なお、現地調査では、対象海域の沖合に波浪計を設置し、シミュレーションに用いるための波浪条件を同時に計測するようにした。
【0033】
図6と図9とを比較すると、粒子が試験投入位置40から図面左下方向に拡散して移動している点で近似した結果が得られていることがわかる。また、図7と図10を比較すると、一部の粒子が岸壁や港湾の入り口付近に到達している点において、かなり近似した結果が得られていることがわかる。シミュレーションで用いた海浜流が平均化された巨視的な流れにすぎず、粒子の移動に直接的に影響する微視的な擾乱を含まないこと、などを考慮すると、図6と図9の結果の近似度は、驚くほど高いと言える。
【0034】
さらに、図11から図14に、土砂の投入場所を変更した場合のシミュレーション結果を示す。図11は、土砂の投入位置を図6の試験投入位置40より北側(図面左側)に変更し、より突堤31に近い位置に投入した場合に、投入から16日経過後の状況のシミュレーション結果である。粒子が図面左下に移動している点は図6と同様であるが、16日で粒子が港湾入り口21や岸壁32に到達する結果となっている。図12は、図11のさらに24日後、すなわち投入から40日経過後の状況のシミュレーション結果である。
【0035】
図13は、土砂の投入位置を図11の投入位置から岸壁により近い位置に変更し、投入から16日経過後の状況のシミュレーション結果である。16日経過時点では、粒子が港湾入り口21に達していないが、岸壁32には到達していることがわかる。さらに、図14は、図13の時点から24日経過後、すなわち投入から40日経過後の状況のシミュレーション結果である。40日後でも粒子は港湾入り口21に到達していないことがわかる。
【0036】
このように、土砂投入位置を変更してシミュレーションを繰り返すことにより、粒子が到達することが望ましい場所(例えば、岸壁32)に到達し、到達しないことが望ましい場所(例えば、港湾入り口21)に到達しない望ましい投入場所を、容易に確定することが可能になる。その際、現地の波浪条件を何らかの手段で入手すればよいだけで、現地における蛍光砂を用いた実地調査が不要となるから、実地調査にかかる膨大な手間と費用がかからなくなる。
【0037】
以上、実施の形態について説明してきたが、本発明は上記の具体的な実施態様に限定されるものではなく種々の変型が可能である。例えば、上記では投入された土砂が、薄層を積層した平たい円筒形状をなすとするモデルを使用したが、計算上は円筒を点として扱うため円筒形状である必要はなく、四角や三角などの任意の形状のモデルとすればよい。要は、ある時間tでは、移動しうる粒子と移動し得ない粒子があること、また、移動可能であっても単位時間Δtの間に土砂投入位置から外に移動しうるか否かあることが、それぞれ結果に反映できるようにすればよい。
【0038】
また、平面波浪場や海浜流場を計算するにあたり、上記では文献記載の方法により行ったが、公知の他の方法を用いてもよい。また、確率過程を用いた粒子の軌跡の演算は、上記のように一様乱数を用いてランダムにベクトルの方向を変えて行うのではなく、海浜流れ方向を基準として、粒子の移動方向のズレ角度を引数にした確率関数を用いるようにしてもよい。また、拡散係数は、砕破帯域を前提にして定義したが、砕波帯域以外も含めて、それぞれで適宜定めるようにしても良い。
【0039】
また、上記では本発明をシミュレーション方法として説明したが、本発明は、シミュレーション方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであっても良い。また、プログラムはコンピューターが読み取り可能な記録媒体に格納してもよい。ここで記録媒体とは、フレキシブルディスク、光磁気ディクス、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記録装置のことを言う。また、プログラムは、任意に分割し、分割したものをそれぞれに記憶媒体に格納してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】海底に投入された土砂の状態を示した模式図である。
【図2】投入土砂を円筒形状に理想化したモデルの模式図である。
【図3】確率過程の計算手法を図示した概念図である。
【図4】シミュレーションの概略フローを示したフローチャートである。
【図5】シミュレーション対象とした海域の例の地形図である。
【図6】試験投入位置40に土砂を投入した場合の16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図7】試験投入位置40に土砂を投入した場合の40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図8】実地調査を行った際に、蛍光砂のサンプリングを行った地点を示した図である。
【図9】試験投入位置40に、蛍光砂を投入してから16日経過した時点の蛍光砂分布を示した図である。
【図10】試験投入位置40に、蛍光砂を投入してから40日経過した時点の蛍光砂分布を示した図である。
【図11】他の投入位置に土砂を投入した場合の、16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図12】他の投入位置に土砂を投入した場合の、40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図13】さらに他の投入位置に土砂を投入した場合の、16日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【図14】さらに他の投入位置に土砂を投入した場合の、40日経過後のシミュレーション結果を示した図である。
【符号の説明】
【0041】
1 海底に投入された土砂
2 海底
10 理想化された土砂
11 Δt後に移動中であるが、円筒内に留まる粒子の層
12 Δt後に円筒内で移動しはじめる粒子の層
13 Δt後に移動しない粒子の層
20 港湾
21 港湾の入り口
22 等深線
30 北側突堤
31 南側突堤
32 岸壁
40 試験投入位置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法。
【請求項2】
前記の初期条件は、複数の前記粒子が集合して、複数の移動層を積層した形状をなすモデルを含むものであることを特徴とする請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
さらに、前記の外力場と前記初期条件とから前記粒子の移動可能性を判断するステップを備え、前記移動可能性が肯定される場合に、前記移動位置を演算することを特徴とする請求項1または2に記載のシミュレーション方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のシミュレーション方法を、コンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項1】
サンドリサイクルにおける粒子移動のシミュレーション方法であって、前記サンドリサイクルが行われる場所の地形条件と波浪条件と前記粒子の初期条件とを設定するステップと、前記地形条件と前記波浪条件とから前記場所における平面波浪場と海浜流場とを演算するステップと、前記平面波浪場と前記海浜流場とから前記粒子にかかる外力場を演算するステップと、前記外力場による前記粒子の移動位置を確率過程により演算するステップとを備えることを特徴とするシミュレーション方法。
【請求項2】
前記の初期条件は、複数の前記粒子が集合して、複数の移動層を積層した形状をなすモデルを含むものであることを特徴とする請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
さらに、前記の外力場と前記初期条件とから前記粒子の移動可能性を判断するステップを備え、前記移動可能性が肯定される場合に、前記移動位置を演算することを特徴とする請求項1または2に記載のシミュレーション方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のシミュレーション方法を、コンピュータに実行させるためのプログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−308916(P2007−308916A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−137433(P2006−137433)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(000166627)五洋建設株式会社 (364)
【出願人】(000230940)日本原子力発電株式会社 (130)
【出願人】(000221546)東電設計株式会社 (44)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(000166627)五洋建設株式会社 (364)
【出願人】(000230940)日本原子力発電株式会社 (130)
【出願人】(000221546)東電設計株式会社 (44)
【Fターム(参考)】
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