説明

シアル酸含有糖鎖複合体及びその製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を含有する抗インフルエンザウイルス剤

【課題】抗インフルエンザウイルス活性を有する、新規なシアル酸含有糖鎖複合体及びその効率的な製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を含有し、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有する抗インフルエンザウイルス剤を提供すること。
【解決手段】一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物(ただし、スフィンゴ脂質を除く)が結合してなり、かつ、分子量が、400〜1,400であることを特徴とするシアル酸含有糖鎖複合体、及びその製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を有効成分として含有することを特徴とする抗インフルエンザウイルス剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なシアル酸含有糖鎖複合体及びその効率的な製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を有効成分として含有し、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有する抗インフルエンザウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、インフルエンザの予防又は治療方法としては、ワクチンの予防接種や、抗インフルエンザ薬として使用認可されているアマンタジンやタミフルの投与が主である。
しかし、これらの予防又は治療方法には、それぞれ一長一短があることが既に知られている。例えばワクチンは、該ワクチンの接種により産生されたIgAが、呼吸器系の粘液中に分泌されることにより、ウイルスの細胞への付着を防ぐことができるが、タイプの異なる新型ウイルスに対しては無力であることが知られている。また、アマンタジンは、インフルエンザウイルスのM2タンパク質のイオンチャンネル作用を阻害し、標的細胞に侵入した後のインフルエンザウイルスの脱殻を抑制することができるが、M2タンパク質の無いB型、C型ウイルスに対する効果はなく、強い副作用や耐性菌の発現が問題とされている。また、タミフルは、インフルエンザウイルスのエンベロープに存在するスパイクタンパク質の1つであるノイラミニダーゼ(NA)の作用を阻害し、複製されたインフルエンザウイルスが感染した標的細胞から遊離して他の細胞に感染を広げることを抑制することができるが、その効果の発現のためには、感染初期の服用が必須とされ、また、近年、若年者に対する副作用が問題となっている。
【0003】
前記したような従来のワクチンや抗インフルエンザ薬の問題点を克服できるような、新たなインフルエンザの予防又は治療方法の研究開発は、広く行われている。このようなインフルエンザの予防又は治療方法に関する技術として、例えば、ウイルス受容体の被認識部位を含む糖鎖を持つスフィンゴ糖脂質を有効成分とする抗インフルエンザウイルス剤が報告されている(特許文献1参照)。前記特許文献1中では、シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質であるガングリオシド類のうち、天然物から抽出したGM4(Neu5Acα2−3Gal−Cer)、GM3(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc−Cer)、GD1a(Neu5Acα2−3Galβ1−3GalNAcβ1−4(Neu5Acα2−3)Galβ1−4Glc−Cer)、及びSPG(シアリルパラグロボシド:Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAcβ1−4Galβ1−4Glc−Cer)に、インフルエンザウイルスに対する感染阻止活性が認められ、その感染阻止力の強さはSPG>GD1a>GM3>GM4の順であったことが開示されている。
【0004】
しかし、前記特許文献1に開示された抗インフルエンザウイルス剤は、未だ実用化には至っておらず、また、前記抗インフルエンザウイルス剤として開示されたガングリオシド類はミンククジラの脳やヒト赤血球といった天然物から抽出されたものであることから、インフルエンザ薬としての実用化には有効成分の大量調製が望まれる点を鑑みると、やや困難があるのではないかと考えられる。
また、インフルエンザの流行は大きな問題であり、現在使用されているアマンタジンやタミフルなどの既存薬も、前記したようにそれぞれ副作用や服用時期の制限などといった欠点を有していることから、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有し、かつ安全性の高い、新たなインフルエンザ薬について、早急な研究開発及び実用化が望まれているのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2001−233773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来の諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。すなわち、本発明は、抗インフルエンザウイルス活性を有する、新規なシアル酸含有糖鎖複合体及びその効率的な製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を含有し、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有する抗インフルエンザウイルス剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
インフルエンザウイルスは、そのエンベロープに存在するスパイクタンパク質の1つであるヘマグルチニン(HA)が、標的細胞の細胞膜表面に存在する複合糖質のシアル酸を含む糖鎖を認識し、該糖鎖に結合して、標的細胞への感染を成立させることが一般に知られている。また、鳥インフルエンザウイルスは、Neu5Ac(α2−3)Gal−といった糖鎖を、ヒトインフルエンザウイルスは、Neu5Ac(α2−6)Gal−といった糖鎖をそれぞれ特異的に認識し、このことがウイルス感染の特異性を作り出す要因であると考えられている。
前記のように標的細胞の有する成分を認識して標的細胞に結合し、感染を成立させるウイルスや細菌に対しては、前記ウイルスや細菌に認識される標的細胞の糖鎖と同程度の、又は、それ以上に強い親和性を有する成分を外部から添加すれば、前記ウイルスや細菌による感染が阻害されると考えられる。
【0008】
ところが、前記のようなヘマグルチニン(HA)認識部位を有する糖鎖であるにもかかわらず、シアリルオリゴ糖である、3’−シアリルラクトース(3’−SL:Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc)及び3’−シアリルラクトサミン(3’−SLN:Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)は、抗インフルエンザウイルス活性を示さなかった。
これに対して、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、前記のように抗インフルエンザウイルス活性を示さなかったシアリルオリゴ糖に対して、糖以外の化合物を結合させ、かつ、分子量が一定の範囲内となるようにして、シアリルオリゴ糖と糖以外の化合物との複合体を新たに作成したところ、得られた複合体は、優れた抗インフルエンザウイルス活性を示すようになったことを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
したがって、本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物(ただし、スフィンゴ脂質を除く)が結合してなり、かつ、分子量が、400〜1,400であることを特徴とするシアル酸含有糖鎖複合体である。
<2> 糖以外の化合物が疎水性化合物である前記<1>に記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<3> 糖以外の化合物が脂肪酸である前記<1>から<2>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<4> 脂肪酸が、炭素数8〜18の直鎖脂肪酸である前記<3>に記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<5> 脂肪酸が、シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端にアミド結合してなる前記<3>から<4>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<6> シアル酸含有糖鎖が、1〜5個の単糖で構成される前記<1>から<5>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<7> シアル酸含有糖鎖が、シアリルガラクトース鎖(Neu5Ac−Gal)を有する前記<1>から<6>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<8> シアル酸含有糖鎖が、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかを有する前記<1>から<7>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<9> シアル酸含有糖鎖が、3’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc)、6’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Glc)、3’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)、6’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GlcNAc)、3’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Gal)、6’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Gal)、3’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GalNAc)、及び、6’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GalNAc)、からなる群より選択される前記<1>から<8>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体である。
<10> 前記<1>から<9>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法であって、一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物を、化学反応により結合させることを特徴とするシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法である。
<11> シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端を、アシルアミド化する前記<10>に記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法である。
<12> シアル酸含有糖鎖と炭酸水素アンモニウムとを反応させ、次いで、得られた反応物と塩化脂肪酸とを反応させる前記<10>から<11>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法である。
<13> 前記<1>から<9>のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体を有効成分として含有することを特徴とする抗インフルエンザウイルス剤である。
<14> シアル酸含有糖鎖複合体を構成するシアル酸含有糖鎖が、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン認識部位を有する前記<13>に記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<15> インフルエンザウイルスのヘマグルチニン認識部位が、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかである前記<14>に記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、前記従来の諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、抗インフルエンザウイルス活性を有する、新規なシアル酸含有糖鎖複合体及びその効率的な製造方法、並びに、該シアル酸含有糖鎖複合体を含有し、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有する抗インフルエンザウイルス剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(シアル酸含有糖鎖複合体)
本発明のシアル酸含有糖鎖複合体は、シアル酸含有糖鎖と糖以外の化合物とが結合してなり、かつ、特定の分子量を有する。また、前記シアル酸含有糖鎖複合体は、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有しており、後述する本発明の抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として好ましく利用可能である。
【0012】
<分子量>
前記シアル酸含有糖鎖複合体の分子量としては、100〜40,000の範囲内であり、400〜1,400が好ましく、430〜950がより好ましく、590〜950が更に好ましく、750〜950がより更に好ましく、800〜950が特に好ましい。
前記分子量が、400未満であると、所望の程度の抗インフルエンザウイルス活性を示さないことがあり、1,400を超えると、水溶液中で抗インフルエンザウイルス活性に有利なミセル構造を形成しないことがあり、そのため、所望の程度の抗インフルエンザウイルス活性を示さないことがある。一方、前記分子量が、800〜950の範囲内であると、水溶液中で抗インフルエンザウイルス活性に有利なミセル構造を形成し易い点で、有利である。
【0013】
<糖以外の化合物>
前記糖以外の化合物としては、糖以外の化合物であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。ただし、スフィンゴ脂質は、前記糖以外の化合物から除外されるものとする。前記糖以外の化合物から除外されるスフィンゴ脂質の具体例としては、セラミドが挙げられる。
【0014】
前記糖以外の化合物は、疎水性化合物であることが好ましい。前記糖以外の化合物が疎水性化合物であると、前記シアル酸含有糖鎖複合体は全体として両親媒性となり、水溶液中でミセル構造をとるようになると考えられる。前記シアル酸含有糖鎖複合体が水溶液中でミセル構造をとると、好ましくはインフルエンザウイルスのヘマグルチニンタンパク質(HA)の認識部位を有する糖鎖が、外側に位置するようになる。そのため、該糖鎖は、よりヘマグルチニンタンパク質に認識され易くなり、インフルエンザウイルスの該糖鎖への結合が促進されて、結果として、インフルエンザウイルスの本来の標的細胞への結合を、より効率よく阻害することができるようになると考えられる。
疎水性化合物である前記糖以外の化合物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、脂肪酸、芳香族化合物などが挙げられる。これらの中でも、分子種が豊富であり、容易に合成反応に利用できる点で、脂肪酸が好ましい。
【0015】
前記脂肪酸としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、直鎖脂肪酸、不飽和脂肪酸、分岐脂肪酸などが挙げられる。これらの中でも、水溶液中で抗インフルエンザウイルス活性に有利なミセル構造を形成し易い点や、安定性の点で、直鎖脂肪酸が好ましい。なお、前記不飽和脂肪酸は二重結合が酸化されやすく、抗インフルエンザウイルス剤中で不安定要素になり得るという欠点があることから、前記脂肪酸として前記不飽和脂肪酸を使用する場合には、例えば、酸化防止剤と併用するなどの使用方法が好ましいと考えられる。
また、前記直鎖脂肪酸の中でも、水溶液中で抗インフルエンザウイルス活性に有利なミセル構造を形成し易い点で、炭素数8〜18の直鎖脂肪酸が好ましく、炭素数12〜14の直鎖脂肪酸がより好ましい。
【0016】
<シアル酸含有糖鎖>
前記シアル酸含有糖鎖としては、一方の末端にインフルエンザウイルスの結合部位となるシアル酸を有する糖鎖であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、好ましい抗インフルエンザウイルス活性を有するという点で、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)認識部位に該当する糖鎖部位を有していることが好ましい。
インフルエンザウイルスのヘマグルチニンが糖鎖を認識するには、前記糖鎖がシアル酸を有していることのみならず、前記シアル酸と、前記シアル酸と結合しているガラクトースとの結合様式が重要であることが知られている。なお、鳥インフルエンザウイルスは、シアル酸がガラクトースの3位に結合した、Neu5Ac(α2−3)Gal−といった糖鎖を、ヒトインフルエンザウイルスは、シアル酸がガラクトースの6位に結合した、Neu5Ac(α2−6)Gal−といった糖鎖を、それぞれ特異的に認識することが知られている。
【0017】
したがって、前記シアル酸含有糖鎖は、一方の末端にインフルエンザウイルスの結合部位となるシアル酸を有することが必要であり、また、シアル酸とガラクトースが結合したシアリルガラクトース鎖を有することが好ましく、中でも、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかを有することがより好ましい。
中でも、前記シアル酸含有糖鎖は、3’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc)、6’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Glc)、3’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)、6’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GlcNAc)、3’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Gal)、6’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Gal)、3’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GalNAc)、及び、6’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GalNAc)からなる群より選択されることが、特に好ましい。
【0018】
また、前記シアル酸含有糖鎖を構成する単糖の個数としては、目的に応じて適宜選択することができるが、1〜5個が好ましく、2〜3個がより好ましく、3個が特に好ましい。すなわち、前記シアル酸含有糖鎖としては、シアル酸のみからなるものであってもよいが、シアル酸と一糖又は二糖からなるものがより好ましく、シアル酸と二糖(計三糖)からなるものが特に好ましい。
前記シアル酸含有糖鎖を構成する単糖の個数が2個以上である場合、前記シアル酸に隣接する単糖としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、中でも、ガラクトース(Gal)が好ましい。また、前記シアル酸含有糖鎖を構成する単糖の個数が3個以上である場合、前記シアル酸に隣接する単糖に、更に隣接する単糖(シアル酸の隣の隣の単糖)としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、中でも、ガラクトース(Gal)、グルコース(Glc)、ガラクトサミン(GalNAc)、及び、グルコサミン(GlcNAc)からなる群より選択されることが好ましい。これらの中でも、インフルエンザウイルスに対する前記シアル酸含有糖鎖の結合性が高く、抗インフルエンザウイルス活性により優れることが期待されるという点で、ガラクトサミン(GalNAc)、グルコサミン(GlcNAc)がより好ましく、グルコサミン(GlcNAc)が特に好ましい。
【0019】
<結合>
前記シアル酸含有糖鎖と前記糖以外の化合物との結合としては、前記シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、前記糖以外の化合物が結合されていれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、前記糖以外の化合物が前記脂肪酸である場合の前記結合方法としては、前記シアル酸含有糖鎖への、前記脂肪酸に対応したアシル基の導入法などが挙げられる。前記シアル酸含有糖鎖への前記アシル基の導入法としては、例えば、O−、N−、S−、C−グリコシド化による導入法などが好ましく、これらの中でも、安定性の点で、N−グリコシド化(アシルアミド化、アミド結合)による導入法が特に好ましい。
【0020】
前記シアル酸含有糖鎖複合体は、前記シアル酸含有糖鎖と前記糖以外の化合物とが、任意の組み合わせで結合してなる。
このような、前記シアル酸含有糖鎖複合体の好ましい具体例としては、例えば、3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc−CONH−(CH10CH)、6’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4Glc−CONH−(CH10CH)、3’−シアリルラクトサミニルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc−CONH−(CH10CH)、6’−シアリルラクトサミニルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4GlcNAc−CONH−(CH10CH)、3’−シアリルラクトシルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc−CONH−(CH12CH)、6’−シアリルラクトシルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4Glc−CONH−(CH12CH)、3’−シアリルラクトサミニルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc−CONH−(CH12CH)、6’−シアリルラクトサミニルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4GlcNAc−CONH−(CH12CH)、3’−シアリルガラクトシルガラクトシルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4Gal−CONH−(CH10CH)、6’−シアリルガラクトシルガラクトシルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4Gal−CONH−(CH10CH)、3’−シアリルガラクトシルガラクトサミニルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4GalNAc−CONH−(CH10CH)、6’−シアリルガラクトシルガラクトサミニルラウリン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4GalNAc−CONH−(CH10CH)、3’−シアリルガラクトシルガラクトシルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4Gal−CONH−(CH12CH)、6’−シアリルガラクトシルガラクトシルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4Gal−CONH−(CH12CH)、3’−シアリルガラクトシルガラクトサミニルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−3Galβ1−4GalNAc−CONH−(CH12CH)、6’−シアリルガラクトシルガラクトサミニルミリスチン酸アミド(Neu5Acα2−6Galβ1−4GalNAc−CONH−(CH12CH)などが挙げられる。
【0021】
(シアル酸含有糖鎖複合体の製造方法)
前記シアル酸含有糖鎖複合体は、一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物を、化学反応により任意の結合方法で結合させて製造することができる。中でも、前記シアル酸含有糖鎖複合体を構成する糖以外の化合物が脂肪酸である場合には、例えば、前記シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端を、アシルアミド化することによって前記シアル酸含有糖鎖複合体を製造することが好ましい。
【0022】
<シアリルオリゴ糖脂肪酸アミド(シアル酸含有糖鎖複合体の1態様)の製造方法>
以下に、前記シアル酸含有糖鎖が前記3’−シアリルラクトース鎖(以下、3’−SLと称することがある)、前記6’−シアリルラクトース鎖(以下、6’−SLと称することがある)、前記3’−シアリルラクトサミン鎖(以下、3’−SLNと称することがある)、及び、前記6’−シアリルラクトサミン鎖(以下、6’−SLNと称することがある)のいずれかであり、かつ、前記糖以外の化合物が脂肪酸であって、前記シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端にアミド結合している場合を例に挙げ、このようなシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法の一例を説明する。
また、以下、前記した3’−SL、6’−SL、3’−SLN、6’−SLNを総称して、シアリルオリゴ糖と称する場合がある。
また、以下、前記シアリルオリゴ糖と前記脂肪酸とがアミド結合してなるシアル酸含有糖鎖複合体を、シアリルオリゴ糖脂肪酸アミドと称することがある。前記シアリルオリゴ糖脂肪酸アミドは、前記シアル酸含有糖鎖複合体の好ましい態様の1つである。
【0023】
−シアリルオリゴ糖−
3’−SL、6’−SL、3’−SLN、6’−SLNなどの前記シアリルオリゴ糖としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、ウシ等の哺乳動物由来のシアリルオリゴ糖などを使用することができる。また、前記シアリルオリゴ糖としては、市販品を使用することもできる。前記市販品は、例えば、シグマアルドリッチ社、生化学工業社などから入手することができる。
【0024】
−シアリルオリゴ糖のアシルアミド化−
前記シアリルオリゴ糖を、例えばアシルアミド化することにより、前記脂肪酸が前記シアリルオリゴ糖にアミド結合したシアリルオリゴ糖脂肪酸アミドを得ることができる。
前記シアリルオリゴ糖のアシルアミド化は、例えば、前記シアリルオリゴ糖と炭酸水素アンモニウムとを反応させ(以下、工程(I)と称することがある)、次いで、得られた反応物と塩化脂肪酸とを反応させる(以下、工程(II)と称することがある)ことにより行うことができる。より具体的には、例えば、以下のようにして行うことができる。
【0025】
−工程(I)−
工程(I)では、シアリルオリゴ糖と炭酸水素アンモニウムとを反応させる。該反応方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記シアリルオリゴ糖を、過飽和の炭酸水素アンモニウム水溶液に添加し、撹拌しながら、室温(25℃)条件下で反応させる方法などが挙げられる。
【0026】
また、工程(I)におけるシアリルオリゴ糖と炭酸水素アンモニウムとの反応の進行具合を、例えば、薄層クロマトグラフィー(TLC)により確認することができる。
【0027】
工程(I)の反応終了後、例えばロータリーエバポレーターなどを用いて、水分と共に、炭酸水素アンモニウムを除去する。除去後に得られた反応物を、次いで、以下の工程(II)に供する。
【0028】
−工程(II)−
工程(II)では、工程(I)で得られた反応物と、塩化脂肪酸とを反応させる。該反応方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、工程(I)で得られた反応物と、塩化脂肪酸とを、炭酸ナトリウム存在下、0℃条件下で反応させる方法などが挙げられる。
【0029】
前記塩化脂肪酸の使用量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記シアリルオリゴ糖の使用量に対して、モル比で、塩化脂肪酸:シアリルオリゴ糖=5:1となるような量で使用することができる。また、前記炭酸ナトリウムの使用量としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記塩化脂肪酸の使用量に対して、モル比で、炭酸ナトリウム:塩化脂肪酸=1:1となるような量で使用することができる。
【0030】
前記工程(I)及び工程(II)により、シアリルオリゴ糖脂肪酸アミドを生成することができる。前記シアリルオリゴ糖脂肪酸アミドは、例えば、Sephadex LH−20(GE ヘルスケア バイオサイエンス株式会社)、Sephadex G−10(GE ヘルスケア バイオサイエンス株式会社)、BioGel P−2(日本バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)、シリカゲル(例えば、Iatrobeads 6RS 8060(株式会社 三菱化学ヤトロン))等を担体として用いた、各種カラムクロマトグラフィーにより精製することができる。
【0031】
<製造されたシアル酸含有糖鎖複合体の確認方法>
前記製造方法により得られたシアル酸含有糖鎖複合体は、例えば、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、質量分析計、プロトンNMRなどにより確認することができる。
【0032】
前記製造方法により得られるシアル酸含有糖鎖複合体は、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有するものであり、後述の本発明の抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として、好ましく利用可能である。
【0033】
(抗インフルエンザウイルス剤)
本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、前記シアル酸含有糖鎖複合体を少なくとも含有し、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。なお、前記抗インフルエンザウイルス剤は、前記シアル酸含有糖鎖複合体そのものであってもよい。
【0034】
<シアル酸含有糖鎖複合体>
前記抗インフルエンザウイルス剤に含有される前記シアル酸含有糖鎖複合体は、好ましくは、そのシアル酸含有糖鎖部分に、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)認識部位を有する。前記ヘマグルチニンは、インフルエンザウイルスのエンベロープに存在するスパイクタンパク質の1種であり、標的細胞の膜表面に存在する複合糖質のシアル酸を含む糖鎖を認識し、結合して、感染を成立させることが知られている。前記シアル酸含有糖鎖複合体は、このヘマグルチニン認識部位を有していることから、インフルエンザウイルスと結合可能であり、そのため、インフルエンザウイルスの本来の標的細胞への結合を阻害することができると考えられる。
前記シアル酸含有糖鎖の前記ヘマグルチニン認識部位としては、具体的には、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかが好ましく挙げられる。
【0035】
前記抗インフルエンザウイルス剤における前記シアル酸含有糖鎖複合体(有効成分)の含有量としては、特に制限はなく、前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型などに応じて、適宜選択することができるが、60〜70質量%が好ましい。
【0036】
<その他の成分>
前記抗インフルエンザウイルス剤に含有され得る、前記シアル酸含有糖鎖複合体以外のその他の成分としては、特に制限はなく、本発明の効果を損わない範囲内で、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、薬学的に許容され得る担体などが挙げられる。前記薬学的に許容され得る担体としても、特に制限はなく、前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型などに応じて、適宜選択することができる。
また、前記その他の成分の含有量としても、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤における前記シアル酸含有糖鎖複合体(有効成分)の含有量が所望の範囲内となるように、目的に応じて適宜選択することができる。
【0037】
<剤型>
前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型としては、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤の投与方法などに応じて適宜選択することができ、例えば、経口固形剤、経口液剤、注射剤、吸入散剤などが挙げられる。
【0038】
−経口固形剤−
前記経口固形剤としては、例えば、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などが挙げられる。
前記経口固形剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記シアル酸含有糖鎖複合体に、賦形剤、及び必要に応じて各種添加剤を加えることにより、製造することができる。ここで、前記賦形剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸などが挙げられる。また、前記添加剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味/矯臭剤などが挙げられる。
【0039】
前記結合剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
前記崩壊剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖などが挙げられる。
前記滑沢剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。
前記着色剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、酸化チタン、酸化鉄などが挙げられる。
前記矯味/矯臭剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸などが挙げられる。
【0040】
−経口液剤−
前記経口液剤としては、例えば、内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤などが挙げられる。
前記経口液剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記シアル酸含有糖鎖複合体に添加剤を加えることにより、製造することができる。ここで、前記添加剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、矯味/矯臭剤、緩衝剤、安定化剤などが挙げられる。
【0041】
前記矯味/矯臭剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸などが挙げられる。
前記緩衝剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
前記安定化剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、トラガント、アラビアゴム、ゼラチンなどが挙げられる。
【0042】
−注射剤−
前記注射剤としては、例えば、溶液、懸濁液、用事溶解用固形剤などが挙げられる。
前記注射剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記シアル酸含有糖鎖複合体に、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤などを添加することにより、製造することができる。ここで、前記pH調節剤及び前記緩衝剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウムなどが挙げられる。また、前記安定化剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸などが挙げられる。前記等張化剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩化ナトリウム、ブドウ糖などが挙げられる。前記局所麻酔剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩酸プロカイン、塩酸リドカインなどが挙げられる。
【0043】
<投与>
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与方法としては、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型などに応じて適宜選択することができ、経口又は非経口で投与することができる。
【0044】
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与量としても、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の薬剤の投与有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
【0045】
また、個体への投与時期にも、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、インフルエンザウイルスの感染前に投与してもよく、感染後に投与してもよい。
【0046】
<対象>
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与対象となる動物種としては、インフルエンザウイルスに感染する可能性のある動物種であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、トリ、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラットなどが挙げられる。
【0047】
また、前記抗インフルエンザウイルス剤の適用対象となるインフルエンザウイルスの種類としても、特に制限されるものではない。前記抗インフルエンザウイルス剤は、A型、B型、C型全てのインフルエンザウイルスについて、感染抑制効果が期待でき、また、A型インフルエンザウイルスについては、その由来を問わず、全ての亜型(H1N1〜H15N9)のインフルエンザウイルスについて、感染抑制効果が期待できる。
【0048】
(効果)
本発明のシアル酸含有糖鎖複合体は、抗インフルエンザウイルス活性を有しており、本発明の抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として、好ましく利用可能である。また、前記シアル酸含有糖鎖複合体は、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法により効率的に得ることができる。
また、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体は、規定の分子量の範囲内で、シアル酸含有糖鎖と糖以外の化合物とを任意に組み合わせて設計及び製造することができるために、様々な型の複合体を提供することが可能であり、したがって、様々な効果を有する抗インフルエンザウイルス剤の提供が期待される。
【0049】
本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、好ましい抗インフルエンザウイルス活性を有し、A型、B型、C型を問わず、全てのインフルエンザウイルスに対して感染抑制効果が期待でき、また、A型インフルエンザウイルスについては、全ての亜型について、その動物種由来を問わず、感染抑制効果が期待できることから、現在インフルエンザ薬として使用認可されているアマンタジンやタミフルに次ぐ新たなインフルエンザ薬として、臨床応用の可能性が期待される。
また、インフルエンザウイルスは、膜表面のタンパク質を僅かに変異させることで、抗体という生体防御機能を免れる能力を持つ。それに比べ、インフルエンザウイルスの、レセプターを認識し結合する部位は良く保存されており、レセプターに対する高い特異性は良く保持されている。本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、このウイルス−レセプター結合の選択的特異性による感染の、競争的阻害効果を利用することに着目したものである。したがって、本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、単独で使用する場合だけでなく、インフルエンザワクチンや、作用機構の異なる既存薬との併用においても、インフルエンザに対する感染予防と治療に対する大きな効果が期待される。
【実施例】
【0050】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0051】
(実施例1:3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド)
<製造>
本発明のシアル酸含有糖鎖複合体である3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12:Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc−CONH−(CH10CH)(分子量:814)を、以下のようにして製造した。
【0052】
3’−シアリルラクトース(3’−SL)(ウシ初乳由来、シグマアルドリッチ社製)(分子量:633)を、過飽和炭酸水素アンモニウム水溶液に溶解し、室温で4日間、撹拌を行った。途中、反応の進行度合いを、薄層クロマトグラフィー(TLC)でチェックした。反応終了後、ロータリーエバポレーターを用いて、水分と共に炭酸水素アンモニウムを、反応物から除去した。次いで、得られた反応物を、0℃条件下、炭酸ナトリウム存在下で、塩化ラウリン酸と反応させた。ここで、塩化ラウリン酸は、3’−SLの使用量に対し、モル比で5倍となるような量で使用した。また、炭酸ナトリウムは、塩化ラウリン酸の使用量に対し、モル比で等量となるような量で使用した。反応の進行状況は、開始から約一時間間隔で、サンプリングを行い、TLCにより確認し、反応の進行が飽和に達した時点で反応を終了した。反応液に等量のクロロホルムを加え、未反応の塩化ラウリン酸を抽出し除去した。
クロロホルム抽出後、得られた3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)を、薄層クロマトグラフィー(TLC)により確認した。また、得られた3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)を、Sephadex LH−20(GE ヘルスケア バイオサイエンス株式会社)、Sephadex G−10(GE ヘルスケア バイオサイエンス株式会社)、BioGel P−2(日本バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)、及びシリカゲル(例えば、Iatrobeads 6RS 8060(株式会社 三菱化学ヤトロン))を担体として用いた、カラムクロマトグラフィーにより精製した。
精製後、得られた3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)について、LC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析)、及びプロトンNMRを用いて、分子量、純度、及び構造を確認した。これらの結果を、図2、図3A、図3B、及び表1に示す。
【0053】
前記実施例1における反応スキームを図1に、前記クロロホルム抽出後の薄層クロマトグラフィー像を図2に示した。なお、図2中、レーン1には、ミンククジラの脳から抽出されたガングリオシド(GM4、GM1、GD1a、GD1b、GT1b)を対照として示した。レーン2には、クロロホルム抽出操作を行った後の試料溶液(得られた3’−SL−N−C12を含む)を示した。レーン3には、クロロホルム抽出操作を行った後のクロロホルム抽出液(除去された未反応の塩化ラウリン酸を含む)を示した。
また、前記LC−MSの結果を、図3A及び図3Bに示した。図3Aは、LCのクロマトグラム像を示し、図3Bは、図3Aのピークに含まれる成分の質量分析の結果を示す。図3Bでは、質量が疑分子イオン(M+H)量として表されるため、質量は814+1である約815を示している。
また、以下の表1は、プロトンNMR測定結果(3’−SLと3’−SL−N−C12のケミカルシフト)である。
【0054】
【表1】

【0055】
表1から、3’−SLを修飾することにより、αH1が無くなって全てβH1となり、更に、アミドプロトンやアルキルメチルやメチレンプロトンのシグナルが現れたことが判る。
【0056】
[評価]
<抗インフルエンザウイルス活性の評価>
得られた実施例1の3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)の抗インフルエンザウイルス活性を、以下のようにして評価した。
なお、本評価方法において、インフルエンザウイルスとしては、A/PR/8/34(ATCC VR−95)(H1N1型)を用い、インフルエンザウイルスの感染対象となる細胞としては、MDCK細胞(NBL−2細胞、イヌ腎細胞)(大日本住友製薬株式会社製)を用いた。また、培養液としては、E−MEM培地(Eagle−Minimum Essential Medium)(GIBCO;インビトロジェン株式会社製)を用いた。
【0057】
MDCK細胞を、10体積%ウシ胎仔血清(FBS)含有E−MEM培地を添加したマイクロプレートで、37℃、5%CO条件下で培養した。モノレーヤーになったMDCK細胞に、10倍階段希釈したインフルエンザウイルスA/PR/8/34株を加え、37℃、1時間インキュベートして感染させた。感染に使用したウイルス液を除去し、E−MEM培地を加えて37℃、4日間インキュベートした。インフルエンザウイルスの感染時及び感染後に、実施例1の3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)を各100μMの濃度で培地に加え、顕微鏡下でウイルスによる細胞変性効果を観察した。
【0058】
ウイルスによる細胞変性効果の観察結果に応じ、3’−SL−N−C12の抗インフルエンザウイルス活性を評価した。評価結果を表2に示す。なお、表2中、「抗ウイルス活性」の欄の「+」、「−」は、それぞれ以下の基準を示す。
+:認可薬であるアマンタジン(比較例3、後述)と比較して、ウイルス抑制効果が同程度である(アマンタジンと同程度の抗インフルエンザウイルス活性を有する)。
−:認可薬であるアマンタジン(比較例3、後述)と比較して、ウイルス抑制効果が弱い(アマンタジンと比べ、抗インフルエンザウイルス活性が弱い)。
【0059】
<細胞毒性の評価>
また、実施例1の3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(3’−SL−N−C12)の細胞毒性を、前記MDCK細胞にインフルエンザウイルスを加えずに、3’−SL−N−C12だけを添加した際の細胞変性の様子を、顕微鏡下で観察することにより評価した。評価結果を表2に示す。なお、表2中、「細胞毒性」の欄の「−」、「+」は、それぞれ以下の基準を示す。
−:細胞変性が観察されない。
+:(ウイルスによる細胞変性とは明らかに異なる)細胞変性が観察される。
【0060】
(比較例1〜3)
また、実施例1の3’−SL−N−C12の代わりに、3’−SL(3’−シアリルラクトース:ウシ初乳由来、シグマアルドリッチ社製)(比較例1)、3’−SLN(3’−シアリルラクトサミン:ウシ初乳由来、シグマアルドリッチ社製)(比較例2)、及びアマンタジン(シグマアルドリッチ社製)(比較例3)をそれぞれ用いた以外は、実施例1と同様にして、各100μMの濃度での抗インフルエンザウイルス活性及び細胞毒性を評価した。結果を表2に示す。
【0061】
【表2】

【0062】
表2から、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体は、既存薬のアマンタジンと同程度の優れた抗インフルエンザ活性を有しており、かつ、アマンタジンと比較して、細胞毒性が無い点で、より優れていることが判る。したがって、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体は、抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として、好適に利用可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明のシアル酸含有糖鎖複合体を有効成分として含有する本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、好ましい抗インフルエンザウイルス活性を有するものであり、新たなインフルエンザ薬として、臨床応用の可能性が期待されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】図1は、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体の好ましい一例である3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミドの製造における反応スキームを示した図である。
【図2】図2は、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体の好ましい一例である3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミド(レーン2)の薄層クロマトグラフィー像である。
【図3A】図3Aは、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体の好ましい一例である3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミドのLC−MS分析におけるLC(液体クロマトグラフィー)像である。
【図3B】図3Bは、本発明のシアル酸含有糖鎖複合体の好ましい一例である3’−シアリルラクトシルラウリン酸アミドのLC−MS分析におけるLC像(図3A)のピーク成分の質量分析の結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物(ただし、スフィンゴ脂質を除く)が結合してなり、かつ、分子量が、400〜1,400であることを特徴とするシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項2】
糖以外の化合物が疎水性化合物である請求項1に記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項3】
糖以外の化合物が脂肪酸である請求項1から2のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項4】
脂肪酸が、炭素数8〜18の直鎖脂肪酸である請求項3に記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項5】
脂肪酸が、シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端にアミド結合してなる請求項3から4のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項6】
シアル酸含有糖鎖が、1〜5個の単糖で構成される請求項1から5のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項7】
シアル酸含有糖鎖が、シアリルガラクトース鎖(Neu5Ac−Gal)を有する請求項1から6のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項8】
シアル酸含有糖鎖が、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかを有する請求項1から7のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項9】
シアル酸含有糖鎖が、3’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Glc)、6’−シアリルラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Glc)、3’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GlcNAc)、6’−シアリルラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GlcNAc)、3’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4Gal)、6’−シアリルガラクトシルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4Gal)、3’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−3Galβ1−4GalNAc)、及び、6’−シアリルガラクトシルガラクトサミン鎖(Neu5Acα2−6Galβ1−4GalNAc)、からなる群より選択される請求項1から8のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体。
【請求項10】
請求項1から9のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法であって、一方の末端にシアル酸を含有するシアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端に、糖以外の化合物を、化学反応により結合させることを特徴とするシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法。
【請求項11】
シアル酸含有糖鎖のシアル酸末端以外の末端を、アシルアミド化する請求項10に記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法。
【請求項12】
シアル酸含有糖鎖と炭酸水素アンモニウムとを反応させ、次いで、得られた反応物と塩化脂肪酸とを反応させる請求項10から11のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体の製造方法。
【請求項13】
請求項1から9のいずれかに記載のシアル酸含有糖鎖複合体を有効成分として含有することを特徴とする抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項14】
シアル酸含有糖鎖複合体を構成するシアル酸含有糖鎖が、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン認識部位を有する請求項13に記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項15】
インフルエンザウイルスのヘマグルチニン認識部位が、3’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−3Gal)、及び、6’−シアリルガラクトース鎖(Neu5Acα2−6Gal)のいずれかである請求項14に記載の抗インフルエンザウイルス剤。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【公開番号】特開2007−308444(P2007−308444A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−141308(P2006−141308)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(598041566)学校法人北里学園 (180)
【出願人】(391031247)東光薬品工業株式会社 (9)
【Fターム(参考)】