説明

シミュレーション方法、及びシミュレーション装置

【課題】サイプを有するタイヤの挙動のシミュレーションの精度を高める。
【解決手段】トレッドパターンモデル設定ステップにおいて、単位ブロックモデル101にサイプモデル111,112,113が形成されたトレッドパターンモデル100Aを設定し、転動計算ステップにおいて、タイヤモデル100が路面モデル200に踏み込むときから蹴り出すまでの期間における接地によるタイヤモデル100のトレッドパターンモデル100Aの変形挙動を算出し、変形挙動からサイプモデル111,112,113の体積の変動量を算出する変形計算ステップとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
タイヤを有限個の要素で表したタイヤモデルが路面を有限個の要素で表した路面モデルの表面を転動するときのタイヤモデルの挙動のシミュレーション方法、及びシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤの開発において、有限要素法などの数値解析手法や計算機環境の発達により、実際にタイヤを製造し、自動車に装着して走行試験を行わなくても、タイヤモデルを用いたシミュレーションによって、走行性能や特性といったタイヤ性能の予測・評価が可能になった。
【0003】
本出願人は、タイヤが流体を介して路面と接する場合のタイヤ性能をシミュレーションする方法を提案している(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許3133738号公報 第2図
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のシミュレーション方法には、次のような問題点があった。すなわち、従来のシミュレーションにおいては、タイヤのブロックに形成されるサイプの形状を考慮して流体モデルを設定すると演算量が増大するという点である。
【0006】
サイプは、タイヤの接地面と路面との間に存在する流体の除去に寄与しており、タイヤのウェット性能を評価する上で、サイプの排水能は重要な因子である。近年、タイヤの高性能化に伴って複雑化したタイヤの挙動を正確にシミュレーションできることが望まれている。
【0007】
ところが、従来のように、路面モデルとタイヤモデルとの間に流体モデルを設定するシミュレーション方法では、流体モデルの要素を、サイプ内部に進入するような細やかなサイズに設定する必要があり演算量が増大する。このため、演算時間と精度とをともに満足するシミュレーション方法の開発が望まれていた。
【0008】
そこで、本発明は、サイプを有するタイヤの挙動のシミュレーションの演算時間を増大させることなく、精度を高めることのできるシミュレーション方法、及びシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するため、本発明は以下の特徴を備える。すなわち、本発明の特徴は、有限個の要素で形成されるタイヤモデルを有限個の要素で形成される路面モデルに接触させて転動させるシミュレーション方法であって、前記タイヤモデルのトレッド部にサイプが形成されたブロックを有するトレッドパターンモデルを設定するタイヤモデル設定ステップと、前記タイヤモデル設定ステップにより設定された前記タイヤモデルと前記路面モデルとを接触させる条件を設定して前記タイヤモデルを前記路面モデルの表面で転動させる転動計算を実行する転動計算ステップと、前記転動計算ステップにおいて、前記タイヤモデルが前記路面モデルに踏み込むときから蹴り出すまでの期間における接地による前記タイヤモデルの変形挙動を算出し、前記変形挙動から前記サイプの体積の変動量を算出する変形計算ステップとを有することを要旨とする。
【0010】
本実施形態では、タイヤモデルのサイプの変形挙動からサイプの体積の変動量を算出する。これにより、濡れた路面を転動するとき、サイプに入り込む流体の体積の変動量を算出できる。流体モデルを設定しなくても、この流体の体積の変動量から、タイヤモデルの排水性能を見積もることができる。従って、演算時間の増大を抑制することができ、更には、濡れた路面をモデル化した路面モデル上における発進・制動などのシミュレーションの精度を高めることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、サイプを有するタイヤの挙動のシミュレーションの演算時間を増大させることなく、精度を高めることのできるシミュレーション方法、及びシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、第1実施形態に係るシミュレーション方法を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、タイヤモデル設定ステップにおいて設定されるタイヤモデル100を説明する模式図である。
【図3】図3は、タイヤ径方向の最外層にトレッドパターンモデル100Aが設定されたタイヤモデル100の模式図である。
【図4】図4は、タイヤモデル100の単位ブロックモデルからなる繰り返し単位を説明する図である。
【図5】図5は、タイヤモデル100と路面モデル設定ステップで設定される路面モデル200とに接触する条件を設定し、転動させるシミュレーションを説明する模式図である。
【図6】図6は、サイプモデルの体積の変動量を算出する方法を説明するフローチャートである。
【図7】図7は、サイプモデル111の対向する一対の溝壁モデル151,152と、サイプモデル112の対向する一対の溝壁モデル153,154を説明する模式図である。
【図8】図8は、実施形態にかかるGL解析を説明するフローチャートである。
【図9】図9は、GL解析で使用するタイヤモデルを説明する模式図である。
【図10】図10は、タイヤモデルの表面の一部に設定されたトレッドパターンモデルがタイヤモデルの転動により推移することを説明する模式図である。
【図11】図11は、単位ブロックモデルを説明する斜視図である。
【図12】図12は、起伏路面モデル210の一部を拡大して示す拡大図である。
【図13】図13は、本発明の実施形態に係るシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置の構成図である。
【図14】図14(a)は、サンプルタイヤ400Aの単位ブロック401を一部切り欠いて示す斜視図である。図14(b)は、サンプルタイヤ400Bの単位ブロック402を一部切り欠いて示す斜視図である。図14(c)は、サンプルタイヤ400Cの単位ブロック401を一部切り欠いて示す斜視図である。
【図15】図15は、サンプルタイヤ400A,400B,400Cのタイヤモデルを設定してサイプの体積の変化を算出した結果を示す図である。
【図16】図16は、サンプルタイヤを実際に製造し、実車走行によるウェット制動試験の結果と、シミュレーションによるサンプルタイヤのサイプの体積の変動量との比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るシミュレーション方法の実施形態について、図面を参照しながら説明する。具体的には、(1)第1実施形態、(2)第2実施形態、(3)路面モデルの変形例、(4)シミュレーション装置、(5)その他の実施形態、について説明する。
【0014】
なお、以下の図面の記載において、同一または類似の部分には、同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なのものであり、各寸法の比率などは現実のものとは異なることを留意すべきである。従って、具体的な寸法などは以下の説明を参酌して判断すべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれる。
【0015】
(1)第1実施形態
第1実施形態について、以下の項目に従って説明する。具体的に、(1−1)シミュレーション方法の概要、(1−2)サイプ体積の変動の計算、(1−3)作用・効果について説明する。
【0016】
(1−1)シミュレーション方法の概要
図1は、第1実施形態として示すシミュレーション方法を説明するフローチャートである。以下に説明するシミュレーション方法は、後述するシミュレーション装置などによって実行される。第1実施形態のシミュレーション方法の前段階として、転動するときの挙動をシミュレーションするシミュレーションする対象のタイヤが設計される。具体的には、タイヤのタイヤサイズ、形状、構造、材料、トレッドパターンなどが設計される。
【0017】
ステップS11として、タイヤモデル設定ステップが実行される。図2は、タイヤモデル設定ステップにおいて設定されるタイヤモデル100を説明する模式図である。タイヤモデル設定ステップでは、設計されたタイヤに基づいて数値解析上のモデル(タイヤモデルという)が作成される。タイヤモデルを作成するための数値解析手法として、本実施形態では、有限要素法(FEM)を適用する。タイヤモデル100は、実際の空気入りタイヤを数値的・解析的手法に基づいて作成されたコンピュータプログラムヘインプット可能なデータ形式に数値化したものである。具体的に、ステップS11では、タイヤ内部のゴム、ベルト、プライなどの構造、及び鉄・有機繊維等の材料を有限個の要素に分割したタイヤモデルが設定される。
【0018】
ステップS12として、トレッドパターンモデル設定ステップが実行される。トレッドパターンモデル設定ステップでは、タイヤの設計図面や実際に製造されたタイヤから採取した寸法のデータに基づいて、タイヤのトレッド部に形成された溝と陸部とを有限個の要素に分割したトレッドパターンモデルが設定される。
【0019】
図3は、タイヤ径方向の最外層にトレッドパターンモデル100Aが設定されたタイヤモデル100の模式図である。タイヤモデル100は、単位ブロックモデル101,102,103からなる繰り返し単位M(1ピッチ)を有する。
【0020】
図4は、タイヤモデル100の単位ブロックモデルからなる繰り返し単位を説明する図である。タイヤモデル100には、単位ブロックモデル101,102,103がタイヤ周方向に連続して配列されている。単位ブロックモデル101には、サイプをモデル化したサイプモデル111,112,113が形成されている。単位ブロックモデル102,103にも同様にサイプモデルが形成される。トレッドパターンモデルを構成する要素のサイズは、サイプモデル111,112,113を表現できる大きさである。
【0021】
実施形態では、サイプとは、溝幅が、一例として、0.3mm〜4mm程度の溝である。また、サイプは、タイヤが路面に接地した際に、接地圧により溝の開口が閉塞するように壁面同士が変形する溝である。
【0022】
ステップS13として、路面モデル設定ステップが実行される。路面モデル設定ステップでは、路面を有限個の要素に分割した路面モデル200が設定される。図5は、タイヤモデル100と路面モデル設定ステップで設定される路面モデル200とに接触する条件を設定し、転動させるシミュレーションを説明する模式図である。
【0023】
路面モデル設定ステップで設定される路面モデルの一例では、平滑路面をモデル化した平滑路面モデルに、測定対象の路面を表す摩擦係数が設定される。濡れた路面における摩擦係数の一例としては、μ=0.3〜1.0である。より好ましくは、μ=0.5〜0.8である。
【0024】
ステップS14では、境界条件が設定される。境界条件とは、タイヤモデル100の挙動をシミュレーションする上でタイヤモデル100に与える各種条件であり、例えば、タイヤモデル100と路面モデル200とが接触する条件が挙げられる。
【0025】
ステップS15では、転動計算ステップが実行される。転動計算ステップは、トレッドパターンモデル設定ステップにおいて設定されたトレッドパターンモデルを予め設定された初期境界条件の下で平滑路面モデル上を転動させる転動計算を実行する。
【0026】
例えば、転動計算ステップでは、タイヤモデルに予め定めた内圧と負荷荷重とが与えられた状態で、タイヤモデルが路面モデル上を一方向に直進するような回転変位が与えられる。転動計算ステップで実行される転動計算には、制動時の転動条件も含む。
【0027】
ステップS16では、変形挙動計算ステップが実行される。変形挙動計算ステップでは、タイヤが転動するとき、タイヤモデルの最外層に設定されたトレッドパターンモデルの一部分が路面モデルに踏み込むときから蹴り出すまでの期間におけるトレッドパターンモデルの一部分の変形挙動が転動計算ステップによる計算結果に基づいて算出される。実施形態では、トレッドパターンモデルの一部分とは、トレッドパターンの繰り返し単位(ピッチ)である。
【0028】
ステップS17では、トレッドパターンモデルの1ピッチに形成されたサイプモデルの変形挙動に基づいて、サイプモデルの体積の変動量を算出する。サイプモデルの体積の変動量を算出する方法の詳細について、次の項で説明する。
【0029】
(1−2)サイプモデルの体積の変動量の計算
サイプモデルの体積の変動量について、図面を参照して詳細に説明する。図6は、実施形態にかかるサイプモデルの体積の変動量を算出する方法を説明するフローチャートである。図7は、サイプモデル111の対向する一対の溝壁モデル151,152と、サイプモデル112の対向する一対の溝壁モデル153,154を説明する模式図である。
【0030】
ステップS21において、シミュレーション装置は、ステップS16において算出されるトレッドパターンモデルの一部分(繰り返し単位M)の変形挙動の第1の状態における、対向する溝壁モデル151及び152の間の空隙体積を算出する。また、対向する溝壁モデル153及び154の間の空隙体積を算出する。例えば、シミュレーション装置は、対向する壁面モデル151及び152の対向する1対の要素の節点同士を連結させた仮想要素(例えば、1対の4節点膜要素の場合、仮想要素は8節点6面体要素になる)を設定する。この仮想要素の体積を算出し、サイプモデル111,112,113の全て(1ピッチに含まれるサイプモデルの全て)の体積を足し合わせることにより第1の状態の空隙体積を算出することができる。
【0031】
ステップS22では、ステップS16において算出される第2の状態のトレッドパターンモデルの一部分(繰り返し単位M)の変形挙動が算出される。
【0032】
ステップS23では、ステップS21と同様の処理により、サイプモデル111,112,113の第2の状態の空隙体積が算出される。
【0033】
ステップS24では、第1の状態の空隙体積と第2の状態の空隙体積の差分を算出する。
【0034】
以上の処理を状態毎に実行することにより、サイプモデルの体積の変動量を算出する。
【0035】
このように、サイプモデルの空隙体積の変動量を算出することにより、転動による変形に伴うサイプモデル111,112,113排水量を算出できる。
【0036】
(1−3)作用・効果
実施形態では、タイヤモデル100のサイプモデル111,112,113の変形挙動からサイプモデルの体積の変動量を算出する。これにより、タイヤが濡れた路面を転動するとき、流体モデルを設定しなくても、サイプに入り込む流体の体積の変動量を算出でき、タイヤモデルの排水性能を見積もることができる。従って、演算時間の増大を抑制することができ、更には、濡れた路面をモデル化した路面モデル上における発進・制動などのシミュレーションの精度を高めることができる。
【0037】
(2)第2実施形態
第2実施形態は、大域解析(Global・Analysis:以下、G解析という)と局所解析(Local・Analysis:以下、L解析という)とを組み合わせたGL解析(Global−Local・Analysis)を利用するシミュレーション方法である。本出願人は、タイヤ性能予測方法に関連する技術(特許3133738号公報)を既に提案している。GL解析の詳細は、上記公報に開示されているため、以下では、GL解析に組み込まれる本願発明の特徴について詳細に説明する。第2実施形態について、以下の項目に従って説明する。具体的に、(2−1)グローバルローカル解析(GL解析)、(2−2)作用・効果について説明する。
【0038】
(2−1)グローバルローカル解析(GL解析)
図8は、実施形態にかかるGL解析を説明するフローチャートである。シミュレーション対象となるタイヤのG解析をステップS31乃至ステップS36において実行する。G解析では、タイヤの形状、構造、材料を有限個の要素に分割したタイヤモデルを設定するとともに、タイヤのトレッド部に形成された溝と陸部との基本構造のみを有限個の要素に分割したトレッドパターンモデルを設定する。ここで、タイヤモデルの最外層にトレッドパターンモデルが形成されたモデルをスムースタイヤモデルという。
【0039】
図9は、GL解析で使用するタイヤモデルを説明する模式図である。G解析では、スムースタイヤモデル120にベルトモデル121と、トレッド部の一部分について溝と陸部の基本構造のみが設定された部分パターンモデル122が設定される。なお、図9では、説明のため、トレッドパターンには、単純な格子状の溝が形成されたモデルを挙げている。
【0040】
G解析では、スムースタイヤモデル120にベルトモデル121が設定されたモデルと、路面モデルとの境界条件が設定され(S31〜S33)、路面モデル上における転動計算が実行される(S34)。転動計算によって算出されたスムースタイヤモデル120の変形挙動の結果が出力され(S35)、トレッド部の一部分を表した部分パターンモデル122の軌道と、部分パターンモデル122の変形挙動とが算出される(S36)。路面モデル設定ステップ(S32)では、路面モデルに濡れた路面における摩擦係数が設定される。濡れた路面における摩擦係数の一例としては、μ=0.3〜1.0があげられる。より好ましくは、μ=0.5〜0.8である。
【0041】
ステップS36では、部分パターンモデル122(図9参照)が、路面モデル200に踏み込んでから蹴り出すまでの変形軌跡が計算される。
【0042】
図10は、部分パターンモデル122がタイヤモデルの転動により推移することを説明する模式図である。図10に示すように、平滑路面モデルGが設定された空間Sにおいて、部分パターンモデル122が変形を伴いながら、時間経過に伴って、L1,L2,…L13の軌跡を描くことが計算により求められる。求められた部分パターンモデル122の変形軌跡に基づいて、L解析を行う。L解析では、トレッドパターンモデルの一部に、具体的な設計値を導入したモデルの物理量変化などを求める。
【0043】
図8における、ステップS41乃至ステップS45の処理がL解析に該当する。ステップS41では、部分パターンモデル122を作成する。実施形態では、ステップS41において、単位ブロックモデルが設定される(単位ブロックモデル設定ステップ)。単位ブロックモデル設定ステップは、トレッドパターンモデルを構成する陸部ブロックのうち1ブロック(単位ブロックという)にサイプモデル131,132,133,134が形成された単位ブロックモデル130を設定する。図11は、単位ブロックモデルを説明する斜視図である。実施形態において、サイプモデル131,132,133,134の溝幅は、0.3mm〜4mmに設定される。
【0044】
ステップS41において、部分パターンモデル部分パターンモデル設定ステップが実行される。部分パターンモデル設定ステップにおいて、単位ブロックモデル130が複数集合した部分パターンモデル122が設定される。
【0045】
ステップS42では、境界条件設定ステップが実行される。境界条件設定ステップは、変形計算ステップにおいて計算されたトレッドパターンモデルの変形軌跡に基づいて部分パターンモデル122と路面モデル200とに境界条件を設定する。
【0046】
ステップS43では、部分パターンモデル用転動計算ステップが実行される。部分パターンモデル用転動計算ステップは、設定された境界条件に基づいて部分パターンモデル122を転動させる部分パターンモデル用転動計算を実行する。
【0047】
ステップS44,45では、図6において説明したサイプモデルの体積の変動量を算出する方法を説明するフローチャートに従って、部分パターンモデル用転動計算ステップによる計算結果から部分パターンモデル122におけるサイプモデル131,132,133,134の体積の変動量を算出する。GL解析では、算出された部分パターンモデル122におけるサイプモデルの変動量に基づいて、部分パターンモデル122がトレッド部の全周に亘って形成されたタイヤモデル全体のタイヤ性能を算出することができる。
【0048】
(2−2)作用・効果
実施形態に係るシミュレーション方法によれば、サイプモデル131,132,133,134が形成された単位ブロックモデル130が複数集合して形成される部分パターンモデル122が設定され、部分パターンモデル122におけるサイプモデル131,132,133,134の変形挙動からサイプモデルの体積の変動量が算出される。これにより、流体モデルを設定しなくても、濡れた路面におけるサイプモデル131,132,133,134のそれぞれについての排水体積を算出することができる。従って、タイヤモデルの排水性能を見積もることができる。従って、演算時間の増大を抑制することができ、更には、濡れた路面をモデル化した路面モデル上における発進・制動などのシミュレーションの精度を高めることができる。
【0049】
また、本実施形態では、GL解析を用いるため、トレッドパターンを変更した場合には、L解析のみを実行すればよい。すなわち、部分パターンモデル122のみを設定し直せばよく、タイヤ全体のモデルを設定し直す必要がないため、作業工数を減らすことができる。
【0050】
(3)路面モデルの変形例
上述した説明では、平滑路面をモデル化した平滑路面モデルに、測定対象の路面を表す摩擦係数が設定されると説明した。しかし、路面モデル設定ステップでは、凹凸のある起伏路面モデルが設定されてもよい。路面モデルの少なくとも部分パターンモデル122に対応する領域にサイプモデル131,132,133,134の溝幅よりも細かい起伏が設定された起伏路面モデル210が設定される。起伏路面モデルの起伏(凹凸)のサイズは、サイプモデルの溝幅サイズよりも小さいサイズも含む。
【0051】
図12は、起伏路面モデル210の一部を拡大して示す拡大図である。ここで、実際の路面の起伏は、レーザー形状測定器等で計測して採取したデータに基づいて作成することができる。例えば、計測により採取した路面の起伏が所定サイズの要素の集合体(図7に示す200a,200b,200c…)によってモデル化される。起伏路面モデル210は、少なくともタイヤモデル100が接地する領域に、サイプモデル131,132,133,134の溝幅よりも細かい起伏を含む。
【0052】
なお、起伏路面モデル200の各要素の一辺は、サイプモデル131,132,133,134の溝幅を考慮すると、一例として、0.3mm〜4mm程度とすることができる。起伏路面モデル200は、サイプモデル131,132,133,134の溝幅、深さ(タイヤ踏面からタイヤ径方向内側に向かう溝の長さ)などによって決定される。
【0053】
以上のように作成されたモデルを用いて第1実施形態、又は第2実施形態のシミュレーション方法を実行することにより、サイプモデルの体積の変動量をより正確に算出できる。
【0054】
(4)シミュレーション装置
図13には、本発明の実施形態に係るシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置としてのコンピュータ300の概略が示されている。図13に示すように、コンピュータ300は、半導体メモリー、ハードディスクなどの記憶部(不図示)、処理部(不図示)などを備えた本体部310と、入力部320と、表示部330とを備える。処理部は、図1,図6,図8を用いて説明したシミュレーション方法を実行する。
【0055】
コンピュータ300は、図示しないが着脱可能な記憶媒体と、この記憶媒体に対して書き込み・読み出しを可能にするドライバが備えられていてもよい。図1を用いて説明したシミュレーション方法を実行するプログラムを予め記憶媒体に記録しておき、記憶媒体から読み出されたプログラムを実行してもよい。コンピュータ300の記憶部にプログラムを格納(インストール)して実行してもよい。コンピュータ300は、図示しないが、例えば、ネットワークに接続可能であってもよい。ネットワークを介して、シミュレーション方法を実行するプログラムを取得してもよい。
【0056】
(5)その他の実施形態
上述したように、本発明の実施形態を通じて本発明の内容を開示したが、この開示の一部をなす論述及び図面は、本発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例が明らかとなる。例えば、本発明の実施形態は、次のように変更することができる。
【0057】
実施形態に係るシミュレーション方法によってサイプモデルの容積の変動量を算出することにより、ウェット制動性能が良好であるか否かを判断することができる。例えば、変動量に許容範囲を予め定めておき、変動量の結果が許容範囲内に存在するときに、ウェット制動性能が良好であると判断する。
【0058】
本実施形態に係るシミュレーション方法では、数値解析手法として、有限要素法を用いた場合について説明したが、差分法や有限体積法を用いることもできる。
【0059】
GL解析の説明では、トレッドパターンには単純な格子状の溝が形成されたモデルを用いて説明した。しかし、図3に示すデザインのトレッドパターンのタイヤモデルを使用することもできる。
【0060】
このように、本発明は、ここでは記載していない様々な実施の形態などを含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は、上述の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【実施例】
【0061】
異なるサイプが形成された3つのサンプルタイヤについて、タイヤモデルを設定し、実施形態に係るシミュレーション方法によって、それぞれのタイヤモデルのサイプの体積の変動量を算出した。また、3つのサンプルタイヤを実際に製造し、実車走行によるウェット制動試験を行った。タイヤモデルのサイプの体積の変動量と、実車走行によるウェット制動試験の結果を比較した。
【0062】
サンプルタイヤとして、溝、陸部、陸部に細溝が形成されたタイヤを用いた。このサンプルタイヤをアメリカ合衆国では "THE TIRE AND RIM ASSOCIATION INC. の YEAR BOOK" 、欧州では"THE EUROPEAN TIRE AND RIM TECHNICAL ORGANIZATION の STANDARDS MANUAL"、日本では日本自動車タイヤ協会の“JATMA YEAR BOOK"に規定された標準荷重、標準リムに装着したモデルを設定した。タイヤサイズは、195/65R15に設定し、200KPAの内圧を設定した。
【0063】
図14は、サンプルタイヤ400A,400B,400Cのトレッド部に形成されたブロックを一部切り欠いて示す斜視図である。図14(a)に示すサンプルタイヤ400Aには、トレッド部に単位ブロック401がタイヤ周方向C及びトレッド幅方向Wに所定の周期で配列されている。単位ブロック401にはサイプ411,412,413,414が形成されている。サイプ411,412,413,414は、タイヤ径方向に沿って直線形状を有する。
【0064】
図14(b)に示すサンプルタイヤ400Bには、トレッド部に単位ブロック402がタイヤ周方向C及びトレッド幅方向Wに所定の周期で配列されている。単位ブロック402にはサイプ421,422,423,424が形成されている。サイプ421,422,423,424は、タイヤ径方向に沿って形成されており、タイヤ周方向の振幅を有する。すなわち、サイプ421,422,423,424のタイヤ周方向に沿った周方向断面の形状は、ジグザグ状である。
【0065】
図14(c)に示すサンプルタイヤ400Cには、トレッド部に単位ブロック403がタイヤ周方向C及びトレッド幅方向Wに所定の周期で配列されている。単位ブロック403にはサイプ431,432,433,434が形成されている。サイプ431,432,433,434の周方向断面の形状は、ジグザグ状である。サイプ431,432,433,434の溝内壁面には、突起435が形成されている。
【0066】
図14(a)〜(c)に示す単位ブロック401,402,402のサイズは、以下の通りである。タイヤ周方向Cの長さ:40mm、トレッド幅方向Wの長さ:30mm、高さ(溝底から接地面までの長さ):9mm、各サイプの深さ:7.5mm、サイプ間隔:8mmであった。
【0067】
以上のように設定されたサンプルタイヤ400A,400B,400Cのタイヤモデルを設定してサイプの体積の変化を算出した。結果を図15に示す。また、3つのサンプルタイヤを実際に製造し、実車走行によるウェット路面における制動距離を測定した結果と、タイヤモデルのサイプの体積の変動量との比較結果を図16に示す。
【0068】
図16では、各サンプルタイヤにおける体積変化、及びウェット制動距離は、サンプルタイヤ400Aの変動量及び制動距離を100とする指標によって表されている。タイヤモデルのサイプの体積の変動量と、実車走行によるウェット制動試験の結果を比較すると、サイプの体積の変動量が小さいタイヤは、転動中にサイプの潰れが起こりにくく、排水体積を確保できる。そのため、ウェット路面における制動距離が短くできることが考えられる。
【0069】
従って、本実施形態に係るシミュレーションでは、流体モデルを設定しなくても、サイプの変形挙動から算出できるサイプの体積の変動量によって、ウェット路面における制動距離を見積もることができることが判った。
【符号の説明】
【0070】
100…タイヤモデル、 100A…トレッドパターンモデル、 101…単位ブロックモデル、 101,102,103…単位ブロックモデル、 111,112,113…サイプモデル、 120…スムースタイヤモデル、 121…ベルトモデル、 122…部分パターンモデル、 130…単位ブロックモデル、 131,132,133,134…サイプモデル、 151,152…溝壁モデル、 153,154…溝壁モデル、 200…路面モデル、 210…起伏路面モデル、 300…コンピュータ、 310…本体部、 320…入力部、 330…表示部、 400A,400B,400C…サンプルタイヤ、 401,402,402…単位ブロック、 411,412,413,414…サイプ、 421,422,423,424…サイプ、 431,432,433,434…サイプ、 435…突起

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有限個の要素で形成されるタイヤモデルを有限個の要素で形成される路面モデルに接触させて転動させるシミュレーション方法であって、
前記タイヤモデルのトレッド部にサイプが形成されたブロックを有するトレッドパターンモデルを設定するタイヤモデル設定ステップと、
前記タイヤモデル設定ステップにより設定された前記タイヤモデルと前記路面モデルとを接触させる条件を設定して前記タイヤモデルを前記路面モデルの表面で転動させる転動計算を実行する転動計算ステップと、
前記転動計算ステップにおいて、前記タイヤモデルが前記路面モデルに踏み込むときから蹴り出すまでの期間における接地による前記タイヤモデルの変形挙動を算出し、前記変形挙動から前記サイプの体積の変動量を算出する変形計算ステップと
を有するシミュレーション方法。
【請求項2】
変形計算ステップでは、
前記タイヤモデルにおける前記トレッドパターンモデルの一部が前記路面モデルに踏み込んでから蹴り出すまでの期間における前記トレッドパターンモデルの一部分の軌道と前記トレッドパターンモデルの前記一部分の変形挙動とを算出し、
前記変形挙動から前記トレッドパターンモデルの前記一部分に形成されたサイプの体積の変動量を算出する請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記路面モデルの少なくとも前記タイヤモデルが接地する領域に前記サイプの幅よりも細かい起伏を含む路面を有限個の要素に分割した起伏路面モデルを設定する起伏路面モデル設定ステップを有する請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項4】
前記起伏路面モデル設定ステップにおいて設定された前記起伏路面モデル上に流体の膜を有限個の要素に分割した流体モデルを設定する流体モデル設定ステップを有する請求項3に記載のシミュレーション方法。
【請求項5】
前記路面モデルには、濡れた路面における摩擦係数が設定される請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項6】
前記請求項1乃至5の何れか一項に記載のシミュレーション方法を実行するシミュレーション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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