説明

シャコ検出用プライマーセット

【課題】シャコを特異的かつ高感度で検出する簡便な手段を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるシャコ検出用プライマーセット。試料より抽出したDNAを鋳型としプライマーセットを用いてPCRを行い、標的サイズの増幅産物の有無を指標として判定することを特徴とする、シャコの検出方法。プライマーセットを用いた場合の標的サイズが95bp〜96bpであることを特徴とするシャコの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シャコを特異的かつ高感度で検出することのできるプライマーセットに関する。
【背景技術】
【0002】
エビやカニは、これまでアレルギー表示推奨品(特定原材料に準ずるもの)に含まれていたが、最近になって、アレルギー表示義務品(特定原材料)に追加された。その結果、アレルギー義務表示の強化の点からより精度の高い検出法が望まれるようになってきた。
【0003】
甲殻類を検出する方法については、これまでにエビやカニの主要アレルゲンであるトロポミオシンをELISAにより検出する方法(非特許文献1〜3)や、16S rRNA遺伝子をターゲットとしたPCRによる方法が報告されている(特許文献1)。しかしながら、これらの方法はいずれもエビ・カニ全般を検出する方法であって、エビやカニをオキアミ、アミなどの他の甲殻類と区別して検出するまでにはいたっていない。また、16S rRNA遺伝子をターゲットとしたPCRによる方法の中には、PCR産物の制限酵素断片長多型(RFLP)に基づいて検出を行う方法があるが、この方法は特定のエビ及びカニについて、どのような種のエビ、カニであるかまでを判定するための方法であって、エビとカニを区別してカニのみを検出することはできない(非文献文献4)。
【0004】
本発明者は、これまでに特異性と感度をより高めるためにプライマー設計に工夫をこらし、16S rRNA遺伝子をターゲットとして、エビ検出PCR法(特許文献2)及びカニ検出PCR法を確立している。ただし、当該カニ検出法については、試料中に標的とするカニの他、シャコが含まれていた場合には、カニと同様に検出されることがわかってきている。シャコは、エビやカニと同様に甲殻類であり、主に寿司ネタとしてそのまま食されるので、カニやエビのように加工品に含まれることはほとんどないと考えられる。しかしながら、アレルギー表示の信頼性を確保するため、エビやカニを検出する方法においては、シャコなどの他の甲殻類による偽陽性をできる限り避ける必要がある。
【0005】
【非特許文献1】Jeoung BJ, Reese G, Hauck P, Oliver JB, Daul CB, Lehrer SB. Quantification of the major brown shrimp allergen Pen a 1 (tropomyosin) by a monoclonal antibody-based sandwich ELISA. Journal of allergy and clinical immunology.100, 229-34 (1997)
【非特許文献2】FAテストEIA−甲殻類「ニッスイ」
【非特許文献3】甲殻類(えび・かに)キット「マルハ」
【非特許文献4】Brzezinski JL. Detection of crustacean DNA and species identification using a PCR-restriction fragment length polymorphism method. Journal of Food Protection. 68, 1866-73 (2005)
【特許文献1】特開2006-280281号公報
【特許文献2】特開2008-128号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、エビやカニ、その他の甲殻類、魚介類などと区別して、シャコのみを特異的かつ高感度で検出する簡便な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、シャコの16S rRNA遺伝子の塩基配列において、シャコをカニ、エビ、及びその他の甲殻類と区別できる塩基を選別し、その選別した塩基の前後の塩基配列を含む領域から設計した複数のプライマーを混合して用いたところ、シャコをカニ、エビ、及びその他の甲殻類と区別して特異的かつ高感度で検出することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 以下の(a)のオリゴヌクレオチドと、(b)のオリゴヌクレオチドとから構成される、シャコ検出用プライマーセット。
(a) 配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物
(b) 配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物又は配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチド
(2) 試料より抽出したDNAを鋳型とし、(1)に記載のプライマーセットを用いてPCRを行い、標的サイズの増幅産物の有無を指標として判定することを特徴とする、シャコの検出方法。
(3) 配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるプライマーセットを用いた場合の標的サイズが95bp〜96bpであることを特徴とする、(2)に記載のシャコの検出方法。
(4) 配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセットを用いた場合の標的サイズが195bp〜198bpであることを特徴とする、(2)に記載のシャコの検出方法。
(5) (1)に記載のプライマーセットを含む、シャコ検出用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、シャコを特異的かつ高感度で検出することのできるプライマーセットが提供される。仮に食品中にシャコの混入の恐れがある場合には、本発明のプライマーセットを用いることによって、食品中の微量のシャコを高感度で特異的に検出することができる。また、本発明のプライマーセットを用いたPCRの増幅産物は200bp以下と短いため、食品の加工処理によってDNAが断片化されたものであっても、高感度でシャコをカニ、エビ、及びその他の甲殻類と区別して検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のシャコ検出用プライマーセットは、シャコに共通する塩基と、シャコに共通しかつカニ、エビ、その他の甲殻類と区別できる塩基とを含む領域の塩基配列又はそれに相補的な塩基配列を有する核酸分子にアニーリングし得るオリゴヌクレオチドから構成される。
【0011】
本明細書において「シャコ」とは、日本標準商品分類[平成2年6月改訂:総務省統計局・政策統括官(統計基準担当)]に定められた分類番号71361「シャコ類Squillas (Squillidae sp.)」に含まれること、また、系統分類学・形態的特長を考慮し、トゲエビ亜綱(Hoplocarida)の口脚目(Stomatopoda)に属する種のものをいう。また、本明細書において「エビ」とは、「根鰓亜目」、「コエビ下目」、「ザリガニ下目」、「イセエビ下目」に属するものをいい、「カニ」とは、「短尾下目」と「異尾下目のタラバガニ科」に属するものをいう。「その他の甲殻類」とは、「アミ」、「オキアミ」、「フジツボ」などをいい、「シャコ」は含まない。
【0012】
上記のような「シャコに共通する塩基と、シャコに共通し、かつカニ、エビ、その他の甲殻類と区別できる塩基を含む領域」は、上記のシャコ、カニ、エビ、及びその他の甲殻類の16S rRNA遺伝子として知られている複数の塩基配列を整列(アラインメント)し、比較することにより特定することができる。具体的には、シャコ、カニ、エビ、及びその他の甲殻類由来の16S rRNA遺伝子の塩基配列を比較し、シャコに共通する複数の塩基を含む部分であって、その共通する塩基の中にエビ、カニ、及びその他の甲殻類と区別できる塩基が含まれる領域を特定する。エビ、カニ、及びその他の甲殻類と区別できる塩基はプライマーの3’末端に置く。
【0013】
アラインメントに用いる上記の複数の塩基配列のうち、公知の塩基配列としては、シャコ、カニ、エビ、及びその他の甲殻類の16S rRNA遺伝子として知られているものであればいずれのものを用いてもよく、このような塩基配列はGenBank等のDNAデータベースを用いて検索し、入手することができる。また、データベースで公開されていないないものについては、サンプルを入手した上で、適宜設計したPCRプライマーを用いて塩基配列を解読して、情報を得ることができる。
【0014】
上記塩基配列の整列(アラインメント)には、インターネットで公開されているアラインメントソフト(例えば、CLUSTALW,URL:http://www.ddbj.nig.ac.jp/)を利用することができる。
【0015】
次に、特定した領域にプライマーを設計する。プライマーの設計にあたっては、例えば「PCR法最前線−基礎技術から応用まで」(蛋白質・核酸・酵素 臨時増刊号1996年 共立出版株式会社)や「バイオ実験イラストレイテッド3本当に増えるPCR:細胞工学別紙 目で見る実験ノートシリーズ」(中山広樹著1996年 株式会社秀潤社)、「PCRテクノロジー−DNA増幅の原理と応用−」(Henry A Erlich編、加藤邦之進 監修、宝酒造株式会社)等に基づいて設計すればよいが、加工食品からの検出の場合には、DNAが分解して短くなっている可能性が考えられ、このような観点からできるだけ短い増幅産物を得ることができるプライマーを設計することが好ましい。
【0016】
プライマーとなるオリゴヌクレオチドは、オリゴヌクレオチドの合成法として当技術分野で公知の方法、例えば、ホスホトリエチル法、ホスホジエステル法等により、通常用いられるDNA自動合成装置を利用して合成することが可能である。
【0017】
本発明のシャコ検出用プライマーセットは、上記のようにして設計された5種のオリゴヌクレオチドを含み、具体的には、フォワードプライマーとして配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と、リバースプライマーとして、配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物又は配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドから構成される。
【0018】
上記各配列番号に示す塩基配列は、以下のとおりである
TTGTATGAATGGTCGGACAAGAT(配列番号1)
TTGTATGAATGGTCCGACAAGAT(配列番号2)
ATCGTCCCTCCATATCATTTAAGCTTTTTT(配列番号3)
ATCGTCCCTCCATATTATTTAAGCTTTTTT(配列番号4)
ATATACTTTTACCGCCCCAGT(配列番号5)
【0019】
上記のプライマーセットを用いてPCR増幅を行うと、試料にシャコが含まれる場合は、シャコ以外のカニやエビ及びその他の甲殻類では認められないシャコに特異的なサイズ、即ち標的サイズの増幅産物が得られる。従って、前記標的サイズの増幅産物の有無だけでシャコをカニやエビ及びその他の甲殻類と区別して特異的に検出することができる。
【0020】
上記のプライマーセットはキット化することもできる。本発明のキットは、上記プライマーセットを少なくとも含むものであればよく、必要に応じて、PCRの陽性コントロールとなる標的配列を含むDNA分子、DNA抽出用試薬、PCR用緩衝液やDNAポリメラーゼ等のPCR用試薬(プライマーセットを除く)、SYBR Green等を用いたReal time PCR試薬、染色剤や電気泳動用ゲル等の検出用試薬、説明書などを含んでいてもよい。
【0021】
本発明によればまた、上記のプライマーセットを用いたシャコの検出方法が提供される。本方法は、試料より抽出したDNAを鋳型とし、上記のプライマーセットを用いてPCRを行い、標的サイズの増幅産物の有無を指標として検出することを特徴とする。
【0022】
試料としては、シャコを含む可能性のある食品原料や製品、シャコが混入する可能性のある食品原料や製品であればよく、特に制限されない。
【0023】
試料からのDNAの抽出は、核酸抽出法として当業者に公知のいかなる方法を用いてもよく、例えば、フェノール/クロロホルム法、界面活性剤による細胞溶解やプロテアーゼ酵素による細胞溶解、ガラスビーズによる物理的破壊方法、凍結溶融を繰り返す処理方法などにより行うことができる。また、試薬メーカーより販売されている各種DNA抽出キットを用いても良い。試料の種類によっては、メンブランフィルターによる濾過やホモジナイズを行うことが望ましい。
【0024】
次に、上記の操作で得られたDNA試料を鋳型とし、上記のプライマーセットを用いてPCRを行い、標的サイズの増幅産物の有無を検出する。PCR増幅は上記のプライマーセットを用いる以外は特に制限はなく、常法に従って行えばよい。PCR反応液の組成、PCR条件(温度サイクル、サイクルの回数等)は、例えば、全液量が25〜50μLとなる範囲で、鋳型となるDNA 50ng、PCR反応用緩衝液、フォワードプライマー0.2〜0.5μM、リバースプライマー0.2〜0.5μM、DNAポリメラーゼ(Taq ポリメラーゼ、TthDNAポリメラーゼなど)0.025U/μL、dNTP各200μMを混合し、94〜96℃ 10分×1サイクル、(94〜96℃ 30秒、52〜58℃ 30秒、72℃ 30秒)×40サイクル、72℃ 7分×1サイクルで反応を行う。これは一例にすぎず、PCR反応液の組成、反応温度や時間は、プライマーとなるオリゴヌクレオチド配列の長さや塩基組成などに応じて適宜設定することができる。これらPCRの一連の操作は、市販のPCRキットやPCR装置を利用して、その操作説明書に従って行うことができる。
【0025】
PCRにより標的サイズの増幅産物が得られたかどうかは、アガロースゲル電気泳動、DNAハイブリダイゼーション、Real time PCR(end pointやdissociation curve解析を含む)等の公知の方法を用いて確認することができる。標的サイズの増幅産物のサイズは、検出しようとするシャコの16S rRNA遺伝子領域において、両プライマーの塩基数と両プライマーに挟まれる領域の塩基数の和となる。例えば、配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるプライマーセットを用いた場合には、標的サイズが95bp〜96bpの増幅産物を得ることができ、配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号5からなるオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセットを用いた場合には、標的サイズが195bp〜198bpの増幅産物を得ることができる。一般的な加工食品においては、加工工程でDNAが断片化している可能性が高いが、PCR産物の標的サイズが200bp以下であることから、加工度の高い食品においてもシャコを特異的に検出することができる。標的サイズが95bp〜96bpの増幅産物や195bp〜198bpの増幅産物になるのは、フォワードプライマーの3’末とリバースプライマーの3’末の塩基間の増幅領域内で塩基の欠失や挿入があるためである。このことから、ここで検討した以外のシャコの16S rRNA遺伝子配列からは、まれに標的サイズが95bp〜96bp、195bp〜198bpの範囲を外れた増幅産物が得られる可能性がある。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1)シャコ検出用プライマーの合成
(1) 16S rRNA遺伝子領域の配列収集及びアラインメント
カニ(352配列)、エビ{根鰓亜目(69配列)、コエビ下目(201配列)、ザリガニ下目(221配列)、イセエビ下目(52配列)}、オキアミ(19配列)、アミ(18配列)、シャコ(15配列)について16S rRNAの遺伝子の塩基配列情報を取得した。塩基配列情報は、GenBankに登録された種についてはデータベースから取得し、購入した種についてはシークエンスにより16S rRNAの遺伝子の塩基配列を決定した。これらの塩基配列情報を元に、解析ソフトCLUSTAL X(1.8)、FROG-Win、SEQ-09を用い、同領域の配列をアラインメントし、比較した。
【0027】
(2) プライマーセットの設計
アラインメント処理した配列をもとに、シャコ特異的な塩基を選別した。次に、選別した塩基の前後の塩基配列の相同性から、プライマー設計に適している領域を選択した。これら領域からシャコ特異性の高いプライマーを下記の基準で設計した。
<設計基準>
(a) フォワード、リバース両プライマーの3’末塩基はともにシャコのDNA配列の塩基と一致すること。
(b) フォワード、リバース両プライマーはシャコDNA配列に結合・伸長し、少なくともどちらか一方はシャコ以外の種のDNA配列に結合・伸長しないこと。
(c) 加工品を対象とすることからPCR増幅産物は200bp以下であることが望ましい。
(d) プライマー長は20〜30baseの範囲とし、プライマーとシャコのDNA配列のTm値は50〜60℃間で設定すること。
(e) PCR シミュレーションにより、シャコに特異的な標的サイズのPCR産物の増殖が予測されること。
(f) プライマーはダイマーや立体構造を形成しないこと。
【0028】
その結果、16S rRNA遺伝子配列上にシャコを特異的に検出可能と予想されるフォワードプライマー2種(F2-1, F2-2)とリバースプライマー3種(R54-1, R54-2, R188)を設計した。フォワードプライマーとなる配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチド(F2-1, F2-2)、リバースプライマーとなる配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチド(R54-1, R54-2)については、様々な種類のシャコの配列に結合・伸長するように、それぞれ1塩基(下記配列の下線部分)を変更した配列とし、混合して使用することとした。
フォワードプライマー(F2):
F2-1:TTGTATGAATGGTCGGACAAGAT(配列番号1)
F2-2:TTGTATGAATGGTCCGACAAGAT(配列番号2)
リバースプライマー(R54):
R54-1:ATCGTCCCTCCATATCATTTAAGCTTTTTT(配列番号3)
R54-2:ATCGTCCCTCCATATTATTTAAGCTTTTTT(配列番号4)
リバースプライマー(R188):
R188:ATATACTTTTACCGCCCCAGT(配列番号5)
【0029】
すなわち、本発明のシャコ検出用プライマーセットは、フォワードプライマーF2(配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物)とリバースプライマーR54(配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物)から構成されるか、フォワードプライマーF2(配列番号1に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドと配列番号2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物)とリバースプライマーR188(配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチド)から構成される。
【0030】
(3) BLAST検索による特異性評価
上記のフォワード、リバースの各プライマー個々についてBlast配列検索を行った。無脊椎動物及び無脊椎動物以外の生物を対象にプライマーと類似配列を持つ上位100位までの配列について種を確認した。その結果、無脊椎動物以外の生物の中では、フォワード、リバース両プライマーと類似性の高い配列を有する種はなかった。無脊椎動物を対象とした場合、ザリガニ由来の2配列が、配列番号1、配列番号2、配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドと類似性の高い配列としてヒットしたが、3’末塩基は一致しておらず、フォワード、リバース両プライマーともに、シャコ以外のDNA配列からはPCR増幅が起きる可能性の低いと予想された。
【0031】
(4) PCR シミュレーションソフトを用いたシャコの増幅予想
フォワードプライマー2種(F2-1:配列番号1, F2-2:配列番号2)とリバースプライマー3種(R54-1:配列番号3, R54-2:配列番号4, R188:配列番号5)の全ての組み合わせを用いて、Amplify simulator によるPCR シュミレーションを行ったところ、検討したシャコの16S rRNA 遺伝子15配列中14配列から標的産物の増幅が予想された(表1)。増幅の予想されなかった1配列(AY947836:Seudosquilla ciliata)については、配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの3’側に相当する箇所に1塩基挿入が存在し、不検出と予想されたが、その他のシャコ及び他の近縁の甲殻類では、この1塩基挿入が確認されなかったため、上記1塩基挿入はシークエンスミスの可能性が高いと判断した。
【0032】
【表1】

Accession No.及び学名:GenBankで取得
評価:増幅産物が得られる可能性の6段階評価(最大6、最小1)、「-」は増幅産物が得られないものを示す。
予想増幅産物長(bp):フォワードプライマーとリバースプライマーを含む増幅領域の塩基数を示す。
【0033】
(5) PCR シミュレーションソフトを用いたシャコ以外の甲殻類などの増幅予想
甲殻類、頭足類、魚介類、棘皮類(ウニ、ナマコ)などに属する種の16S rRNA 遺伝子配列を対象にして、各プライマーの3’末塩基が一致するかどうかを確認し、一致した種についてはPCR シミュレーションによって、標的サイズの増幅産物が得られるかどうかの予測を行なった。
【0034】
(a) 食用となるエビ・カニおよびその他の甲殻類
カニ(352配列)、エビ[根鰓亜目(69配列)、コエビ下目(201配列)、ザリガニ下目(221配列)、イセエビ下目(52配列)]、オキアミ(19配列)、アミ(18配列)、シャコ(15配列)のうち、プライマーの3’末塩基との一致を確認した結果、フォワードプライマーはタラバガニ、アミと一致し、リバースプライマーはフォワードプライマーで一致したものとは別の種のアミ、オキアミと一致した。次にPCR シミュレーションによって標的サイズの増幅産物が得られるかどうかをこれらの種個々について予測した結果、プライマー配列との相同性が低いこと、及びフォワード、リバースプライマーどちらか一方の3’末塩基は一致しないことから、それら配列から標的サイズの増幅産物は得られないと予想された。
【0035】
(b) 微小な甲殻類
アミの近縁種であるヨコエビ目、ワラジムシ目及びアゴアシ網、コノハエビ亜網、ミジンコ網、ムカシエビ上目、ムカデエビ綱、カイムシ綱、カシラエビ網などの微小な甲殻類(142配列)のうち、フォワード、リバース両プライマーともに3’末塩基が一致したものについてPCR シミュレーションを実施した結果、2配列で「W2」となり、僅かながら増幅産物が得られる可能性があった。しかし、プライマーと類似配列とのTm値を算出した結果、30℃以下と低かったことから、本PCR増幅反応のアニーリング温度54℃または58℃では、プライマーの結合及び伸長反応は起きないと予想され、増幅産物は得られないと判断した。
【0036】
(c) 異尾下目の近縁種(ヤドカリなど36配列)、その他の動物種{貝類(23配列)、魚類(46配列)、棘皮類(31配列)、肉類(3配列)}
ヤドカリなどの種で、フォワード、リバース両プライマーともに3’末塩基との一致が確認されたが、フォワードプライマーと類似配列との相同性は低く、増幅産物は得られないと予想された。その他の動物種では、配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドと3’末塩基が一致せず、増幅産物は得られないと予想された。
【0037】
以上のように、設計した2種類のプライマーセットについては、Blast検索及びPCRシミュレーションによる増幅予想の結果、標的サイズの増幅産物が得られると予測されたものはなく、シャコ特異性が高いことが示された。
【0038】
(実施例2)プライマーの特異性及び感度評価
(1) PCRテンプレートDNAの抽出
[サンプル]
(i) シャコ
(ii) エビ(14種類)
根鰓亜目:クルマエビ、アカエビ、ブラックタイガー、シバエビ、サクラエビ
コエビ下目:シマエビ、アマエビ、ボタンエビ
ザリガニ下目:アメリカザリガニ、オマールエビ、スキャンピー
イセエビ下目:イセエビ、ウチワエビ、キューバロブスター
(iii) カニ(13種類)
短尾下目:ズワイガニ、ベニズワイガニ、タカアシガニ、ケガニ、ダンジネスクラブ、マルズワイガニ、ワタリガニ、シャンハイガニ、アサヒガニ
異尾下目・タラバガニ科:タラバガニ、アブラガニ、ハナサキガニ、イバラガニ
(iv) その他の甲殻類(2種類)
オキアミ、アミ
(v) 頭足類(4種類)
マダコ、アカイカ、ヤリイカ、スルメイカ
(vi) 貝類(5種類)
アサリ、ハマグリ、ホタテ、サザエ、アワビ
(vii) 魚類(7種類)
ブリ、サケ、タラ、サバ、カツオ、マグロ、アジ
【0039】
[DNA抽出]
上記の各サンプルを水洗いした後、身(可食部)を0.1g秤量し、15mlチューブに入れ、Buffer G2(QIAGEN社製)2ml、Proteinase K(QIAGEN社製)100μl、100mg/ml RNaseA(QIAGEN社製)4μlを加え、混合し、50℃で2時間保温した(途中数回攪拌を行った)。 次に、遠心分離 (3500×g,15分間)を2回行い、上清を回収した。Buffer QBT 1mlで平衡化したGenomic Tip 20/Gカラム(QIAGEN社製)を15mlチューブにセットし、上清全量をアプライした。Buffer QC(QIAGEN社製)3mlでカラムを洗浄後、50℃に加温しておいたBuffer QF(QIAGEN社製)1mlでDNAを溶出し、イソプロパノール沈殿処理を行い、TE溶液50μlに溶解した。抽出したDNAはND-1000 Spectrophotometer (NanoDrop Technologies,Inc)でスペクトルを測定し、DNA濃度、純度を算出した。
【0040】
(2) プライマーの感度および特異性評価
上記のようにしてサンプルから抽出したDNAをTE(pH8.0)で20ng/μlに希釈して得られたDNA溶液、および、同DNA溶液を20ng/μlサケ精子DNA含有TE (pH 8.0)緩衝液で段階希釈し調製したDNA溶液2.5μlをPCRのテンプレートとし、本発明のシャコ検出用プライマーセット(配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるプライマーセット、および配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセットを用いてPCRを行い、特異性及び感度について検討を行なった。なお、配列番号1と2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドのプライマーについては、3’末端から9塩基目をG/Cの混合塩基に指定した一本のプライマーとして合成した。配列番号3と4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドのプライマーについても同様に3’末端から15塩基目をC/Tの混合塩基に指定した一本のプライマーとして合成した。
【0041】
PCR反応は、0.2mlチューブ、GeneAmp PCR System9700(Applied Biosytems社製)またはGeneAmp PCR System9600(PerkinElmer社製)を用い、下記表2または表3のPCR反応液組成とPCR反応条件(配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるプライマーセット:アニーリング温度54℃、配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセット:アニーリング温度58℃)にて行った。
【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表中のDNAとしては、シャコは20ng/μl、200pg/μl、2pg/μl、エビ、カニ、オキアミ、アミは20ng/μl DNA溶液を使用し、その他の甲殻類以外の魚介類は20ng/μl DNA溶液を使用した。200pg/μl 及び2pg/μlのDNA溶液は、20ng/μlサケ精子DNA含有TE (pH 8.0) 緩衝液で段階希釈して調製した。また、表中の各試薬は、Applied Biosystems社製を使用した。
【0045】
次に、PCR増幅産物を3%アガロースゲル電気泳動によって分離し、検出を行った。PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動図を図1に示す。配列番号1、2と配列番号3、4のプライマーセット、および配列番号1、2と配列番号5のプライマーセットによれば、いずれの場合も、エビ、カニ、オキアミ、アミ(DNA 50ng)から標的サイズの増幅産物は得られなかった(図1)。また、甲殻類以外の魚介類(DNA 50ng)からも標的サイズの増幅産物は得られなかった(図2)。
【0046】
上記条件で、シャコDNAをテンプレートとして配列番号1、2と配列番号3、4のプライマーセット、および配列番号1、2と配列番号5のプライマーセットを用いてPCRを行い、感度を調べた結果、両プライマーセットともに目標とするシャコDNA 5pgから標的サイズの増幅産物が得られることを確認できた(図3)。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】シャコ以外の甲殻類[エビ(14種類)、カニ(13種類)、オキアミ、アミ]由来のDNA試料に対する本発明のシャコ検出用プライマーセット(配列番号1、2と配列番号3、4のプライマーセット、および配列番号1、2と配列番号5のプライマーセットの特異性評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す(矢印:標的増幅産物長のバンド、M:分子量マーカー、N:ネガティブコントロールとして滅菌超純水を使用、P:ポジティブコントロールとしてシャコ5pg DNAを使用)。
【図2】甲殻類以外の頭足類(4種類)、貝類(5種類)、魚類(7種類)由来のDNA試料に対する本発明のシャコ検出用プライマーセット(配列番号1、2と配列番号3、4のプライマーセット、および配列番号1、2と配列番号5のプライマーセット)の特異性評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す(矢印:標的増幅産物長のバンド、M:分子量マーカー、N:ネガティブコントロールとして滅菌超純水を使用、P:ポジティブコントロールとしてシャコ5pg DNAを使用)。
【図3】シャコ由来のDNA試料に対する本発明のシャコ検出用プライマーセット(配列番号1、2と配列番号3、4のプライマーセット、および配列番号1、2と配列番号5のプライマーセット)の感度評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す(矢印:標的増幅産物長のバンド、M:分子量マーカー、N:ネガティブコントロールとして滅菌超純水を使用)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)のオリゴヌクレオチドと、(b)のオリゴヌクレオチドとから構成される、シャコ検出用プライマーセット。
(a) 配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物
(b) 配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物又は配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチド
【請求項2】
試料より抽出したDNAを鋳型とし、請求項1に記載のプライマーセットを用いてPCRを行い、標的サイズの増幅産物の有無を指標として判定することを特徴とする、シャコの検出方法。
【請求項3】
配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号3、4に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物から構成されるプライマーセットを用いた場合の標的サイズが95bp〜96bpであることを特徴とする、請求項2記載のシャコの検出方法。
【請求項4】
配列番号1、2に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドの混合物と配列番号5に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセットを用いた場合の標的サイズが195bp〜198bpであることを特徴とする、請求項2記載のシャコの検出方法。
【請求項5】
請求項1に記載のプライマーセットを含む、シャコ検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−119351(P2010−119351A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296845(P2008−296845)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(000111487)ハウス食品株式会社 (262)
【Fターム(参考)】