説明

シュウ酸の製造方法

【課題】 本発明は、未利用木質バイオマス特には樹皮より、工業原料として重要なシュウ酸を生産する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 未利用木質バイオマス特にはシュウ酸カルシウムを大量に含む樹皮を原材料として、酸処理してシュウ酸カルシウムを可溶化する第1工程、第1工程で得た処理液を陰イオン交換膜により分離し、シュウ酸を含む酸を回収する第2工程、第2工程で得た回収酸からシュウ酸を分離精製する第3工程から構成されるシュウ酸の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シュウ酸カルシウムを大量に含む木質バイオマスを原材料として、シュウ酸を抽出し、製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シュウ酸は、還元力が強く、硫酸酸性の過マンガン酸カリウム溶液を定量的に還元、脱色するなど、分析試薬(還元剤)として使用される。工業的には、デンプンの酸加水分解による水あめおよびグルコースの製造に使われるほか、染料製造原料、染色助剤、染み抜き剤グリセリン・酒石酸の精製剤、麦わら・木綿の漂白剤などに使用される。また、シュウ酸の添加を含むパルプのオゾン漂白法が開示されている(特許文献1)。
【0003】
シュウ酸の製造方法としては、(1)エチレングリコールを酸化する方法(非特許文献1)、(2)一酸化炭素を水酸化ナトリウムに吸収させてギ酸ナトリウムを作り、これを加熱して生成するシュウ酸ナトリウムを水酸化カルシウムによってカルシウム塩とし、硫酸で分解する方法(非特許文献1)、が知られている。非特許文献2によれば、上記以外の方法として、(3)炭水化物の硝酸酸化法、(4)プロピレン酸化法、(5)一酸化炭素カップリング法が知られている。また、シュウ酸は生合成されるため、(6)微生物を用いた製造方法が開示されている(特許文献2)。また、前記(1)〜(6)の方法で得られたシュウ酸には硫酸イオン等の不純物が含まれるため、高純度シュウ酸の製造方法が開示されている(特許文献3)。
【0004】
また、無水シュウ酸を濃硫酸の存在下エタノールと加熱するとシュウ酸ジエチルが得られる(非特許文献3)。シュウ酸ジエチルは、セルロースエステル、合成樹脂などの溶剤、染料、製薬、香料、有機合成試薬として用いられる。同様にして、シュウ酸のメタノール溶液から酸触媒の存在下で、シュウ酸ジメチルを連続的に製造する方法が開示されている(特許文献4)。シュウ酸ジメチルは、医薬、農薬をはじめ、汎用化学品にも広範な用途をもつ。
【0005】
このように工業的に重要で、製造方法も確立されているシュウ酸であるが、その製造原材料は、化石資源に依存している。一方シュウ酸は、天然には植物界に広く見出されている。例えばカタバミ(oxalis)の葉には、酸性カリウム塩(C2O4KH)として、藻類・菌類・コケ類などの細胞にはカルシウム塩(C2O4Ca)として存在する。しかしながら、賦存量としては少ないために、これらの生物から工業的にシュウ酸を抽出し、製造する方法は現実的でなかった。
【0006】
【特許文献1】特表2002−524668号公報
【特許文献2】特開平5−38291号公報
【特許文献3】特開平8−99929号公報
【特許文献4】特公平7−64783号公報
【非特許文献1】社団法人 有機合成化学協会編「有機化合物辞典」、p465、(株)講談社、1985年発行
【非特許文献2】有機合成化学、第43巻、第9号、p891-896、1985年
【非特許文献3】「化学大辞典」、p1085、(株)東京化学同人、1989年発行(原著:H. T. Clarke et al., Organic Syntheses Collective. Vol.I, 261p (1941))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、化石原料を使用せずバイオマスを用い、工業的に大量生産可能なシュウ酸の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は以下の(1)〜(4)の構成を採用する。
(1) 木質バイオマスを原材料として、酸処理してシュウ酸カルシウムを可溶化する第1工程、第1工程で得た処理液を陰イオン交換膜により分離し、シュウ酸を含む酸を回収する第2工程、第2工程で得た回収酸からシュウ酸を分離精製する第3工程からなることを特徴とするシュウ酸の製造方法。
(2) 木質バイオマスが、シュウ酸カルシウムを大量に含む樹皮であることを特徴とする(1)に記載のシュウ酸の製造方法。
(3) 樹皮がユーカリ樹皮であることを特徴とする(2)に記載のシュウ酸の製造方法。
(4) 第2工程でイオン交換膜によりシュウ酸を含む酸と分離された液から糖を回収し、第3工程でシュウ酸と分離された酸を回収して再利用することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のシュウ酸の製造方法。
【0009】
上記課題を解決するため研究した結果、本発明者らは、パルプ材として世界中で植林が進められているユーカリ(Eucalyptus)などの樹皮の柔細胞にシュウ酸カルシウムが大量に含まれることを見出し、本発明に到達した。
樹皮は、未利用木質バイオマス資源としての賦存量が極めて多く、再生可能な資源であり、シュウ酸を製造する原材料として適していると考えられる。樹皮などの木質バイオマスに含まれるシュウ酸カルシウムは、水100gに対する溶解度は0.67mgと極めて低く、酢酸にも不溶であるが、塩酸、硝酸、硫酸などの強酸に可溶である。木質バイオマスを酸処理した場合、セルロース、ヘミセルロースの構成糖類、酸可溶性リグニンなどの有機物が同時に可溶化するため、糖と酸を分離することにより、糖およびシュウ酸の両方の製造が可能である。
【発明の効果】
【0010】
本発明で製造されるシュウ酸はバイオマス起源であることから、本発明は、従来の工業的シュウ酸製造方法に見られなかった地球温暖化対策(CO2排出量削減)に寄与できる効果を発揮できる。さらに、未利用木質バイオマスである樹皮、特には植林されたユーカリ樹皮などを利用し、シュウ酸のほかに糖類(液体燃料などへの転換利用)や残渣リグニン(エネルギー利用)も生産するため、持続可能な資源循環型社会に寄与できる技術であり、優れた波及効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明のシュウ酸製造方法について詳細に説明する。
【0012】
本発明で使用される木質バイオマスとしては、間伐材、建築廃材、製材残材、おがくず、剪定材、林地残材、樹皮、竹・ササ類などが挙げられる。樹木の柔細胞や細胞壁、特には樹皮の柔細胞にはシュウ酸カルシウムが大量に含まれることから、樹皮の使用が好ましく、さらにシュウ酸カルシウムを対乾物重量10質量%以上含むユーカリ樹皮の使用が特に好ましい。もちろん本発明での原材料は、未利用木質バイオマスに限定されるものではなく、他に、籾殻、ワラ類、トウモロコシ穂軸、野菜くずなどの農産廃棄物系草本バイオマスや、ケナフ、ススキなどの資源作物系草本バイオマスも使用することができる。これらのバイオマス原材料は、特に必要ではないが、20mm以下に小さくすることが、反応時間を短くできる点で好ましい。
【0013】
本発明は、まず第1工程として、上記バイオマス原材料10質量部を30〜70質量%の酸50〜200質量部で処理することにより、シュウ酸カルシウムを可溶化させる。酸としては、硫酸、硝酸、塩酸、リン酸、沸酸などの鉱酸やトリフルオロ酢酸のような有機酸もしくは、これらの酸混合液が使用可能であるが、中でも硫酸が望ましく、可溶化は常温常圧で速やかに起こる。30質量%以下の希酸を用いることも反応温度を高く設定することもできるが、溶出して副生する多糖類及び単糖類を有効利用する観点から、上記反応条件が好ましい。
【0014】
得られた酸処理液はガラス繊維濾紙やフッソ系樹脂製濾布などによって固液分離して清澄な溶液を得る。この溶液には、目的とするシュウ酸のほか、処理に用いた酸のほか、木質バイオマスの主要構成成分であるセルロース、ヘミセルロースが酸加水分解して可溶化した単糖類、酸可溶性リグニン、カルシウム(Ca2+)等のイオン類を含んでいる。残渣は酸に溶けなかったリグニンなどである。
【0015】
次に第2工程として、第1工程で得られた酸処理液を、陰イオン交換膜の片面に接触させ、他方の面に水を接触させることにより、処理液中のシュウ酸および処理酸を選択的に他方面側に透過させる。使用する膜がシート状に形成されたスチレンやクロロメチルスチレン、ジビニルベンゼンなどを原料とした有機高分子材料で四級アミノ基を導入した陰イオン交換膜であることが好ましい。この時、処理液中に含まれるシュウ酸以外の不純物のうち、糖類やカルシウム等の陽イオンはイオン交換膜を通過することなく処理液中に残存する。酸の移動は濃度差を駆動力とする拡散透析のため、逆浸透膜などの運転とは異なり、圧力を負荷する必要はない。望ましくは膜両側の液体を循環もしくは剪断流を与え、更に望ましくは、膜を介して逆平行に処理液と水を通液するなど、膜表面に存在する成分を強制的に拡散させることによって、酸とそれ以外の不純物との分離を効率的に行うことが可能である。通液する処理液と回収用水の流速比は、0.5〜2が好ましく、通液する処理液と回収用水の流速は、単位膜面積あたり毎分1〜10mlが好ましい。
【0016】
第3工程は、第2工程で得られた回収酸から、シュウ酸を分離精製する工程である。一般的な方法としては、シュウ酸を晶析する方法があるが、硫酸イオンなどの除去が容易ではないために、イオン交換樹脂を用いて分離精製するのが好ましい。さらに工業的には、蒸留搭を備えた反応器(反応蒸留塔)を用いて、シュウ酸に対して2〜5倍モルのエタノールを加えて60〜160℃で加熱反応させて、生成する水と未反応のエタノールを留出させながらシュウ酸ジエチルを生成させる方法が好ましい。シュウ酸ジエチルは、充填塔、棚段塔などの蒸留塔で、5〜200mmHgの減圧下、100〜200℃の温度範囲で蒸留により分離精製する。この工程により、純度99.5〜99.9%のシュウ酸ジエチルを得ることができる。攪拌機付き反応器を用いて、このシュウ酸ジエチル100重量部に対して、水15〜30重量部、エタノール15〜200重量部、精製シュウ酸2〜10重量部を加えて、60〜100℃の反応条件で、加水分解を行わせる。加水分解後、加水分解液を反応器より抜き出してデカンター(セトラー)で分離すると、加水分解で生成したエタノール、少量の未反応シュウ酸ジエチルおよび水を含む軽液と、シュウ酸、水および少量のエタノールを含む重液が得られる。重液から水およびエタノールを蒸留器で除去しながら、シュウ酸濃度を好ましくは20質量%以上に上げた後、晶析槽に移し30℃以下に冷却して、シュウ酸の結晶を析出させる。析出したシュウ酸は、遠心分離または濾過などにより分離して、50〜80℃で乾燥させる。
【0017】
第2工程でシュウ酸および処理酸と分離された処理液には糖、カルシウム、リグニン等の残渣が含まれる。残渣を濾過し、中和した後にアルコール発酵を行うことにより、糖をアルコールに変換し、蒸留してアルコールを回収することが可能である。
また、第3工程でシュウ酸と分離された処理酸は、第1工程に再利用することが可能である。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない限り、その実施態様を変更することができる。以下に示す各実施例において、%は、特に断りがない限りは全ての質量による。
【0019】
<実施例1>
未利用木質バイオマス原材料の代表例として、ユーカリ(Eucalyptus globulus)樹皮を用いた。ボールミルで粉砕後、80メッシュを通過した粉体試料について元素分析およびIR分析を行った結果、シュウ酸カルシウム(一水和物)を含んでいることが判明した。1%硫酸に可溶化したものを過マンガン酸カリウム溶液で滴定したところ、試料質量ベースで約70%がシュウ酸カルシウムであった。ユーカリ樹皮全体でも24.6%がシュウ酸カルシウムであった。
【0020】
平均粒子径20mmサイズに調製された前記ユーカリ樹皮の乾燥試料400gを、プラスチックビーカーに投入し、70%硫酸5Lを加え、15℃に保ちながら150rpmの攪拌速度で攪拌機により8時間攪拌した。上記処理液をアドバンテック社製ガラス繊維濾紙GA-100で濾過を行い、処理液と残渣を分離した。この処理液を原液として、以下の膜分離操作を行った。
【0021】
図1のように、0.342m2の面積を持つ陰イオン交換膜(旭硝子社製セレミオンDSV)をセットし、膜面の両側に水を満たした。膜面の片側下部より処理液を通液し、反対側上部より回収用水として水を通水した。操作条件は処理液流量、回収用水流量をそれぞれ毎分1mlとし、膜をセットした装置全体を50℃に保ち、約10時間、前述の条件において運転することによって装置の平衡化を行った。平衡化が終了後、脱塩液および回収酸サンプル(5ml)を採取した。処理液に可溶化して含まれるシュウ酸は、硫酸と共に陰イオン交換膜を通過し回収酸に移行するため、処理液、脱塩液および回収酸サンプル中の硫酸濃度をダイオネクス社製イオンクロマト装置ICS-3000で測定し、便宜的に以下の式によって、酸除去率および酸回収率を算出した。
酸除去率(%)=100−(脱塩液中の硫酸濃度(%)/処理液中の硫酸濃度(%))×100
酸回収率(%)=(回収酸中の硫酸濃度(%)/処理液中の硫酸濃度(%))×100
【0022】
結果を表1に示す。未利用木質バイオマスであるユーカリ樹皮を原材料として、硫酸処理してシュウ酸カルシウムを可溶化して得た処理液を、陰イオン交換膜により分離(拡散透析)したところ、処理液中の酸は86%除去されており、処理液中のシュウ酸を含む酸は、回収酸液中にほとんど(97%)が回収されることが判明した。
【0023】
【表1】

【0024】
DIAION製両性イオン交換樹脂DSR01で、回収酸の硫酸・シュウ酸分離を行った。流速は1mL/分で3分ごとにサンプルを回収し、電気伝導度から硫酸イオン濃度およびシュウ酸イオン濃度を測定した。その結果、硫酸とシュウ酸の分離が可能であった。シュウ酸を含むサンプルを集め、ロータリーエバポレーター(60〜62℃/150mmHg)で濃縮して水を完全に除去した後、30℃に冷却してシュウ酸の結晶を得ることができた。
【0025】
以上のことから、未利用木質バイオマス、特にはシュウ酸カルシウムを大量に含むユーカリなどの樹皮を原材料として、酸処理してシュウ酸カルシウムを可溶化する第1工程、第1工程で得た処理液を陰イオン交換膜により分離し、シュウ酸を含む酸を回収する第2工程、第2工程で得た回収酸からシュウ酸を分離精製する第3工程から構成されるシュウ酸の製造方法を提供することが可能になった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、従来は化石資源から工業的に製造され工業原料として重要であるシュウ酸を、シュウ酸カルシウムを大量に含む未利用木質バイオマス資源を原材料として製造することが可能となり、林業・林産業で問題となっている残材の有効利用を促進し、石油化学産業を代替するバイオリファイナリー産業の原材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明による第2工程を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質バイオマスを原材料として、酸処理してシュウ酸カルシウムを可溶化する第1工程、第1工程で得た処理液を陰イオン交換膜により分離し、シュウ酸を含む酸を回収する第2工程、第2工程で得た回収酸からシュウ酸を分離精製する第3工程からなることを特徴とするシュウ酸の製造方法。
【請求項2】
木質バイオマスが、シュウ酸カルシウムを大量に含む樹皮であることを特徴とする請求項1に記載のシュウ酸の製造方法。
【請求項3】
樹皮がユーカリ樹皮であることを特徴とする請求項2に記載のシュウ酸の製造方法。
【請求項4】
第2工程でイオン交換膜によりシュウ酸を含む酸と分離された液から糖を回収し、第3工程でシュウ酸と分離された酸を回収して再利用することを特徴とするシュウ酸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−59082(P2010−59082A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225447(P2008−225447)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】