説明

シワ形成マーカーとその利用方法

【課題】シワの形成に関連した生体マーカーの探索と同定を行う
【解決手段】Krt6, Krt16, Krt17, Pfn1, Wars, Pdia6, Prdx1, Ppia, Fubp1, FABP5, Pgm2, Ran, S100A9, Lgals7, Tuba1, Serpinb1, Taldo1の17種類のタンパク質のいずれからなるシワマーカー

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シワ形成に影響するマーカーとその利用技術に関する。
【背景技術】
【0002】
肌状態を評価する方法として、弾力性や水分量の測定が行われているが、現状の肌の物理的な評価・把握にとどまり、正確な皮膚状態の把握、またシワになりそうやしみになりそうなどの将来の予知や、明確な解決手段の提供ができていない。
市販の医薬や化粧品は、個人毎が影響を考慮した物は少なく、一律な物が多い。今後の個別医療の社会的な流れと同様に、化粧品の分野でも、一律的な対応ではなく、各個人の特徴にあわせた、個別(セミオーダーメイド)の化粧品提供が求められると予想される。
特許文献1(特許第3914244号公報)には、シリビンと、シラン抽出物及び/又は大豆サポニンを含有する異常タンパク質除去用組成物配合したしわ改善用化粧料が開示されている。特許文献2(特開2007−302607号公報)には、アイスランドモス(Cetraria islandica)の抽出物を有効成分として含むことを特徴とするエラスターゼ阻害剤及び/又はコラーゲン産生促進剤、及びこれらに紫外線遮断・吸収剤を配合した抗しわ効果を有する化粧料が開示されている。特許文献3(特開2006−306804号公報)には、アクテオシドを有効成分として含有することを特徴とするシワ形成抑制剤、並びに該シワ形成抑制剤を配合することを特徴とするシワ形成抑制用化粧料又は飲食品組成物。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3914244号公報
【特許文献2】特開2007−302607号公報
【特許文献3】特開2006−306804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
シワの形成に関連した生体マーカーの探索と同定を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、太陽光と同程度の強度の紫外線をヘアレスマウスに長期間照射することにより、光老化誘導シワモデルマウスを作成し、そこに本出願人が特許文献1等において提案した外用剤としてヒトにおいて皮膚老化抑制が認められるシリビンを投与した。シリビンの投与により、シワが抑制されたマウスとコントロールとしてエタノールを処理したシワを形成したマウスから皮膚を採取し、その後皮膚の最も外層に位置する表皮部位だけをLMD法(レイザーマイクロダイセクション)、または湯せん法により採取し、得られた表皮よりタンパク質を抽出した。次に確立した表皮特異的変動タンパク質の探索を可能にする実験方法を利用して、シリビン処理してシワを抑制させた皮膚とエタノール処理してシワを形成させた皮膚から得られたタンパク質について、その変動を2D DIGE法を用いて網羅的に解析した。その結果、17個の変動スポットを確認した。このスポットのタンパク質を分析し、変動スポットの候補と考えられるタンパク質を決定した。これらのタンパク質に関して、ウエスタンブロティング法を用いてマウス皮膚での変動検証実験を行い、シワ形成と相関する17種類のタンパク質を同定することができ、この発明に至った。
【0006】
本発明の要旨は以下の通りである。
1.下記の17種類のタンパク質のいずれかからなるシワマーカー。
(G1):
(1)peroxiredoxin 1 、
(2)peptidylprolyl isomerase A、
(3)far upstream element (FUSE) binding protein 1、
(12)ras−related nuclear protein
の4種類からなる群より選択されるタンパク質
(G2):
(4)Keratin 6A、
(5)Keratin 16、
(6)Keratin 17、
(7)profilin 1、
(8)tryptophan―tRNA ligase、
(9)Protein disulfide−isomerase A6 precursor、
(10)fatty acid binding protein 5, epidermal、
(11)phosphoglycerate mutase 2
(13)S100 calcium binding protein A9 (calgranulin B)
(14)lectin, galactose binding, soluble 7
(15)tubulin, alpha 1
(16)serine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade B, member 1a
(17)transaldolase 1
の13種類からなる群より選択されるタンパク質
2. 1.記載のシワマーカーとなるタンパク質の発現量の変化を調べることにより、被験物質の皮膚のシワ形成に対する影響を調べる方法。
3. シワの形成要因が、紫外線被曝であることを特徴とする2.記載の方法
【発明の効果】
【0007】
シワの形成により発現量が変動する17種類のタンパク質を明らかにすることができた。
本願発明は、非侵襲的な手法を用いて得られた皮膚角層を用いて、シワ形成の影響を及ぼす物質を探索することができる。皮膚角層出所者個人の固有の特性を踏まえたシワ形成抑制剤あるいは化粧料を作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】試験1シワ形成及び外用剤投与試験概要を示す図。
【図2】シワのグレーディングを示すグラフ
【図3】電気泳動スポット参考図。(a)LMD法により得られた表皮サンプルの電気泳動図、(b)湯せん法により得られた表皮サンプルの電気泳動図。
【図4】2次元ディファレンスゲル電気泳動解析結果を示す図。(a)LMD法により得られた表皮サンプルの解析結果6個を示す。(b)湯せん法により得られた表皮サンプルの解析結果11個を示す。
【図5】LMD法により得られた表皮サンプル6個のタンパクの発現量の増減変化を示すグラフ。
【図6】湯せん法により得られた表皮サンプル11個中の6個のタンパクの発現量の増減変化を示すグラフ。
【図7】湯せん法により得られた表皮サンプル11個中の5個のタンパクの発現量の増減変化を示すグラフ。
【図8】ウエスタンブロッティング(WB)による検証図。(a)LMD法により得られた6種類のタンパク。(b)湯せん法により得られた11種類のタンパク。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0010】
本発明は、シワの形成、抑制に関するマーカーとなるタンパク質の探索を行いその活用を見出したものである。
太陽光と同程度の強度の紫外線をヘアレスマウスに長期間照射することにより、光老化誘導シワモデルマウスを作成し、そこに外用剤としてヒトにおいて皮膚老化抑制が認められるシリビンを投与した。シリビンの投与により、シワが抑制されたマウスとコントロールとしてエタノールを処理し、シワを形成したマウスから皮膚を採取し、その後皮膚の最も外層に位置する表皮部位だけをLMD法(レイザーマイクロダイセクション)、または湯せん法により採取し、得られた表皮よりタンパク質を抽出した。非侵襲的なサンプル採取が可能なように表皮部位のみを用いた。
次に確立した表皮特異的変動タンパク質の探索を可能にする実験方法を利用して、シワを抑制させた皮膚(シリビン処理)とシワを形成させた皮膚(エタノール処理)から得られるタンパク質について2D DIGE法を用いて網羅的にタンパク質の変動を解析した。その結果、LMD法から得たサンプルから全体で約2000のタンパク質スポットが検出され、その内6個のスポットにおいて優位な変動が確認された。また湯せん法から得たサンプルから、全体で約2500のタンパク質スポットが検出され、その内、14個のスポットにおいて優位な変動が確認された。LMD法から得たサンプルにおいて変動が確認された6種類のタンパク質と湯せん法から得たサンプルにおいて変動が確認された14種類のタンパク質のうち、3種類のタンパク質は重複していた。
【0011】
2D DIGE法は比較データ(例えば、シリビン適用の有無)について、一方の条件の蛋白質を赤色、他方の条件の蛋白質を緑色に発色させ、発色させた2つのデータを重ねることにより、両方のデータの蛋白質発現量が同じ場合は黄色(赤と緑が重なるため)、一方の蛋白質発現量が少ないか、多いときは赤色または緑色に発色する(赤色と緑色がバランスしないため)ので、発現量が異なる蛋白質(黄色にならず、赤、または、緑に発色)を検出することができる手法である。
次に変動が認められたスポットについて質量分析器(LC-Q-TOF/MS)を用いてタンパク質の同定を行った。得られた結果をデータベース(Mascot)を利用して解析し、変動スポットの候補と考えられるタンパク質を決定した。
次にこの変動スポットの候補と考えられるタンパク質に特異的な市販の抗体を購入し、ウェスタンブロティング法を用いてマウス皮膚での変動検証実験を行った。検討したタンパク質は17種類であり、その全ての種類においてプロテオーム解析の結果と一致する変動が認められ、マウスの皮膚中で変動の検証ができた。つまりシワ形成と相関する17種類のタンパク質を同定することに成功した。
【0012】
17種のタンパク質は既知のタンパク質であるが、以下に概略を説明する。
【0013】
(1)peroxiredoxin 1
このタンパク質は抗酸化酵素のペルオキシレドキシンファミリーに属するタンパク質に分類され、過酸化水素とアルキルヒドロペルオキシドを還元する。このタンパク質は細胞内で抗酸化物質として防御に働き、CD8(+)T細胞の抗ウイルス活性の一因となる可能性をもつ。このタンパク質には増殖促進効果があり、癌発生もしくは進行に役割を果たしている可能性がある。
【0014】
(2)peptidylprolyl isomerase A
このタンパク質はペプチジルプロリルシス/トランスイソメラーゼ(PPIアーゼ)ファミリーに属する。PPIアーゼは、オリゴペプチドにおけるプロリンイミドペプチド結合のシス-トランス異性化を触媒して、タンパク質の折りたたみ構造の形成を促進する。このタンパク質はシクロスポリン結合タンパク質で、シクロスポリンAが仲介する免疫抑制において働く可能性がある。このタンパク質はp55 gag、VprなどのいくつかのHIVタンパク質と相互作用でき、HIVウイルス粒子形成に必要なことがわかっている。
【0015】
(3)far upstream element (FUSE) binding protein 1
このタンパク質は、c-mycの転写上流領域を活性化し、c-myc発現を刺激する。このタンパク質によるFUSE領域の調節は、非翻訳鎖への一本鎖結合を通して起こる。このタンパク質の転写活性は、選択的スプライシング、翻訳効率、および翻訳後修飾によって調節される可能性がある。
【0016】
(4)Keratin 6A
このタンパク質はケラチンファミリーに属し、皮膚のsupra basal部分の過増殖を示すケラチノサイトで発現が認められる。傷害を受けたケラチノサイトで速やかに発現が誘導される。このII型サイトケラチンは6つの遺伝子多型が特定されており、この多型性は連続した遺伝子重複の結果と考えられる。
【0017】
(5)Keratin16
細胞骨格タンパク質である。Keratin 6とヘテロ四量体を作る中間系フィラメントの成分である。毛包、爪、口腔の扁平上皮層、上皮の基底層、手掌の上皮、また汗腺で発現が見られ、細胞の増殖や分化に関与している。この遺伝子の突然変異は1型先天性爪硬化、非水疱性手掌足底角化症、一側性手掌足底疣状母斑に関連している。
【0018】
(6)Keratin17
I型で中間径フィラメント鎖の構成タンパク質である。ケラチン17は、爪床、毛嚢、皮脂腺、および他の表皮性の付属物で発現される。この遺伝子の突然変異はジャクソン-ローラー型先天性爪硬化と多発性脂腺嚢腫症を引き起こす。
【0019】
(7)Profilin1
このタンパク質は、生体内において広範囲に発現しているタンパク質であり、細胞内の細胞骨格構成タンパク質であるアクチンの重合・脱重合を調節するタンパク質として知られている。
【0020】
(8)tryptophan―tRNA ligase
このタンパク質はアミノアシルtRNA合成酵素に対応し、アミノ酸のtRNAのアミノアシル化を触媒する。これらの酵素の主な役割は、tRNAに含まれる3組のヌクレオチドとアミノ酸の結合であることから、進化の中で最初に現れたタンパク質の1つと考えられる。トリプトファニルtRNA合成酵素には、WARSという細胞質型とWARS2いうミトコンドリア型の2つが存在する。
【0021】
(9)Protein disulfide−isomerase A6 precursor
このタンパク質はタンパク質ジスルフィドイソメラーゼファミリーに属する酵素で、2つのチオレドキシンドメインを有し、s-s結合の再編成を触媒する機能を持つ。
【0022】
(10)fatty acid binding protein 5, epidermal
このタンパク質は、表皮細胞中で見つけられた脂肪酸結合タンパク質である。このタンパク質は、最初は乾癬組織で増強される遺伝子として特定された。このタンパク質は、小さくて高度に保存された長鎖脂肪酸と他の疎水性リガンドを結合する細胞質タンパク質である。役割は脂肪酸の取り込み、輸送、代謝を含むと思われる。
【0023】
(11)phosphoglycerate mutase 2
このタンパク質はグルコースの合成と代謝に関与している。
【0024】
(12)ras−related nuclear protein
このタンパク質(RAN)は、核膜孔複合体を通るRNAおよびタンパク質の輸送に不可欠なRASスーパーファミリーに属する低分子量GTP結合タンパク質である。このタンパク質は、DNA合成および細胞周期進行の調節にかかわる。RANは、多機能をもつことから、他のいくつかのタンパク質と相互作用すると考えられる。RANは微小管網の形成と組織を調節する。RANは、有糸分裂の間の微小管重合を調整する主要な情報伝達分子である可能性がある。
【0025】
(13)S100 calcium binding protein A9 (calgranulin B)
このタンパク質は、2つのEFハンドカルシウム結合モチーフをもつS100タンパク質ファミリーに属する。S100タンパク質はさまざまな細胞の細胞質や核に局在し、細胞周期進行や分化といった多くの細胞過程の調節にかかわっている。S100の遺伝子は少なくとも13あり、染色体1q21上に集中して存在する。このタンパク質はカゼインリン酸化酵素の抑制において機能する可能性をもち、その発現変化は嚢胞性線維症に関連している。
【0026】
(14)lectin, galactose binding, soluble 7
ガレクチンは細胞と細胞の相互作用および細胞マトリックス相互作用の調節にかかわるβガラクトシド結合タンパク質である。ディファレンシャルハイブリッド形成とは、このレクチンがケラチン生成細胞で特異的に発現されることを示す。表皮のすべての段階(すなわち基底層と基底層上層)で発現され、レチノイン酸によって適度に抑制される。このタンパク質は主に重層扁平上皮で見つけられた。細胞内局在性と培養ケラチン細胞での著しい発現減少は、正常な増殖調節に必要な細胞-細胞相互作用、そして細胞マトリックス相互作用における役割を示している。
【0027】
(15)tubulin, alpha 1
真核細胞の細胞骨格に認められるタンパク質であり、有糸分裂や細胞骨格の輸送や補助構造として多彩な機能を果たす。αおよびβチューブリンのヘテロ二量体で構成されている。これらのタンパク質はチューブリンスーパーファミリーに属し、6つの異なったファミリーで構成される。α、β、およびγチューブリンファミリーの遺伝子はすべての真核生物に見られる。αおよびβチューブリンは微小管の主成分であるが、γチューブリンは微小管集合の核形成において重要な働きをする。多数のαおよびβチューブリン遺伝子が存在し、それらは種間で高度に保存されている。
【0028】
(16)serine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade B, member 1a
単核球と好中球で最初に見つかり、好中球のエラスターゼ活性を強く阻害することから命名された。膵臓のエラスターゼやカテプシンGの活性も阻害し、幅広いプロテアーゼ阻害活性を持つ。cystic fibrosis患者の治療に有用である可能性がある。
【0029】
(17)transaldolase 1
このタンパク質は、核酸合成のためのリボース5-リン酸と脂質の生合成のためのNADPHを供給する主要な酵素である。この酵素はグルタチオンの枯渇状態でその維持にも働き、その結果、酸素ラジカルからスルフヒドリル基を保護し細胞を保全することができる。この遺伝子は多発性硬化症にかかわると考えられている。
【0030】
上記のタンパク質は、前駆体タンパク質であっても、成熟タンパク質であってもよく、また、切断型であっても、非切断型であってもよい。前駆体タンパク質としては、プロタンパク質、プレプロタンパク質などを挙げることができる。プロタンパク質、プレプロタンパク質などには、シグナルペプチドを持つものもある。
【0031】
本発明の方法において、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現を測定してもよいし、その遺伝子発現を測定してもよい。例えば、ノーザンブロット法、RT−PCR法、ウェスタンブロット法、免疫組織化学分析法、ELISA法、抗体チップ、cDNAマイクロアレイ、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET; Fluorescence resonance energy transfer)測定法などで測定することができる。
【0032】
特定のタンパク質の発現をタンパク質レベルで測定するためには、測定の対象となるタンパク質を特異的に認識する抗体を用いるとよい。抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれであってもよい。これらの抗体は公知の方法で製造することができるし、また、市販されているものもある。ウェスタンブロット法で測定する場合には、抗体は、125I標識プロテインA、ペルオキシダーゼ結合IgGなどを用いて二次的に検出される。免疫組織化学分析法で測定する場合には、抗体は、蛍光色素、フェリチン、酵素などで標識するとよい。
【0033】
特定のタンパク質の遺伝子発現をRNAレベルで測定するためには、測定の対象となるタンパク質のmRNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プローブを用いるとよい(ノーザンブロット法で測定する場合)。あるいはまた、測定の対象となるタンパク質のmRNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プライマー及び前記mRNAを鋳型として合成されるcDNAと特異的にハイブリダイズできる核酸プライマーからなる1対の核酸プライマーを用いてもよい(PCR法で測定する場合)。核酸プローブ及び核酸プライマーは、測定の対象となるタンパク質の遺伝子情報に基づいて設計することができる。核酸プローブは、通常、約15〜1500塩基のものが適当である。核酸プローブは、放射性元素、蛍光色素、酵素などで標識するとよい。核酸プライマーは、通常、約15〜30塩基のものが適当である。
【0034】
本発明において、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現の有無を検出してもよいし、発現量を測定してもよい。タンパク質及び/又はそのmRNAの発現の有無は所定の位置におけるスポットやバンドの出現の有無により確認できる。タンパク質及び/又はそのmRNAの発現量はスポットやバンドの染色強度により測定できる。あるいはまた、タンパク質及び/又はそのmRNAを定量してもよい。複数の遺伝子発現や複数のタンパク発現を同時に検出するためには、DNAアレイ(プローブを基板に固定)(NATURE REVIEWS, DRUG DISCOVERY, VOLUME 1, DECEMBER 2002, 951-960)、プロテインチップ(抗体を基板に固定)(NATURE REVIEWS, DRUG DISCOVERY, VOLUME1, SEPTEMBER 2002, 683-695)、ルミネックス(NATURE REVIEWS, DRUG DISCOVERY, VOLUME 1, JUNE 2002, 447-456)等の検出法を用いることが好ましい。
【0035】
皮膚細胞及び皮膚組織は判定の対象となる被験体に由来するものであるとよく、被験体の生物種としては、ヒト、ブタ、サル、チンパンジー、イヌ、ウシ、ウサギ、ラット、マウスなどの哺乳動物を挙げることができる。
【0036】
本発明の方法により、シワ形成(抑制)に対する影響を判定するためには、皮膚生検試料、あるいはそこから得られる培養皮膚細胞、培養皮膚組織、などを用いることができる。皮膚生検試料としては、皮膚の角層をテープ(角層チェッカー)により採取したものを用いてもよい。
【0037】
皮膚細胞としては、表皮角化細胞、皮膚線維芽細胞、ランゲルハンス細胞、メラニン細胞、肥満細胞、内皮細胞、皮脂細胞、毛乳頭細胞、毛母基細胞などを挙げることができる。皮膚細胞は公知の方法により皮膚から採取することができる(分子生物学研究のための新細胞培養実験法,p57−71,羊土社,1999)。
【0038】
皮膚組織としては、皮膚の角層、表皮、真皮などを挙げることができる。皮膚組織は公知の方法により皮膚から採取することができる(Acta.Derm.Venereol.,85,389−393,2005)。
【0039】
皮膚生検試料は、細胞であっても、組織であってもよい。皮膚生検試料としては、皮膚の角層を角層チェッカーなどのテープにより採取したものを用いるとよい。角層チェッカーは角層の不全角化度や細胞面積を測定し、肌荒れの程度や角層のターンオーバー速度を評価するための角層サンプルを採取する際に従来から使用されている(化粧品の有用性・評価技術の進歩と将来展望,日本化粧品技術者会,薬事日報社,p95−96)。カウンセリング店舗や自宅で簡単に安全に角層サンプルを採取でき、非浸襲で角層からタンパク質を得る方法として非常に有用である。
【0040】
本発明は、シワの形成や抑制に対する治療及び/又は予防に効果のある物質を同定する方法も提供する。この方法は、以下の工程:
(a)被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織を接触させる工程、
(b)工程(a)で被験物質と接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織を所定時間培養する工程、
(c)工程(b)で培養した皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現を測定する工程、及び、
(d)工程(c)で測定した特定のタンパク質の発現と被験物質作用前の当該特定タンパク質の発現とを比較することにより、被験物質の効果を評価する工程を含む。
【0041】
被験物質は、いかなる物質であってもよく、タンパク質、ペプチド、ビタミン、ホルモン、多糖、オリゴ糖、単糖、低分子化合物、核酸(DNA、RNA、オリゴヌクレオチド、モノヌクレオチド等)、脂質、上記以外の天然化合物、合成化合物、植物抽出物、植物抽出物の分画物、それらの混合物などを挙げることができる。
【0042】
皮膚細胞及び皮膚組織については、前述の通りである。
被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織との接触は、いかなる方法によってもよい。例えば、被験物質を皮膚細胞及び/又は皮膚組織の培養液に添加する方法、被験物質を塗布又は固定した培養容器又は培養シート上で皮膚細胞及び/又は皮膚組織を培養する方法などを挙げることができる。また、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ブタなど)などの生体を用いて、被験物質を直接皮膚に塗布する方法、被験物質を経口投与する方法でもよい。
【0043】
皮膚細胞及び/又は皮膚組織の培養時間は、特に限定されない。皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現に対する被験物質の効果の有無が確認できる程度の時間であればよい。
【0044】
比較の対照となる皮膚細胞及び/又は皮膚組織は、被験物質を接触させる前の皮膚細胞及び/又は皮膚組織であってもよい。被験物質を接触させないこと以外は同様の処理を行った皮膚細胞及び/又は皮膚組織であってもよい。
【0045】
特定のタンパク質は、次の17種からなる群より選択されることが好ましい。
グループ1(G1)
(1)peroxiredoxin 1 、
(2)peptidylprolyl isomerase A、
(3)far upstream element (FUSE) binding protein 1
(12)ras−related nuclear protein
グループ2(G2)
(4)Keratin 6A、
(5)Keratin 16、
(6)Keratin 17、
(7)profilin 1、
(8)tryptophan―tRNA ligase、
(9)Protein disulfide−isomerase A6 precursor、
(10)fatty acid binding protein 5, epidermal、
(11)phosphoglycerate mutase 2、
(13)S100 calcium binding protein A9 (calgranulin B)
(14)lectin, galactose binding, soluble 7
(15)tubulin, alpha 1
(16)serine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade B, member 1a
(17)transaldolase 1
【0046】
本発明の一つの例として、被験物質を接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織において、グループ1(G1)の4種の発現量が対照と比較して増加しており、被験物質がこれらのいずれかのタンパク質の発現を増加させる効果があると評価できた場合には、この被験物質は、シワ発生の抑制あるいは改善に効果がある物質と同定することができる。
【0047】
また、本発明の別の例として、被験物質を接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織において、グループ1(G2)の13種の発現量が対照と比較して減少しており、被験物質がこれらのいずれかのタンパク質の発現を減少させる効果があると評価できた場合には、この被験物質は、シワ発生の抑制あるいは改善に効果がある物質と同定することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0049】
[試験1 −シワ形成及び外用剤投与試験− ]
「シワの形成」という現象と相関関係を示すバイオマーカーの探索には、シワの定性的な評価ができるサンプルが必要である。培養細胞を用いたin vitroアッセイ系ではシワの定性的な評価ができないため、へアレスマウスを用いて長期紫外線照射によるシワ形成の誘導、また化合物によりシワ形成の抑制、または改善した皮膚サンプルの採取を行った。
【0050】
<実験動物、機器、化合物>
(1)実験動物 Hos;HR1 ♀ 5週齢 (星野実験材料)
(2)エタノール 99.8%
(3)ネンブタノール(大日本住友製薬)
(4)レチノール VitaminA alcohol(ALEXIS)
(5)紫外線照射装置
紫外線A波(FL32SBL/DMR:(株)クリニカルサプライ製)
紫外線B波(FL32SE/DMR:(株)クリニカルサプライ製)
(6)レプリカ採取器具
(有)アサヒバイオメッド製の反射型レプリカ採取キット
【0051】
<シワ形成及び外用剤投与試験>
1.実験方法
(1)へアレスマウスHos;HR1を1週間馴化したのち、UV照射装置を用いて1週間に3回マウスに低強度のUVを露光させた。1回のUV照射積算量はUVA波80kJ/mm2、UVB波が0.1 kJである。このUV照射作業を8週間(計24回照射)行い、微細なシワが認められた8週目よりUV照射後30分以内にSB(「シリビン」を指す)、レチノール、エタノールをを含む薬剤をそれぞれ4週間マウス背部皮膚に処理した。各種サンプルを溶解させた溶媒(vehicle)はSBが溶解するエタノールを用いた。
12週間照射終了後(4週間塗布後)、マウスの外観撮影、またシワの形成を正確に把握するためレプリカを採取した。その後、皮膚をはがしとり、-80℃に凍結保存、または凍結切片用サンプル、ホルマリン固定サンプルを作成した。スケジュールの概要を図1に示す。
【0052】
(2)飼育環境
25℃±2℃、湿度50%±5%、食餌はMR(オリエンタル酵母)、水道水をそれぞれ自由摂取できるコンベンショナルな飼育環境で飼育した。一群につき5匹を群分けし同一ケージにて飼育した。日照は午前7時〜午後7時までの12時間ごとに昼夜を設定した。
【0053】
2.群設定
6つの群に分けて実験を進めた。紫外線を照射せずvehicleのエタノールのみを塗布する群(A群)以外の全ての群について、紫外線照射を行った。シワ形成のコントロール群として、紫外線照射とエタノール塗布をする群(B群)を設定した。またSB塗布群として、0.1%(C群)、0.3%(D群)、1%(E群)の3点の濃度設定を行った。またポジティブコントロールとして0.1%レチノールを使用する群(F群)も設定した。1ケージには、同試験群マウス5匹を入れた。6つの群及び外用剤の投与を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
3.紫外線照射
紫外線照射時は、動物を専用のケージに移し、1群ずつUVB20mJ/cm2およびUVA10J/cm2を照射した。照射は月、水および金の週3日サイクルで12週間実施した。
【0056】
4.解剖
各群、本飼育期間終了翌日より18時間絶食後、ネンブタール(40mg/kg)腹腔内投与により麻酔を導入し解剖を実施した。麻酔の効果を確認後、マウス皮膚の写真を1眼レフカメラ(NICON製)で撮影し、その後反射型レプリカを採取し、開腹、心臓から全血採取した。背部皮膚全体を剥ぎ取り、見た目で筋組織や皮下組織を極力除去し、1cm角になるように細かく刻み、プロテオーム解析用およびタンパク質解析用として、5つ1.5mlチューブにわけ、液体窒素を用いて直ちに凍結した。次に凍結組織切片用にOCTコンパウンド中に入れ、液体窒素を用いて氷冷したイソペンタン中で凍結した。次にパラフィン切片用にPBSで2倍に希釈したマイルドホルム溶液(WAKO)に浸し、4℃で1昼夜振とうし、固定し、その後パラフィンブロックを作成した。
【0057】
5.組織染色
中性ホルマリン浸けした皮膚組織を定法に従いパラフィン包埋し、5μm厚でスライドガラスへ貼付した。それぞれの皮膚切片について定法に従い、ヘマトキシリン−エオシン染色(HE染色)を実施した。
【0058】
6.試験経過
(1)光老化誘導シワ形成モデルマウスに対するシリビンの作用結果
I) UV照射4週、8週
UVを照射開始から4週目において、UV照射のマウス皮膚の外観は未照射のマウスに比べ、赤みをもち、また毛の脱落が観察されはじめた。さらに4週間(合計8週間)の照射を続けたところ、微細なしわのような外観が認められた。
微細なシワが認められた8週目の皮膚の組織像を、HE染色を用いて調べたところ、表皮の肥厚が認められた。表皮の肥厚は、光老化の指標として用いられる指標のひとつである。
以上のことから、光老化が誘導され、微細なシワが形成され始めたととらえ、各群の化合物の処理を開始した。
【0059】
2)UV照射12週、化合物投与4週間試験結果
(a)外観変化、シワ形成抑制
化合物の外用投与を行い、4週間後の外観写真、および得られたレプリカ像を次項に示す。外観に示されているように、UV照射エタノール処理を行ったマウスにおいて認められる、深く大きなシワはSBの塗布、またはRN(レチノール)の塗布により形成の抑制が認められた。またRN処理では、皮膚刺激性に依存するものと考えられるが、皮膚のがさつき、はく離が認められたのに対し、SB処理ではそのような皮膚の変化は認められなかった。
得られた外観写真をもとに、Bissett, D.ら のPhotodermatol. Photoimmunol. Photomed(1990)の報告を参考にし、またシワのグレーディング指標にもとづき、数値化を行った。その結果を図2に示す。図2のシワ等級の具体的な数値は、A群(エタノール塗布UV非照射)で0.0、B群(エタノール塗布UV照射)で7.0、C群(0.1%SB塗布UV照射)で4.0、D群(0.3%SB塗布UV照射)で2.8、E群(1%SB塗布UV照射)で3.6、F群(0.1%RN塗布UV照射)で3.6であった。結果として、SB処理群のうち、0.3%(D群)が最もシワ抑制効果を示す結果となり、濃度依存性は認められなかった。この理由として、E群では、1%でのSB溶解度が非常に飽和状態に近いため、皮膚塗布時に直ちに析出がおこり、皮膚深部へ浸透せず、作用を発揮できにくかったのではないかと考えられる。
【0060】
(b)形態変化
次にマイルドホルムを用いて固定を行った後に、パラフィンで包埋したブロックの切片を作成し、HE染色を行った。得られた像を観察したところ、UVを照射したいずれのサンプル(UV照射EtOH処理, UV照射SB処理, UV照射RN処理 )においても、表皮の肥厚が観察された。UV照射EtOH群で認められる表皮の肥厚は、光老化の指標にもなっているようにUVの体内への侵入を抑えるために、表皮を厚くすることで表皮での遮蔽効果を挙げようとする生体反応の結果であると考えられる。また最も肥厚が観察されたのは、レチノールは、既に他に報告があるようなレチノールによる細胞増殖能の向上に起因すると考えられる。またSB処理については、他の抗酸化力の強い成分で認められているような顕著な表皮肥厚抑制は認められなかった。このことは、レチノールをpositive compoundとしてスクリーニングした経緯に矛盾しない結果であり、SBもレチノールと同様に表皮細胞の細胞増殖能をもち、その効果が肥厚という形で認められたと考えられる。
以上の結果から、紫外線照射によりシワを形成させた皮膚と、シワ形成抑制剤のシリビン処理によりシワ形成を抑制した皮膚サンプルの取得に成功した。次のステップであるプロテオーム解析には、本実験で得られた皮膚サンプルB群(UV照射EtOH処理)マウスの皮膚をシワありとして、またシワ形成抑制効果が最も強かったD群(UV照射0.3%SB処理)をシワなしとして用いて実験を行うこととし、実験を進めた。
【0061】
[2.試験2 光老化誘導シワ形成、形成抑制マウス皮膚を用いたプロテオーム解析]
<実験材料、方法>
1.実験材料
マウス皮膚
エタノールだけを処理したシワあり群(B群)、0.3%SB塗布により作成したシワなし群の1群5匹の中から、撮影した外観写真より、処理により顕著な効果が確認できるそれぞれ3匹(シワがより深い3匹とシワがより抑制された3匹)を選び、サンプルとして使用した。
【0062】
2.実験方法
本試験では、2D-DIGE法 / マス解析をベースとしたプロテオーム解析を行った。2D DIGE法に利用したサンプルは、表皮組織のみを採取して使用して、LMD(レイザーマイクロダイセクション)法または湯せん法の2通りを用いてタンパク質を調整した。表皮特異的プロテオーム解析は、本発明のオリジナリティーに基づくものであって、全く新しい研究方法である。プロテオーム解析後、変動の検証を行うために、ウエスタンブロッティングによるバリデーションを行った。
2D-DIGE法は比較データ(例えば、シリビン適用の有無)について、一方の条件の蛋白質を赤色、他方の条件の蛋白質を緑色に発色させ、発色させた2つのデータを重ねることにより、両方のデータの蛋白質発現量が同じ場合は黄色(赤と緑が重なるため)、一方の蛋白質発現量が少ないか、多いときは赤色または緑色に発色する(赤色と緑色がバランスしないため)ので、発現量が異なる蛋白質(黄色にならず、赤、または、緑に発色)を検出することができる手法である。
次に変動が認められたスポットについて質量分析器(LC-Q-TOF/MS)を用いてタンパク質の同定を行った。得られた結果をデータベース(Mascot)を利用し、解析を行い、変動スポットの候補と考えられるタンパク質を決定した。
【0063】
<光老化誘導シワ形成タンパク特定プロテオーム解析試験>
1.解剖、動物皮膚の採取
飼育期間終了翌日より18時間絶食後、ネンブタール(40mg/kg)腹腔内投与により麻酔を導入し解剖を実施した。麻酔の効果を確認後、開腹、心臓から全血採取した。背部皮膚全体を剥ぎ取り、見た目で筋組織や皮下組織を極力除去し、1cm角になるように細かく刻んだ。湯せん法プロテオーム解析用およびバリデーション用タンパク質として、5つの1.5mlチューブにわけ、液体窒素を用いて直ちに凍結し、-80℃冷凍庫に保存した。次にLMD法プロテオーム解析用に凍結切片を作成するため約1mlのO.C.Tコンパウンド(J-TEC)中に封入し、液体窒素を用いて冷却したイソペンタン中で凍結し、-80℃冷凍庫に保存した。
【0064】
2.LMDサンプル採取法
-80℃で保存しておいた、O.T.C compoundで包埋した凍結皮膚サンプルを-10℃のクライオスタット内に15分間静置した。その後、クライオスタットにより10μmの厚さで切片を作成した。得られた切片をメンブランフィルム付スライドグラス(メイワフォーシス)に貼り付けた。次にスライドグラスを4℃に氷冷した95% EtOH中で1分間固定後、精製水で1分間洗浄後、Mayer’s Hematoxilin stain(WAKO)で 1分間染色を行い、再度精製水で1分間洗浄し、95% EtOHで1分、100% EtOHでさらに1分間溶液置換を行い、得られスライドグラスを室温で1時間風乾した。風乾後、Palm,社製レイザーマイクロダイセクション装置を用いて約4スライドから2mm2の表皮部分のカッティング処理を行い、500ml チューブにした。次に、回収チューブを4℃、13000rpm、10分間 遠心分離を行い、チューブ底に密集した組織片に、 50 ml のLysis buffer{7 M Urea, 2M Thiourea, 4% CHAPS, 30mM Tris-HCL(pH. 8.0), 1% tritonx-100)}を加えた。その後、Vortex処理を30秒間行い、超音波処理を15秒間、5回行った。その後、13000rpm、20分間 遠心分離し、上清を取り出し、プロテインアッセイリ―ジェント(バイオラッド社)を用いてタンパク質定量を行った。
【0065】
3.湯せん法
-80℃で保存しておいたサンプルを、60℃加温したPBS(-)に入れ、湯せんし、氷冷しておいたガラス板の真皮側を下向きにして置き、10秒後にピンセットを用いて表皮部分のみを採取した。採取した表皮を1.5 mlチューブに入れ、Lysis buffer{7 M Urea, 2M Thiourea, 4% CHAPS, 30 mM Tris-HCL(pH. 8.0), 1% tritonx-100)}を300μl加え、20秒間vortexを行い、その後ミニ・コードレスグラインダー(フナコシ)にペッスルとしてHandy pestle (TOYOBO社)を接続し、ペッスルを9000rmpで回転させることでホモジナイズを行った。その後、さらに超音波処理を15秒間、5回行い、4℃、13000rpm、20分間 遠心分離し、上清を取り出し、プロテインアッセイリ―ジェント(バイオラッド社)を用いてタンパク質定量を行った。
【0066】
4.プロテオーム解析(2D-DIGE、マス解析)
得られたサンプルを各々50μgあたり20nmolのTECP{Tris-(-2-carboxyethyl)phosphine hydoride}を添加し、37℃で 1時間、暗所で反応させタンパク質のシステイン残基のS-S結合を切断した。その後、シワあり群サンプルのタンパク質50μgあたり40nmolのCye3(サチュレーションラベリング、アマシャムシャ社)を添加し、37℃で30分間反応させ、システインのチオール基を標識した。またシワなしタンパク質も同様に50μgに40nmolのCye5(サチュレーションラベリング、アマシャムシャ社)を添加し、37℃で30分間反応させ、システインのチオール基を標識した。標識後、同量の2×sample buffer{7 M Urea, 2M Thiourea, 4% CHAPS, 30mM , 2% DTT, 2% IPG buffer} を加え、氷上で15分間静置し、反応を停止した。反応を停止後、等電点電気泳動用の泳動用buffer{7 M Urea, 2M Thiourea, 4% CHAPS, 2 mg/ml DTT, 1% IPG buffer}を用いて総量を500μlにし、等電点電気泳動を行った。電気泳動にはイモビロンストリップ24cm/pH 3-10(GE Healthcare)のドライストリップを用い、乾燥防止のために上からミネラルオイルを重層し、Ettan IPGphor(GE Healthcare)を用いて行った。展開条件としては、膨潤に12時間、電圧は500Vで1時間、1000Vで1時間、6000Vで総Vhrが90000Vhrになるように展開を行った。等電点電気泳動が完了したイモビロンストリップは平行化buffer(6M尿素、50mM Tris-HCl pH 8.0、1% DTT、2% SDS、30%グリセロール)で15分間緩やかに振とう後、ゲル濃度が10%で調整したポリアクリルアミドゲルにアプライし、2次元目の電気泳動を行った。電気泳動が完了したゲルはTyhoon 9400(GE Healthcare)により画像を読み込んだ。Cy3ラベルイメージは、Ex540nm、Em590で、Cy5ラベルイメージは、Ex620nm、Em680でスキャンを行った。
得られた画像イメージを用いて、比較解析は、Decyderソフト(GE Healthcare)で行った。ソフトにある統計解析で、シワあり、シワなし群で比較解析を行い、有意に変動(P<0.05)しているスポットを調べた。有意に変動が認められたスポットについては文献(proteomics 2003, 3, 13181324)に記載されている方法によりゲル内酵素消化を行い、LC-Q-TOF/MSで分析した後に、得られたデータをデータベースMASCOT(http://www.matrixscience.com)を用いて解析して、同定を行った。
【0067】
5. バリデーション(変動の検証)
採取しておいたマウス皮膚サンプルをクライオプレス(マイクロテックニチオン)を用いて、凍結粉砕し、パウダー状にした後、皮膚lysis buffer{50mM Tris-HCl(pH.7.5)、120 mM NaCl、1mM Na3VO4、0.4% NP-40、1% Triton-X100}を500μl加え、ミニ・コードレスグラインダー(フナコシ)にペッスルとしてHandy pestle (TOYOBO社)を接続し、ペッスルを9000rmpで回転させることでホモジナイズを行った。その後、4℃、13000rpm、20分間 遠心分離し、上清を取り出し、プロテインアッセイリ―ジェント(バイオラッド社)を用いてタンパク質定量を行った。得られたタンパク質溶液を皮膚lysis buffer を用いて2mg/mlに調整し、等量の2×SDS処理液{0.125 M Tris-HCl (pH6.8)、10%グリセロール、3%SDS、10%メルカプトエタノール}を加え、95℃、5分間ヒートブロック処理し、これをウェスタンブロット用のサンプルとして、LaemmliのTris-Glycin系によりSDS-PAGEを行った。SDS-PAGE後、ゲル中のタンパク質を1cmあたり0.8mAの定電流でPVDF膜(ミリポア)に転写後、ブロッキング溶液(スキムミルクを5%の濃度になるように0.1%のポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレートを含むPBSで溶解した溶液)に浸し、4℃で一昼夜ブロッキングした。洗浄液{0.1%のTween-20を含むPBS}で洗浄後、一次抗体溶液(洗浄液で適量に調製した各タンパク質の特異的抗体液)に浸し、室温で1時間反応させた。
使用した1次抗体の種類と希釈率は次の通りである:Goat Anti-TRPRS polyclonal antibody(Santa Cruz Biotechnology, 2000倍希釈)、Mouse Anti-keratin6 polyclonal antibody(abcam, 500倍希釈)、rabbit Anti-keratin16 polyclonal antibody(abcam, 1000倍希釈)、rabbit Anti-keratin17 polyclonal antibody(abcam, 1000倍希釈)、chicken Anti-PDIA6 polyclonal antibody(abcam, 2000倍希釈)、rabbit Anti-Profilin1 polyclonal antibody(abcam, 1000倍希釈)、rabbit Anti-Prx1 polyclonal antibody(Affinity Bio Reagent, 1000倍希釈)、rabbit Anti-PPIA polyclonal antibody(Protein Tech, 1000倍希釈)、rabbit Anti-FUBP1 polyclonal antibody(AVIVA SYSTEMS Biology, 1000倍希釈)、goat Anti-PGM2 polyclonal antibody(Everest Biotech, 1000倍希釈)、Mouse Anti-RAN monoclonal antibody(Gene Tex, 1000倍希釈)、goat Anti-calgranulin B polyclonal antibody(Protein Tech, 1000倍希釈)、rabbit Anti-FABP5 polyclonal antibody(Protein Tech, 1000倍希釈)、Mouse Anti-Tubulin α monoclonal antibody(Thermo, 2000倍希釈)、rabbit Anti-SERPINB1 polyclonal antibody(abcam, 1000倍希釈)、goat Anti-translodase polyclonal antibody(Santa Cruz Biotechnology, 2000倍希釈)、Rabit Anti-Galectin-7 polyclonal antibody(Gene Tex, 2000倍希釈)。洗浄後、二次抗体溶液{洗浄液で5000倍に希釈したHorseradish peroxidase labeled Anti-rabit IgG (GE Healthcare)、Horseradish peroxidase labeled Anti-goat(GE Healthcare)、Horseradish peroxidase labeled Anti-chicken IgM (Santa Cruz)、または1000倍に希釈したTrue Blot Horseradish peroxidase labeled Anti-mouse IgG (eBioscience)を使用}に浸し、室温で1時間反応させた。洗浄後、ECLプラスウエスタンブロッティング検出試薬(GE Healthcare)を用いて発光させ、X線フィルムに露光させた。X線フィルムに露光された黒化強度を画像解析ソフトであるImage J(http://rsbweb.nih.gov/ij/)を用いて数値化し、各タンパク質の相対的な発現量を算出した。
【0068】
6. 実験結果
(1)電気泳動結果
(a) LMD法により得られた表皮サンプルの電気泳動
LMD法により得られた表皮サンプルの電気泳動図によって約2000スポット観察することができた。輝点が電気泳動図に現れる様子を図3(a)に参考として示す。なお、図3(a)(b)は添付図が白黒表示で判別困難であるが、実際の観察はカラーで表示されており、緑色と赤色に判別される。本例では、緑色が「シワあり」、赤色が「シワなし」と判断された。
【0069】
(b) 湯せん法により得られた表皮サンプルの電気泳動
湯せん法により得られた表皮サンプルの電気泳動図から約約2500スポットを検出した。結果を示す。輝点が電気泳動図に現れる様子を図3(b)に参考として示す。
【0070】
(2)2次元ディファレンスゲル電気泳動解析結果(2D DIGE)
2D DIGE 法により得られた電気泳動図をソフトウエアDecyder(GE Healthcare)で解析し、シワのありなし群で変化のあったスポットを見つけ出した。
(a)LMD法により得られた表皮サンプルの解析結果
Decyder(GE Healthcare)で解析を行った結果、1.5倍以上または1/2以下に発現が有意に変化しているスポットを6個得た。その内訳として、シリビンによるシワ抑制により発現量が減少したスポットが6個であった。図4(a)に示す。
(b) 湯せん法により得られた表皮サンプルの解析結果
Decyder(GE Healthcare)で解析を行った結果、1.5倍以上または1/2以下に発現が有意に変化しているスポットを14個得た。その内訳として、シリビンによるシワ抑制により発現量が上昇したスポットが4個、減少したスポットが10個であった。図4(b)に示す。
【0071】
(3) 変動スポットの質量分析器による同定
Decyder解析により、変動が認められたスポットをゲルからきりだし、トリプシンを用いてゲル内消化した後、LC-Q-TOF/MSを用いてタンパク質の同定を行った。得られたデータピークを解析後、Mascot検索によりデータベースの情報を用いてタンパク質の同定を行ったところ、それぞれKrt6, Krt16, Krt17, Pfn1, Wars, Pdia6, Prdx1, Ppia, Fubp1, Fabp5, Pgm2, Ran, S100A9, Lgals7, Tuba1, Serpinb1, Taldo1のタンパク質であることが明らかとなった(表2)。また変動が認められたスポットの位置については、前述の図4(a)(b)に示されている。発現量の増減変化について図5〜7に示す。図5は、LMD法により得られた表皮サンプル6個のタンパク質を示し、図6、7は湯せん法により得られた表皮サンプル11個(14個の内、LMD法と重複する3個のタンパク質、keratin6A、keratin17、keratin16を除いた)のタンパク質を示す。
上記(2)の結果とこの同定の結果によって判明した増加した4種類のタンパク質をグループ1(G1)、減少した13種類のタンパク質をグループ2(G2)として表記した。
グループ1(G1)の4種類のタンパク質は、表2中のspot
No.7のperoxiredoxin 1、
No.8のpeptidylprolyl isomerase A、
No.9のfar upstream element (FUSE) binding protein 1、
No.11のras−related nuclear protein
である。
グループ2(G2)の13種類のタンパク質は、表2中のspot
No.1のKeratin 6A、
No.2のProtein disulfide−isomerase A6 precursor、
No.3のKeratin 17、
No.4のprofilin 1、
No.5のtryptophan―tRNA ligase、
No.6のKeratin 16、
No.10のphosphoglycerate mutase 2、
No.12のS100 calcium binding protein A9 (calgranulin B)、
No.13のlectin, galactose binding, soluble 7、
No.14のfatty acid binding protein 5, epidermal、
No.15のtubulin, alpha 1、
No.16のserine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade B, member 1a、
No.17のtransaldolase 1
である。
【0072】
【表2】

【0073】
[2.試験2 光老化誘導シワ形成、形成抑制マウス皮膚を用いたプロテオーム解析]
プロテオーム解析によって変動が認められたタンパク質について、市販の特異的な抗体を購入し、ウエスタンブロッティング(WB)による検証を行った。WBを行った結果を図8(a)(b)に示す。次にWBにより得られたX線フィルムの黒化画像をImage Jを用いて数値化し、解析を行った。得られたWBの結果および解析結果を示す。図8(b)に示す湯せん法により得られた11個のタンパク質は湯せん法により得られた14個のタンパク質のうち、LMD法と重複する3個のタンパク質、keratin6A、keratin17、keratin16を除いたものである。
実験の結果、検証を行った全てのタンパク質(Krt6, Krt16, Krt17, Pfn1, Wars, Pdia6, Prdx1, Ppia, Fubp1, FABP5, Pgm2, Ran, S100A9, Lgals7, Tuba1, Serpinb1, Taldo1)について、WBでも再現性が認められた。つまりプロテオーム解析での変動が検証でき、シワ有り無しで変動する17種のシワマーカー候補の取得に成功した。またこれらのタンパク質を特異的な抗体を用いて検出すれば、シワもしくは光老化状態を容易に判定することが可能であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
シワの形成あるいは抑制に伴って発現が増加するタンパク質及び減少するタンパク質を見出した。これらのタンパク質の発現変動を検定することにより、シワの消長の原因や症状と関係するより正確な診断や発症の危険度の判定が可能となる。また、これらのマーカーをシワなどの老化や光老化の治療薬の開発や予防薬あるいは化粧品および健康食品への開発等に利用出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の17種類のタンパク質のいずれかからなるシワマーカー。
(G1):
(1)peroxiredoxin 1 、
(2)peptidylprolyl isomerase A、
(3)far upstream element (FUSE) binding protein 1、
(12)ras−related nuclear protein
の4種類からなる群より選択されるタンパク質
(G2):
(4)Keratin 6A、
(5)Keratin 16、
(6)Keratin 17、
(7)profilin 1、
(8)tryptophan―tRNA ligase、
(9)Protein disulfide−isomerase A6 precursor、
(10)fatty acid binding protein 5, epidermal、
(11)phosphoglycerate mutase 2
(13)S100 calcium binding protein A9 (calgranulin B)
(14)lectin, galactose binding, soluble 7
(15)tubulin, alpha 1
(16)serine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade B, member 1a
(17)transaldolase 1
の13種類からなる群より選択されるタンパク質
【請求項2】
請求項1記載のシワマーカーとなるタンパク質の発現量の変化を調べることにより、被験物質の皮膚のシワ形成に対する影響を調べる方法。
【請求項3】
シワの形成要因が、紫外線被曝であることを特徴とする請求項2記載の方法。



【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−164404(P2010−164404A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6494(P2009−6494)
【出願日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【Fターム(参考)】