説明

シートベルト用ポリエステル繊維

【課題】シートベルト用ウエビングに要求されるあらゆる特性、具体的には高い破断強力、優れたエネルギー吸収性能、薄くて適度な剛性をバランスよく兼ね備えたウエビングを得るためのポリエステル繊維を提供する。しかも特異な装置・設備を用いることなく低コストで製造できるポリエステル繊維とする。
【解決手段】繊維の荷重−伸長曲線における破断強度が7.5〜9.5cN/dtex、ターミナルモジュラスが5〜20cN/dtexであることを特徴とするシートベルト用ポリエステル繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシートベルト用ポリエステル繊維に関する。詳しくは高強力、高タフネス、高品位を兼ね備えたシートベルトウエビングを得るために好適なポリエステル繊維であり、しかも特異な装置・設備を要することなく、低コストでの生産が可能なポリエステル繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シートベルト装置は自動車をはじめ飛行機、ロケット、ジェットコースターなどの乗り物に搭乗した乗員の安全を確保する装置として欠かせないものであり、多くの乗り物に装備されている。シートベルト装置は繊維を製織してなるウエビング部とリトラクターと呼ばれる巻取り装置から構成されており、そのうちウエビング部では衝撃時に直接人体を保持・拘束する役割を担っている。ウエビングに要求される特性としては、第一に容易に破断しない高い強力、人体への衝撃を軽減する優れたエネルギー吸収性能が挙げられる。特に近年、安全に対する意識の高まりからかかる要求特性は一段と厳しくなってきている。その他としてリトラクターへの巻取り性が重要であり、厚みが薄く適度な剛性を有するウエビングとすることで、リトラクターへの巻取りがスムーズに行われ、安全に対する信頼をますます高めまるものである。また、シートベルトウエビングは技術面での要求のみならず、製造コストをいかに抑えるかという点での要求も強く、コストアップを伴わずあらゆる特性をバランスよく兼ね備えたウエビングの実現が望まれ続けている。
【0003】
これまでにシートベルト用ウエビングに関する技術は数多く提案されている。ウエビングの強力アップを図るため、いわゆる超高強力繊維を使用する方法があり、特許文献1ではアラミド繊維、特許文献2では全芳香族ポリエステル繊維を使用する方法が開示されている。特許文献1または特許文献2に記載の繊維を使用することで確かにウエビングの破断強力は格段に高まり、近年要求されるレベルをも容易にクリアすることができるが、繊維自体の伸びが小さいことに起因し、ウエビングのエネルギー吸収性能の面では不十分な結果しか得られず、また剛性が高すぎることからリトラクターへの巻取りがスムーズにいかず、時としてシートベルトの役割を果たさなくなることが懸念されるものであった。
【0004】
この点ポリエステル繊維、なかでもポリエチレンテレフタレート繊維は高強力、高タフネス、適度な剛性、優れた寸法安定性を兼ね備えており、シートベルト用ウエビングを構成する繊維材として最も適当な素材と考えられており、従来より採用されてきた。
【0005】
ポリエステル繊維を使用したシートベルトウエビングの高強力化を図る技術として特許文献3、4などがある。
【0006】
特許文献3では、ポリエステル繊維の高強度化を図るべく高重合度のポリマを高倍率延伸する方法が開示されている。しかしポリエステル繊維を高倍率延伸で品位よく製造するのは難しく、全糸切れ、単糸切れの誘発など実用上の問題が多く残るものであった。また、単に高倍率延伸によりポリエステル繊維自体の破断強度を高めたとしても、該ポリエステル繊維を使用してなるウエビングの強力は必ずしも十分なレベルには至らず、高強力ウエビングを得るために好適なポリエステル繊維という観点では、依然課題の残るものであった。
【0007】
特許文献4は、ウエビングに使用するポリエステル繊維の打ち込み本数を増やすことでウエビングの強力アップを期待したもので、繊維の単糸断面形状を扁平化することで打ち込み本数増によるウエビング厚みの増大を抑制した技術が開示されている。特許文献4に記載の技術によると高強力でありながら、厚みの薄いウエビングが得られるもののウエビング断面において繊維が最密充填構造をとっており、ウエビング剛性が高くなりすぎる結果、リトラクターへの巻取り性を損なう恐れがあった。また、扁平断面糸はその製造工程において冷却・加熱が均一に進まず、品位品質のバラツキや製糸性悪化を招くことがあり、安全装置に使用される繊維としては不安を残すものであった。
【0008】
上記の通りシートベルトウエビングに要求される各種特性、具体的には高い破断強力、優れたエネルギー吸収性能、薄くて適度な剛性をバランスよく兼ね備えたシートベルトウエビングを安定かつ低コストで得ることは容易ではなく、その実現は多方面から望まれているものであった。
【特許文献1】特開昭62−104938号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平8−72668号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開平6−17313号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2004−315984号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の通り従来技術では解決できなかった種々の課題について、ウエビングを構成するポリエステル繊維の荷重−伸長曲線に着目・検討した結果、達成されたものである。すなわち、荷重−伸長曲線を適切にコントールすることでシートベルト用として特に好適なポリエステル繊維を提供することにあり、つまり本発明のポリエステル繊維を使用することで、これまでに存在しなかった高い強力、優れたエネルギー吸収力を有するとともに厚みを増すことなく適度な剛性を保持したシートベルトウエビングが得ることができるものである。しかも本発明のポリエステル繊維およびそれからなるウエビングは、特異な設備・装置を要すことなく製造することができ、コスト面においても極めて有利な技術といえるものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述の目的を達成するため、本発明は主として次の構成を有する。すなわち、繊維の荷重−伸長曲線における破断強度が7.5〜9.5cN/dtex、ターミナルモジュラスが5〜20cN/dtexである。さらに、本発明のシートベルト用ポリエステル繊維は、次の(a)〜(d)のいずれか1つまたはその組み合わせを満たすことが好ましい態様であり、さらに優れた効果が期待できるものである。
(a)繊維の荷重−伸長曲線における破断伸度が12〜16%、4.0cN/dtex時の伸度が5.0〜6.5%である。
(b)繊維の乾熱100℃における乾熱収縮率S(100)、乾熱120℃における乾熱収縮率S(120)、およびその差ΔSが以下の特性を満たすこと。
(100)=0.6〜1.5%
(120)=2.0〜3.5%
ΔS =1.0〜2.5%
(c)乾熱100℃における収縮応力F(100)、乾熱180℃における収縮応力F(180)、および最大収縮応力を与えるときの温度T(max)が以下の特性を満たすこと。
(100)=0.10〜0.25cN/dtex
(180)=0.18〜0.40cN/dtex
(max)=200〜230℃
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリエステル繊維は、荷重−伸長曲線を適当にコントールされておりシートベルト用ウエビングとして好適に用いることができる。つまり、本発明のポリエステル繊維を使用することで、これまでに存在しなかった高い強力、優れたエネルギー吸収力を有するとともに厚みを増すことなく適度な剛性を保持したシートベルトウエビングを得ることができる。しかもポリエステル繊維、およびウエビングを製造するのに特異な装置を必要としないことから、コスト面でも極めて有利な技術である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明のシートベルト用ポリエステル繊維は高強度、高タフネス、高寸法安定性等を得るうえで実質的にエチレンテレフタレートを繰り返し単位とするポリマが使用される。ただし、かかる特性を損ねない範囲においてポリマの一部にイソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸などの酸成分、ブタンジオール、ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,4シクロヘキサンジオールなどのジオール成分を共重合したものであってもよい。また、ポリマには艶消しを主な目的として酸化チタン、炭酸カルシウム、カオリン、クレーなどの無機物、耐候性の向上を目的としてベンゾフェノン系、ベンゾトリアゾール系などの紫外線吸収剤、抗酸化剤、ラジカル補足剤などを含有していても何ら問題ない。さらに、ポリマ中に着色剤を含むものであってもよい。着色剤は、カーボンブラック、酸化亜鉛、酸化鉄などの無機着色剤、シアニン系、フタロシアニン系、アントラキノン系、アゾ系、ペリノン系、スチレン系、キナクドリン系などの有機着色剤が挙げられる。これら着色剤を含有したポリマを使用することで、着色したポリエステル繊維が得られ、シートベルトウエビング製造工程における染色工程を省略することができる。
【0014】
高強度、高タフネス繊維を得るうえで使用するポリエチレンテレフタレートまたはその共重合体の重合度は高い方が良い。具体的には固有粘度0.8以上、好ましくは0.9以上、より好ましくは1.0以上である。
【0015】
上述の固有粘度0.8以上のポリエチレンテレフタレートまたはその共重合体を溶融紡糸・延伸することで高強度、高タフネス繊維が得られるが、その破断強度は7.5〜9.5cN/dtex、好ましくは8〜9.5cN/dtexである。繊維の破断強度が7.5cN/dtex未満であると、後述するように破断強度に至るまでの荷重−伸長曲線をいくら適正にコントールしたとしても、ポリエステル繊維からなるシートベルトウエビングの強力は不足してしまい、近年要求されるレベルに達さないことがある。一方、破断強力が9.5cN/dtexを越えるものはそもそも製造することが難しく、無理に延伸することで全糸切れや単糸切れを誘発する結果となり、高品位のポリエステル繊維を安定に得ることができなくなる。
【0016】
本発明のシートベルト用ポリエステル繊維の最大かつ重要な特徴は、繊維の荷重−伸長曲線をコントロールすることであり、該繊維の破断点における傾き、いわゆるターミナルモジュラスは5〜20cN/dtexであり、8〜15cN/dtexであることがより好ましい。これまでウエビング強力をアップさせるには、例えば特許文献3に記載されているように単に使用する繊維の破断強度を高くさえすればよいと考えられていたが、本発明者らが鋭意検討した結果、破断点付近のモジュラスを低下させることが高強力ウエビングを得るためには特に有効な要件であることがわかった。
【0017】
シートベルトウエビングは、例えば1670dtexのポリエステル繊維を300本程度打ち込んでなるが、ウエビング強力は繊維の有する破断強力300本分の和とはならず、通常その和よりも低い値となる。図1に繊維の荷重−伸長曲線の例を示す。曲線(a)は繊維の破断点における傾き、いわゆるターミナルモジュラスが大きい場合を、曲線(b)は繊維の破断点における傾き、いわゆるターミナルモジュラスが小さい場合を示す。シートベルトウエビング内ではウエビングを構成する繊維に長さバラツキが存在するため、シートベルトウエビングに荷重がかかると一部の繊維には荷重が大きくかかり、また一部の繊維には荷重は小さくかかる。すなわちシートベルトウエビング全体として荷重がかかった場合に、ウエビングを構成する繊維すべてに一定の荷重がかかるのではなく、荷重のバラツキが存在する。そのため荷重が大きくかかった繊維が先に破断してしまい、結果シートベルトウエビングとして十分な物性を保てなくなってしまうのである。
【0018】
曲線(a)の場合はターミナルモジュラスが大きいため、荷重が大きくかかった繊維(長さが小さい)が破断する時点で、荷重が小さくかかった繊維(長さが大きい)は破断するまでに伸張の余裕があり、荷重が小さくかかった繊維は繊維の物性が十分に活かされていないことになる。 一方、曲線(b)の場合はターミナルモジュラスが小さいため、荷重が大きくかかった繊維(長さが小さい)が破断する時点で、荷重が小さくかかった繊維(長さが大きい)も破断するまで伸張の余裕は小さく、荷重が小さくかかった繊維も物性が十分に活かされていることになる。
【0019】
すなわち従来の繊維は曲線(a)のように破断時の荷重は大きいものの、シートベルトウエビングに使用した場合にはウエビングを構成する繊維本来の特性が活かされていなかったのに対し、本願発明の繊維は曲線(b)のように破断時の荷重は劣るものの、ターミナルモジュラスが小さいため、ウエビングを構成する繊維本来の特性が活かされているのである。その結果、繊維一本の破断時の荷重は小さくても、シートベルトウエビングとして使用した場合には曲線(a)のような荷重−伸長曲線を示す繊維より優れた特性を示すこととなるのである。
【0020】
実際、曲線(a)のような荷重−伸長曲線を示す繊維を用いた場合、ウエビング強力を、ウエビングを構成する繊維の破断強力の和で除した値、いわゆる強力利用率はせいぜい75〜80%程度である。
【0021】
本発明のポリエステル繊維のターミナルモジュラスは5〜20cN/dtexである。かかる範囲のターミナルモジュラスを有するポリエステル繊維を使用することで、上述した通り各繊維の強力が最大限に発揮でき、ウエビングとしての高強力化が達成できるようになる。なお、本発明のポリエステル繊維から構成されるシートベルトウエビングで強力利用率を計算すると80%を越える値となっている。ターミナルモジュラスが5cN/dtexに満たない繊維はそもそも破断強力自体が低い場合が多く、シートベルト用繊維としては適当ではない。一方、ターミナルモジュラスが20cN/dtexを越える従来のポリエステル繊維の場合は、いくら繊維強力を高めても、ウエビング強力の向上効果は小さく、近年要求される強力レベルに達さない場合がある。
【0022】
次に本発明のシートベルト用ポリエステル繊維の破断伸度は12〜16%が好ましく、13〜15%であることがより好ましい。シートベルト用ウエビングには高強力と同時に高タフネスが求められるものであり、かかる範囲の伸度特性を有するポリエステル繊維を使用することで、エネルギー吸収性能に優れたウエビングが得られやすくなる。また、4.0cN/dtex時における伸度は5.0〜6.5%であることが好ましく、5.5〜6.5%であることがより好ましい。かかる範囲の伸び率とすることで、特に衝突直後に人体が受ける負荷を軽減でき、安全性の面で優れたウエビングが得られやすくなる。
【0023】
これまでシートベルトウエビングとしての強力を高める方法として、ポリエステル繊維のターミナルモジュラスを低下させる方法、つまりはウエビング内でウエビングを構成する繊維長さにバラツキがあることを前提に各々の繊維が有する破断強力を最大限に利用する方法について述べてきたが、ウエビング内における各繊維の長さバラツキ自体を低減させることでも、ウエビングとしての強力を大きくすることが期待できる。
【0024】
そしてウエビング内で各繊維の長さバラツキが生じる原因について検討したところ、繊維の熱収縮挙動が関係していることがわかった。つまり、シートベルトウエビングは数百本の繊維を引き揃え製織した後、染色・熱セット工程に供されるが、ウエビング部位ごとに受ける熱量が異なった場合に各繊維の収縮挙動に差が生じ、ウエビング内における長さバラツキの一因となって現れることを突き止めた。この点を考慮し、本発明のシートベルト用ポリエステル繊維は収縮率自体を低く抑え、また、熱による収縮率変化を小さくすることが好ましい。すなわち本発明のポリエステル繊維収縮率は、100℃下における乾熱収縮率S(100)では0.6〜1.5%であることが好ましく、0.8〜1.3%であることがより好ましい。また120℃下における乾熱収縮率S(120)では2.0〜3.5%であることが好ましく、2.3〜3%であることがより好ましい。また、S(100)とS(120)の差ΔSは1.0〜2.5%であることが好ましく、1.3〜2%であることがより好ましい。かかる範囲の収縮率を有するポリエステル繊維からなるウエビングは、高強力が得られやすくなり、特に好ましい。なお、染色工程初期において、シートベルトウエビングはおよそ100〜120℃に達すると推定されている。
【0025】
本発明のポリエステル繊維の熱収縮応力は低い方が好ましく、乾熱100℃における収縮応力F(100)は0.10〜0.25cN/dtexであることが好ましく、0.12〜0.22cN/dtexであることがより好ましい。また乾熱180℃における収縮応力F(180)、0.18〜0.40cN/dtexであることが好ましく、0.25〜0.35cN/dtexであることがより好ましい。また、最大収縮応力を与えるときの温度T(max)は200〜230℃であることが好ましい。熱収縮応力をかかる範囲とすることで前述した通りウエビング製造工程において、ウエビングを構成する各繊維の寸法変化が抑制され、ウエビング内における繊維の長さバラツキが低減することができ、ウエビングとしての強力を大きくすることが期待できる。
【0026】
さらに上述の通りポリエステル繊維の乾熱収縮率、および熱収縮応力を特定の範囲とすることで、シートベルトウエビングの染色工程を安定化し、高品位の着色ウエビングが得られるという効果も発現する。繊維の収縮率、収縮応力がウエビングの染色工程に与える影響について、厳密に解析したわけではなく、本発明の範囲とすることで染色工程が安定化したメカニズムについての確証もないが、ウエビング強力が向上するのと同様にウエビング内で繊維長さのバラツキが低減した結果、ウエビング内での染液の流路、移動速度が均一化するためではないかと考えている。
【0027】
引き続き、本発明のシートベルト用ポリエステル繊維を得るための方法について説明する。本発明のシートベルト用繊維は荷重−伸長曲線を適当にコントロールしたものであるが、特異な装置・設備を用いることなく、産業用高強度ポリエステル繊維を製造する通常の方法をベースにすればよい。
【0028】
まず、固有粘度が0.8以上のポリエチレンテレフタレートチップを溶融・濾過したのち口金細孔から紡出する。次に口金直下において紡出糸条はポリマの融点以上、例えば270〜350℃に加熱せしめた雰囲気中を通過した後、50℃以下の冷却風にて冷却固化される。かかる温度履歴を経ることで、高強度、高タフネスのポリエステル繊維を品位よく製造することが可能となる。冷却後の糸条は油剤を付与され、所定の回転速度で回転する引き取りローラに捲回して引き取られる。引き続き、順次高速回転するローラに捲回することで延伸を行う。延伸は4.5〜6.5倍の倍率で2〜3段に分けて実施することが好ましく、破断強度7.5〜9.5cN/dtexを有した高強力繊維が高品位で安定に得られやすくなる。
【0029】
延伸後の糸条には熱セット、弛緩処理を施すが、この工程が本発明のポリエステル繊維、すなわちシートベルト用として極めて好適な荷重−伸長挙動を示すポリエステル繊維を得るうえで重要である。
【0030】
従来のシートベルト用ポリエステル繊維では、延伸後の強度低下を回避するため、熱セットを施す最終延伸ローラの温度をあまり高く設定せず、最終延伸ローラと弛緩ローラとの速度差である弛緩率についても、できる限り低く設定し製造されていた。これに対し本発明のポリエステル繊維は最終延伸ローラの温度を融着等の問題が起こらない範囲においてできる限り高く、例えば235℃〜255℃に設定し、かつ、できる限り大きな弛緩率、例えば2〜5%を採用することで得られるのである。実際、高温の熱セット・高率の弛緩処理によりポリエステル繊維自体の強度は低下傾向にあるものの、先に説明した破断点における荷重−伸長曲線の傾き、すなわちターミナルモジュラスが低下することにより強力利用率が大きくなり、さらに乾熱収縮率および熱収縮応力の低下によりウエビング中における長さバラツキが低減することから、該繊維を使用したウエビングは優れた強力を有するものとなる。
【0031】
熱セット・弛緩処理後の糸条には、高圧空気を噴射し交絡処理を施すことが好ましい。糸条に付与する交絡は多くかつ均一であることが望ましく、繊維長1mあたりの交絡数(CF値)は15〜30あれば十分である。糸条に交絡処理を施すことでウエビング製織等の工程通過性が向上し高品位のシートベルトウエビングが高収率で得られるようになる。
【0032】
本発明のシートベルト用ポリエステル繊維を使用して、シートベルト用ウエビングを製造する場合においても特異の方法は必要とせず、常法によることができる。例えば、製織はニードル型織機を使用しタテ糸張力は0.05〜1.5cN/dtex程度に、ヨコ糸は0.05〜1.5cN/dtex程度にコントロールすればよい。続く染色工程では製織工程で得られたウエビングを公知のポリエステル用分散染料および補助剤などを含む染色液に浸漬させた後、発色槽、水洗槽、熱セット槽で順次処理すればよい。
【0033】
かくして得られるシートベルトウエビングは高強力、高タフネスを保持しつつ、厚みが薄く適度な剛性を有すことから巻取り性能にも優れたものとなる。しかも本発明のポリエステル繊維および該ポリエステル繊維からなるウエビングは、特異な設備・装置を要すことなく製造することができ、コスト面においても極めて有利である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。なお、各種物性は次に方法により算出した。
【0035】
[ポリマの固有粘度(IV)]:
試料8.0gにオルソクロロフェノール100mlを加えて、160℃×10分間加熱溶解した溶液の相対粘度ηrをオストワルド粘度計を用いて測定し、次の近似式に従い算出した。
IV=0.0242ηr+0.02634
【0036】
[総繊度]:
JIS L−1013(1999)8.3.1正量繊度a)A法に従って、所定荷重5mN/tex×表示テックス数、所定糸長90mで測定した。
【0037】
[破断強力・破断強度・破断伸度・ターミナルモジュラス]:
試料を気温20℃、湿度65%の温調室において、オリエンテック(株)社製“テンシロン”(TENSILON)UCT−100でJIS L−1013(1999)8.5.1標準試験時に示される定速伸長条件で測定した。このときの掴み間隔は25cm、引張速度は30cm/min、試験回数は10回であった。なお、破断伸度は荷重−伸長曲線における最大強力を示した点の伸びから求めた。ターミナルモジュラスは破断点(最大強力を示す点)からゼロ点方向に接線を引き、その傾きから求めた。
【0038】
[4.0cN/dtex時の伸度]:
上記[破断強力・破断強度・破断伸度・ターミナルモジュラス]の測定で得られた荷重−伸長曲線から4.0cN/dtex時の伸び(%)を読みとった。
【0039】
[乾熱収縮率]:
JIS L−1013(1999)8.18.2乾熱収縮率a)かせ収縮率(A法)に従って、試料採取時の所定荷重5mN/tex×表示テックス数、かせ長測定時の所定荷重200mN/tex×表示テックス数とし、処理温度100℃でS(100)を、また処理温度120℃でS(120)を求めた。またその差ΔSは以下の式より求めた。
ΔS=S(120)−S(100)
【0040】
[収縮応力および最大収縮応力を与えるときの温度T(max)]:
試料を東洋ボールドウィン社製SS−207D−UE歪み測定機に取り付け、東洋ボールドウィン社製TKC−IIIS加熱炉を用い昇温しながら温度−熱収縮応力曲線を描き、各温度での収縮応力および最大収縮応力を与えるときの温度を読みとった。このときの試料長は25cm、初荷重として0.045cN/dtexの荷重をかけた。測定温度範囲は25℃〜260℃とし、昇温速度を5℃/minに設定した。各試料について2回の測定を行い平均値を求めた。
【0041】
[交絡数(CF値)]:
JIS L−1013(1999)8.15に従って、おもりの重量を0.22mN/tex×表示テックス数、フックの他端に所定荷重表示テックス数/フィラメント数×1.09mN、下降速度1〜2cm/secで下降させ、次式により算出した。
CF値=100(cm)/下降距離(cm)
【0042】
[ウエビングの引張強力・11.1kN時の伸度]:
JIS D−4604(1995)7.4に従って測定した。このときのクランプ間距離は220mm、引張速度10cm/min、試験回数5回であった。なお、11.1kN時の伸度は荷重−伸長曲線における11.1kNの荷重を示したときの伸びから求めた。
【0043】
[強力利用率]:
以下式の通りウエビング引張強力をウエビングを構成するポリエステル繊維の破断強力と使用本数の積で除して算出した。
強力利用率(%)=(ウエビング引張強力(N))×100/(繊維の破断強力(N)× 打ち込み本数(本))
【0044】
[ウエビングの厚み]:
ミツトヨ製厚み測定器156−101を用いてウェビングの両端(左端、右端)、および中央部を各3回合計9回測定し平均値を求めた。
【0045】
[ウエビングの剛性]:
JIS L−1096 8.20.1の方法に従って、長さ38.1mm、幅12.7mmのサンプルを採取し、テスター産業株式会社製ガーレ式スティフネステスターを用いて測定した。
【0046】
[実施例1]
固有粘度1.2のポリエチレンテレフタレート100重量部に対して、酸化チタンを0.1重量部含有したポリエチレンテレフタレート樹脂組成物をエクストルーダ型紡糸機で溶融し、計量ポンプで吐出量468g/分となるように調整した後、紡糸パック内で濾過し紡糸口金より紡出した。溶融ポリマ温度が300℃となるようにエクストルーダ、スピンブロック、紡糸パックの温度をそれぞれ調整した。紡糸口金には孔数144、円形孔型のものを使用した。
【0047】
紡出された糸条は温度320℃、長さ300mmの加熱筒を通過させた後、20℃の冷却風を30m/minの風速で糸条に吹き付け、冷却固化させた。次に冷却糸条に油剤を付与し、70℃に設定された引き取りローラで引き取ったのち順次高速回転する加熱された供給ローラ、第1延伸ローラ、最終延伸ローラ、および最終延伸ローラより低速回転する弛緩ローラに捲回し延伸・熱セット・弛緩処理を施した。
【0048】
ここで供給ローラの表面温度を110℃、第1延伸ローラの表面温度を120℃に設定した。また、供給ローラと第1延伸ローラの速度差で表される1段目倍率を3.6倍に設定した。最終延伸ローラと引取ローラの速度差で表される延伸倍率、最終延伸ローラと弛緩ローラの速度差で表される弛緩率、および最終延伸ローラの設定温度を表1に示す。
【0049】
弛緩処理後の糸条に高圧空気を噴射することで交絡処理を施し巻取り機にて巻取り、1670dtex−144フィラメントのシートベルトタテ糸用のポリエステル繊維を製造した。得られたポリエステル繊維の特性を表2に示す。
【0050】
これとは別に固有粘度1.2ポリエチレンテレフタレート100重量部に対して、酸化チタンを0.1重量部含有したポリエチレンテレフタレート樹脂組成物をエクストルーダ型紡糸機で溶融し、計量ポンプで吐出量232g/分となるように調整し、紡糸パック内で濾過し紡糸口金より紡出した。溶融ポリマ温度が300℃となるようにエクストルーダ、スピンブロック、紡糸パックの温度をそれぞれ調整した。紡糸口金には孔数96、円形孔型のものを使用した。
【0051】
紡出された糸条は温度300℃、長さ150mmの加熱筒を通過させた後、20℃の冷却風を30m/minの風速で糸条に吹き付け、冷却固化させた。次に冷却糸条に油剤を付与し、70℃に設定された引き取りローラで引き取ったのち順次高速回転する加熱された供給ローラ、第1延伸ローラ、最終延伸ローラ、および最終延伸ローラより低速回転する弛緩ローラに捲回し延伸・熱セット・弛緩処理を施した。ここで供給ローラの表面温度を110℃、第1延伸ローラの表面温度を120℃、最終延伸ローラの表面温度を210℃に設定した。また、供給ローラと第1延伸ローラの速度差で表される1段目倍率を3.4倍、引取ローラと最終延伸ローラの速度差で表される総延伸倍率を5.3倍、最終延伸ローラと弛緩ローラの速度差で表される弛緩率を2%に設定した。弛緩処理後の糸条に高圧空気を噴射することで交絡処理を施し巻取り機にて巻取り、830dtex−96フィラメント、強力63(N)、強度7.6(cN/dtex)、伸度20%のシートベルトヨコ糸用のポリエステル繊維を製造した。
【0052】
引き続き、得られたシートベルトタテ糸用ポリエステル繊維280本を引き揃え、直接ニードル型織機に導き2up2downの条件で製織し50mm幅のウエビングを得た。製織時のタテ糸張力は0.5cN/dtexに調整した。なお、ヨコ糸には前記得られた830dtex−96フィラメントのポリエステル繊維を使用し、0.5cN/dtexの張力条件で20本/inchになるように調整して打ち込んだ。次に得られたウエビングを分散染液浴に浸漬させ、赤外線ヒータにより予備乾燥し200℃の発色槽にて発色させた。引き続き水洗槽で余分な染液を水洗除去し、150℃の乾熱下において1分間の熱処理を行いシートベルト用ウエビングを製造した。得られたシートベルト用ウエビングの特性を表2に併せて示す。
【0053】
[実施例2、3、比較例1〜3]
引取ローラと最終延伸ローラの速度差で表される延伸倍率、最終延伸ローラと弛緩ローラの速度差で表される弛緩率、最終延伸ローラの表面温度を表1に示す値に設定した以外は実施例1と同様にした。得られたポリエステル繊維の特性、および得られたシートベルト用ウエビングの特性を表2に示す。
【0054】
[実施例4、5]
紡糸口金に孔数72の円形孔型のものを使用し吐出量を330g/分に調整した以外は実施例1と同様の方法で1100dtex−72フィラメントのポリエステル繊維を製造した。得られたポリエステル繊維の特性の特性を表2に示した。
【0055】
引き続き得られたポリエステル繊維を430本引き揃え、実施例1と同様の方法でシートベルト用ウエビングを製造した。得られたシートベルト用ウエビングの特性を表2に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表2から明らかなように、本発明のシートベルト用ポリエステル繊維は高強度でありながら、荷重−伸長曲線における破断点でのターミナルモジュラスが低い値となっており、それからなるウエビングはシートベルト用として求められるあらゆる特性をバランスよく兼ね備えたものとなっている。具体的には高強力、高エネルギー吸収性を有し、厚みが薄く適度な剛性を有すウエビングが得られている。しかも本発明のポリエステル繊維、およびシートベルト用ウエビングは、特異な設備・装置を要すことなく製造することができ、コスト面においても極めて有利な技術といえるものである。一方、比較例1のポリエステル繊維はターミナルモジュラスが高いことから、いくら繊維自体の破断強度を高めても、該繊維からなるウエビングの強力は高くならず、安全装置としての信頼性を損なうものであった。逆に比較例2では繊維自体の破断強度が低いことから、破断点付近でのターミナルモジュラスを比較的低く抑えたとしても、得られるウエビングは強力不足となってしまっている。また、破断強度、ターミナルモジュラスとも本発明の範囲外にある比較例3のポリエステル繊維からなるウエビングでは強力が大幅に低下してしま、シートベルトとしての役割を果たさないものであった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のポリエステル繊維は、荷重−伸長曲線を適当にコントールした繊維であってシートベルト用ウエビングとして好適に用いられる。つまり、本発明のポリエステル繊維を使用することで、これまでに存在しなかった高い強力、優れたエネルギー吸収力を有するとともに厚みを増すことなく適度な剛性を保持したシートベルトウエビングを初めて得ることができるようになるものである。しかもポリエステル繊維、およびウエビングを製造するのに特異な装置を必要としないことから、コスト面でも極めて有利な技術といえる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】繊維の荷重−伸長曲線の例を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
(a):ターミナルモジュラスが大きい場合の曲線
(b):ターミナルモジュラスが小さい場合の曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維の荷重−伸長曲線における破断強度が7.5〜9.5cN/dtex、ターミナルモジュラスが5〜20cN/dtexであることを特徴とするシートベルト用ポリエステル繊維。
【請求項2】
繊維の荷重−伸長曲線における破断伸度が12〜16%、4.0cN/dtex時の伸度が5.0〜6.5%であることを特徴とする請求項1に記載のシートベルト用ポリエステル繊維。
【請求項3】
繊維の乾熱100℃における乾熱収縮率S(100)、乾熱120℃における乾熱収縮率S(120)、およびその差ΔSが以下の特性を満たすことを特徴とする請求項1または2に記載のシートベルト用ポリエステル繊維。
(100)=0.6〜1.5%
(120)=2.0〜3.5%
ΔS =1.0〜2.5%
【請求項4】
乾熱100℃における収縮応力F(100)、乾熱180℃における収縮応力F(180)、および最大収縮応力を与えるときの温度T(max)が以下の特性を満たすことを特徴する請求項1〜3いずれか1項に記載のシートベルト用ポリエステル繊維。
(100)=0.10〜0.25cN/dtex
(180)=0.18〜0.40cN/dtex
(max)=200〜230℃

【図1】
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【公開番号】特開2009−242954(P2009−242954A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−87393(P2008−87393)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】