説明

ジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法

【課題】ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物の製造方法において、過カルボン酸を調製、保管、移送させる工程を経ることなく、最終生成物たるジアシロキシ化ヨウ素化合物を得る。
【解決手段】ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合し、混合溶液を−10〜100℃に保持しつつ、ここに過酸化水素を添加し、さらに−10〜100℃で0〜100時間熟成させることにより、ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物をワンポットで製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物の製造方法に関し、特に作業の安全性を向上させる上で好適なジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(ジアセトキシヨード)ベンゼンに代表されるジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法としては、例えば(ジアセトキシヨード)ベンゼンに関して、ヨードベンゼンに40%過酢酸(過酢酸40%、酢酸39%、過酸化水素5%、水15%、硫酸1%)を直接反応させる方法(OS法:例えば、非特許文献1参照。)や、一旦別の反応器で過酸化水素水溶液、酢酸および触媒としての硫酸より調製した過酢酸をOS法と同様にヨードベンゼンに滴下して反応させる方法(例えば、特許文献1、2参照)などが知られている。
【0003】
これらのOS法や、特許文献1、2に開示の方法では、過酢酸を購入するかもしくは自分たちで調製するかの違いはあるものの、基本的に過酢酸をヨードベンゼンに添加するという類似の方法が行われている。ヨードベンゼンと過酢酸との反応は下記反応式(1)に示されるように進行し、目的とされる(ジアセトキシヨード)ベンゼンが生成される。
【0004】
【化1】

【0005】
OS法や、特許文献1、2に開示の方法によって製造される(ジアセトキシヨード)ベンゼンは、過酸化水素によって下記反応式(2)に示すように分解反応が進行することが知られている。
【0006】
【化2】

【0007】
そのために、これまでは過酢酸を購入するか、もしくは反応系外において自ら調製する等して、得られた過酢酸とヨードベンゼンを反応させる方法が行われてきた。つまり、これまでは(ジアセトキシヨード)ベンゼン製造にあたり、反応系内に直接過酸化水素を添加するという方法は行われていなかった。
【0008】
しかしながら、過酢酸のような有機過酸化物は非常に顕著な危険物としての性質を有しており、しばしば火災・爆発事故の原因となっている物質である。特に、有機過酸化物の調製、保管、および移送の工程においては事故誘発の可能性が大きく、事故例も後を絶たない。特に、OS法で用いられている40%過酢酸といった高濃度のものになれば、それなりに事故の発生率も高まり、また事故による被害も甚大なものとなることは明白である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−354617号公報
【特許文献2】特開2003−238496号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Organic Syntheses, Coll. Vol. 5, p.660 (1973)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明の目的は、環境調和性が高く、また過酢酸よりも取扱いにおいて安全な過酸化水素を酸化剤として使用し、また過酢酸のような過カルボン酸を調製、保管、移送する工程のない、簡便なワンポットプロセスにより安全にジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有するジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物の混合溶液に過酸化水素を添加することによって、ワンポットでジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物を安全に製造できる方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明の製造方法は例えば図式的に示すと下記の図1に示すフローチャートのようになる。なお、図1のフローチャートは例示であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0014】
また、その反応式は、ヨウ素化合物としてヨードベンゼン、カルボン酸無水物として無水酢酸を例として、また、最終生成物たるジアシロキシ化ヨウ素化合物として(ジアセトキシヨード)ベンゼンを例にすると、下記反応式(3)のようになる。
【0015】
【化3】

【0016】
但し、反応式(3)は本発明を詳細に説明するために示した例示であり、本発明はこの例示された化合物に限定されるものではない。
【0017】
第1発明は、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加することにより、ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物をワンポットで製造することを特徴とする。
【0018】
第2発明は、第1発明において、上記混合溶液を−10〜100℃に保持しつつ、上記過酸化水素を添加することを特徴とする。
【0019】
第3発明は、第1又は第2発明において、上記混合溶液に対して触媒として酸を添加することを特徴とする。
【0020】
第4発明は、第1〜第3のうち何れかの発明において、上記過酸化水素を添加後、さらに−10〜100℃で0〜100時間熟成させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明を適用したジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法によれば、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に過酸化水素を添加することにより、最終生成物たるジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物をワンポットで簡便に製造することが可能であり、また、過酢酸のような過カルボン酸を調製、保管、および移送する工程を含まないことから、工業的に安全で有益な製造方法を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る化合物の製造方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態として、ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有するジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法について詳細に説明をする。
【0024】
ジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法
【0025】
本発明を適用したジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法では、反応式(3)の例において示されるように、ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物を製造するものである。
【0026】
【化3】

【0027】
なお、反応式(3)は、本発明を詳細に説明するための例示であり、本発明はこの例示された化合物に限定されるものではない。
【0028】
この反応式(3)では、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加することにより、ジアシロキシ化ヨウ素化合物をワンポットで製造するものである。この反応式(3)において、ヨウ素化合物の例としてはヨードベンゼンを、またカルボン酸無水物の例としては無水酢酸を例に挙げている。また得られる最終生成物としてのジアシロキシ化ヨウ素化合物は、(ジアセトキシヨード)ベンゼンを例に挙げている。
【0029】
本発明を適用したジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法は、例えば図1に示すフローチャートに基づいて実行される。
【0030】
先ず、ステップS11において、カルボン酸無水物と触媒とヨウ素化合物を混合する。
【0031】
次に、ステップS12に移行し、過酸化水素を添加する。この過酸化水素の添加により反応混合物の温度が上昇する場合があるので、カルボン酸無水物と触媒とヨウ素化合物の混合物に対して、少しずつ滴下するようにしてもよい。この過酸化水素を添加する際の、反応混合物の温度は−10〜100℃、好ましくは20〜50℃に維持することがよい。
【0032】
次にステップS13へ移行し、反応混合溶液を熟成させる。このときの熟成温度は−10〜100℃、好ましくは20〜60℃で、且つ熟成時間は0〜100時間、好ましくは2〜30時間がよい。
【0033】
ちなみにステップS11において添加するカルボン酸無水物は、例えば無水蟻酸、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水トリフルオロ酢酸、無水安息香酸、無水フタル酸、無水マレイン酸、または無水コハク酸などのカルボン酸無水物である。
【0034】
ステップS11において添加する触媒は、例えば硫酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、リン酸、ヨウ素酸、過ヨウ素酸、臭素酸、過臭素酸、塩素酸、過塩素酸、酢酸、炭酸、ホウ酸、ホスフィン酸、ホスホン酸、安息香酸、サリチル酸、シュウ酸、またはフェノール等である。なお、このステップS11において触媒を添加するのは必須ではなく、触媒を添加しなくてもよい。
【0035】
ステップS11において添加するヨウ素化合物は、1個以上のヨウ素置換基を有し、ヘテロ原子を含んでいてもよい芳香族化合物、および1個以上のヨウ素置換基を有し、不飽和結合を含んでいてもよく、また直鎖状でも分枝鎖状でも環状でもよい脂肪族化合物である。さらに、ステップS11において添加するヨウ素化合物は、ヨウ素置換基以外の置換基を1個以上有していてもよい。
【0036】
このステップS11において添加するヨウ素化合物を構成する上述の芳香族化合物は、例えばベンゼン、ビフェニル、ターフェニル、ナフタレン、アズレン、アントラセン、フェナントレン、テトラセン、クリセン、ヘリセン、またはフラーレンなどの芳香族炭化水素化合物、もしくはフラン、チオフェン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール、イソキサゾール、チアゾール、チアジアゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、トリアジン、ベンゾフラン、インドール、チアナフテン、ベンズイミダゾール、ベンゾキサゾール、ベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾール、プリン、キノリン、イソキノリン、チノリン、キノキサリン、ジベンゾチオフェン、アクリジン、フェナントロリン、またはカルバゾールなどのヘテロ原子を含む芳香族化合物、もしくはフルオレン、クロマン、イソクロマン、キサンテン、チアントレン、フェノキサチイン、インドリン、イソインドリン、またはキノリジンなどの芳香族化合物と環状脂肪族化合物が縮環した化合物等である。
【0037】
また、ステップS11において添加するヨウ素化合物を構成する上述した脂肪族化合物は、メタン、エタン、プロパン、n-ブタン、イソブタン、n-ペンタン、イソペンタン、ネオペンタン、またはn-ヘキサンなどの直鎖状または分枝鎖状脂肪族炭化水素、もしくはシクロプロパン、シクロブタン、シクロペンタン、シクロヘキサン、アダマンタン、ノルボルナン、またはノルボルネンなどの環状脂肪族炭化水素、もしくはピロリジン、ピロリン、イミダゾリジン、イミダゾリン、ピラゾリジン、ピラゾリン、ピペリジン、ピペラジン、テトラヒドロフラン、ピラン、またはモルホリンなどの非芳香族複素環状脂肪族化合物等である。
【0038】
ステップS11において添加するヨウ素化合物が有していてもよいヨウ素置換基以外の置換基とは、例えば、メチル基、エチル基、またはn-プロピル基などのアルキル基、ビニル基、プロペニル基、メチルプロペニル基、またはブテニル基などのアルケニル基、エチニル基、1−プロピニル基、2−プロピニル基、2−ブチニル基、ペンチニル基、またはヘキシニル基などのアルキニル基、もしくはニトリル基、ホルミル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、カルボキシル基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、ヒドロキシル基、アルコキシ基、アシロキシ基、ハロゲン基、またはスルホ基等である。
【0039】
また、ステップS12において添加する過酸化水素は、具体的に、5〜60%濃度の水溶液、好ましくは25〜35%濃度の水溶液、もしくは過酸化尿素、過炭酸のアルカリ金属塩などの過酸化水素付加体等である。
【0040】
なお、上述したステップS11以降の工程では、更にジアシロキシ化反応において溶媒を使用することができる。この溶媒の例としては、酢酸、無水酢酸、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロエタン、アセトニトリル、酢酸エチル、ベンゼン、トルエン、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、テトラヒドロフラン、またはジオキサン等を使用してもよい。
【0041】
上述の如きプロセスで構成される本発明を適用したジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法では、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加することにより、最終生成物たるジアシロキシ化ヨウ素化合物をワンポットで製造することを特徴としている。
【0042】
従来においては、過酢酸の酢酸溶液の調製を別の反応器で行わせるか、もしくは既製品の過酢酸を購入、保管しておき、この調製した、もしくは貯蔵している過酢酸の酢酸溶液を後からヨウ素化合物に添加して反応させ、反応式(1)によって示される反応を行わせていた。
【0043】
これに対してヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加して、ワンポットでジアシロキシ化ヨウ素化合物を製造する本発明によれば、反応式(3)に例として示される(ジアセトキシヨード)ベンゼン製造反応と同様の反応が進行することになる。かかる反応が進行する過程において、反応系中においては下記反応式(4)に例示される無水酢酸と過酸化水素から過酢酸と酢酸が生成する反応と同様の反応が起きる可能性がある。
【0044】
【化4】

【0045】
この生じた過カルボン酸は反応式(4)に示される反応における過酢酸と同様の反応により、共存するヨウ素化合物と速やかに反応し、最終生成物たるジアシロキシ化ヨウ素化合物を生成することになる。その結果、過カルボン酸が生成した場合でも、同じ反応器内で速やかに消費されることになる。
【0046】
このように、本発明によれば、ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加することにより、最終生成物たるジアシロキシ化ヨウ素化合物をワンポットで製造する上で、過カルボン酸が反応系中で生成した場合でも、これを即座に共存するヨウ素化合物と反応させることにより消費することができる。その結果、危険性を有する過カルボン酸を調製、保管、移送させる工程を経ることなくジアシロキシ化反応を行わせることが可能となり、より安全なジアシロキシ化ヨウ素化合物の製造方法を提供することが可能となる。
【実施例1】
【0047】
200mlの丸底フラスコに無水酢酸96.68g(947.0mmol)、硫酸14.7mg(0.15mmol)、およびヨードベンゼン10.2g(50.0mmol)を加え、25〜27℃に保持された湯浴に浸して5分程度攪拌した。ここに、反応混合物の温度が40℃を超えないように速度を調節しながら、30%過酸化水素水溶液17.0g(過酸化水素量150.0mmol)を30分かけて滴下した。過酸化水素水溶液の滴下終了と同時に湯浴の温度を50℃まで加熱し、過酸化水素水溶液滴下開始時点から5時間となるまで50℃にて攪拌を行った。
【0048】
次に、反応混合物の容量を5分の1にまで減圧下にて濃縮し、室温に冷却した。ここに、ヘキサン85mlを徐々に加え、0℃にて1時間撹拌し、結晶を析出させた。析出した結晶を減圧ろ過により集め、ヘキサン30mlで2回洗浄を行った。得られた結晶を一度酢酸に溶解し、50℃で1時間攪拌後、溶媒を留去した。減圧下、50℃で3時間乾燥させ、I,I−(ジアセトキシヨード)ベンゼン15.2g(収率95%、純度95%(H−NMR))を得た。
【実施例2】
【0049】
50mlの丸底フラスコに無水酢酸18.8g(183.9mmol)、硫酸2.94mg(0.03mmol)、および1,4−ジヨードベンゼン1.7g(5.0mmol)を加え、25〜27℃に保持された湯浴に浸して5分程度攪拌した。ここに、反応混合物の温度が40℃を超えないように速度を調節しながら、30%過酸化水素水溶液3.4g(過酸化水素量30.0mmol)を30分かけて滴下した。過酸化水素水溶液の滴下終了と同時に湯浴の温度を50℃まで加熱し、過酸化水素水溶液滴下開始時点から5時間となるまで50℃にて攪拌を行った。室温まで冷却した後、水20mlを加え、30分室温にて攪拌した。析出した固体を減圧ろ過により集め、水20mlで2回洗浄を行った。減圧下、50℃で3時間乾燥させ、1,4−ビス[I,I-(ジアセトキシヨード)]ベンゼン2.7g(収率95.4%、純度95%(H−NMR))を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨウ素化合物とカルボン酸無水物とを混合した混合溶液に、過酸化水素を添加することにより、ジアシロキシ化されたヨウ素置換基を有する化合物をワンポットで製造すること
を特徴とする化合物の製造方法。
【請求項2】
上記混合溶液を−10〜100℃に保持しつつ、上記過酸化水素を添加すること
を特徴とする請求項1記載の化合物の製造方法。
【請求項3】
上記混合溶液に対して触媒として酸を添加すること
を特徴とする請求項1又は2記載の化合物の製造方法。
【請求項4】
上記過酸化水素を添加後、さらに−10〜100℃で0〜100時間熟成させること
を特徴とする請求項1〜3のうち何れか1項記載の化合物の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−74008(P2011−74008A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−226590(P2009−226590)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(392000888)合同資源産業株式会社 (16)
【Fターム(参考)】