説明

ジフルオロ酢酸エステルの製造方法

【課題】
ジフルオロ酢酸フルオライドを用いるエステル化の反応機構上副生するフッ化水素に起因して生成物の収率の低下を招くことのないジフルオロ酢酸エステルの製造方法を提供する。
【解決手段】
ROHで表されるアルコールとジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)を下式(1)で表されるアミド化合物または式(2)で表されるスルホン化合物からなるフッ化水素捕捉剤の存在下に接触させて反応液を得る反応工程と、反応工程で得られた反応液からCHFCOORで表されるジフルオロ酢酸エステルを留出物として得る蒸留工程(A)とを少なくとも有するジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【化】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体、反応試剤として使用されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法に関し、より詳しくは、反応で副生するフッ化水素を効率的に除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジフルオロ酢酸エステルは、(1)ジフルオロ酢酸とアルコール反応させる方法、(2)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンと硫酸とシリカを反応させる方法(非特許文献1)、(3)ジフルオロ酢酸フルオライドを含む反応粗ガスをエタノールとトリエチルアミンの混合物にバブリングさせて、引き続いて水洗後塩化メチレンで抽出してジフルオロ酢酸エチルを得る方法(特許文献1)、などが提案されている。
【0003】
カルボン酸フルオライドをアルコールとエステル化反応を行うとフッ化水素が副生するため、カルボン酸エステルとフッ化水素を分離することは不可欠である。その上、フッ化水素(HF)が原料のアルコールと共存すると金属やガラスに対する著しい腐食性を示すため、反応中にはフッ化水素を常に不活性化しておくことが望ましい。この様な不活性化の目的で、受酸剤としてフッ化ナトリウムを添加したり(特許文献2)、フッ化水素を塩として固定できるトリエチルアミンなどの三級アミン(特許文献1)や塩基性化合物(特許文献3)を反応系中に添加する方法が開示されている。しかし、これらの文献に記載の方法においては、塩として不活性化されたフッ化水素を除去ないしは無害化する目的で水溶液洗浄が行われているが、含フッ素カルボン酸エステルは加水分解性が高く水の添加によって分解するだけでなく、それに伴い生成した含フッ素カルボン酸とアルコールがエステル自身の水への溶解度が増すことから、回収率の低下が著しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−92162
【特許文献2】特開2006−137689
【特許文献3】特開2008−247815
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc., 1950 72, 1860
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
カルボン酸フルオライドとアルコールを反応させてエステルを合成する際に副生するフッ化水素を三級アミンや塩基性化合物で固定した塩は生成物であるエステルに溶解するため、層分離等の簡便な方法は適用できない。そのため、特許文献1では、ジフルオロ酢酸フルオライド、フッ化水素、エタノール、三級アミンを含む反応粗液を水洗して有機層と水層に分離し、有機層を取得するだけでなく水層を塩化メチレンで抽出して得られた有機物をも回収してこれらを併合し、その後、蒸留して目的とするジフルオロ酢酸エステルを収率90.3〜91.9%で得ている。また、特許文献3では、ジペンタエリスリトールとαF−アクリル酸フルオライドをジメチルホルムアミドの存在下エステル化して得られた反応液をMIBK(メチルイソブチルケトン)中に添加し、塩化水素(HCl)水溶液等で洗浄し、脱水してから濃縮してエステル変成したジペンタエリスリトールを得ている。
【0007】
これらの例において見られるように、副生したフッ化水素は通常水洗浄により除去しているが、水層への溶解による損失を低減させるため抽出操作を加えた煩雑な工程を採用している。
【0008】
そこで、本発明は、反応機構の本質上副生するフッ化水素に起因して生成物の収率が低下するという不利益のないジフルオロ酢酸エステルの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、反応液からジフルオロ酢酸エステルを効率的に回収することにより生成物の収率を向上させることについて検討したところ、特定のフッ化水素捕捉剤をフッ化水素の固定のために反応系中に存在させることで、フッ化水素を反応液に留めたままジフルオロ酢酸エステルを蒸留により効率的に回収できることを見出し、本発明に至った。特定のフッ化水素捕捉剤とは、二種類のヘテロ原子を含有する特定のアミド化合物およびスルホン化合物である。しかしながら、フッ化水素を含む特定の非極性有機溶媒からフッ化水素を除去するに際して水または塩基性水溶液を使用すると、これらのフッ化水素捕捉剤は水性液との分離性が不良であり、低回収率、廃棄物の増大等の現象が見られた。そこで、蒸留で得られたフッ化水素捕捉剤に三級アミンを添加してさらに蒸留すると、含まれるフッ化水素は三級アミンで固定でき、それによって遊離したフッ化水素捕捉剤を蒸留回収することができることを見出した。さらに、使用した三級アミンは塩基性水溶液で処理して回収し、本発明の反応生成物の処理に再使用できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は次の通りである。
【0011】
[発明1]
ROH(式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示す。)で表されるアルコールとジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)を下式(1)(式中、Aは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基、Bは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるアミド化合物または式(2)(式中、Dは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるスルホン化合物からなるフッ化水素捕捉剤の存在下に接触させて反応液を得る反応工程と、反応工程で得られた反応液からCHFCOOR(式中、Rは前記と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルを留出物として得る蒸留工程(A)とを少なくとも有するジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【化1】

【0012】
[発明2]
蒸留工程(A)が、実質的にフッ化水素を含まないジフルオロ酢酸エステルからなる留出物とフッ化水素を含むフッ化水素捕捉剤からなる缶液として得る蒸留工程である発明1のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0013】
[発明3]
蒸留工程(A)が、0℃〜120℃の缶液温度かつ常圧乃至減圧下において行う蒸留工程である発明1または発明2のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0014】
[発明4]
蒸留工程(A)において得られた缶液に炭素数12〜15の三級アミンを添加してさらに蒸留し、フッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物を得ると共にフッ化水素と該三級アミンとからなる成分を缶液とする蒸留工程(B)を有する発明1〜3のいずれかのジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0015】
[発明5]
蒸留工程(B)で得られた缶液に塩基性水溶液を接触させて三級アミンを分離回収する工程を有する発明4のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0016】
[発明6]
蒸留工程(B)で得られたフッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物を用いる発明1〜5のいずれかのジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0017】
[発明7]
フッ化水素捕捉剤が、N,N−ジメチルアセトアミドまたはN,N−ジメチルホルムアミドである発明1〜6のいずれかのジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0018】
[発明8]
三級アミンが、トリブチルアミンである発明4または発明5のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【0019】
[発明9]
ジフルオロ酢酸フルオライドが、CHFCFOR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られた熱分解生成物である発明1〜8のいずれかのジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明のジフルオロ酢酸エステルの製造方法は、特定のアミド化合物およびスルホン化合物からなるフッ化水素捕捉剤を使用することで反応収率が高く、また、反応液からジフルオロ酢酸エステルを効率的に回収することができるため、総合的な収率を高くすることができるという効果を奏する。また、本製造方法では生成物であるジフルオロ酢酸エステルは水と接触することがないため、加水分解による収率の低下や不純物の混入の問題を回避することができる。また、本製造方法は、使用するフッ化水素捕捉剤および三級アミンを容易に回収再使用できるので、環境負荷の小さいプロセスである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、ROH(式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示す。)で表されるアルコールとジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)を下式(1)(式中、Aは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基、Bは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるアミド化合物または式(2)(式中、Dは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるスルホン化合物からなるフッ化水素捕捉剤(本明細書において、単に「フッ化水素捕捉剤」ということがある。)の存在下に接触させて反応液を得る反応工程と、反応工程で得られた反応液からCHFCOOR(式中、Rは前記と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルを留出物として得る蒸留工程(A)とを少なくとも有するジフルオロ酢酸エステルの製造方法である。さらに、蒸留工程(A)で得られた缶液に三級アミンを添加して蒸留する工程を有することができる。
【化2】

【0022】
本発明に使用するROHで表されるアルコールは、Rが炭素数1〜4のアルキル基である。Rとしては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基を挙げることができる。アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、s−ブチルアルコール、t−ブチルアルコールが挙げられる。特にメタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコールが好ましく、エタノール、イソプロピルアルコールがより好ましい。
【0023】
本発明に係るCHFCOORで表されるジフルオロ酢酸エステルのアルキル基Rは、原料アルコールと同一のアルキル基Rである。したがって、Rは炭素数1〜4のアルキル基であり、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基を挙げることができる。ジフルオロ酢酸エステルとしては、CHFCOOCH、CHFCOOC、CHFCOOCHCHCH、CHFCOOCH(CH)、CHFCOOCHCHCHCH、CHFCOOCH(CH)CHCH、CHFCOOC(CHが挙げられる。
【0024】
本発明に使用するジフルオロ酢酸フルオリド(CHFCOF)はどのような方法で製造したものでもよく、市販の工業用製品または試薬を使用することもできる。製造方法としては、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、金属酸化物の触媒の存在下に熱分解させてジフルオロ酢酸フルオライドを製造する方法(特開平8−20560号)が知られている。
【0025】
熱分解反応においては、目的とするジフルオロ酢酸フルオライドの他に、副生成物としてフッ化アルキル(R’F)やフッ化アルキルがさらに分解した化合物が生成する。例えば、フッ化アルキルとしてフッ化エチルが生成する場合、エチレンとフッ化水素となることがある。反応によって得られる副生成物を含む粗生成物(粗ガス)は、精製処理をしないでフッ化アルキルを含んだまま本発明のジフルオロ酢酸エステルの原料として使用することもでき、主としてフッ化アルキルを除去して得られる粗生成物を使用することもでき、さらに精製して高純度にしたジフルオロ酢酸フルオライドを使用することもでき、あるいはこれらの各種精製程度の異なるガスを冷却または圧縮して耐圧容器に保存することもできる。ジフルオロ酢酸フルオライドの精製は蒸留により行うことができるが、粗ガスを分離せずにそのまま使用する方法が簡便である。粗ガスを分離せずにそのまま使用する際には、エステル化反応の反応温度と実質的に同じ温度に冷却しておくことが好ましい。
【0026】
本発明に係るフッ化水素捕捉剤は下式(1)(式中、Aは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基、Bは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるアミド化合物または式(2)(式中、Dは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるスルホン化合物である。
【化3】

【0027】
このようなアミド化合物としては、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジノルマルプロピルホルムアミド、N,N−ジイソプロピルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジエチルアセトアミド、N,N−ジノルマルプロピルアセトアミド、N,N−ジイソプロピルアセトアミド、N,N−ジメチルプロピオンアミド、N,N−ジエチルプロピオンアミド、N,N−ジノルマルプロピルプロピオンアミド、N,N−ジイソプロピルプロピオンアミド、N,N−ジメチルイソブチルアミド、N,N−ジエチルイソブチルアミド、N,N−ジノルマルプロピルイソブチルアミド、N,N−ジイソプロピルイソブチルアミド、N,N−ジメチルブチルアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジノルマルプロピルホルムアミド、N,N−ジイソプロピルホルムアミド、N,N−ジメチルブチルアミド、N,N−ジエチルブチルアミド、N,N−ジノルマルプロピルブチルアミド、N,N−ジイソプロピルブチルアミドを例示することができ、また、スルホン化合物としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジエチルスルホキシド、ジイソプロピルスルホキシド、ジノルマルプロピルスルホキシドを例示することができる。これらの化合物のうち、ジフルオロ酢酸エステルとの沸点差が大きいほど蒸留分離が容易であるので、沸点は130℃以上のものが好ましく、150℃以上のものがより好ましい。また、分子量が大きくなると、フッ化水素単位質量当たりの使用量が増えるので、分子量が100以下であるのが好ましい。具体的には、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドが特に好ましいものとして挙げられる。
【0028】
反応容器の材質は、ガラスでも使用できるが、ステンレス鋼、モネル(登録商標)、インコネル(登録商標)、銀などの耐食材料、ポリテトラフルオロエチレン、ポリパーフルオロアルキルエーテルなどのフッ素樹脂が使用でき、これらの材質からなる材料またはこれらをクラッドした材料を使用できる。
【0029】
本発明のジフルオロ酢酸エステルの製造方法は、フッ化水素捕捉剤の存在下アルコールとジフルオロ酢酸フルオライドを反応させる工程(反応工程または第1工程という。)からなり、反応によって得られた反応液からジフルオロ酢酸エステルを蒸留により取り出す工程(蒸留工程(A)または第2工程という。)、蒸留工程(A)により得られた缶液に第三アミンを添加して蒸留する工程(蒸留工程(B)または第3工程という。)、蒸留工程(B)で得られた缶液から第三アミンを回収する工程(第4工程という。)などの工程を有することができる。
【0030】
第1工程は、反応容器にアルコールとフッ化水素捕捉剤を仕込み、所定の温度とした後、ジフルオロ酢酸フルオライドを気体または液体で導入して反応させる。アルコールとフッ化水素捕捉剤の仕込みの順序は問わない。ジフルオロ酢酸フルオライドの導入により発熱反応が起こるので反応の経過を観察しながら所定の温度を超えないように徐々に導入することが好ましい。ジフルオロ酢酸フルオライドの導入の際には攪拌してもよい。また、導入の際は、冷却しながら行うことも好ましい。反応の終了は、反応液の組成をガスクロマトグラフなどで分析してアルコールの消滅またはジフルオロ酢酸エステルの極大値を目処とすることもできるが、反応はほぼ定量的に進行するのでジフルオロ酢酸フルオライドの導入量で判断することもできる。
【0031】
本発明の方法において、量論上ではアルコールの1モルに対しジフルオロ酢酸フルオライドの1モルを用いればよく、アルコールの1モルに対しジフルオロ酢酸フルオライドを0.5〜5モルを用いる。ジフルオロ酢酸フルオライドを小過剰量使用することが望ましく、具体的には、アルコールの1モルに対しジフルオロ酢酸フルオライドを1〜1.2モルが好ましく、1〜1.05モルがより好ましい。5モルを超える過剰に用いたジフルオロ酢酸フルオライドは第2工程において、初留分として回収できるが、第2工程の負荷が増えるので好ましくない。また、ジフルオロ酢酸フルオライドを1モル未満とすると第2工程において、未反応のアルコールと目的化合物であるジフルオロ酢酸エステルが(擬)共沸することがあり蒸留負荷が増大するので避けることが好ましい。また、段数の低い蒸留塔を用いた場合、蒸留において未反応のアルコールが低沸分として揮発するときにフッ化水素を同伴することがあるので、好ましくない。
【0032】
本発明に使用するアルコールは使用に当たって、ジフルオロ酢酸クロライドの加水分解の原因となる水の含有量を可能な限り低減するのが好ましい。
【0033】
本発明に係るフッ化水素捕捉剤、例えば、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミドなどはフッ化水素と1:1の塩を形成することが知られているが、本発明においては必ずしも1:1の塩としてフッ化水素を固定する必要はない。本発明の方法において、フッ化水素捕捉剤の添加量はアルコールの1モルに対して0.1〜10モルであり、0.2〜5モルが好ましく、1〜2モルがより好ましい。10モルを超えても反応の面では問題ないが反応容器単位容量あたりの処理量が低下するので好ましくない。また、0.1モル未満の場合、フッ化水素の固定を十分に行うことができないことがあり、フッ化水素による装置の腐食が懸念されるので好ましくない。
【0034】
反応温度は、特に限定されないが、−80℃〜+50℃で行えばよく、−30℃〜+30℃好ましい。温度が低い程フッ化水素を固定しやすいが、−80未満では冷却にコストがかかるだけでなく、フッ化水素捕捉剤や生成したジフルオロ酢酸エステルが凝固することがあり好ましくない。50℃を超えても反応には影響しないが、フッ化水素の固定が十分に行えないことがあり好ましくない。反応圧力は、ジフルオロ酢酸フルオライドの導入を液体で行うか気体で行うかによって変わるが、0〜2MPaで行えばよい。
【0035】
本発明の第2工程(蒸留工程(A))は、第1工程で得られた反応液を、実質的にフッ化水素を含まないジフルオロ酢酸エステルからなる留分(留出物)と、フッ化水素を含むフッ化水素捕捉剤からなる缶液とに分離する工程である。「実質的にフッ化水素を含まないジフルオロ酢酸エステル」とは、フッ化水素/ジフルオロ酢酸エステルのモル比が蒸留前よりも蒸留後の留分の方が小さいジフルオロ酢酸エステルをいい、通常、50/100以下であり、10/100以下が好ましく、1/100とするのがさらに好ましい。第2工程はフッ化水素とフッ化水素捕捉剤を分離する蒸留工程(A)であって、フッ化水素をフッ化水素捕捉剤の側に留める工程である。蒸留は、単蒸留、多段の精留塔で行い、精留塔としては、多孔板塔や泡鐘塔などの棚段塔、ラシヒリング、レッシングリング、ディクソンパッキン 、ポールリング、サドル、マクマホンパッキン、スルザーパッキンなどを充填材とする充填塔が使用できる。
【0036】
蒸留工程(A)は、反応が終了した後、第1工程の反応容器で(in situ)、または別の容器で行うこともできる。蒸留操作において、ジフルオロ酢酸エステルの回収率を高めるためには蒸留釜または缶液の温度を高くすればよいが、フッ化水素の留出を防ぐためには低温とするのが好ましい。蒸留釜または缶液の温度は、圧力に依存するが、0〜120℃とし、30〜100℃が好ましく、40〜90℃がより好ましい。0℃未満では高度の減圧や冷却が必要となりエネルギーコストを押し上げるので好ましくない。また、120℃を超えるとジフルオロ酢酸エステルが分解することがあるので好ましくない。前記の温度範囲で蒸留するには、減圧蒸留とするのが好ましい。蒸留圧力は、蒸留釜(缶液)温度に依存するが、通常、1Pa〜100kPaとし、10Pa〜10kPaが好ましく、100Pa〜1kPaがより好ましい。1Pa未満とするのは、高度の減圧や冷却が必要となりエネルギーコストを押し上げるので好ましくなく、100kPaを超えるのは、蒸留釜の温度は高くなり、ジフルオロ酢酸エステルが分解することがあるので好ましくない。
【0037】
蒸留工程(第2工程)により得られたジフルオロ酢酸エステル留分は、蒸留の精度が低いときはフッ化水素やフッ化水素捕捉剤、未反応のアルコールを伴うことがあるが、さらに蒸留を繰り返すこともでき、フッ化水素についてはフッ化ナトリウムペレットでの吸着やアロフェンなどの固体吸着剤による吸着により除去できる。
【0038】
蒸留工程(B)では、蒸留工程(A)において得られたフッ化水素および非プロトン性有機溶媒を含む缶液に三級アミンを添加してさらに蒸留し、フッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物を得ると共にフッ化水素とその三級アミンとからなる成分を缶液として分離し、回収することができる。三級アミンとしては炭素数12〜15が好ましい。炭素数12未満の場合は、沸点が低いので蒸留時にフッ化水素捕捉剤に混入することがあるだけでなく、三級アミンのフッ化水素塩は水への溶解度が高いく、塩基性水溶液で洗浄するときに二層分離が困難となる。また炭素数が15を超える場合は、分子量が大きいために見掛の使用量が増えるので好ましくない。
【0039】
第三アミンは、RN(式中、Rはそれぞれ独立にアルキル基を表す。)で表されるアミンである。第三アミンとしては、トリ−n−ブチルアミン、トリ−イソブチルアミン、トリ−sec−ブチルアミン、トリ−tert−ブチルアミン、トリ−n−アミルアミン、トリ−イソアミルアミン、トリ−sec−アミルアミン、トリ−tert−アミルアミン、などの対称第三アミン、N,N−ジメチルデシルアミン、N,N−ジメチルウンデシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミンなどの非対称第三アミンなどが挙げられる。これらのうち、入手が容易なため対称アミンが好ましく、トリ−n−プロピルアミン、トリ−イソプロピルアミン、トリ−n−ブチルアミン、トリ−イソブチルアミン、トリ−n−アミルアミン、トリ−イソアミルアミンなどがより好ましく、トリ−n−ブチルアミンが特に好ましい。これらの三級アミンは混合物としても使用できる。
【0040】
第三アミンは、缶液に含まれるフッ化水素1モルに対し0.5〜2モル、好ましくは0.7〜1.5モルを使用する。0.5モル未満では三級アミン・フッ化水素塩が析出することがあり好ましくなく、2モルを超えても蒸留の目的は達することはできるが高沸成分として得られる三級アミンを含む成分(缶液)から第4工程でフッ化水素を除去する効率が低下するので好ましくない。
【0041】
蒸留工程(B)で得られたフッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物は、フッ化水素捕捉剤を他の各成分より多く含み、好ましくは50重量%以上のものであり、三級アミンや微量のフッ化水素を含むこともあるが、さらに精製することなく第1工程でフッ化水素捕捉剤として再使用できる。また、精密蒸留に付してフッ化水素捕捉剤の純度を高めることもできる。
【0042】
第4工程は、蒸留工程(B)で得られた缶液に塩基性水溶液を接触させて三級アミンを分離回収する工程である。第3工程(蒸留工程(b))により得られた缶液には、三級アミンとフッ化水素が含まれる。塩基性水溶液の塩基性物質としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、金属、酸化物などが挙げられるが、水酸化物が好ましい。具体的には、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化カルシウムなどが挙げられるが、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどが取り扱いやすく好ましい。塩基性水溶液の濃度は特に限定されないが、0.1〜50質量%である。0.1質量%未満では処理装置の容積が大きくなり好ましくない。50質量%を超えるとフッ化物からなる固体が析出して操作が煩雑になり好ましくない。塩基性水溶液と混合して接触させ、水相と有機層を形成させた後、有機層を回収すると実質的にフッ化水素を含まない第三アミンが得られる。得られたアミンは、合成ゼオライト等の固体乾燥剤で乾燥させることができる。また、乾燥前または後の第三アミンはさらに蒸留等で精製することもできるが、乾燥後の第三アミンはそのまま第3工程で使用することができる。第4工程の処理は常温、常圧の条件で行えるが、異なる条件で実施することもできる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明について実施例を以て説明するが、これにより本発明の実施態様を限定するものではない。
【0044】
実施例においては、ジフルオロ酢酸エチル(CHFCOOEt)、エタノール(EtOH)、ジフルオロ酢酸(CHFCOOH)などの有機成分組成はFID式ガスクロマトグラフ(GC)により、フッ化水素などの無機酸含有量はイオンクロマトグラフ(IC)で測定した。
【0045】
[合成例1]
アルドリッチ製リン酸アルミニウム(Aluminum phosphate)を5mmφ×5mmLのペレットに打錠成形し、窒素気流中700℃で5時間焼成して、リン酸アルミニウム触媒を調製した。これを、気化器を有する大型気相反応管(ステンレス製、内径43mmφ×1800mmL)に2200cc充填した。窒素1000cc/分を流しながら反応管を外部に設けた電気炉で加熱した。触媒の温度が50℃に達してから、急激な発熱をしないように監視しながらフッ化水素(HF)を最大6g/分の速度で気化器を通して導入した。HFを流通させたまま、300℃までゆっくりと昇温し、HF供給速度を徐々に12g/分まで上げ、300℃で72時間保持した後、ヒーター設定温度を下げ、内温が250℃になった時点で、HFの流通を止め、窒素流量を2000cc/分に増やして8時間保持した後、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を40g/分の速度で、気化器を通して導入した。30分後窒素を止めて、HFE−254pcのみを流通させ、定常状態(反応温度:210℃)時に熱分解ガスをガスサンプリングし、ガスクロマトグラフで分析したところ、収率99.8%で、ジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)とフッ化メチル(CHF)が得られた。このガスを蒸留精製して、実施例1、2に供した。
【0046】
[合成例2]
アルドリッチ製リン酸アルミニウム(Aluminum phosphate)を5mmφ×5mmLのペレットに打錠成形し、窒素気流中700℃で5時間焼成して、リン酸アルミニウム触媒を調製した。これを、気化器を有する小型気相反応管(ステンレス製、内径37mmφ×500mmL)に200cc充填した。窒素100cc/分を流しながら反応管を外部に設けた電気炉で加熱した。触媒の温度が50℃に達してから、急激な発熱をしないように監視しながらフッ化水素(HF)を最大0.6g/分の速度で気化器を通して導入した。HFを流通させたまま、300℃までゆっくりと昇温し、HF供給速度を徐々に1.2g/分まで上げ、300℃で72時間保持した後、ヒーター設定温度を下げ、内温が250℃になった時点で、HFの流通を止め、窒素流量を200cc/分に増やして8時間保持した後、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.55g/分の速度で、気化器を通して導入した。30分後窒素を止めて、HFE−254pcのみを流通させ、定常状態(反応温度:210℃)時に熱分解ガスをガスサンプリングし、ガスクロマトグラフで分析したところ、収率99.9%で、ジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)とフッ化メチル(CHF)が得られた。このガスをステンレス製スパイラル管で自然冷却し、精製せずにそのまま実施例3に供した。
【0047】
[実施例1]
ドライアイスコンデンサー(コールドフィンガー)、吹き込み管、温度計を備え、窒素シールされた3口PFA容器(500cc)にエタノール46g(1mol)とN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)174g(2mol)を仕込み、攪拌しながら氷水バスで冷却した。氷水バスで冷却しながら合成例1で蒸留精製されたジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF、DFAF)104g(1.06mol)を吹き込み管から240分かけて導入した。容器中に329gの粗ジフルオロ酢酸エチル混合物(DMAc 174gを含む)からなる反応液が得られた。反応液からサンプルを採取しガスクロマトグラフ分析したところ、ジフルオロ酢酸エチル(24.86面積%)、エタノール(0.048面積%)が含まれていた。また、イオンクロマトグラフでフッ素イオンを分析したところ、フッ化水素含量は7.086質量%であった。これを減圧下単蒸留(9.0kPa)したところ、主留分(塔頂温度41.0℃)として、純度96.8面積%のジフルオロ酢酸エチル(CHFCOOEt)を108g得た。これをイオンクロマトグラフで分析したところ、フッ素イオン濃度は0.15質量%であった。また、釜残のフッ素イオン濃度は9.53質量%に濃縮されていた。蒸留の各留分を表1に示す。
【表1】

【0048】
[実施例2]
実施例1と同様の操作を行い、エタノール55g(1.2mol)、DMAc(208g、2.4mol)、ジフルオロ酢酸フルオライド(129g、1.25mol)を用いて392gの粗ジフルオロ酢酸エチル混合物(DMAc208gを含む)からなる反応液を得た。これをディクソンパッキン充填蒸留塔(理論段数:5段)で減圧下蒸留(9.0kPa)したところ、主留分(登頂温度41.0℃)として、表2に示すように、純度:98.8面積%、フッ素イオン濃度:0.07質量%のジフルオロ酢酸エチル(144g)を得た(単離収率96%)。
【表2】

【0049】
[実施例3]
CHFCOFとして合成例2の熱分解ガス(CHFを含む粗CHFCOF、1.25mol)を精製しないで用いること以外実施例2と同じ実験を行った。その結果、表3に示すように、純度:98.8面積%、フッ素イオン濃度:0.08質量%のCHFCOOEt(145g)を得た(単離収率96%)。
【表3】

【0050】
[実施例4]
DMAc(208g)の代わりに、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF、175g)を用いること以外実施例1と同様に実験を行った。反応液を減圧下単蒸留(9.0 kpa)して、主留分(塔頂温度41.0 ℃)として、純度:98.74面積%、フッ素イオン濃度:0.059質量%のCHFCOOEtを139g得た。
【0051】

[実施例5]
DMAc(208g)の代わりにジメチルスルホキシド(DMSO、187g)、EtOH(55g)の代わりにメタノール(38.4g)を用いること以外実施例1と同様に実験を行った。反応液を減圧下単蒸留(8.1 kPa)したところ、主留分(塔頂温度29.0 ℃)として、純度:97.5面積%、フッ素イオン濃度:0.109質量%のジフルオロ酢酸メチル(CHFCOOMe)を128g得た。
【0052】

[実施例6]
ドライアイスコンデンサー(コールドフィンガー)、吹き込み管、温度計を備え、窒素シールされた3口PFA容器(500ml)にトリーn−ブチルアミン(n−Bu3N)194 g(1.05 mol)を仕込み攪拌しながら氷水バスで冷却した。そこへ、実施例1で釜残として得られた7.4gのフッ化水素を含むDMAc溶液(78g)を5g/分の速度で滴下した。滴下中は、殆ど発熱が認められなかった。滴下後ドライアイスコンデンサーをジムロートに取替え120℃で90分攪拌した。室温まで冷却後、二層を分離した。上層としてフッ化水素を0.16g含む152gのn−Bu3Nと118gの下層を回収した。下層を1H−NMRで測定したところ、DMAcとn−Bu3Nのモル比は1:0.297であった。下層を減圧下単蒸留(7.2kPa)したところ主留分(塔頂温度88〜90℃)として、純度80.0面積%のDMAc(n−Bu3Nを20面積%含む)を72g得た。これをイオンクロマトグラフで分析したところ、フッ素イオン濃度は0.038質量%であった。釜残47gについて、5質量%NaOH水溶液300gと1質量%KOH水溶液110gをそれぞれ用いて洗浄し、有機層としてn−Bu3Nを16g回収した。また洗浄に使った水溶液407 gをイオンクロマトグラフで分析したところ、フッ素イオン濃度は1.8質量%であり、反応液に含まれた7.4gのフッ化水素の内7.3 gが回収された。有機物の全回収量はn−Bu3N 190g(回収率98%)、DMAc 58gであった。
【0053】
回収されたDMAc72g(n−Bu3Nを20面積%含む)、EtOH 24g、ジフルオロ酢酸フルオライド(DFAF)51gを使うこと以外実施例1と同様の操作を行い、容器中に135gの粗ジフルオロ酢酸エチル混合物からなる反応液が得られた。反応液からサンプルを採取しガスクロマトグラフ分析したところ、ジフルオロ酢酸エチル(51.88面積%)、エタノール(0.012面積%)、DMAc(34.40面積%)、n−Bu3N(11.0面積%)が含まれており実施例1と同等の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
ジフルオロ酢酸エステルの製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ROH(式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基を示す。)で表されるアルコールとジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)を下式(1)(式中、Aは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基、Bは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるアミド化合物または式(2)(式中、Dは互いに同一または異なる炭素数1〜3のアルキル基を表す。)で表されるスルホン化合物からなるフッ化水素捕捉剤の存在下に接触させて反応液を得る反応工程と、反応工程で得られた反応液からCHFCOOR(式中、Rは前記と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルを留出物として得る蒸留工程(A)とを少なくとも有するジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【化1】

【請求項2】
蒸留工程(A)が、実質的にフッ化水素を含まないジフルオロ酢酸エステルからなる留出物とフッ化水素を含むフッ化水素捕捉剤からなる缶液として得る蒸留工程である請求項1に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項3】
蒸留工程(A)が、0℃〜120℃の缶液温度かつ常圧乃至減圧下において行う蒸留工程である請求項1または2に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項4】
蒸留工程(A)において得られた缶液に炭素数12〜15の三級アミンを添加してさらに蒸留し、フッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物を得ると共にフッ化水素と該三級アミンとからなる成分を缶液とする蒸留工程(B)を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項5】
蒸留工程(B)で得られた缶液に塩基性水溶液を接触させて三級アミンを分離回収する工程を有する請求項4に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項6】
蒸留工程(B)で得られたフッ化水素捕捉剤を主成分とする留出物を用いる請求項1〜5のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項7】
フッ化水素捕捉剤が、N,N−ジメチルアセトアミドまたはN,N−ジメチルホルムアミドである請求項1〜6のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項8】
三級アミンが、トリブチルアミンである請求項4または5のいずれかに記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項9】
ジフルオロ酢酸フルオライドが、CHFCFOR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られた熱分解生成物である請求項1〜8のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−168564(P2011−168564A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36419(P2010−36419)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】