説明

スケール生成防止方法

【課題】 培養および活性汚泥処理によって生じたリン、アンモニア、マグネシウムを豊富に含む水性液を扱う工程において、脱リン・脱窒装置を介さず、より安価且つ簡易な措置でスケール生成を防止できる処理方法を提供する。
【解決手段】 リン、アンモニア、マグネシウムの三成分を含む水性液を扱う工程において、当該水性液のpHを酸性に調整することにより、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶の析出を抑制することを特徴とするスケール生成防止方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は培養液およびその上清、または活性汚泥処理液等のリン、アンモニア、マグネシウムの三成分を含む水性液を扱う工程において、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶を主成分とするスケールの生成防止方法に関する。
【0002】
更に詳しくは、当該水性液のpHをMAP結晶が析出しにくい酸性に調整することで、特にMAPの析出しやすい抽出工程においても、MAP結晶の析出を抑制することができるスケール生成防止方法に関する。
【背景技術】
【0003】
有機性汚泥を含む廃水・し尿等の処理を行う際は、処理水中に多量のリンおよびアンモニアが存在するため、系外へのリン、アンモニアの排出防止、および装置中のスケール生成防止を目的とした脱リン・脱窒処理が行われる。近年ではリン回収効率の良さや回収物リサイクルの観点から上記処理水にMAP処理を施す試みが行われている。
【0004】
MAP処理は主にリンおよびアンモニアを豊富に含む処理水を水酸化ナトリウム等のpH調整剤添加および曝気による脱炭酸でpH7以上とし、塩化マグネシウム、酢酸マグネシウム、水酸化マグネシウム等のマグネシウム化合物を添加することでMAP結晶を析出させ、除去・回収を行うものである。
【0005】
MAP処理を行う装置には流動層方式、完全混合方式、種晶循環方式がある。しかし既設プラントでMAP処理を行う場合には混合槽や循環ライン等の設備が必要であり、さらに多量のマグネシウム化合物を使用することから装置コスト、ランニングコストが大きな問題となる。
【0006】
また、発酵生産等において微生物の培養液又はその上清を扱う場合、培養液にはリン、アンモニア、マグネシウムが含まれることから、MAP結晶を主成分とするスケールの発生が問題となる。特に培養液又はその上清の抽出工程では、有機溶剤の添加に伴いMAPの溶解度が低下し、スケールを生じやすい。
【0007】
MAPスケールが付着した配管は付着スケールを物理的に削り取る方法がとられてきたが、スケール除去作業には多大な労力が必要であり、除去作業中は培養生産および活性汚泥処理の運転を停止しなければならないという問題があった。
【0008】
上記MAP処理を行うことによりスケールの生成を防止することも考えられるが、上述の通りコストが問題となる。以上のことから、安価かつ簡便にMAPによるスケール生成を防止する方法が求められていた。
【0009】
上記MAP処理はpH8以上で行うのが好ましいことが知られているが(特開昭63−200888:特許文献1)、逆にMAP結晶が析出しないpH範囲についてはこれまでに報告されていない。また、紫外線を利用する廃水処理において、酸性に調整された処理水に過酸化水素水を連続的若しくは一定間隔で通液することにより、紫外線管の外面にスケールが付着することを防止する方法が報告されている(特開2003−24934:特許文献2)。しかしながら、当該特許文献2にはMAPに関する記載はなく、ましてや処理水を酸性としてMAP結晶の析出を抑制するスケール防止方法については示唆もない。
【特許文献1】特開昭63−200888
【特許文献2】特開2003−24934
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、培養および活性汚泥処理によって生じたリン、アンモニア、マグネシウムを豊富に含む水性懸濁液を扱う工程において、MAP結晶を析出させない処理条件とすることで脱リン・脱窒装置を介さず、より安価且つ簡易な措置でスケール生成を防止できる処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、リン、アンモニア、マグネシウムを豊富に含む水性液においても、pHを酸性に調整することによりMAPの析出を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、リン、アンモニア、マグネシウムの三成分を含む水性液を扱う工程において、当該水性液のpHを酸性に調整することにより、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶の析出を抑制することを特徴とするスケール生成防止方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、培養、活性汚泥処理によって生じた微生物細胞を含むリン、アンモニア、マグネシウムが豊富な水性懸濁液を使用する工程におけるスケール付着防止策として、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶除去設備を設置することなく、処理液のpHを酸性に調整するというより安価で簡易な方法によってMAP結晶に起因するスケール生成を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、リン、アンモニア、及びマグネシウムの三成分を含む水性液を扱う工程において、当該水性液のpHを酸性に調整することにより、MAP結晶の析出を抑え、スケールの生成を防止する方法である。ここで、「水性液を扱う工程」とは、水性液からの有用物質の分離・回収、或いは、水性液からの不要物質の除去等の目的で行われる1若しくは複数の工程を意味し、例えば、固液分離工程、濃縮工程、抽出工程、又は、それらの組合せを示す。
【0014】
本発明の方法を適用しうる水性液は、リン、アンモニア、及びマグネシウムの三成分を含む水性液であり、例えば、培養液又はその上清、活性汚泥処理液等を挙げることができる。培養液としては、一般的な条件、例えば炭素源、窒素源、リン源及び微量栄養素を含む培地を用い、pH4〜9の条件で培養されたものを用いることができる。当該水性液は、微生物菌体や活性汚泥等の不溶物を含有する懸濁液であっても良いし、固液分離を行って不溶物を除いた水性液であっても良い。
【0015】
前記水性液中のリン、アンモニア及びマグネシウムの量は、特に制限されないが、通常、無機リン200〜2000mg/L、アンモニウムイオン1000〜3000mg/L、マグネシウムイオン1〜500mg/Lである。具体的には、無機リン1000mg/L以上、アンモニウムイオン2000mg/L以上、マグネシウムイオン100mg/L以上の条件においてMAPの形成・析出が起こりやすい。
【0016】
本発明では、前記水性液のpHを酸性に調整することにより、MAPの析出を抑え、スケールの生成を防止する。pHは6.0以下に調整するのが好ましい。なお、前記水性液の処理に抽出工程が含まれる場合には、有機溶剤の添加・混合を伴うため、これに起因してpHの上昇およびMAPの溶解度低下を招き、MAPがより析出し易い条件となる可能性がある。それ故、抽出工程を含む場合には、有機溶剤添加を見越したpH調整を行うことが望ましい。具体的には、pH5.5以下に調整するのが好ましく、pH5.0以下に調整するのがより好ましい。
【0017】
抽出の例としては、微生物の培養生産物の疎水性有機溶剤、例えば、ヘキサンやヘプタン等の脂肪族炭化水素類による抽出が挙げられる。特に、補助的な溶媒として親水性有機溶剤を用いる場合には、MAPがより析出し易い傾向にあり、注意が必要である。前記親水性有機溶剤としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等のアルコール類が挙げられる。
【0018】
親水性有機溶剤を併用する際の、疎水性有機溶剤及び親水性有機溶剤の各々の量は、例えば、疎水性有機溶剤25〜65容量%、親水性有機溶剤5〜50容量%である。
【0019】
pHの下限は特に制限されないが、経済性や装置への負担の観点から、pH3以上が好ましく、pH4以上がより好ましい。
【0020】
pHの調整は、塩酸、硫酸、酢酸等のpH調整剤を水性液に添加・混合することで行う。タンク型もしくはスタティックミキサー型のpH調整装置を導入することが好ましいが、ライン間で十分な滞留時間が得られる長さ、および径を有する配管であれば、流路へ直接pH調整剤を混合する方法でも十分効果が得られる。抽出工程を含む処理の場合は、少なくとも抽出工程よりも前の段階で、pHの調整を行うことが望ましい。
【0021】
なお、抽出残渣からはアルカリ添加等によってMAP結晶を取得することができ、得られたMAP結晶は肥料の原料としてリサイクルが可能である。
【0022】
本発明のスケール生成防止方法の一例を図1の概略フロー図に示す。
【0023】
図1において、培養および活性汚泥処理より生じた水性懸濁液は濃縮工程において遠心分離装置あるいは蒸発濃縮装置により固液分離操作が行われる。
【0024】
濃縮された水性液はpH調整槽において、MAP結晶が析出しにくいpH3〜6、好ましくはpH4〜6に調整する。次工程が抽出工程の場合、有機溶剤添加による溶解度低下およびpH上昇による影響を考慮し、pH4〜5に調整するのが好ましい。pH調整に用いるpH調整剤は塩酸、硫酸、酢酸等の酸性薬で、培養生産物質の構造、品質に影響を及ぼさない濃度にて添加を行う。
【0025】
ライン間で十分な滞留時間が得られる長さおよび径を有する配管であれば、pH調整槽を介さず図2に示すような流路へ直接pH調整剤を混合する方法でも可能である。
【0026】
抽出工程では疎水性有機溶剤、親水性有機溶剤の添加ラインが設けられており、ミキサーセトラー型あるいは塔型の装置等によって抽出操作が行われる。
【0027】
本発明によるスケール防止法を用いれば、MAPを主成分とするスケールの生成を抑制することが可能であるが、長期間の装置使用により、装置内壁にMAPとは異なる付着物が生成する恐れがあるため、実施するにあたっては、装置間を結ぶ配管内の壁面をフッ素樹脂等で被覆することにより、MAP以外のスケール生成の防止策を講じることがより好ましい。
【0028】
以下に本発明の実施形態を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明の具体的な説明を行う。
【0030】
(実施例1)
リン、マグネシウム、アンモニアの三成分を含む培養液モデル液を試薬にて作成し、同モデル液のpHをpH調整剤により5.0とした後、親水性有機溶剤を添加した。
【0031】
培養液モデル液の作成に使用した試薬はリン酸、硫酸マグネシウム七水和物、硫酸アンモニウムであり、それぞれの試薬を所定量計量後、ビーカーに移し、蒸留水により50mlにメスアップすることで濃度の異なる三種類のモデル液を作成した。作成したモデル液の組成を表1に示した。三種類のモデル液はリンおよびマグネシウムの濃度のみ異なり、アンモニアの濃度は三種類とも同じ濃度とし、リン1000mg/L、マグネシウム180mg/Lを基準に1.0倍量、1.5倍量、2.0倍量の濃度条件を設定した。
【0032】
【表1】

【0033】
pH調整には0.2N水酸化ナトリウムを使用し、親水性有機溶剤には2−プロパノールを使用した。2−プロパノールはモデル液をpH5.0に調整後、モデル液に対して体積比で65%添加することとした。成した三種類のリン、マグネシウム濃度のpH5.0の培養液モデル液に所定量の2−プロパノールを添加し、その際のpHの変化とモデル液中の結晶析出の有無を調べ、結果を表2に示した。
【0034】
(比較例1)
モデル液のpHを7.0としたこと以外は実施例1と同じ処理を行い、その際のpHの変化とモデル液中の結晶析出の有無を調べ、結果を表2に示した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2より、実施例1のpH5.0とした場合は、いずれのリン、マグネシウム濃度条件においてもモデル液に変化は見られなかった。比較例1のpH7.0とした場合は全てのリン、マグネシウムの濃度条件において、2−プロパノール添加後はpHが上昇し、白色結晶の析出が見られた。以上の結果から、pHを5.0とすることで、スケール生成の要因となるMAP結晶の析出を抑制できることがわかる。なお、MAP結晶の生成には水酸基を消費する反応過程を伴うが、このため、白色結晶析出に際しては、モデル液のpH低下現象が確認された。
【0037】
(参考例)
リン、マグネシウム、アンモニアの三成分を含む培養液の上清液を作成し、上清液に親水性有機溶剤を添加した。
【0038】
サイトエラ・コンプリカタ(Saitoella complicata)IFO 10748を培地(ペプトン5g、酵母エキス3g、マルトエキス3g、リン酸1g、硫酸マグネシウム七水和物0.5g、硫酸アンモニウム0.3g、グルコース20g/L、pH5.0、)で25℃、72時間好気的に500mL培養した。培養のpH調整は3N硫酸および25%アンモニア水にて行った。得られた菌体を遠心分離し、上清液を作成した。親水性有機溶剤には2−プロパノールを使用し、上清液に対して体積比で65%添加することとした。なお、2−プロパノール添加前の上清液のpHは5.8であったが、2−プロパノールの添加により、上清液のpHは6.6まで上昇した。
【0039】
2−プロパノール添加前後の上清液のリン、マグネシウム、アンモニア濃度を測定し、各成分濃度の推移を図3に示した。リン、マグネシウム、アンモニア濃度の測定にはホスファCテストワコー、マグネシウムBテストワコー、アンモニアテストワコー(和光純薬)を使用した。
【0040】
図3より、培養上清液に2−プロパノール(図中にはIPAと記載)を添加した場合、MAP結晶析出に伴い、上清液中のリン酸、マグネシウム、アンモニアの各成分濃度は2−プロパノール添加前に比べて低下した。
【0041】
(実施例2)
参考例で得られた培養液をラニー社製圧力式ホモジナイザーにより破砕圧力80MPaで2回破砕し、菌体破砕液を作成した。同破砕液を0.2N水酸化ナトリウムを用いてpH5.0に調整し、破砕液に体積比65%の2−プロパノールを混合した。同混合液を図4に示す装置において、50℃の条件で内径3mmのテフロン(登録商標)チューブへポンプにより48時間の連続送液を行った。破砕液は恒温槽にて50℃にプレヒート後、別ラインから供給される2−プロパノールと混合され、同混合液を直径10cmの2重巻きリング状としたテフロン(登録商標)チューブに導いた。
【0042】
菌体破砕液を48時間送液後、テフロン(登録商標)チューブ内壁に付着していた物質を採取した。採取した付着物は硫酸にて溶解し、溶解した液中に含まれるリン、マグネシウム、アンモニア濃度を測定した。リン、マグネシウム、アンモニア濃度の測定は実施例2と同じ方法で行い、測定結果を表3に示した。
【0043】
(比較例2)
実施例2において、菌体破砕液のpHを7.0としたこと以外は同様な処理を行い、その際に得られたテフロン(登録商標)チューブ内壁付着物質中のリン、マグネシウム、アンモニア濃度の測定結果を表3に示した。
【0044】
【表3】

【0045】
表3より、実施例2のpH5.0とした場合、親水性有機溶剤添加に伴うMAP結晶析出がほとんど生じなかったため、付着物中に含まれるリン、マグネシウム、アンモニアの3成分の濃度は非常に少ない。比較例2のpH7.0とした場合、MAP結晶の析出が生じたため、付着物に含まれるリン、マグネシウム、アンモニアの濃度がpH5.0の場合と比べてかなり高くなっている。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施形態を示した概略フロー図である。
【図2】本発明の簡易的な実施形態を示した概略フロー図である。
【図3】参考例の2−プロパノール添加に伴う各成分の変化を示す。
【図4】実施例2、比較例2の装置形態を示した概略フロー図である。
【符号の説明】
【0047】
1 濃縮工程
2 pH調整槽(pH3〜6)
3 抽出工程
4 pH調整槽(pH8〜)
5 菌体破砕液タンク
6 2−プロパノールタンク
7 菌体破砕液送液ポンプ
8 2−プロパノール送液ポンプ
9 プレヒートライン
10 テフロン(登録商標)チューブリング
11 恒温槽
12 ヒーター(50℃)
13 廃液タンク


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン、アンモニア、マグネシウムの三成分を含む水性液を扱う工程において、当該水性液のpHを酸性に調整することにより、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)結晶の析出を抑制することを特徴とするスケール生成防止方法。
【請求項2】
前記水性液が培養液若しくはその上清、又は、活性汚泥処理液である請求項1記載のスケール生成防止方法。
【請求項3】
pHを3〜6に調整する請求項1又は2記載のスケール生成防止方法。
【請求項4】
前記水性液を扱う工程が抽出工程を含み、抽出工程より前にpH調整を行う請求項1〜3のいずれかに記載のスケール防止方法。
【請求項5】
抽出は、疎水性有機溶媒を用いて行われる請求項4記載のスケール防止方法。
【請求項6】
補助的溶剤として親水性有機溶剤を併用する請求項5記載のスケール防止方法。
【請求項7】
抽出後の水相からMAP結晶を回収する請求項4〜6のいずれかに記載のスケール防止方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−87986(P2006−87986A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−273988(P2004−273988)
【出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】