説明

ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母

【課題】本発明は、ヒトが摂取しても安全な酵母の中から、ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母を見出すことを目的とする。
【解決手段】本発明は、ステリルグルコシドを乾燥重量当たり1 mg/g以上含むことを特徴とするクリヴェロミセス(Kluyveromyces)属に属する酵母を提供する。好ましくは、前記酵母が、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis) NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228である酵母を提供する。これにより、ステリルグルコシド含有酵母菌体を各種食品等に利用すれば、有益な各種生理活性を持つステリルグルコシドを同時に付与することができ、得られた食品の価値が飛躍的に向上することが期待できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖脂質のひとつステリルグルコシドを蓄積した酵母菌体およびこのような酵母菌体から分離精製したステリルグルコシドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステリルグルコシドは、ステロール骨格にグルコースがαまたはβ−グルコシド結合した糖脂質であり、高等植物に広く分布している。それらの働きについては不明な点が多いが、微生物を使用した研究により、細胞分化やストレス応答における脂質性メディエーターとして機能する可能性が示唆されている。また、ステリルグルコシドの利用に関しては、ウイルスおよび微生物感染の治療または予防(特許文献1、2)、発毛・育毛(特許文献3)、血中脂質低下(特許文献4)、肥満予防(特許文献5)、栄養成分の吸収促進(特許文献6)、肝細胞を標的とする遺伝子治療用リポソーム調製(特許文献7)など種々の用途が開示されており、その需要が見込まれている。上述のように、ステリルグルコシド標品は植物原料から製造可能であり、一般に大豆油、ゴマ油等の食用油脂の精製工程で発生する副産物を原料としたステリルグルコシドの製造方法が開示されている(特許文献8、9)。
【特許文献1】特開平6−172183号公報
【特許文献2】特開平6−234788号公報
【特許文献3】特開平7−101835号公報
【特許文献4】特開平7−118159号公報
【特許文献5】特開平7−107939号公報
【特許文献6】特開平9−135672号公報
【特許文献7】特開2002−241313号公報
【特許文献8】特開2001−199992号公報
【特許文献9】特開平7−062384号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、特許文献8及び9に記載のステリルグルコシドの製造方法は、ステリルグルコシドを分離するために煩雑な工程が必要であった。そのため、純度の高いステリルグルコシドを取得するには、費用がかかるという問題を有している。したがって、ステリルグルコシドを豊富に含む原料が望ましいが、植物体にはステリルグルコシドは微量しか含まれていない。そこで、ステリルグルコシドを効率的に取得するための原料としては、短時間に増殖可能な微生物が適していると考えられる。また、培養した菌体を簡単な加工でステリルグルコシドを含有する食品素材などとして利用するには、安全な微生物でなければならないことは言うまでもない。そのような微生物として、第一に挙げることができるのは酵母である。酵母は、パンや酒類の製造に古くから使われてきたという実績があるため、その原料として最適であるといえる。また、ビール醸造で副生する酵母菌体はビタミン、ミネラル、タンパク質、食物繊維を豊富に含んでおり、その乾燥粉末には整腸作用や免疫強化作用などの効果があるとされている。最近では、ビール酵母ダイエットと呼ばれる方法が流行したことにより、その需要が飛躍的に増加している。
【0004】
ところが、これらのビール醸造で用いられる酵母であるサッカロミセス・セレヴィシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、ステリルグルコシドを蓄積しなかった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、研究機関保存のサッカロミセス(Saccharomyces)属、チゴサッカロミセス属(Zyogosaccharomyces)、トルラスポラ(Torulasora)属およびクリヴェロミセス(Kluyveromyces)属の各酵母についてステリルグルコシドの有無及び含量を調べた。しかし、ほとんどの菌株は、ステリルグルコシドを検出できないか、検出できてもごく微量であった。
【0006】
そこで、発酵食品から分離した1000株以上の酵母について調べたところ、国内産生乳から分離したクリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)と同定された3株(NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228)において、ステリルグルコシドが大量に蓄積していることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
具体的には、第一発明は、ステリルグルコシドを乾燥重量当たり1 mg/g以上含むことを特徴とするクリヴェロミセス(Kluyveromyces)属に属する酵母を提供する。また、第二発明として、好ましくは、前記酵母が、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)である酵母を提供する。また、第三発明として、さらに好ましくは、前記酵母が、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis) NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228である酵母を提供する。
【0008】
第四発明は、第一発明から第三発明のいずれか一に記載の酵母菌体から分離・精製したことを特徴とするステリルグルコシドを提供する。また、第五発明は、第一発明から第三発明のいずれか一に記載の酵母菌体からステリルグルコシドを分離する分離ステップと、分離されたステリルグルコシドを精製する精製ステップと、を含むステリルグルコシドの製造方法を提供する。さらに、第六発明は、第一発明から第三発明のいずれか一に記載の酵母菌体を含有する飲食品を提供する。また、第七発明は、第四発明に記載のステリルグリコシドを用いた飲食品を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のステリルグルコシド含有酵母菌体を各種食品等に利用すれば、一般の乾燥酵母と同様の栄養補給とともに、有益な各種生理活性を持つステリルグルコシドを同時に付与することができる。これにより、得られた食品の価値が飛躍的に向上することが期待できる。
【0010】
また、本発明の酵母菌体はステリルグルコシドを高濃度蓄積しているため、効率的にステリルグルコシドを分離・精製することができる。そのため、ステリルグリコシドの生産原料として適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明でいう酵母は、ステリルグルコシドを生成し、高濃度蓄積するクリヴェロミセス属に属する特定の酵母をいう。特に好ましくは、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)と同定された3株(NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228)である。なお、本菌株は、平成18年4月6日に独立行政法人製品評価技術基盤機構・特許微生物寄託センターに受領されている。また、ステリルグリコシドの種類も特に限定されず、種々のステリルグリコシドを含有していてもよい。例えば、エルゴステロールグリコシドなどが該当する。
【0012】
本発明の詳細を以下の実施例によって説明する。ただし、本発明はそれらの実施例によっては何ら限定されるものではない。なお、実施例1は、請求項1から3について説明する。実施例2は、請求項4、5について説明する。実施例3は、請求項6、7について説明する。
【実施例1】
【0013】
ステリルグリコシドを高濃度蓄積するクリヴェロミセス・ラクチス(NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228)。
【0014】
<試料の調整>
国内産生乳から分離した酵母クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)の菌体3株(NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228)をそれぞれ一白金耳かきとり、試験管(直径1.8cm,長さ18cm)中のYPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)3mlに接種して種培養を行った。菌体が増殖した種培養液1.0mlを500ml三角フラスコ中のホエー培地(ホエーパウダー2.5%、コーンスティープリカー1.0%、硫酸アンモニウム0.5%、リン酸一カリウム0.075%、硫酸マグネシウム0.075%)100mlに移植して、30℃、24時間、振盪(180rpm)培養を行った。菌体が増殖して白濁した培養液を遠心分離にかけ、集めた菌体を蒸留水で洗浄後、凍結乾燥した。この菌体に約5倍容のクロロホルム−メタノール(1:2,v/v)を加え、3分間超音波処理した。遠心分離により得た上清を、濃縮乾固して得た全脂質を各試料とした。試料1はNITE AP−226、試料2はNITE AP−227、試料3はNITE AP−228から得た全脂質である。また、独立行政法人製品評価技術基盤機構が保有する酵母クリヴェロミセス・ラクチスNBRC1090及び1267を、同様の方法にて処理し、全脂質を得、比較試料1及び2とした。
【0015】
<TLCによる確認と結果>
上記試料及び比較試料3として市販の大豆由来のステリルグルコシド標品(主成分はシトステロールグルコシド)を少量のクロロホルム−メタノール(2:1,v/v)に溶解し、クロロホルム−メタノール−酢酸(88:6:6,v/v)を展開溶媒として、シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)にかけた。そして、オルシノール試薬を噴霧、加熱後に出現する赤紫色スポットの様子を観察した。図1にその結果を示す。
【0016】
図1に示したように、比較試料3の市販のステリルグルコシド標品(0102)と同じ位置に赤紫色のスポット(0101)が観察されたのは、試料1〜3であり、比較試料1及び2には検出されなかった。したがって、独立行政法人製品評価技術基盤機構が保有するNBRC1090及び1267は、ステリルグルコシドを含有しないが、本発明のクリヴェロミセス・ラクチスNITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228は、ステリルグルコシドを含有していることがわかる。
【0017】
<ステリルグルコシドの含有量の算出>
さらに、この菌体のステリルグルコシドの含有量の算出結果を表1に示す。
【表1】

ステリルグルコシドの含有量は、画像解析装置によってスポットの画像を取り込み、スポットの強度から菌体当たりの含有量を算出した。これらの結果から、本発明のクリヴェロミセス・ラクチスNITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228の菌体には、ステリルグルコシドが乾燥菌体1g当たり1mg以上含まれていることが分かった。
【実施例2】
【0018】
本実施例は、実施例1に記載のステリルグルコシドを高濃度蓄積するから、ステリルグルコシドを分離・精製する方法に関する。
【0019】
<実施例2の流れ>
本実施例の「ステリルグルコシドの製造方法」は、「分離ステップ」と「精製ステップ」とからなる。
【0020】
「分離ステップ」では、ステリルグルコシドを高濃度蓄積するクリヴェロミセス・ラクチス菌体からステリルグルコシドを分離する。まず、菌体からステリルグルコシドを分離するために、酵母菌体の増殖を行う。微量の酵母菌体を液体培地に接種し、25〜30℃で24時間、150〜220rpmで振盪培養すると、菌体が増殖して白濁する。次に、増殖させた酵母菌体からステリルグルコシドの含まれる脂質成分を分離する。液体培地上の白濁した菌体を遠心分離によって集め、蒸留水で洗浄した菌体を乾燥させることにより、水分が10%以下の乾燥菌体を得ることができる。菌体の乾燥は、例えば、噴霧乾燥、熱風乾燥、凍結乾燥などの方法にて行うことができる。続いて、培養直後の生菌体あるいは乾燥菌体中の全脂質成分を有機溶媒で抽出する。そして、抽出溶液をアルカリで洗浄し、濃縮、乾燥することにより、粗ステリルグルコシドを得ることができる。
【0021】
「精製ステップ」では、前記分離ステップにて分離された粗ステリルグルコシドを精製する。精製ステップは、ステリルグルコシド(種々のステリルグルコシドを含む)として精製するものであってもよいし、ステリルグルコシドのうち単一の成分を精製するものであってもよい。分離ステップにて得られた粗ステリルグルコシドを少量の溶媒にて溶解し、シリカゲルクルマトグラフィーを行うことによって、ステリルグルコシド画分のみを容易に分離することができる。また、シリカゲルクルマトグラフィーを繰り返すことにより、さらに細かく成分を分離精製することとしてもよい。
【0022】
<実施例2の効果>
本実施例のステリルグルコシドを分離・精製する方法は、ステリルグルコシドを高濃度蓄積しているクリヴェロミセス・ラクチス菌体からステリルグルコシドを分離・精製するため、ステリルグルコシドの分離・精製が容易であり、収率も高い。そのため、ステリルグルコシドの製造コストを抑えることができる。
【実施例3】
【0023】
本実施例は、実施例1に記載のステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母を含有する飲食品、及び実施例2に記載のステリルグルコシドの製造方法により得られたステリルグルコシドを含有する飲食品に関する。
【0024】
<実施例3の説明>
実施例1に記載の酵母を飲食品に含有させることができる。含有とは、飲食品の製造工程に、ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母を用いて発酵を行う工程を有すること、又は、ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母をそのまま飲食品に添加することをいう。どちらの場合においても、飲食品にステリルグルコシドを高濃度含有させることができる。また、同時に酵母自体の有するビタミン、ミネラル、タンパク質、食物繊維なども飲食品に含有させることができる。ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母を用いて発酵を行う飲食品としては、例えば、ヨーグルトやパンなどが挙げられる。また、ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母をそのまま添加した飲食品としては、アルコール飲料などが挙げられる。また、ステリルグルコシドを高濃度蓄積する酵母を乾燥粉末とし、酵母自体を飲食品として摂取できるようにしてもよい。この場合には、酵母以外にビタミンなどの成分を添加してもよい。
【0025】
また、実施例2に記載のステリルグルコシドの製造方法により得られたステリルグルコシドを、種々の飲食品に利用することができる。ステリルグルコシドには、上述したように、感染症予防や血中脂質低下等の種々の効果が認められており、飲食品に含有させることにより、その効果を期待することができる。また、酵母は短時間に増殖可能であるため、従来の植物からの抽出に比べ、ステリルグルコシドの製造が容易となる。
【0026】
<実施例3の効果>
本実施例の飲食品は、ステリルグルコシドを高濃度含有しているため、ステリルグルコシドによる種々の効果を期待することができ、飲食品の付加価値を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】オルシノール試薬を噴霧、加熱後に出現するスポットの様子を示す図
【符号の説明】
【0028】
0101 本発明の酵母が含有するステリルグルコシド
0102 ステリルグルコシド標品

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステリルグルコシドを乾燥重量当たり1 mg/g以上含むことを特徴とするクリヴェロミセス(Kluyveromyces)属に属する酵母。
【請求項2】
前記酵母が、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)である請求項1に記載の酵母。
【請求項3】
前記酵母が、クリヴェロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis) NITE AP−226、NITE AP−227、NITE AP−228である請求項2に記載の酵母。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一に記載の酵母菌体から分離・精製したことを特徴とするステリルグルコシド。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか一に記載の酵母菌体からステリルグルコシドを分離する分離ステップと、
分離されたステリルグルコシドを精製する精製ステップと、
を含むステリルグルコシドの製造方法。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか一に記載の酵母菌体を含有する飲食品。
【請求項7】
請求項4に記載のステリルグリコシドを用いた飲食品。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−295848(P2007−295848A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−126793(P2006−126793)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】