説明

ステント

【課題】血小板血栓の形成を抑制可能であるステントを提供する。
【解決手段】PTCAで用いられるステントであって、波形状を輪にした主部位を複数同軸に並べ、それらの間をコネクタで接続してなるステント基体を有するものにあって、ステント基体の表面全体に、ecto-ATPDaseをコードするDNAに係る核酸含有複合体をコーティングして形成した。核酸含有複合体は、当該DNAを組み込んだプラスミドと、正に荷電した水不溶性の生分解性高分子とを含有し、生分解性高分子の分解によってプラスミドを放出し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管組織によって形成される管腔に留置されるステントに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のステントとして、下記特許文献1に記載のものが知られている。このステントは、遺伝子や薬剤を溶出により徐放するものであって(Drug Eluting Stent,DES)、抗MCP−1抗体、MCP−1アンタゴニスト、又はMCP−1ドミナントネガティブをコードする遺伝子を含有する高分子材料で被覆されており、経皮的冠状動脈血管形成術(PTCA)に用いられる。
【0003】
一方、前記遺伝子とは異なる遺伝子であって、本願発明者により発見されたものがある(下記非特許文献1)。この遺伝子は、I型とII型が存在する。この遺伝子は、次のようにして取得した。即ち、まず、ATP分解酵素(ATPジホスホヒドロラーゼ,ATPDase)の一種であるヒトCD39タンパク質に対する抗ヒトCD39抗体を、ヒト胎盤から抽出したタンパク質群に作用させ、抗ヒトCD39抗体の抗原部位を有する各種のタンパク質を獲得した。次に、獲得した各種タンパク質について、アミノ酸配列の一部を決定し、ヒトCD39タンパク質の配列とは異なる配列のタンパク質について、その一部のアミノ酸配列からDNA配列を予測し、プライマーを作成した。続いて、そのプライマーを用い、ヒト胎盤由来のcDNAライブラリーを鋳型としてPCR(polymerase chain reaction)法を行った。そして、そのPCR産物をクローニングし、I型とII型のDNAを確認した。
【0004】
この遺伝子は、ヒトCD39タンパク質のアイソフォームをコードするが、このアイソフォームは、そのアミノ酸配列から、ATP分解酵素であり、活性部位を細胞外に向けているとみられる(エクト−ATPジホスホヒドロラーゼ,ecto-ATPDase)。
【0005】
又、優れた核酸徐放性を呈する核酸含有複合体として、本願発明者により別途発明されたものがある(下記特許文献2)。この核酸含有複合体は、核酸と正に荷電した水不溶性の生分解性高分子とを含有し、当該生分解性高分子の分解によって核酸を放出する。
【0006】
【特許文献1】特開2005−281240号公報
【非特許文献1】Yoshihiro Fujimura 他, The cDNA cloning of human placental ecto-ATP diphosphohydrolases I and II, FEBS Letters 453 (1999), 335-340p
【特許文献2】特開2001−199903号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近時、PTCAにおいて、ステント留置部に血小板血栓が形成され、亜急性に冠動脈を閉塞させるという重篤な合併症の発生が報告されている。しかし、特許文献1のステントは、単にDESでない通常のステントと比較して血管再狭窄の発生率を若干低減することができるに留まるもので、血小板血栓に対して全く用をなさない。
【0008】
そこで、請求項1に記載の発明は、血小板血栓の形成を抑制可能であるステントを提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、血管組織によって形成される管腔に留置されるステントであって、ステント本体と、留置後に前記ステント本体から放出され、周辺血管組織のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼの濃度を上昇させる上昇ファクタとを有することを特徴とするものである。
【0010】
請求項2に記載の発明は、上記目的に加えて、周辺血管組織におけるタンパク質の合成系を利用することにより、比較的長期にわたり周辺血管組織のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼの濃度を上昇させ続ける目的を達成するため、上記発明にあって、前記上昇ファクタは、ヒト胎盤由来のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼをコードするDNAが組み込まれたベクターDNAであることを特徴とするものである。
【0011】
請求項3に記載の発明は、上記目的に加えて、エクト−ATPジホスホヒドロラーゼに係る上昇ファクタを徐放することで、比較的長期にわたり周辺血管組織のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼの濃度を上昇させ続ける目的を達成するため、上記発明にあって、前記ステント本体は、ステント基体と、前記ステント基体の表面の少なくとも一部を被覆し、前記上昇ファクタを担持し、留置後に徐々に分解することによって前記上昇ファクタを徐々に放出する担持体とを有することを特徴とするものである。
【0012】
請求項4に記載の発明は、上記目的に加えて、管腔等への影響を更に少なくする目的を達成するため、上記発明にあって、前記担持体は、生分解性高分子を含有することを特徴とするものである。
【0013】
請求項5に記載の発明は、上記目的に加えて、徐放速度を調整可能とし、エクト−ATPジホスホヒドロラーゼの濃度を長期にわたり適量に維持可能として、より一層高水準の血小板血栓形成抑制性能を発揮させる目的を達成するため、上記発明にあって、前記生分解性高分子は、正に荷電しており、水溶性であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項6に記載の発明は、上記目的に加えて、管腔等への影響を更に少なくし、血栓抑制性能を発揮させる目的を達成するため、上記発明にあって、前記生分解性高分子は、ゼラチンであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、エクト−ATPジホスホヒドロラーゼを血管組織に係るステントに組み合わせることでステントにおける課題を的確に解決し得ることを試行錯誤のうえ見出し、エクト−ATPジホスホヒドロラーゼを血管組織に効果的に作用させるためにステントへの適合化を図ったので、極めて良好な血栓抑制性能を呈することができる、という効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る実施の形態の例につき、適宜図面に基づいて説明する。なお、本発明の形態は、当該例に限定されない。
【0017】
[ステントの構成等]
本願発明者等は、エクト−ATPジホスホヒドロラーゼ(ecto-ATPDase)におけるADPとATPをAMPに分解する機能が、血小板の凝集防止や新生内膜増殖の抑制に役立つことを、ecto-ATPDaseやこれをコードする遺伝子の構造解析あるいは実験等の多面的検討により見出し、更に特にステントの課題解決に資する可能性に着眼し、留置時に管腔内で血管組織のecto-ATPDaseの濃度を上昇させるステント、具体的には血管内皮または内膜のecto-ATPDaseの濃度を上昇させるステントを作成した。
【0018】
即ち、本発明のステントは、血管組織によって形成される冠状動脈に留置されるPTCAに用いるものとした。又、本発明のステントでは、ステント基体につき、波形状を輪にした主部位を複数同軸に並べ、それらの間をコネクタで接続したデザインとし、このデザインで金属管を切断することで形成した。
【0019】
なお、ステント基体は、通常のステント(金属のみから成るステント、ベアメタルステント、BMS)と同様に成る。又、金属管は、ここではステンレス管であるが、ニッケルチタン等の超弾性金属の管や、他の金属管であって良い。更に、ステント基体は、ここでは金属管をレーザーにより切断することで形成しているが、金属管のエッチングや線材の折り曲げ・編み込み等により形成することもできる。又更に、ステント基体のデザインも、単一の主部位のみからなるものとしたり、網状の管等としたりして良い。加えて、ステント基体(ステント本体)を、生分解性材料製としたり、複数の材料を組み合わせて形成したりすることができる。
【0020】
又、本発明のステントは、ステント基体の表面全体に、ecto-ATPDaseをコードするDNAに係る核酸含有複合体をコーティングして形成した。
【0021】
そして、当該ステントでは、ecto-ATPDaseをコードするDNAとして、配列番号1のDNAが、ベクターDNAであるプラスミドに組み込まれたものを用いている(ecto-ATPDaseIステント)。ここで、配列番号1のDNAは、本願発明者が発見したI型のヒトecto-ATPDaseの遺伝子配列のうち、186番目より前及び1738番目より後を除いたものであって、187番目から1737番目に相当するものである。なお、配列番号1のDNAからコードされるecto-ATPDaseをecto-ATPDaseIという。
【0022】
又、ecto-ATPDaseIステントにおいて、核酸含有複合体は、当該組込後のプラスミドと、正に荷電した水不溶性の生分解性高分子とを含有し、生分解性高分子の分解によって核酸を放出し得る(特開2001−199903号参照)。ここでは、生分解性高分子はゼラチンである。又、ゼラチンは、正荷電基(アミノ基)を導入することで、正に荷電させている。ゼラチンは、管腔内に留置されると、徐々に分解され、それに伴い、担持したecto-ATPDaseをコードするDNAを徐々に放出するから、本発明のステントは、核酸含有複合体のコーティングにより、DESとなる。ゼラチンは、正に荷電しているから、DNAの有する負の電荷と強力に結合(イオン結合)し、よってプラスミドを安定して担持して、プラスミドの安定した徐放性に寄与する。又、水不溶性であるから、生分解性高分子の管腔内での分解性に応じて核酸の放出を制御することができ、即ちプラスミドの徐放速度を制御することができる。
【0023】
なお、ここではゼラチン(生分解性高分子)が担持体を構成し、ステント基体及び担持体がステント本体を構成し、ecto-ATPDaseをコードするDNAを組み込んだプラスミドが上昇ファクタを構成する。又、核酸含有複合体は、ステント基体の表面の一部に塗布するようにしても良い。更に、生分解性高分子としてコラーゲン等を用いることができる。加えて、生分解性高分子の正の荷電について、本来正に荷電している生分解性高分子を用いることによって良いし、アミノ基以外の正荷電基を導入することによっても良い。
【0024】
又、ベクターDNAとしてプラスミド以外のものを用いて良いし、ecto-ATPDaseをコードするDNAとして、ecto-ATPDaseIIのDNAを組み込んだものや、配列番号1及びecto-ATPDaseIIのDNAを組み込んだものや、配列番号1及び/又はecto-ATPDaseIIに係るDNAの混合物や、これらの任意に組み合わせたものを用いて良い。ここで、ecto-ATPDaseIIとは、ヒトecto-ATPDaseIIDNA(EMBLアクセッション番号:AJ133134)を組み込んだプラスミドから生成されるヒトCD39タンパク質のアイソフォームである。
【0025】
[実施例]
(pBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドの構築)
ヒトecto-ATPDaseIの遺伝子配列を組み込んだpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドを以下の手順で構築した。
【0026】
ecto-ATPDaseIのゲノムDNA配列を図1ないし図4に示す。本実施例では、ecto-ATPDaseIを発現するため、ecto-ATPDaseIのcDNA配列として、EMBLのデータベースに登録されているcDNA配列(アクセッション番号:AJ133133、図5)のうち、第187番目〜第1737番目(1550bp)にコードされた領域を使用した(図5の枠内、配列番号1)。
【0027】
配列番号1に係る遺伝子配列にFLAGタグ配列を結合させ、FLAG−ヒトecto-ATPDaseIを発現するpCI CMV FLAG ecto-ATPDaseIプラスミドを共同発明者の藤村吉博氏より入手した。
【0028】
pCI CMV FLAG ecto-ATPDaseIプラスミドを構築した際の、FLAG−ヒトecto-ATPDaseIのDNA断片は、以下の条件のPCR反応にて増幅した。即ち、FLAG−ヒトecto-ATPDaseIを増幅するためのプライマーセットとして、FLAGタグ配列を含んだ上流側プライマー(5’−GGAATTCGCCACCATGGACTACAAGGATGACGATGACAAGAAGGGAACCAAGGACCTGACAAGCCA−3’)及び下流側プライマー(5’−ACGCGTCGACTATACCATATCTTTCCAG−3’)を用いた。
【0029】
反応液につき、鋳型cDNA(鋳型ヒト胎盤cDNAライブラリー、タカラバイオ社より購入)100ng、0.3μmのプライマー、0.2mMの各dNTPs、1xPCRバッファー(Pfx DNA polymeraseに添付のもの)、1unit Pfx DNA polymerase(invitrogen社より購入)の組成にて調整した。又、FLAG−ヒトecto-ATPDaseIのPCR条件は、94度で5分間熱変性後、94度で30秒間、55度で30秒間、72度で30秒間の反応を25回繰り返し、最後に72度で7分間保温する、というものである。このPCR断片を、pCI CMV クローニングベクター(Promega社より購入)に挿入し、pCI CMV FLAG ecto-ATPDaseIプラスミドを得た。
【0030】
次に、pCI CMV FLAG ecto-ATPDaseIプラスミドのEco RIサイトを、Hind IIIサイトに置換した後、Hind III及びSal Iで切断し、Hind III−Sal I断片(FLAG−ヒトecto-ATPDaseI配列)を切り出した。これを、望月直樹氏より入手した、pBluescriptII SK(+)ベクターのプロモーターをCAGプロモーターに置換したpBS CAG ベクターのHind III−Sal I切断サイトへ挿入し、本発明のステント作製に使用するpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドを得た(図6)。
【0031】
(pBS CAG lacZプラスミドの構築)
ウサギ大腿動脈の、血管内皮と血管内膜とからなる周辺血管組織に対し、遺伝子が作用し発現することを確認するため、遺伝子発現の確認に一般的に用いられるlacZ発現ユニット(SV40 earlyプロモーターより支配)を有するpBS CAG lacZプラスミドを構築した。なお、pBS CAG lacZプラスミドは、前述したpBluescriptII SK(+)プラスミドのプロモーターをCAGプロモーターに置換したものを使用した。
【0032】
上記のpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミド、又はpBS CAG lacZプラスミドを導入させた大腸菌DH5α(TOYOBO社より購入)をLB培地にて摂氏37度(以下摂氏を省略)で一晩培養し、Quiagen Miniprep(Quiagen社より購入)を用い、試薬メーカーの推奨するプロトコールに従って、ステント作製に使用するプラスミドを回収した。
【0033】
(血管組織におけるpBS CAG lacZプラスミドの発現確認)
ウサギ大腿動脈の周辺血管組織に対し遺伝子が作用して発現することをX−gal染色によって確認するため、まず、上述したpBS CAG lacZプラスミドに係る核酸含有複合体を、ウサギ大腿動脈に適合するステント基体に対しコーティングしたもの(lacZステント)を10個作成し、ウサギ大腿動脈にそれぞれ留置した。なお、核酸含有複合体の生分解性高分子として、正に帯電させたゼラチンを用いた。
【0034】
そして、うち4個のlacZステントを3日後に周辺血管組織ごと摘出してX−galを添加したところ、4例で発色が認められ、lacZの発現が確認された。又、別の6個のlacZステントについて7日後に同様の操作をしたところ、5例で発色が認められ、lacZの発現が確認された。なお、図7に、7日後に係る1例の写真(a)、及びBMSに対し同様の操作をしたものの写真(b)を示す。図7(後記図12も同様)では、円筒形のステントないし動脈が面状に切り開かれている。
【0035】
(pBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドの発現確認)
ウサギ大腿動脈の周辺血管組織に対し遺伝子が作用して発現し、これにより周辺血管組織においてタンパク質が合成される前段階としてmRNA(メッセンジャーRNA)が発現することを確認するため、上述したpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドを使用したステント(ecto-ATPDaseIステント)を2個作成した。又、比較のため、ウサギ大腿動脈に適合するBMSを2個作成し、更に、ステント基体にゼラチンのみをコーティングしたウサギ大腿動脈に適合するステントを2個作成した。そして、それぞれのステントから抽出したmRNAを用いてcDNAを合成し、以下に述べるリアルタイムPCR法によってヒトecto-ATPDaseIに係るmRNAの発現量をβ-actinに係るmRNAの発現量で補正することで発現量の変化を把握した。
【0036】
前記ecto-ATPDaseIステントをウサギ大腿動脈に留置して3日後と7日後、ステント留置部血管を摘出し、摘出した検体の一部(約20〜30mg)から、TRIzol Reagent(Invitrogen社から購入)を用い、従来公知の方法で、全RNAを抽出した。次に、その抽出した全RNAに対し、Superscript II kit(Invitrogen社から購入)とRNAase out(Invitrogen社から購入)を用い、試薬メーカーの推奨するプロトコールにしたがってcDNAを合成した。
【0037】
各サンプルの合成cDNAを用い、ABI PRISM 7700 Sequence Detection System(Applied Bisystems社製)でリアルタイムPCRを行った。ヒトecto-ATPDaseIを検出するためのプライマーセットとして、上流側プライマー(5’−CATGAATTCCATGGGCAAGGGAACCAAGGACCTGAC−3’)及び下流側プライマー(5’−AGCACAATCCCATACTTAACG−3’)を用いた。また、コントロールのβ-actinを検出するためのプライマーセットとして、上流側プライマー(5’−GATGACCCAGATCATGTTTG−3’)及び下流側プライマー(5’−AGGTCCAGACGCAGGATG−3’)を用いた。
【0038】
反応液の組成については、QuantiTsct SYBR Green PCR kit(Quiagen社より購入)を用い、試薬メーカーの推奨するプロトコールにしたがって調整した。PCR条件は、95度で15分間熱変性後、94度で20秒間、58度で30秒間、72度で30秒間の反応を45回繰り返した。
【0039】
以上についての結果を図8に示す。3日間留置したBMS(BMS(3))や7日間留置したBMS(BMS(7))、ないし7日間留置したゼラチンコーティングステント(CG(7))では、ecto-ATPDaseIプラスミドに係るmRNAはほとんどみられず、3日間留置したゼラチンコーティングステント(CG(3))は前3者と比べると当該mRNAの発現量が多いものの、ベータアクチンに係るmRNAの量との比率で0.12程度と、やはりecto-ATPDaseIプラスミドに係るmRNAはほとんど発現していない。一方、本発明に係るヒトecto-ATPDaseIステントでは、3日間の留置で2.35もの比率においてecto-ATPDaseIプラスミドに係るmRNAが発現しており(ecto-ATPDase(3))、7日間の留置でも1.01の比率においてecto-ATPDaseIプラスミドに係るmRNAが発現している。このように、本発明に係るヒトecto-ATPDaseIステントでは、他のステントと比較して顕著にecto-ATPDaseIプラスミドに係るmRNAが発現しているといえ、よって、本発明に係るステントの留置において、血管周辺組織にecto-ATPDaseIをコードする遺伝子が発現してmRNAが発現するという、ecto-ATPDaseIの発現プロセスの進行が確認できたことになる。
【0040】
(ウエスタンブロッティングによるecto-ATPDaseI発現の検定)
更に、ヒトecto-ATPDaseIの生成を確認するため、上記と同様に、BMS,CGステント,lacZステント,ecto-ATPDaseIステントを作成し、それぞれウサギ大腿動脈に7日間留置した。ステント留置後の周辺血管組織をステントごと摘出し、ステントを除いたステント留置部血管を細かく切断した。次に、氷冷した500μLのホモジェナイズバッファー(100mMのTris-HCl(pH7.5)、0.2%のTriton X-100、1mMのPMSF)が分注されたチューブに切断後のサンプルを入れ、4度を維持した状態でホモジェナイズした。ホモジェナイズ後の上清を新しいチューブに移し、4度を維持したまま、14000rpmで10分間遠心した。再度上清を回収し、BCA測定法にてタンパク濃度を測定した。又、比較のため、ウサギ大腿動脈のみ(Rabbit normal artery)からタンパク質を分離し、同様にヒトecto-ATPDaseIの存在の有無を確認するコントロールとして使用した。
【0041】
次いで、各サンプルの1レーンに対して10μgずつのタンパクをSuperSep7.5%を用いて電気泳動し、PVDF膜(Amersham Biosciences社より購入)に転写した。転写された膜は、10%スキムミルク/TBST(20mMのTris-HCl(pH7.5))、150mMのNaCl、0.1%のTween20)で30分ブロッキングした後、10%スキムミルク/TBSTで2000倍に希釈した一次抗体反応液(抗FLAG M2モノクローナル抗体:SIGMA;Cat.No.F-3165)に移し、4度で一晩反応させた。次いで、10%スキムミルク/TBSTで2000倍に希釈した二次抗体反応液(ペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体:IBL;Cat.No.17601)に移し、室温で45分反応させた後、ECL plus Western Blotting Detection System(Amersham Biosciences社より購入)で発色させた。
【0042】
観察の結果、図9に示すように、ecto-ATPDaseIステントのみ75kDa(ヒトecto-ATPDaseIの推定分子量)のバンドの存在が認められ、よって本発明に係るステントのみ周辺血管組織においてヒトecto-ATPDaseIが生成されていることが確認された。又、以上を併せ、本発明に係るステントのみ、ヒトecto-ATPDaseIをコードするプラスミドがステントから徐放されて周辺血管組織に取り込まれ、それにより血管中のecto-ATPDaseIの濃度が上昇することが合理的に予想できる。
【0043】
なお、ヒトecto-ATPDaseIIDNAを組み込んだプラスミド(核酸含有複合体)に係るステントや、このプラスミドと本実施例における配列番号1のDNAを組み込んだプラスミドとを含有する核酸含有複合体に係るステントにあっても、同様にecto-ATPDaseII(及びecto-ATPDaseI)の発現等が確認された。
【0044】
(ステントの留置)
そこで、各種ステントの留置状態を確認すべく、前記ecto-ATPDaseIステントであって、ウサギ大腿動脈に適合するものを13個作成した。このうち5個は、上述したpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドのプロモータをCMVに変換したプラスミドを用いたものであり(ecto-ATPDase-1〜5)、別の8個は上述したpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドを用いたものである(ecto-ATPDase-6〜13)。
【0045】
又、前記と同様に、pBS CAG lacZプラスミド含有複合体をウサギ大腿動脈に適合するステント基体に対しコーティングしたlacZステントを、別途5個作成した(lacZ-1〜5)。更に、ステント基体にゼラチンのみをコーティングしたウサギ大腿動脈に適合するステントを、別途8個作成した(CG-1〜8)。加えて、ウサギ大腿動脈に適合するBMSを、別途9個作成した(BMS-1〜9)。
【0046】
そして、これら各種のステントをそれぞれウサギ大腿動脈に留置し、7日後に当該血管を造影して、開存あるいは閉塞しているか(angio:○;開存,×;閉塞)、白色血栓が認められるか(+++:留置部全体で認められる,++:大部分で認められる,+:若干認められる,-:認められない)等、その様子を観察した。図10,図11は、その観察の結果の表,グラフである。
【0047】
BMSでは、BMS-3,7 の2例が開存していたが、他の7例で閉塞が認められ、開存率は22%であった。又、開存例の双方ともに血栓が若干認められ、閉塞例では、血栓が1例で若干存在し(BMS-6)、2例で大部分に発生し(BMS-8,9)、4例で全体に発生した(BMS-1,2,4,5)。
【0048】
ゼラチンのみコーティングしたステントでは、CG-5〜7 の3例で開存し、血栓の発生もなかったが、他の5例で閉塞が認められ、開存率は37%であった。又、閉塞例中、1例で血栓が若干認められ(CG-3)、1例で2例で大部分に認められ(CG-8)、3例で全体に認められた(CG-1,2,4)。
【0049】
lacZに係るステントでは、lacZ-2のみ開存し、血栓の発生もなかったが、他の4例で閉塞が認められ、開存率は20%であった。又、閉塞例中、1例で血栓が若干認められ(lacZ-4)、3例で全体に認められた(lacZ-1,3,5)。
【0050】
そして、以上の本発明以外のステントの結果を総合すると(ecto-ATPDase(-)total)、開存が6例、閉塞が16例となり、開存率は27%となる。なお、血栓が生じなかったのは22例中4例であり、僅かに認められたのが5例、大部分に認められたのが3例、全体に認められたのが10例である。
【0051】
一方、ecto-ATPDaseIステントでは、13例全てで開存し、開存率は100%であった(ecto-ATPDase-1〜13)。又、13例全てにおいて、血栓の発生も認められなかった。
【0052】
このような血管造影結果によれば、本発明以外のステントの開存率27%に対しecto-ATPDaseIステントの開存率は100%であり、更に本発明以外のステントの血栓発生率82%に対しecto-ATPDaseIステントの血栓発生率は0%である等といったことから、本発明に係るステントにあっては、顕著な管腔開存維持性能(管腔狭窄抑制性能)、並びに血栓形成抑制機能を認めることができる。
【0053】
又、留置時の管腔内壁等の様子を直接観察すべく、同様にBMSとecto-ATPDaseIステントとを作成して留置し、7日後に周辺血管組織ごと摘出して切り開いた。図12に、その状態を表す(a)ecto-ATPDaseIステント,(b)BMSに係る写真を示す。BMSでは、血管内壁が各所で膨出し、赤くタダレてステントの大部分が完全に隠れてしまっているが、ecto-ATPDaseIステントでは、正常な管腔と同様の薄桃色を呈しており、膨出部分は見受けられず、ステントを均一に覆う薄皮(新生薄膜)が形成されている。この薄皮は、ステントが透けて見える程の薄さである。このような観察からも、本発明のステントにおける顕著な管腔開存維持性能、並びに血栓形成防止機能を認めることができ、特に管腔内壁表面における薄皮の形成について、BMSでは膨出(狭窄,閉塞)に進行するためこのような作用を行うことはなく、本発明に係らない一般のDESでは膨出(新生内膜形成)の比較的強い阻止作用のために薄皮すら形成されないのでやはりこのような作用を行うことはなく、従ってヒトecto-ATPDaseIステント独自の作用であるといえ、ヒトecto-ATPDaseIステントの顕著な効果の要因となっているといえる。
【0054】
なお、ecto-ATPDaseIIのDNAを組み込んだプラスミド(核酸含有複合体)に係るステントや、このプラスミドとecto-ATPDaseIのDNAを組み込んだプラスミドとを含有する核酸含有複合体に係るステントにあっても、同様に極めて良好な開存率や血栓発生防止性を呈した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のステントは、PTCAを始めとする、血管組織に関する生体管腔の形成術に使用可能な医療用器具であり、管腔の開存率を極めて良好なものとし、更に従来のステントでは効果的に防止し難かった血栓の発生を高水準で防止することができるため、幅広い利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に用いるecto-ATPDaseIのゲノムDNA配列の前部を示す図である。
【図2】図1に続く部分を示す図である。
【図3】図2に続く部分を示す図である。
【図4】図3に続く部分を示す図である。
【図5】ecto-ATPDaseI発現に用いたecto-ATPDaseIのcDNA配列に係る元のcDNA配列を示す図である。
【図6】本発明のステント作製に使用するpBS CAG ecto-ATPDaseIプラスミドを示す図である。
【図7】(a)はpBS CAG lacZ plasmid 導入 ゼラチンコーティングステントのウサギ大腿動脈留置に係るX−gal染色の結果を示す写真であり、(b)はBMSに係る同様の写真である。
【図8】ウサギ大腿動脈に対する各種ステントの留置に係る3,7日後のmRNAの発現量を示すグラフである。
【図9】ウサギ大腿動脈に対する各種ステントの留置ないしウサギ通常動脈に係る7日後のwestern blotting法による染色結果を示す図である。
【図10】BMS,CGステント,lacZステント及び本発明に係るステント(ecto-ATPDase plasmid 導入 ゼラチンコーティングステント)のウサギ大腿動脈留置7日後の血管造影結果を示す表である。
【図11】BMS,CGステント,lacZステント及び本発明に係るステント(ecto-ATPDase plasmid 導入 ゼラチンコーティングステント)のウサギ大腿動脈留置7日後の血管造影結果を示すグラフである。
【図12】ウサギ大腿動脈留置の状態を表す(a)本発明のステント(pBS CAG ecto-ATPDase plasmid 導入 ゼラチンコーティングステント),(b)BMSに係る写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管組織によって形成される管腔に留置されるステントであって、
ステント本体と、
留置後に前記ステント本体から放出され、周辺血管組織のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼの濃度を上昇させる上昇ファクタと
を有することを特徴とするステント。
【請求項2】
前記上昇ファクタは、ヒト胎盤由来のエクト−ATPジホスホヒドロラーゼをコードするDNAが組み込まれたベクターDNAである
ことを特徴とする請求項1に記載のステント。
【請求項3】
前記ステント本体は、
ステント基体と、
前記ステント基体の表面の少なくとも一部を被覆し、前記上昇ファクタを担持し、留置後に徐々に分解することによって前記上昇ファクタを徐々に放出する担持体と
を有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のステント。
【請求項4】
前記担持体は、生分解性高分子を含有する
ことを特徴とする請求項3に記載のステント。
【請求項5】
前記生分解性高分子は、正に荷電しており、水溶性である
ことを特徴とする請求項4に記載のステント。
【請求項6】
前記生分解性高分子は、ゼラチンである
ことを特徴とする請求項4又は請求項5に記載のステント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−227641(P2009−227641A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−78633(P2008−78633)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(508090778)
【出願人】(599029420)
【出願人】(593113525)
【出願人】(393015324)株式会社グッドマン (56)
【Fターム(参考)】